2016年2月5日金曜日

週刊「猫並日記」2016 (1.11〜1.17)

2016年1月11日(月)
昨日は日曜レレクラスでポロリンコ♪ 教わる側の立場、生徒さんの立場になって教えるということをもっと意識せねばと思っておるのね。ウクレレ教室をやっていて、なにより嬉しいのは生徒さんたちが上手になっていくこと。そうなっていくためにレッスン内容をもっと工夫せねばと考えるへっぽこウクレレ伝道師の年頭所感▶ところで、昨年末、映画配信サイトHULUに加入して以来、暇さえあれば映画を観まくってる。年末から正月にかけて観たのは、「ダ・ヴィンチ・コード」、「天使と悪魔」、等のミステリー・サスペンス系、「オースティン・パワーズ」等の脱力お笑い系、「イレイザーヘッド」等の「アートきもい」系、「カジノ」、「パルプ・フィクション」、「ツイン・ピークス」等のクライム・バイオレンス系、「ドライビング Miss デイジー」、「初恋のきた道」等のヒューマンドラマ系・「シンドラーのリスト」、「ゴッドファーザー」、「ゴッドファーザー・パート2」、「ゴッドファーザー・パート3」等の長時間大作、とか、「アニー・リーボビッツ レンズの向こうの人生」、「ビートルズの原点 クオリーメン」とかのドキュメンタリー系、ポール・マッカトニー、ローリング・ストーンズ等のライブとか、とか。HULUは視聴履歴が残るので書き出してみた。かつてよく観た「サタデーナイトライブ」の最近放送分が観られるのも嬉しい▶大画面モニターはないけど、テレビのある6畳間にサラウンド5.1チャンネルのスピーカーシステムがあって、映画を観るときの音はけっこう迫力があるんだ(ウーハーは小型だけど、重低音で床が揺れるくらい)。レンタルDVDを観賞するために、随分前に買ったのだけどビデオレンタルは返却するのが億劫で、ご無沙汰になってた。HULUを観るようになって大活躍。映画は音の要素が大きいと思う。出不精でものぐさなぼくにはおあつらえ向きの娯楽となってます▶で、ちょいと前に観た中国映画「初恋のきた道」、もうだいぶ以前の映画だけど、初めて観賞。主演のチャン・ツィイーの可愛いこと。仕事から帰った秘書にそのことを言ったら、「ああ、チャン・ツィイーね。おじさんたちがみんなぞっこんになるんだよね」とちょっと冷めた感じで言われた。豚肉チゲ鍋/サバ味噌煮、生ハムと大根サラダ、もやし炒め、黒豆、大根なます/白身魚、ブロッコリー、プチトマト、ポテサラ、大根と鶏肉のスープ、おから/麻婆茄子、チキンスープ

画像はその「初恋のきた道」のシーン。うん、当時19歳?のチャン・ツィイーの愛らしさでもっている映画だと思う。

2016年1月14日(木)
<冬日向野良猫はいま女神の相>というのは母の句。正月あたりは暖かい日が続いたが、今週に入って冬らしい寒さとなった。それでも今日のような晴れた日の、日中の日だまりにいると陽光の暖かさを感じる▶春や秋の晴天の暖かさではなく、まして夏の陽光のぎらぎらした暑さとはまったく違う、ほのかでじんわりとした暖かさ。冬の陽光は太陽の慈しみ、というか、なんだか、とてもありがたい感じがする。そうした「冬日向」に包まれて、野良猫はうっとりと目を細めるわけです▶昨日、一昨日とレレ教室。新規生徒さんもぽつぽつとで、ありがたいこっちゃ。チャンポン/挽き肉オムレツ、イカ天、干瓢、ニンジン、サヤエンドウ、カボチャの煮付け、じゃがいも、塩鮭/天ぷらうどん、稲荷寿司、海苔巻き、イカと水菜、玉葱のマリネ、ハスとカボチャ、チキンの炒め物。

写真は、最近の「散歩猫」(写真)。以前は散歩をしていて野良猫の姿をよく見つけたものだが、最近はあまり見かけなくなった。この子はひさびさの遭遇。冬の日だまりの中でうっとりと目を細めていた。おっとりとした感じのこの子は「女神の相」というより、「仏の相」。

2016年1月17日(日)
昨年1月に他界した中山康樹さんの「誰も書かなかったビートルズ」。何冊かある彼のビートルズ本の内、ファン・クラブの会報誌「月刊ザ・ビートルズ」で13年間続けた連載を「蔵出し」したもの▶10数年前、まだアナログでイラストを描いていたころ、「レット・イット・ビー・ネイキッド」というムック本でイラストを描かせてもらったことがあるが、今回の「誰も書かなかったビートルズ」はそのときの編集者さんが手がけた本で、その関係から当時使用したイラストを再度使うことになった。今回の分のギャラもちゃんといただいたので、ぼくとしては「不労所得」(大好きな言葉)になったわけで、ありがたいこと▶昨年11月に出版された本だけど、最近になって読み終えた。中山さんというとジャズ、とりわけマイルス、という一般的な印象があると思うが、彼はディランもストーンズもジミヘンもビーチボーイズもスプリングスティーンも熱く語る人で、ぼくの音楽趣味に類似しているところが多いなあ、とは著作を読んで思うこと。同年代だし、同時代に音楽を聴いてきた時代背景への思い入れも似ていることもあるかもしれない▶この本には中山さんのビートルズに対する思い、「ビートルズ愛」というものが溢れていて、それは、「誰かひとり欠けても、誰か他の人物が入っても絶対に成立しないグループ、それがビートルズ」という言葉に出ていると思う。ストーンズやビーチボーイズなどは、メンバーチェンジをしてもグループとして成り立つが、ビートルズは「あの4人でなければならない」ということだね▶ぼくはジョン好きだけど、ビートルズ総体としての音楽の魅力(コーラスグループとしてのビートルズという捉え方)を考えると、確かに仰る通り、ポールはもちろん、ジョージもリンゴも「必須」であったなと。ジョージやリンゴの存在こそが、ビートルズをビートルズたらしめるものだとぼくが思うようになったのは、わりとおじさん年代になってからだけど▶この本には、中山さん選出の(「ほとんど不可能だが」と前置きしながら)ビートルズ・ベスト10を中心に、ビートルズ関連のトリビア的な事実やビートルズ周辺の様々なミュージシャン(アルバート・アイラーに至るまで! ポールが好きだったらしい)について触れ、中山さんの「音楽的多趣味」が表れている▶また、現在の日本の音楽業界の不振について、強引な結論としながらも、洋楽が聴かれなくなったことが原因のひとつではと、中山さんはこの本の中で書いていて、うむ、そうかもと思った。そして、日本でしか通用しない「洋楽の顔をした邦楽」がはびこり、「本物の洋楽」を締め出してしまった、と。で、なんだか浅薄な音楽が溢れるようになって、日本の音楽は消費されるだけの、語るにも足らない存在になったということをぼくは思いますね▶そのことを中山さんは、「年上世代の怠慢」と指摘している。ビートルズも含め、かつて素晴らしい「洋楽」が日本で多く聴かれていたことを、年上世代は若者たちにあまり伝えてこなかったということです。ボブ・ディランやニール・ヤングやザ・バンドを若者たちの多くが知らないというのはやっぱり年上世代の怠慢かもしれないわけで、年上世代として、ことあるごとにそうした素敵な洋楽を伝えていきたいなあと思ったのでした。鱈鍋、ブロッコリー、もずく酢、コールスロー/牛丼、お吸い物/エボダイ、大根味噌汁、肉野菜炒め、茄子田楽、竹輪磯辺揚げ、ほうれん草お浸し/

写真は中山康樹著「誰も書かなかったビートルズ」(写真,)。挿入イラストのビートルズ4人の顔を隠しているのは、いわゆる「大人の事情」。

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