2015年8月27日木曜日

週刊「猫並日記」2015 (8.10〜8.15)

2015年8月10日(月)
真夏のミッション最終日、小倉ロッテリアなう。しばらくここで涼んで、空港行きのバスに乗り、帰路に就く。今日もこちらは暑うございました。ここまでノープロブレム、ミッションは順調に推移した▶昨夜は幼なじみのまさし君に会い、小倉駅周辺の居酒屋で馬刺し、刺身の盛り合わせ、手羽先、ウィンナー、鰯の煮付け(これが美味かった)などつつきつつ、ビール、ハイボール、普段は飲まないいも焼酎など。近況報告、音楽の話、あれやこれや、居酒屋談義に花が咲いた。実家には深夜帰宅▶早朝5時過ぎから活動する迷惑な兄に起こされ(だから兄と一緒に寝泊まりするのは嫌なんだ)、やや睡眠不足。シャワーを浴び、洗濯をして、荷物を整理、トランクを駅近くのコンビニで宅急便手配、お昼前に母を訪問。午後に病院の担当者会議に兄と共に列席。血液検査も特に問題はなく、嚥下機能はむしろ以前より回復基調、体重変動もなく、取り立てて言うべきことはないようで、まず安心▶夕刻、兄と一緒に病院を後にし、下関駅で兄と別れ小倉に。やれやれの心境。母には「ぼくはこれから神奈川に帰るよ」と言ったが、兄がまた明日、病院に母を訪ねるので、いつもの「帰っちゃいけん」はなかった。次回ミッションは10月の予定▶それまで母ちゃん、元気でね、と今回はさらりと別れてきました▶さてと、そろそろ空港に向かうバスに乗るかな。早めに行って、兄が美味しかったと言っていた、空港内の九州ラーメンを食べるつもり。てなことで。

2015年8月11日(火)
真夏の炎天下ミッション終了、昨夜遅くに帰還。さてとまたこちらでの日常の歯車がぎりりと。旅のシメはラーメン、北九州空港内の「筑豊ラーメン」山小屋という店でテイクオフ前に食す。店に入ればあの匂い、当然、豚骨濃厚スープ。オーダーしたのは、昔懐かしい味「昭和ラーメン」。うーん、まあまあだったかな。

2015年8月13日(木)
今朝は雨がひとしきり降って、ほどよくクールダウン。よ〜〜〜〜〜〜寝た。昨日はレレ教室ダブルヘッダーやって、なんだかへとへとに疲れて、夕刻帰宅後2時間ほど寝て、飯食って、12時ごろには就寝、今朝目覚めたのが8時半だった▶考えてみれば、寝ている間というのはまるっきり非生産的な時間であり、過剰な睡眠は無駄と言えば無駄な時間なのだが、たくさん眠れると得した気分になるのは何故だろう▶「ご主人様、あたしらにたっぷりの休息をいたただきありがとうございます」とぼくの身体の何十兆個かの細胞が感謝し、喜んでいるように思う。ぼくは基本的に「細胞の声」を聞いて行動する人間です。で、ぼくの細胞は基本的に怠け者です▶一昨夜は冷やしたぬきそば、餃子、薩摩揚げ/昨夜はタイカレー、野菜サラダ

写真(.)はウクレレ演奏@介護病棟の模様。看護師さんが撮ってくれたもの。普段は寝たきりで食堂にも来れない方々も、看護師さんたちがベッドごと食堂フロアに運んでくれた。「アロハ・オエ」、「お嫁においで」、「浜辺の歌」、「コロラドの月」、「花〜すべての人の心に花を」の5曲、25分程度の歌と演奏を披露。母はぼくの正面の特等席、みなさんにご静聴いただいた。

2015年8月14日(金)
<掛け水に月光走る盆の墓>というのは父の句。なかなか透徹、幽玄というのか、そんな映像が浮かぶ句であります。世間はお盆休みでありましょうが、お坊さんは超忙しく走り回っていることでしょう。師走という月名は、12月ではなく8月にしたらよろしいのではと思ったりします▶個人的には「プレお盆」をミッションがてらに行い、墓参りもすませ、父の棚経もお坊さんにあげていただいたので、お盆だからといって特にやることもない▶そう言えば、前回ミッションで母と別れるとき、「お盆には来んの?」と母が言うんだね。「いや、今回帰ったのがお盆の里帰り、ちょっと早めのお盆やけどね」と母に言ったが、ちょっと理解できない感じ。「またお盆に来るのなら、帰ったらまたすぐ来んといけんけえね」と言うと少し淋しそうな表情をした。「父ちゃんのお盆のお経はちゃんとあげてもろうたけえ、安心しちょき」と言ったら、納得したのか、母はゆっくり頷いた。

写真(.)は病棟夏祭りでの母の様子。風船釣りや輪投げ、釣りゲーム等をやったが(看護婦さんに手を貸してもらって)、本人はあまり興味がない感じだった(にこりともせず)。去年は食べたというタコ焼きやかき氷もほとんど手をつけなかった。老いていくともに、だんだん楽しみが少なくなっていくというのはあるだろう。「楽しさも中くらいなり」というのが老境の有り様でありましょう。とは言え、年を取ってもいつまでも楽しい気持ちになれたらいいよね。タコ刺し、鶏大根、ゴボウとハスのサラダ、ワカメの酢の物。

2015年8月15日(土)
<認識票肌より外す終戦日>というのは父の句。「認識票」というのは軍隊において兵士の個人識別用に使用されるもの。米語スラングでは「ドッグタグ」、犬の鑑札というのはいくぶん自嘲気味だが、そういうものを生まれてこのかた、身に付けずにすんでいるぼく自身を幸福だと思う▶父は昭和17年9月に東京の大学を卒業、翌10月に大阪の大手企業に就職を果たすも、会社に在籍のまま(というか、ほとんど出社もせずに)、同月、急き立てられるように中支派遣部隊に入営、復員するのは終戦から1年近く経った昭和21年6月だった。そして、復員後、せっかく就職した大手企業を依願退職したということだ。それは、敗戦直後の焦土と化した都市部を見ての判断だったようだ。そして、さほどに戦争の傷跡が大きくなかった祖父母が住む下関にあらたな就職先を見つけ、近所に住んでいた母と見合い結婚し、その後、亡くなるまで下関で過ごすことになる▶もし父が復員後、大阪の会社に勤務していれば母との出会いもなかっただろう。もし、そうであったなら、ぼくという存在もなかったということになる。ぼくの世代の親たちは戦争経験者である場合が多い。父は戦死することは免れたが、戦争に翻弄された父の人生を思うと、特にぼくのようなわがままな人間にとっては、戦争というのは、とにかく一切受け入れることはできないものだと思う▶父は4年近くの軍隊での経験をぼくに語るようなことはなかったが、一度だけ、「父ちゃんの軍隊の隊長は敵が来そうになると、すぐに『退却! 退却!』と言って、自分たちを逃げさせてくれた。ええ隊長やった」と言ったことを覚えている。軍人にあるまじき隊長さんだが、どういう人だったか、会ってみたかったものだ。

写真は毎回毎回、母を訪ねる際に訪れる下関の安岡海岸「8月の海」。毎回、この海を見ながら、おにぎりを食べたり、ウクレレを弾いたりしてしばし過ごすのだが、今回はあまりにも暑くて、写真を撮って早々に退散した。ハンバーグ、キュウリとワカメの酢の物、冷や奴。

週刊「猫並日記」2015 (8.3〜8.9)

2015年8月3日(月)
♪まいにーち 酷暑酷暑 炎の世界〜(胃ノ上羊水「炎の世界」より)。いやはや暑いですね。最近は、暑さで比較的早めに起きて、シャワーを浴びて、すっぽんぽん扇風機が日課となっております▶ところで、ウクレレ買うたです。ネットで格安購入したので半ばギャンブルですが、昨日届いて、ナットやサドルを調整、弦も交換してローGにした。真夏の昼下がり、ベッドで寝そべってポロポロとやるお手軽なローG・ウクレレが欲しかったんだ。で、これがなかなかよろしい。けっこう満足してます。詳しくは写真を参照してくだされ▶鶏大根、めんたいチーズ春巻き、竹輪の磯辺揚げ、もずく酢、モヤシ、ほうれん草のごま油和え、煮豆。

<フォルクス君とのウクレレ会話ーその1
「やや! ご主人さま、また新しいウクレレ、ゲットしたんでやんすか」
「うむ、フォルクスくん、つい衝動買いしちまったんぢゃ」
「あれまあ、秘書さまに怒られるのでは」
「いや、常日ごろつつましい生活をモットーにしておる私のこと、思いの外、安くてな。アウトレット品ということで、送料込みで(ひそひそ)1万8千円」
「そうでげすか、そりゃお安い。でも安かろう悪かろう、じゃあ……」
「うむ、これの音源がYouTubeにあってな(https://www.youtube.com/watch?v=jB1qLttCQgU)。その他情報もしっかりチェックして、おそらく値段のわりには良いんじゃないかという判断をしたんぢゃよ」
「ほう、それでどんな感じでやすか?」
「私の判断は間違っておらんぢゃった。なかなかの優れもんぢゃ」

<フォルクス君とのウクレレ会話ーその2
「なになに、Baton Rougeって書いてありますな」
「うむ、バトンルージュ、ドイツの新しいブランドぢゃ。さすがドイツブランド、製造はチャイナだけど、しっかりと作ってある。これはトップ板からサイド、バック、ネックまでオール・スプルース単板なんぢゃ。指版だけがローズウッド。」
「スプルースというと、ギターのトップ板でよく使われておりやすね」
「うむ、ウクレレではあまりスプルースをトップ板に使うことはないが、ヨーロッパ系のウクレレではわりと使うかも。だから音色としてはギターっぽいかもぢゃ。また、スプルースは普通、明るい塗装にする場合が多いが、これはアンティーク・フィニッシュになっておって、私はこういう色合いに弱いんぢゃ、昭和のちゃぶ台色」

<フォルクス君とのウクレレ会話ーその3
「これ、ご主人さまの嫌いなギアペグでやんすね」
「うむ、でも、これくらいのサイズがあるとギアペグも不自然ではないように思う。それに正直、ギアペグの方がチューニングしやすいし」
「ご主人さまって、自分で買ったものに関しては、なんだかんだと理屈をつけて良いように解釈するところがあるでげすね」
「バレたか。ちょっとペグがちゃっちい感じはするが、この値段だからしょうがない。機能的には特に問題なかったし、わりと軽い素材で出来てるようで、軽いボディとのバランスもそんなに悪くない感じぢゃ。安いウクレレにありがちなフレットがギザギザしている感じもなくて、フレット幅もいい感じ、すんごく弾きやすいウクレレぢゃ」

<フォルクス君とのウクレレ会話ーその4
「ひゃあ、すっごく薄い〜!」
「うむ、いわゆる『ウスレレ』ぢゃな。機種名がU10C-Slim、コンサートサイズじゃが、なんともスリムなレレぢゃよ。で、オール・スプルースでウスレレぢゃから、軽いのなんのって」
「でも、それじゃあ、音も軽いんじゃあ……?」
「うむ、確かにいわゆる深鳴りはせんが、音量はけっこうあるんぢゃ。びっくりするほどな。で、胴が薄い分、レスポンスが良いというのか、音離れが良いので歯切れが良い音がするんぢゃ。フラメンコギターも胴が薄いぢゃろ? あんな感じ」
「抱えやすくて、弾きやすそうでげすな」
「うむ、私の得意とする『寝弾き』、ベッドで寝ながら弾くことぢゃが、あれにぴったりなんぢゃ」

<フォルクス君とのウクレレ会話ーその5
「これ、バックがバイオリンみたいに曲面になってるでげすな」
「うむ、アーチバックと言うんぢゃ。この曲面がいい感じぢゃろ? これも薄いわりに音量が出る構造のひとつなんぢゃな。撫でていると女性の背中を撫でているようで気持ちがええぞ」
「これまた、ご主人さまってスケベでやんすね。でも、確かにこの曲面が座り心地もよろしいようで。しかし、前にマーチン・ソプラノをお買いになったときに、『当分、もう欲しいウクレレはない』とおっしゃっていたような」
「『当分』な。でも、しばらくすると「ウクレレ欲しい病」に罹ってしまうんぢゃ。それは仕方ない。『ウクレレは増殖する』んぢゃ、そういうものなんぢゃ」
「はいはい、お後がよろしいようで」

2015年8月5日(水)
1月に急逝した中山康樹さんの『ウィントン・マルサリスは本当にジャズを殺したのか?』が出版された。遺作となる今回の本の表紙イラストを担当させていただいた▶『マイルスを聴け!〈Version8〉』、『マイルス・デイヴィスとジミ・ヘンドリックス』の表紙イラストや、中山さんが「スイートベイジル」という(短命だったが)雑誌の編集長だったときにいくつかのイラストを描かせていただいたこともあった▶お会いしたことも何度かあった。ちょっとシャイな感じのお人柄だったが、ぼくと同世代で音楽の趣味は重なるところが多い。病床で文字通り、命を削ってこの本の完成のために努力された様子が、この本を編集した冨永虔一郎さんの編集後記に書かれてある。あらためてご冥福をお祈りします。▶以下、『ウィントン・マルサリスは本当にジャズを殺したのか?』のCDジャーナルによるレビュー。
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 80年代の幕開けとともに登場した、稀代のトランぺッターことウィントン・マルサリス(Wynton Marsalis)。ジャズ、クラシックといったジャンルを超え9つのグラミー賞を受賞、また初めてジャズ・ミュージシャンとしてピューリッツァー賞音楽部門も受賞、さらにはエリック・クラプトンやウィリー・ネルソンなどとも共演し、その演奏やソングライティングの実力、そして人気も評価も超一流の存在となりました。しかし、ここ日本での評価や人気はそれほど高くはなく、今では“忘れ去られそうな天才ジャズマン”という位置づけになっています。
 『スイングジャーナル』編集長時にウィントンを“新伝承派”として猛烈にプッシュした中山が改めてそのキャリアのすべてを生い立ちから検証、ウィントンの魅力と実績を積み上げていく本書。さらには、ウィントンの兄ブランフォードをして「日本人はジャズを理解していない」と言わしめた、日本人のジャズ観、ジャズとの向き合い方にも同時に迫ります。“ジャズ史の見直し”を提唱していた中山が精魂を傾けて最後に書き上げた、問題提起の一冊です。
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実はぼくもウィントン・マルサリスについては、「上手いだけでソウルがない」なんて思っていたフシがある。著作を読むと、彼の天才ぶりがよくわかる。ジャズ・ジャイアンツたちに少し遅れてきた世代のアンラックネスがあったのかもしれない。YouTubeでクラプトンやウィリー・ネルソンなどと共演している動画が見れるが、原点のジャズを軽々とやっていて、最高にゴキゲンです。やっぱり中山さんとは音楽の趣味が合うなあと思った次第▶一昨日はざるそば、秘書がテイクアウトしてきたカモと豚肉の薫製、レタス、トマト、キュウリ、セロリのサラダ/昨日は豚肉の生姜焼き、ピーマン、じゃがいもの醤油煮、野菜サラダ、冷や奴。

写真(.)は件の新刊本『ウィントン・マルサリスは本当にジャズを殺したのか?』。トランペットのラッパの部分が「石化」しているところ、「ジャズの死」を表したつもり。背の「中山康樹、絶筆」というのが哀しくもある。

2015年8月6日(木)
<扇風機アルツファイマーのまま働けり>というのは母の句。ここんとこ、ウチではほぼ24時間、マイ扇風機が稼働しております。10年以上前に購入したものだけど、「アルツファイマー」にもならず、けなげに風を送り続けてる。愛いやつ▶さてこれから、多少惚けてきてはおりますが、底値安定、このお方もアルツハイマーにもならず、ベッドに臥せっている愛しの母君のもとへ参ります。父の法事、病院の定例カンファレンスに同席予定、旧友のまさし君とも会う予定、病院でのウクレレ演奏もあるし、今回は忙しくなりそう。帰還は来週頭。西国もクソ暑いようで、ばてぬよう気をつけて行ってきます。母ちゃん、待っとって▶昨夜は水曜夜間レレ教室、帰宅してミッションの準備を深夜まで。今朝もバタバタと。冷やしたたぬきうどん、ちらし寿司、キュウリのごま油和え、トマト、薩摩揚げ。

写真は前回ミッション時に撮影した、母がいる病院裏手の海

2015年8月7日(金)
昨日夕刻に下関に到着。飛行機で広島上空を通過するとき、機内アナウンスがあった。はるか眼下にかすむ街並みを見て、70年前、原爆を投下したB29の乗組員の心情を思った。爆弾投下後の地獄絵図を想像した乗組員はいなかっただろう。想像する力、イマジン、人にとって大事なこと▶さて、今日は病院に母を訪ねた。前回ミッションのときとほぼ変わらず。相変わらず、小鳥のようにしか食べないが、とりあえず安定している感じ。安心した▶今日は母の病棟の夏祭りということで、食堂フロアでウクレレ演奏をした。母も楽しみにしていたようだ。アロハ・オエとか浜辺の歌とか、高齢のみなさんにも馴染みがある曲を選んだ▶患者さんたちはだいぶ彼方の方へ行ってらっしゃる方々も多いので、楽しんでらっしゃたかよくわからなかったが、看護師さんや見舞いに来たご家族のみなさんにはウケたように思います。「ウクレレっていいですねえ」の声しきり。伝道師として、こちらのミッションも果たした感じであります▶母の感想は「元気がええね」ということだった。看護師さんに「自慢の息子さんですね」と言われて、まんざらでもない顔を浮かべておりました▶さてと、これから駅前スーパーでタイムセールの食品を買って、実家に戻ることにいたします。昨夜は実家近くのスーパーで半額セールの握り寿司パック、半額のゆず豆腐、これまた半額のメロン等を食しました。半額大好き。笑

2015年8月8日(土)
午前中から病院へ。「すごく良かったですう」、「癒されました!」、「優しい気持ちになりました!」等々、看護師さんたちから口々に、昨日のウクレレ演奏のお礼を言われるので、ちょっとしたスター気分(ってこともないけど)。母にも「上手やったよ。自然な感じが良かった」と言ってもらった。やって良かったな▶今日は夕刻に兄夫婦と合流、母は久しぶりに二人の息子たちと対面。とても嬉しそうだったが、帰る段になって、「帰っちゃいけん」が始まった。明日は父の法事があるので病院には行けない。また月曜日に行くけえ、待っちょって母ちゃん▶で、先ほど兄と駅前の食堂で食事をした。兄と二人で向かい合って食事をするのも久しぶり。趣味がまったく合わないので会話は弾まない。しかし、たまにはいいかと▶さて、明日も真夏日かな? 枕が変わってもよく眠れてます。忘れ物もしてないし、まずまず快調、真夏のミッション。

2015年8月9日(日)
@小倉なう。これから幼なじみのまさし君に会う。三、四年前、ん十年ぶりに再会して以来、こちらに帰省の折、ときどき会うようになった。白いホンダ2シーターに乗り、ボクシングをやり、パンクバンドでハープとボーカル担当という、らしからぬ医者のまさし君。たぶん、下関に終電帰宅になるだろう▶今日は、朝のうちに実家から徒歩5分の墓地に墓参り。午後にお坊さんがやって来て、棚教をあげていただく。まだ最盛期ではないと言え、本日20軒の檀家回りということ。お盆の最盛期は60軒は回るということ。暑い中、袈裟衣で駆け回るお坊さん、体力勝負だね。ご苦労さまであります▶てなわけで、今日は病院には行けなかったが、明日、母を訪ね、その足で帰還予定。あっちゅう間に、真夏のミッションの日々は過ぎて行きます。

週刊「猫並日記」2015 (7.27〜8.2)

2015年7月27日(月)
<土踏まず炎えていたりし夜の蝉>というのは母の句。土踏まずが炎える(「もえる」と読むのでしょう)という表現、熱帯夜の身体の火照りをよく表しているよね。そして「夜の蝉」、これまた暑苦しい。いやはやの猛暑であります。夏仕様生物の代表格の蝉もこのクソ暑さに日中は鳴りをひそめていたが、ややクールダウンの日没後、やれやれとミンミンシャーシャーと鳴き出した。鳴くのは♂、やりてーよー、やりてーよーという求愛の声なのだが、猛暑の中での求愛行動は文字通り、暑苦しいわけで、オスという生き物全般、ことこういうことに関してはご苦労なことでありますね▶今日は一歩も外に出ずに、エアコン部屋に引きこもり。パソコンやったり、アイス食いながら本を読んだり、だらだらと過ごした。暑い中、仕事に精を出されたみなさん、すまんこって。日本国憲法第27条「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ」但し、クソ暑い日は怠けてよろし、という改憲なら賛成します▶金曜日は塩サバ、菜っ葉と油揚げの炒め物、ヒジキ、トマト、イモ天、きゅうり、人参、カブのぬか漬け/土曜日は塩鮭、ナスの煮浸し、大根、鶏肉、サヤエンドウの煮付け/日曜日はチキンフリッター、フライドポテトの付け合わせ、トマトサラダ/今夜はカレー(予)

写真(.)は近隣、境川の夕照。

2015年7月30日(木)
<戒名に無無無と誦す春の宵>とは父の句。父亡きあと送られてきた俳句同人誌に掲載されていた。父は茫洋としていたが意外にアナーキーなところがあった。父の戒名は「義翁理葭居士(ぎおうりかこじ)」、父の名前の義雄の「義」、会社員時代は主に経理の仕事をしたので「理」、父の俳号が「葭生」(「かせい」、「よしお」と訓読みもできる)だったので「葭」のそれぞれの字を組み合わせた。「葭」は植物の葭(よし)、思えば風にそよぐ葭のように生きた人であった<過去投稿から>▶今日は父の命日、没後4年になる。前日から昏睡状態になり、兄を待ち、ぼくを待ち、母を待って、みなに手を握られながらの最期だった。父が亡くなった日も今日のように暑い日だった。父が亡くなる直前の明け方、タバコを吸いに病院裏手に出たところ、それまで静かだったあたりの木々から一斉に蝉の声が降り注いだことを覚えている。葬儀の日もよく晴れ、すべての段取りも順調に運んだ。父には人徳というものがあったと、今にして思います▶火曜日は午前、午後とレレ教室、挨拶言葉は「いやあ、暑いですねえ」に終始。一昨日はサバ粕漬け、冷や奴、マカロニサラダ、春雨,キュウリ、カニカマの酢の物、いただきものの芥子レンコン/昨日はエビチリ、シュウマイ、ゴボウ、ハス、空豆のマヨ合え、冷や奴

写真は実家から持ち帰った父の自画像。おそらく父が70代の頃描かれたものと思う。写真には表れない「戒名に無無無と誦す」、ダダイズム的な心の奥底が見える、ような。

2015年7月31日(金)
<弾き語り椿が幽いと言うている>というのは父の句。むむむ、難解な句だな。「幽い」は「くらい」と読むのだろう。意味は暗いと同じ。椿が暗いと言う「弾き語り」はギターなどで伴奏しながら歌うことだよね。父にとって「弾き語り」の主体はぼくのことのように思える。ぼくが弾き語りで歌う歌が暗いということか。確かにかつてぼくは暗い歌を歌っていた▶実家の書棚に何枚かレコードが残されていて、その中にぼくが若い頃に出したレコードもあった。そのそばに厚紙で挟まれた父の版画を見つけたのは前々回くらいのミッションの折。ぼくのレコードのジャケット絵を模して彫られ、刷られたものだった。ジャケットの絵の中のぼくはギターを抱え、煙草をくわえているが、父の版画のぼくは(ずいぶん、愛くるしい少年のように描かれているが)、煙草はくわえていない。父は煙草を吸わない人だった)その版画をぼくは父から見せてもらった記憶がない。見せそびれたのか、見せるのが恥ずかしかったのか。だから、父がその版画を制作して、おそらく何十年かたって、つい最近、ぼくは初めて父によって版画に描かれた自分(「幽い」歌を歌っていた頃の)を見ることになった▶今朝、その版画を実家から持ち帰ったことを思い出して、スキャンして画像をパソコンに取り入れた。ぼくを描くために、版木に向かって彫刻刀をふるう父を想像して少し胸が詰まった。昨日からずっと父のことを考えている▶まぐろ鉄火丼、ゴボウ、里芋、人参、竹の子、コンニャク、インゲンの筑前煮、竹輪磯辺揚げ、シソトッピング冷や奴

画像は件の「幽い」歌を弾き語る人物像ジャケット絵(これは友人が描いたもの)も。

2015年8月2日(日)
先日、ウクレレのスカイプレッスンを受けたいというメールがあって、まずは初回体験レッスンをやったのが、三日前。今日の午後、正式に第1回目を行った。奈良県にお住まいのSさん、ぼくと同年代の女性で、2年程、ハワイアン系の教室で主にストロークプレイをやっていた方。でも、そんなにハワイアンは好きじゃなくて、ぼくのHPを見て、いろんな曲ができそうだからというのが、スカイプレッスン受講の動機ということだ▶ハワイアン系のウクレレを習っていた生徒さんで、ぼくの教室にやってくる方は多く知ってますが、大体、人さし指でポロンポロンとつま弾くスタイルが多く、アルペジオとか教えると「右手は人さし指以外の指も使うんですか?」というリアクションがあったりするんだね。で、歌うのはもっぱらテンポゆっくりの曲が多いので、早い曲は苦手というのもあったり。リズムもシャッフルばっかりなので、他のリズムをあまりご存知なかったりもします▶もっと色んなことを教えているハワイアン・ウクレレのクラスもあるだろうけど、概ね年配の方々を対象にしたクラスで教えられているのは、ハワイアンたって、「アロハ・オエ」に代表される、ン十年前からスタイルが変わらない、それは「日本のハワイアン」。ジェイク・シマブクロとかの、今の「ハワイウクレレ・スタイル」とはだいぶ違います▶ぼくは元々がビートルズ、ロック、フォークを聞いて育ったから、いわゆる「ハワイアン」は興味もなくて(まあ、教室で「季節モノ」としてときどきやるけど)、教室で取り上げる曲もハワイアンは少ないです。で、ウクレレでハワイアンを弾くにあたって、特別にマスターしなきゃいけないテクニックとかもないし。結局、ハワイアンは歌だからね。もちろん、ハワイ語で歌って、ロングノートとか、ファルセットとか、歌にはハワイアン独特のテクニックがあるような。そこまでやんないと、ハワイアンやってるとは言えないんじゃないかな、というのが持論。ぼくはそこまでやる気はないから、ハワイアンは(あまり)やらない、と思ってるわけです▶ともあれ、Sさん、なかなか熱心な方で、今後もスカイプレッスンを続けてくださるとのことで良かった。ウクレレ・スカイプレッスン、生徒さんはまだそんなにいないけれど、奈良県の方と部屋にいながらにして、レッスンができて便利な時代になったもんだとあらためて。出不精のぼくにもぴったり。FBフレンドのみなさんもスカイプ受講したくなったら、ご連絡ください(と、ちゃっかり)▶一昨日は鶏の唐揚げ、モヤシ&マカロニサラダ/昨夜は冷やしたぬきうどん、薩摩揚げ、芥子レンコン

写真は前回ミッション時の「三日月かかる日没後の綾羅木海岸@ビートカフェ」。また、今週半ばには8月ミッションに参ります。