2014年9月29日月曜日

週刊「猫並日記」2014 (9.22〜9.27)

2014年9月22日(月)
昨日は午後、日曜レレ教室をやってから、水曜夜間クラスの面々と「祭り練習」を夕方まで。その後、水曜夜間クラスの面々と飲み会。最近、「新入生」がお二人加入したので歓迎会も兼ねて。夜間クラスはウィークデーの夜9時半までの時間帯なので、その後に飲むにはやや遅すぎ、かねてから機会を見計らってたんだ▶通りに面したこのレトロ酒場の「往来席」は、以前何度か訪れたが、ウクレレ片手に(ウクレレ弾くには両手がいるけど)ポロポロしながら、グビグビ飲んでも、他の客には迷惑はかからず好都合。ポロリンコ♪&グビグビで盛り上がりました酒席で、「ウクレレを抱いて寝る」という話題が出て(ぼくもそうですが)、ウクレレを抱いて寝るような人は上達も早いように思える。つまり、上達の秘訣は「『ウクレレ愛』にあり」、ということなんだね。楽器を愛することがその楽器をマスターする秘訣、これは他の楽器にも言えると思うけど、ウクレレは他の楽器に比べ、抱き心地が程よいので(ピアノは抱いて寝れんだろう)、抱いて寝るには適切な楽器だと言えますね▶今度からマイ・ウクレレを購入した初心者さんに「ときどき、ウクレレを抱いて寝てください。それが上達の秘訣です」と言うようにしようと思う。でも、寝返り打って、ウクレレを破損させてしまった際は自己責任ということで。レトロ酒場で焼き鳥各種、その他ツマミ類、帰宅後カップヌードル。

写真は昨夜の「レレ飲み会」の模様。手前ロン毛後頭部がぼくですが、「シンコペーションのストロークのポイントはアップストローク、こんな風に親指を立てるように意識するといいです」とOさんに熱弁をふるっているところと思われる。生徒のひとり、曽根田さん撮影。彼もウクレレを抱いて寝るそうだ。ぼくの教室の期待のホープです。ややキてるとは言え、後頭部禿げ具合はまだまだなので一安心。

2014年9月27日(土)
♪月曜日はイカフライと豆腐とエノキの卵とじ鮭の切り身に野菜汁大学イモも食べた〜/火曜日はレレ教室ダブルヘッダ〜親子丼春雨サラダを食べた〜/水曜日もレレ教室ダブルヘッダ〜くたび〜れて夕方寝して〜カレーライスを食べた〜/木曜日はイラスト仕事〜原稿読みと資料集め〜イマイチ、アイデアが決まらず〜終日「う〜む、う〜む」と唸っていたのさ〜夕食はイカとマグロの刺し身エノキとシイタケ&厚揚げ豆腐の煮付けモヤシ炒めにナス田楽目刺しにサツマイモの甘煮〜/金曜日に気を取り直し〜なんとかアイデアをまとめ〜(ま、これでいくか)イラストを描き始めたのさ〜焼きうどんを食って〜深夜までイラスト仕事〜/ポロポロポロポロポロリンコ〜ポロポロポロポロポロリンコ〜♪▶やれやれ、朝からラウドスピーカーから流れるにぎやかな音楽を周辺にまき散らしながらの近所の小学校の運動会も終わって、静寂が訪れた。運動会というのは、日本の学校行事の一大イベントなんでしょうが、ぼくはあまりこの学校運動会というのが好きくない。そもそもあんなに練習をする必要があるのか。で、結局、勝ち負けでしょう。「がんばれ、負けるな」が好きじゃないんだね。教師の号令の元、の全体主義、団体競技でのチームワークの奨励とか、連帯、団結とか、ぼくはそのへん、あんまり、なんだね。中学のとき、運動会の行進練習で全員で足並み揃えて歩くのに違和感を感じて、たらたら歩いてたら体育の教師に怒鳴られたりね。そんな子でしたね。でも、見る分には好きかも。さてと、イラスト仕事もほぼ片づけた。散歩にでも行ってこようかな▶<撮られたる右脳左脳の白き秋>というのは父の句。たぶん、父は定期的な脳のレントゲン検査かなんか、受けたんでしょう。そしてこの時点では特に異常はなかったものと思われる。でも、父はこの句を詠んで数年後の、2011年の春に部屋の中で倒れ、病院に運ばれたが、そのときの検査で脳腫瘍が見つかった。既に腫瘍は脳の多くの部分を冒していて、ぼくは医者から黒い病巣が点々とあるレントゲン写真を見せられ、手遅れを宣言された。父は同年の夏に亡くなったが、死の恐怖をたぶん意識することもなく、あまり苦しむこともない安らかな最期だった。写真はCマウントレンズで撮影。なんでもない風景をぼやっと撮る、という新境地を開拓中。



週刊「猫並日記」2014 (9.17〜9.20)

2014年9月17日(水)
♪土曜日はチキンフリッター野菜サラダ〜、冷や奴オクラのトッピング〜、けんちん汁も食べた〜(ところで、なんで「けんちん汁」というのか、「建長寺の修行僧が作っていたため、「建長汁」がなまって「けんちん汁」になったといわれる説、普茶料理の巻繊(ケンチャン - 野菜を刻み、豆腐を混ぜて炒め、湯葉で巻いて油で揚げた料理)がアレンジされ、けんちん汁になった説などがあるーWiki」だって、それで「普茶料理」ってなんぞやと思ったら「普茶料理(ふちゃりょうり)は、江戸時代初期に中国から日本へもたらされた料理」だと。知らんことばかり)/日曜日は兄宅行って〜母のことで打ち合わせ〜兄貴の家でお昼(野菜煮付け、稲荷寿司、チーズケーキ、アイス等)を食べて〜夜は牛丼食べた〜/月曜日はまぐろ漬け丼と〜イカの天ぷら、マイタケ、キュウリとセロリのマヨネーズ和えなんか食べた〜/火曜日はひと揺れあって〜(びびりました)火曜夜間レレでポロリンコ♪〜帰ってバターライスチキンナゲット野菜スープを食べた〜/ポロポロポロポロポロリンコ〜ポロポロポロポロポロリンコ〜♪▶兄(と兄嫁)が来年3月までの滞在予定でロサンゼルスに発った。UCLAに招かれて1セメスターの期間、講義を持つということ。それはいいんだけど、その間、母を見舞うのはぼくひとりになる(兄は年末に一時帰国する予定だから、正確に言うと10月、11月、1月、2月の間ですが)。今まで兄と二人で母のことはケアしてきたので、ちょいとプレッシャーがある。この間、母が変わりなく過ごしてくれたらと願うばかり▶ただ、グッドニュースもあって、誤嚥性肺炎に罹って治癒してからも、嚥下機能の低下からずっと味気のないミキサー食だけだったが、少しは食べ物の食感が感じられる「ソフト食」(形のあるもの)というのを食べられるようになったとのこと。母の食欲が増進しない大きな原因は、単純にペースト状のミキサー食が不味いということなのだが、ソフト食になって多少はカロリー摂取量も増えたようだ▶一日中、ほとんど寝たきりの母にとって、食の楽しみというのは大きいはずだ。逆に言うと、それ以外の楽しみはなかなか見いだせないだろう。嚥下機能が回復してきて(これにはぼくは正直、悲観的だった)、もっとたくさん食べられるようになったら、母がいつぞや、食べたいと日記に書いていた海苔巻きを食べさせてあげたい、と思う不肖の息子であります。

<饒舌のあとくらくなる曼珠沙華>というのは母の句。ひとしきりの饒舌の後、ふとした沈黙が訪れる。英語圏ではこういうとき、an angel passing 「天使が通る」って言うんだね。そして「くらくなる曼珠沙華」。曼珠沙華の赤がくらく沈む刹那。不思議な句だけど、なんだか妖しく幻想的で好きな句の一つ。

2014年9月20日(土)
水曜日は水曜夜間レレ教室でポロリンコ♪ 帰宅後、天津丼春巻き/木曜日はカレーコールスローサラダ/昨夜はチキン・フリッター、野菜サラダ、おから、煮豆、刺し身こんにゃく、メカブ、お汁(シメジ、人参、大根、油揚)▶昨日は、10月11日の「センター祭り」ステージに向け、各教室合同練習第1回目を行った。参加者は30名ほど。本番想定で「立ち」で2コマ、4時間の練習。参加された生徒さんもお疲れさまでありましたが、フルテンションでの熱血指導をやらかしたので、さすがのぼくも昨夜はバタンQ。でも、楽しいスポーツ後のようないい感じの疲れであって、よく眠れたし、ウクレレは「健康器具」の持論をぼくは実証している感じだな▶本番での立ち位置、各曲パート分けも、昨日発表。「まだまだ」の生徒さんも、「それなり」の生徒さんも、「そこそこ」の生徒さんも、「まずまず」の生徒さんも、それぞれがそれぞれの役割を楽しめるようなパート分けに腐心した(ホントはテキトーだけど)が、サッカーの代表監督のような気持ちになったね▶みなさんの演奏は、合同練習第1回目としては、思いの外、いい感じで、今の時点でこのくらい行けるのなら、本番はけっこう良いステージができるのではないかと期待が膨らんだ。ほとんどのみなさんがウクレレ演奏をステージで披露するなど、少し前までは思いもしなかったであろう人たち。そういう人たちに音楽する楽しさ、アンサンブルの楽しさをより深く経験してもらえたらという目論みは成功するように思う▶しかし、コンダクターの立場というのは気持ちいいね。ある意味、独裁者の喜びじゃね。ふふふ。ただ、ぼくは子どもの時から、リーダーシップというのが欠けており、学級委員とかキャプテン(卓球部)とかやっても、全体をしっかりまとめるのが苦手だった。大体においてぐずぐずになってなめられるタイプでした(だから、民主党・海江田さんには、なんというかシンパシーが、ちょこっとだけどある)。でも、生徒のみなさんは十分に大人だから、ぼくのへっぽこリーダーぶりも寛容に受け止めてくれる感じ。ありがたい。さてさて、ぼくも「祭りモード」になってきたぞ。楽しみ。

<風に生き風が弔う秋ざくら >というのは父の句。父にしてはかっこいい句。写真はCマウントレンズで撮影。自分ではボケ具合が「風」を感じさせる写真だと思うけど。

週刊「猫並日記」2014 (9.5)

2014年9月5日(金)
月曜はなんだかんだやってハンバーグ野菜サラダ、火曜もなんだかんでやって親子丼、水曜は水曜夜間レレ教室でオムライスポテサラ、昨日もなんだかんだやって塩天丼。今週に入り、少し時間的な余裕があったので、かねてからの先送り懸案条項をなんだかんだとやった。「クラゲで終わった8月」より、比較的、いろいろと収穫のあった9月スタートでありました▶最大の収穫が「大リーグウクレレ養成ギプス」の開発・完成(一応の)。試行錯誤の長い歴史に(とりあえず)終止符を打ち、積年の構想が実現できて、今のぼくの心は喜びと達成感に満ちあふれております▶さて、「大リーグウクレレ養成ギプス」とは何かを説明する前に、ぼくは中学生のころの怪我(指の鍵断裂)が原因で、左手薬指の第1関節が曲がらないという事実をお伝えせねばなりません。指の鍵の再生手術なんていうのは当時はなかったです(今でも難しいだろうけど)。日常生活においてこのハンディはほとんど支障ありませんが、ことギター及びウクレレを演奏するときはやっぱりけっこうなハンディであります。後年、左指がまともに動くのは2本しかないのに超絶的なギター・テクニックを持つジャンゴ・ラインハルトのことを知り、彼の存在がぼくにとって励みでもありました▶そんなわけで自分なりにコードの押さえ方など工夫して、ギターなりウクレレなりを弾いて参りましたが、この指が曲がればなあ、という思いはときとしてあった。そこで、過去において、自分なりにこの問題の解決策を考え、鉄製の細板を曲げ、指に当て、テープで固定し、「ギプス」のように使う器具を自分で作ったりしましたが、とてもスムーズに演奏ができる感じではなかったんです。重いし、痛いし、かさばるし▶ウクレレを弾くようになって、ギターよりだいぶハンディも軽減され、それなりに弾けてたので、ま、しょうがないと思ってたのね。ただ、ウクレレを教えるようになって、左手の指使いがぼくは、そんなんで、ぼくの場合、ちょっと特殊だから、生徒さんにいちいち「ぼくの場合は(左手の指使いは)こうだけど、みなさんはこうやって」みたいな説明をしてたんだ。そんな説明をするのはぼくも面倒だし、初心者さんの中にはわざわざ左指の第1関節を伸ばして弾いている人もいたりで(ぼくの指使いを見ながらやってるからね)、うーむ、なんとかならんかなとは最近思ってたんだ▶で、昨日の寝起きにいろいろ考えていて、ああ、これならいけるかもというあらたな「指ギプス」構想を思いついたのね。まず、家にあった薄めの鉄板(マグネットフックのベース)をブリキ切りハサミ(たまたま持ってた)とペンチで加工、プロトタイプを制作、しかし、やはり重いし、かさばり感はぬぐえない。思案し、近所のハードウェアの店で「これこれ」という厚さ0.3ミリの工作用アルミ板を購入、いくつか試作し、固定するテープも色々と試し、最終的に着脱が簡単なマジックテープで落ち着き、遂に積年の悩みを解決(曲がらなかった指が曲がるようになったわけではないので、ある程度だけど、大きいです)する「大リーグウクレレ養成ギプス」の完成を成し遂げた、というわけ▶軽いし、着脱も簡単、けっこう使えます、これ。ちょっとマジックテープのかさばり感があるので、薄めのマジックテープを物色中。ぼくのように指のハンデがあるギターやウクレレを弾く人にとっては朗報でしょう。今なら発売記念セールで1個9800円でご奉仕!(といっても、どれだかのニーズがあるか疑問だけど)▶ともあれ、今まで押さえることができなかったり、押さえるのに苦労していたコードなどが、ある程度、普通のフォームで押さえられるようになったです。ただ、左手薬指は今まであまり使ってこなかったので、まだ慣れてないのと、他の左手指に比べ、指先が柔らかいので弦上の「すべり」が違っていてもどかしいのと、強く押さえると少し痛みがあったりで、今後の練習が必要ではあります▶昨日はこれが完成して、延々とウクレレを弾いてた。フツーに押さえたりできる(「ある程度」だけどね)ので、なんか、不思議な感じ。いけそう、いけそう、色々とだいぶ楽になった。怪我をする前、中学の頃、ギターにハマっていた頃の感触を思い出しました。もうウクレレの上達はあきらめてたんだけど、もう少しは上手くなるかもしれん。非常に個人的、かつ特殊な問題のことなんで、共感をいただくのは難しいかもしれんが嬉しいご報告ということで、よろしくポロリンコ♪

これが「大リーグウクレレ養成ギプス」。左上が数々のプロトタイプ。右下が完成形/ぼくはこんなふうに左手薬指第1関節が曲がらないんだ/「大リーグウクレレ養成ギプスを付けたところ、薬指第1関節が曲がっているのがわかるよね/例えばGコード(ギターの場合はDコード)、ぼくはこんなふうに小指を使って押さえてた/このギプスを使えば、他の弦(この場合は1弦)に干渉する(指が下の弦に触れてしまって鈍い音になる。これが一番の問題だった)ことなく、薬指を使うことができるというわけ/同様に、例えばCのセーハコードのぼくの押さえ方はこれ。ブルース系のリフなんかしようにも指が足りないので、いろいろと誤魔化してやってた/ギプスを使えばこういうふうにフツーに押さえられる。この感触が懐かしかったんだ。楽だよ、あらためてそう思った。小指が使えるのでリフもばっちりさ/マイナー7th系のセーハポジションは薬指が他の弦に触れるので、思い切り指を立ててやってたんだ。全然、楽になりました

週刊「猫並日記」2014 (8.18〜8.31)

2014年8月18日(月)
昨日は7月に新規開講した初心者レレ教室の3回目セッションをやった。ウクレレを初めて手にするような生徒さんに教えるようになって、もうかれこれ3,4年になるけれど、いつまで経っても上手く教えるのが難しい感じ。過去の反省から、最初はとにかく丁寧にゆっくりやることが肝心だと学んできたので、だいぶ慣れてはきたけど、例えば鉛筆で字を書くことを教えるのに、鉛筆の適切な持ち方から教える必要があるわけで、「通常は右利きの人は鉛筆は右手に持ち、人さし指と親指で鉛筆を挟み、中指の第1関節側面で鉛筆を支え、残りの指は軽く握るようにするといいでしょう」みたいな、本来なら「言わずもがな」みたいなところから入らねばならず、その辺を当然できるものとすっ飛ばしてしまうと妙な持ち方の癖がついて、きれいな字が書けないとかの問題が出てくるんだね(まあ、無茶苦茶な持ち方をしてもきれいな字を書く人もいたりで、その辺りは楽器もそうだけど)。で、鉛筆の持ち方を教えたら「鉛筆で紙に字を書くときは、強からず弱からずの適切な筆圧で書いていきましょう。鉛筆の芯が短くなってきたら書きにくくなるので、鉛筆を削って芯を尖らせるようにしましょう。このときにあまり細く尖らせるとすぐに折れてしまうので気をつけましょう。ああ、鉛筆の削り方のコツは......」なんてまた「言わずもがな」をくどくど言ったりもするわけ。今回も最初に教えたことが定着していない生徒さんもちらほらいて、いったん教えたからできているだろうと思うのもこちら側の理屈で、なかなかこちらが思うようにはいかないです。鉛筆の持ち方ばかり教えていて、肝心の字の書き方(つまり、曲を演奏することだけど)を教えないでいると生徒さんはつまらないわけだけど、鉛筆の持ち方が決まらないと、字もね、うまく書けないということはあるわけで、その辺り、課題に工夫をしながらやってはおりますが、なかなか難しいなあ、と。でも、昨日の教室が終わって、生徒さんから「ウクレレを弾くのが楽しくなってきました」と言われて嬉しかった。土曜日はざるそば、昨夜は牛タン(秘書が買ってきた味付けパック入りのもの。んまかった)、まぐろとイカの刺し身、野菜サラダ、イモ天

写真は息絶えた路上の蝉(これを「セミ・ファイナル」という)。本日朝日「天声人語」に<せみは/たった一週間の命のために/永い年月、土の中で暮らさなければならない/というけれど/土の中の年月こそ/せみの本当の命のよろこびなのかもしれない/地上のよろこび、なんて思うのは/人間のかってな想像だ……>という木村信子さんの詩を紹介していた。この詩をウェブでチェックしたら<土の中の生活が/あんまり長かったので/高所恐怖症なのかもしれない/あんなにはげしく鳴いているのは>と結ばれていた。ぱっと飛んですぐに木にしがみつき、ジージーと鳴くのはそうかもしれないね。笑

2014年8月23日(土)
♪月曜日はゴーヤ豆腐シュウマイ薩摩揚げ〜/火曜日は夜レレ・クラス〜帰って〜ざるそばかき揚げ天食べた〜/水曜日も夜レレ・クラス〜帰って〜稲荷寿司こんにゃく田楽アサリの味噌汁食べた〜/木曜日はイラスト仕事〜原稿読みと資料集め〜夕食はタコライス〜秘書の得意料理なのさ〜/金曜日にイラスト描き始め〜アジフライ揚げ豆腐薩摩揚げナスとピーマンのオリーブオイル炒め野菜サラダを食って〜深夜までイラスト仕事〜/ポロポロポロポロポロリンコ〜ポロポロポロポロポロリンコ〜♪▶今日は涼しいね。先ほど一雨降ったが今は止んで、ゆく夏を惜しむかのように一斉にセミが鳴き出した。起き抜けに昨夜、ほぼ仕上げていたイラストを見直し、加筆修正作業。まあ、こんなもんか、というところで終了(で、いいんじゃない? と脳内社長が言うので)。今日は夕刻から「大和センター祭り」の会合予定。<八月の閑話休題蝉の声>

写真は前回帰省の折の@下関綾羅木海岸。撮影は一緒にいた康也くん。隣のリトル・プリンセスは彼の娘、会うたびに生意気になっていく(でも、「ツンデレ」だと思う。ぼくのことが好きなくせに。笑)。

2014年8月31日(日)
日曜日はざるそば竹輪の磯部揚げを食いにけり/月曜日はキーマカレーを食いにけり/火曜日はレレ教室のダブルヘッダーをやってスパゲティを食いにけり/水曜日もレレ教室のダブルヘッダーをやってチキンライスを食いにけり/木曜日は豚肉目玉焼きナスピーマン冷や奴など食べにけり/金曜日はメンチカツイモ天薩摩揚げゴボウコンニャク煮豆など食いにけり/土曜日は焼きうどんを食いにけり/今日、日曜日は日曜レレ教室をやってちらし寿司ざるうどんを食いにけり/そして<八月は水母の傘で終わりけり>というのは母の句。「水母の傘で終わる」というのはどのような終わり方だろうか。少なくとも、何事かやり遂げ、十分な成果を上げる終わり方ではないように思える。しかし、水中を漂う水母は飄々としてあてどなく、自由気ままな感じがして、いっそ<人生は水母の傘で終わりにけり>でもいいような気がする。いや、まだまだ漂っている途中ではありますが。クラゲ写真はウェブから拝借。