2017年12月23日土曜日

週刊「猫並日記」2017 (10.27)

2017年10月27日(金)
1973年、わしが弱冠二十歳の頃ぢゃった。フォークコンテストに出たことがきっかけでの、レコードを出す機会を得たんぢゃ。ま、レコードはまったく売れんかったが、足掛け3年程度の「レコード歌手」時代の日々を、今でも時々、懐かしく、そしてほろ苦く(見事に売れんかったからのう)思い出すことがあるんぢゃ▶「ふーん、じいじは歌手だったの?」と孫に問われれば(孫はいませんが)、にんまり笑って、「そうぢゃよ。LP2枚、シングルを3枚出したんぢゃ(どれも文字通りの『幻のレコード』ぢゃが)。今とは別人28号、繊細でちょっとカワイイ系のフォーク・シンガーぢゃったんぢゃ」と屈託なくプチ自慢できるほど遠い時代になってしまいましたが一枚目のレコードを出す直前だったと思いますが、「ちょっとライブに出てみようか」という担当デレクター氏の提案で、今はなき、新宿「ルイード」(70年代は「ロックの殿堂」とか言われたライブハウス)に飛び入り出演したのでした。2,3曲、歌っただけの短いステージでしたが、緊張しながらも人前で歌う快感を覚えています▶そのときの出演者のひとりが遠藤賢司さんでした。楽屋でディレクター氏に紹介してもらったとき、まったく無名の若者のぼくに対して、エンケンさんは「遠藤賢司です。よろしくお願いします」と深々と頭を下げて挨拶してもらったことをよく覚えています▶同じ事務所だったことで、その後70年代中期ごろ、ライブツアーで一緒に回ったこともありました。当時、エンケンさんは「ケンちゃんの宇宙旅行」と称して、オレンジ色のグレッチのセミアコをぎゅいんぎゅいん鳴らしながら、「歓びの歌」を破天荒なファルセットで歌うようなことをやられておったですね▶フランケンシュタインだったか、キングコングだったかがペイントされたジーンズを穿いていて、大柄なエンケンさんは既にフォーク界の鬼才としてのオーラが十分ありました。旅先の街角を一緒に歩いていたとき、エンケンさんが八百屋の店先で青リンゴをひとつだけ買い、歩きながら齧っていたことを思い出します。「酸っぱいリンゴが好きなんだよね」と言ったような。かっこいいなあ、とぼくは思いましたね。ぼくは酸っぱいリンゴは苦手ですが▶旅先のホテルの一室で、超常現象とかがお好きだったエンケンさんのUFO談義が始まり、ぼくのUFO既視体験(17歳のころ見た不思議な発光物体の話、ホントだよ)の話をしたら、「うん、それは間違いなくUFOだね」と言ってくれたり、指一本で椅子に座ったぼくを持ち上げるという実験に興じたりしました(実験は成功、今でも不思議です)。エンケンさんが経営していた渋谷「ワルツ」に行って「ピラミッドカレー」を食べたこともあります▶それからぼくは音楽活動を辞めてしまったので、エンケンさんともお会いする機会もなく、今回の訃報に接して、最近のライブに行かなかったことを後悔しています。基本的にギター1本で、パワフルに唯一無二の世界を作ってこられたエンケンさんのご冥福をお祈りいたします。

動画はエンケンさんへのオマージュとしての「ウクレレ版(本歌取り)カレーライス」。ライブの機会があったときはレパートリーに入れてました。オリジナル歌詞の中の「だれかがおなかを切っちゃったって」は、言うまでもなく、三島由紀夫の割腹事件のことですが、つくづく、凄い名曲だと思います。ぼくのこのバージョンでは「安保法案が通っちゃったんだって」としましたが、淡々と流れる日常の中で、大きな歴史が動くということですね。その「歴史」が不穏なものではないか、よく考える必要があると思う昨今です。

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