2015年2月26日木曜日

週刊「猫並日記」2015 (2.16〜2.20)

2015年2月16日(月)
北九州空港なう。搭乗手続きも終え、フライトを待つばかり。空港バスに乗り込んだら、雨が振りだした。今回も天気に恵まれた。母ちゃん孝行をウクレレ神様は見てござる、かな。さてさて。

2015年2月17日(火)
昨夜遅く、2月ミッションから帰還。下関最終日の昨日は、帰路が遅い飛行機ということもあって、一日を「実家にあるもの把握」に充てた。兄から「今の内にそろそろ実家の整理にかかった方が良い」との提案があったことにもよるが、父と母が長く暮らした実家に何が残されているのか、おおよそのところは把握していたが、古い家なので「開かずの箪笥」やら、もしかしたら「お宝が眠るかもの床の間上部の袋戸棚」やら、「秘境の仏壇の下の納戸」やらあって、これまで、詳細にチェックしたことはなかった▶「お宝が眠るかもの床の間上部の袋戸棚」については、父が生前、「ウチにはたいしたものは何もない」と言っていた(「何でも鑑定団」の影響から、「お宝」の存在を聞いたことがあった)ので、期待はしていなかったが、期待してなくて良かった(いくつかの書画の掛け軸はあったが、長年の「何でも鑑定団」の視聴により培われた鑑識眼からすると大したものではないと断定できる代物であった▶袋戸棚には他に新聞紙に包まれていた皿らしきものがあって、それはぼくが高1のときに美術の授業(たぶん)で描いた絵皿であった。皿の裏面に書かれてあった自分のサインでそれとわかったのだが、ほとんど記憶はなかった。絵についてはもうちょっと上手だったと思っていたので、少しがっかりした。あと、筒に収められていたのが、ぼくの中学校の卒業証書と美術の賞状。これについても、ほとんど覚えていなかったが、中学時代は美術以外もそこそこ成績は良かったと思っていたので、少しがっかりした▶その他、父の書棚の奥からぼくの幼稚園、小学校、中学校のときの卒業アルバムを発見、これらも大人になって以来、初めて見たように思う。これは懐かしかった。捨てずに取っておいた両親に感謝いたそう。あと、母が同人であった俳句雑誌のバックナンバーを数年分、発見。母が投稿した俳句も多く掲載されていて、これは、以前、手作りの母の句集を作ったときの出所とは別のもの。この発見が一番嬉しかった▶そんなことをしている内にあっという間に夕刻となり、飛行機の時間に遅れてはいかんとけっこう焦って実家を後にした。これだから飛行機は嫌だ。飛行機より、きままに乗れる新幹線の方が好きなのだが、「前割り」で予約すれば新幹線よりずっと安いので、飛行機を利用しているわけで(ま、飛行機も上空からの景色は楽しいけれど)。出発前、好物の下関駅の天ぷらうどんを食べて帰ったら、秘書が用意していたのは天ぷらうどんだった。

写真は昨夜の東京湾上空、及び件の絵皿、件の賞状(プチ自慢になるかな)。夜の飛行機の楽しみは都市部の夜景。機内からは窓の反射もあってなかなかきれいに撮れない。実際は宝石をちりばめたようで、ホントにきれい/60年代の終わり、イラストレーションという言葉が出てきて、そういうものに影響された作品だと思う。黒の部分に絵の具の剥離があるけど、何十年もあまり退色もなく、「保存状態」はまずまずといったところ/うーん、こういうのをもらったことはまったく記憶がない。絵はそこそこ得意だったという記憶はあります。

2015年2月19日(木)
前回ミッションのとき、実家の庭に咲いていた山茶花を摘んで病室の母に持っていったら喜んでくれたので、今回ミッションでは実家の梅の枝を手折り、母が使っていた萩焼の一輪挿しとともに病院へ持っていったのだった。実家の梅の花はまだつぼみだったが、それはそれで風情があると感じた▶母が最後に実家に戻ったのは、2011年の父の四十九日の法要のときだったと思うが、そのときは車椅子の母を介護タクシーに乗せて、車椅子のまま、家の中に運びこんだりでけっこう大変だった。もう、母は実家に戻ることはないだろうから、庭に咲く花等を見せてあげることは、母に実家の様子を想像してもらう意味もある▶「庭の梅を持ってきたよ」と母に告げると、母は少しばかり微笑んで黙って頷いた。一輪挿しに水を満たし、適当に梅の枝を挿し、ベッドサイドに置いたら、「ええ、挿し方やね」と母は言った。看護婦さんが「きっと咲きますよ」と言ってくれた▶つぼみの梅は病院を訪れた三日間の間にも膨らんできて、最終日はピンク色の花弁がほころびそうな感じになった。つぼみの梅を病室に持っていったのがおよそ1週間前、もう、母のベッドサイドの梅は咲いただろうか。そして誰にも見られることがない実家の庭の梅も咲いただろうか。ししゃも、チキン南蛮、コンニャク田楽、ひじきとゴボウのサラダ/チゲ鍋

写真は件の病室の梅。色味を変えた最後の2枚は病院訪問最終日のもの、今にもほころびそうでしょう? 写真

2015年2月20日(金)
ものぐさです。若い頃はそうでもなかったと思うが、年を取るにしたがって「いろんなことが面倒くさオヤジ」になってきた。だから整理整頓は苦手です。で、「いろんなものをよく忘れるオヤジ」にもなってきた。だから、しょっちゅう、いろんなものを探してます。ぶつくさ言いながら探してます▶2月ミッション帰還後、2点ほど見当たらないものがあって、ひとつは病院から渡された月例の母の容体報告書、それとタブレットのUSBケーブル。起き抜けから探しにかかったが、見つからないのでが、今回も忘れてきたようだ。毎回、コロボックルか、アリエッティかの仕業かなんかでなにかしらのブツを下関の実家に忘れてくる。すぐ取りに戻れる場所ではないので、嫌になる▶病院の報告書は「先月とほぼ同様」という内容だったので、いいとして、タブレットのUSBケーブルがないと充電できないし、ファイル転送もできない。で、似たようなケーブルをいろいろ試すが、ほんのちょっとの規格サイズの違いで使えなかったする。あれが腹が立つ。デジカメとか他の電子機器とか、みんな一緒にして欲しい▶そんなこともあって、正月以来、積層化を極めていた机の上の整理をした。ついでに本箱周辺とかも。そんなことをしてると、以前、やはりぼくの部屋に住むコロボックルかアリエッティかなんかの仕業で紛失していたデジカメの予備バッテリーが見つかった。捨てる神あれば拾う神あり、整理整頓が報われた▶部屋が少しはきれいになって、少しはほっとして、ウクレレを弾こうとしたらチューナーが見当たらない。探したら普段は入れないバッグのポケットに入ってた。ウクレレを弾き始めたら、爪が引っかかるので、爪磨きを使おうとしたら見当たらない。それを入れているはずのウクレレ小物袋が見当たらない。探し物はエンドレス。しょっちゅう探し物をしつつ、老いて行くんだろうなあと思った。ギョーザ、薩摩揚げ、ほうれん草のお浸し、子持ちイカ、ほうれん草と豆腐の味噌汁。

写真は2月ミッションの往路、ヒコーキの離陸から着陸まで。写真を早送りにして見てくだされ。ここのところ、毎回利用しているのが黒い機体のスターフライヤー。フライトアテンダントは制服も黒が基調で、ジャジーで大人っぽくという路線で化粧濃いめ。機内サービスのコーヒーにチョコレートがつくのでチョコっと嬉しい。今回、たぶん初めてタラップからの搭乗となった。あれはいいね。飛行機に乗るというわくわく感があります。バスからの撮影。この後、タラップから搭乗した/離陸直前/以前はこの浮遊感がすごく嫌だったが、慣れました/高所恐怖症だけど、このくらいの高さになるとけっこう平気/下界江ノ島! 初めて機上から確認できた/富士山は反対側、残念/山口宇部空港着陸間近。これは岩国基地みたい/てなことで、今回はまっことローカルな雰囲気漂う山口宇部空港に着陸。

0 件のコメント: