2015年9月30日水曜日

週刊「猫並日記」2015 (9.14〜9.19)

2015年9月14日(月)
昨日は日曜レレ教室を終えて、「3丁目ウクレレの時間」@たまプラーザ「3丁目カフェ」に出席参加。出演者は、ぼくと司会進行役も務めたパイン・オカヤマことイサジくん、ビートルズがお好きで、ウクレレ教室の先生もなさっている松田ようこさん、急遽出席のイパネマ川崎さん▶ぼくの教室の生徒さんたちもウクレレ持参で来てくれて、最後は全員で松田さんの曲や、「聖者の行進」、「ユー・アー・マイ・サンシャイン」等をポロリンコ♪合奏、楽しく和やかな「ウクレレの時間」を過ごした▶今回のステージではPAにコンデンサーマイクを使用、エアー感がある音質もさることながら、楽器前、眼前にマイクがないフリーな感じがとてもよろしく、気持ちよく演奏できた。ウクレレのような、繊細で柔らかい音質の音を拾うのはやっぱりコンデンサーマイクがいいね▶で、仕掛け人の江川さんのひと声で、「3丁目ウクレレの時間」次回開催も決まった。次回は祝日の11月23日。今回は初参加だったので、合同演奏の準備もあまりできなかったが、次回はその辺、もう少し練って、ウクレレ好きなお客さんを巻き込んでの楽しいイベントにできたらいいかな、と思っておりますレレ。一昨夜は牛肉、野菜サラダ、シメジと豆腐のお汁、焼きシイタケ/昨夜は帰宅後、ラーメン、おにぎり

写真は昨夜の「ウクレレの時間」、出席者の面々。赤帽赤縞Tのへっぽこ山下(来てくれた岡野さん撮影)、赤Tシャツのイサジくん、アロハシャツの松田ようこさん、レスポール・ウクレレのイパネマ川崎さん。

2015年9月15日(火)
爽やかな良い天気だね。秋の第1楽章、って感じだな。ぼくは年齢的には、人生の秋パートに入っていると言えるけど、気持ち的にはまだ夏の終わりくらいかな。さすがに、まだ盛夏とは言いますまい。心に燃えかすのような熱さを残しつつ、このまま「夏の終わり」くらいのテンションをキープしたまま、くたばりたいものだ。チキンライス、玉子スープ。

ところで、日曜日にやった「3丁目ウクレレの時間」のYouTube動画を「3丁目カフェ」の名島さんがアップしてくれたので、URLを貼っておきます。
3丁目ウクレレの時間【1部】 @3丁目カフェ 20150913
3丁目ウクレレの時間【2部】 @3丁目カフェ 20150913
ついでに、今回iPadで自分撮りした「ノーカット・バージョン」もアップします。
秋の夜長、お時間があったら、ゆるりと見てオクレレ。

2015年9月19日(土)
参院自民党の中から造反者が出るかとちょっと期待していたが、ダメだったね▶山本太郎議員の鴻池参院委員長不信任案賛成討論の一部を「FB憲法九条の会」飯野弘さんからシェアします▶まず、今回の法案は「全部アメリカのリクエストである」ということに触れてますね。アーミテージ米国元国務副長官を始めとする、いわゆる「ジャパンハンドラー」のリクエストということ。かつて、日本は「アメリカのポチ」という表現があったが、今回の法案ごり押しで、ご主人アメリカに対して思い切りしっぽを振る「哀れな犬」としての国家ということが、あらためて浮き彫りにされたような▶山本太郎議員は、ただむやみに「戦争法案反対」と叫ぶだけでなく、常識的で十分に現実的な対案も述べてるよね。以下に少し書き出してみました。

・日本の領域の侵害に対しては、従来通り個別的自衛権、日米安保(内容や地位協定の改定の必要はあるが)で対処できる。
・尖閣、小笠原、東シナ海の中国漁船問題等については、海上保安庁の能力を高め、自衛隊はそれをサポートすべき。
・南シナ海の中国覇権主義問題については軍事力ではなく、外交力で対処すべき。
・ASEAN諸国との連携し、APECの枠組みで海上輸送路を確保すべき。
・中国に国際法に違反するような行為があったとするならば、APECやG7諸国と連携し、経済制裁をする。

非常に分かりやすい。アメリカだって、アーミテージのような人ばかりではないわけで、「すみませんが、九条は変えることはできんです!」と、これくらいのことを言って、「卑屈なポチ」から、ご主人を啓蒙するような「骨のあるポチ」になって欲しいものだ。アメリカ人だって、分かる人は分かるわけで。そうすることのリスクより、今回の法案のリスクの方が大きいと思うな。まあ、安保条約がある限り、ポチはポチだけど▶最後の方で、山本太郎議員は「武力で緊張状態を作る時代ではない」と言ったけど、この法案に限らず、21世紀を展望する新しい時代、新しい価値観を持った政治家が少なすぎだよね。「時代は変わる」のに、で、「時代は変わってる」のに。

火曜日はホッケ、焼き茄子、ネギとワカメのぬた和え、豆腐とワカメの味噌汁/水曜日は夜間レレ教室やって、冷やし担々麺/木曜日は鶏つみれ鍋、ハスとゴボウ、人参のきんぴら/金曜日は秘書外出につき、幕の内弁当、豆腐の味噌汁、大学イモ。

週刊「猫並日記」2015 (9.12)

2015年9月12日(土)
ぼくはビビリです。なにがいちばんこわいかって、じしんです。じしんをかんじたら、みみをふさいでからだをゆらします。じぶんのゆれでじしんのゆれをごまかすというほうほう、なづけて「ショックアブソーバーほう」といいます。ねているときは、ベッドの上でさゆうにゴロゴロからだをうごかします。けさのじしん(こちらでしんど4)のときはぐっすりねてましたが、すぐに目がさめ、ベッドの上でゴロゴロしました。びっくらこきました。こんかいのじしんは東京わんがしんげんっつうことで、ゴジラが目をさましたのだとおもいます。しょうもないことばっかりやってる日本のえらいひとたちに、カツをいれるため目ざめたのではとおもいます。これいじょう、ゴジラをおこらせないためにも、日本のえらいひとたちは、はんせいしてほしいとおもいます(神奈川県、小1、山下せいじ)。

日曜日はスパゲティ・ミートソースにアンチョビ・ペンネサラダ/月曜日はサーモンソテー、焼き茄子、つみれ汁/火曜日はレレ教室やって、焼きうどん/水曜日もレレ教室やって、カレーライス/木曜日は秘書外出につき、生姜焼き弁当、お椀そば、ゴボウのマヨ和え/金曜日はアジの塩焼き、筑前煮、コンニャクごま和え、ほうれん草ソテー、豆腐ときのこのお汁。

さて、明日は午前、午後とレレ教室のダブルヘッダーをやって、夜はたまプラーザでライブだ。体力勝負になるな。しつこく告知しておきます。

週刊「猫並日記」2015 (9.3〜9.6)

2015年9月3日(木)
木曜日は、ハンバーグ、野菜サラダ等、てゅらてゅらてゅら/金曜日は、焼きうどん等、てゅらてゅらてゅら/土曜日は、スカイプレッスンやって、秘書外出につき、コンビニ購入の海老ドリア、ツナサラダ等、てゅらてゅらてゅら/日曜日は、レレ教室やって、挽き肉オムレツ、ウィンナー、豆腐とシイタケのお汁等、てゅらてゅらてゅら/月曜日は、秘書が外出先から買ってきた崎陽軒シウマイ弁当等、てゅらてゅらてゅら/火曜日は、白身魚の甘酢あんかけフライ、ほうれん草の味噌汁、野菜サラダ等/水曜日は、夜間レレ教室やって、コンビニ購入の冷やしラーメン等。恋人よこれが私の一週間に食ったもの。てゅらてゅらてゅらてゅらてゅらてゅらら〜てゅらてゅらてゅらてゅらら〜▶ここのところ、10月に行う「センター祭り2015」ステージの構想・準備・連絡案件等でいろいろと忙しい感じ。で、この気持ち忙しい中、ライブに参加します。レレ友であり、ぼくと同様なシンガーソング・イラストレーターのイサジくん(別名:パイン・オカヤマ)からお誘いあり、楽しそうなのでご一緒させてもらうことにしました。以下に詳細を。
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3丁目カフェPRESENTS「3丁目ウクレレの時間」
9月13日(日)18:30開場、19:00開演
出演:松田ようこ/パイン・オカヤマ/山下セイジ/その他……
料金:1500円(+オーダー)
会場:たまプラーザ「3丁目カフェ」
〒 225-0002 神奈川県横浜市青葉区美しが丘1-10-1 ピースフルプレイス1F
Tel&Fax:045-516-8037
■東急田園都市線 たまプラーザ駅北口 ‥  徒歩3分
■改札を出て、東急百貨店側に道路を渡り、左折。
■三菱東京UFJ、イトーヨーカドーを過ぎ、たまプラーザ駅入り口交差点を渡り、右折。
■一つ目の角の茶色の煉瓦作りのビルの1階です。
http://3choome-cafe.com/
アクセス:http://3choome-cafe.com/profile/access.asp
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ライブのタイトルが「3丁目ウクレレの時間」とあるように「ウクレレプレイヤーのウクレレプレイヤーによるウクレレプレイヤーのためのライブ」になります。教室の生徒さんたちを誘って、合同演奏もやってみたいかなと。よろしかったら、来てオクレレ。

2015年9月4日(金)
<夏やせてハートは重くなりにけり>というのは母の句。「心は重く」ではなく「ハートは重く」というところが、「女学生」が作ったような可愛い感じだね。晩夏の気怠い心情が現れている句だと思う。もっとも、夏というのは気温が高いから新陳代謝も不活発で、あまり痩せることはないとも聞く。ぼくの場合はビール腹ならぬ、「ポテチ腹」がね、ちょっと気になるところだけど。閉店したと思った夏が、このところちょっと復活、「晩夏」の様相。蝉たち(♂)もまだ出会いのチャンスあり、というところかな。カツ丼、春雨サラダ。

画像はお騒がせオリンピック・エンブレムに乗じて、ちょっとやってみた、1964年東京オリンピック、亀倉雄策「完全パクリ」エンブレム。このデザイン、良いよね。シンプルにして力強く美しい、非の打ち所がないです。日の丸の朱と金色のカラー・コンビネーションは琳派を彷彿させ、日本の伝統美術の美しさを感じる。この際、これでいってみればいいのにと思います(たぶん、同様な意見があるだろうけど)。お金もかかんないしね。

2015年9月5日(土)
<命は天運にまかせて、惜しまず、いとはず。身は浮雲になずらへて、頼まず、まだしとせず>というのは鴨長明「方丈記」から(本日付朝日「折々のことば」)。「少しでも長生きしたいと思わないし、人生を厭って死に急ごうとは思わない。何かに寄りかかりたいとも、何かが足りないとも思わない。一生の楽しみは『うたたねの枕の上』に極まる」と選者の鷲田清一さんの解説。うーん、これだね、達観の視点。「生死も日々の努力もみな泡沫のようなもの」と。こういう認識を心の中で通奏低音のように鳴らしていれば、あまり苛立ちもせず、穏やかな気持ちで日々を送れると思うんだ。あと、ぼくの「一生の楽しみは『ベッドでポテチ』に極まる」、かな。(どうもね、ここ数日、なーんもやる気がしなくてさ。ま、いいか、そんな日もある、他人に寛容、自分にも寛容。)塩サバ、茄子の煮浸し、きんぴらゴボウ、冷や奴、キュウリとカブのぬか漬け。

写真は落ち木槿

2015年9月6日(日)
作家・池澤夏樹氏が危惧「筋交いがない日本という家は潰れる」(日刊ゲンダイ 2015年8月31日)▶新自由主義は「悲しい流しそうめん」、沖縄については「後ろ手で縛られた回転ずし」、言い得て妙とはこのこと▶さらに、「結局全部が米国なんですよ」。で、その米国は「戦争をしないと国が維持できない」国だと。これもわが意を得たり、です▶「結局、この国は主権在民ではなく主権在企業なんですよ」とも。「結局、自民党は」と置き換えてもいい。その自民党がなんだかんだと政権与党の座に居座る現状は、「結局、日本国民の関心事は金なんですよ」とも置き換えてもいい▶「人間にとって幸福とはなにかを、頭から考え直さなければいけないと思います」、日本人、一人ひとりがね、そういうことだよね。

買い物に行こうとしたら雨が降ってきた。かねてから自転車用のカッパが欲しいなあと思っていて、傘刺し運転は道交法で禁じられたし、やっぱ危ないし、ちょっと前にアマゾンで購入していたのだった。でも、ぼくはわりと晴れ男なんで、なかなか使う機会がなかったんだね。ちょうど良い機会、カッパからげて、雨中、チャリで買い物に行ってきた。カッパ着て自転車に乗るのって、人生初かなあ。さすが、濡れずに快適にスーパーまで行って帰りました(当たり前だけど)。ところで、自転車のことを中国語では自行车(ズィーシンチャー)というみたい。「车」は車と同義、日本語だと自ずと転がる車だけど、中国語では自ずと行く車、ほぼ同じ意味だけどね。アマゾンから送られてきたカッパは中国製で、袋に書いてあった。焼きビーフン、ポテサラ。

写真は件のメイド・イン・チャイナ「全夜行安全型雨披」(背中のところにソフトバンクのロゴみたいな三本蛍光線が入ってる)を購入したときの記念写真。いや、色々考えて黄色にしたんだけど、似合うかなと思って。相当ひねたひよこみたいだけど。ポンチョ式だから着るのは簡単、自転車カゴまで覆えるという優れものです。

週刊「猫並日記」2015 (8.27)

2015年8月27日(木)
金曜日はスカイプ・レッスンやって、鯛の塩焼き、豚肉茄子、おから、冷や奴等、食す。てゅらてゅらてゅら/土曜日は宅録とかやって麻婆茄子、ポテサラ、もやし、ほうれん草のごま油和え等食す。てゅらてゅらてゅら/日曜日も宅録の続きやって、夜にヤフオク・レレ物件残り3分の攻防に負けたところで、ちらし寿司、ざるそば、ハムサラダ等食す。てゅらてゅらてゅら/月曜日はメール送信やら譜面作りをやって、買い物もしたりして、タンドリーチキン、野菜サラダ、豆乳豆腐等食す。てゅらてゅらてゅら/火曜日はレレ教室ダブルヘッダーやって、親子丼等。てゅらてゅらてゅら/水曜日はレレ教室ダブルヘッダーやって、ドライカレー等。てゅらてゅらてゅらてゅらてゅらてゅらら〜てゅらてゅらてゅらてゅらら〜。

写真はレレ教室の生徒さんからいただいたブドウ。巨乳、じゃなかった巨峰なんでしょうが、こんなに1粒がでかい巨峰にお目にかかるのは初めて。味もグッドでございました。記念写真を撮った。

週刊「猫並日記」2015 (8.19〜8.21)

2015年8月19日(月)
18日の未明、義父が亡くなりました。2ヶ月ほど前、誤嚥性肺炎に罹り、病院で治療を受け、一時は回復したものの、先週くらいから容態が悪化、足しげく病院に通っていた秘書が亡くなる前日の17日に面会したときには、すでに昏睡状態だったということ。そんなわけで、彼女も覚悟を決めていたので、特に悲嘆にくれる感じでもなく、わりとさばさばとした感じではあります。義父は真面目一筋、無口で穏やかな性格だった。92歳の生涯でした▶たまたま、義母も義父と同じ病院に入院しており(義母は熱中症からの軽度の疾患で、もうすぐ退院できるとのこと)、秘書と義姉の訪問のあと、義父が危篤状態に陥ったわけだが、病院側の計らいで義母を面会させたということ。義母も高齢(89歳)で、このところ身体が弱ってきており、もし同じ病院に入院していなければ、臨終を看取ることはできなかったかもしれない▶義父とは秘書と結婚して以来、毎年の正月や米寿、卒寿のお祝い事の折には会っていたが、今年の正月は諸事情あり、お会いしていなかった。ここ数年、お会いするたびに身体が弱ってきているのを感じてはいた。秘書はどちらかと言うと外見も性格も父親似で、お父さんのことが大好きな娘だった。ぼくの父もそうだったが、天寿を全うする年齢での逝去は、残念ではあるが、自然の理、送る側の心も特に波立つことはない。今日はこれから通夜に参列するため横須賀に向かいます。そして、明日は告別式。

先週土曜日はカレー/日曜日は日曜レレ教室やって、冷やし中華、タン塩/月曜日は、餃子、エビチリ、酢豚、棒棒鶏等の中華総菜、厚揚げ豆腐とサヤエンドウの煮付け、キュウリとワカメの酢の物/昨日は火曜レレ教室やって、台湾風ピリ辛焼きそば。秘書の外出多く、総菜屋の総菜、コンビニ食品が多かった(不満はないけど)。写真は母の病院そばの海辺にとんぼ群れ飛ぶの図。8月ミッション時に撮影。

2015年8月21日(金)
一昨日、昨日と義父の通夜、葬儀に参列した。喪主である義母はまだ体調が優れず、参列が叶わなかった。義父は4人兄妹の長男であったが、弟、妹はすでに他界し、参列者は義父にとっては甥姪の方たち、またその子どもさんといった方々で、秘書やお義姉さん夫婦、義甥、義姪を除けば、ぼくにとってはお会いするのは初めての方々ばかりだった。秘書にとっても随分久しぶりに会うような人たちで、葬儀というのは親類縁者の旧交を温める場になるということだ。葬儀も火葬も滞りなくスムーズに終わった▶義父は生まれも育ちも横須賀で、終戦まで横須賀海軍工廠で造船技術者として勤務。終戦後、海軍工廠は米軍に摂取され、米軍横須賀基地となるわけだが、義父は技術力を買われ、そのまま米軍の船舶修理の技術者として迎えられる。そして定年まで船舶関連技術者一筋の仕事を続けることになる。当初は敵国に雇用されることを潔しとしなかったようだったが、背に腹は変えられぬ決断があったようだ。また、上司になるアメリカ軍人は思いの外、紳士で、日本人技術者に対して、敬意をもって優しく対応してくれたということ▶年齢的にはいわゆる戦中派だが出征することはなかった。兵役検査のときに怪我を負っていたことで免れたとか、秘書は聞いたらしいが、海軍工廠での仕事を続けさせる方が国益になると国が判断し、兵隊に取らなかったということも考えられる。また、横須賀は空襲も免れたそうで、それは米軍が戦勝を見込み、終戦後は海軍工廠の設備を摂取する算段があったことが理由らしい。頷ける話ではある▶義父は無口で穏やかな人柄だったが(その穏やかな風貌ゆえに)、秘書と結婚仕立てのころはちょっと怖い存在だった。なにしろ、初めて会ったとき、義父はぼくの顔も見ようとせず、口も利いてくれなかった経緯がある。嫁ぐ娘の父親の、婿に対する典型的な思いと言えばそれまでだが、娘の夫になる男(ぼくのことだが)が、義父にしてみればこんな男(長髪、軟弱、甲斐性なさそうな唄歌い)にだけは娘をあげたくないという、これも典型的な例だったのかもしれない。年月が経っていく内に打ち解けていったが、義父にとってぼくは、少なくとも愛すべき娘の理想的な夫ではなかったことを申し訳なく思う。まあ、天国ではなにもかも許してくれていることだろう▶遺された者の人生は続く。ぼくは父に死別された母に、秘書は秘書で、今度は義母の介護の問題が続く。ぼくもいい年になって、送る側の立場になる機会が増えた。「メメント・モリ(死を記憶せよ)」という警句の意味を考える機会にもなる。

写真はアフリカ系朝顔っていうのかな。ずっと咲いてるやつ。