2015年12月31日木曜日

2015「生きることは食うこと」、食事メニューで振り返る1年。

2015「生きることは食うこと」、食事メニューで振り返る1年。

フグ刺し、フグちり、雑煮/白身魚のフライ、串揚げ各種、イカ刺し身/おでん(薩摩揚げ、ガンモドキ、ゴボウ天、ナルト、竹輪、玉子、コンニャク、大根、等)、マカロニサラダ/餅入りチゲ鍋/うどん鍋/サバの塩焼き、挽き肉入り卵焼き、野菜汁/炒飯、中華スープ/親子丼/ビビンバ、ギョーザ、生姜野菜スープ/牛タン、チキンスープ、カニカマサラダ、ゴボウとコンニャクの煮付け、竹の子の煮付け/鯛の煮付け、シシャモ、キノコと野菜、豆腐のお汁、キャベツのコールスロー、キュウリ、カブのぬか漬け/牛丼、味噌汁/おでん/チャンポン/鱈のソテー、ブロッコリーと水菜のサラダ、豆腐とワカメの味噌汁/いかリング、野菜サラダ/中華丼、豆腐とキノコのスープ/ハンバーグ、水菜、人参、ジャガイモのサラダ/チキン・フリッター、キャベツ、人参、ブロッコリー、春雨のサラダ、煮豆/カレイの唐揚げ、豆腐と白菜のお汁、おから、水菜サラダ/オムライス、野菜サラダ/カレーライス/ししゃも、肉ジャガ、豆腐、モヤシ、豚肉炒め/中華焼きそば、ワンタンスープ/鶏つみれ鍋/エビフライ、キャベツサラダ、モヤシ炒め、塩鮭/スパゲティ・ナポリタン/天ぷらうどん/ししゃも、チキン南蛮、コンニャク田楽、ひじきとゴボウのサラダ/チゲ鍋/ギョーザ、薩摩揚げ、ほうれん草のお浸し、子持ちイカ、ほうれん草と豆腐の味噌汁/鍋焼きうどん/鱈鱈鍋/白菜と豚肉のうま煮、鱈汁、ポテサラ/カレイの煮付け、豆腐とキノコのお汁、ウインナーとキャベツの炒め物、コンニャク田楽/ホッケ、ウィンナーの天ぷら、コロッケ、ゆで玉子、キャベツサラダ/肉豆腐、春雨サラダ/ハンバーグ、ほうれん草ソテー、じゃがいも、キャベツサラダ、ワカメと豆腐の味噌汁/カレー、ポテトサラダ/牛挽き肉のポロネーゼ、ハムとチーズのブリトー、クラムチャウダー/豆腐とキノコの餡かけ、コロッケ、キャベツ、ポテトサラダ/焼きうどん、豚汁/鶏水炊き/ししゃも、肉じゃが、ゴボウと山芋サラダ、モヤシお浸し、豆腐味噌汁/チキン唐揚げ、じゃがベーコン、水菜サラダ、キュウリとカブのぬか漬け/豚肉と豆腐、野菜鍋、ゴボウサラダ/恵方巻き、ブリの煮付け、イカ天、卵焼き、コンニャクとゴボウのきんぴら、カボチャ、野菜味噌汁、金時豆/天津丼、春巻き、ワンタンスープ/チキン・フリッター、水菜、トマト、人参、玉子のサラダ、豆腐とワカメの味噌汁/カレーライス、マカロニサラダ/カツ丼、キノコと豆腐のお汁、大根なます、ほうれん草の酢みそトッピング、煮豆/オムレツ、イカ天、かんぴょうと油揚げの煮付け/月曜日は八宝菜、、ワンタンスープ/鶏つみれ鍋、ヒジキ/メンチカツ、しいたけの天ぷら、モヤシと水菜のサラダ、ワカメと豆腐の味噌汁、大学イモ/焼きうどん/マグロぶつ切り、ジャガイモと玉葱の甘辛煮、だて巻き、大根なます、ネギとワカメの味噌汁、揚げかま/豆腐とキノコのチャンプルー、水菜。キャベツ、キュウリ、モヤシ、ハムのサラダ、薩摩揚げ、オクラの胡麻和え/鶏の唐揚げ、ほうれん草のお浸し、ほうれん草の味噌汁、玉子かけごはん/シュウマイ、キノコとほうれん草、豚肉の炒め物、卵焼き、めんたいこ/チキンフリッター、水菜と人参のサラダ、豆腐とワカメの味噌汁、刺し身コンニャク/ガーリックバター・チキン、コールスロー/トンカツ、ワカメ、キャベツの味噌汁、ほうれん草のお浸し/カレー、マカロニサラダ/ハンバーグ、キャベツ、ナス、ピーマンの付け合わせ、オクラ胡麻和え/マーボー茄子&ワンタンスープ/イカフライ、ポテサラ、茄子の甘辛煮/タラ煮付け、ネギ、ピーマンの付け合わせ、カブと野沢菜の漬け物、煮豆、豆腐味噌汁/チゲ鍋、マカロニサラダ/牛丼、ホウレンソウの味噌汁/タラのフリッター、マヨ卵ソースかけ、かぼちゃ、人参、チンゲンサイ、竹輪の付け合わせ、ホウレンソウお浸し、きのこと野菜のコンソメ/サンマの蒲焼き、ネギとワカメのなます、春雨サラダ、キャベツと竹輪の味噌汁/親子丼/鱈鍋、干瓢の煮付け/焼きビーフン/厚揚げ豆腐、シュウマイ、卵焼き、塩鮭、モヤシとブロッコリーのサラダ、キャベツとワカメの味噌汁/カレーライス/豚肉生姜焼き、ゴボウと人参のマヨネーズ和え、モヤシと水菜のサラダ/炒飯、中華スープ/パエリア(みたいなヤツ)、ポテサラ/チラシ寿司弁当と味噌汁&カップヌードル/チキンと玉子の甘酢煮、野菜サラダ/甘鯛の粕漬け、タコのぶつ切り、ゴボウと玉葱のマヨネーズ和え、肉ジャガ/ブリの照り焼き、イカの酢味噌和え、きんぴらゴボウ、ポテサラ/豚丼、ほうれん草のお浸し/スパゲティ・ナポリタン、ウィンナーのポトフ/かき揚げ丼、ヒラマサの刺し身、竹の子の煮付け、ゴボウと人参のマヨ和え、ざるそば/ハンバーグ、焼きナス、ほうれん草ソテー、キャベツとキノコのスープ、ポテサラ/キャベツと挽き肉のあんかけ丼、ほうれん草味噌汁、春雨サラダ/塩鮭、大根のあんかけ煮、モヤシとピーマン炒め、薩摩揚げ、刺し身コンニャク/豚天丼、鶏ささ身、トマト、水菜トッピングのざるうどん/鱈のフリッター、スクランブルエッグ、レンコンとヒジキの煮付け、豆腐の味噌汁/天津丼、豆腐中華スープ、シュウマイ/豚肉の唐揚げ、キャベツサラダ、ほうれん草の味噌汁/カレーライス、コールスロー/冷やし中華/目刺し、サワラの塩焼き、油揚げ、コンニャク、人参の煮付け、エビとブロッコリーのマヨネーズ和え、キャベツの味噌汁、ちりめんじゃこ/塩豚肉弁当、シュウマイ、薩摩揚げ、ポテサラ/鶏肉とダイコンの煮付け、昆布の佃煮/おにぎりとカップラーメン/昨夜はホッケ、竹の子煮付け、ほうれん草お浸し、キャベツコールスロー/各種フレンチなオードブル、ウニが入ったスフレ、ラム肉ソテー、デザート各種等のご馳走@披露宴、帰宅後にざるそば、巻きずし/天丼、小うどん、冷や奴、キャベツの甘酢、干瓢サラダ、茎ワカメ/水曜日はオムライス&マカロニサラダ/特大ギョーザ、中華おつまみ各種、青島ビール@中華レストラン、寿司セットにカップヌードル/アジフライ、キャベツサラダ、マグロ刺し身、イカの煮付け、竹輪、彦島味噌の味噌汁(ダイコン)、モズク酢/まぐろ刺し身、豆腐と竹輪、キノコのお汁、鶏と大根、サヤエンドウの煮付け、イモ天、おから/ラーメンとおにぎり/カレーライス/塩サバ、キャベツ炒め、かんぴょうと油揚げの煮付け、刺し身コンニャク、豆腐とワカメの味噌汁/ほっけ、卵焼き、茄子の煮浸し、大根なます、ひじき/昨夜はチキンと玉子の甘酢煮、おから/餃子、スパゲティサラダ、ローストビーフと生ハム/ブリ照り焼き、薩摩揚げ、冷や奴、ほうれん草のお浸し、大学イモ、キュウリ/親子丼、ほうれん草のお浸し、おから/餃子、冷や奴、ほうれん草の胡麻和え、中華風春雨サラダ/塩鮭、焼きナス、春巻き、ほうれん草ソテー、きんぴらゴボウ/日曜日はざるうどん、薩摩揚げ/鯵の干物、冷や奴、ピーマン炒め、ニラ卵焼き/一昨日は鶏つみれ汁、大根と鶏肉の煮付け、竹輪の磯部揚げ、ほうれん草お浸し/まぐろ漬け丼、竹の子とフキのあんかけ、キノコのお吸い物/冷食炒飯、中華スープ/ヒラマサの塩焼き、ピーマンとナスの味噌炒め、コンニャクとゴボウのきんぴら、焼きタラコ、キャベツとキノコの味噌汁、イモ天/焼きうどん/ハヤシライス/サバの味噌煮、野菜かき揚げ、ひじきとレンコンの煮付け、大根なます、煮豆、豆腐とほうれん草の味噌汁/ざるそば、薩摩揚げ/塩サバ、豆腐しんじょ、キュウリとこんにゃくの酢の物/ピーマン肉詰め、ブロッコリー、トマト、人参のサラダ、フキと油揚げの煮付け、もずく酢/豚肉生姜焼き、冷や奴、野菜サラダ/牛丼、ハムポテトサラダ、ほうれん草の味噌汁/カレーライス、野菜サラダ/アジフライ、ししゃも、筑前煮、エビとマカロニ、ブロッコリーのサラダ、キュウリとキャベツの酢漬け/牛肉炒め、モヤシと人参、焼きナス、冷や奴、野菜サラダ/麻婆茄子、ほうれん草の味噌汁/天丼、ざるそば、フキと油揚げの煮付け、フライドポテト/鱈の煮付け、豚肉とキャベツの炒め物、春雨サラダ、冷や奴、煮豆、キュウリとカブのぬか漬け/焼きうどん、おから、春雨サラダ/鯵の南蛮漬け、ししゃも、キュウリと昆布、春雨の酢の物、エビとマカロニ、ブロッコリーのサラダ/オムライス、ハムサラダ/イカフライ、コールスロー、玉子かけご飯/ドライカレー、オニオンスープ/焼きそば、味噌汁/マグロ漬け丼、シイタケとワカメの味噌汁、玉葱とワカメのぬた和え、大学イモ/鶏大根、めんたいチーズ春巻き、竹輪の磯辺揚げ、もずく酢、モヤシ、ほうれん草のごま油和え、煮豆/ざるそば、カモと豚肉の薫製、レタス、トマト、キュウリ、セロリのサラダ/豚肉の生姜焼き、ピーマン、じゃがいもの醤油煮、野菜サラダ、冷や奴/冷やしたたぬきうどん、ちらし寿司、キュウリのごま油和え、トマト、薩摩揚げ/半額セールの握り寿司パック、半額のゆず豆腐、これまた半額のメロン等/塩サバ、菜っ葉と油揚げの炒め物、ヒジキ、トマト、イモ天、きゅうり、人参、カブのぬか漬け/塩鮭、ナスの煮浸し、大根、鶏肉、サヤエンドウの煮付け/チキンフリッター、フライドポテトの付け合わせ、トマトサラダ/カレー/サバ粕漬け、冷や奴、マカロニサラダ、春雨,キュウリ、カニカマの酢の物、芥子レンコン/エビチリ、シュウマイ、ゴボウ、ハス、空豆のマヨ合え、冷や奴/まぐろ鉄火丼、ゴボウ、里芋、人参、竹の子、コンニャク、インゲンの筑前煮、竹輪磯辺揚げ、シソトッピング冷や奴/鶏の唐揚げ、モヤシ&マカロニサラダ/冷やしたぬきうどん、薩摩揚げ、芥子レンコン/カップラーメンに4種の「ねばねばサラダ(大根、ワカメ、オクラ、レタス)、ソーセージおにぎり/老とバジルの冷製パスタ、生春巻きスイート・チリソース/さしみのぶつ切り、キャベツと豚肉炒め、冷や奴、ゴボウ,コンニャク、人参のピリ辛/きのこトッピング・ハンバーグ、レタス、トマト、カボチャ、オクラ等夏野菜サラダ、モズク酢/冷やし中華、ブロッコリー、薩摩揚げ、キュウリのごま油合え/タコライス/カマスのフリッター、冷や奴、コンニャク田楽、レタス、モヤシ、トマトのサラダ/巻きずしとザルうどん、薩摩揚げ/ウナギ弁当&サラダ・ソーメン/イベリコ豚の生ハム等/ざるそば、海苔巻き、イモ天/鯵のペッパー風味ソテー、もやし、人参付け合わせ、キュウリとトマト、ハムのサラダ、冷や奴、おから/ちらし寿司、ざるそば、ポテサラ/昨夜はタイカレー、野菜サラダ/チキンフリッター、目玉焼き、ピーマン、人参の付け合わせ、ゴボウ天、キュウリとワカメの酢の物、冷や奴/メンチカツ、キャベツサラダ、筑前煮/天津丼、シュウマイ、焼きナス/幕の内弁当&小ザルうどん/豚肉生姜焼き、ゴーヤ豆腐、モヤシ、キュウリ、トマトのサラダ、オクラ/スパゲティ・ミートソースにアンチョビ・ペンネサラダ/サーモンソテー、焼き茄子、つみれ汁/焼きうどん/カレーライス/生姜焼き弁当、お椀そば、ゴボウのマヨ和え/アジの塩焼き、筑前煮、コンニャクごま和え、ほうれん草ソテー、豆腐ときのこのお汁/ハンバーグ、野菜サラダ等/焼きうどん等/海老ドリア、ツナサラダ等/、挽き肉オムレツ、ウィンナー、豆腐とシイタケのお汁等/崎陽軒シウマイ弁当等/白身魚の甘酢あんかけフライ、ほうれん草の味噌汁、野菜サラダ等/冷やしラーメン等/カツ丼、春雨サラダ/塩サバ、茄子の煮浸し、きんぴらゴボウ、冷や奴、キュウリとカブのぬか漬け/焼きビーフン、ポテサラ/鯛の塩焼き、豚肉茄子、おから、冷や奴等/麻婆茄子、ポテサラ、もやし、ほうれん草のごま油和え等/ちらし寿司、ざるそば、ハムサラダ等/タンドリーチキン、野菜サラダ、豆乳豆腐等/親子丼等/ドライカレー等、巨大巨峰/冷やし中華、タン塩/餃子、エビチリ、酢豚、棒棒鶏等の中華総菜、厚揚げ豆腐とサヤエンドウの煮付け、キュウリとワカメの酢の物/台湾風ピリ辛焼きそば/馬刺し、刺身の盛り合わせ、手羽先、ウィンナー、鰯の煮付け/空港内の九州ラーメン/冷やしたぬきそば、餃子、薩摩揚げ/タイカレー、野菜サラダ/タコ刺し、鶏大根、ゴボウとハスのサラダ、ワカメの酢の物/ハンバーグ、キュウリとワカメの酢の物、冷や奴/肉豆腐、鶏ササミと大根、水菜の煮付け、キュウリとワカメの酢の物/塩鮭、イカのチリソース、焼きガンモドキ、マカロニサラダ/鶏つみれ鍋、稲荷寿司/アジの塩焼き、ゴボウとコンニャクのきんぴら、ヒジキ、大豆の煮豆、冷や奴/チキンフリッター、人参、ピーマンのグラッセ、水菜のサラダ、きのこのお汁/アジの塩焼き、ピーマン、モヤシの付け合わせ、大根の三杯酢、ポテサラ/まぐろ刺し身、とうもろこしと豆腐のすり身揚げ、茄子の煮浸し、ゴボウ、人参、かぼちゃの甘露煮、鶏のササミとモヤシの胡麻和え/サバの味醂干し、ハムカツ、きんぴらゴボウ、大豆煮豆、ちりめんじゃこ、キュウリ、カブ、人参のぬか漬け/焼きそば、カニカマ入りポテサラ/餃子、冷や奴、干瓢とシイタケの煮付け、マカロニサラダ、もずく酢/串カツ、モヤシ炒め、玉葱とイカのマリネ/タコ刺し、焼きガンモ、ウインナー、マカロニサラダ、ポテサラ、コンニャク、人参の白和え/カツ丼、味噌汁/塩鮭、空心菜と豚肉の炒め物、水菜とモヤシの甘酢合え、もずく酢/チキン竜田揚げ、大根、シイタケ、人参、油揚げのお汁、マカロニサラダ/カレーライス/さんま塩焼き、厚揚げ豆腐の網焼き、ほうれん草ソテー、じゃがいも、きのこ、キャベツの味噌汁/おでん(大根、コンニャク、がんもどき、薩摩揚げ、ゴボウ天、玉子、等)、ゴボウと人参のマヨ和え、頂き物の秋田のいぶりがっこ/いさき塩焼き、マグロ刺し身、鶏大根、ワカメとレタスのサラダ、豆腐ときのこのお吸い物、鉄火巻き/おにぎり定食(おにぎり、鶏大根、ウィンナー、ポテサラ)/焼きうどん、コールスロー/炒飯、玉子スープ/餃子、野菜炒め、イカとモヤシの酢の物、冷や奴/豚肉鍋、チーズ・イン竹輪、ごぼうマヨ和え/ハンバーグ、ウィンナー、ピーマン、人参、じゃがいもの付け合わせ、豆腐とワカメのお汁、キュウリ、白菜の漬け物/カレー、コールスロー/タラコ・スパゲッティ、野菜サラダ/牛肉、野菜サラダ、シメジと豆腐のお汁、焼きシイタケ/ラーメン、おにぎり/チキンライス、玉子スープ/ホッケ、焼き茄子、ネギとワカメのぬた和え、豆腐とワカメの味噌汁/冷やし担々麺/木曜日は鶏つみれ鍋、ハスとゴボウ、人参のきんぴら/幕の内弁当、豆腐の味噌汁、大学イモ/メンチカツ、白菜とナメコのお汁、マカロニ、トマトサラダ/マグロぶつ切り、茄子、エリンギの田楽、モヤシ胡麻和え、里芋、レンコン、人参の煮付け/鯵の塩焼き、ハスの天ぷら、ほうれん草、人参、コンニャクの白和え、ブロッコリー、キュウリとワカメの酢の物/豚バラ大根、煮玉子、春雨サラダ/鱈の雪鍋、イカリングとトマト、玉葱のマリネ/豚肉焼き、ブロッコリー、レタス、水菜、トマトのサラダ、エリンギ炒め物、もずく酢、きのこと白菜のお汁/焼きそば、コールスロー、夕べの味噌汁/デミグラス・ドリア、ムキ海老入りサラダスパゲティ/リのペッパー風味ソテー、ほうれん草ソテー(トマト、インゲン、人参添え)、モズク酢、ワカメときのこの味噌汁/豚肉と白菜の鍋(うどん入り)、きんぴらゴボウ/煮込みハンバーグ(煮玉子、インゲン、ナス、ピーマン添え)、水菜とトマトのサラダ(チーズトッピング)/サンマの塩焼き、もやしとピーマンの炒め物、ハムとマカロニのサラダ、もずく酢、白こんにゃくのネギ合え/牛肉大和煮、大根、竹輪の甘辛、ウィンナー、ピーマンの炒め物、里芋の天ぷら、鶏出汁のお汁、豆腐、三つ葉/鶏の水炊き/チゲ鍋/チキンカツ、焼き茄子、イカ、ネギ、ワカメのヌタ合え、大豆煮豆/豚肉とネギ、きのこの煮物、マカロニサラダ/玉子炒飯、中華スープ/餃子鍋、もずく酢、めんたいこ/ブリ照り焼き、イモ天、ほうれん草のお浸し、豆腐と三つ葉のお吸い物/中華丼、シュウマイ、豆腐、ワカメのお汁/挽き肉と野菜のガーリック風味ライス、ポテサラ/アジフライ、焼きナス、水菜とトマトのサラダ、ワカメと豆腐の味噌汁、おから、金時豆/鶏鍋/餃子、チキンスープ、イカリングとブロッコリーの和え物、里芋の天ぷら、ほうれん草のお浸し/ペペロンチーノ、野菜サラダ/サーモン、ピーマン炒め、トマト、玉葱のマリネ/豚肉、しいたけ、シメジの鍋、キュウリとワカメの酢の物/スパゲティ・ミートソース、コールスロー/ハムカツ、モヤシ炒め、おから、レタスとカイワレのサラダ/スーパーで購入した各種総菜+秘書の手料理/天ぷらうどん、稲荷寿司/親子丼/ガパオライス、野菜サラダ/塩鯖、ボロニアソーセージ、マカロニサラダ、ワカメとネギの酢味噌和え、ゴボウの甘辛、煮豆、大学芋/キノコと挽き肉のオムレツ、ウィンナー、ほうれん草ソテー、ブロッコリー、トマト、ポテサラ、豆腐の味噌汁/鍋焼きうどん、稲荷寿司、カツオのたたき/カツ丼/日曜日は、鱈雪鍋/鯖の塩焼き、ゴーヤ豆腐、大根とコンニャクの煮付け、ブロッコリー、キノコとつみれ、豆腐の味噌汁、薩摩揚げ/レンコン、かぼちゃ、茄子、ピーマンの甘煮、イカフライ、モヤシとピーマン炒め、ヒジキ、レタスとイカリング、ワカメ、春雨の酢の物/餃子、エビチリ、モヤシとクラゲの甘酢和え、シイタケと豆腐の味噌汁/煮込みハンバーグ、エリンギ、カボチャ、ピーマン、ブロッコリー添え、オニオンサラダ、ワカメとエノキのお汁/カレー、野菜サラダ/ラーメン鍋(豚肉、青梗菜、きのこ、人参、モヤシ、ネギ)、青菜とザーサイ、おから、大根なます/ハンバーグ(じゃがいも、ピーマン、人参付け合わせ)、キュウリとレタスのサラダ/鶏と玉子の甘酢煮、ゴボウサラダ/鯵塩焼き、青梗菜そぼろ卵、豆腐としいたけのお汁/ハムカツ、レタスサラダ、イカリング、里芋、インゲン、人参、大根の煮付け、まぐろぶつ切り、豆腐、シイタケのお汁/鍋焼きうどん/ブリの照り焼き、コンニャク、油揚げ、大根の煮付け、モヤシ、ピーマンの酢和え、もずく酢、青梗菜と豆腐の味噌汁/焼きうどん、カボチャとトマト、レタスのサラダ/チゲ鍋、ポテサラ、大根なます/白身魚の塩焼き、つみれ、がんも、厚揚げ豆腐、ほうれん草のお浸し、大学芋、イカフライ、白菜の漬け物/焼き肉、ボロニア・ソーセージ、ニンジン・グラッセ、トマト、ポテサラ、ワカメの味噌汁/焼きうどん/居酒屋メニュー&豚バラ鍋/レバニラ炒め、マカロニサラダ/炒飯、ニラ玉子中華スープ/鯵のひらき、筑前煮(里芋、にんじん、ハス、インゲン、コンニャク)、トマト、ブロッコリー、ポテサラ、冷や奴、ワカメの味噌汁/スパゲティ・ミートソース、野菜サラダ、オニオンスープ/豚バラ鍋/カレーライス、ポテサラ/年越しそば、ちらし寿司(予)


秘書よ、今年もありがとう。

週刊「猫並日記」2015 (12.28〜12.31)

2015年12月28日(月)
昨日は本年最後のレレ教室。今年やった練習曲の中からピックアップしての復習、アンサンブル等。「みなさんを上手にすること」という来年のぼくの目標をクラスのみなさんに宣言、ホントに心からそう思ってるんだ。それがなかなか難しいのだけど▶ところで、12月ミッションの折、たまたま母の隣のベッドにいる方が、ぼくの小学校6年のときの担任、吉田先生その人であったこと、の件。およそ半世紀ぶりの再会は、今年の個人的ビッグニュースの最たるものだろう。今になってもまだ信じがたいところがある▶吉田先生がぼくのことをよく覚えていてくださった(「歌が上手で、利発で、作文が上手で、とても良い子でしたよ」ーあくまで吉田先生談、ということで。笑)ことも嬉しかったが、吉田先生は、ぼくが教わった先生の中でも、一番好きだった先生だったんだ▶吉田先生にまつわる記憶は色々とあるが、その中で思い出すたびに笑みがこぼれるものがある。ある日の授業中のひととき、クラスメイトのSくんがいきなり先生に質問をしたんだね。「先生、女にもキン○○がついちょるん?」▶吉田先生は泰然と微笑みながら、「ついちょるよ。男子のより小さいけどね」と言ったんですね▶で、当時、ぼくが好きだった女子のKさんに、「ねえ、Kさん」と言ったのだった。そう言われたKさんは、なんだかわけがわからないような顔をして、こくんと頷いたのだった▶以来しばらく、ぼくは女にも付いているという「小さなキン○○」をどれだけ妄想したものか。Kさんにもそれが付いているということに、どれだけ煩悶したものか。先生たる人がこういうことを、無垢な(それなりに)学童に言って良いものかということはあるかもしれないが、今は昔の話、思春期男子のアホな質問のかわし方としては見事だったと思う▶先生に、この話を思い出話のひとつとしてしたのだが、先生は覚えてないようだった。でも、好きだったKさんのことは覚えていた(目の大きな可愛い子でしたね。初恋だったの?)。そして、席替えのとき、先生がKさんと隣同士の席にしてくれたことを半世紀ぶりに感謝したのだった。

土曜日は、鯵のひらき、筑前煮(里芋、にんじん、ハス、インゲン、コンニャク)、トマト、ブロッコリー、ポテサラ、冷や奴、ワカメの味噌汁/日曜日は、スパゲティ・ミートソース、野菜サラダ、オニオンスープ。

写真は、この間、再会した折、看護師さんに撮ってもらった吉田先生との2ショット。そして小学校の卒業アルバムからスキャンした「6の1・吉田学級」

2015年12月30日(水)
この押し迫った年末に、ジャズ関連の本のイラストの急な依頼があって、随分以前に描いた楽器と手を描いたシリーズ(ピアノ、アルトサックス、トランペット、ギター、ベース)をそのまま使ってくれるということで、それはありがたいのだが、2点(テナーサックスとドラム)追加して欲しいとのこと。〆切りは年内。問題は、そのシリーズは紙にクレヨンと鉛筆で描いたアナログ絵であるということ。タッチを合わせるのにアナログで描くしかないのだが、ここ10数年、パソコンでばかり描いていて、アナログは、ちょっと自信がない▶で、実に久しぶりに(ちょっとわくわくして)、画用紙に向かい、鉛筆を手に取り、アナログで描き始めたのだが、これが大変だった。いろいろとめんどくさいし、思うように描けないし、手は汚れるし、部屋は汚れるし、タッチを合わせるのが思いの外、難しく、なにしろ20年近く前に描いたもの、昔の自分のタッチを模倣するという、なんだか妙な感じだったが、さすがに自分が描いたものなので、模倣はまずまず上手くできた▶たった2点のスポットイラスト、昨日から取りかかったのだが、今日も朝からシャワーも浴びず、何枚か反故にして、さきほどようやく完成。スキャンして送付、オッケーをもらった。たまにはアナログで描かねばと思っていて、ずっとその気になれなかったが、こんな機会に久々のアナログ絵を描いての感想は、とにかく、めんどっちいということ。アナログで描くことはまた当分、なさそうだなあ。やれやれ。一昨日はカレーライス、ポテサラ/昨日は豚バラ鍋。

画像はできたてほやほや、無茶苦茶ひさしぶりの件のアナログ絵(,)。

2015年12月31日(木)
たった一枚の年賀状を投函してきた。下関の病院にいる母宛て。今年は1月、2月、4月、6月、8月、10月、12月と母を訪ねた。毎回のぼくの訪問を母は喜んでくれた。この1年、母はさして変わらず、安定した状態が続いている。いつまでこの状態が続くのかわからないが、ずっと続いて欲しいように思う▶さて、あれよあれよで、大晦日の夜となった。今年の近隣神社初詣での折、引いたおみくじは「吉」だった。今年も1年、健康で大過なく過ごせた。「吉」の1年に、八百万神(レレ神さまも含む)に「ありがとうな」と感謝しましょう。
写真は12月ミッションの折、母の病室に持参した実家の庭の山茶花とだいだい。新年を母のそばで迎えてあげられず、ごめんね、母ちゃん。年越しそば、ちらし寿司(予)。

週刊「猫並日記」2015 (12.21〜12.26)

2015年12月21日(月)
小雨降る西国です。小倉なう。トランクとバッグを持って、実家を出て、バスに乗って、バス停2つ過ぎたところで、バッグをバス停に置き忘れたことに気づき、慌てて引き返し、無事にバッグを確保して、駅に向かいました。焦った。ずっと順調に来ていた今回ミッション、最後でドジを踏んだところがぼくらしい。やれやれ、でございました。これから空港バスに乗って帰路に着きます。
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本日、12月ミッションから帰還しました。病棟のクリスマス会でのウクレレ演奏や、小学校のときの先生との「奇跡の再会」等、いろいろとありました。母は特に変わりもなく、看護師さんたちから可愛がられているようで、安心しました。さて、明日、明後日とレレ教室。明後日は教室終了後、生徒さん有志と通所老人ホームでのクリスマス会の演奏を予定してます。こちらも楽しみ。

写真は母のいる病院裏手の海。三日前の撮影。四季折々、訪れるたびに表情が違う。

2015年12月24日(木)
"Merry Crisis and a Happy New Fear"(メリー・クライシス アンド ア・ハッピー・ニュー・フィアー)というのは、本日付朝日 「折々のことば」(鷲田清一)から。「社会不安や戦禍のさなか、ヨーロッパの市中ではこんな落書きがしばしば見られた」と。ブラックだが、今の時代を言い得て、よく出来てるなあと感心した。昔からの日本バージョンは「滅入り、苦しみます」。洒落飛ばせば、苦境にも笑みが出るというもの▶一昨日、昨日とレレ教室。昨日は教室終了後、生徒さん有志と通所老人ホームでのクリスマス演奏会を行った。「ジングルベル」、「赤鼻のトナカイ」、「きよしこの夜」の3曲をみなさんと一緒に歌って演奏、最後にジョン・レノンの「ハッピー・クリスマス」を演奏した。施設での演奏は、母のいる病院を含め、何度か経験してきたが、今回は通所施設ということもあって、お元気そうな方々が多く、なかなかに盛り上がり、楽しんでいただけたと思う▶クリスマス演奏会終了後、駅ビル居酒屋で参加生徒さんたちと打ち上げ飲み会。楽しい一日となりました。今月は中旬から、12月ミッション、ウクレレ教室、このクリスマス演奏会と、バタバタとしていたが、ようやく一息。今日はクリスマス・イブ。さてさて今年も残すところ、一週間、CrisisもFearもない、年の瀬、新年になりますように。

月曜日は、焼き肉、ボロニア・ソーセージ、ニンジン・グラッセ、トマト、ポテサラ、ワカメの味噌汁/火曜日は、焼きうどん/水曜日は、居酒屋メニュー&豚バラ鍋。

YouTubeスライドショーは、昨日の通所老人ホームでの生徒さんたちの模様と「ハッピー・クリスマス」の音源。生徒さんたちのコーラスをバックにこの歌を歌えて、へっぽこ先生は幸せでした。

2015年12月25日(金)
E天気。暖かく穏やかに晴れた12月25日、クリスマスの日となった。多くの日本人は(キリスト教信者でもないのに)、家族や友人たちとこの日を祝い、サンタさん(彼が自分の親であることをうすうす知りつつも)からプレゼントをもらった、幸せな子どもたちも多くいることだろう。なんであれ、みんながなんとなく幸せな気分になれる日として、クリスマスはあっていいと思う▶その一方で、日々の生活に追われ、クリスマスどころではないという人たち、共にクリスマスを祝う家族や友人もいない孤独な人たち、サンタさんからプレゼントをもらえない多くの子どもたちもいることを思う。そして、今このときにも、テロや独裁の恐怖におびえ、途方もなく理不尽な暮らしを強いられている多くの人々がいることを思う▶世の中のすべての理不尽な事柄について、このクリスマスの日に、そういうことをふと思うこと、それも大事だろうと考えます。レバニラ炒め、マカロニサラダ。

「高浜原発3・4号機 再稼働認める判断 福井地裁」
「ホワイト・クリスマス」に被せた映像は2011年3月14日、福島原発3号機爆発の模様。

2015年12月26日(土)
生来のものぐさとアマノジャク傾向から、師走となっても賀状を書いたり、大掃除をしたりということもなく、いつもと変わらない時間が流れているが、月半ばからのそこそこ忙しかった期間、ぼくの部屋はミッション帰りのトランクは出しっぱなし、机回りは雪崩でも起こしそうな状況で、必要にかられ整理し、一時行方不明になっていたウクレレのストラップの「受け手」(と言ってもどんなものかわからないでしょうが、まあ、紐のついた部品のようなものですが)を山積したプリント類の下から発見、「アリエッティ」に持ち去られたと思っていたが、すまん、疑ってアリエッティさん。やれやれ。炒飯、ニラ玉子中華スープ。

写真()は今回ミッション時の「病棟クリスマス会ウクレレ演奏」の模様。写真には写っていないが、後ろの方はベッドごと運ばれた寝たきりの方々もいらっしゃったり、ご家族の方々などで病棟食堂フロアは満員御礼状態。みなさんをフロアに連れ出すのに小一時間、看護師、職員のみなさん、ご苦労さまでした。終わっての母の感想は「あんたは度胸がええねえ」だった。

週刊「猫並日記」2015 (12.14〜12.20)

2015年12月14日(月)
昨日は日曜レレ教室。昨年もこの時期にクリスマス・ソング特集をやったが、そのときに「今は少し難しくても、来年のクリスマスの時期には、ばっちり弾けるようになってますよ」と、生徒さんたちには言った。あれよあれよで1年が経ち、まだまだばっちり弾けるようになった生徒さんは少ないのであった。1年前とそんなに変わってないというか。うーむ、でも変わりがないということは良いこと、としておこう▶ところで、最近の朝日「天声人語」に、「アメリカでは日本ほど無邪気に『メリー・クリスマス』を口にできない」とあった。政教分離に厳しい国、アメリカにおいては、「他の宗教を信仰する人への配慮」が必要ということから。そう言えば、アメリカ在住の友人から来るクリスマス・カードには「メリー・クリスマス」ではなく、「ハッピーホリデーズ」と書かれたものが多い。「公立学校では『きよしこの夜』もだめ。クリスマスツリーはコミュニティツリー」と呼ぶとも。そのくせ、トランプとかが「ムスリムは入国させるな」とか無茶なことを言って、支持率を高めているという事実があったりするわけで、アメリカもいよいよ面倒臭い国になったということか▶翻って、キリスト教信者でもない多くの日本人が(ぼくの教室でも)、「無邪気に」クリスマスソングなどを歌って楽しんでいるのはいかがなものか、ということだが、ぼくは個人的に「無邪気に」クリスマスソングは好きで、それは多くのクリスマスソングにラブ&ピースの理念が内包されているからだと思うんです。いいじゃないか、日本人は無邪気にクリスマスを楽しめば、と思いますね。だって、ジョン・レノンの「ハッピークリスマス」が「ハッピーホリデーズ」というタイトルになったらつまらないよね。

土曜日は親子丼、日曜日は「ガパオライス」、野菜サラダ(秘書仕事につき、コンビニで購入(ガパオライスって知らんかった。タイ料理なのね。コンビニフードだとどこがタイなのかよくわからんかったが)。

写真は、もう20年近く栽培しているジャコバサボテン。毎年この時期に花をつける。今年はとりわけよく咲いた(秘書談)。

2015年12月17日(木)
<シャガールの三日月笑う釣瓶落としに>というのは母の句。売れないフォークシンガーだった若い頃、「シャガールの絵から」という自作の歌があった。「あんたの曲はええねえ。井上陽水やらよりずっとええ」と、親ばか母は言ってくれたもんだ。母はシャガールをその歌を通じて知ったのだと思う▶さて、ばたばたと旅支度も終え、これから母を訪ねて1000キロ、12月ミッションに参ります。先月の兄の報告では、特に変わりはないとのことだった。お正月用に、母に新しいパジャマと冬物の下着を買った。明日は病棟のクリスマス会でウクレレ演奏をやる予定。もうすぐ行くけえ、待っちょって、母ちゃん。帰還は来週明け。

月曜日は、塩鯖、ボロニアソーセージ、マカロニサラダ、ワカメとネギの酢味噌和え、ゴボウの甘辛、煮豆、大学芋/火曜日は、キノコと挽き肉のオムレツ、ウィンナー、ほうれん草ソテー、ブロッコリー、トマト、ポテサラ、豆腐の味噌汁/水曜日は、鍋焼きうどん、稲荷寿司、カツオのたたき。

写真は昨夜の「シャガールの三日月」@ベランダ越し。♪ロマンチックさ/こんな夜に/恋人たちは夜空に舞い/夢を語り合う/つうのが、「シャガールの絵から」という歌の大意。
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旅慣れた出張サラリーマンのように、ごくスムーズに下関に着きました。こちらはさーむいです。さてと、晩メシの買い物して、実家に向かいます。母に会うのは明日。

2015年12月18日(金)
下関2日目。実家の庭の山茶花が良い感じで咲いていたので、ふた枝ほど手おり、母に見せようと病院まで持っていった。庭には四季折々、なにかしらの花が咲いているが、主に見られて花も本望でありましょう▶クリスマス会の歌の時間は、みなさんと一緒に歌おうということで、ジングルベル、赤鼻のトナカイ、聖しこの夜の3曲を、看護師さんたちが用意した歌詞ボードを見ながら、ぼくのウクレレ伴奏で楽しんでもらった(かな?)▶母は変わりなく、出されたイチゴのケーキをけっこう食べた。好きなんだね、ケーキ。それが今日、一番嬉しかったこと。明日も母を訪ねて参ります。

2015年12月19日(土)
下関3日目。山茶花に続き、実家の庭に「だいだい」(と家では言っていた。はっさくとか夏みかんの類い)の実がたわわに実っていたので、ひとつもぎとり、母に持って行った。これが母に好評、嬉しそうに手に抱え、ベッドの中でも手に持ち、温めて孵化でもさせそうな感じだった▶「もうちょっとしたら、お砂糖をいっぱいかけて食べようかね」と、母は言った。ずっしりした黄色の果実が、最晩年の母の希望の実のように見えた▶日めくりカレンダーと小さな門松も買ってあげた。明日も母に会いに行きます。

2015年12月20日(日)
下関4日目。今日が今年最後の母との逢瀬。帰る間際、帰っちゃいけん攻撃が。でも、♪仕方がないんだ、わかっておくれよ、ねえ、母ちゃん▶ところで、母の隣のベッドのおばあさん、今日、何気なく病室のネームプレートを見たら、ぼくの小学校6年のときの先生と同姓同名。もしやと思って看護師さんに確認したら、まさにそのときの先生であった▶お互い、半世紀の時を経て、風貌は様変わりして、気がつかなかったが、名前を名乗ればぼくのこともよく覚えていていらっしゃった。手に手を取って、感激ひとしお▶特にぼくが大好きだった先生だったんだ。こんなこともあるんだね。神様のお引き合わせ。いやあ、ほんとに感激しました。特にぼくがいたクラスは印象深かったんだと▶そんなことがあったんで、帰り道、ビートカフェに立ち寄り、その嬉しい出来事を聞いてもらった。で、美味しいカレーをいただき、みんなでハッピークリスマスを歌って、12月ミッションの打ち上げとしました。さて、明日は午前中の便でゲットバックであります。

週刊「猫並日記」2015 (12.8〜12.12)

2015年12月8日(火)
今日はジョン・レノンの命日だった。1980年12月8日。今日、ウクレレ教室でジョンの「ハッピー・クリスマス」を取り上げたのだけど、生徒さんのひとりが「今日はジョン・レノンが暗殺された日ですね」と。ああ、そうだった、ぼくは忘れてた。「ハッピー・クリスマス」をやったのはクリスマスソングのひとつとして、たまたま。生徒さんと一緒にジョンの冥福と世界の平和を祈りつつ、練習しました。今年のクリスマスは(も)、この歌がもっともっと歌われ、この歌の願いが、「弱い者にも強い者にもお金持ちにも貧乏人にも、黒人にも白人にも黄色い人や赤い人にも」届きますように。
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So this is Xmas
And what have you done?
another year over
And a new one just begun
And so this is Xmas
I hope you have fun
The near and the dear one
The old and the young
さあクリスマスだ
この一年、きみは何をしたの?
もうこの年も終り
新しい年が今始まろうとしている
だからこのクリスマス
楽しんでほしいんだ
近くにいる人や親しい人
お年寄りや若い人と
A very Merry Xmas
And a happy New Year
Let's hope it's a good one
without any fear
心からメリークリスマス
そしてハッピーニューイヤー
新しい年は、何も恐れることない、いい年であるよう願おうよ
And, so this is Xmas
For weak and for strong
For rich and the poor ones
The world is so wrong
And so happy Xmas
For black and for white
For yellow and red ones
Let's stop all the fight
A very Merry Xmas
And a happy New Year
Let's hope it's a good one
without any fear
そうクリスマスが来たんだ
弱い者にも強い者にも
お金持ちにも貧乏人にも
この世界は間違っているから
ハッピークリスマス
黒人にも白人にも
黄色い人や赤い人にも
争いはもうやめないか?
And, so this is Xmas
And what have we done another year over
And a new one just begun
And, so happy Xmas
We hope you have fun
The near and the dear one
The old and the young
A very Merry Xmas
And a happy New Year
Let's hope it's a good one without any fear
さぁクリスマスだ
この一年、ぼくたちは何をしたの?
もうこの年も終り
新しい年が今始まったのさ
だからクリスマス
楽しんでほしいんだ
近くにいる人や親しい人、
お年寄りや若い人と
War is over, if you want it
War is over, now
戦争を終わりにできる、もし君が望むなら
戦争終わりにしよう、今すぐに
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動画は2011年にアップしたへっぽこの「「ハッピー・クリスマス」、ウクレレではCキーのリフがきれいだと思って、低い声でささやくように歌ったので「シャッター街の『ハッピー・クリスマス』」とか言われたけど▶ちなみに2011年は「ノルウェー連続テロ事件」があった年。極右思想を持つ犯人が起こしたテロ事件で、77人が死亡した。犯人はキリスト教原理主義者で、動機は「イスラムによる乗っ取りから西欧を守るため」ということ。何度も何度も繰り返される愚かな悲劇。

2015年12月10日(木)
昨日、一昨日とレレ教室。教室をやるようになって、特に今年は散歩するのがおろそかになってしまっている。で、今日はヒット・ザ・散歩ロード。ぼくのお気に入り散歩スポットで徳善寺というお寺があって、こじんまりとしたところだけど、境内はいつも奇麗に掃き清められていて、四季折々の草木花々が楽しめるところなんだ。紅葉も見ごろかな、とちょいと行ってみた▶写真を撮っていたら、背後からおばあさんに話しかけられた▶「紅葉、奇麗でしょう? わたしらなんか、写真を撮っても、なんだかぼやーっと赤いだけで、つまらない写真になるけど、お兄さん(と言われた)なんか、ばしっと紅葉の形もくっきりと撮るんでしょうね。この前もね、カメラを持った人が来て、『ここは、いいですね。人もいないし、最高のところですね』なんて言いながら、写真を撮ってましたよ。この前ね、リスがいたんですよ。紅葉の枝のところをちょこちょこ走り回って……。ああ、鎌倉とかにはリスがたくさんいるそうですね。まあ、鎌倉とか行っても人が多くて、紅葉を見てんだか、人のお尻を見てんだかで、疲れるでしょう。ええ、今年の紅葉は、暖冬だかなんだけで、色づくのが少し遅かったですね。あの向こうにある、ひときわ鮮やかなのが一番古い紅葉の木で……」▶おばあさん、ノンストップ・トークです。住職の奥さんかな。いつも奇麗に境内を掃除しているのがこのおばあさん。もう随分前から、このお寺に来ると、このおばあさんには話しかけられるのだが、話し相手になっていると、おばあさんの話が止まらないんですね。良さそうな人なんだけど、ちょいと面倒臭い。で、他の人が来て、境内を散策でもしてると、おばあさん、そちらの方に「紅葉、奇麗でしょう?」と話しかけ、ぼくは解放されるのでした。やれやれ。

土曜日はカツ丼/日曜日は、鱈雪鍋/月曜日は、鯖の塩焼き、ゴーヤ豆腐、大根とコンニャクの煮付け、ブロッコリー、キノコとつみれ、豆腐の味噌汁、薩摩揚げ/火曜日は、レンコン、かぼちゃ、茄子、ピーマンの甘煮、イカフライ、モヤシとピーマン炒め、ヒジキ、レタスとイカリング、ワカメ、春雨の酢の物/水曜日は、餃子、エビチリ、モヤシとクラゲの甘酢和え、シイタケと豆腐の味噌汁。

写真(,)は徳善寺の紅葉。

2015年12月11日(金)
生暖かい風がぴゅーぴゅーと吹き荒れる、妙な12月中旬だね。ところで、野坂昭如、お亡くなりになったが、屈折した高校生だったぼくの当時のアイドルが横尾忠則と野坂昭如で、『火垂るの墓』は刊行間もないころ、本屋で買った記憶があり、『アメリカひじき』とのカップリングの単行本は、若い頃のぼくの書棚に長いこと置かれていて、『アメリカひじき』は食料が欠乏していた戦後間もない頃の米軍からの配給品で、それは紅茶の葉っぱだったのだが、日本人は紅茶の葉などあまり見たことなく、形状が乾燥ひじきに似ていることから、「アメリカひじき」と呼び、ひじきのように煮て食べようとするのだが、それはひじきではなく、紅茶なので、大変にまずい代物となるとか、配給品の中にはチューインガムなどあり、家族が夕食のひととき、そろってくちゃくちゃとガムを噛むという光景が描かれ、可笑しくも物悲しい終戦直後、「焼け跡闇市」の時代を高校生なりに想像し、それ以来、ぼくは紅茶の葉っぱを見ると、これはまさに「アメリカひじき」だな、と連想するようになった。また、ぼくの10代から20代にかけての愛読週刊誌は「平凡パンチ」で、70年代初頭、野坂はその平凡パンチに『てろてろ』という過激な小説を連載していて、毎号、(ヌード・ピンナップ写真とともに)、連載を楽しみにしていた記憶があり、イラストを担当していた黒田征太郎とともに、ぼくの屈折10代時代に少なからずの影響を与え、そういう記憶はとりもなおさず、70年代という時代のサブカルチャー的な文化にものすごく影響されていた若い頃の自分をも思い出し、そんなことで道を踏み外してしまったぼくの十代があったのだが、しかし、なんとかこの年まで大過なく過ごせているというのは、まあ、良かったかなあと思う次第。ところで、『黒の舟歌』や『マリリン・モンロー・ノーリターン』の作詞者名が能吉利人であることから、実は恥ずかしい話、その命名センスから能吉利人が野坂の変名であると、あの一連の歌は野坂自身が作詞したものだと、今の今まで、ずーーーーっと思っていて、先ほど、ウェブをチェックしてたら、能吉利人は野坂の一連の歌の作曲者、桜井順と同一人物であったことがわかって、うーむ、ぼくはライブで野坂の『終末のタンゴ』を何回かやったことがあって、「これは野坂昭如が作詞をした歌」とMCで言っていて、それは間違いであったということで、いやいやこっぱすかしい次第だが、ともあれ、また「70年代は遠くなりにけり」、と感じる訃報であった。と、ここまで句点があまりない文章、これは野坂文体を真似てみました。豚肉鍋(豚骨出汁)。

動画は5年程前の、へっぽこと「猫町ジャイブ」の演奏による『終末のタンゴ』@パラダイス本舗。『終末のタンゴ』って今の時代にも(さらに)ふさわしい感じがする。アコーディオンはK介くん、ベースはよっちゃ、ギターはのだっち。ちょっと懐かしい。

2015年12月12日(土)
<落葉降る自由席また指定席>というのは母の句。うまいこと言うなあ、というのが俳句のポイントだろうけど、はらりと落ちた落ち葉の落ち着く場所を、なかなか「うまいこと言ってる」と思いました。一昨日の季節外れの嵐の後、街路のそこかしこに落葉溜まりを見かけた。折り重なる落ち葉の塊は、さしずめ、乗車率200パーセントの年末帰省列車のごとく、だろうか。木々はほぼ裸木となって、本格的な冬の到来の準備万端という感じ。煮込みハンバーグ、エリンギ、カボチャ、ピーマン、ブロッコリー添え、オニオンサラダ、ワカメとエノキのお汁。

写真()は、昨日の近隣神社の銀杏落ち葉の状況。

週刊「猫並日記」2015 (11.30〜12.5)

2015年11月30日(月)
<木守柿残してみんな扉の中へ>というのは母の句(扉は「と」と読ませるのかな、と)。この句の「みんな」は、例えば家族総出で庭の柿を収穫した後、木守柿を残して屋内に入っていった家族のことだろうか。先ほどまでにぎわっていた庭先が晩秋の静けさに包まれる。家の中では、収穫したばかりの柿を、家族みんなで食べながら、孫がおばあちゃんに訊ねるんだね。「なんで柿を一個だけ、残しておくの?」。「来年もよく実るように、っていうおまじないだよ」とおばあちゃんは孫に言う。そういう情景を思い浮かべた。あるいは、「みんな」は収穫された柿のことで、そうすると、ぽつんと残された木守柿の孤独との対比が際立つ▶先ほど、下関の母のところへ行っている兄から電話があり、母はまずまず元気にしているとのこと。来月はぼくが行く番なのだが、ちょうどその頃に病棟のクリスマス会があるらしい。7月の夏祭りのときのように、弟さんにウクレレを弾いてもらえないかと看護婦さんから打診されたようだ。オッケー、今度はクリスマス楽曲を何曲か演奏しましょう。

木曜日は、カレー、野菜サラダ/金曜日は、ラーメン鍋(豚肉、青梗菜、きのこ、人参、モヤシ、ネギ)、青菜とザーサイ、おから、大根なます/土曜日は、ハンバーグ(じゃがいも、ピーマン、人参付け合わせ)、キュウリとレタスのサラダ/日曜日は、鶏と玉子の甘酢煮、ゴボウサラダ。

写真は「木守柿残して」、暮れ行く晩秋の空。

2015年12月1日(火)
<チルチルミチルまだ伏せてある新暦>というのは母の句。今月、母を訪ねるときに、来年の日めくりカレンダーを持って行くように兄に頼まれた。本人が、今日が何月何日であるか確認するには、日めくりカレンダーがいいようだ。時が過ぎてゆくのは容赦ないことで、老人にとってはなおさらのことかもしれない。ぼくとて、あれよあれよで時が過ぎ去ることに、ときおり、騙されているように思う。だって、今年のお正月は、つい二、三ヶ月前のようなことだから▶ともあれ、12月になった。今年も残すところひと月。今日、ウクレレ教室のための部屋の抽選予約なんかして、来年3月のカレンダーなんか見てたから、年が押し迫る気持ちは皆無。淡々と12月になったことの事実を受け入れるしかありません▶でも、来る新暦は「まだ伏せて」おいて、チルチルとミチルのように幸せの青い鳥(それはこの国では絶滅危惧種となりそうな「希望」という名の青い鳥でありましょう)を探すことは、とりあえず、やめないでいましょう。鯵塩焼き、青梗菜そぼろ卵、豆腐としいたけのお汁。

写真は、散歩猫シリーズから「ネギ猫」。猫は明日のことも、来年のことも心配なんかしない。見習うところ。

2015年12月5日(土)
昨日は久しぶりに友人Iさんと横浜で飲んだ。映画話、音楽話、話が弾んで楽しい飲み会だった。Iさんは夏場くらいから体調を崩していたようだが、大分回復して、まずまず元気そうだった。良かった。ところで、最近、HULUという動画配信サイトに加入した。とりあえず、1ヶ月無料体験中。ここんところ、わりと暇なので、映画やらドキュメンタリーやら、テレビシリーズ等、観まくってます。で、なんかしらん、ハマっているのがPeeping Life (ピーピング・ライフ)というシリーズ・アニメ。これなんか笑ったです。

火曜日は、ハムカツ、レタスサラダ、イカリング、里芋、インゲン、人参、大根の煮付け、まぐろぶつ切り、豆腐、シイタケのお汁/水曜日は、鍋焼きうどん/木曜日は、ブリの照り焼き、コンニャク、油揚げ、大根の煮付け、モヤシ、ピーマンの酢和え、もずく酢、青梗菜と豆腐の味噌汁。

週刊「猫並日記」2015 (11.23〜11.26)

2015年11月23日(月)
昨日は日曜レレ教室。秘伝ウクレレ・テクニックの内、カッティングとブラッシングをやって、その応用課題曲として、今は亡き牧伸二師匠の「やんなっちゃた節」をやった。生徒さんたちへのウケ狙いもあったが、カッティング、ブラッシングが難しかったようで、今日の練習、「やんなっちゃた」と言われてしまった。忘年会シーズンに向けて、この「やんなっちゃた節」の替え歌を生徒さんたちへの宿題とした(誰もやってこないようにも思うが)。以下、昨日の朝、シャワーを浴びながら作った自作の替え歌▶♪ウクレレ弾けば 心も軽い/軽やかメロディつま弾くよ/ウクレレ自体も軽いけど/ぼくの財布も軽いです/あ〜やんなっちゃった/あ〜んあ〜んあ〜ん/おどろいた♪朝からウクレレ、ポロリンコ/仕事もしないでポロリンコ/女房が呆れて家出して/ぼくは涙がポロリンコ/あ〜やんなっちゃった/ああ〜んあ〜んあ〜ん/おどろいた▶さてと、今日はたまプラーザ「3丁目カフェ」でポロリンコ♪ 赤いウクレレ担いで参ります。焼きうどん、カボチャとトマト、レタスのサラダ。

写真は、一昨日のうろこ雲覆う夕焼け空。空を飛んでいるのは2機の軍用ジェット機。これが巣に帰るカラス2羽であれば平和であるが。

2015年11月26日(木)
寒いね、でも今日はE天気。日曜にレレ教室でポロリンコ、月曜にライブでポロリンコ、火曜日にレレ教室でポロリンコ、そして昨日、水曜はレレ教室トリプルヘッダー、6時間ポロリンコやって、昨夜はさすがにヘタリンコでありました▶23日の「3丁目ウクレレの時間/2時限目」@たまプラーザ「3丁目カフェ」、「ウクレレ貴婦人」松田ようこさん、「(へっぽこ)ウクレレ伝道師」山下、「ウクレレマッサージ師」パイン岡山さん+ウクレレ好きな人々の演奏、歌唱で、休日の夕刻、会場には楽しくも和やかな「ウクレレの時間」が流れ、幸せなひとときを過ごすことができました▶ぼくは演奏前に少しビールを飲み過ぎて、やっていく内に酔っぱらってきて、演奏ミスをしたり(ま、いつものことだけど)、少しろれつが回らなくなったりして、あまり満足がいく演奏ではなかったけれど、へっぽこな演奏にも「ウクレレ好きな人々」の温かい拍手などいただき、ウクレレという楽器は「寛容の楽器」であるなあと思った次第。やっぱりね、世界が再生していくためには寛容の精神が大事ではなかろうかと思う次第。

火曜日はチゲ鍋、ポテサラ、大根なます/昨夜は白身魚の塩焼き、つみれ、がんも、厚揚げ豆腐、ほうれん草のお浸し、大学芋、イカフライ、白菜の漬け物。
写真(,)は「3丁目ウクレレの時間/2時限目」の模様。ぼくが写っている写真はパイン岡山さん提供、いい感じ、ありがとう。(へっぽこの動画は準備中)

演奏前にちょいと飲みすぎたミステイク山下(余の辞書に完璧という文字はない)の支離滅裂MCと共にお送りするへっぽこ動画をノー編集でアップします。秋の夜長に、よかったら見てオクレレ。

2015年11月27日金曜日

週刊「猫並日記」2015 (11.16〜11.21)

2015年11月16日(月)
E天気。ビンボー人にも金持ちにも誰にも格差なく広がる青空。

「私たちは怖がってはならない。町に出なければならない。広場で人と会わなければならない。音楽は鳴り続けなければならない。私たちは踊り続けなければならない。スポーツの熱戦の興奮を分かち合うことをやめてはならない。ジャーナリストは報道し続けなければならない。ライターやブロガーは言いたいことを書き続けなければならない。戯画家たち・コミック芸人たちは世の中を茶化し続けなければならない。アーチストたちは表現し続けなければならない」そして、「とりわけ音楽は鳴り続けなければならない」と、「カストール爺」さんのコメントは続きます。

てなことで、9月に行った「3丁目ウクレレの時間」@3丁目カフェ、2時限目ライブが1週間後に迫ってきたので、告知をさせていただきます▶参加者は前回同様、軽妙洒脱なレレ兄さん、イサジくん(別名:パイン・オカヤマ)と、華麗なレレ・テクニックを披露してくれたレレ姉さん、松田ようこさん、へっぽこレレ伝道師、山下セイジ&ウクレレ好きな人々、となっております。以下に詳細を。
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3丁目カフェPRESENTS「3丁目ウクレレの時間」
11月23日(月祝)16:30開場、17:00開演
出演:松田ようこ/パイン・オカヤマ/山下セイジ/&ウクレレ好きな人々
料金:1500円(+オーダー)
会場:たまプラーザ「3丁目カフェ」
〒 225-0002 神奈川県横浜市青葉区美しが丘1-10-1 ピースフルプレイス1F
Tel&Fax:045-516-8037
■東急田園都市線 たまプラーザ駅北口 ‥  徒歩3分
■改札を出て、東急百貨店側に道路を渡り、左折。
■三菱東京UFJ、イトーヨーカドーを過ぎ、たまプラーザ駅入り口交差点を渡り、右折。
■一つ目の角の茶色の煉瓦作りのビルの1階です。
http://3choome-cafe.com/
アクセス:http://3choome-cafe.com/profile/access.asp
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今回も「ウクレレ好きな人々」も交えての演奏も企画。ウクレレ好きのウクレレ好きによるウクレレ好きのためのライブです。ウクレレ好きな人々はウクレレ抱えて来てオクレレ。開演時間を早めたので、早寝早起きのウクレレ好きな良い子もご来場ください。よろしくポロリンコ♪ 

2015年11月19日(木)
昨夜は水曜夜間レレ教室。ネタは生徒さんリクエストの「花のサンフランシスコ」と「イマジン」。「花のサンフランシスコ」は67年リリースのスコット・マッケンジーが歌ったヒット曲、ママス&パパスのジョン・フィリップスの手によるもの。この曲がヒットした当時、ぼくは中学生で、ラジオでこうした洋楽ポップをよく聞いていた。サンフランシスコがどういうところなのか、「人々は花を髪に飾り、通りを行く」、そんな愛と平和と優しさに溢れた街なのだろうと、拙い英語力でも理解できた。ベトナム戦争の厭戦感からのラブ&ピースは日本の片田舎の中学生にはまだ理解が及ばないところはあったけれど▶「イマジン」は言うまでもなく、ジョン・レノンの不朽の名作。天国も地獄もなく、宗教も国家もないという世界を想像してみる。所有することをやめて、強欲さや飢えから開放されることを想像してみる。考えてみれば過激な歌だ。この歌は世界が愚かな災禍に見舞われたとき、決まって歌われてきた。「君はぼくを夢想家だと思うかもしれない。でも、ぼくはひとりじゃない。いつか君たちがぼくたちの仲間になって、世界はひとつになる」。「不朽」という言葉が不幸な意味合いでもふさわしい歌だと思う。

日曜日は、メンチカツ、白菜とナメコのお汁、マカロニ、トマトサラダ/月曜日は、マグロぶつ切り、茄子、エリンギの田楽、モヤシ胡麻和え、里芋、レンコン、人参の煮付け/火曜日は、鯵の塩焼き、ハスの天ぷら、ほうれん草、人参、コンニャクの白和え、ブロッコリー、キュウリとワカメの酢の物/水曜日は、豚バラ大根、煮玉子、春雨サラダ。

写真は野菊。晩秋の今を盛りのように咲きこぼれていた。

2015年11月21日(土)
明後日の「ウクレレの時間(二時限目」)@三丁目カフェ、ビートルズの曲をいくつかやろうかな、と思っておって、「ノルウェイの森」とか練習してた。「ラバーソウル」に納められたジョンの曲だね。で、前々からこの「ノルウェイの森」(「NORWEGIAN WOOD (This Bird Has Flown)」が原題)、歌詞が釈然としない感じがあった。以下に歌詞を。

  I once had a girl
  or should I say she once had me
  She showed me her room
  Isn't it good, Norwegian wood
  She asked me to stay
  And she told me to sit anywhere
  So I looked around
  And I noticed there wasn't a chair
  I sat on a rug, biding my time
  Drinking her wine
  We talked until two
  And then she said, it's time for bed
  She told me she worked in the morning
  And started to laugh
  I told her I didn't
  And crawled off to sleep in the bath
  And when I awoke I was alone
  This bird has flown
  So I lit a fire
  Isn't it good, Norwegian wood

この歌の中の「ぼく」と「彼女」の関係は意味深なんだけど、早い話、彼女が「私の部屋に来ない?」っていうので、「ぼく」はスケベ心満載でのぞむんだね。でも彼女からうっちゃられて、期待外れになってしまうという、男なら「うん、そういうことあったかも」という内容だね。村上春樹が小説タイトルとして、この曲のタイトルを使用したことも有名だけど、一筋縄ではいかない「彼女」と「ぼく」の関係性とか、全体的に釈然としないこの曲の歌詞の感じが、あの小説にも表れていた思う▶それはいいんだけど、この「NORWEGIAN WOOD」というのが歌詞に唐突に出てきて、歌詞全体が釈然としない感じになってる。一般的にはNORWEGIAN WOODは「ノルウェイの森」と訳されてるから、彼女の部屋が「ノルウェイの森」風なのだろうと思わせる感じで、ぼくもそう思ってきた。歌詞の最後の”So I lit a fire”というのも唐突でよくわからないけど、暖炉に火をくべるみたいな感じなんだろけど、やっぱり釈然としない▶で、ウェブをあたってたら、この曲の歌詞の誤訳問題ってあったんだね。知らんかった。yagianさんという方のサイトに詳しく解説されている▶うーむ、「NORWEGIAN WOOD」を「ノルウェイの材木」と訳し、「彼女」の部屋がノルウェイ木材を使った北欧風の家具がある部屋とみれば、その後の彼女の言葉、"Isn't it good, Norwegian wood?"(ノルウェイの家具って素敵でしょ?)というのがぴったりはまる。そうなると、最後の”So I lit a fire”っていうのは、不完全燃焼に終わった「ぼく」が彼女のご自慢の家具を燃やしちまった、ということになるのかなあ、と▶さらに、このウェブ記事の中で、「Norwegian Woodというのは本当のタイトルではなく、最初のタイトルは"Knowing She Would"というものだった」という村上春樹の「雑文集」からの文章を紹介している。つまり、「ぼく」は彼女が「やらせてくれるだろう」と思い、「彼女」は「ぼく」のスケベ心を見透かしていて、茶化したということになる。うん、釈然とする。でも、"Knowing She Would"がタイトルだと身もふたもないわけで。村上さん自身も、この一種の冗談みたいなタイトルの「真偽の程はともかく、この話はすごくヒップでかっこいいと思いませんか?もしこれが真実だとしたら、ジョン・レノンって人は最高だよね」と述べている。ぼくもそう思う。

木曜日は鱈の雪鍋(大根おろし、大好き)、イカリングとトマト、玉葱のマリネ/金曜日は豚肉焼き、ブロッコリー、レタス、水菜、トマトのサラダ、エリンギ炒め物、もずく酢、きのこと白菜のお汁。

動画は、ジェイクばりにカマカ・テナーで「ノルウェイの森」を演奏するサイトーくん、11歳だと。わしゃ、やる気なくします。

週刊「猫並日記」2015 (11.12〜11.15)

2015年11月12日(木)
小坂忠の歌で♪月火水は雨ん中、つうのがあるが(「ゆうがたラブ」)、へっぽこは♪日火水とポロリンコ教室でありました。火曜日なんかはいつものダブルヘッダーの後、ご新規さんのレッスンもやって、3コマ都合6時間のトリプルヘッダー、水曜日は変則時間割りで、お昼過ぎから日もとっぷりと暮れる午後5時半まで休憩なしでやったので、さすがに疲れたです▶へっぽこ講師のレレ教室、前回課題曲がやや難しくて、生徒さん大変だったみたいなので、今回は簡単に弾ける曲でしかも年配おじさま、おばさまにもよく知られていそうな曲は何かないかいなと思案して、「テネシー・ワルツ」を課題曲とした▶1948年にカントリー系の曲としてリリースされ、1950年にパティ・ページのバージョンがミリオン・セラーとなり、1952年に江利チエミ(当時、まだ15歳!)が英語交じりの日本語バージョンを日本でヒットさせたという「テネシー・ワルツ」だが、近年、「ダイナマイトおばちゃん」綾戸智絵の十八番持ち歌として、日本人にも知名度が高い曲であります▶この曲、テネシー州の州歌のひとつであることはけっこう知られているが、保守的なアメリカ人の中には、「州歌とするには、歌詞の内容がいかがなものか」、という意見もあるようで、それは、この歌は自分の恋人を友だちに奪われてしまうという歌だから。なんとも切ない歌なんですね。経験、ないですけど▶譜面作成の参考に、パティ・ページ、江利チエミ、綾戸智絵の三者三様の「テネシー・ワルツ」をYouTubeからダウンロードしていて、おおそうだ、ボニー・レイトとノラ・ジョーンズのデュエット・バージョンがあったな、と。これがいい、すごくいい。聴いててちょっと涙腺が緩んだです。シンプルな曲だけど良い曲というのは数々あれど、これもそのひとつ。

土曜日は、焼きそば、コールスロー、夕べの味噌汁/日曜日は「ふんわり卵のデミグラス・ドリア」、ムキ海老入りサラダスパゲティ(秘書外出につき、コンビニで購入)/月曜日はブリのペッパー風味ソテー、ほうれん草ソテー(トマト、インゲン、人参添え)、モズク酢、ワカメときのこの味噌汁/火曜日は、豚肉と白菜の鍋(うどん入り)、きんぴらゴボウ/水曜日は煮込みハンバーグ(煮玉子、インゲン、ナス、ピーマン添え)、水菜とトマトのサラダ(チーズトッピング)

動画は、聴いてて涙がちょちょ切れたボニー・レイトとノラ・ジョーンズの「テネシー・ワルツ」。2005年のコンサートから、とのクレジットがあるから、今から10年前か。最高のデュオだね。

2015年11月13日(金)
<どんぐりのこだわっている丈比べ>というのは母の句。「どんぐりの背比べ」ということわざは、どれも大したことはない、という皮肉に使われるが、それぞれ大差ないちっぽけな存在であっても、「こだわっている丈比べ」という見方は、小さきもの、取るに足らぬものへの慈しみを感じる。可愛い句▶道を歩けばどんぐりの実が落ちていたりする。小学生くらいのころ、学校帰りにその実を拾い、コンクリート塀にどんぐりの底面をこすりつけながら歩き、底面を削り取って中身をほじり出し、ドングリ笛を作ったりした。いまどきの子はそんな遊びはやるまいね。孫でもいれば教えてあげたい、そういう素朴な遊び。サンマの塩焼き、もやしとピーマンの炒め物、ハムとマカロニのサラダ、もずく酢、白こんにゃくのネギ合え。

写真は、散歩ロードの午後、ちょうど高校の下校時間にあたって、自転車で帰路にむかう高校生の一群の影を撮影。ぼくの影も映ってる。

2015年11月14日(土)
♪モーニンレイン、キープス・オン・フォーリン〜 まるで俺の流す涙のように。フレディ・キング「セイム・オールド・ブルーズ」的な、朝っぱらからずっと冷たい雨が降る一日となった。着るものも冬仕様、着ぶくれております▶その冷たい雨ん中を生涯学習センターまで、10月のセンター祭りの総括会議に行ってきた。祭りに参加した各団体、まずまずの手応えがあったようだが、やる人も見に来る人も年配の方が多く、若者や子どもの参加が少ないという問題が提起され、それはひとつに「生涯学習センター」という呼称にあるのでは、という意見があった▶本来、「生涯学習」の意は「生涯を通じて学ぶ」という姿勢を市側としては提唱しているわけだが、イメージ的にリタイアし、余暇もでき、さて老後は趣味に生きようとする方々への学習への提唱という感じが、「生涯学習」の言葉にはあると。うん、そういうイメージはあるかも。若者にとっては、「生涯学習センターでやってる習い事って、お年寄りがやりそうなことばかりじゃない?」ということなんだね(実際、そういうサークルが多いのは事実だけど)▶いっそ、「生涯」を取っちゃえば? なんて言う人もいたが、この呼称は全国の自治体の、かつて公民館という位置づけの施設の呼称を変えたもので、一自治体だけ変えるというわけにはいかないらしい。ま、名称を変えたところで、現役世代は仕事や子育てや諸々で忙しいわけで、「趣味に生きる」中核はリタイア世代ということになるだろう。ぼくなんかは「趣味悠々センター」とかにして、「ボケ防止に習い事」という感じで、むしろ年配のみなさんをメイン・ターゲットにした方が良いように思う(もう、そうなってる部分もあるけど)▶ぼくのウクレレ教室にしても、「楽器演奏は脳に良い」ということが売りだから。で、年配の方が生まれて初めて楽器を持って、人生初のステージに立つというようなことのお手伝いができて、それはそれでやり甲斐のあることなんですね▶ところで、センター祭りステージの観客アンケートというのがあって、ウクレレ演奏は概ね好評だったが、中に「ウクレレの先生は後ろばかり向いていたが、前を向いて欲しい」というのがあった。ううむ、ずっと観客にお尻を向けていて申し訳ないですが、指揮をせにゃならんので仕方ないんです。でも、ときどき前を向いていたんだけどな。もっと前を向くように、課題です▶で、来年のセンター祭りは、秋の学習センターの移転や参院選の予定(センターは投票所としても使用される)もあったりで、前倒しで6月開催が決定。すぐじゃん、という感じ。また頑張らねば。

金曜日は、牛肉大和煮、大根、竹輪の甘辛、ウィンナー、ピーマンの炒め物、里芋の天ぷら、鶏出汁のお汁、豆腐、三つ葉/土曜日は鶏の水炊き。

写真は故・赤瀬川源平さんの人脈で活動していた「路上観察学会」における、「植物ワイパー」の典型例。「壁滝」とあいまって、なかなかアジのある画像じゃろ。最近の散歩ロード写真から。

2015年11月15日(日)
先月シアトル在住の友人に運び屋となってもらい、ゲットした真っ赤なテナー・ウクレレ、ビル・タピア・シグネチャーモデルでありますが、語らせていただきます。さて、件のウクレレ、わくわくしながらケースから取り出し、ぽろんと弾けば、「ポロン」ではなく、弦にフレットが当たって「ペション」という音、なんじゃこれは? 期待していたものとのあまりの落差、わざわざシアトルから大切に運んできてくれた友人の手前(友人はウクレレを弾かず、販売元から送付されてきたままの状態で運んできてくれた)、あまり落胆した顔も見せられず、サドルが低すぎる感じがしたので、とりあえずサドルの下に木片をあてがい、弦高を高くしたことで、それなりの音は鳴ったが、まだ多少バズる感じ(特に弦振幅の大きい3弦)はあって、この時点ではなんらかのミスで、ピックアップ埋め込み用の低めのサドルが装着されていたのかと思いつつ、友人と会って翌日からは下関へ10月ミッションだったので、帰宅後、アマゾンでギター用の高目のサドルを注文、商品到着後、整形、サドル交換し、本格的に調整を始めたところ、ネックが逆反り(下方向に反ること)していたという、けっこうシビアな欠陥(エレキやフォークギターの場合は「トラストロッド」というのがあり、それを締めたり緩めたりすることでネックの反りを調整できるが、ウクレレやクラシックギターの場合は、トラストロッドがないので、ネックが反っている場合はかなり大変なリペア作業になるんだね)を見つけ、本来なら即、返品交換ということになるが、ブツはアメリカ渡来、それもままならず、思案し、思い切って、「フレットすり合わせ」というのを大胆にも実行、5フレットあたりからナット方向に2ミリ程度逆反りしていたので、そのあたりのフレットをやすりとサンドペーパーで削り、ハイポジション側のフレットと高さを合わせるようなことをやってみたが、なにしろ少し削っては調弦し、音の確認をしていくという作業で、超メンドーな作業であり、失敗したら元も子もなくなるというデンジャラスな作業だし、肩は凝るは目は疲れるはで大変であったが、まずまず成功、しばらくその状態で弾いていたが、弦高が高いのでやや演奏し辛く、さらにサドルを削ったり、またフレットを削ったりしてたら、「過ぎたるは及ばざるがごとし」、また元の木阿弥になってしまったので、再度、サドルを購入、商品到着を待って、今回はさらに慎重に調整に及び、若干の演奏性の不満(弦高高目なので、ハイポジションがやや弾き辛い)は残るが、もうこれで良しとすべえと決着したのが、つい昨日のことで、実はここひと月近く、懸念のメインはこのウクレレのこと、暇さえあればこのウクレレを取り出し、調整に及んでいたが、ようやくようやくこの懸念から開放されたように思う。弦高が高目だから、テンションやや強めだけど、その分、音はくっきりしていて、鳴りもなかなか良いように思う。逆反りだから、弦を張りっぱなしにしておけば、そのうち少しは良くなるかもしれない。こんなふうに「世話をかけやがった」ぼくの新しい恋人、ビル・タピア・シグネチャーモデルの詳細を、いつものフォルクスくんとともにレポートしよう。(すまんが、長いよ。)

ちなみにこのウクレレの紹介サイト(これを買う前、何度見たことか)。

ビル・タピア・シグネチャーモデル(写真10

週刊「猫並日記」2015 (11.3〜11.7)

2015年11月3日(火)
ここ数日、肌寒い日が続いたが、今日はよく晴れた。E天気で気持ちE。さて、10月に行った「ウクレレ倶楽部」のセンター祭りステージのビデオ編集がようやく終わり、生徒さんたちに配布する予定の50枚超のDVD作成も終了。やれやれ▶今回のステージは昨年に比べ参加者も増えたが(総勢47名)、曲目数も多く、テクニック的に難しく感じた生徒さんも多かったので、練習の時間も多く取った。最後にやった曲「スタンド・バイ・ミー」では歌うパートを細かく分け、生徒さんひとりひとり、あるいは複数で歌い分けるということをやったのだが、そもそも、歌のタイミングを取るのがやや難しい歌で、生徒さんたちも苦戦。試行錯誤の末、ぼくがハンドマイクを持って生徒さんたちの前を回るという方法を取った▶その手法、ぼくの「脳内リハ」では完璧にいけるはずが、実際にやってみると、歌のタイミングが掴めず、自分のパートをこなせない生徒さんが続出、練習を重ねてなんとかできるようになったのだが、本番ではおひとりの生徒さんの歌い出しタイミングがずれて、中盤ぐずぐずになってしまったんだね。ひとりがこけると全体もこけるという「むかで競走」に似てる▶「スタンド・バイ・ミー」で、そういうことをやるには、ややゆっくりのテンポでやるべきだったんだけど、ぼく自身が最後の曲ということで気持ちがハイになっていて、カウント出しを速いテンポでしてしまったことに一番の敗因があったかな。ステージ終了直後はその失敗がすごく残念だったけど、編集をしながら何度も見ていると、それもなんだかほほ笑ましく思えてきたけれど▶他にも「へっぽこ講師」を自称するぼくのこと、いろいろとミスはあって(ぼくのミスのないライブステージというのはほとんどないですが)、中でも「さくらさくら」のときに、「さくら〜さくら〜『やよま』(2番の歌詞「やよい」と1番の歌詞「のやま」を混同したんだね)のもさ〜と〜も」と歌ったぼくの声がしっかり聞こえてたりしたのは笑えた。昨年と比べて曲進行の約束事も多く、「コンダクター」としては、演奏しながら考えていることが多くて、ミスも多くなるということです(というのは言い訳だけど)▶あと、前回はそんなに感じなかったけど、ぼくは生徒さんたちの方を向いていることが多く、観客にはずっとお尻を向けていることになるわけで、ぼくのお尻、あんまり美しくないなあと。次回はシェイプアップして、もう少し引き締まったお尻を見せることができればと思っておる。もちろん、演奏自体の質もアップしたいところ▶ともあれ、参加した生徒さんたちも口々に「楽しかった」と言ってくれて、ぼくとしてはそれだけでも嬉しい。演奏はまだまだ拙い部分もたくさんあるけれど、なかなか心温まるステージだったと思う。生徒さんたちも一生懸命練習してくれたし、一生懸命ステージをこなした。その心意気を編集をしながら感じて、なんだかじーんとしてくることもあった。参加してくれた生徒さんたち、ありがとう▶ああ、そうそう、まだウクレレ演奏もおぼつかない生徒さんがいる集団で、それなりの演奏を聞かせることができたと思うのは、ベース奏者のフジタヨシコさんのおかげであります。よっちゃにもありがとう!

木曜日はチゲ鍋/金曜日はチキンカツ、焼き茄子、イカ、ネギ、ワカメのヌタ合え、大豆煮豆/土曜日は豚肉とネギ、きのこの煮物、マカロニサラダ/日曜日は玉子炒飯、中華スープ/月曜日は餃子鍋、もすく酢、めんたいこ。

「ウクレレ倶楽部@センター祭りステージ」YouTube動画をアップしました。件の「スタンド・バイ・ミー」のドタバタやへっぽこのミスの数々をうまく編集できんかと思ったけど、「ありのまま」でお送りします。お時間あったら見てオクレレ。

2015年11月5日(木)
今日もE天気。午後の秋晴れの陽光を部屋に取り入れながら、まったりしておる。散歩などしようかなと思ったが、面倒臭い。天気の良い日に部屋でごろごろするのが好きなんだ。つくづく、ぼくはインドアな人間だと思う。昨夜は夜間レレ教室。生徒さんのリクエストで「ひまわりの約束」という曲をウクレレ・アレンジした課題が主なメニュー▶「ひまわりの約束」というのはドラえもん映画の主題歌になった曲で、いわゆるJポップ系の曲。歌詞が前のめりで展開していくという、シンコペーションを多用した曲でおじさん世代には難しい曲なんだね。ぼくのカテゴリーにはない曲なんで(ボブ・ディランやニール・ヤングは絶対歌わないような)、最初はちょっと面倒くせーな、と思ったのが正直な気持ち▶でも、一応、お金をいただいて教室をやらせていただいている身、愛すべき生徒さんのリクエストにはできるだけ応えるのが信条。一日中かかってなんとか譜面を作って、へっぽこながらレッスンを終えた。レッスン教材としては良かったかなと。ぼくにとって慣れたカテゴリーではないんで、譜面を作っていて、普段使わないヘタレ脳が活性化したようにも思う▶何度も原曲を聞いたが、ヒットする曲というのは、その音楽性全般うんぬんよりも、「商品」として良くできてるなあというのが感想。「落とし所」、「泣かせ所」というのがよく考えられているような。サウンド全般も小奇麗で、破綻がない。MP3音源を携帯で聞くための仕様になっているような。しかし、ぼくにすれば、この曲、「ぐっと心に響く音」はないかなあ。ブツは進化しても、文化は進化していないこと。音楽も然り。そんなことをぐちぐち考える秋の午後であります。

火曜日はブリ照り焼き、イモ天、ほうれん草のお浸し、豆腐と三つ葉のお吸い物/昨夜は中華丼、シュウマイ、豆腐、ワカメのお汁。

写真は、ここ数日の苦労の成果、「焼き立て」DVD。当初、古いヘタレドライブ(写真左)で焼いていて、時間はかかるわ、エラーはするわ、でラチがあかず、新しいドライブ(写真右)を購入(安かったよ、3000円くらい)。新しいのは、古いのに比べ、大きさも重さも5分の1くらいか。しかもパスパワーということでACアダプターもいらないというやつ。焼くのもサクサク、音も静か。ことこういうブツに関してはすごい勢いで進化していることは認めよう。

2015年11月6日(金)
今日もE天気〜、ぼくは脳天気〜。苦難の末、懸案の問題が(ほぼ)解決して、ぼくの心も今日の青空のように晴れ渡っている。懸案の問題というのは、この間ゲットした赤いウクレレ、ビルタピア・シグネチャー・モデルのことで、当初は気付かなかった、かなり大きな問題があったんだ。本来なら返品交換ということだけど、アメリカから友人に頼んで運んで来てもらったものなんで、それも難しい。思案した揚げ句、思い切って色々やってみたんだね。で、ようやく昨日、一日かかって、なんとか上手くいったように思う。詳細は後日レポートしようと思う▶さて、インドア派のぼくだが、問題も解決したし、今日のような日にずっと部屋にいるのはお天道さまに申し訳ないから、久々に散歩にでも行ってくるかな。挽き肉と野菜のガーリック風味ライス、ポテサラ。

写真は10月ミッションの折、病院そばの海辺でおにぎりを食いながら「レレ伝道師ウクレレを弾く」(写真1)を、自撮りしてみたの図。

2015年11月7日(土)
予報通り、今日はくもりのお空。昨日は穏やかに晴れて暖かく、神様があくせくと生きる人間たちへのご褒美にしたような日だったので、久しぶりにカメラ片手に散歩におよんだ。近隣散歩は一時、日々の習慣のようにしていたが、なんだか飽きてしまい、だいぶご無沙汰していたのだった。でも、やっぱり散歩はいいね。昨日は調子こいて2時間近くもあちこちふらふらと歩いたか▶人類がアフリカあたりで発祥し、気の遠くなるような歳月をかけ、ユーラシア、アメリカ大陸に拡散していった要因のひとつは、人類の「特技」、二足歩行にあるとなにかで聞いた。ポイントは「前に倒れるように歩く」ということ。四つ足の動物よりエネルギー効率が良いらしい。重心移動のはずみで足を出していくわけで、効率が良いのはなんとなくわかるような▶ぼくも前に倒れるように歩きながら、曲がり角でときどき思案して行くべき道を選ぶ。今までの人生において、そのときどきで行くべき道を、ぼくは選んできた。そして、「ふと、後ろを振り返ると、そこには夕焼けがある」んだね。アジフライ、焼きナス、水菜とトマトのサラダ、ワカメと豆腐の味噌汁、おから、金時豆。
写真は昨日の「そこには夕焼けがありました」(by 友部正人「一本道」)の図。

週刊「猫並日記」2015 (10.26〜10.29)

2015年10月26日(月)
♪胸にしみる空のかがやき〜、フォーク・クルセイダーズの60年代後期の曲で「悲しくてやりきれない」という曲があるが、この曲、加藤和彦がレコード会社に新曲を催促され、「イムジン河」のメロディを逆にするというワザを使って、放送局の社長室でものの10分くらいで作ったというもの。メロディもいいがサトーハチローの歌詞がいい。この曲は加藤和彦のメロディが先で、サトーハチローがそれに歌詞をつけたということで、このおだやかなメロディに対して、「悲しくてやりきれない」という歌詞、サトーハチロー、見事だと思う。良い歌というのは歌詞と曲の絶妙なマッチングがあるんだね。好きな曲のひとつ。そんな「胸にしみる」秋空が広がっている秋日の午後であります▶ところで、母の病室は病棟の4階にあり、ベッドは東向きの窓際にある。ほとんど寝たきりの母は、窓に広がる空をいつも見ているわけだが、ぼくが帰った後の、今日のこの青空を(西日本も晴れのようだ)「悲しくてやりきれない」思いで見ているかもしれない。母は夜、眠れないことが多く、「この先、どうなるのか心配」で眠れなくなるそうだ▶「母ちゃん、この先もずっとこのまま、心配せんでもええよ」とぼくは言うが、母は悲しそうな顔のまま。病室での母はほとんど笑うことはない。帰る間際、「母ちゃん、たまには笑顔で別れようや。母ちゃんのとびきりの笑顔を見せてくれんかね?」と言ったら、母は笑顔を見せてくれた。ホントに「とびきりの笑顔」だった。それがこの写真()。嬉しかったよ。鶏鍋

2015年10月29日(木)
一昨日、昨日とレレ教室。昨日は2コマ4時間の教室を終えて、新規生徒さんお二人のレッスンもやったので、都合6時間近くのポロリンコ♪となり、さすがに疲れた。新規生徒さんのおひとりはバイオリン経験者で、ウクレレはまったく初めてというが、弦を押さえる感じは手慣れたものがあり、4弦仲間のテクニック共通項は多くあるかと思う▶昨日はまず、チューナーを使ってウクレレのチューニングなどを教えたが、バイオリン経験者さんはそちらも手慣れたもの。「バイオリンのチューニングはどうしてました?」と聞くと、「A線は笛で合わして、後は耳で合わせます」と。バイオリンはEADGの弦並びで、隣り合った弦が完全5度の差があるというものだから、和声を取りながら「耳で合わす」ということをするようだね。しかもバイオリンはフリクションタイプの木のペグだから(ウクレレも昔は木のペグだったけど)、ギターやウクレレのギアペグに比べ、微妙な調節が必要だから難しいよね▶まあ、バイオリンというのウクレレに比べ、はるかに難しい楽器だと思うけど、音感を育てるには恰好の楽器だと思う。ただ、バイオリンのあまり上手でない演奏を聞くのはかなり辛い部分がありますね。ウクレレは下手っぴーでも、聞いててほほ笑ましいし、なによりコードでストロークしながら歌えるという、バイオリンにはできない楽しさがある。で、ウクレレは右手のストローク・テクニックがポイントの楽器、そこらへんをバイオリン経験者さんにも教えていきたいところ。

月曜日は餃子、チキンスープ、イカリングとブロッコリーの和え物、里芋の天ぷら、ほうれん草のお浸し/火曜日はペペロンチーノ、野菜サラダ/水曜日はサーモン、ピーマン炒め、トマト、玉葱のマリネ。

写真は今回ミッション時、「母を『おんも』に連れ出す」の図(写真)。

週刊「猫並日記」2015 (10.21〜10.25)

2015年10月21日(水)
朋あり遠方より来る、昨日はLA時代からの友人でシアトル在住、「エンデュアランス」というホースレース(100マイルの距離を、山越え、森抜け、砂漠も駆ける、という馬の競技)のコーディネーターであるYくんが、真っ赤なブツを持って我が家に来てくれた。真っ赤なブツというのは、日本では手に入らないブツで、かねてから欲しい欲しいと思っていたもの。Yくんはわざわざアメリカからそのブツを手荷物で日本に運んでくれたのだ。彼は昨夜、我が家に泊まり、ビールなど酌み交わしつつ、「また楽しからずや」と、共に旧交を温めたが、ブツをついに手に入れたぼくは嬉しさも倍増、楽しい、嬉しいときを過ごした。Yくんとは昼過ぎに別れ、ぼくは、午後からずっとそのブツを撫で回しておった。いやあ、とても気に入ったよ、真っ赤なブツ。さてと、ブツを見せびらかしに、これから夜間レレ教室に行って参る。

土曜日は、豚肉、しいたけ、シメジの鍋、キュウリとワカメの酢の物/日曜日はレレ教室やって、スパゲティ・ミートソース、コールスロー/月曜日はハムカツ、モヤシ炒め、おから、レタスとカイワレのサラダ/昨夜はYくんとスーパーで購入した各種総菜+秘書の手料理で自宅飲み会。

写真は、件のブツをもったいぶってちらっとだけ。手に入れた経緯と詳細は後日に。

2015年10月22日(木)
ピーカン青空E天気。さてと、今日はこれから母を訪ねて1000キロ、10月ミッションに行って参ります。今回は前後、そこそこ忙しく、いつもは四泊五日の行程を二泊三日にしたので、土曜の夜にはこちらに帰還の予定。先月の兄訪問の報告によれば、母はいよいよ点滴が刺さらなくなったことで、しばらく点滴をやめ、栄養ドリンクを増やす方針になったということ。その点が心配ではあります。病院からは特に変わった様子はないということなので、大丈夫だろうけれど。天ぷらうどん、稲荷寿司

画像はFBフレンドの女流カメラマン、ケイさんのコスモスの写真に母のコスモスを詠んだ句を載せたもの(ケイさんからの使用許諾は得ております)。父の句で<コスモスは妻の勲章かもしれぬ>というのがあり、コスモスは母の「お印」のような花だと思うところがある。これをプリントアウトしてフレームに入れたものを母へのお土産としました。さて、「コスモスの君」のご機嫌はうるわしゅうござるかな。

2015年10月23日(金)
下関2日目。胸に沁みるような秋晴れの一日、ふた月ぶりに母を訪ねた。バス停から病院に向かう途中の道端に、コスモスの一群が咲いていて、ああ、ちょうどいい、母に見せようと何本か手折った。神様からのプレゼントかと思ったくらい。食堂の隅にいた母は、やや元気がないような感じだったが、ぼくの顔を見て微笑んだところにコスモスの花束を見せると、今度は大きな笑顔を見せた▶点滴が刺さらなくなり、しばらく点滴をやめるかも、と聞いていたが、なんとか点滴は継続できていた。ゆっくりと衰えていっている感じはするが、大きな変化は感じられなかった。まずまず安心した▶こちらに来る前、父の生前の動画をiPadに入れていたものを母に見せた。父が亡くなる少し前のケアハウスにいた頃、撮っていたもの。母はそれを見ながら、「懐かしいよ」と言ったが、しばらくして、「寂しいよ」と言った▶明日も母に会いに行く。

2015年10月24日(土)
小倉なう。西国の地は今日もよく晴れました。今日は病院の「文化祭」ということで、敷地内は食べ物のブース、フリーマーケット、仮設ステージではブラバンや踊り等の演し物で賑わっておった▶食事中の母にそのことを伝えていたら、看護婦さんが「天気も良いし、外に連れていってあげたらどうです?」と。ちょうど、お風呂の日だということで、点滴を外してもかまわないから、ということで、車椅子の母を戸外に連れ出した▶母は人で賑わう場所はあまり興味がなさそうだったから、病院の中庭にあるバラ園に連れて行った。ちょうど赤いバラが多く咲いていて、母にバラの香りとお日様の温もりとそよ吹く風を感じてもらった▶入院して1年半くらいになるが、戸外の陽光を浴びたのは久しぶりではなかったか。母は、なかなか外に出たがらないということもあるけど。
部屋に戻り、看護婦さんから「楽しかったですか?」と問われ、母はこっくり頷いたのでした。ぼくも母を外に連れていってあげられて、嬉しかった▶今回のミッションは今日で終わり。今回は別れるときに、母はとびきりいい笑顔を見せてくれた。また、来るけ、元気にしてまっちょってね、母ちゃん▶さてと、これから空港行きのバスに乗って、夜の飛行機で帰還いたします。

2015年10月25日(日)
昨夜遅く、10月ミッションから無事帰還、これまでより短期間だったので、特に昨日は長い一日となり、我が家にたどり着いたときは、さすがにへとへとのテイであった。でも、昨夜は「丸太のように」ぐっすりと眠れ、本日は「今日も元気だタバコがうまい」的状況▶現地からの「ミッションレポート」に書いたが、点滴もなんとか続けていられた母は、 以前とさして変わらず、昨日、戸外に連れ出したときに、昨年春の入院までお世話になっていた、特養の職員さんに久しぶりに会い、「お変わりなく、お元気そうで」と声をかけられたりもした▶それでも徐々に衰えていっている感じは否めないが、いつぞや母が「私は細々と長く生きていられるような気がする」と言ったことがあって、なにしろ小鳥のようにしか食べない母だが(高齢者の標準摂取カロリーの半分ほどくらいか)、燃費効率の良い省エネルギーの身体を持っているのだろう。もっとも、30キロ前後の枯れ枝のような身体を維持するのには、そんなに食べずとも良いようにも思う▶病院には一昨日、昨日と二度行っただけだったが、一昨日はコスモスの花束を喜んでもらい、昨日は久しぶりの戸外に連れ出すことができて、良い収穫があったように思う。帰り際も、いつもの「帰っちゃいけん」はなく、少し淋しそうだったが、笑顔で別れた▶いつまでこういう状態が続くのか、いずれ遠からず「Xデー」が来ることは覚悟しているが、今はそのことをあまり考えずにいようと思う。来月は兄が母を訪ね、ぼくの次回ミッションは12月を予定。いつものように「それまで母ちゃん、元気にしとってよ」と言って別れた。

写真は今回のお土産、FBフレンド、ケイさんのコスモスの写真に母のコスモスを詠んだ俳句をレイアウトしてフレームにしたものと「神様からの贈り物」、コスモスの生花。食堂にも持っていったところ、他の患者さんから「いいわね」と言われ、母は「これは私のよ」と呟いた。所有欲はしっかりあるようだ。

週刊「猫並日記」2015 (10.12〜10.17)

2015年10月12日(月)
昨日は、「大和ウクレレ倶楽部」総勢47名の出演者による「大和生涯学習センター祭り」ステージを、無事終えることができた。へっぽこ指揮者の、ちょっとしたずっこけもあったりしたが、全体的にはいい感じでステージを終えることができたかと思う。なにより、演奏しているみなさんの表情がとても良かった。完璧な演奏とは言えないまでも、一生懸命に演奏するみなさんの姿勢が、観客にも伝わって、会場の雰囲気も良かったと思う▶ステージが終わり、学習センターを後にするとき、ステージを見た知らない方々に「良かったですよ、楽しかった!」と声を掛けられたりした。お世辞でもなく、心からの言葉だと感じ、嬉しかった。参加してくれたみなさんがへっぽこの熱意についてきてくれ、練習も励んでくれた成果だと思う。参加したみなさんも口々に「楽しかった!」と言ってくれ、それこそがへっぽこレレ伝道師の本望、今回のステージの目標だったわけで、ともあれ、それが叶ったことを心から嬉しく、ありがたく思う。

写真は、昨日の演奏の模様ステージ後の集合写真ベースを担当したよっちゃとの2ショット。

2015年10月15日(木)
センター祭りのステージが終わって、心機一転、胸に染み入るような秋の青空が広がった、一昨日、昨日とレレ教室。今回の課題曲はこういう季節にやりたかった「My Blue Heaven(私の青空)」。原曲は1927年にリリースされたジーン・オースティンのヒット・チューン。SP時代の音源だが、YouTubeのおかげで、かつてはなかなか聴くことが難しかったこういう曲も容易に聴くことができる▶この曲が日本に紹介されたのも同時期の20年代後期。堀内敬三の訳詞を浅草オペラの二村定一が歌って紹介されたということ。My Blue HeavenのHeavenを「天国」とせずに、「空」としたところがいいね。原曲歌詞の内容は、日暮れ時、勤め帰りの男が、鳥たちが巣に戻っていく空を見上げながら、愛する妻と赤ん坊が待つ、小さいけれど住み心地の良い家に向かう心情を歌ったもの。その家こそが、男にとってのHeavenなんだね。日本人にとっては、例えば秋の青空を見上げたときに感じるほっこりとした幸せ、そんな心情を感じさせる「私の青空」というタイトルは秀逸だと思う(大滝詠一はこの曲をカバーする際、「私の天竺」とした。彼らしいですね)▶今回の教室では、たまには課題曲をていねいに掘り下げてみようということで、曲の演奏テクニックの解説に入る前、iPadで、ジーン・オースティンのオリジナルから、50年代のフランク・シナトラのスインギーなバージョン、日本で戦後ヒットしたエノケンのバージョン、そしてぼくが大好きな高田渡のバージョンを生徒さんにお聞かせした▶いかにも小市民的なささやかな幸せを歌った歌だけど、現代においては、勤め人の多くは満員電車に揺られて帰路を辿るわけで、夕空を見上げながら帰宅するなんてこともあまりないだろう。サービス残業をして、深夜に疲れ果てた重い心を引きずっての帰宅ということも多いかも。こういう歌がヒットした時代から、物質的には圧倒的に豊かになったとしても、失った「小さな幸せ」はたくさんあったわけで。こういう心の「青空」を、今の時代にも持っていたいと思いまする。

月曜日は、肉豆腐、鶏ササミと大根、水菜の煮付け、キュウリとワカメの酢の物/火曜日は、塩鮭、イカのチリソース、焼きガンモドキ、マカロニサラダ/水曜日は、鶏つみれ鍋、稲荷寿司。

動画はYouTubeから拝借した高田渡の「私の青空」。高田渡とかあまり知らない生徒さんたちに、これを聞かせながら、「歌って、上手下手とか、超えたところに本当の良さがあるんです。歌う人の人格や生き方、価値観などが歌に乗せて現れるわけで、高田渡の歌にはそういう良さがあると思うんです。このほっこり感、すごくいいでしょう? 」と力説した。

2015年10月17日(土)
昨日はぐっと冷え込んだですね。今日は少し持ち直したけど薄曇りの空。♪お部屋は北向き/くもりのガラス/うつろな目の色/溶かしたミルク/わずかなすきから/秋の風〜、そんな「小さい秋みつけた」(by サトーハチロー、なかなか良い歌詞だ)感ある昨今、オコタの季節ももうすぐだな、あれよあれよで年末も正月ももうすぐだな。年取るとホントに季節の移ろいが早く感じるっす。やれやれ▶さて、目下、先週日曜日に行った「センター祭り1015」ステージの動画を編集中。使用した大和学習センターホールはステージのモニターが十分ではなくて、ステージに立っていると自分たちの音があまり聞こえないんですね。ただでさえ、ウクレレ演奏がおぼつかない参加メンバーもいらっしゃるので、ステージ上だと「音がよく聞こえなくて上手く演奏できない」という声もちらほら。ぼくにしても、ステージ上の50人近くが奏でる音の臨場感は、ステージ上ではあまり感じられないんだね。でも、録画された音を聞くとまずまずの音で録れてた。へっぽこ指揮者の数々のミスもしっかり録れてたけど▶可笑しかったのは、四季の歌メドレーっつうのをやったんですが、その中の「さくらさくら」で、一番の「のやまもさとも」と歌うところ、ぼくが思い切り、2番の「やよいの空も」と間違えて歌い出したんだね。で、ぼくの歌は「やよまもさとも」になった。その歌がしっかりと録音されてた。ほら、ぼくは声がでかいから。あと、最後にスタンド・バイ・ミーを、totoのアスリートたちが歌うCMを真似て、歌詞を細切れにしてお一人お一人、また数名で歌い分けるというのをやったんだけど、これが大失敗。そもそもあの歌は生徒さんには難しかったのと、カウント出しのテンポが速すぎて、上手く回らなかった▶ステージ終了直後は、スタンド・バイ・ミーが上手くいかなかったことがすごく悔しくてね。練習ではなんとかいける感じまで持ってきたのに。あの夜はよく眠れなかったよ。でも、今になってそのドタバタの様子を録画で見るとすごく笑える。動画編集で誤魔化そうということも思いついたけど、これはこれで楽しい思い出になるかなと、そのまま使用する予定▶ともあれ、一段落ついてほっとしてます。参加する人たちが「楽しかった」と言ってくれればそれで満足、と言ってたけど、もっと良いステージにしたい欲が出てきた。来年のステージは、学習センターが移転することもあって、前倒しで6月くらいにはやるそうで、次回はどんなステージにするか、今から楽しみでもあります。

木曜日はアジの塩焼き、ゴボウとコンニャクのきんぴら、ヒジキ、大豆の煮豆、冷や奴/昨夜は、チキンフリッター、人参、ピーマンのグラッセ、水菜のサラダ、きのこのお汁。

動画は祭りステージのための合同練習風景。知らなかったんだけど、生徒さんのおひとりが撮っていた。件のスタンド・バイ・ミーの練習のときだね。この曲、一番時間をかけて練習したのに……。でも、これも笑えるねえ(ちょっと切れそうになってるへっぽこ。笑)。本番動画は編集後、そのうちYouTubeにアップするつもり。

週刊「猫並日記」2015 (10.7〜10.10)

2015年10月7日(水)
初秋の候、皆様におかれましては、益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。「へっぽこウクレレ伝道師」山下も、元気にウクレレな日々をばたばたと過ごしております。さて、来る10月11日(日)に開催される「大和生涯学習センターまつり」のセンターホール・ステージに、我が「大和ウクレレ倶楽部」、またの名を「YUC48(参加者総勢たまたま48名)」が参加いたします。ウクレレ倶楽部の出番は午後1時から45分程度のステージを予定、今回はベース奏者に盟友、フジタヨシコさんを招き、懐かしいフォーキーな曲の数々、ならびに「童謡・唱歌でつづる日本の四季メドレー」等のウクレレ演奏・歌唱になります。まだまだ未熟なウクレレ楽団ですが、一生懸命、かつ楽しく演奏・歌唱しようと思っています▶また、今回はステージ本番の前日、10月10日(土)の「まつりオープニング・セレモニー」で、15分程度の屋外パフォーマンス(午前10時から、ホール正面前)に「ウクレレ倶楽部」有志で参加します。さらに、この日のお昼12時から1時間ほどの「ウクレレ体験コーナー」(ホール正面前で実施。貸しウクレレを用意します)も行います。この機会にウクレレに触れて、その優しい音色を体験してみてくださレレ▶ご用とお急ぎのない方は是非、ご家族、ご友人お誘い合わせの上、ご来場いただけると幸甚に存じます(入場無料です)。よろしくポロリンコ♪

先週、水曜日は、アジの塩焼き、ピーマン、モヤシの付け合わせ、大根の三杯酢、ポテサラ/木曜日は、まぐろ刺し身、とうもろこしと豆腐のすり身揚げ、茄子の煮浸し、ゴボウ、人参、かぼちゃの甘露煮、鶏のササミとモヤシの胡麻和え/金曜日は、サバの味醂干し、ハムカツ、きんぴらゴボウ、大豆煮豆、ちりめんじゃこ、キュウリ、カブ、人参のぬか漬け/土曜日は具だくさん焼きそば、カニカマ入りポテサラ/日曜日は、餃子、冷や奴、干瓢とシイタケの煮付け、マカロニサラダ、もずく酢/今週、月曜日は串カツ、モヤシ炒め、玉葱とイカのマリネ/火曜日は、タコ刺し、焼きガンモ、ウインナー、マカロニサラダ、ポテサラ、コンニャク、人参の白和え。

画像は、今回の「大和生涯学習センターまつり」のポスター。昨年の「ウクレレ倶楽部」ステージの模様が左上に採用されました。

2015年10月10日(土)
今日は、午前中に大和生涯学習センター祭りのオープニング・セレモニーの「にぎやかし」として、教室の生徒さん有志で数曲演奏し、お昼から「ウクレレ体験コーナー」も実施した。ウクレレ体験では、ちびっこの参加を期待していたが、期待通り、思惑通り、集まってくれて、お母さんも一緒に「カエルの合唱」等のレレ体験をしていただいた。年配の方もちらほら参加。楽しかったよ▶さて、明日は本番。いい感じの演奏ができるような確信がある(ま、ぼくが大きなミスをしなければ、ですが)。とにかく、参加するみなさんが楽しく演奏できたら、それで大成功。気持ちをアップして、ぼく自身も楽しくやろうと思っておりまする。午後1時からの開演、お近くの方はご来場、よろしくポロリンコ♪

水曜日は、カツ丼、味噌汁/木曜日は、塩鮭、空心菜と豚肉の炒め物、水菜とモヤシの甘酢合え、もずく酢/金曜日は、チキン竜田揚げ、大根、シイタケ、人参、油揚げのお汁、マカロニサラダ/今夜はこれからカレーライスを食べる予定。

写真は、今日のセンター祭りオープニング・セレモニーでの演奏とウクレレ体験コーナーの模様。お父さんとかにも声をかけるが、お父さんは固辞する人多し。最後の写真の「ウクレレ婆ちゃん」、いい感じ。写真

週刊「猫並日記」2015 (9.30)

2015年9月30日(水)
昨日は、我が「大和ウクレレ倶楽部」センター祭りステージに向けての合同練習2回目を行った。まずまずいい感じに弾けて歌える方から、まだまだたどたどしい方までの編成なので、高い完成度を求めるのは難しいが、へっぽこ総合指揮者(ぼくのことだけど)の熱意(これだけは自分でも誇れるかな)に、みなさん応えてくれて、だいぶまとまってきた。みなさんが楽しく演奏できることが最大の目的だが、まだ練習の機会はあるので、もうひとつ完成度を高めていきたい所存。明後日は盟友ベーシスト、よっちゃを加えてのホール・リハをやります。楽しみ。ま、ぼくが一番楽しんでいるのかも。ありがたいこっちゃ。

一昨夜は、さんま塩焼き、厚揚げ豆腐の網焼き、ほうれん草ソテー、じゃがいも、きのこ、キャベツの味噌汁/昨夜は、おでん(大根、コンニャク、がんもどき、薩摩揚げ、ゴボウ天、玉子、等)、ゴボウと人参のマヨ和え、頂き物の秋田のいぶりがっこ(チーズと一緒に食べると美味)。

写真は合同練習の模様(これでも、ステージ参加者の7〜8割の出席状況)。

週刊「猫並日記」2015 (9.21〜9.27)

2015年9月21日(火)
昨日は午前中から午後にかけての4時間余り、10月11日に行う「大和学習センター祭り2015」ステージ参加者の内、40名ほどの参加で初回合同練習を行った。今回は選曲にやや難しさを感じている生徒さんが多く、ちょいとハードルを上げ過ぎたかな? という懸念もあったが、初回にしてはぼくの予想以上に良い出来で、へっぽこ総合プロデューサー件、指揮者として、まずは満足でありました。今後も数回、合同練習の機会があるので、さらにブラッシュアップして、参加者のみなさんが楽しいだけではなく、ステージの完成度も高めたいという所存▶今回のステージ参加者総数は、ぼくを含めると48名(内、女性が36名。女性上位のチームです)。ウクレレ・オーケストラ「YUC48」(「大和ウクレレ倶楽部」というのがぼくの教室の名称)ということで、今後、チーム内選挙も行い、フロント、センターの位置取りを目指し、切磋琢磨していただきたい所存(っていうのは思ってないけどね。あくまでウクレレらしくゆるくやっていきたいですけど)▶ウクレレはテクニック差が多少あっても、大人数になれば、なんとなくまとまるという楽器なんだね。楽器が小さくハンディだから、ごちゃっと集まれるし。だから、合同演奏人数のギネス記録があったりする。ちなみに、今年の4月にタヒチで行われた「第1回ウクレレ国際フェスティバル」での4,750人というのがギネス記録なのかな。日本でも2012年の「ウクレレ・ピクニック@横浜」での2,134人の合同演奏というのがあったりします▶汗だくになっての合同練習の後、夜にはパラダイス本舗の8周年パーティ(写真1234)に参加▶こちらも大盛況で、バンドあり、歌あり、3歳の天使の「ハモニカ演奏」ありで、ぼくも飲めや歌えの輪に加わった。我ながら、還暦過ぎのパワーに自信を持った(普段、グータラしてるから、ここぞのパワーはあると思う)。

一昨夜はいさき塩焼き、マグロ刺し身、鶏大根、ワカメとレタスのサラダ、豆腐ときのこのお吸い物、鉄火巻き/昨夜は、深夜帰宅後、秘書の用意したおにぎり定食(おにぎり、鶏大根、ウィンナー、ポテサラ)

写真はウェブから拝借した件の「4,750人ウクレレ同時演奏ギネス記録」の模様(写真123)。楽しそうだね。

2015年9月24日(木)
<たそがれて仔を咥えゆく秋の猫>というのは母の句。以前は散歩をしていて、野良猫というか「地域猫」によく遭遇したものだが、次第に会う機会が減り、ここ数年、とんと見かけなくなった。地域猫による苦情問題が取りざたされるようになって、猫の飼い主は、早い内から去勢、避妊手術をして、外に出すことをしない家猫として飼うことが一般的になったことによるものだろう。捨て猫、野良猫の殺処分のこと、またすべての人が猫好きとは限らないことを思えば、このことは受け入れるべきだと、猫好きのぼくも思う▶ただ、地域の「風景に溶け込む存在」として、猫がいた方がいいのになあ、と猫好きのぼくは思う。小道の端、垣根の暗がり、塀の上、駐車場の車の上、路地を横切る影として、猫を見つけるとなんだか嬉しくなる。そういうとき、ぼくは軽く舌を鳴らし、猫の注意を喚起し、少しずつ少しずつ猫に近づいていく。野良の多くはすぐ逃げてしまうけど、ときどき、かなり近づいても大丈夫な野良もいたりする。で、ぼくは訊いてみるんだね、野良猫さんに。「猫さん、猫さん、聞いとくれ。私の人生、これでいいのか」とね。で、概ね、猫さんは「いいんじゃにゃいの、それで」と答えてくれます。

月曜日は焼きうどん、コールスロー/火曜日はレレ教室やって、炒飯、玉子スープ/水曜日もレレ教室やって、餃子、野菜炒め、イカとモヤシの酢の物、冷や奴。
写真は以前撮った「散歩猫」。「いいんじゃにゃいの、それで」と言っている。

2015年9月25日(金)
<寝が足りて鈍となりたるおじぎ草>というのは母の句。おじぎ草って、葉っぱを触ると垂れて閉じるやつだよね。お辞儀をするように。母は花や植物を擬人化する俳句が多いような。おじぎ草の、触れるとふっと拒むような様子は、まだ「おぼこ」な娘さんがですね、彼氏にちょっと触れられて、恥ずかしそうに拒む感じがね、おぢさんには感じられます。むふふ▶しかし、よう寝た。昨夜は午前1時前には寝入って、今朝の起床は10時前。ちょいと肌寒くなって、夏仕様にしていた部屋(ベッドを置いてある部屋と仕事部屋の仕切り戸を外した状態)を冬仕様(仕切り戸をした状態)にしたので、朝日もまったく入らず、闇をキープしたから。年間の、ここからだんだん夜型になっていくのがいつもの生活習慣。でも、ここ数年は以前のような極端な夜型にはならなくなったけれど▶ぼくはたぶん、けっこう長生きしそうな気がするのですが、「長生きの秘訣は?」と聞かれれば、「そのときそのときの気ままに生きてるからかな」と答えたい。そう、「猫並生活」であります。それが(ある程度)できる暮らしをまがりなりにも実践できていることに、諸々感謝したいと思うのであります▶さて、「寝が足りて鈍となりたる」頭ではあるが、諸々の先送り課題等をぼちぼちと片づけていかねばなと思う。<寝が足りて秋冷雨の遅き朝>豚肉鍋、チーズ・イン竹輪、ごぼうマヨ和え。

写真は「散歩猫シリーズ」から。車の下の暗がりで、こやつも「寝が足りて」感あり。

2015年9月27日(日)
<回想の月光甘い匂いです>というのは母の句。ああ、今夜は中秋の名月だっけ、とベランダ月見に及んだ。階下にキンモクセイの植え込みがあって、その甘い匂いがベランダまで香ってくる。この母の句のようにそれがまるで月光の匂いのように感じる。しばらくベランダに佇み、耳を澄ませば秋の虫の音。近隣の家屋から子供の声を交えた家族団欒の声音も聞こえてくる。日本が平和であることを感じるひととき。この日本の平和を70年間、まがりなりにも維持できたのは、平和を希求する国民一人ひとりの意志と第九条のおかげ、だよね。ーーと、理念、理想を語るのは易しいと言うが、理念、理想を語らずして、なにが人間らしい生き方かと思う。

金曜日はハンバーグ、ウィンナー、ピーマン、人参、じゃがいもの付け合わせ、豆腐とワカメのお汁、キュウリ、白菜の漬け物/土曜日はカレー、コールスロー/今日はレレ教室やって、これから夕飯、タラコ・スパゲッティ、野菜サラダ

写真は今夜の雲間にのぞく中秋の「甘く匂う月」。ベランダから撮影。

2015年9月30日水曜日

週刊「猫並日記」2015 (9.14〜9.19)

2015年9月14日(月)
昨日は日曜レレ教室を終えて、「3丁目ウクレレの時間」@たまプラーザ「3丁目カフェ」に出席参加。出演者は、ぼくと司会進行役も務めたパイン・オカヤマことイサジくん、ビートルズがお好きで、ウクレレ教室の先生もなさっている松田ようこさん、急遽出席のイパネマ川崎さん▶ぼくの教室の生徒さんたちもウクレレ持参で来てくれて、最後は全員で松田さんの曲や、「聖者の行進」、「ユー・アー・マイ・サンシャイン」等をポロリンコ♪合奏、楽しく和やかな「ウクレレの時間」を過ごした▶今回のステージではPAにコンデンサーマイクを使用、エアー感がある音質もさることながら、楽器前、眼前にマイクがないフリーな感じがとてもよろしく、気持ちよく演奏できた。ウクレレのような、繊細で柔らかい音質の音を拾うのはやっぱりコンデンサーマイクがいいね▶で、仕掛け人の江川さんのひと声で、「3丁目ウクレレの時間」次回開催も決まった。次回は祝日の11月23日。今回は初参加だったので、合同演奏の準備もあまりできなかったが、次回はその辺、もう少し練って、ウクレレ好きなお客さんを巻き込んでの楽しいイベントにできたらいいかな、と思っておりますレレ。一昨夜は牛肉、野菜サラダ、シメジと豆腐のお汁、焼きシイタケ/昨夜は帰宅後、ラーメン、おにぎり

写真は昨夜の「ウクレレの時間」、出席者の面々。赤帽赤縞Tのへっぽこ山下(来てくれた岡野さん撮影)、赤Tシャツのイサジくん、アロハシャツの松田ようこさん、レスポール・ウクレレのイパネマ川崎さん。

2015年9月15日(火)
爽やかな良い天気だね。秋の第1楽章、って感じだな。ぼくは年齢的には、人生の秋パートに入っていると言えるけど、気持ち的にはまだ夏の終わりくらいかな。さすがに、まだ盛夏とは言いますまい。心に燃えかすのような熱さを残しつつ、このまま「夏の終わり」くらいのテンションをキープしたまま、くたばりたいものだ。チキンライス、玉子スープ。

ところで、日曜日にやった「3丁目ウクレレの時間」のYouTube動画を「3丁目カフェ」の名島さんがアップしてくれたので、URLを貼っておきます。
3丁目ウクレレの時間【1部】 @3丁目カフェ 20150913
3丁目ウクレレの時間【2部】 @3丁目カフェ 20150913
ついでに、今回iPadで自分撮りした「ノーカット・バージョン」もアップします。
秋の夜長、お時間があったら、ゆるりと見てオクレレ。

2015年9月19日(土)
参院自民党の中から造反者が出るかとちょっと期待していたが、ダメだったね▶山本太郎議員の鴻池参院委員長不信任案賛成討論の一部を「FB憲法九条の会」飯野弘さんからシェアします▶まず、今回の法案は「全部アメリカのリクエストである」ということに触れてますね。アーミテージ米国元国務副長官を始めとする、いわゆる「ジャパンハンドラー」のリクエストということ。かつて、日本は「アメリカのポチ」という表現があったが、今回の法案ごり押しで、ご主人アメリカに対して思い切りしっぽを振る「哀れな犬」としての国家ということが、あらためて浮き彫りにされたような▶山本太郎議員は、ただむやみに「戦争法案反対」と叫ぶだけでなく、常識的で十分に現実的な対案も述べてるよね。以下に少し書き出してみました。

・日本の領域の侵害に対しては、従来通り個別的自衛権、日米安保(内容や地位協定の改定の必要はあるが)で対処できる。
・尖閣、小笠原、東シナ海の中国漁船問題等については、海上保安庁の能力を高め、自衛隊はそれをサポートすべき。
・南シナ海の中国覇権主義問題については軍事力ではなく、外交力で対処すべき。
・ASEAN諸国との連携し、APECの枠組みで海上輸送路を確保すべき。
・中国に国際法に違反するような行為があったとするならば、APECやG7諸国と連携し、経済制裁をする。

非常に分かりやすい。アメリカだって、アーミテージのような人ばかりではないわけで、「すみませんが、九条は変えることはできんです!」と、これくらいのことを言って、「卑屈なポチ」から、ご主人を啓蒙するような「骨のあるポチ」になって欲しいものだ。アメリカ人だって、分かる人は分かるわけで。そうすることのリスクより、今回の法案のリスクの方が大きいと思うな。まあ、安保条約がある限り、ポチはポチだけど▶最後の方で、山本太郎議員は「武力で緊張状態を作る時代ではない」と言ったけど、この法案に限らず、21世紀を展望する新しい時代、新しい価値観を持った政治家が少なすぎだよね。「時代は変わる」のに、で、「時代は変わってる」のに。

火曜日はホッケ、焼き茄子、ネギとワカメのぬた和え、豆腐とワカメの味噌汁/水曜日は夜間レレ教室やって、冷やし担々麺/木曜日は鶏つみれ鍋、ハスとゴボウ、人参のきんぴら/金曜日は秘書外出につき、幕の内弁当、豆腐の味噌汁、大学イモ。

週刊「猫並日記」2015 (9.12)

2015年9月12日(土)
ぼくはビビリです。なにがいちばんこわいかって、じしんです。じしんをかんじたら、みみをふさいでからだをゆらします。じぶんのゆれでじしんのゆれをごまかすというほうほう、なづけて「ショックアブソーバーほう」といいます。ねているときは、ベッドの上でさゆうにゴロゴロからだをうごかします。けさのじしん(こちらでしんど4)のときはぐっすりねてましたが、すぐに目がさめ、ベッドの上でゴロゴロしました。びっくらこきました。こんかいのじしんは東京わんがしんげんっつうことで、ゴジラが目をさましたのだとおもいます。しょうもないことばっかりやってる日本のえらいひとたちに、カツをいれるため目ざめたのではとおもいます。これいじょう、ゴジラをおこらせないためにも、日本のえらいひとたちは、はんせいしてほしいとおもいます(神奈川県、小1、山下せいじ)。

日曜日はスパゲティ・ミートソースにアンチョビ・ペンネサラダ/月曜日はサーモンソテー、焼き茄子、つみれ汁/火曜日はレレ教室やって、焼きうどん/水曜日もレレ教室やって、カレーライス/木曜日は秘書外出につき、生姜焼き弁当、お椀そば、ゴボウのマヨ和え/金曜日はアジの塩焼き、筑前煮、コンニャクごま和え、ほうれん草ソテー、豆腐ときのこのお汁。

さて、明日は午前、午後とレレ教室のダブルヘッダーをやって、夜はたまプラーザでライブだ。体力勝負になるな。しつこく告知しておきます。

週刊「猫並日記」2015 (9.3〜9.6)

2015年9月3日(木)
木曜日は、ハンバーグ、野菜サラダ等、てゅらてゅらてゅら/金曜日は、焼きうどん等、てゅらてゅらてゅら/土曜日は、スカイプレッスンやって、秘書外出につき、コンビニ購入の海老ドリア、ツナサラダ等、てゅらてゅらてゅら/日曜日は、レレ教室やって、挽き肉オムレツ、ウィンナー、豆腐とシイタケのお汁等、てゅらてゅらてゅら/月曜日は、秘書が外出先から買ってきた崎陽軒シウマイ弁当等、てゅらてゅらてゅら/火曜日は、白身魚の甘酢あんかけフライ、ほうれん草の味噌汁、野菜サラダ等/水曜日は、夜間レレ教室やって、コンビニ購入の冷やしラーメン等。恋人よこれが私の一週間に食ったもの。てゅらてゅらてゅらてゅらてゅらてゅらら〜てゅらてゅらてゅらてゅらら〜▶ここのところ、10月に行う「センター祭り2015」ステージの構想・準備・連絡案件等でいろいろと忙しい感じ。で、この気持ち忙しい中、ライブに参加します。レレ友であり、ぼくと同様なシンガーソング・イラストレーターのイサジくん(別名:パイン・オカヤマ)からお誘いあり、楽しそうなのでご一緒させてもらうことにしました。以下に詳細を。
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3丁目カフェPRESENTS「3丁目ウクレレの時間」
9月13日(日)18:30開場、19:00開演
出演:松田ようこ/パイン・オカヤマ/山下セイジ/その他……
料金:1500円(+オーダー)
会場:たまプラーザ「3丁目カフェ」
〒 225-0002 神奈川県横浜市青葉区美しが丘1-10-1 ピースフルプレイス1F
Tel&Fax:045-516-8037
■東急田園都市線 たまプラーザ駅北口 ‥  徒歩3分
■改札を出て、東急百貨店側に道路を渡り、左折。
■三菱東京UFJ、イトーヨーカドーを過ぎ、たまプラーザ駅入り口交差点を渡り、右折。
■一つ目の角の茶色の煉瓦作りのビルの1階です。
http://3choome-cafe.com/
アクセス:http://3choome-cafe.com/profile/access.asp
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ライブのタイトルが「3丁目ウクレレの時間」とあるように「ウクレレプレイヤーのウクレレプレイヤーによるウクレレプレイヤーのためのライブ」になります。教室の生徒さんたちを誘って、合同演奏もやってみたいかなと。よろしかったら、来てオクレレ。

2015年9月4日(金)
<夏やせてハートは重くなりにけり>というのは母の句。「心は重く」ではなく「ハートは重く」というところが、「女学生」が作ったような可愛い感じだね。晩夏の気怠い心情が現れている句だと思う。もっとも、夏というのは気温が高いから新陳代謝も不活発で、あまり痩せることはないとも聞く。ぼくの場合はビール腹ならぬ、「ポテチ腹」がね、ちょっと気になるところだけど。閉店したと思った夏が、このところちょっと復活、「晩夏」の様相。蝉たち(♂)もまだ出会いのチャンスあり、というところかな。カツ丼、春雨サラダ。

画像はお騒がせオリンピック・エンブレムに乗じて、ちょっとやってみた、1964年東京オリンピック、亀倉雄策「完全パクリ」エンブレム。このデザイン、良いよね。シンプルにして力強く美しい、非の打ち所がないです。日の丸の朱と金色のカラー・コンビネーションは琳派を彷彿させ、日本の伝統美術の美しさを感じる。この際、これでいってみればいいのにと思います(たぶん、同様な意見があるだろうけど)。お金もかかんないしね。

2015年9月5日(土)
<命は天運にまかせて、惜しまず、いとはず。身は浮雲になずらへて、頼まず、まだしとせず>というのは鴨長明「方丈記」から(本日付朝日「折々のことば」)。「少しでも長生きしたいと思わないし、人生を厭って死に急ごうとは思わない。何かに寄りかかりたいとも、何かが足りないとも思わない。一生の楽しみは『うたたねの枕の上』に極まる」と選者の鷲田清一さんの解説。うーん、これだね、達観の視点。「生死も日々の努力もみな泡沫のようなもの」と。こういう認識を心の中で通奏低音のように鳴らしていれば、あまり苛立ちもせず、穏やかな気持ちで日々を送れると思うんだ。あと、ぼくの「一生の楽しみは『ベッドでポテチ』に極まる」、かな。(どうもね、ここ数日、なーんもやる気がしなくてさ。ま、いいか、そんな日もある、他人に寛容、自分にも寛容。)塩サバ、茄子の煮浸し、きんぴらゴボウ、冷や奴、キュウリとカブのぬか漬け。

写真は落ち木槿

2015年9月6日(日)
作家・池澤夏樹氏が危惧「筋交いがない日本という家は潰れる」(日刊ゲンダイ 2015年8月31日)▶新自由主義は「悲しい流しそうめん」、沖縄については「後ろ手で縛られた回転ずし」、言い得て妙とはこのこと▶さらに、「結局全部が米国なんですよ」。で、その米国は「戦争をしないと国が維持できない」国だと。これもわが意を得たり、です▶「結局、この国は主権在民ではなく主権在企業なんですよ」とも。「結局、自民党は」と置き換えてもいい。その自民党がなんだかんだと政権与党の座に居座る現状は、「結局、日本国民の関心事は金なんですよ」とも置き換えてもいい▶「人間にとって幸福とはなにかを、頭から考え直さなければいけないと思います」、日本人、一人ひとりがね、そういうことだよね。

買い物に行こうとしたら雨が降ってきた。かねてから自転車用のカッパが欲しいなあと思っていて、傘刺し運転は道交法で禁じられたし、やっぱ危ないし、ちょっと前にアマゾンで購入していたのだった。でも、ぼくはわりと晴れ男なんで、なかなか使う機会がなかったんだね。ちょうど良い機会、カッパからげて、雨中、チャリで買い物に行ってきた。カッパ着て自転車に乗るのって、人生初かなあ。さすが、濡れずに快適にスーパーまで行って帰りました(当たり前だけど)。ところで、自転車のことを中国語では自行车(ズィーシンチャー)というみたい。「车」は車と同義、日本語だと自ずと転がる車だけど、中国語では自ずと行く車、ほぼ同じ意味だけどね。アマゾンから送られてきたカッパは中国製で、袋に書いてあった。焼きビーフン、ポテサラ。

写真は件のメイド・イン・チャイナ「全夜行安全型雨披」(背中のところにソフトバンクのロゴみたいな三本蛍光線が入ってる)を購入したときの記念写真。いや、色々考えて黄色にしたんだけど、似合うかなと思って。相当ひねたひよこみたいだけど。ポンチョ式だから着るのは簡単、自転車カゴまで覆えるという優れものです。

週刊「猫並日記」2015 (8.27)

2015年8月27日(木)
金曜日はスカイプ・レッスンやって、鯛の塩焼き、豚肉茄子、おから、冷や奴等、食す。てゅらてゅらてゅら/土曜日は宅録とかやって麻婆茄子、ポテサラ、もやし、ほうれん草のごま油和え等食す。てゅらてゅらてゅら/日曜日も宅録の続きやって、夜にヤフオク・レレ物件残り3分の攻防に負けたところで、ちらし寿司、ざるそば、ハムサラダ等食す。てゅらてゅらてゅら/月曜日はメール送信やら譜面作りをやって、買い物もしたりして、タンドリーチキン、野菜サラダ、豆乳豆腐等食す。てゅらてゅらてゅら/火曜日はレレ教室ダブルヘッダーやって、親子丼等。てゅらてゅらてゅら/水曜日はレレ教室ダブルヘッダーやって、ドライカレー等。てゅらてゅらてゅらてゅらてゅらてゅらら〜てゅらてゅらてゅらてゅらら〜。

写真はレレ教室の生徒さんからいただいたブドウ。巨乳、じゃなかった巨峰なんでしょうが、こんなに1粒がでかい巨峰にお目にかかるのは初めて。味もグッドでございました。記念写真を撮った。

週刊「猫並日記」2015 (8.19〜8.21)

2015年8月19日(月)
18日の未明、義父が亡くなりました。2ヶ月ほど前、誤嚥性肺炎に罹り、病院で治療を受け、一時は回復したものの、先週くらいから容態が悪化、足しげく病院に通っていた秘書が亡くなる前日の17日に面会したときには、すでに昏睡状態だったということ。そんなわけで、彼女も覚悟を決めていたので、特に悲嘆にくれる感じでもなく、わりとさばさばとした感じではあります。義父は真面目一筋、無口で穏やかな性格だった。92歳の生涯でした▶たまたま、義母も義父と同じ病院に入院しており(義母は熱中症からの軽度の疾患で、もうすぐ退院できるとのこと)、秘書と義姉の訪問のあと、義父が危篤状態に陥ったわけだが、病院側の計らいで義母を面会させたということ。義母も高齢(89歳)で、このところ身体が弱ってきており、もし同じ病院に入院していなければ、臨終を看取ることはできなかったかもしれない▶義父とは秘書と結婚して以来、毎年の正月や米寿、卒寿のお祝い事の折には会っていたが、今年の正月は諸事情あり、お会いしていなかった。ここ数年、お会いするたびに身体が弱ってきているのを感じてはいた。秘書はどちらかと言うと外見も性格も父親似で、お父さんのことが大好きな娘だった。ぼくの父もそうだったが、天寿を全うする年齢での逝去は、残念ではあるが、自然の理、送る側の心も特に波立つことはない。今日はこれから通夜に参列するため横須賀に向かいます。そして、明日は告別式。

先週土曜日はカレー/日曜日は日曜レレ教室やって、冷やし中華、タン塩/月曜日は、餃子、エビチリ、酢豚、棒棒鶏等の中華総菜、厚揚げ豆腐とサヤエンドウの煮付け、キュウリとワカメの酢の物/昨日は火曜レレ教室やって、台湾風ピリ辛焼きそば。秘書の外出多く、総菜屋の総菜、コンビニ食品が多かった(不満はないけど)。写真は母の病院そばの海辺にとんぼ群れ飛ぶの図。8月ミッション時に撮影。

2015年8月21日(金)
一昨日、昨日と義父の通夜、葬儀に参列した。喪主である義母はまだ体調が優れず、参列が叶わなかった。義父は4人兄妹の長男であったが、弟、妹はすでに他界し、参列者は義父にとっては甥姪の方たち、またその子どもさんといった方々で、秘書やお義姉さん夫婦、義甥、義姪を除けば、ぼくにとってはお会いするのは初めての方々ばかりだった。秘書にとっても随分久しぶりに会うような人たちで、葬儀というのは親類縁者の旧交を温める場になるということだ。葬儀も火葬も滞りなくスムーズに終わった▶義父は生まれも育ちも横須賀で、終戦まで横須賀海軍工廠で造船技術者として勤務。終戦後、海軍工廠は米軍に摂取され、米軍横須賀基地となるわけだが、義父は技術力を買われ、そのまま米軍の船舶修理の技術者として迎えられる。そして定年まで船舶関連技術者一筋の仕事を続けることになる。当初は敵国に雇用されることを潔しとしなかったようだったが、背に腹は変えられぬ決断があったようだ。また、上司になるアメリカ軍人は思いの外、紳士で、日本人技術者に対して、敬意をもって優しく対応してくれたということ▶年齢的にはいわゆる戦中派だが出征することはなかった。兵役検査のときに怪我を負っていたことで免れたとか、秘書は聞いたらしいが、海軍工廠での仕事を続けさせる方が国益になると国が判断し、兵隊に取らなかったということも考えられる。また、横須賀は空襲も免れたそうで、それは米軍が戦勝を見込み、終戦後は海軍工廠の設備を摂取する算段があったことが理由らしい。頷ける話ではある▶義父は無口で穏やかな人柄だったが(その穏やかな風貌ゆえに)、秘書と結婚仕立てのころはちょっと怖い存在だった。なにしろ、初めて会ったとき、義父はぼくの顔も見ようとせず、口も利いてくれなかった経緯がある。嫁ぐ娘の父親の、婿に対する典型的な思いと言えばそれまでだが、娘の夫になる男(ぼくのことだが)が、義父にしてみればこんな男(長髪、軟弱、甲斐性なさそうな唄歌い)にだけは娘をあげたくないという、これも典型的な例だったのかもしれない。年月が経っていく内に打ち解けていったが、義父にとってぼくは、少なくとも愛すべき娘の理想的な夫ではなかったことを申し訳なく思う。まあ、天国ではなにもかも許してくれていることだろう▶遺された者の人生は続く。ぼくは父に死別された母に、秘書は秘書で、今度は義母の介護の問題が続く。ぼくもいい年になって、送る側の立場になる機会が増えた。「メメント・モリ(死を記憶せよ)」という警句の意味を考える機会にもなる。

写真はアフリカ系朝顔っていうのかな。ずっと咲いてるやつ。

2015年8月27日木曜日

週刊「猫並日記」2015 (8.10〜8.15)

2015年8月10日(月)
真夏のミッション最終日、小倉ロッテリアなう。しばらくここで涼んで、空港行きのバスに乗り、帰路に就く。今日もこちらは暑うございました。ここまでノープロブレム、ミッションは順調に推移した▶昨夜は幼なじみのまさし君に会い、小倉駅周辺の居酒屋で馬刺し、刺身の盛り合わせ、手羽先、ウィンナー、鰯の煮付け(これが美味かった)などつつきつつ、ビール、ハイボール、普段は飲まないいも焼酎など。近況報告、音楽の話、あれやこれや、居酒屋談義に花が咲いた。実家には深夜帰宅▶早朝5時過ぎから活動する迷惑な兄に起こされ(だから兄と一緒に寝泊まりするのは嫌なんだ)、やや睡眠不足。シャワーを浴び、洗濯をして、荷物を整理、トランクを駅近くのコンビニで宅急便手配、お昼前に母を訪問。午後に病院の担当者会議に兄と共に列席。血液検査も特に問題はなく、嚥下機能はむしろ以前より回復基調、体重変動もなく、取り立てて言うべきことはないようで、まず安心▶夕刻、兄と一緒に病院を後にし、下関駅で兄と別れ小倉に。やれやれの心境。母には「ぼくはこれから神奈川に帰るよ」と言ったが、兄がまた明日、病院に母を訪ねるので、いつもの「帰っちゃいけん」はなかった。次回ミッションは10月の予定▶それまで母ちゃん、元気でね、と今回はさらりと別れてきました▶さてと、そろそろ空港に向かうバスに乗るかな。早めに行って、兄が美味しかったと言っていた、空港内の九州ラーメンを食べるつもり。てなことで。

2015年8月11日(火)
真夏の炎天下ミッション終了、昨夜遅くに帰還。さてとまたこちらでの日常の歯車がぎりりと。旅のシメはラーメン、北九州空港内の「筑豊ラーメン」山小屋という店でテイクオフ前に食す。店に入ればあの匂い、当然、豚骨濃厚スープ。オーダーしたのは、昔懐かしい味「昭和ラーメン」。うーん、まあまあだったかな。

2015年8月13日(木)
今朝は雨がひとしきり降って、ほどよくクールダウン。よ〜〜〜〜〜〜寝た。昨日はレレ教室ダブルヘッダーやって、なんだかへとへとに疲れて、夕刻帰宅後2時間ほど寝て、飯食って、12時ごろには就寝、今朝目覚めたのが8時半だった▶考えてみれば、寝ている間というのはまるっきり非生産的な時間であり、過剰な睡眠は無駄と言えば無駄な時間なのだが、たくさん眠れると得した気分になるのは何故だろう▶「ご主人様、あたしらにたっぷりの休息をいたただきありがとうございます」とぼくの身体の何十兆個かの細胞が感謝し、喜んでいるように思う。ぼくは基本的に「細胞の声」を聞いて行動する人間です。で、ぼくの細胞は基本的に怠け者です▶一昨夜は冷やしたぬきそば、餃子、薩摩揚げ/昨夜はタイカレー、野菜サラダ

写真(.)はウクレレ演奏@介護病棟の模様。看護師さんが撮ってくれたもの。普段は寝たきりで食堂にも来れない方々も、看護師さんたちがベッドごと食堂フロアに運んでくれた。「アロハ・オエ」、「お嫁においで」、「浜辺の歌」、「コロラドの月」、「花〜すべての人の心に花を」の5曲、25分程度の歌と演奏を披露。母はぼくの正面の特等席、みなさんにご静聴いただいた。

2015年8月14日(金)
<掛け水に月光走る盆の墓>というのは父の句。なかなか透徹、幽玄というのか、そんな映像が浮かぶ句であります。世間はお盆休みでありましょうが、お坊さんは超忙しく走り回っていることでしょう。師走という月名は、12月ではなく8月にしたらよろしいのではと思ったりします▶個人的には「プレお盆」をミッションがてらに行い、墓参りもすませ、父の棚経もお坊さんにあげていただいたので、お盆だからといって特にやることもない▶そう言えば、前回ミッションで母と別れるとき、「お盆には来んの?」と母が言うんだね。「いや、今回帰ったのがお盆の里帰り、ちょっと早めのお盆やけどね」と母に言ったが、ちょっと理解できない感じ。「またお盆に来るのなら、帰ったらまたすぐ来んといけんけえね」と言うと少し淋しそうな表情をした。「父ちゃんのお盆のお経はちゃんとあげてもろうたけえ、安心しちょき」と言ったら、納得したのか、母はゆっくり頷いた。

写真(.)は病棟夏祭りでの母の様子。風船釣りや輪投げ、釣りゲーム等をやったが(看護婦さんに手を貸してもらって)、本人はあまり興味がない感じだった(にこりともせず)。去年は食べたというタコ焼きやかき氷もほとんど手をつけなかった。老いていくともに、だんだん楽しみが少なくなっていくというのはあるだろう。「楽しさも中くらいなり」というのが老境の有り様でありましょう。とは言え、年を取ってもいつまでも楽しい気持ちになれたらいいよね。タコ刺し、鶏大根、ゴボウとハスのサラダ、ワカメの酢の物。

2015年8月15日(土)
<認識票肌より外す終戦日>というのは父の句。「認識票」というのは軍隊において兵士の個人識別用に使用されるもの。米語スラングでは「ドッグタグ」、犬の鑑札というのはいくぶん自嘲気味だが、そういうものを生まれてこのかた、身に付けずにすんでいるぼく自身を幸福だと思う▶父は昭和17年9月に東京の大学を卒業、翌10月に大阪の大手企業に就職を果たすも、会社に在籍のまま(というか、ほとんど出社もせずに)、同月、急き立てられるように中支派遣部隊に入営、復員するのは終戦から1年近く経った昭和21年6月だった。そして、復員後、せっかく就職した大手企業を依願退職したということだ。それは、敗戦直後の焦土と化した都市部を見ての判断だったようだ。そして、さほどに戦争の傷跡が大きくなかった祖父母が住む下関にあらたな就職先を見つけ、近所に住んでいた母と見合い結婚し、その後、亡くなるまで下関で過ごすことになる▶もし父が復員後、大阪の会社に勤務していれば母との出会いもなかっただろう。もし、そうであったなら、ぼくという存在もなかったということになる。ぼくの世代の親たちは戦争経験者である場合が多い。父は戦死することは免れたが、戦争に翻弄された父の人生を思うと、特にぼくのようなわがままな人間にとっては、戦争というのは、とにかく一切受け入れることはできないものだと思う▶父は4年近くの軍隊での経験をぼくに語るようなことはなかったが、一度だけ、「父ちゃんの軍隊の隊長は敵が来そうになると、すぐに『退却! 退却!』と言って、自分たちを逃げさせてくれた。ええ隊長やった」と言ったことを覚えている。軍人にあるまじき隊長さんだが、どういう人だったか、会ってみたかったものだ。

写真は毎回毎回、母を訪ねる際に訪れる下関の安岡海岸「8月の海」。毎回、この海を見ながら、おにぎりを食べたり、ウクレレを弾いたりしてしばし過ごすのだが、今回はあまりにも暑くて、写真を撮って早々に退散した。ハンバーグ、キュウリとワカメの酢の物、冷や奴。

週刊「猫並日記」2015 (8.3〜8.9)

2015年8月3日(月)
♪まいにーち 酷暑酷暑 炎の世界〜(胃ノ上羊水「炎の世界」より)。いやはや暑いですね。最近は、暑さで比較的早めに起きて、シャワーを浴びて、すっぽんぽん扇風機が日課となっております▶ところで、ウクレレ買うたです。ネットで格安購入したので半ばギャンブルですが、昨日届いて、ナットやサドルを調整、弦も交換してローGにした。真夏の昼下がり、ベッドで寝そべってポロポロとやるお手軽なローG・ウクレレが欲しかったんだ。で、これがなかなかよろしい。けっこう満足してます。詳しくは写真を参照してくだされ▶鶏大根、めんたいチーズ春巻き、竹輪の磯辺揚げ、もずく酢、モヤシ、ほうれん草のごま油和え、煮豆。

<フォルクス君とのウクレレ会話ーその1
「やや! ご主人さま、また新しいウクレレ、ゲットしたんでやんすか」
「うむ、フォルクスくん、つい衝動買いしちまったんぢゃ」
「あれまあ、秘書さまに怒られるのでは」
「いや、常日ごろつつましい生活をモットーにしておる私のこと、思いの外、安くてな。アウトレット品ということで、送料込みで(ひそひそ)1万8千円」
「そうでげすか、そりゃお安い。でも安かろう悪かろう、じゃあ……」
「うむ、これの音源がYouTubeにあってな(https://www.youtube.com/watch?v=jB1qLttCQgU)。その他情報もしっかりチェックして、おそらく値段のわりには良いんじゃないかという判断をしたんぢゃよ」
「ほう、それでどんな感じでやすか?」
「私の判断は間違っておらんぢゃった。なかなかの優れもんぢゃ」

<フォルクス君とのウクレレ会話ーその2
「なになに、Baton Rougeって書いてありますな」
「うむ、バトンルージュ、ドイツの新しいブランドぢゃ。さすがドイツブランド、製造はチャイナだけど、しっかりと作ってある。これはトップ板からサイド、バック、ネックまでオール・スプルース単板なんぢゃ。指版だけがローズウッド。」
「スプルースというと、ギターのトップ板でよく使われておりやすね」
「うむ、ウクレレではあまりスプルースをトップ板に使うことはないが、ヨーロッパ系のウクレレではわりと使うかも。だから音色としてはギターっぽいかもぢゃ。また、スプルースは普通、明るい塗装にする場合が多いが、これはアンティーク・フィニッシュになっておって、私はこういう色合いに弱いんぢゃ、昭和のちゃぶ台色」

<フォルクス君とのウクレレ会話ーその3
「これ、ご主人さまの嫌いなギアペグでやんすね」
「うむ、でも、これくらいのサイズがあるとギアペグも不自然ではないように思う。それに正直、ギアペグの方がチューニングしやすいし」
「ご主人さまって、自分で買ったものに関しては、なんだかんだと理屈をつけて良いように解釈するところがあるでげすね」
「バレたか。ちょっとペグがちゃっちい感じはするが、この値段だからしょうがない。機能的には特に問題なかったし、わりと軽い素材で出来てるようで、軽いボディとのバランスもそんなに悪くない感じぢゃ。安いウクレレにありがちなフレットがギザギザしている感じもなくて、フレット幅もいい感じ、すんごく弾きやすいウクレレぢゃ」

<フォルクス君とのウクレレ会話ーその4
「ひゃあ、すっごく薄い〜!」
「うむ、いわゆる『ウスレレ』ぢゃな。機種名がU10C-Slim、コンサートサイズじゃが、なんともスリムなレレぢゃよ。で、オール・スプルースでウスレレぢゃから、軽いのなんのって」
「でも、それじゃあ、音も軽いんじゃあ……?」
「うむ、確かにいわゆる深鳴りはせんが、音量はけっこうあるんぢゃ。びっくりするほどな。で、胴が薄い分、レスポンスが良いというのか、音離れが良いので歯切れが良い音がするんぢゃ。フラメンコギターも胴が薄いぢゃろ? あんな感じ」
「抱えやすくて、弾きやすそうでげすな」
「うむ、私の得意とする『寝弾き』、ベッドで寝ながら弾くことぢゃが、あれにぴったりなんぢゃ」

<フォルクス君とのウクレレ会話ーその5
「これ、バックがバイオリンみたいに曲面になってるでげすな」
「うむ、アーチバックと言うんぢゃ。この曲面がいい感じぢゃろ? これも薄いわりに音量が出る構造のひとつなんぢゃな。撫でていると女性の背中を撫でているようで気持ちがええぞ」
「これまた、ご主人さまってスケベでやんすね。でも、確かにこの曲面が座り心地もよろしいようで。しかし、前にマーチン・ソプラノをお買いになったときに、『当分、もう欲しいウクレレはない』とおっしゃっていたような」
「『当分』な。でも、しばらくすると「ウクレレ欲しい病」に罹ってしまうんぢゃ。それは仕方ない。『ウクレレは増殖する』んぢゃ、そういうものなんぢゃ」
「はいはい、お後がよろしいようで」

2015年8月5日(水)
1月に急逝した中山康樹さんの『ウィントン・マルサリスは本当にジャズを殺したのか?』が出版された。遺作となる今回の本の表紙イラストを担当させていただいた▶『マイルスを聴け!〈Version8〉』、『マイルス・デイヴィスとジミ・ヘンドリックス』の表紙イラストや、中山さんが「スイートベイジル」という(短命だったが)雑誌の編集長だったときにいくつかのイラストを描かせていただいたこともあった▶お会いしたことも何度かあった。ちょっとシャイな感じのお人柄だったが、ぼくと同世代で音楽の趣味は重なるところが多い。病床で文字通り、命を削ってこの本の完成のために努力された様子が、この本を編集した冨永虔一郎さんの編集後記に書かれてある。あらためてご冥福をお祈りします。▶以下、『ウィントン・マルサリスは本当にジャズを殺したのか?』のCDジャーナルによるレビュー。
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 80年代の幕開けとともに登場した、稀代のトランぺッターことウィントン・マルサリス(Wynton Marsalis)。ジャズ、クラシックといったジャンルを超え9つのグラミー賞を受賞、また初めてジャズ・ミュージシャンとしてピューリッツァー賞音楽部門も受賞、さらにはエリック・クラプトンやウィリー・ネルソンなどとも共演し、その演奏やソングライティングの実力、そして人気も評価も超一流の存在となりました。しかし、ここ日本での評価や人気はそれほど高くはなく、今では“忘れ去られそうな天才ジャズマン”という位置づけになっています。
 『スイングジャーナル』編集長時にウィントンを“新伝承派”として猛烈にプッシュした中山が改めてそのキャリアのすべてを生い立ちから検証、ウィントンの魅力と実績を積み上げていく本書。さらには、ウィントンの兄ブランフォードをして「日本人はジャズを理解していない」と言わしめた、日本人のジャズ観、ジャズとの向き合い方にも同時に迫ります。“ジャズ史の見直し”を提唱していた中山が精魂を傾けて最後に書き上げた、問題提起の一冊です。
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実はぼくもウィントン・マルサリスについては、「上手いだけでソウルがない」なんて思っていたフシがある。著作を読むと、彼の天才ぶりがよくわかる。ジャズ・ジャイアンツたちに少し遅れてきた世代のアンラックネスがあったのかもしれない。YouTubeでクラプトンやウィリー・ネルソンなどと共演している動画が見れるが、原点のジャズを軽々とやっていて、最高にゴキゲンです。やっぱり中山さんとは音楽の趣味が合うなあと思った次第▶一昨日はざるそば、秘書がテイクアウトしてきたカモと豚肉の薫製、レタス、トマト、キュウリ、セロリのサラダ/昨日は豚肉の生姜焼き、ピーマン、じゃがいもの醤油煮、野菜サラダ、冷や奴。

写真(.)は件の新刊本『ウィントン・マルサリスは本当にジャズを殺したのか?』。トランペットのラッパの部分が「石化」しているところ、「ジャズの死」を表したつもり。背の「中山康樹、絶筆」というのが哀しくもある。

2015年8月6日(木)
<扇風機アルツファイマーのまま働けり>というのは母の句。ここんとこ、ウチではほぼ24時間、マイ扇風機が稼働しております。10年以上前に購入したものだけど、「アルツファイマー」にもならず、けなげに風を送り続けてる。愛いやつ▶さてこれから、多少惚けてきてはおりますが、底値安定、このお方もアルツハイマーにもならず、ベッドに臥せっている愛しの母君のもとへ参ります。父の法事、病院の定例カンファレンスに同席予定、旧友のまさし君とも会う予定、病院でのウクレレ演奏もあるし、今回は忙しくなりそう。帰還は来週頭。西国もクソ暑いようで、ばてぬよう気をつけて行ってきます。母ちゃん、待っとって▶昨夜は水曜夜間レレ教室、帰宅してミッションの準備を深夜まで。今朝もバタバタと。冷やしたたぬきうどん、ちらし寿司、キュウリのごま油和え、トマト、薩摩揚げ。

写真は前回ミッション時に撮影した、母がいる病院裏手の海

2015年8月7日(金)
昨日夕刻に下関に到着。飛行機で広島上空を通過するとき、機内アナウンスがあった。はるか眼下にかすむ街並みを見て、70年前、原爆を投下したB29の乗組員の心情を思った。爆弾投下後の地獄絵図を想像した乗組員はいなかっただろう。想像する力、イマジン、人にとって大事なこと▶さて、今日は病院に母を訪ねた。前回ミッションのときとほぼ変わらず。相変わらず、小鳥のようにしか食べないが、とりあえず安定している感じ。安心した▶今日は母の病棟の夏祭りということで、食堂フロアでウクレレ演奏をした。母も楽しみにしていたようだ。アロハ・オエとか浜辺の歌とか、高齢のみなさんにも馴染みがある曲を選んだ▶患者さんたちはだいぶ彼方の方へ行ってらっしゃる方々も多いので、楽しんでらっしゃたかよくわからなかったが、看護師さんや見舞いに来たご家族のみなさんにはウケたように思います。「ウクレレっていいですねえ」の声しきり。伝道師として、こちらのミッションも果たした感じであります▶母の感想は「元気がええね」ということだった。看護師さんに「自慢の息子さんですね」と言われて、まんざらでもない顔を浮かべておりました▶さてと、これから駅前スーパーでタイムセールの食品を買って、実家に戻ることにいたします。昨夜は実家近くのスーパーで半額セールの握り寿司パック、半額のゆず豆腐、これまた半額のメロン等を食しました。半額大好き。笑

2015年8月8日(土)
午前中から病院へ。「すごく良かったですう」、「癒されました!」、「優しい気持ちになりました!」等々、看護師さんたちから口々に、昨日のウクレレ演奏のお礼を言われるので、ちょっとしたスター気分(ってこともないけど)。母にも「上手やったよ。自然な感じが良かった」と言ってもらった。やって良かったな▶今日は夕刻に兄夫婦と合流、母は久しぶりに二人の息子たちと対面。とても嬉しそうだったが、帰る段になって、「帰っちゃいけん」が始まった。明日は父の法事があるので病院には行けない。また月曜日に行くけえ、待っちょって母ちゃん▶で、先ほど兄と駅前の食堂で食事をした。兄と二人で向かい合って食事をするのも久しぶり。趣味がまったく合わないので会話は弾まない。しかし、たまにはいいかと▶さて、明日も真夏日かな? 枕が変わってもよく眠れてます。忘れ物もしてないし、まずまず快調、真夏のミッション。

2015年8月9日(日)
@小倉なう。これから幼なじみのまさし君に会う。三、四年前、ん十年ぶりに再会して以来、こちらに帰省の折、ときどき会うようになった。白いホンダ2シーターに乗り、ボクシングをやり、パンクバンドでハープとボーカル担当という、らしからぬ医者のまさし君。たぶん、下関に終電帰宅になるだろう▶今日は、朝のうちに実家から徒歩5分の墓地に墓参り。午後にお坊さんがやって来て、棚教をあげていただく。まだ最盛期ではないと言え、本日20軒の檀家回りということ。お盆の最盛期は60軒は回るということ。暑い中、袈裟衣で駆け回るお坊さん、体力勝負だね。ご苦労さまであります▶てなわけで、今日は病院には行けなかったが、明日、母を訪ね、その足で帰還予定。あっちゅう間に、真夏のミッションの日々は過ぎて行きます。

週刊「猫並日記」2015 (7.27〜8.2)

2015年7月27日(月)
<土踏まず炎えていたりし夜の蝉>というのは母の句。土踏まずが炎える(「もえる」と読むのでしょう)という表現、熱帯夜の身体の火照りをよく表しているよね。そして「夜の蝉」、これまた暑苦しい。いやはやの猛暑であります。夏仕様生物の代表格の蝉もこのクソ暑さに日中は鳴りをひそめていたが、ややクールダウンの日没後、やれやれとミンミンシャーシャーと鳴き出した。鳴くのは♂、やりてーよー、やりてーよーという求愛の声なのだが、猛暑の中での求愛行動は文字通り、暑苦しいわけで、オスという生き物全般、ことこういうことに関してはご苦労なことでありますね▶今日は一歩も外に出ずに、エアコン部屋に引きこもり。パソコンやったり、アイス食いながら本を読んだり、だらだらと過ごした。暑い中、仕事に精を出されたみなさん、すまんこって。日本国憲法第27条「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ」但し、クソ暑い日は怠けてよろし、という改憲なら賛成します▶金曜日は塩サバ、菜っ葉と油揚げの炒め物、ヒジキ、トマト、イモ天、きゅうり、人参、カブのぬか漬け/土曜日は塩鮭、ナスの煮浸し、大根、鶏肉、サヤエンドウの煮付け/日曜日はチキンフリッター、フライドポテトの付け合わせ、トマトサラダ/今夜はカレー(予)

写真(.)は近隣、境川の夕照。

2015年7月30日(木)
<戒名に無無無と誦す春の宵>とは父の句。父亡きあと送られてきた俳句同人誌に掲載されていた。父は茫洋としていたが意外にアナーキーなところがあった。父の戒名は「義翁理葭居士(ぎおうりかこじ)」、父の名前の義雄の「義」、会社員時代は主に経理の仕事をしたので「理」、父の俳号が「葭生」(「かせい」、「よしお」と訓読みもできる)だったので「葭」のそれぞれの字を組み合わせた。「葭」は植物の葭(よし)、思えば風にそよぐ葭のように生きた人であった<過去投稿から>▶今日は父の命日、没後4年になる。前日から昏睡状態になり、兄を待ち、ぼくを待ち、母を待って、みなに手を握られながらの最期だった。父が亡くなった日も今日のように暑い日だった。父が亡くなる直前の明け方、タバコを吸いに病院裏手に出たところ、それまで静かだったあたりの木々から一斉に蝉の声が降り注いだことを覚えている。葬儀の日もよく晴れ、すべての段取りも順調に運んだ。父には人徳というものがあったと、今にして思います▶火曜日は午前、午後とレレ教室、挨拶言葉は「いやあ、暑いですねえ」に終始。一昨日はサバ粕漬け、冷や奴、マカロニサラダ、春雨,キュウリ、カニカマの酢の物、いただきものの芥子レンコン/昨日はエビチリ、シュウマイ、ゴボウ、ハス、空豆のマヨ合え、冷や奴

写真は実家から持ち帰った父の自画像。おそらく父が70代の頃描かれたものと思う。写真には表れない「戒名に無無無と誦す」、ダダイズム的な心の奥底が見える、ような。

2015年7月31日(金)
<弾き語り椿が幽いと言うている>というのは父の句。むむむ、難解な句だな。「幽い」は「くらい」と読むのだろう。意味は暗いと同じ。椿が暗いと言う「弾き語り」はギターなどで伴奏しながら歌うことだよね。父にとって「弾き語り」の主体はぼくのことのように思える。ぼくが弾き語りで歌う歌が暗いということか。確かにかつてぼくは暗い歌を歌っていた▶実家の書棚に何枚かレコードが残されていて、その中にぼくが若い頃に出したレコードもあった。そのそばに厚紙で挟まれた父の版画を見つけたのは前々回くらいのミッションの折。ぼくのレコードのジャケット絵を模して彫られ、刷られたものだった。ジャケットの絵の中のぼくはギターを抱え、煙草をくわえているが、父の版画のぼくは(ずいぶん、愛くるしい少年のように描かれているが)、煙草はくわえていない。父は煙草を吸わない人だった)その版画をぼくは父から見せてもらった記憶がない。見せそびれたのか、見せるのが恥ずかしかったのか。だから、父がその版画を制作して、おそらく何十年かたって、つい最近、ぼくは初めて父によって版画に描かれた自分(「幽い」歌を歌っていた頃の)を見ることになった▶今朝、その版画を実家から持ち帰ったことを思い出して、スキャンして画像をパソコンに取り入れた。ぼくを描くために、版木に向かって彫刻刀をふるう父を想像して少し胸が詰まった。昨日からずっと父のことを考えている▶まぐろ鉄火丼、ゴボウ、里芋、人参、竹の子、コンニャク、インゲンの筑前煮、竹輪磯辺揚げ、シソトッピング冷や奴

画像は件の「幽い」歌を弾き語る人物像ジャケット絵(これは友人が描いたもの)も。

2015年8月2日(日)
先日、ウクレレのスカイプレッスンを受けたいというメールがあって、まずは初回体験レッスンをやったのが、三日前。今日の午後、正式に第1回目を行った。奈良県にお住まいのSさん、ぼくと同年代の女性で、2年程、ハワイアン系の教室で主にストロークプレイをやっていた方。でも、そんなにハワイアンは好きじゃなくて、ぼくのHPを見て、いろんな曲ができそうだからというのが、スカイプレッスン受講の動機ということだ▶ハワイアン系のウクレレを習っていた生徒さんで、ぼくの教室にやってくる方は多く知ってますが、大体、人さし指でポロンポロンとつま弾くスタイルが多く、アルペジオとか教えると「右手は人さし指以外の指も使うんですか?」というリアクションがあったりするんだね。で、歌うのはもっぱらテンポゆっくりの曲が多いので、早い曲は苦手というのもあったり。リズムもシャッフルばっかりなので、他のリズムをあまりご存知なかったりもします▶もっと色んなことを教えているハワイアン・ウクレレのクラスもあるだろうけど、概ね年配の方々を対象にしたクラスで教えられているのは、ハワイアンたって、「アロハ・オエ」に代表される、ン十年前からスタイルが変わらない、それは「日本のハワイアン」。ジェイク・シマブクロとかの、今の「ハワイウクレレ・スタイル」とはだいぶ違います▶ぼくは元々がビートルズ、ロック、フォークを聞いて育ったから、いわゆる「ハワイアン」は興味もなくて(まあ、教室で「季節モノ」としてときどきやるけど)、教室で取り上げる曲もハワイアンは少ないです。で、ウクレレでハワイアンを弾くにあたって、特別にマスターしなきゃいけないテクニックとかもないし。結局、ハワイアンは歌だからね。もちろん、ハワイ語で歌って、ロングノートとか、ファルセットとか、歌にはハワイアン独特のテクニックがあるような。そこまでやんないと、ハワイアンやってるとは言えないんじゃないかな、というのが持論。ぼくはそこまでやる気はないから、ハワイアンは(あまり)やらない、と思ってるわけです▶ともあれ、Sさん、なかなか熱心な方で、今後もスカイプレッスンを続けてくださるとのことで良かった。ウクレレ・スカイプレッスン、生徒さんはまだそんなにいないけれど、奈良県の方と部屋にいながらにして、レッスンができて便利な時代になったもんだとあらためて。出不精のぼくにもぴったり。FBフレンドのみなさんもスカイプ受講したくなったら、ご連絡ください(と、ちゃっかり)▶一昨日は鶏の唐揚げ、モヤシ&マカロニサラダ/昨夜は冷やしたぬきうどん、薩摩揚げ、芥子レンコン

写真は前回ミッション時の「三日月かかる日没後の綾羅木海岸@ビートカフェ」。また、今週半ばには8月ミッションに参ります。

2015年7月26日日曜日

週刊「猫並日記」2015 (7.20〜7.23)

2015年7月20日(月)
一昨夜、昨夜と放映されたNHKスペシャル「戦後70年 ニッポンの肖像 -政治の模索-」は興味深かった▶第1回「保守・二大潮流の系譜」第2回「"豊かさの分配" その先に」▶いわゆる「55年体制」、また安倍首相が脱却を図ろうとする「戦後レジーム」というものが、どういう世相を背景に、またどういう人物によって築かれていったか、まずまず理解できた。特に第1回において、安倍総理の「憑依霊」岸の執念というものが描かれていたことはタメになった。吉田・岸という対立構図は「戦後レジーム」を経て、その孫同士である麻生・安倍という仲良しおとぼけコンビになったという点も時代の変移を感じた▶安保法制について、むろんぼくは反対の立場だが、「結局アメリカの言いなり、なんじゃね?」という側面について、マスコミもあまり報道しないように思う。もっと「現象の縦横歴史系列」(つまり日本の戦後史に限らず、欧米の戦後史)を勉強せにゃいかんなと、梅雨明け猛暑でヘタリ気味の頭で考えています。*NHKスペシャル「戦後70年 ニッポンの肖像 -政治の模索-」は再放送があると思うので、興味があったらチェックしてみて▶昨日は日曜レレ教室。ギターが反戦楽器なら、ウクレレは厭戦楽器だと思う。土曜日はカップラーメンに4種の「ねばねばサラダ(大根、ワカメ、オクラ、レタス)」、ソーセージおにぎり/昨夜は海老とバジルの冷製パスタ、生春巻きスイート・チリソース。秘書、色々多忙につき、両日ともコンビニで購入。

2015年7月23日(木)
ぼくは携帯を普段はほとんど使わず、番号もあまり人に教えることもない。理由があって教えないわけではなく、単に固定電話の方がコンタクトしやすいからだ。だから、ぼくの携帯に着信があることはあまりない。その携帯にコールがあって、発信元は母がいる病院。母に何かあったのかと少し慌てた。電話の相手は母の担当看護師のMさん、「8月にこちらにいらっしゃいますよね」「はい、その予定ですが」「実はいらっしゃる日にちょうど病院の夏祭りがあるんです」「はあ」「その夏祭りのとき、患者さんたちの前でウクレレの演奏をしていただけないかと思って、お電話しました」なんだ、そういうことだったのか。「ああ、いいですよ」とオファーを受諾▶母のいる病院にウクレレを持っていくようになったのは、一日病院にいると、少し気が滅入るし、気分転換にウクレレを弾いて気持ちを和ませるというのが当初の動機。あくまでも自分のためだったんですね。病院からすぐ近くに人気のない浜辺があり、そこが恰好の演奏場所でもあったし。で、そのうち、母が病室内での演奏をせがむようになって、同室の他の患者さんにもウケたりして、看護師さんたちにも知れ渡り、いつのまにか「公認」の「病院でポロリンコ♪」となったという経緯があります▶てなことで、今回の話。8月ミッションの初日、院内「夏祭り」のイベントの一つとして、「山下さんの息子さんによるウクレレ演奏会@病院食堂フロア」が開催される運びとなった。年配のみなさんが好みそうなレパートリーはそこそこあるんで(教室の課題曲としてやってきた童謡・唱歌とかね)、そこはだいじょぶ、母も喜んでくれるかもしれない。楽しみ▶昨日は水曜昼間レレ教室、こちらも10月のセンター祭りステージに向け、着々とレパートリーをこなしております。月曜日はさしみのぶつ切り、キャベツと豚肉炒め、冷や奴、ゴボウ,コンニャク、人参のピリ辛/火曜日はきのこトッピング・ハンバーグ、レタス、トマト、カボチャ、オクラ等夏野菜サラダ、モズク酢/水曜日は冷やし中華、ブロッコリー、薩摩揚げ、キュウリのごま油合え/今夜はタコライス。

写真は久々のカーブミラー写真@川っぺり黄昏散歩。

週刊「猫並日記」2015 (7.14〜7.18)

2015年7月14日(火)
「理詰めでdisりまくるあかりちゃん」、痛快だね。

2015年7月16日(木)
「世界は劇団、すべては台本通り」ということだが、何のための解散総選挙だったのかよくわからなかった昨年末の衆院選、結局、自民は解散前勢力をほぼ維持し、安倍政権は4年間の時間を確保することができたわけで、次の衆院選は2018年、今の時点で安保法案をごり押しでもなんでも通しておけば、2018年時点では国民の関心も薄れ、アメリカへの体面も保たれ、なんとなくぼんやりと「戦争に参加する国」(堂々とね)への下準備が出来上がるという算段、シナリオ、「すべては台本通り」ということなのでしょう。さらに、この時点での新国立競技場の建設計画見直しという政府発表も、急落することを織り込んでの支持率回復を狙うという出来合いシナリオであることは明白だよね。基本的に明日のことは今日考える、というぼくなんかには真似できない周到さについては見上げたもんだ(皮肉ですよ、念のため)と言っておこう。ところで、この動画で触れられた「ジャイアン=アメリカ」を操る「藤子・F・不二雄」に該当する人物、あるいは究極の支配層、いるんだろうなと思う。まあ、アメリカ人だろうね▶昨日、昨日とレレ教室でポロリンコ♪ 10月のセンター祭りステージに向け、このクソ暑い中、童謡・唱歌「秋冬物」にお付き合いいただいた生徒さん、すまんこって。月曜日はまぐろ漬け丼、ゴボウ天ぷら、ブロッコリーとトマト/火曜日はカマスのフリッター、冷や奴、コンニャク田楽、レタス、モヤシ、トマトのサラダ/昨夜は巻きずしとザルうどん、薩摩揚げ。

2015年7月17日(金)
台風11号、こちら神奈川県上空は青空がのぞく状況。これから秋葉原方面に出かけるので、個人的にはありがたいが▶昨日に続き、らっきーデタラメ放送局★第106回『集団的に急ぐ訳!』▶ここでも「戦争の親玉」はアメリカという内容だね。さて、♪希望という名のあなたを探して〜▶本日付朝日「天声人語」で紹介されていた「明日の自由を守る若手弁護士の会」の共同代表・黒澤いつきさんの記事「安保関連法案 まだまだ阻止できます」▶本日付「日刊ゲンダイ」ウェブ記事「安保法案 参院で「60日ルール」使えば国民の大量離反を招く」▶昨日付「東洋経済オンライン」ウェブ記事「安保法案、「与党分裂参院」で波乱は起こるか」▶以上の記事に目を通した上で、「決戦は9月」という感じか▶昨日は秘書仕事につき(「今日は夕食、用意してないから何かテキトーに食べて」)、スーパーで半額セールのウナギ弁当&サラダ・ソーメンをゲット、食した。

2015年7月18日(土)
昨日は秋葉原にある出版社へ出向き、編集者A氏と表紙イラストを担当した新刊本出版打ち上げ飲み会。Aさんはぼくより少し年下だが、話題豊富、多少偏屈アマノジャク的価値観もぼくと類似しており、夕刻5時半くらいから、スペイン居酒屋でイベリコ豚の生ハム等を肴に飲み始め、11時くらいまで、音楽、ゲー術、世情、教育談議、政談、わが国のいけんソーリ始め、アホな政治家、役人、木っ端みじんにこきおろして溜飲を下げ、痛飲。久しぶりにしこたま飲んで、いまや大都会となったアキバ(実に十数年ぶりに下車した)から、酔っ払い終電帰宅▶新刊本というのは、小川隆夫さんの「ジャケ裏の真実 ジャズ・ジャイアンツ編」。<ジャズ・ジャイアンツたちの歴史的名盤(16名/70枚)の原版ライナーノーツを小川隆夫氏が徹底解説。名盤の裏に隠された真実を浮き彫りにします。単なるガイドブックではなく資料としても貴重。カラー口絵16頁つき。>(アマゾン内容紹介から)▶イラストはマイルスの「カインド・オブ・ブルー」のジャケット写真のパロディにしようという案があったので、かなりリアルに「小川マイルス」を描いた。Aさんが「ほとんどの人が写真だと思う」と言っていたが、出来上がりを見て、ぼくも思っていたより写真っぽいなと思った。ただ、これは前述の意図があってそうしたわけで。小川さんもとても気に入っておられたということ。それがなにより嬉しい。帰宅してざるそば、海苔巻き、イモ天、ちょっと食べ過ぎた。でも、今朝は快調、ぼくは強靭な胃袋の持ち主です。

写真は、小川隆夫「ジャケ裏の真実 ジャズ・ジャイアンツ編」(写真)。わかる人にはわかる、マイルス・デイヴィス「カインド・オブ・ブルー」が元ネタ

週刊「猫並日記」2015 (6.29〜7.4)

2015年6月29日(月)
<憂さ一つ夕焼雲に捨てにゆく>というのは母の句。一昨日、西窓の部屋にいた秘書が「すごくきれいな夕焼け空だよ」と言うので、カメラを持って表に出てみた。日々のちっぽけな「憂さ」も「悲哀」も「やりきれなさ」も大きく包み込むような見事な夕焼け空でありました。FBフレンドの投稿でもこの日の夕焼け空の写真が散見された。けっこう広範囲の夕焼けだったんだね▶昨日は日曜レレクラス「トリプル・ヘッダー」、朝9時から2時間ずつ、3コマのレッスンをやった。都合6時間、ほとんど休憩なし、さすがに疲れた。不定期の「フォローアップ朝練」というのを提案、昨日、その第1回目を(とりあえず)やってみたというわけ。特に年配生徒さんの「ついていけないので辞めます」みたいになるのが残念でね。なかなか上達しなくても、楽しくレッスンを続けられるような指導法、目指しておるところ▶金曜日は鯵のペッパー風味ソテー、もやし、人参付け合わせ、キュウリとトマト、ハムのサラダ、冷や奴、おから/土曜日はちらし寿司、ざるそば、ポテサラ/昨夜はタイカレー、野菜サラダ。

写真は件の夕焼け空。1枚目の写真はウチのすぐ正面の光景(♪It's another tequila sunrise〜、イーグルスの歌をくちずさみたくなるね。サンセットだけど、日本だけど)。2枚目は散歩ロードの境川夕照

2015年7月2日(木)
火曜日はレレ昼間クラス、昨日はレレ夜間クラスでポロリンコ♪ 火曜日のクラスで教室にウクレレを持っていくのを忘れたんだね。しかも教室にしている学習センターに着いて、教室が始まる直前に気がついた。さすがの粗忽なぼくも教室の日にウクレレを忘れたのは今回初めて。これが生徒さんならまだしも、講師のぼくが商売道具のウクレレを忘れるなんて、シャレにならないってヤツだね。生徒さんに平謝りして、速攻で取りに戻りました。自転車をすっ飛ばして往復15分、遅れた分は時間を延長したし、心優しい生徒さんたちだから、笑って許してくれたけど▶で、昨夜の夜間クラス、こちらは終了するのが午後9時半、ほとんど時間きっかりに守衛のおじさんたちは帰宅準備にかかり、学習センターの門はすぐに閉められるんですね(一度もたもたしていて門が閉められ、出るのに苦労したことがあった)。教室終了後、自転車で学習センターを出て50メートルくらい走ったところで、今度は教室内にウクレレを置き忘れたことに気がついた。慌てて引き返すとまだ門は開いていたが、事務室は真っ暗、守衛のおじさんたち(二人)はまさに帰宅しようとしているところ、平謝りして、使用していた部屋を開けてもらったところ、無事ウクレレはありました。おじさんたち、予定外延長勤務10分、すんませんでした▶ウクレレに関してだけでも、かつて渋谷のライブハウスに置き忘れたり、電車の網棚に置き忘れたりしたことがあった。どちらのケースも無事、見つかったけれど。ぼくの人生において、忘れ物をするということは、小学生のころから、(若干)人より多いように思う。財布の置き忘れも見つかったり、見つからなかったりしたことも含めて10回以上はあったと思う。あと勘違いとかもね、多いです。こんな粗忽な自分が、とりあえず、今の今までシリアスな事故にあったり(あいそうになったことは何回かあったなあ)しなかったことは、僥倖と言えるでありましょう。神様、ご加護をありがとう。月曜日はチキンフリッター、目玉焼き、ピーマン、人参の付け合わせ、ゴボウ天、キュウリとワカメの酢の物、冷や奴火曜日はメンチカツ、キャベツサラダ、筑前煮/昨夜は天津丼、シュウマイ、焼きナス。

写真は前回ミッションのとき立ち寄った下関綾羅木海岸、ビートカフェからの光景。「ビールにライムと夕陽を溶かし込んで」の図。そう言えば、前回ミッションの帰り際、小倉のロッテリアにiPodを置きわすれて、空港バスが出発する直前、慌てて取りに戻ったのだった。いやはや。

2015年7月4日(土)
鬱陶しい梅雨空が続く中、赤く艶やかに輝くサクランボが届いた。A学院の卒業生、Y子ちゃんからの贈り物。Y子ちゃんは2001年度の卒業生だが、卒業して以来、毎年毎年、お父さんの故郷である山形のサクランボをぼくに送ってくれるんだ。15年間かかさずに、だよ。ありがたいね▶Y子ちゃんは卒業後、地元のクリーニング工場に就職、以来15年間、ほとんど休まずに仕事を頑張ってる。ここ数年会ってないけれど、4年ほど前に会ったときは、ホント、サクランボのような可愛らしい女性になっていた。元気かなあ▶Y子ちゃんと彼女の優しいお父さん、お母さんにインタビューした本、『発達障害 母たちの奮闘記 (平凡社新書)』つうのがあるので、機会があったら読んでくれたら嬉しいです(本の中では「マリコちゃん」。Kindle版もあるでよ)▶しかし、サクランボというのは絶妙な果実だね。何より赤く可愛らしい形状、甘く、ほんのり酸っぱく、噛むときの皮がプチっとする食感がいいよね。そして食べやすい大きさ、ナイフもいらず、そのまま口中に投じればよろし。しかも手に取りやすいように柄まで付いている。食べ始めるとやめられない、止まらない、秘書と一気に食ってしまいました。木曜日は秘書外出につき、スーパーの幕の内弁当&小ザルうどん/昨夜は豚肉生姜焼き、ゴーヤ豆腐、モヤシ、キュウリ、トマトのサラダ、オクラ。

写真は、お色気ありそでなさそで、うっふ〜ん♥なサクランボ

週刊「猫並日記」2015 (6.22〜6.26)

2015年6月22日(月)
小倉駅前ロッテリアなう。昨日は母の病院訪問最終日。この日は、やはり実家の横手に咲いていたガクアジサイを母に持っていった。病院は実家からバスを乗り継いで1時間余りかかるところだから、花を持っていくのはけっこう大変なんだ。アジサイなんて病院そばの通り道にいくらでも咲いてるから、そこらへんで調達すれば楽だけど、そこはやっぱり母が住んだ家の庭で咲く花じゃないとね。母もこの時期ならではのアジサイを楽しんだことだろう▶「明日はもう来んの?」と眉を八の字にして言う母を残して病室を去るのはいつもながら辛いけれど、「また来るけえ、元気にしちょってね、母ちゃん」▶昨日は天気も良く、病院の帰路、綾羅木海岸のビートカフェへ。海に沈む真っ赤な太陽を見ることができた▶今日は起床後、これもミッションのひとつ、庭の枝切りや草むしりなどしつつ、あれよと帰還のときとなりました。さて、これから北九州空港に向かいます。

2015年6月23日(火)
昨夜遅くに無事、帰還。今日は終日、溜まっていたあれこれ雑務、メールの返信や譜面作り等。明日はレレ教室。またこちらでの日常が始まると、あちらでの何とも言えない切ない気持ちから切り替わる感じがする。餃子、スパゲティサラダ、ローストビーフと生ハムを少々。

写真は、実家から病室に持っていったアジサイを見つめる。この表情で「明日はもう来んの?」と言うんだね。辛いっす。

2015年6月25日(木)
よーーーー寝た。昨日はレレ教室ダブルヘッダーやって、いい感じに疲れて、晩飯食って、テレビつけっぱで寝落ち、12時前くらいかな、で、今朝目覚めたのが9時過ぎ。ちょっとエッチな良い夢も見て(詳細は忘れたけど)、久々にたっぷり熟睡した。この年で9時間以上、ノンストップで眠れるのはまだまだ若いという証拠ぢゃろ。ブリ照り焼き、薩摩揚げ、冷や奴、ほうれん草のお浸し、大学イモ、キュウリ(生徒さんからいただいたもの、自家栽培で優しい甘味があって美味でした)。

写真はキュウリ(他にもじゃがいも)をいただいた生徒さんから、合わせていただいたグラジオラス。おじさんの部屋に若いおなごたちがやってきた感じ。こちらも自家栽培ということ。昨日は秘書の誕生日だったが、すっかり忘れていた。このグラジオラスを持ち帰ったことで許されよ、秘書。

2015年6月26日(金)
ミッション期間中の楽しみは、病院訪問の帰路、駅前デパ地下やスーパーでタイムセール食品をゲットし、実家に持ち帰り、ビールなどグビグビやりつつ、ひとり静かに食すこと。美味いんだ、これが。なぜ、美味いか、そのとき食いたいものを食うから。生まれ育った場所の食材故、味付けが自分好みだから。他にやることもないので、食べることだけに集中して食うから。しかも、半額でゲットしたものが美味いとそのお得感も相まって、しみじみ美味い。つくづくぼくは安上がりな人間だと思う。秘書が作る食事もありがたいと言っておこう。親子丼、ほうれん草のお浸し、おから。

写真は今回ミッション期間中に食ったもの。左下は「半額シール」が貼られていないが、デパ地下のタイムセールで3品とも当然半額。半額大好き。むしろ「タダ」より好ましい、ということは以前、コメントしたかな。