2016年8月22日月曜日

週刊「猫並日記」2016 (7.25〜7.30)

2016年7月25日(月)
ここのところ、高原の避暑地にいるような気候が続いている。幼い頃、家族で過ごした那須の別荘での夏の日々を思い出す。乳母の背に負われて見た夕焼け小焼けの赤とんぼが懐かしい。……なんつって▶昨日は日曜レレ教室を終え、NYCに「入浴し」てきた、のだっちカップルとパラ本で飲み会。お土産話を聞きながら、楽しく飲んだ。ライブやフォークデー(最近、ご無沙汰だが)以外でパラ本を訪れることはあまりないのだが、なんつうか、「平素」なパラ本もいい雰囲気だった。カレーライス、ポテサラ/トマトクリームパスタ、コールスロー、ポタージュスープ/オムライス、ウィンナー、鶏ササミサラダ/焼きうどん、キュウリとワカメの酢の物、味噌汁/トンカツ、キャベツサラダ、マグロぶつ切り、ワカメと豆腐の味噌汁/ゴーヤチャンプルー、ピーマン煮浸し、ししゃも、トマト、キュウリのサラダ/親子丼、ワカメとキュウリの酢の物、しじみ味噌汁

写真はのだっちからの亜米利加土産、ペパーミントタブレット。クリントンバージョンには「モニカ・ルインスキーの元彼の妻を大統領に」、トランプバージョンには「ウィ・シャル・オーバーコーム」(comeとcombの駄洒落じゃね。ほら、トランプって後頭部から櫛で髪を前に持ってきてる感じがあるから)と書かれてますね。さらにBad Breathとも。たぶん、これくらい盛り上がりに欠ける大統領選もあるまいね。まあ、トランプはないと思うけれど。

2016年7月28日(木)
<戒名に無無無と誦す春の宵>というのは父の句。この句は、父が亡くなってしばらくして送られてきた、父の俳句同人誌に掲載されていたもの。だから父の辞世の句ということになる。今日は父の命日。5年前の2011年7月28日の朝方、兄とぼくと、そのころ特養にいた母の到着を待って、三人に看取られながら静かに息を引き取った。死因は脳腫瘍、享年90歳▶父は、定年後は俳句や絵画を楽しむ「趣味悠々」に生きた人で、母ともよく旅行に行ったりと、穏やかでごく幸せな余生を送ったと思う。父はあまり多く語らない人だったが、ぼくがビートルズに夢中だった中学生のころ、「抱きしめたい」(♪アイワナホールジューヘ〜ン)を歌ってたら、「哀れ補充兵、かあ?」と駄洒落を言って笑ったことを覚えている。ときどき、そういうしょうもない駄洒落めいたことを言う人ではあった。
父から説教されたり、小言を言われたことは一度もない。息子に対して少し距離を置いているというのか、シャイだったのか。でも、ぼくがちょっと心を病み、不登校をしていた高校時代、照れ臭そうに「この本、読んでみんか」とアランの「幸福論」の文庫をぼくに差し出したことがあった▶アランの「幸福論」は「心の痛みをお腹の痛みと同じとみなせば、いやな言葉も忘れられるし、いちいち気に障る言葉も気にならなくなる。病気なんだから、そのうち治ると思って我慢すればいい」なんてことが書かれている本で、後からあの高校時代の辛い精神状態は「病気」だったんだと思えて気が楽になったように思う。父も若い頃にノイローゼを病んだ人だった▶父に叱られたこともほとんどなかったが、母が鬱病に罹り、帰省して世話をしていたころ、病的に神経質になっていた母(病気だから仕方ないのだけど)の態度に辟易し、母に怒鳴ってしまったことがあった。そのとき、父が「おまえの母ちゃんぞ!」とぼくを強く叱った。それが幼い頃から父が亡くなるまで、ただ一度だけ父から叱られたこと。そのことを思い出すたび、母に申し訳ないことをしたと後悔する▶父に対しては亡くなった後から、なかなか良くできた人物だったなあと思うことが多い。父を見習おうと思うところも多くある。色々と感謝もしている。鶏と五目野菜の炒め物、夏野菜のごま油和え、トマト、ウィンナー、ゴマ豆腐/夏野菜のパスタ、生ハムサラダ、竹輪の揚げ物/白身魚のソテー、野菜サラダ、そぼろ豆腐、もずく酢

写真()は父が遺した油絵3点。巌流島が横たわる関門海峡の風景と母の肖像は父が好んだテーマ。

2016年7月30日(土)
ぼくのウクレレ教室は、地元大和の生涯学習センターというところを拠点に活動しているが、他にも音楽系サークルはいくつかあって、「うたごえサロンやまと」というのもそのひとつ。ピアノ伴奏をつけ、プロジェクターで投影された歌詞を見ながら、みなさんで声を合わせ歌って楽しむという内容。比較的年配の方々が多いので、選曲も昔の歌声喫茶でよく歌われたような曲が中心のようだ▶その「うたごえサロンやまと」の代表Iさんから「熊本地震チャリティ歌声」という催しをやるので、ウクレレのみなさんにも出てもらえないかと打診があったのが、ひと月ちょっと前。熊本地震については、震源地近くに義理甥、姪の家族が住んでいたり、4月14日夜と16日未明に起きた震度7の地震は、たまたま下関に帰省していたことで揺れを感じ、とても他人事ではない気がしていた。そうしたこともあり、「熊本地震チャリティ歌声」にウクレレ部隊を率いて参加することにした▶そのイベントが明日、大和高座渋谷にあるホールで行われる。我々は演奏を3曲、ピアノ奏者との伴奏を4曲ほどやる予定。200人以上は集まるのではないだろうか。ひとり1000円の参加費を募り、収益金は最も被害が大きい益城町の小学校へ、楽器購入代金として寄付されるとのこと▶今回のイベントには30人ほどの生徒さんたちが参加することになっているが、参加しない生徒さんたちの中からも義援金をことづかった。嬉しかった。そんなわけで、明日は大和の一角で熊本の復興を祈る歌声とウクレレの音色が響きわたることでありましょう。カレイの煮付け、夏野菜とモヤシ炒めもの、竹輪の天ぷら、ゴボウと蒟蒻のピリ辛炒め、冷や奴。

画像()はぼくの教室のひとりの生徒さんの手作り冊子。彼女の故郷は熊本で、今でも故郷のみなさんと親交があり、文通もしているということ。今回の地震直後からの文通文面(「いまどき、葉書でやりとりしてるんですよ」と彼女は笑いながら言った)を「なでしこ通信」という表題の冊子にしたもの。彼女から「読んでください」とぼくはいただいた。文通のお相手は、こういう状況にありながらも「あなたかわりはないですか、日毎、余震が続きます」とか、「あれ以来、太りました。非常を想定して、いつも大飯を食うからです。これを『ファットクラス症候群』と私は呼びます」などと、なかなかユーモアのある方のようだ。熊本地震から100日を過ぎたが、早く被災地の人たちの笑い声が、たくさん聞けるような状況になることを祈っています。

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