2015年11月27日金曜日

週刊「猫並日記」2015 (10.21〜10.25)

2015年10月21日(水)
朋あり遠方より来る、昨日はLA時代からの友人でシアトル在住、「エンデュアランス」というホースレース(100マイルの距離を、山越え、森抜け、砂漠も駆ける、という馬の競技)のコーディネーターであるYくんが、真っ赤なブツを持って我が家に来てくれた。真っ赤なブツというのは、日本では手に入らないブツで、かねてから欲しい欲しいと思っていたもの。Yくんはわざわざアメリカからそのブツを手荷物で日本に運んでくれたのだ。彼は昨夜、我が家に泊まり、ビールなど酌み交わしつつ、「また楽しからずや」と、共に旧交を温めたが、ブツをついに手に入れたぼくは嬉しさも倍増、楽しい、嬉しいときを過ごした。Yくんとは昼過ぎに別れ、ぼくは、午後からずっとそのブツを撫で回しておった。いやあ、とても気に入ったよ、真っ赤なブツ。さてと、ブツを見せびらかしに、これから夜間レレ教室に行って参る。

土曜日は、豚肉、しいたけ、シメジの鍋、キュウリとワカメの酢の物/日曜日はレレ教室やって、スパゲティ・ミートソース、コールスロー/月曜日はハムカツ、モヤシ炒め、おから、レタスとカイワレのサラダ/昨夜はYくんとスーパーで購入した各種総菜+秘書の手料理で自宅飲み会。

写真は、件のブツをもったいぶってちらっとだけ。手に入れた経緯と詳細は後日に。

2015年10月22日(木)
ピーカン青空E天気。さてと、今日はこれから母を訪ねて1000キロ、10月ミッションに行って参ります。今回は前後、そこそこ忙しく、いつもは四泊五日の行程を二泊三日にしたので、土曜の夜にはこちらに帰還の予定。先月の兄訪問の報告によれば、母はいよいよ点滴が刺さらなくなったことで、しばらく点滴をやめ、栄養ドリンクを増やす方針になったということ。その点が心配ではあります。病院からは特に変わった様子はないということなので、大丈夫だろうけれど。天ぷらうどん、稲荷寿司

画像はFBフレンドの女流カメラマン、ケイさんのコスモスの写真に母のコスモスを詠んだ句を載せたもの(ケイさんからの使用許諾は得ております)。父の句で<コスモスは妻の勲章かもしれぬ>というのがあり、コスモスは母の「お印」のような花だと思うところがある。これをプリントアウトしてフレームに入れたものを母へのお土産としました。さて、「コスモスの君」のご機嫌はうるわしゅうござるかな。

2015年10月23日(金)
下関2日目。胸に沁みるような秋晴れの一日、ふた月ぶりに母を訪ねた。バス停から病院に向かう途中の道端に、コスモスの一群が咲いていて、ああ、ちょうどいい、母に見せようと何本か手折った。神様からのプレゼントかと思ったくらい。食堂の隅にいた母は、やや元気がないような感じだったが、ぼくの顔を見て微笑んだところにコスモスの花束を見せると、今度は大きな笑顔を見せた▶点滴が刺さらなくなり、しばらく点滴をやめるかも、と聞いていたが、なんとか点滴は継続できていた。ゆっくりと衰えていっている感じはするが、大きな変化は感じられなかった。まずまず安心した▶こちらに来る前、父の生前の動画をiPadに入れていたものを母に見せた。父が亡くなる少し前のケアハウスにいた頃、撮っていたもの。母はそれを見ながら、「懐かしいよ」と言ったが、しばらくして、「寂しいよ」と言った▶明日も母に会いに行く。

2015年10月24日(土)
小倉なう。西国の地は今日もよく晴れました。今日は病院の「文化祭」ということで、敷地内は食べ物のブース、フリーマーケット、仮設ステージではブラバンや踊り等の演し物で賑わっておった▶食事中の母にそのことを伝えていたら、看護婦さんが「天気も良いし、外に連れていってあげたらどうです?」と。ちょうど、お風呂の日だということで、点滴を外してもかまわないから、ということで、車椅子の母を戸外に連れ出した▶母は人で賑わう場所はあまり興味がなさそうだったから、病院の中庭にあるバラ園に連れて行った。ちょうど赤いバラが多く咲いていて、母にバラの香りとお日様の温もりとそよ吹く風を感じてもらった▶入院して1年半くらいになるが、戸外の陽光を浴びたのは久しぶりではなかったか。母は、なかなか外に出たがらないということもあるけど。
部屋に戻り、看護婦さんから「楽しかったですか?」と問われ、母はこっくり頷いたのでした。ぼくも母を外に連れていってあげられて、嬉しかった▶今回のミッションは今日で終わり。今回は別れるときに、母はとびきりいい笑顔を見せてくれた。また、来るけ、元気にしてまっちょってね、母ちゃん▶さてと、これから空港行きのバスに乗って、夜の飛行機で帰還いたします。

2015年10月25日(日)
昨夜遅く、10月ミッションから無事帰還、これまでより短期間だったので、特に昨日は長い一日となり、我が家にたどり着いたときは、さすがにへとへとのテイであった。でも、昨夜は「丸太のように」ぐっすりと眠れ、本日は「今日も元気だタバコがうまい」的状況▶現地からの「ミッションレポート」に書いたが、点滴もなんとか続けていられた母は、 以前とさして変わらず、昨日、戸外に連れ出したときに、昨年春の入院までお世話になっていた、特養の職員さんに久しぶりに会い、「お変わりなく、お元気そうで」と声をかけられたりもした▶それでも徐々に衰えていっている感じは否めないが、いつぞや母が「私は細々と長く生きていられるような気がする」と言ったことがあって、なにしろ小鳥のようにしか食べない母だが(高齢者の標準摂取カロリーの半分ほどくらいか)、燃費効率の良い省エネルギーの身体を持っているのだろう。もっとも、30キロ前後の枯れ枝のような身体を維持するのには、そんなに食べずとも良いようにも思う▶病院には一昨日、昨日と二度行っただけだったが、一昨日はコスモスの花束を喜んでもらい、昨日は久しぶりの戸外に連れ出すことができて、良い収穫があったように思う。帰り際も、いつもの「帰っちゃいけん」はなく、少し淋しそうだったが、笑顔で別れた▶いつまでこういう状態が続くのか、いずれ遠からず「Xデー」が来ることは覚悟しているが、今はそのことをあまり考えずにいようと思う。来月は兄が母を訪ね、ぼくの次回ミッションは12月を予定。いつものように「それまで母ちゃん、元気にしとってよ」と言って別れた。

写真は今回のお土産、FBフレンド、ケイさんのコスモスの写真に母のコスモスを詠んだ俳句をレイアウトしてフレームにしたものと「神様からの贈り物」、コスモスの生花。食堂にも持っていったところ、他の患者さんから「いいわね」と言われ、母は「これは私のよ」と呟いた。所有欲はしっかりあるようだ。

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