2015年5月15日金曜日

週刊「猫並日記」2015 (4.27〜5.3)

2015年4月27日(月)
<春深く机の上が波立ちぬ>というのは母の句。昨日は日曜レレクラス、明日、明後日もレレクラス。間を縫って、あれやこれや、同時進行しているこのところ。あれをやらねばと思いつき、ああこれが先だな片づけねばとプライオリティが錯綜し、気ぜわしいがはかどらない春深しの感あって、ぼくの机の上も「波立ちぬ」ごとく、積層化しております。で、ずるずると流れる一日の句読点を打つための投稿。冷やし中華

写真は、母がかつて生まれ変わるならなりたいと言っていた野水仙の群生と「仲間に入れてよ」と話しかけるチューリップ。Cマウントレンズで撮影。

2015年4月30日(木)
<ひと叢の花菜あかりへ急ぎけり>というのは母の句。「ひと叢(ひとむら)」は一群という意、花菜は「菜の花」の別称。なぜ、母は菜の花の一群に向かって急いでいたのか。春の夕日がすっかり落ちる前に、黄色く灯る「花菜あかり」のそばに行きたかったのだろうか。こころが何かに支配され、わけもなく急く気持ちに、ときおり人はなるわけで▶火、水と昼間レレ教室ダブルヘッダー。依頼され、ミッションからの帰還後、ウクレレ教室の間を縫うように制作していた甥の結婚式用「ウェルカムボード」が急遽、式前日までに搬入ということになり、昨夜遅くに仕上げて、さきほど宅急便営業所まで自転車でキコキコと明日必着で会場に送付手配。そんなことをやっている間の間を縫って、新規ジャズ本関連2件の仕事をこちょこちょと。同時進行のウクレレモード、お絵描きモード、別件仕事モード、元来単一志向性の性格故、切り替えが難しく、時折、何から手を付けて良いのか混乱し、頭の中のように机上は積層化し、失せ物探しは相変わらず(昨夜、直前まであった「ウェルカムボード」のフレームを止めるビスが見つからず、しばし探したら床の上に落ちていた▶「なんでいつもなくなるんだ!」、深夜の独り言。明日は仕事打ち合わせで東京方面、土曜日は前述の甥の結婚式、日曜日はまたレレ教室、あれよあれよの4月最終日であります。

月曜日は目刺し、サワラの塩焼き、油揚げ、コンニャク、人参の煮付け、エビとブロッコリーのマヨネーズ和え、キャベツの味噌汁、お土産にいただいた京都のちりめんじゃこ/火曜日は秘書外出につき、塩豚肉弁当、シュウマイ、薩摩揚げ、ポテサラ/昨夜は鶏肉とダイコンの煮付け、昆布の佃煮。

写真は「ひと叢の花菜あかり」、Cマウントレンズで撮影。

2015年5月2日(土)
夕刻から御徒町にある出版社で撮影の立ち会い。ジャズ・ジャーナリストの小川隆夫さんの著作(3部作)の表紙イラストを担当することになり、そのイラストアイデアが「名盤ミュージシャンになった私(小川さん)」というもの。現代美術家の森村泰昌の「~になった私」シリーズ(http://www.morimura-ya.com/gallery/)だね。森村さんと違うのはそれをぼくが絵に描くという点▶ベースになるのはそれぞれジャズ名盤のマイルス・デイヴィス「Kind of Blue」、バド・パウエル「The Amazing Bud Powell volume 1」、ソニー・ロリンズ「Newk's Time」。最初は、編集者さんがiPhoneで撮った小川さんの写真を元に、ぼくが名盤ジャズ・プレイヤーに似せて描くという方向だったが、いまいちオリジナルの雰囲気(照明や微妙なアングル、表情等)と違っていたので、撮影に際し、少し細かい指示をお願いしたら、じゃあ本格的に撮ろうということになり、元プロカメラマンという出版社社員の方がカメラ担当、本格的な照明機材も持ち込み、本日の撮影となったというわけ▶初めてお会いした小川隆夫さんは温厚な感じのちょっとシャイな方で、「〜になった私」を演じることには照れがあったようだが、なかなか楽しい撮影だった。撮影終了後、御徒町の居酒屋で編集者A氏と炉端焼きつつきながらビール、ハイボール、歓談。帰宅後、おにぎりとカップラーメン/昨夜はホッケ、竹の子煮付け、ほうれん草お浸し、キャベツコールスロー。さて、明日は甥の結婚式、午前中の式なので朝早くに出かけねばならん。もう寝なければならん。

画像()は、小川さんが「〜になる」予定の名盤ジャズ・ジャイアンツの3人とその中のバド・パウエルに「なろうとしている」小川さんの撮影風景。

2015年5月3日(日)
昨日は甥(兄の次男)の結婚式@表参道に行ってきた。ハレの日は文句のつけようがない晴れ。初夏のような気持ちの良い日差しの中、式場は明るいガラス張り、戸外オープンテラスがあるオシャレなスペースでの結婚式は、若い二人にふさわしく、とても良い雰囲気だった。結婚式というのはいいね。ラブ&ハッピー満載の二人のおこぼれいただき、こちらも幸せな気分になる▶新郎は若手弁護士、友人・知人で持つべきは医者とロイヤーというのがアメリカ等であるが、親族に弁護士がいて、なんとなく心強い(いや、ぼくは法的にやばいようなことは「ほとんど」してきませんでしたが……)。新郎、新婦は高1からのクラスメイトの関係で、知り合って結婚に至る15年間のお互いの過去はよく知っているという、若い恋の成就という点でもほほ笑ましい(新郎の両親、つまりぼくの兄夫婦も高校の2学年の差の先輩、後輩の関係ということがあった)▶そうそう、彼らは婚姻届を役所に提出する際、本籍を彼らの愛の誕生の地、ふたりの母校の住所にしたとのこと。そんなことができるんだね。なかなかロマンチックなことをするではないか、と思った▶@披露宴会場、新郎、新婦いったん退場の前、ビール、シャンペン、ワイン等を飲みつつ、普段食べられないご馳走をお気楽に味わっていたほろ酔いの最中、会場アナウンスがあり、「……かつてはミュージシャンであり、今回のウェルカムボードを描いていただいたイラストレーターでもある……」と聞こえ、「あれれ? なになに、オレのこと?」と一瞬慌てたが、それは新郎を会場外にエスコートする役割を、叔父であるぼくがやるということで、そのことをまったく事前に聞いてなく、新郎のちょっとしたサプライズの仕掛けだった。ものの見事にサプライズした叔父であったが、嬉しかったよ▶「新郎がギターを弾き、歌を歌ったりするのもこの叔父さんの影響で……」という下りもあったかな。甥が少年だった頃、ギターを教えたりして、その後、彼はザ・フー並びにストレートなパンク系ロックのファンになり、フェンダー・ジャズマスターなんかを買ったりしたギター青年になったのだった。披露宴パーティに流される楽曲の選曲も、そんな彼ならではで、好ましかった。最後に流れたのが矢野顕子と忌野清志郎のデュエットで歌われる『ひとつだけ』。離れている時でも わたし(ぼく)のこと すぐに呼び出してほしい ねえ おねがい♪ ラブ&ハッピーの二人にふさわしいラブソングだった▶ウェディング終了後、兄夫婦やもう一人の甥夫婦(こちらは結婚7年、愛くるしい3才の長女も式に参列)、下関から駆けつけた88才になる義姉のお母さん(お元気)、弟さん夫婦等で、オシャレな街のオシャレなカフェでお茶を飲み、解散。新郎の祖母(つまり、ぼくの母)は式に参加することは叶わなかった。今度、母に会ったら写真を見せてあげよう▶帰宅後は、前日あまり寝てなかったこともあって、夕食食ってバタンQ、今朝目覚めたのが9時半ごろ、9時間は寝た。「寝る子は粗雑」(再三引用、直井ちゃんの名作)だが、「寝る子はラブ&ハッピーに育つ」と思う。各種フレンチなオードブル、ウニが入ったスフレ、ラム肉ソテー、デザート各種等のご馳走@披露宴、帰宅後にざるそば、巻きずし。

写真(10,)は件の結婚式の模様。

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