2016年3月3日木曜日

週刊「猫並日記」2016 (2.15〜2.21)

2016年2月15日(月)
昨日は、春の嵐、豪雨の中を雨合羽着て自転車でレレ教室に。午後はウソみたいに晴れて暑くなった。生徒さんから手作りのお弁当やチョコレート等いただき、ありがたいことであります。2コマ終えて帰宅後、生徒さんたちのユニット「ピンク・デ・ポロリンコ」がパラ本フォークデーに出場するというので、ヘタレ気味であったが、パラ本に向かった▶ぼくはヘタレていたこともあったが、ここのところのスランプ継続中で、いまひとつ演奏する気持ちになれなかったので、今回は聴く側に回った。いつもの面子の演奏に加え、後半、久しぶりに洋介さんのギターも聴けて、楽しい夜になった▶さて、今日はまたぐっと気温が下がり、ジェットコースターのような寒暖差で、中庸なき気候というか、世の中もそれに似てきたような。さてさて、どうも心がいびつになって、なんだかなんだかの気持ちだが、あれやこれやとちゃんちゃんとやっていくようにいたしましょう。さてさてさて。

ちらし寿司、ゴマ豆腐、豆腐とワカメのお吸い物/鶏つみれ鍋/鯵の塩焼き、茄子の煮浸し、カボチャの煮付け、昆布煮豆/ドライカレー、ピーマン炒め、チーズブリトー

写真(,)は昨夜の「ピンク・デ・ポロリンコ」(ちょいとピンキッシュに色調加工)。彼らがライブをやるときは、「ライブ指南」のようなことをして、演奏アドバイスをしていたが、今回は自主的に選曲、コーラスアレンジ等して、なかなか良かった。なんだか巣立っていく感じがして嬉しい気がした。

2016年2月18日(木)
<湯豆腐や残り時間が気にかかる>というのは母の句。気にかかる「残り時間」というのは、人生の残り時間ということだろう。「残り物には福がある」という言い方もあるので、人生の残り時間は、できれば楽しく愉快に過ごせればと思う。さて、その「人生の残り時間」を過ごしている母を訪ねる2月ミッションに、これからばたばたと参ります。今回は二泊三日の短期ミッション、明後日の土曜夜には戻ってくる予定。お土産は母ちゃんへの笑顔、ということで。

メンチカツ、肉野菜炒め、薩摩揚げ、カブと挽き肉のあんかけ、ネギとワカメのぬた和え/豚肉チゲ鍋、マカロニサラダ/サバ味噌煮、豆腐とシイタケのあんかけ汁、ゴボウとコンニャクのピリ辛/

写真()は近隣、徳善寺の境内片隅に咲いていた福寿草。縁起の良さそうな花名だね。春を告げる花のひとつ。

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午後2時羽田発の飛行機に乗って、4時前には北九州空港到着。小倉駅に5時ごろ、そしてただいま午後6時、下関駅近くのロッテリアでウェブチェックしているところ。あっという間に着きました▶この時間帯で羽田から向かうことが多いのだけど、前回、12月ミッションのときは下関駅に降り立つととっぷり日が暮れていたが、今回は夕日に迎えられた。だいぶ、陽が伸びたね▶さて、これからバスで10分ほどの、実家がある下関の彦島というところに向かいます。実家に着いたら、荷物を解いて、近所のスーパーで食料品等を買い出しに行くのが、このところの慣わし▶けっこう刺身や握り寿司等が安くておいしいんだ。閉店前に行くと半額セールとか、やってるしね。で、ビールなど飲みながら、まったりと孤食するわけだけど、これがミッションの一番の楽しみだったりします▶ところで、今回はiPad用にコンパクトなブルートゥースキーボードを購入して持ってきた。今。使ってるけど、快適です。今までタッチパネルで打つのはストレスだったから▶さてさてさて、母に会うのは明日から。この前、「奇蹟の再会」をした吉田愛子先生には小学校のときのアルバムを持ってきたのでお見せしようと思ってる。

2016年2月19日(金)
ふたつきぶりの母との逢瀬、さして変わりもなく「底値安定」状態。ただ、精神的にはだんだんと後退している感じはある。これは仕方ない。▶食べ物をお土産に買っていってもほとんど口にしないので、ここ数回のミッションでは、実家の庭に咲く四季折々の花など手折って持って行っていたが、この時期、実家の庭は花無し状態。で、思いついて、母の好物のイチゴショートケーキを買っていったら、思いの外、食べてくれた。「范文雀」(って人、いたよね。半分弱ね)くらいだけど。▶前回、再会した隣のベッドの吉田先生には小学校の卒業アルバムから写真をスキャンしてフレームに入れて差し上げた。アルバム自体もお貸しした。前回、昔の写真やアルバムなどはほとんど処分したと言っておられたので。半世紀前の写真を、「懐かしい、懐かしい、良い時代だったわ」と喜んでもらえた▶今回は、病院の担当者会議やケアマネの方との相談などあったので、バタバタと1日が過ぎた。で、もう明日の夜には帰路に着くので慌ただしい感じはある▶母は毎回、「お嫁さんとは仲がええかね?」と聞くのだが、今回、ちょっと意地悪して「まあまあね」と言ったら、「とっても、やないの?」と言うんだね。「うんうん、とっても」と言うと笑顔を見せた。ちょっと可笑しかった。

2016年2月20日(土)
母ちゃんに「また来るけえね」と指切りして別れて、ただいま20時30分、北九州空港なう。21時05分の羽田行きに搭乗予定なんだけど、この便、「条件付き運航」ということで、場合によってはまた北九州空港に戻ってくるかもしれないということ。関東沿岸部で夜半にかけて急速に発達するとされている低気圧のせい。うーむ、どうなりますことやら。
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飛行機は定刻通りに出発、降下しながら着陸態勢になるとき、けっこう揺れたけれど、遅れることもなく無事、羽田に着きました。電車も問題なく運行、さきほど住居に辿り着き、ほっとしているところ。レレ神さまのご加護でありましょう。気疲れしたです。

2016年2月21日(日)
今回のミッション、やや「スランプ状態」を引きずって出発したのと、二泊三日のショートステイだったため慌ただしく、帰りの便の「条件付き運航」(結果的には支障はなかったが)もあったりで疲れた。母は特に変わりもなく、スランプ状態にありがちのヘマもせず、無事帰還できたので、まあ、良かった▶母については懸案事項があって、それは2年後、2017年度末に母がいる病院の介護病棟が廃止されるという問題。医療費抑制が主な目的で、国が「介護療養病床」を廃止するという法案は、いったんは延期になったが、2年後は実施されることになったんだね▶今回はその件について、病院側から「家族の意向」を聞かれたのだが、どうであれ、今受けているサービスと同質なものを継続してもらいたいということに尽きる。具体的には母が受けている点滴は医療行為にあたり、それゆえ特養等の介護施設に入所できないというのが「原則的」にあったわけで▶今の時点では病院側も具体的な方策はこれからという感じだが、なんらかの方策をし、「追い出す、というようなことはしません」とは言った。母がいる病棟にも100人ほどの「対象患者」がいるとのこと。ただ、母のいる病院は経営グループに介護施設をいくつか持っており、病院と同じ敷地内にも特養があり、この問題が浮上してから、兄が介護病棟廃止以降のその施設への入所を既に打診はしていた▶病院と特養は同グループでも別組織なので、病院との話し合いの後、母のケアマネにあらためて相談したら、病院からの転所についても希望できる状況にあり、水分補給程度の点滴(母が受けているもの)であれば、その特養でもできるということで、とりあえず少し安心はした。2年後というのは92歳になろうとする母にとって、また今の母の状況を考えれば、微妙な時期ではあるが、母の最晩年をできるだけ安らかにするため、手を打っておく必要はあるわけで▶母は度々、「ここ(病院)にはずっとおられるんかね?」と不安そうに言うことがある。病棟がなくなることを母に感づかれるようなことにならないようにと、病院側にはお願いした。「底値安定」の母であっても、もちろん、今の状態がずっと長く続くわけではないだろう。ケアマネの方に「入所できれば、看取りまでお願いします」と言ってから、すごく切なくなった。

写真は好物のいちごショートケーキを前に微妙な表情の母。「そんなに食べたくないけど、せっかく息子が買ってきたから、少しは食べんにゃいけんやろか」と思っていたのだろうか。それでもイチゴは完食、ケーキも半分弱は食べてくれた。

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