2017年2月4日土曜日

週刊「猫並日記」2017 (1.26〜1.28)

2017年1月26日(木)
日、火、水とレレ教室。最近、教室メニューで宿題を出すようになった。趣味系の教室で宿題を出すところはあまりないかも、だが、生徒さんたちの自宅練習モチベーションアップのため、「宿題と言われれば、ちっとは練習もやってもらえるだろう」という目論見から。今回の宿題は「涙そうそう」のウクレレソロを暗譜した上、演奏をクラスで披露してもらうというもの▶多くの生徒さんの年代からして、宿題に頭を悩ませた学生時代は遠い過去、「この年になって宿題をやらされるとは」と思った生徒さんも多いのではないだろうか。もっともぼくは、過去に学校講師経験があるので、宿題を出すのはお手の物、宿題を出された生徒の困ったような顔を見るのがなんだか嬉しいという、先生という立場ならではの「S的愉悦」(意地悪なんですね、ぼくは)というのがあるんだね▶で、ほとんどの生徒さんたちはごく真面目に宿題に向かい、「難しい〜!」とぼやきつつも、時間を割いて宿題をこなしてくれている。「ちっとはやってくれるかも」というあまり大きな期待はしていなかったが、意外と言っては失礼だが、みなさん、本当に一生懸命やってくれて嬉しい限り▶今週の教室は件の「涙そうそう」のウクレレソロ、しかも暗譜するという厳しい課題をひとりひとり、クラスの前で発表していただいた。緊張のあまり指の震えが止まらなかったり、自宅での練習では上手くできていたのに、いざ発表となるとミスを多発して悔しがったり(そういうもんです)。生徒さんたちのそういう演奏模様を見ていると、「先生のS的愉悦」と相まって、なんとも言えない嬉しさが込み上げてくる。生徒さんたちがかわいいというか、先生冥利▶宿題というのは、生徒さんたちにとってはあまり歓迎はしたくないものだろうけれど、それもこれもみなさんに上手になってほしいという一心。そこんところをわかっていただきたい、ということですね。3月に行う「クラス別発表会」も各クラスのエントリー曲が決まり、盛り上がってきた。いい感じ▶さてさて、ところで、今日から下関へミッションに参ります。今回は二泊三日のショートステイ。土曜の深夜には帰宅予定。ばたばたと準備も完了。天気にも恵まれそう。母ちゃん、ホールド・オン、アイム・カミン!

写真()はちょうど去年の今ごろのミッションのとき、離陸時風景。今日も良い天気なので下界がよく見えることだろう。飛行機は嫌いだったが、さすがに慣れた。

2017年1月27日(金)
昨夕、下関に。ミッションルーティーン、実家近くのスーパーで惣菜とビールを買って、孤食。今回は握り寿司パック(2割引)がメインの夕餉。ひなびたスーパーだけど、鮮魚関係は美味い。下関ならでは、かも。ビールロング缶2本飲んで早々に寝た▶今朝は兄が手配した実家のエアコン修理の人が来て、基板交換をして無事終了。そんなことをしたので母の病院には昼過ぎに到着。実家の庭の椿が咲いていたので、2、3輪手折り、病室の母に持参した。それとデパ地下で買った母の好物の苺ショートも▶母は病室で昼食中、「ありゃ、誰かね?」と言われたので、いよいよ惚けたかと思ったが、母なりの冗談だったようだ。にこりと微笑んでくれた。肩にかけていたウクレレを外すと、いきなり「ウクレレ、弾いて」と。ポロポロと適当に弾いてあげた▶「今日はどこから来たん?」「ふだんは何をしよるの」「お嫁さんは元気かね?」、毎回、聞かれること。「昨日、下関に着いて、今日は彦島の母ちゃんの家から来たよ」「ウクレレ教室やら、イラストの仕事やら」「お嫁さんは元気よ」、毎回、ていねいに同じ返答をする▶今日は、病院の担当者会議というものに出席、担当医からは「特に大きな変化はない」とのこと。「底値安定」は変わらず。食べないのも相変わらずだが、苺ショートはけっこう食べた。「好きなものは食べるんです」と言ったら、食事担当者は苦笑いをした▶今年の兄たちとの新年会の写真を見せたら、甥が抱いている犬(甥が飼い始めたチワワ)に興味を持ったようで、「豆助という名前だって」と言ったら、母にその名前がウケた。色々と話をして、しばらくして突然、母が「犬の名前」と言ったので、紙に「豆助」と書いて渡した。それからしばらく、母は「豆助、豆助」と何度も呟き、犬の名前を覚えようとしていたようだった▶「黙って帰っちゃいけんよ」と母は言った。「帰るときは帰る、って言うけえ」と言えば安心したように頷いた。「明日も来るけえね」と指切りして別れた。明日は病院を訪問して、その足で帰路に着く予定。これから今夜の晩飯惣菜を駅前スーパーで購入予定。さて、何を食べようか。これがミッション時のささやかな楽しみ。

2017年1月28日(土)
@北九州エアポート。もうすぐ搭乗手続き。フライ・ミー・トゥ・羽田、帰路に着きます。

週刊「猫並日記」2017 (1.19)

2017年1月19日(木)
ぼくが年をとって髪も薄くなったころ
まあずいぶんと先の話だけどね
そのときになっても、きみからのバレンタインのチョコとかも欲しいな
誕生日にはワインを1本、ね
ぼくが夜遊びをして、夜中の3時前になっても帰ってこなかったら
家に鍵をかけちゃうかい?
まだぼくを必要としていて欲しいな
まだぼくにご飯を食べさせて欲しいな
ぼくが64才になっても
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ビートルズのWhen I'm Sixty-Fourだね。中学生のころだったか、この曲を聞いて、中学の英語力でもそんなに難しくない歌詞だったので、意味はだいたい理解できたように思う。ずいぶんと「マイホーム主義的」な(ビートルズにしては)保守的な、のどかなラブ・ソングだなあ、と思った。コードもかんたんだったので、ギターを弾きながら歌ったもんさ▶この曲(前半部)はポールが十代のときに作ったものらしく、つまり、まだとびきり若い年代の若者が、自分の老後の愛のあり方を想像して作った曲ということなんだね。なんとも老成した感覚をポールは持っていたということですね。ジョンが20代前半で作った曲「イン・マイ・ライフ」とあわせて、ビートルズというのはとても老成した感覚を持っていたバンドだったとも言えるかも▶ともあれ、中学生だったぼくは、この曲を聞いて自分が64才になるころを想像したように思うが、曲の後半にあるように、奥さんが暖炉のそばでセーターを編んでいたり、自分は庭の草むしりをしたり、孫たちに囲まれて生活したりするという未来は、自分にはそぐわないように思えたんだね、中学生のころから。自分はそういうふうにはならないだろうという予感はあった▶もっとも、自分が64才になったころどうなっているのかよくわからないし、あまり考えたくもないという感じだったかな。ぼくが中学生だったころ、64才というのはもう立派なおじいさんで、腰が曲がり、杖をついて歩いていても不思議ではないような、とにかく押しも押されぬ「老人」というイメージ。そんな老人に自分がなっていくというのは、中学生のぼくには想像を超えていたかもしれない▶今日、ぼくはその64才になった。When I'm Sixty-Fourという曲を中学のときに知った経験もあって、ぼくが64才になったということは還暦を迎えたときよりも感慨があります。この歌のように、確かにぼくの髪は薄くなったけれど、ぼくは庭の草むしりなどはしておらず、奥さんは暖炉のそばでセーターを編んだりもしていない。孫たちもいない。でも、奥さんはいまだにバレンタインのチョコをくれることもあるし、(たぶん)いまだにぼくを必要としてくれているし、なにより、ぼくにご飯を食べさせてくれている。幸せだと思う。♪ウェナ〜イム・シクスティ・フォー、ちゃんちゃん。

写真()は、昨夜の教室で生徒さんからバースデープレゼントとしていただいた時計。文字盤にぼくがデザインしたウクレレ教室のロゴマークをあつらえてくれた。嬉しいじゃないか。

週刊「猫並日記」2017 (1.12〜1.15)

2017年1月12日(木)
日、火、昨日とレレ教室。年が改まって、ぼくが持っている7クラスの「2017年教室始め」が一巡した。小節ごとにリズムパターンが違うストローク練習課題で、各小節を生徒さんが順番にイン・テンポで回していくというゲームをやってちょっと盛り上がった。グループレッスンならではの課題でなかなか良かったのではと思う▶ぼくの今年のおみくじは小吉で、「思うにまかせず目に見えて早くできず」とのことだったが、教室の多くの生徒さんもウクレレについては同じ気持ちだろう。ウクレレという楽器、簡単そうに見えて、なかなかどうして奥が深いわけで、「思うにまかせず目に見えて」上達しないことに、悔しい思いをしている生徒さんが多いように思う▶年初に生徒さんのおひとりから、「ウクレレを始めて最初のころに買った楽曲集を久しぶりにやってみたら、最初はできなかった曲がけっこうすらすらとできました」というメールをいただいた。目に見えての上達は感じなくても、練習を続けていれば、知らず知らずに上達するということだね。へっぽこ講師としては嬉しいメールだった▶昨日は教室終了後、生徒有志のみなさんとカラオケ屋で新年会をやった。ウクレレテクニックはそれぞれであっても、音楽好き、歌好きは共通、歌がお上手な生徒さんばかりで、とても盛り上がった。ぼくは、基本的にはカラオケはあまり好きではないのだが、それもメンバー次第、みんなで一緒になって盛り上がるカラオケは楽しい。ぼくも調子こいて、RCサクセションの「スローバラード」、「ヘイ・ジュード」なんかを熱唱、楽しいひとときでした。

写真()は昨日の新年会@カラオケ屋の模様。お店の人に集合写真も撮ってもらっただよ。

2017年1月15日(日)
髪を切った
前回切ったのが去年の2月だから、ほぼ1年ぶり
その前に切ったのは一昨年の1月で
誕生月の前後は50%オフという美容院を見つけたから行ったのだった

以来、去年と今年とぼくの誕生月の前に50%オフのDMが件の美容院から届き
50%オフという言葉に(めっぽう)弱いぼくは
さして雰囲気が良くもないが
美容師は淡々としていてあまり話しかけられないのが良かったりもする
その美容院に行くようになった
というわけ

「大体、このあたりまで切ってください」と
指を鋏の形にして、肩のあたりに
ちょきちょきと鋏の音を耳元に聞きながら
ぼくは図書館から借りた橋本治のエッセイを読んだ

「こんな感じでよろしいですか」
手鏡を渡され、後頭部を見やる
少し長いように思ったが
「はい、いいです」と答えた

どうせしばらくすれば、後ろ髪を結わえたスタイルになるんだし
だいぶ前、長い髪を後ろで束ねた髪形をして帰省したら
親父に「お、『弁髪』か、ええやないか」と言われた
そのとき以来、ぼくにはこれが似合っているのかもしれないと
ま、勝手にね、思っている

1年に1回切るだけ、あとは伸びるにまかせて結わえるだけ
手間もかからないし、散髪代もかからないし
しかし、美容院に行って大きな鏡の前に座ると
自意識が過剰になるように思う
意識の中ではアーティなロン毛おじさん
鏡の中のぼくはドン小西

週刊「猫並日記」2017 (1.3〜1.6)

2017年1月3日(火)
元日は秘書のお姉さん夫婦宅での新年会@横須賀。昨年は義父の喪中、一昨年は義兄のお母さんの喪中であったため、3年ぶりの新年会となった。卒寿を迎えた秘書のお母さんとも久しぶりに再会、ぼくとの再会をとても喜んでくれ、お元気そうでなによりだった。熊本在住の義理の姪夫婦、11才のお姉ちゃん、5才の弟くんとも久しぶりの再会、熊本地震以降、大変だったと思うが、子どもたちも元気で本当に良かった▶昨日は兄宅の新年会@東京多摩。こちらは例年通り、兄夫婦、兄の長男夫婦と5才になる娘、次男夫婦、とでゲット・トゥゲザー。兄の長男夫婦は飼い始めたばかりの子犬、チワワの「まめ介」も連れてきて、にぎやかな集まりとなった▶例年、年初にご馳走をいただく。秘書のお姉さんのところでは、三崎のまぐろ(大トロ、美味し!)、馬刺し(これは熊本の義理姪夫婦から。今年のは特に高級なものらしく、絶品であった)。兄宅では新年恒例の「フグ刺し」、「フグちり」の「フク」三昧(下関では縁起を担いで「フク」と言います)▶親戚同士が集まり、美酒美肴を囲み、歓談する。そんな日本の平和で幸せな正月を過ごした。ありがたく思います。

写真(

2017年1月5日(木)
昨日は夜間レレ教室、レレ仕事始めとなった。新年にふさわしく「ジャカソロ」(速いストロークで行うコード弾きウクレレ奏法)をメイン課題に景気良くスタートした。今年もウクレレを中心に1年を過ごすことになりそうだ▶昨夜は秘書が作ってくれた雑煮を食べたが、秘書と結婚して初めての正月に、彼女は「関東風」の雑煮を作ってくれたように思う。薄口醤油仕立てのすまし汁風の出汁に、具材はかまぼことかほうれん草で、西国出身のぼくにとって大きく違っていたのは、焼いた角餅を具材を煮立てた後に投入すること。焼いた餅の香ばしい感じも悪くはないが、やっぱり、雑煮の餅は丸餅で具材と一緒に煮る(だから、餅は汁の中でくたっとなっている)のがいいなあ、と秘書にちょっと不満を言ったようにも思う▶以来、我が家の雑煮は、鶏肉、白菜、人参、大根、しいたけ等の具材で、丸餅(手に入れば)を煮立てる「西国風雑煮」を秘書が作ってくれるようになった。雑煮こそ、地域で調理の仕方が異なる「郷土料理」の代表ではないだろうか。同じ下関出身のFBフレンド、羽鳥さんと「雑煮談義」していて、下関の中でもまた調理法が違うことを知った。家庭によっても「代々の雑煮調理法」というのがあるのかもしれない▶写真は母が作ってくれた雑煮とお節の写真。2004年の正月に帰省したときに撮影したものがパソコンに残っていた。この年の正月、母はぼくの久しぶりの帰省を喜んでくれ、「母ちゃんの雑煮が食べたい」というぼくのリクエストに応えてくれたわけだが、これが母が作った料理を食べた最後の機会となった。この年の夏くらいに母は鬱病に罹り、料理も含め、家事がほとんどできなくなって、父とケアハウスに入所することになる。翌年、帰省したときの母の様変わりには心を痛めた▶もう母の手料理を食べることは叶わないが、母が作った、この雑煮とお節の写真が残っていることは良かったなあ、と思う。写真をしみじみと眺め、あのときの味覚を思い出している。

2017年1月6日(金)
昨日は年賀状投函がてら、大和天満宮に初詣で。大和天満宮は以前から大和駅近くプロムナード脇にあった神社だったが、昨年11月の複合施設シリウス完成と共に、シリウスの2階デッキ部分に新社殿を再建したというもの▶昨年までは近隣の深見神社なるところで初詣でをしていたが、シリウスはウクレレ教室で使用しているお馴染みの場所、これまでの「ウクレレ布教活動」の成果のお礼参りの場所としてはふさわしいと思った▶また、大和天満宮は学問の神様・菅原道真を祭っているところということで、ウクレレを学ぶ生徒さんたちの上達祈願も併せて行った。今後、個人的にはレレ神様を祭る神社として参拝しようと思う▶おみくじを引いたら、小吉。昨年は「何事もおもうまま」の大吉だったが、今年は「思うにまかせず目に見えて早くできず」とのこと。ウクレレの道はなかなかに長く遠い。地道に参りましょう。

写真()は件の大和天満宮。近代建築空間にやや違和感がある存在がいいかも。