2018年7月2日月曜日

週刊「猫並日記」2018 (2.14〜2.17)

2018年2月12日(月)
先週2月4日(日)にウクレレ倶楽部としては4回目の参加になる「センターまつり2018ステージ」を、大和シリウス・サブホールで行った。参加生徒さん48名、ぼくとベースのフジタヨシコさんを合わせて50名がステージに立った▶キャパ300弱のサブホールは超満員となり、せっかく来ていただいたのに入れなかった方もいたようで、これは想定外でしたが、満員のホールでの演奏はこれまで以上に楽しいものになった▶今回のエントリー曲は、今までに比べ難しい内容のものにしたことで(生徒さん全員のレベルの底上げという目論見があったんですね)、当初は生徒さんたちにかなりのプレッシャーを与えたようだったが、生徒さんたちはホントによく練習に励んでくれて、とても良い演奏ができたと思う▶ぼくもへっぽこなりに一生懸命、ご指導差し上げて、結果として素晴らしい演奏ができたことでとても嬉しく、幸せな気持ちになった。ぼくは生徒さんたちを信じていたし、生徒さんたちもぼくの期待に応えようと頑張ってくれた。講師冥利に尽きるみなさんの演奏でした▶未編集ではありますが、今回の演奏をYouTubeにアップしたので、よろしかったら見てオクレレ▶センターまつり2018ステージ」が終わってほっとするのもつかの間、次は3月4日(日)の「大和音楽フェスティバル」という催しに参加します。こちらは合唱系の団体が14団体も参加する催し。会場はキャパ1,000超の大和シリウス・メインホール、今からわくわくしています。

写真()は今回の「センターまつり2018ステージ」の模様。へっぽこ山下は赤色の「勝負服」で目立っております(笑)。

2018年2月16日(金)
<冬芒一番好きな赤い服>というのは母の句。冬芒(ふゆすすき)とは冬の季語。「中部以西の海に近い暖地に見られるイネ科のススキの一種で、冬でも葉のあるもの」ということだが、母が住む下関あたりで見られるすすきなのだろう。枯れ色のすすきに映える赤い服の色対比が想像でき、女性らしい句だね。ただ、母が赤い服を着ていたのをあまり見たことがない気がする。ぼくにとっては「赤い服」は「勝負服」ではありますが▶さて、今日はこれから2月ミッションに参ります。今回は母の弟、ぼくにとっては叔父にあたる匡恒おじさんのお見舞いにも行こうと思っている。おじさんはここ数年、人工透析をしながら病と戦っていたが、最近、病院のトイレで転倒して骨折、めっきり弱ってきたと、従妹からの連絡があった。現在、北九州の病院に入院しているとこのことで、下関から足を伸ばし、お見舞いすることを思いついたのだ▶現在88歳のおじさんとは2011年の父の葬儀以来、会っていない。あのときはお元気そうだったが……。そして母ともずっと会えないでいるわけで、母の近況や最近の母の写真をおじさんに見せようと思っている。おじさんはぼくの高校入学のお祝いにフォークギターを買ってくれた人。当時、1万円5千円くらいだったカスガのフォークギターで、小倉まで連れていってくれて、小倉の楽器屋で買ってくれたと思う。それまではガットギターしか持ってなかったので、ピックガードが付いたフォークギターは憧れだった。

写真は実家にあった古い写真。右がまだうら若き母で、左がまだ少年の匡恒おじさん。彼が抱いている犬の名前はコロだったかな、最近、母にこの写真を見せたときに母は犬の名前を覚えていた。真ん中の幼児は近所の子どもということだったかな、この子の名前も母は覚えていた。

2018年2月17日(土)
今日、こちら下関はよく晴れた。吹く風は「ひやい」(と、道行くおじさんが言ってた。懐かしい方言)けれど▶病院訪問1日目、母はさして変わらずだったが、自分の方から話すことがめっきり少なくなった。もっぱら、目と目で会話、笑いかけながら無言で頷くと、母も無言で頷く▶おみやげは、ピンクのスィートピーの花と好物のイチゴショート。イチゴショートは半分くらい食べた。病院食は一切口にしなかったけど▶叔父さんが入院していて、明日見舞いに行くことを告げたが、今ひとつ理解していないようだった。少年の叔父と母が写っている写真を、随分長い間眺めていた▶病室を出る時、「また、明日来るけえね」と言っても、以前のような「帰っちゃいけん攻撃」ももうなくなった。こっくり頷いて、ぼんやりとぼくを見た。だんだん母が遠くなっていく感じがする。淋しいが仕方ない▶さて、今夜は何を食べようかな。それがミッション時の、ぼくのささやかな楽しみ。

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