2016年5月4日水曜日

週刊「猫並日記」2016 (3.29〜4.3)

2016年3月29日(火)
<さくら前線鼓動のひびくそば枕>というのは母の句。桜開花の便りが届くと心が浮き足立ち、夜、眠りに就こうとするときも桜の咲き具合が気になる、という感じか▶俳句をやる人にとって、桜というのは特別な花だろう。俳句で「花」と言えば、それは桜の花を指すわけで▶母にも桜の花を詠んだ俳句は多い。母の病室の窓からほころび始めた桜は見えるだろうか▶今日はE天気。♪晴〜れた〜空〜そ〜よぐ風〜。開け放した窓から「やあ、お待たせ」と春の風がぼくの部屋を訪問中。川沿いの桜はだいぶ咲いてきただろうか。ちょいと散歩にでも行ってこようか。

豚肉、野菜入りのラーメン鍋、オクラとワカメの酢味噌和え/カツ丼、小うどん、きんぴらゴボウ、ポテサラ、冷や奴、ワサビの花葉の塩もみ(初めて食べた、ワサビの辛さはそのまま、美味であった)/鯵の塩焼き、茄子の煮浸し、キャベツと油揚げの炒め物、キュウリとワカメの酢の物、豚汁/焼きうどん、味噌汁/ししゃも、ほうれん草とモヤシの炒め物、筑前煮、オクラトッピング冷や奴、キャベツの味噌汁/

動画は銀ちゃん食事の模様、「ゴハン」と言ってるね。

2016年3月30日(水)
ぼくが大好きな言葉で「不労所得」というのがありますが、先日、ぼくのイラスト作品サイトを見て、「二次使用は可能でしょうか」という問い合わせが出版社からあった。10年ほど前に雑誌のスポットイラストレーションのために描いたモノクロ・イラストをデジタルでカラーにしたもの。当時の編集者氏とは今も懇意にしているし、オッケーということに▶イラストが使われるのは電子書籍の小説ということで、ギャラはまあ安いですけど、ただデータを送るだけの「不労所得」、ありがたいこって▶そんなわけで、「棚からぼたもち」、これも好きな言葉。

ミートボール、ハス、カボチャの甘煮、焼き茄子、マカロニサラダ、生シラス、辛子明太子。

動画は昨日の川っぺり桜の状況。満開までもうちょっとかな。ウグイス(声はすれども、だけど)絶好調。

2016年3月31日(木)
<努力は趣味の一種なの。女好きとか遊び好きとか貯金好きと同じ水準>というのは、本日付朝日「折々の言葉」から、漫画家の東海林さだおさんの言葉。「やりだしたら止まらない、要は、何かに耽る、のめり込むという人の業が、文化を起動させるのか」と選者の鷲田清一さん▶そうなんだよなあ、嫌なことを歯をくいしばってやることは努力じゃなくて、それは忍耐。「趣味の一種」である努力が自分を磨き、自己肯定感を得ることに繋がるという方向に向いていれば、幸福だと思う。たとえそれが報われなくても、努力することは単に趣味だと思えば、くよくよしないですむわけで▶ぼくは忍耐はあまりしないけど、「趣味としての努力」はわりとする方かなあ。あまりお金にはならないけど。

餃子、ニラ卵とじ、ワカメとキュウリの酢味噌和え、辛子明太子、もずく酢、冷や奴。

写真()は、近隣公園のコブシ。前回散歩時に見かけたときは花芽だったのに満開の様相。今年の春は花々に前のめりの勢いがあるように思う。

2016年4月3日(日)
<遠耳に花のことばは聞こえけり>というのは父の句。晩年の父は耳が遠くなり、大きな声で話さないと会話が成立しなかった。補聴器は持っていたが、装着するのが不快らしく、普段は「遠耳」の状態だった。ぼくが子どものころ、父は祖父からよくぶつくさ小言を言われていた。祖父はのんびりタイプの父とまったく違う性格の短気な人で、のったりしてあまり甲斐性のない父が歯がゆかったのだろう▶そんな祖父の小言も父には「馬耳東風」。父は反論するわけでもなく、ただ黙って聞いていたように思う。父にとって、周囲の雑音が入らない遠耳の状態の方が心安く生活できたのだろう。「花のことば」は耳で聞くものではないだろうし▶桜満開のこの時期に、関東圏は薄ら寒い花曇りの昨日、今日。イマイチ花見の気分にはなれない。今週半ば以降、はらはらと桜が散るころか(桜は散り際がいいよね)、暖かくなるようだが。

トンカツ、キャベツサラダ、ほうれん草味噌汁、昆布佃煮、キムチ/鱈ソテー、野菜サラダ、竹輪、ほうれん草白和え、金時豆、大根味噌汁/親子丼、おから、ほうれん草お浸し

写真()は近隣の枝垂れ桜(三日ほど前の撮影)。民家の庭にある桜で、以前からなかなか立派な枝ぶりだと思っていたが、今年はばっさりと枝が切られていた。桜は枝を切ったりして手を入れないと枯れてしまうようで、仕方ないけど、ちょっと残念だった。




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