2017年7月30日日曜日

週刊「猫並日記」2017 (5.26)

2017年5月26日(金)
小田島隆さんの記事「出会い系バーに出入りした人の“末路”」
いたく同意。

すがすがしいほどに
木で鼻を括った物言いは
すが官房長官

週刊「猫並日記」2017 (5.21)

2017年5月21日(日)
♪昨日の朝ぼくは見つけた
 郵便箱の中の手紙
 ただの短いおなじみの手紙は
 いちページの長さにも足りなんだ
とうのは高田渡が歌った『おなじみの短い手紙』 の歌い出し。歌詞のオリジナルはアメリカの黒人詩人、ラングストン・ヒューズの詩で、木島始が訳したものを高田渡は若干アレンジして歌っている。そして曲は、
♪ただの短いおなじみの手紙は
 ぼくの命をとってしまう 
 君の命をとってしまう
と終わる。

この手紙って、いわゆる「赤紙」、召集令状のことだね。かつて、日本でも津々浦々に送付され、この「ただの短いおなじみの手紙」によって、戦地に招集され命を失ったおびただしい数の若者がいたという史実があったわけで。そして、そういうことが「平和憲法」がある限り、この日本では二度と起きないということが怪しくなっている今の時代ではある▶ところで、この歌はマイ・バディ、のだっちの持ち歌のひとつで、ぼくは高田渡ではなく、彼の歌からこの歌を知った。そして、昨日の夜も彼のこの歌を聞いた。彼のパラダイス本舗でのライブに行ったんだ▶のだっちは『おなじみの短い手紙』に限らず、世にあまり知られていない佳曲を掘り出し、そういう歌に誠実に向き合い、気張らず張らず演奏する姿勢があって、ぼくはとても好感を持っている。結局、人前で歌う(歌に限らないが)ということは、歌う人の人間性というものを晒すという行為であって、のだっちの場合、良い意味でその人間性が歌に表れてるなあ、と思った▶で、彼のつま弾くギターが良いんだね。テクニックもさることながら、なにより音色がいい。楽器を良い音で鳴らすということ、大事だね。ちょっと自慢めくけど、ぼくが生徒さんのウクレレを弾くと、「私が弾くよりずっと良い音がする」と生徒さんから言われるんだね。でも、どうしたら良い音で鳴らせるかを教えるのは、案外、難しいけれど▶昨夜はパフォーマー(のだっちのことだが)と観客(概ね、ぼくだけど)が、歌の合間に会話(よもやま話だね)をしながら進行するというライブになって、なかなか楽しめた。ああいうライブもあっていいな、と思ったのでした。

写真(,)は昨夜の野田高澄ライブ@パラダイス本舗の模様。彼のバンジョーは初めて聞いた。「バンジョーも弾くんだジョー」と、バンジョー玉三郎、曰く。

週刊「猫並日記」2017 (5.12)

2017年5月12日(金)
今朝は早くに目が覚めたので、思いついて早朝の川っぺり4キロコースをジョギングした。ま、ちょいと走っては歩き、という感じだが、なかなか気持ちが良かった。ちょっと前からずっとサボっていた散歩もぼちぼちと復活、遂に走り出したという次第。やっぱり、お日さまに当たって、身体を動かすことは良きことでありましょう。春先以来のスランプも完全に脱けた感じ▶さて、昨日はレレ教室のメンバーと近隣の病院デイケア施設で慰問コンサートを行った。ここでは一昨年以来、3度目の慰問コンサートになる。当方、お年寄り扱いもだいぶ心得てきて、聞いてくださった30人余りの通所利用者のみなさんに、レレの音色と歌声を楽しんでいただけたかと思う▶老人ホーム等の慰問コンサートはスペースの関係上、メンバーは多くて10人前後になるのだが、毎回、快く参加していただく生徒さんたちの顔ぶれは変わらず、この際、ユニット名を決めようという提案が生徒さんからあり、慰問バンドということでイモンズ、ちょっと変えてイーモンズ(「良い者たち」という意もあり)、表記は「e-mons」と決定。今後、慰問のご用命あれば「e-mons」参上、としていきたい▶慰問コンサート終了後、海鮮系居酒屋で打ち上げ。ビールが美味しかったこと。演奏後のビールというのは格別だね。幸せな一日であった。

写真(,)は施設職員の方に撮っていただいた昨日の「e-mons」の演奏模様。「e-mons」のキャッチフレーズは「レレの音色に笑顔を乗せて、うちら陽気なe-mons」。




週刊「猫並日記」2017 (5.4)

2017年5月4日(木)
今日は母の誕生日。93歳になった。母の好物の苺ケーキにろうそくを立てて、ウクレレでハッピーバースデーを歌ってあげたいな、母のそばで、今日この日に。

母へのバースデーカード

2017年7月16日日曜日

週刊「猫並日記」2017 (4.30)

2017年4月30日(日)
息をしているだけで大金が入ってくるという大金持ちのぼくですが、恋の病というのはなかなか金では解決できないものです。いや、ちょっと前からただならぬ相手と恋に落ちてしまったんだね。ここのところ、朝も昼も夜も一日中、彼女に触れたときの感触が忘れ難く、抱いたときに彼女がぼくに囁いた柔らかく甘い声が耳について離れないんです。ああ、だから秘書には一切、このことは言ってないです。こういうこと、なかなか言えないです▶彼女は大きすぎず、小さすぎず、ぼくが思い描く理想の体形、抱きかかえると羽根のように軽くて華奢な感じがした。でもそのわりにはよく通る深い声音を出すんだ。派手な感じはなく、パッと見、控えめで飾り気のない容貌だが、どこか洗練された気品があるんだね。90年ごろの生まれだと聞いたから、御歳26、7才くらいか。目立つ擦り傷もあまりなく、前のご主人に大切に可愛がられてきた感じがした。身請けするべきかどうしようか、煩悶しているところ▶はい、ウクレレの話です。ずっとコンサートサイズのウクレレが欲しくて、それもマーチンのStyle-1C、それもビンテージと決めている。Style-1Cは本数がそもそも少なく、程度のそこそこ良いもので16,7万くらいが相場。で、最近、トップに目立つ傷がある50年〜60年代Style-1Cが10万で横浜の楽器屋にあることを知って、先日、行ってチェックしてみたんだ▶ぼくはビンテージ好きだけど、ビンテージだと何でもいいわけではなく、中には「枯れた」と言うより、「痩せた」感じの音になってるのもあるんだね。お目当てのStyle-1Cはマーチン特有の甘く深い鳴りはあまりなく、その「痩せた」感じの音で、ちょっと期待外れだった▶音が気に入れば購入を真剣に考えようと思っていたが、これは却下。で、他のウクレレをちょいちょい弾かせてもらってる内に、Style-1Cのコピーモデルが目についた。弾いてみるとすごく良かった。マーチンのふくよかで甘い鳴りもあるし、まだ若い、なんというか溌剌とした鳴りもある。12フレットしかないところ(これが気に入っているんです)やペグからビンテージ・マーチンの小さめのドットとか完璧にコピーされてるんだね▶工場生産ではなく、Tim Laughlin(ラーフリン、かな)という個人ルシアー製作のもの。web検索しても、あまり情報がなかったが、カリフォルニアで主にマーチンのビンテージウクレレのコピーを作っている人みたい。マーチンウクレレの至宝、5Kのコピーとかね。たぶん、この人、「マーチンウクレレこそ、ウクレレのザ・スタンダードだ」と考えている人ではないかな。それはぼくも同意するところ(ハワイ・ウクレレも良いのはもちろんありますが)▶いやあ、なかなか良いウクレレでした。90年ごろの製作だという中古だが、値段は当てが外れたビンテージ・マーチンと同様の10万ちょい。店員に「7,8万だったら即買いですけどね」と言ったら、「それはちょっと……」と苦笑された。Tim Laughlinなんていうウクレレは初めて知ったので、ちょっと調べてからと思い、楽器屋を後にしたのだった▶うーん、そのときはそうでもなかったけど、昨日頃から、そのTim Laughlinが気になってしょうがない。しばらく大人しくしていた「ウクレレ欲しい欲しい病」が再発して困ったもんだ。「恋の病というのはなかなか金では解決できない」と書いたけど、これはあっさり金で解決できる問題だった。うーむ、10万円、糟糠の秘書にはなかなか言えないなあ(ウクレレ、いっぱい持ってますからねえ)▶件のTim Laughlinの画像をwebで見つけた(値段が消されているが)。手前にある1M CONというもの、トップの木目からぼくが楽器屋で見たものと同じもののように思う。後ろのは2Mとあるが、コア材のような気がする。ついでに「当てが外れた」Style-1C(画像右)。ちょっと前までこの画像を涎を垂らしながら見ていたが、弾いてみてイマイチだったのでただの古びたウクレレとしか目に映らない、恋の病も醒めればそんなものだね。今度の恋も醒めないかなとちょっと期待してるという、不思議に揺れ動くおじさんの心情なのでした(どこが「息をしてるだけで大金が入ってくる」身分なんだ、ということ)▶しかし、最近、FB投稿をあまりしなくなったと思えば、ウクレレの話になるとつい長文になる山下、すまんこって。

週刊「猫並日記」2017 (4.18)

2017年4月18日(火)
昨夜の深夜も1時を回った頃、くったくたになってミッションから帰還。飛行機が悪天候のため遅れ、羽田に到着したのが23時半、終電逃すまじと到着ゲートから電車ホームまで、両肩に荷物抱えて走った走った。なんとか電車には間に合ったが、駅に降り立つと豪雨、まいったです▶過去にも一度、強風のための遅延があり、そのときも焦ったが、最終便の飛行機はこれがあるからなあ(安いけど)。ともあれ、無事我が住み処に辿り着き、家に帰るまでがミッション、今回の訪問もやれやれ無事終了した▶今回の4月ミッションは、たまたま昨年とまったく同じスケジュール(4月14日出発、17日帰還)で、つまり、到着した夜に下関でも揺れを感じた熊本地震からちょうど1年後の訪問だった。昨年の「ミッション日記」によると、「緊急地震速報に驚く。21:26地震、熊本で最大震度7、下関で震度4」とある。翌日深夜にさらに大きな本震があったことは衆知の通り▶その1年前のミッションで、ぼくは母を喜ばせようと、車椅子に乗せ、病院にあるバラ園に連れ出したが、母はすぐに「帰りたい」と言い、ぼくを落胆させた。買っていった桜餅を、母は「見向きもせず」と日記にあった。滞在中、母はあまり気分も優れない感じで、先の不安をずっと口にしていたとも日記に。ちょっと残念な訪問だった▶あれから1年経って、今回のミッションは母の笑顔もたくさん見ることができ、良い訪問となった。毎回、母の笑顔を見たいがため、色々と「ミッション作戦」を練るが、経験則から学ぶこともあって、今回は概ね成功したように思う▶ただ、昨日の最終日、母は風呂の日で、風呂から上がった母はくったりとして、ぼくのウクレレを聞きながらすっかり寝入ってしまったので、あまり会話することはなかった。帰る時間になってもすやすや眠っていたので、そのまま帰ろうかとも思ったが、目が覚めてぼくがいないと淋しい思いをするのではと思い、耳元で「母ちゃん、帰るよ」と話しかけたら、目を開けて頷いた。「また来るけえ、元気にしちょってね」と言えば、淋しげな表情を浮かべて、ぼくに手を合わせ、「ありがとう」と母は言いました。

写真(,)は先日、FBに投稿した「(とりあえず)本物の桜を見せる作戦」における母の表情。ぼくも桜の花びらに鼻を近づけ、匂いをかいでみた。梅ほど強くない、なんというか淡い春の匂いでした。

週刊「猫並日記」2017 (4.14〜4.16)

2017年4月14日(金)
さくら錯乱春乱漫、山下、このところちょいとスランプでしたが、生きてます。昨日は天気も良かったので、思い立ち、♪自転車に乗ってベルをならし、あそこのはらっぱ、じゃなくて近隣の桜の名所、引地川沿い「千本桜」を見物に(ウチから自転車で30分もかからないところだが、初めて行った)。桜が静かに舞い散る川沿いの小道はあまり人もおらず、散り逝く桜を心ゆくまで眺めたのだった。このところのぎくしゃくした心が少し癒されたように思いまする▶さて、今日から来週頭にかけて4月ミッションに参ります。2月、3月と兄に行ってもらったので、ぼくは1月以来の訪問になる。兄の報告によると大きな変わりはないようだが、3ヶ月ぶりなのでぼくのことを忘れちゃおらんかとちょっと心配。

写真(,)は件の引地川「千本桜」の光景。母の病院近くには桜の木があまりないし、母は桜見物には随分とご無沙汰だろう。「近所の桜だよ。奇麗やろ?」と、iPadでせめて写真でも見せようかと。

2017年4月15日(土)
病院訪問初日。母は開口一番、「お嫁さんは元気かね?」、「仲良くしとる?」、「毎日、何して過ごしよるの?」、質問攻めにあった。「元気だよ」、「うん、仲良うしちょるよ」、「ウクレレ教室とか、イラストの仕事もしよるよ」▶ぼくがウクレレを持ってきたのを目にして、「ウクレレ弾いて」。「はいはい」、ポロリンコ♪ ーテンション、やや高めの今日の母であった▶ただ、先日撮った近隣の桜写真を見せてもリアクションはイマイチ。駅前の花屋で買っていったピンクのバラの方が気に入ったみたい。やっぱり本物にはかなわない。桜も本物を見せたかった。

2017年4月16日(日)
病院訪問、2日目。病院に行く途中に妙光寺という小さな寺があって、境内には桜の木が数本ある。すでにほとんど葉桜になっていたけれど、枝の先にまだわずかばかり残っている桜の花を一輪だけ拝借し、境内に積もっている桜の花びらとともに病室の母に持って行ったんだ▶母はその小さな花弁を手に取り、鼻の下に持って行き、目を閉じて花の香りを嗅いだ。「ありがとうね」と母は言ってくれたよ▶昨日、写真の中の桜を見せても、リアクションがイマイチだったので、本物の桜を見せたいなと。で、この「本物の桜を見せる作戦」、なんだか成功したみたい▶桜の花びらもティッシュに一握り包んでいって、母のベッドの上で「花吹雪ごっこ」もやってみた。あ、ちゃんと後はきれいにしましたけどね。
今日は初夏のような日差しに包まれた好天気だったので、看護師さんに頼んで病室の窓を開けてもらった。外からの風が、普段はエアコンで調節されている病室の空気を柔らかくかき混ぜ、母も気持ち良さげだった▶今日の母は昨日に増して機嫌が良かったように思う。笑顔もたくさん見れたし、持って行ったイチゴショートもけっこう食べたし、ぼくもとても幸せな気持ちになれた一日でした。

週刊「猫並日記」2017 (3.29〜4.1)

2017年3月29日(水)
今月は、高額所得者で富裕層なぼくにとって、巨額な収入の確定申告や海外投資の年度末調整、進めていた数件の不動産投資の決済、スイスの別荘購入手続き等で忙しく、しかもこの時期に「ウクレレ学校」設立のために、国有地を政界裏工作をして格安で買い付けた件で顧問会計士が不手際を犯し、ちょいとトラブルが発生し、億単位の損失が出てしまい、所有していたゴッホとセザンヌの絵を売ったり、ここだけの話だが、マネーロンダリングしていた資金を回収しにケイマン諸島方面へ自家用ジェットで行っていたりと、このところ、バタバタしておって、FBからちょいと遠ざかっておったが、山下、生きております。

写真(,)は今月19日に行ったウクレレ教室「クラス別発表会」の模様。生徒さんたちはこれまでになく練習に励んでくれて、ぼくの期待によく応えてくれました。嬉しかったね。

2017年4月1日(土)
うー、しゅごくしゃむいではないか。4月になったというのに、桜も満開に向かおうかというこの時期に、一体どうなってるんだ、おかしいじゃないか、せっかく咲こうとしている桜が可哀想じゃないか、日本の四季部門の春担当、説明せい、証人喚問に出ろ、ぷんぷん▶ところで、大金持ちでハイソなぼくにとって、花見というのは自宅豪邸の広大な庭園に植えられている数十本のマイ桜の下、各界著名人、やんごとなき方々を集め、おひとり様数万円の三つ星料亭に作らせた豪華花見弁当を配り、やっぱりここは和の奏で、雅楽界のプリンス、ひちりきのトーギくんの楽団を招聘し、さらに京都から舞妓美女軍団をブッキング、美酒(「獺祭」とか高いやつね)と美女に囲まれて行うのが慣わしであったが、既報の通り、ウクレレ学校設立におけるトラブルの巨額損失があり、今年は一般庶民が興じるそこらの公園とかで行う花見などもまあよかろうと、一昨日(良い天気で暖かかった、レレ神さまの思し召しサンクス。桜はあまり咲いてなかったけど)レレ教室の生徒さんたちと「花見deウクレレ」@ふれあいの森公園を開催、春風に乗せてポロリンコ♪大会、楽しかったよ。

写真(,)

週刊「猫並日記」2017 (3.7)

2017年3月7日(火)
昨日は、教室の生徒さん有志メンバーと地域シルバー会のみなさんを前に演奏を行った。隣接した地域の2つの会での演奏を続けて行うというダブルヘッダーだったが、どちらの演奏会も観ていただいたみなさんに楽しんでいただけたと思う▶演奏会の話を持ってきたのは、参加した生徒さんのおひとりで、同地域の自治会等の活動もしておられる方。基本的にお一人暮らしのご年配の方々が中心の会だということで、地域ボランティアのみなさんが催事を企画、運営しているとのこと▶核家族、高齢化の社会にあって、ひとり暮らしで淋しい思いをしている年配のみなさんも多いかと思う。ときおりのこうした集まりは、そういうみなさんの日々の生活に活力と潤いを与えるものだろう。演奏会が、食事の準備等を黙々としていたボランティアの方々の日ごろの活動の一助になったとしたらありがたい▶これまで生徒さんたちと老人ホームでの演奏会を何度かしてきて、ご年配相手のエンターテインメントの要領は掴んできたつもりだが、今回はお元気な方々が多く、「ノリ」もばっちり。参加したメンバーのみなさんも楽しく演奏ができたのでは、と思っている▶演奏会を終えて、生徒さんたちとカラオケ屋で打ち上げ。なんだかんだと3,4時間は盛り上がったか。ぼくより年上の方々も多い、生徒さんたちのパワーも凄いなと感心。ウクレレは笑顔を運ぶ楽器、たくさんの笑顔に包まれた幸せな1日だった。

写真(,)は参加メンバーのおひとりの奥様に撮っていただいた。ありがとうございました。



2017年7月15日土曜日

週刊「猫並日記」2017 (3.2)

2017年3月2日(木)
1973年、20才になったばかりのころ、ぼくは東京、阿佐谷のアパートに住んでいて、一応学籍があった美術学校にはあまり通うこともなく、かといって働きもせず、親からの仕送りをあてに、ずるずると「執行猶予」の期間を、今思うと漠然と過ごしていたように思う。若い世代にえらそうなことは言えない▶自分が何をなすべきか、何を求めているのか、具体的な指標が見えず、人生のとびきり若い時期をうろうろとさ迷っていた感じ。♪若かったあの頃、何も怖くなかった(かぐや姫ですね)、ただ、自分への過剰な期待ばかりあって、その期待に押しつぶされそうになるような思いはあったような▶そんな頃、ニッポン放送「フォークビレッジ」という番組で募集していた全国規模のフォークコンテストに出たんだね。ギターを弾きながら作詞、作曲のまね事をしていた時期。アマチュアで活動していたわけではなく、自信があったわけでもないけれど、「過剰な期待」のひとつを試そうと思ったのかもしれない。応募した曲は野良猫の心情を歌ったもの▶最初のテープ審査、ラジオ局のスタジオで実際にギターを弾き、歌っての2次審査に受かり、関東甲信越大会出場10組のひとつに選ばれた。関東甲信越大会は、当時の「フォークの殿堂」、神田共立講堂で開催された。ゲストとして、ガロ、古井戸が出た。ガロのメンバーが弾くマーティンD45が眩しかった▶関東甲信越大会から1組が選ばれ、日比谷野音で行われる全国大会には出場できなかったけれど、それからしばらくして、レコード会社から電話があった。「きみの歌をニッポン放送のテープで聞いたのだけど、スタジオに来てもらって、あらためてきみの歌を聞かせてもらえないか」というもの▶で、ギターを抱えてレコード会社の豪華なスタジオに行き、何曲か歌った後、レコード会社の喫茶室で「うん、いい感じだね。レコード作ろうか」とディレクターに言われた。そのときにたまたま喫茶室にいた井上陽水さん(当時、「夢の中へ」がヒットしていた)に紹介されたというのは、ぼくの人生におけるプチ自慢▶それから、3年くらいの間、2枚のアルバム、3枚のシングルを出したけれど、レコードは売れなかった。運命の女神はいつも中途半端に微笑むのがぼくの人生。だから、70年代の「幻のフォーク歌手」のひとりという経歴がぼくにはある、というわけ▶長々と書いたけれど、ぼくがレコードを出すきっかけとなったニッポン放送「フォークビレッジ」の当時のパーソナリティがムッシュかまやつさんだった。レコードデビューのあと、彼のラジオ番組にも出させてもらった。ラジオ局の狭いブースでマイクを挟んで、かまやつさんと話した。ぼくは緊張して、かまやつさんの顔をあまり見れず、彼が組んだ手の指先ばかりを眺めていたような▶どんなことを聞かれ、どんなことを話したのかあまり覚えてないが、リリースした曲にちなんで「猫が好きなんだね」と言われたように記憶する。優しげな声だった。訃報を聞き、昔のことをいろいろ思い出した。ご冥福をお祈りします。

写真は「猫が好きだった」(今でもね)当時の別人28号。When I was twenty.

週刊「猫並日記」2017 (2.17)

2017年2月17日(金)
先週土曜日のパラ本ライブを終え、翌日の日曜日、続く火、水夜間とレレ教室。3月19日に行うクラス別発表会のために各クラスが選んだエントリー曲のアレンジをやって、初回練習が一巡した。難しいのは、それぞれのクラスの生徒さんの力量に応じたアンサンブル・アレンジをやること。ついこりすぎて、「んもー、センセーったら、すぐ難しくするんだから……」と言われることもあったりで▶生徒さんたちにしてみれば、あまり練習もしなくてもそこそこ演奏できるような、かんたんなアレンジが望ましいかもしれないが、ぼくとしてはちょっと難しく思われても、がんばって練習すればできるという、少し「のりしろ」があるアレンジを考えたいと思うんだね。その方が練習のモチベーションは上がるだろうし、上手くいったときの達成感もあろうかと▶ここをこうすればきっと楽しいとか、ああすればかっこいいとか、頭の中では完璧なアンサンブル・サウンドが広がるのだけど、実際やってみるとなかなかそうはいかないわけで。特に練習最初の段階ではね。まあ、良い意味でもあまり良くない意味でも期待を裏切られるのが生徒さんたちへの指導ですけど▶高校とかの名門ブラバン指導とかが「スパルタ的」なのはわからないでもない。なあなあの和気あいあいの指導ではなかなか「良い演奏」ができるようにはならないわけで、指導者はつい、キム・ジョンウンになってしまう。でも、ぼくがそんな感じで指導されるとしたら、やっぱりまっぴらごめん、だなあ。すぐに辞めると思う▶まあ、ぼくの教室の生徒さんの多くはそこそこ楽しくやれればいいという感じで、発表会への意気込みもけっこう温度差があるし、ぼくとしては和気あいあい、楽しく練習できるようなベースを作らねばと思っている。そうしないと嫌になってお辞めになるから。プロを目指しているわけではないんだから▶でもね、とぼくは思う。ちょっと本気で音楽をやったら、音楽をする楽しさがぐっと広がって、それは大げさではなく、人生の宝になると思うんだ。そうしたことを伝えたいというのが、ぼくが教室をやっているモチベーションだと思う。などと、つらつら。

写真(,)は先週土曜日の「ラジオのように vol.3」の演奏模様(来てくれた生徒さんが良い写真を撮ってくれました)。ディランの「時代は変わる」日本語バージョンに始まって、やはりディランの「風に吹かれて」で締めた。「時代は変わる」も「風に吹かれて」も60年代初頭の曲、今の時代にもこれらの曲がふさわしいと思うのは「時代は(そんなに)変わらない」ということかもしれない。ちなみに、今回、「ベレー帽」デビューしてみた。ぼくとしてはチェ・ゲバラを気取ったつもりだったが、のだっちに「大久保清みたい」と言われ、がっくり。

週刊「猫並日記」2017 (2.7〜2.11)

2017年2月7日(火)
1月ミッションから帰って、イラスト仕事やらなんやら同時進行案件があったのだが、ほぼ片づき、ほっと見上げる冬の空は「胸にしみる空のかがやき」、そこかしこの梅もいい塩梅に咲きほころび、桜はまだか、と春の息吹を感じつつ、ぼくは冬が嫌い(冬って、なにかとメンドーじゃない? 着るものも多いし、コタツに入ったら動きたくないし)なので、爛漫の春が待ち遠しい今日このごろでありますが、年を取るにしたがって時の経過が早く感じられるのは衆知、なんだかぐっと息をこらえてじっとしていれば、すぐにも春爛漫の季節がやって来て、むかつくこと、やなことも忘却の彼方、なーにトランプとか、色んなことを色んな人が言うけれど、じきに失脚するわい、思い通りにいかないことがわかって、辛抱できず辞めんじゃないの? とか無責任にぼんやり考えたりしながら、さてさて。

写真(,)は、マイ・フェイバリット・スポット、徳善寺の白梅と、散歩ロードの梅スポット(誰もいない、秘密の場所)での梅状況。白梅より紅梅の方が香るね。

2017年2月11日(土)
昨日夕刻、今夜のパラ本ライブ「ラジオのように vol.3」の打ち合わせを兼ねたリハのため、中央林間から徒歩15分くらいにある「つきみ野学習センター」なるところに行ったのだが、出かけるころ、小雪がちらつき始め、電車に乗って中央林間に降り立てば、雪はけっこう激しく降り始め、目的地まで歩いている内にかるく吹雪の様相、「プチ八甲田山」体験をしたのだった▶共演する野田夫妻と軽く音合わせした後、パラ本へ。最近、ご無沙汰気味だったが、洋介さん、りえちゃんもお元気そうで良かった。普段はほとんどビールのぼくだが、寒い夜はホットな飲み物、ラムのお湯割りやらウィスキーのお湯割りなど飲みつつ、結局夜更けまで。ホットなアルコールは酔うね。自宅近くの下り坂は少し凍結し始めていて、酔っ払いは転ばぬようにそろりそろりと帰宅した▶昨夜ののだっちとの主な話題は「どうなるの?」トランプ政権云々(でんでん。笑)みたいなことで、「ラジオのように」は時代に即したメッセージ性のある楽曲を、トークを入れ込みながら、おのおのやろうという主旨、今日、話したいことはみんなしゃべってしまった感あり。とりあえず、ぼくがしゃべりすぎるのをのだっちには制御して欲しいということで、彼らと別れた。▶てなことで、今夜はパラダイス本舗でライブをやります。よろしければご来場いただけると嬉しいです。また、ご来場のお客さんに「パラ本ラーメン」の特別サーブ(本来は昼間限定)もあるかもですので、自然派志向の美味しいラーメンを食べに来てください。
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「ラジオのように Vol.3」
出演:山下セイジ(ukulele.vo.)、野田高澄 (guitar.vo.)、野田由美子(guitar.vo.)
日時:2月11日(土)19:30スタート
場所:中央林間「パラダイス本舗」
http://www.niginigi.jp/
料金:投げ銭
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よろしくポロリンコ♪
写真(,)は前回「ラジオのように vol.2」の模様。

週刊「猫並日記」2017 (2.5)

2017年2月5日(日)
Come gather'round people wherever you roam
And admit that the waters around you have grown
And accept it that soon you'll be drenched to the bone
If your time to you is worth savin'
Then you better start swimmin' or you'll sink like a stone,
For the times, they are a chang-in'
さまよう人たちよ、集まろう
水かさが増していることに気づくんだ
そしてもうすぐ骨まで浸み込む
もし、生き延びたいのならば
泳ぎ始めたほうがいい
さもないと石のように沈んでしまう
時代は変わってゆく
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てなことを、ボブ・ディランさんが歌ったのは1964年、50年以上前のこと。で、時代は変わったのか。変わったこともあるだろうし、さして変わらないこともあるだろう。吉本隆明さんという人は「人間なんて3千年の間、変わっちゃいないですよ」と言った。そうかもね。人間が変わらなければ、時代も(本質的には)変わらないわけで。そんなことをつらつら思いつつも、生きている間は平穏で、幸せを感じながら(美味しいものも時おり食べてね)、日々を暮らしたいものだ、という願いはあります▶さて、今週末、お馴染みのパラ本でライブをやります。音楽バディ、のだっち夫妻と「ラジオのようにVol.3」。「ラジオのように」の初回は2013年の12月、2回目は昨年の3月、トークを多く盛り込むということで、毎回、くっちゃべりながら、その合間に歌を歌うという主旨ですが、今回のぼくなりのテーマは「時代は変わる?」(変わるのなら良い方にと思いたいけど、どうもそうではなさそうだ。でも、ちゃんといい感じで生きて行くためには、どういう心構えでこれからの時代に向き合っていけばいいのか、そんなことを考えたいね)」という長い副題があります。笑)。
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「ラジオのように Vol.3」
出演:山下セイジ(ukulele.vo.)、野田高澄 (guitar.vo.)、野田由美子(guitar.vo.)
日時:2月11日(土)オープン17:00/19:00スタート
場所:中央林間「パラダイス本舗}
http://www.niginigi.jp/料金:投げ銭
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よろしかったら、来てオクレレ。
動画(スライドショー)は、3年ちょい前の「ラジオのように」初回の音源。このときは「70年代」がテーマだったんだけど、さっき、聞き返して「70年代」らしく、なかなかに熱いトークだなと思った(おしゃべりだねえ、ぼくは)。「うんざり感」満載のこのところの世相、このときのように、勢い良くトークができるかな、という一抹の危惧はありますが。
https://www.youtube.com/watch?v=66irHIAtAgM