2016年2月5日金曜日

週刊「猫並日記」2016 (1.25〜1.31)

2016年1月25日(月)
「南の島に雪が降る」という昔の映画があった。タイトルはあり得ないことの例えであろうが、昨日来、日本列島は今季最強寒波襲来とやらで、奄美で115年ぶりの雪が降ったり、沖縄でみぞれが降り、沖縄本島で初めての雪(みぞれは気象観測上では雪、だと)が観測されたということ▶あり得ないと思うことも、起きるときは起きるわけで、あり得ないということはあり得ない、と考えるのがいいかな、と思った。ただ、今回の寒波の「舌」は太平洋側、関東地域には届かなかったようで、こちらの今日はピーカン青空、そこそこ暖かく、今日の首都圏はたぶん、沖縄より暖かい地域かもしれない▶母がいる下関もかなりの積雪があったようだ。ちょうど下関の母に会いに行っている兄から連絡があって、母の好物のイチゴショートケーキを買っていたら、8割ほど食べたとのこと。まずまず変わらず元気にしているらしい。良かった。手羽と玉子の甘酢、マカロニサラダ/カマスの塩焼き、モヤシ、キャベツ炒め、コンニャクとゴボウの煮付け、イカ天ぷら、ひじき、大根の味噌汁/鶏つみれ鍋(うどん玉入り)/スパゲティ・ミートソース、野菜サラダ、コーンスープ

写真(,)は最近の散歩写真からの十月桜(「冬桜」とも)。すぐ近所の坂の上にあるやや貧相な桜だが、夏の時期以外はいつも地味に咲いている印象がある。ときおり見かけるとなんだか安心する。こういう生き方もあるわけで、ぼくはけっこう憧れます、地味な人柄。

2016年1月28日(木)
日曜、火曜、水曜と昼間レレ教室。3月20日の日曜日にクラス合同の発表会を画策していて、現在7つのクラスがあるが、各クラス1曲ずつ、エントリー曲を選び、練習の成果を披露してもらうというもの。年に一度のセンター祭りのステージは大人数での演奏になるのと、ぼくが一応、リーダーの立場を取るので、出場のプレッシャーがあまりない反面、演奏の実感がやや乏しいということがあるかと思う▶クラス合同の発表会はあくまで生徒さん主体で、1チーム10人未満の編成になることから、生徒さん一人ひとりの個性も発揮できる演奏になるかと思う。ひとえにみなさんに練習のモチベーションを強く持ってもらうということが目的だが、日ごろ一堂に会することがあまりない、各クラス間の交流、親睦という意味もある▶ぼくは「どうです、楽しそうでしょう?」という気持ちで、この発表会への参加を生徒さんに持ちかけたんだけど、多くの生徒さんのリアクションは「……」な感じ。なんだかメンドーな宿題を出された児童のような感じなんだ。少なくともわくわくして、楽しそうな感じではない。つまり、自分の演奏に自信がないことで、恥をかきたくないというのがあるんだね。ま、それはわかりますけどね▶各クラスのエントリー曲は話し合いによって、一応、決まったけれど、みなさん、かんたんにできる曲を選びがちで、比較的シンプルでスローテンポな曲が出そろった感じ。ま、いいでしょう。ともあれ、「大丈夫、大丈夫、演奏は上手下手を気にするより、楽しくやるが一番」、と生徒さんたちを丸め込んで、楽しい発表会になるよう、へっぽこもみなさんへのライブ指南をがんばろうと思っておりますポロリンコ♪サバ味醂干し、マグロとサーモンのぶつ切り、焼豚、ポテサラ、大学イモ、ほうれん草白和え、大根煮付け/肉豆腐、カボチャサラダ/ポークステーキ、ブロッコリー、じゃがいも、人参グラッセ付け合わせ、カイワレとプチトマトのサラダ。

今日はE天気だね。写真は<カモが飛ぶ空を仰ぎてカモーンと呼べどカモ去りぬカモ>の図。

2016年1月29日(金)
昨日とはうって変わって、今日はしゃむいね。雪へと変わりそうな冷たい小雨が降っております。♪春は名のみの〜風の寒さや〜、「日本の歌100選」のひとつ、「早春賦」の出だしですが、こうした歌に歌われる日本の四季の移ろいの妙というのが、だんだん失われていく感じがいたしまする▶さて、渦中の甘利さん、ぼくの住む地域、大和が地元なんだね。だから、ぼくの住居周辺、散歩コース、あちらこちらに彼のポスターが貼られていて、つまり彼の顔は地域の顔で、ぼくは以前からそれを好ましく思ってはおらんかったです。いや、甘利氏に限らず、政治家のウソ臭い顔が、道を歩けば目に入るということ自体が嫌なわけで▶ともあれ、今回の失脚劇、呆れたのはいまだに現金を菓子折りに忍ばせ渡すという風習。江戸時代の悪徳代官と三河屋の関係じゃあるまいし、もうちょっとスマートな受け渡しはないものか。まあ、それは日本の伝統様式のようなものかもしれませんが▶そんなわけで、ここ10数年、我が町、神奈川県第13区の選挙区において、鉄板の当選を重ねてきた甘利さんの今後を、地元民として注視していきたいという所存。早く衆院選ないかな。カレーライス、コールスロー。

2016年1月31日(土)
昨夜は、のだっちこと野田高澄くんのソロライブを見にパラ本へ。端正で艶やかな音色を奏でる彼のギターワークと少しくぐもった、心に温かく沁みるようなボーカルを堪能した。彼の歌声は「言葉が立つ」歌い方というのか、穏やかだけど言葉がしっかりと伝わる歌い方なんだね。それこそが「フォーク」の正しい歌い方だと思う。初めて聞く彼のオリジナルも聞けて、とても良いライブだった▶客席には久しぶりの再会の方々もいて、「ブラック・ホーク伝説」という本の出版記念飲み会で知り合った面々。のだっちとも、その席で初めて会い、たまたま帰りの電車が同じ方向だったので、一緒に帰った電車の中で意気投合。以来、今に至るというわけ。本の発行が2007年だから、彼とも10年近くの付き合いになる▶彼のライブの後半、「ミスター・ボージャングル」を一緒に歌ったし、再会メンバーとなんだかちょっとした同窓会の雰囲気にもなって、楽しい夜になった。音楽繋がりの仲間というのはいいもんだね。鶏鍋/雑煮、チキン唐揚げ、ゴボウサラダ

写真(,)は昨夜のライブ模様。のだっちの「ハニー」由美子さんも二部頭で登場。最後の写真は件の「ブラックホーク同窓会」の面々。

週刊「猫並日記」2016 (1.19〜1.21)

2016年1月19日(火)
昨日はこちらにも雪が降り、寒い寒い一日となったが、今日は嘘のように晴れ、穏やかな冬晴れの日となり、基本晴れ男のぼくの誕生日にふさわしいではないか、ということで、63歳になった。ええといくつになったのかいなと誕生年西暦を引き算して確認するくらいの年齢になったわけで、ビートルズの”When I’m Sixty Four"まであと1年、♪ウェナイゲッオウルダー ルージンマイヘアの「ルージンマイヘア」のあたりは受け入れなければいけない現実としてありますが、ともあれ、この年に至るまで、そのときそのとき、それなりに自由に生きてきて、まず健康であること、金はないが借金もなく、権威も名声もないが善意の人たちに恵まれ、何の不平、不満がありましょうか、という感じです。ま、いつ死んでも後悔はしない生き方をしたいとうそぶきつつ、ぼくは長生きするのではないかと内心思っていて、還暦もすでにクリアーしたから、次は古希、喜寿、傘寿、米寿、卒寿、白寿とポロリンコ人生を送るつもりです。井伏鱒二の漢詩訳に「さよならだけが人生だ」というのがあるが、「ありがとうだけの人生だ」と殊勝に思う今日、誕生日の日でありました。
チゲ鍋/ブリ照り焼き、湯豆腐、筑前煮、黄金イカ/すき焼き、デザートはハーゲンダッツのアイスクリーム。

写真は三日前の散歩写真。近所の老人ホームの庭の白梅(,)がもう咲いてた。早めの春のメッセージ。

2016年1月21日(木)
<ホームレス花菜あかりに灯さるる>というのは母の句。花菜は「菜の花」の別称。「花菜あかり」という言葉はいいね。菜の花、それ自体が暖かく発光しているような印象がある▶なぜ、母は菜の花とホームレスを結びつけたのか。<ホームレス菜の花畑をホームする>というのも母の句であった。母は実際に、ホームレスらしき人が菜の花畑に寝ころんでいるのを見たのかもしれない▶高田渡の「生活の柄」、「歩き疲れては 夜空と陸との 隙間にもぐり込んで 草に埋もれて寝たのです」という歌を思い起こす。菜の花に埋もれて寝れば、ホームレスも少しは安らかに眠れるだろうか▶昨夜は夜間レレ教室。誕生日ということで、生徒さんからポテチやら缶ビールとビールのおつまみやらいただいた。寒い冬の夜にへっぽこの教室に参加してくれる生徒さんたちがありがたいです。トンカツ、キャベツサラダ、大根の味噌汁、カブとキュウリのぬか漬け。

写真は、最近の散歩時でみかけた菜の花(,)の一群。例年より早くにお目にかかったように思う。午後の日差しを浴びて、まさに「花菜あかり」の様相がしていた。春、遠からじ。

週刊「猫並日記」2016 (1.11〜1.17)

2016年1月11日(月)
昨日は日曜レレクラスでポロリンコ♪ 教わる側の立場、生徒さんの立場になって教えるということをもっと意識せねばと思っておるのね。ウクレレ教室をやっていて、なにより嬉しいのは生徒さんたちが上手になっていくこと。そうなっていくためにレッスン内容をもっと工夫せねばと考えるへっぽこウクレレ伝道師の年頭所感▶ところで、昨年末、映画配信サイトHULUに加入して以来、暇さえあれば映画を観まくってる。年末から正月にかけて観たのは、「ダ・ヴィンチ・コード」、「天使と悪魔」、等のミステリー・サスペンス系、「オースティン・パワーズ」等の脱力お笑い系、「イレイザーヘッド」等の「アートきもい」系、「カジノ」、「パルプ・フィクション」、「ツイン・ピークス」等のクライム・バイオレンス系、「ドライビング Miss デイジー」、「初恋のきた道」等のヒューマンドラマ系・「シンドラーのリスト」、「ゴッドファーザー」、「ゴッドファーザー・パート2」、「ゴッドファーザー・パート3」等の長時間大作、とか、「アニー・リーボビッツ レンズの向こうの人生」、「ビートルズの原点 クオリーメン」とかのドキュメンタリー系、ポール・マッカトニー、ローリング・ストーンズ等のライブとか、とか。HULUは視聴履歴が残るので書き出してみた。かつてよく観た「サタデーナイトライブ」の最近放送分が観られるのも嬉しい▶大画面モニターはないけど、テレビのある6畳間にサラウンド5.1チャンネルのスピーカーシステムがあって、映画を観るときの音はけっこう迫力があるんだ(ウーハーは小型だけど、重低音で床が揺れるくらい)。レンタルDVDを観賞するために、随分前に買ったのだけどビデオレンタルは返却するのが億劫で、ご無沙汰になってた。HULUを観るようになって大活躍。映画は音の要素が大きいと思う。出不精でものぐさなぼくにはおあつらえ向きの娯楽となってます▶で、ちょいと前に観た中国映画「初恋のきた道」、もうだいぶ以前の映画だけど、初めて観賞。主演のチャン・ツィイーの可愛いこと。仕事から帰った秘書にそのことを言ったら、「ああ、チャン・ツィイーね。おじさんたちがみんなぞっこんになるんだよね」とちょっと冷めた感じで言われた。豚肉チゲ鍋/サバ味噌煮、生ハムと大根サラダ、もやし炒め、黒豆、大根なます/白身魚、ブロッコリー、プチトマト、ポテサラ、大根と鶏肉のスープ、おから/麻婆茄子、チキンスープ

画像はその「初恋のきた道」のシーン。うん、当時19歳?のチャン・ツィイーの愛らしさでもっている映画だと思う。

2016年1月14日(木)
<冬日向野良猫はいま女神の相>というのは母の句。正月あたりは暖かい日が続いたが、今週に入って冬らしい寒さとなった。それでも今日のような晴れた日の、日中の日だまりにいると陽光の暖かさを感じる▶春や秋の晴天の暖かさではなく、まして夏の陽光のぎらぎらした暑さとはまったく違う、ほのかでじんわりとした暖かさ。冬の陽光は太陽の慈しみ、というか、なんだか、とてもありがたい感じがする。そうした「冬日向」に包まれて、野良猫はうっとりと目を細めるわけです▶昨日、一昨日とレレ教室。新規生徒さんもぽつぽつとで、ありがたいこっちゃ。チャンポン/挽き肉オムレツ、イカ天、干瓢、ニンジン、サヤエンドウ、カボチャの煮付け、じゃがいも、塩鮭/天ぷらうどん、稲荷寿司、海苔巻き、イカと水菜、玉葱のマリネ、ハスとカボチャ、チキンの炒め物。

写真は、最近の「散歩猫」(写真)。以前は散歩をしていて野良猫の姿をよく見つけたものだが、最近はあまり見かけなくなった。この子はひさびさの遭遇。冬の日だまりの中でうっとりと目を細めていた。おっとりとした感じのこの子は「女神の相」というより、「仏の相」。

2016年1月17日(日)
昨年1月に他界した中山康樹さんの「誰も書かなかったビートルズ」。何冊かある彼のビートルズ本の内、ファン・クラブの会報誌「月刊ザ・ビートルズ」で13年間続けた連載を「蔵出し」したもの▶10数年前、まだアナログでイラストを描いていたころ、「レット・イット・ビー・ネイキッド」というムック本でイラストを描かせてもらったことがあるが、今回の「誰も書かなかったビートルズ」はそのときの編集者さんが手がけた本で、その関係から当時使用したイラストを再度使うことになった。今回の分のギャラもちゃんといただいたので、ぼくとしては「不労所得」(大好きな言葉)になったわけで、ありがたいこと▶昨年11月に出版された本だけど、最近になって読み終えた。中山さんというとジャズ、とりわけマイルス、という一般的な印象があると思うが、彼はディランもストーンズもジミヘンもビーチボーイズもスプリングスティーンも熱く語る人で、ぼくの音楽趣味に類似しているところが多いなあ、とは著作を読んで思うこと。同年代だし、同時代に音楽を聴いてきた時代背景への思い入れも似ていることもあるかもしれない▶この本には中山さんのビートルズに対する思い、「ビートルズ愛」というものが溢れていて、それは、「誰かひとり欠けても、誰か他の人物が入っても絶対に成立しないグループ、それがビートルズ」という言葉に出ていると思う。ストーンズやビーチボーイズなどは、メンバーチェンジをしてもグループとして成り立つが、ビートルズは「あの4人でなければならない」ということだね▶ぼくはジョン好きだけど、ビートルズ総体としての音楽の魅力(コーラスグループとしてのビートルズという捉え方)を考えると、確かに仰る通り、ポールはもちろん、ジョージもリンゴも「必須」であったなと。ジョージやリンゴの存在こそが、ビートルズをビートルズたらしめるものだとぼくが思うようになったのは、わりとおじさん年代になってからだけど▶この本には、中山さん選出の(「ほとんど不可能だが」と前置きしながら)ビートルズ・ベスト10を中心に、ビートルズ関連のトリビア的な事実やビートルズ周辺の様々なミュージシャン(アルバート・アイラーに至るまで! ポールが好きだったらしい)について触れ、中山さんの「音楽的多趣味」が表れている▶また、現在の日本の音楽業界の不振について、強引な結論としながらも、洋楽が聴かれなくなったことが原因のひとつではと、中山さんはこの本の中で書いていて、うむ、そうかもと思った。そして、日本でしか通用しない「洋楽の顔をした邦楽」がはびこり、「本物の洋楽」を締め出してしまった、と。で、なんだか浅薄な音楽が溢れるようになって、日本の音楽は消費されるだけの、語るにも足らない存在になったということをぼくは思いますね▶そのことを中山さんは、「年上世代の怠慢」と指摘している。ビートルズも含め、かつて素晴らしい「洋楽」が日本で多く聴かれていたことを、年上世代は若者たちにあまり伝えてこなかったということです。ボブ・ディランやニール・ヤングやザ・バンドを若者たちの多くが知らないというのはやっぱり年上世代の怠慢かもしれないわけで、年上世代として、ことあるごとにそうした素敵な洋楽を伝えていきたいなあと思ったのでした。鱈鍋、ブロッコリー、もずく酢、コールスロー/牛丼、お吸い物/エボダイ、大根味噌汁、肉野菜炒め、茄子田楽、竹輪磯辺揚げ、ほうれん草お浸し/

写真は中山康樹著「誰も書かなかったビートルズ」(写真,)。挿入イラストのビートルズ4人の顔を隠しているのは、いわゆる「大人の事情」。