2018年7月11日水曜日

週刊「猫並日記」2018 (4.12〜4.14)

2018年4月12日(木)
<秋ざくら波立てぬまま別れけり>というのは母の句。4月4日の午後、母が他界しました。直前の健康チェックでは特に問題もなく、まだ数年は大丈夫かなと思っていた矢先の訃報でしたので、とにかく驚きました。93歳と11ヶ月、眠るような穏やかな最期だったようです。知らせを受けて下関の病院に駆けつけた深夜、病室に安置されていた母に対面したときも、話しかければうっすら目を開けて、「成ちゃんかね」と口を開くような感じでした▶お坊さんに、母には俳句の趣味があったこと、中でもコスモスという花に自分を重ねた母の句作がいくつかあったことなど伝えたことから、母の戒名は名前のセツ子の節を冠に「節詠秋櫻大姉」となりました。母らしい良い戒名をつけてもらったと思います。静かに「波立てぬまま」のお別れとなりましたが、何より、安楽に亡くなったことがありがたく思います▶「ミッション」と称して、兄と定期的に病院の母を訪ねるようになって7年くらいになります。普段は離れていても、母が病室で日々を過ごしていることを思うことがぼくの心の支えでした。遠からず、この日が来ることはわかっていましたが、ミッションの役目が解かれたことには淋しく思っています。

写真

2018年4月14日(土)
<コスモスの種播いておくよもつひらさか>というのは母の句。「よもつひらさか(黄泉比良坂)」とは日本神話において、生者の住む現世と死者の住む他界(黄泉)との境目にあるとされる坂、または境界場所(Wiki)」。イザナギが死んだ妻のイザナミを追ったという黄泉の国に続く道。母はそういう場所に「コスモスの種播いておく」と。自分が黄泉比良坂を通るときがきたとき、そこに母が愛したコスモスの花が咲いていてほしいという願いがあったのだろう。母ちゃん、コスモスの花は咲いちょったかね?

写真(5)は告別式会場前に陳列した母にまつわる品々。右の絵は父が描いた母の肖像画。

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