2014年6月19日木曜日

週刊「猫並日記」2014 (6.05〜6.07)

2014年06月05日(木)
病室に入ると母は静かに寝息を立てていた。そっと母の枕元に立ち、しばらく母の寝顔を眺めていたら、母はうっすらと目を開けて、ぼくの顔を確認すると「ああ、あんた、どこに行っちょんたんかね」と言い、一瞬物悲しい表情を見せた後、ゆっくりと微笑んだ▶「気分はどうかね?」と問えば、「あんまり良うない」と母は言ったが、表情は穏やかだった。ベッドサイドの引き出しの上に「がんばって、たくさん食べてください」と書かれた色紙があって、それは少し前に母を見舞った兄が書いたもの。「がんばってたくさん食べよるかね?」と聞いたら、母は悲しげな表情を浮かべて、かすかに首を横に振った▶母が2週間程前、移送された病院は町外れの海のそばにあって、駅からバスに乗って小一時間かかる。老人施設を併設した総合病院で、多くの職員や訪問者がいるはずだが、バスを利用する人間はあまりいないようで、バス路線の後半、乗客はぼく以外はほとんどいない。ここに来ると果ての地に来たような感じがする。ターミナルケアを売りにする病院の立地としてはふさわしいのかも。父が亡くなったのもこの病院▶母にあげたいものを思いつき、駅から病院に向かうバスに乗る前、駅ビル内の店を物色してみたら、「これこれ」というものがあったので購入した。猫のぬいぐるみ。それもちょっとリアルなやつ。母は猫好きで、ぼくが小さい頃から家に猫がいたのは母がどこからか猫をもらってきていたから。だから、ぼくの猫好きは母からの遺伝なんだ▶「母ちゃんにプレゼントを買うてきたよ」と、箱から件の猫を取り出し、母の胸元に猫を置いたら、母の笑顔が大きくなって、手でしっかりと猫を抱き寄せた。鬱病に罹って以来、何かあげても喜んでくれることがあまりなくなって、気に入ってくれるかどうかちょっと不安だったが、抱きながらゆっくりと猫を撫でている様子はまんざらでもなさそうだった▶4月末以来、母のそばに片時も離れずついているのは無表情きわまりない点滴のスタンド。いつもそばにあるからといって、点滴に親近感は覚えないだろう。物言わぬぬいぐるみの猫でも抱き寄せれば、少しは幸せな気分になるかもしれない。気立ての良い本物の猫を抱かせたかったところだが、それはね、ちょっと叶わない。

病室にやや萎びたカーネーション。母の日に母を訪ねたのは兄だから、おそらく兄が持ってきたのだろう/件の、毛並みの感触がけっこうリアルだった/前は足に点滴針を刺していたが、点滴ができる血管がなかなかなく、腕からとなった。点滴もなかなか厳しい感じ/この、おなかに電池が入っていて、スイッチを入れると笑い声を上げてくるくる回る仕掛けがある。やってみせたがあまり喜ばなかった/兄の文章の下に「いっぱい食べて、リハビリもちゃんとして、もっと長生きせんとね」と書いた。「もっと長生きって......」と90才の母はちょっと困った顔をした。

2014年06月06日(金)
5月29日木曜日の午後にこちらを発って、同日夜に下関に着き、金、土、日、月、火と母が入院している病院に日参し、戻ってきたのが6月3日火曜日の夜。水曜日は夜のウクレレ教室に備え、日中はネタ作りなんぞやって、夜間教室でポロリンコ♪ 昨日は雨降りの一日だったこともあって、終日部屋に籠もり、久々にグータラと一日を過ごした▶向こうでの食事は、病院からの帰路、駅前デパ地下の食品売り場でタイムサービスの食品類を物色し、購入、実家に持ち帰り、ビールとともにひとり静かに食すという、それが介護帰省時のパターン。デパ地下ってスーパーの食品売り場より、なんか楽しいよね。ぼくは、ひとりで食べ物屋に入って食事をするのはあまり好きではないこともあって▶下関は土地柄、海鮮系の食べ物が美味しいので、もっぱらその類いを買うのだが、時間を見計らって行くと、寿司や弁当などの3割引や半額セールなどあり、それを狙っているおばさんたちに混ざってわさわさと購入するのも、まあ楽しい。定価1000円くらいのうに弁当なんかが半額になって、買おうかなどうしようかなと思いつつ、他のところを回って、戻ってきたら売り切れていて後悔したり▶てなことで、個人的恒例の食ったものメモを。今回帰省時に主にデパ地下で買った食ったものリストを。海老カツ巻き/かつおたたき/ほたて弁当/あなご寿司/海鮮丼/ピリ辛地鶏唐揚げ/鮭箱寿司/ばってら、等々。向こうでは早起きおじさんになるので、さすがに一日一食では持たない。今回は病院が海の近くだったので、毎日、コンビニでおにぎりを買って、午後、海岸で食べた。5日間、毎日おにぎり。潮風に吹かれながら食べるのはやはりおにぎりだよね。パンではちょっと。一昨夜は秘書が用意してくれたざるそばと天ぷら、昨夜は天津丼、餃子スープ。

写真は向こうを発つ直前に食べた下関駅のうどん。これが高校生くらいのころからの好物で、帰省したら必ず食べていたのだが、駅舎の改築でしばらく休業していたのかな、ここ数年ぶりに食べた。細目の麺とあくまで薄口淡泊な出汁、美味しかった。2年までしか通わなかった高校からの帰路、よく食べたものだ。ぼくにとって、このうどんが「故郷の味」の筆頭。ほろ苦い「青春の記憶」もあってね。

2014年06月07日(土)
母は4月の終わりに誤嚥性肺炎に罹り、暮らしていた特養から救急病院に搬送された。誤嚥性肺炎は主に、嚥下、つまりごっくんすること、食べ物や食物を飲み込む機能の低下によって、気管から食べ物などが肺に入り、肺の炎症を起こし、呼吸不全や心不全を起こすという高齢者の最大の死因のひとつ。抗生物質投与等で、いったんは肺炎症状は回復しても、嚥下機能が回復しないと、しばしば再発性があるということで、難治性の病気、つまり完治するということは難しい病気、つうことなんだ▶嚥下機能が正常であれば、仮に食べ物や飲み物が気管に入ることがあっても、嚥下反射、咳反射によって気管から、食べ物や飲み物を出すことができ、誤嚥することを防ぐことができる。ぼくらが何かの拍子にむせてゴホンゴホンやるあれだね。でも、高齢になってくるとそれがうまくできなくなってくる。嚥下機能の低下というのは、そういうことで、たくさん食べることも困難になってくる。「食べられなくなったら終わり」という言い方の所以です▶母の場合は、元々そんなに食べる方ではなかったけれど、昨年あたりから、急に食が細くなり、特養でも平均的な必要摂取カロリーに足りず、栄養価の高い補助食を付けてもらっていた。それで、甘いお菓子類が好きだということで、三度の食事よりもおやつでカロリーを補うという食生活を続けていたということだった。徐々に食べられなくなっていく状況は始まっていたということだね▶で、母は、肺炎の方がほぼ完治した時点(血液検査はほぼ良好)で、再発を防ぐために食べ物をしっかり食べるための「嚥下リハビリ」というのを、最初の病院から今いる病院に転院して始めたのが5月初旬、当初は絶食、点滴のみの栄養補給から始まり、しばらくして点滴と一日一回の裏ごし食という嚥下リハビリを開始、今回帰省の最終日、一日三回の裏ごし食になった。ちなみにその日の朝食はわずか1割の摂取量、昼食も同様、そのため栄養補完のための点滴は継続している▶母の嚥下機能の状態は、主治医によると「嚥下反射の能力は落ちているが、咽頭付近の筋肉はまだ大丈夫なので、リハビリ次第では回復の見込みはある」というものだった。で、嚥下リハビリというのは具体的にどうするか、とにかくがんばって食べる、食べてもらうということに尽きるんです。それで今回、兄に続き、母に「食べさせ隊」隊員として病院まで出向した次第▶しかし、食べないんですよ、母は。促しても、促しても。裏ごし食というのは、魚や野菜類を裏ごししペースト状にしたもので、それにさらに「つるりんこ」という商品名の液状のものをドロドロにする片栗粉のようなものを入れたりもするんですが、母は「おいしゅうない」と。どれどれとぼくも味見してみたけれど、確かにうまくはない。食べ物の美味しさというのは、味だけではなく、見た目や食感というのが大事ということがよくわかる。みんなドロドロなんだものね▶食欲がそもそもないのに、これを食べるのはなかなか難しいなあと母に同情しつつ、それでも無理やり食べさせるわけだね。いくら母のためとは言え、苛めているようでこちらも辛いです。それでも、プリンや裏ごししたバナナなどは何とか口に入れてくれるので、この際、栄養のバランスなんかはどうでもいい、とにかくカロリーを摂らせようと看護士さんに相談し、おもゆに梅のペーストを混ぜたり、水ようかんを食べさせてみたり、抹茶味のプリンを食べてもらったりして、なんとか少しでも多くカロリーを摂取してもらおうとしたけれど、なかなか難しかった▶1時間以上、食事に時間をかけて少しずつ食べさせるんだけど、母は「もういい」となったら、けっこう頑固に食事を拒むんで、こちらもそれ以上は諦める。今回、5回くらい母の食事介助をやったけれど、なんとか全体の2割程度くらいかなあ、3分の1にも達しないくらいでした。まあ、点滴もしてるんで、生命維持の最低限のところはカロリー摂取はできてるのかもしれないけれど、この状態が続けば、遠からず栄養失調か脱水症状を起こして生命が危ぶまれる状況になるというわけで、厳しいところなんだ▶栄養摂取は口から食べる「経口摂取」が望ましいのだけど、それが困難な場合、経管摂取(経鼻、胃ろう)という方法があるのだけど、情報を集め、それなりの知識をつけ、兄とも相談し、友人の医者にも相談し、色々と考えた結果、今回はその決断は見送った。それについては次回、書いてみようと思ってます▶しかし、朝から晩までザンザカとよく雨が降ること。里芋、竹の子、しいたけ、人参等の筑前煮、サワラの粕漬け、ミニ・コロッケ、キャベツ、トマトのサラダ。食べられることの幸せというのは経済的な比喩的意味だけでなく、文字通りの意味もあるわけだね。

写真はある日の母の食事メニュー。前日に母はあずき餡が好物だと伝えたら、あずき味のプリンを加えてくれて、これは1個、なんとか完食した。

週刊「猫並日記」2014 (5.29)

2014年05月29日(木)
日曜日はレレ教室@荒木町でポロリンコ♪ ゴーヤチャンプルー、シュウマイ等/月曜日はイラスト仕事、夜はイワオ&ケニー井上 with キャシー・ライブ@テリーズ大和、ウクレレ軍団引き連れ参戦、回鍋肉(ひき肉、ピーマン、玉子等)、水菜と春雨のお汁/火曜日はレレ教室火曜昼間部ダブルヘッダーでポロリンコ♪ 夜にイラスト仕事修正して送信、水菜、ブロッコリー、人参サラダ、豚肉の生姜焼き、ハス、ゴボウ、キュウリ、人参の酢の物、大根の味噌汁/水曜日はレレ教室水曜昼間部ダブルヘッダーでポロリンコ♪ くたばって夕方寝、イワシの蒲焼き、ポテサラ、里芋、タケノコ等の筑前煮▶バタバタ・サンバの日々であります。さてと、バタバタ、今日はこれから病床の母を訪ねて三千里、バタバタ、マルコ・ポロリンコは下関までちょっくら行って参ります。来週火までにはこちらに戻ってくる予定です。バタバタ。

写真は前回帰省時に撮ったコバナノランタナと揚羽。母が暮らした特養そばに咲いていた。残念ながらこの特養にはもう戻れないことになった。でも、病状は回復傾向にあります。今回のミッションは病院に日参し、母の食事を見守り、とにかくしっかり食べることを母に促すこと。食べてくれればまだまだ大丈夫とのことなんです。

2014年6月12日木曜日

週刊「猫並日記」2014 (5.20~5.25)

2014年05月20日(火)
今日はそこそこ早起きして、起き抜けからそこそこ真面目に諸々の仕事をしたです。いろいろ溜まっているのです。誰もやってくれないからしょうがないからやりました。それも複数種類の仕事(読むこと/構想すること/描くこと/聞くこと/連絡業務/送付業務/譜面書き/昼寝、等々)を縦断的、かつ横断的、クロスオーバー的、ここかと思えばまたあちら的にやることができたように思う。こんなことは滅多にないので、明日から天気は西の方から崩れてくるでしょう。昨夜はドリア、ウインナーとじゃがいものチージーなヤツ、今夜はピーマンの肉詰め、焼き茄子、冷や奴、レタス/トマトのサラダ、卵かけご飯▶写真はウクレレ教室の生徒さん制作によるウクレレを弾く猫(陶器製)。ネコを題材としたフィギュア・クラフトのグループ展に出品したもの。作品タイトルは「ポロリンコ♪してますか?」。ぼくがモデルだということで、ありがたくいただくことになった。これがけっこう、でかい(座高およそ20センチ)、重い(2キロはあるかと)。今後の我が家のお宝になります/子猫3匹&ゴブリンのような子、なんかしらんが子だくさん。ウクレレは木製、コア材のような木目が出てるし、いいシゴトをしていますね/ロン毛、束ね髪がトレードマーク。後ろ姿が猫背っぽい(猫だし)のが似ている感じがする/メガネは作るのが難しかったそうで。ぼくのメガネをかけさせてみた

2014年05月21日(水)
昨夜はレレ教室火曜夜クラスでポロリンコ♪ 深夜になって、バケツをひっくり返したような雨が降っていたが、雨は朝方に止み、泣きはらした後のような曇り空が広がる。今日は二十四節気の第8、「小満(しょうまん)」▶「万物が次第に成長して、一定の大きさに達して来るころ」(Wiki)ということだが、今朝の新聞の日付の下に記されていて、初めて知った。「沖縄では、次の節気と合わせた小満芒種(すーまんぼーすー)という語が梅雨の意味で使われる」とも。「すーまんぼーすー」ってジャズマン用語みたいだ。「(ギャンブルとかで)数万、すっちまった」とか▶「小満」という字面から、なんとなく「小さな満足」、プチ幸せというのか、そんな意味も感じる。日々がこれで満たされていればよろしいのこと。例えばわりかし美味しいお菓子を見つけた、とか。最近ではセブンイレブンの「二度づけえびみりん焼」とか。諸々の不満をいくつかの「小満」で相殺していくのがウクレレ主義的生き方のひとつ。秘書が買ってきたテイクアウトの天丼、味噌汁。

写真は散歩途中の畑に干してあったゴム手袋。単に「干してあった」のかアートを意識して「インスタレーションしてあった」のかはわからないけど、天に向かって差し伸べられたゴム手袋は何か祈りを捧げるようでもある。

2014年05月21日(木)
昨夜はレレ教室水曜夜間クラスでポロリンコ♪ 〜ソコソコノ慾ハアリ/決シテ瞋ラズトイフコトモナイガ/イツモシヅカニポロリンコ♪の日々です。ところで、大飯原発の運転差し止めに関する福井地裁判決文というのは、往々にしてわけのわからん法律用語が占め、辛気臭い通常の判決文の中で、希代まれなる名判決文だなあ、と思いました▶中でも、「3 本件原発に求められるべき安全性」の「(1)  原子力発電所に求められるべき安全性」について、「原子力発電所は、電気の生産という社会的には重要な機能を営むものではあるが、原子力の利用は平和目的に限られているから(原子力基本法2条)、原子力発電所の稼動は法的には電気を生み出すための一手段たる経済活動の自由(憲法22条1項)に属するものであって、憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきものである。」という文章には喝采を送りたい▶これは、判決文の「はじめに」に述べられている指針:「〜生存を基礎とする人格権が公法、私法を間わず、すべての法分野において、最高の価値を持つとされている以上、本件訴訟においてもよって立つべき解釈上の指針である。」という司法が守るべき「最高の価値」が「人格権」と規定したところからの、再稼働を望む原発企業や政府がよく言うところの「原発を再稼働しなきゃ、日本経済は立ち行かなくなる」という「脅し」に対する明解な反論だと思う▶ぼくはぼくなりにこの問題を考えて、「安全基準をちょいと高めて再稼働すれば、ま、こんな事故はもう(そうそうは)起こらないだろう。何と言っても経済的恩恵というのが大事だからね。安全であっても困窮したら嫌でしょう?」(要するにそんなところでしょう? 原発が経済効率が高いかどうかは既に異論噴出だけど)という推進派論者に対して「困窮してもいいもん!」とは思ってますよ。その覚悟はあります。この辺、ずっとビンボーだった人間(ぼくのことですが)は強いのではと思っています。チキンライス、コンソメスープ、野菜サラダ。

写真はヒルサキツキミソウの群生。朝寝坊の「昼咲き」なんて親近感を覚える。

2014年05月23日(金)
アマゾンで買ったハピカという電動ブラシを愛用するようになったが、替ブラシが必要になった。で、アマゾンで販売するハピカの替ブラシは2本セットで400円くらいなのだが、これは「合わせ買い対象商品」ということで、「商品の合計が¥ 2,500 (税込)以上になるとご購入いただけます」(アマゾン、いい商売をしやがるじゃないか)ということだった。で、何か他のものを買おうと思ったが、ウクレレ弦はとりあえず向こう1年間分はあるし、プリンタインクも在庫はしっかりある。他になかなか思いつかない(ほら、ぼくはブツの欲望がウクレレ関係以外ではあまりない人だから。金もないということもあるけどさ)。で、ああそうだ、タブレットの音源をもう少し良い音で再生できるコンパクトなスピーカーが欲しかったんだ、と思いつき(ウクレレ教室で生徒さんに聞かせるため)、チェックしたら良さそうなのがあった。それが1900円、それでも計2500円に少し足りない。それで、消耗品のA4コピー用紙500枚入り、664円也を購入することにして、めでたくハピカの替ブラシを購入することができるという算段▶今日、商品が届いて、件のスピーカーを試したら、これがなかなかの優れものでした。これで、生徒さんに多少良い音で練習課題音源を聞かせてあげることができる。プチっと幸せな気分になった。歯ブラシの替ブラシ、転じてミニ・スピーカーとなったわけだが、宅配便のお兄さんがアマゾンの段ボール箱を抱えてドア口に現れるときの秘書の反応がいまだちょっと怖い。チキン・フリッター、野菜サラダ、味噌汁。

写真はそのスピーカー本体中央部がぼよんと伸びて、空洞部容積が増し、低音域が増大するという仕掛けはなかなか良いではないかと思った。

2014年05月25日(日)
<無いものは映さぬ春田わらっている>というのは母の句。前回、母に会ったとき、母は自分の句作を目で追いながら、「この頃(俳句を作っていた頃)は幸せやったよ」と言った。初夏の頃、水が張られた田んぼには、何というか、希望を感じる。そういう類いの希望が生きていく上で必要なんだな。この俳句は、母が本当に幸せだったんだろうと思える句▶さてと今日はこれから、四谷荒木町までポロリンコ♪をしに、ウクレレ担いで参りましょう。ざるそば、野菜天ぷら。

写真はその春田(12)、確かに「無いものは映さぬ」。

週刊「猫並日記」2014 (5.15~5.18)

2014年05月12日(月)
レレ教室@荒木町「ゆうむ」でポロリンコ♪ 教室によってそれぞれ教室のカラーというものがあって、ゆうむの生徒さんはあの「ヨコシマーズ」のみなさん。なので課題曲の選曲も「ヨコシマーズ・カラー」になってしまう。今日、やったのは「ひょっこりひょうたん島」とか「悲しいサザエさん」(マイナー・キーで「サザエさん」をやるというヤツ)、「ボサノバ・サザエさん」(ボサノバ調で「サザエさん」をやるというヤツ)。「ライオンは寝ている」が「横島津は寝ている」になって、「ライオンは寝ている」のコーラス部分の「ア・ウインマ・ウェッハ/ア・ウインマ・ウェッハ」が「ちゃんこ食って/寝ちまった」になるんだね。牧伸二師匠が築いたウクレレの、ある意味正統派色物系という方向で、それも楽しいですけど、他のクラスでネタの使い回しがし辛いのでそこがちょっとね。牛丼、ミートボール、野菜サラダ。

昨日は女子高生ロックバンドの演奏を駅前でやってたけど、今日はヒップホップのダンスをやってた。少女たちやけっこうなおばさんもヒップホップダンスをやっていて、女子高生制服ロックも隔世の感があるけれど、ヒップホップというのもアメリカのストリートギャング文化が発祥の背景にあるわけだよね。あるカウンターな表現様式がポピュラーになっていく過程で、精神性はすべて骨抜きにされていくんだなあ、とふと思った。まあ、楽しけりゃいいんだろうけど。新宿方面に出かける前、撮影/おばちゃんたちのダンスより、出番を待つ(?)少女たちの方が絵になるなと、思ったのでした/少女の、なんか新鮮な野菜か果物のような肩甲骨

2014年05月15日(木)
今日は初夏の陽気だったね。レレの響きが最もふさわしい季節に入ってきた。目に青葉山ほととぎすポロリンコ♪ てなことで、昨日、今日とレレ教室昼間部ダブルヘッダーでポロリンコ♪ 昭和の日本歌謡/ポップス・コンポーザーの大御所、浜口庫之助のヒット・チューン、「バラが咲いた」をアルペジオで弾いてみよう、というのが今回の主な課題▶「バラが咲いた」って、今のJポップ系の音楽からすると、なんとも芸のないシンプルな楽曲だけど、これがなかなかいいんだよね。誰でも歌えて、ちょっとギターとか弾けたら演奏しながら歌うのも簡単。浜口庫之助の曲は「涙くんさよなら」とか「夜霧よ今夜も有難う」とか、フツーの人がフツーの暮らしの中でがふっと「口ずさめる感」があって、その辺がいいよね。「聞かせる音楽」というより「歌いたくなる音楽」、垣根の低い音楽▶昭和という、少なくとも今よりずっと庶民が希望を持って生きていた時代背景もあって、「バラが咲いた」ってなかなかの名曲だなあと思ったのでした。それで、昭和のヒット曲というのは子どもから大人まであらゆる世代で口ずさまれた。そこが今と違うところでもあるね▶一昨夜は豆腐/ひき肉/ゴーヤ・チャンプルー、水菜/サラミ/玉葱/トマトのサラダ、シューマイ、ほうれん草とシメジのお吸い物、昨夜はマグロ丼、イカの天ぷら、茄子田楽、冷や奴、椎茸/ほうれん草のお吸い物。今夜はニラ玉、キャベツとサラミの炒め物、ソーセージ、サラダ菜、トマト、味噌汁。

写真は最近撮ったばらバラ薔薇荊棘。マイ・ベイビー・ベイビー・ベイビー・バラバラっつう歌もあったな。

2014年05月18日(日)
うーむ、目が覚めたら昼だった。昨日は午前中にウクレレ・スカイプレッスンをやって、午後はレレ教室の生徒さんユニット「ピンク・デ・ポロリンコ」の練習に立ち会い、夜はパラ本「フォークデー4周年」に出場、終電まで飲んで帰宅、秘書が用意していた夜食のおにぎり定食を食って、ベッドに倒れ込んだのが深夜2時ごろか。都合10時間近くは寝たことになる。時折やる爆睡、何度も引用させていただくが、FBフレンド、直井ちゃんの駄洒落傑作「寝る子は粗雑」、年を取ってなお、継続睡眠時間が長い(「睡眠圧」が高い)というのは若い(=粗雑)ということになる(ということにしておく)。木曜日はホッケ、カニカマの天ぷら、野菜サラダ、キャベツの味噌汁、金曜日は麻婆茄子、昨夜はおにぎり、入麺,鶏の唐揚げ▶写真は昨夜の大入満員、大盛況だった「フォークデー4周年@パラ本」の模様(撮影は野田っち or 由美子さん)。ぼくは生徒さんユニット「ピンク・デ・ポロリンコ」と一緒に「ライオンは寝ている」、「Iko Iko」、「ツイスト&シャウト」をやりました。楽しかったよ。

「ピンポロ」のメンバーと(12)。今回は、ピンポロ・クイーンのKさんとリード・ウクレレのOさんが欠席、次回はフルメンバーで出場して欲しいところ/大入満員、大盛況のパラ本店内。歌う門には福来る/最後は全員で「アイ・シャル・ビー・リリースト」をシング・アウト。右端にいらっしゃるのは六角精児さん。

週刊「猫並日記」2014 (5.05~5.11)

2014年05月05日(月)
昨日の夜、こちらに戻ってきました。いきなり地震のお出迎えがあったけれど▶別れ際、母が「帰っちゃいけん。私を家に連れて帰ってくれんといけん」と何度も言うので困った。入れ替わり、兄が母を訪ねることになっている。いつも側にいてやれない二人の息子が、時間を作って交互に母を見舞うことがせめてもの親孝行だろう。ぼくも、今月末にまた母を訪ねることになると思う。もう少し近ければと思うが▶母は既に平熱に戻り、肺炎の症状は回復しているが、病院という環境の中でややせん妄状態が見受けられ、父が既に亡くなっていることや、自分が置かれている状況をはっきりと認識できずにいるようだ。「どうしたらいいか、ようわからん」というのが母の口癖になった▶また、嚥下能力が低下していて、誤嚥性の肺炎を再発する可能性があるので、点滴のみの絶食治療から、もうしばらくして裏ごし食による「嚥下リハビリ」というのを開始することになっている。リハビリによって、機能回復が見込まれれば、今までいた特養に戻る可能性もあったが、特養の方では「裏ごし食メニュー」の用意がなく、それは叶えられないようだ▶兄が今度行った際に、他の病院に転院し、リハビリを続け、今までいた特養で用意ができるミキサー食を食べられるようになるまで回復すれば、慣れ親しんでいいる特養に戻ることができる。それが目下の母の願いであり、家族の願いでもあります。

写真は3日に行った「下関海峡祭り」会場で掲げてあった鯉のぼりならぬ「フグのぼり」。今日は「こどもの日」だった。ぼくはずっと長い間、こどもの日が母の誕生日だと思わされていた。(母がなぜかウソを言っていたんだ。実際は5月4日が母の誕生日)。

「フクのぼり」(123)はなかなかのアイデアだね。下関と言えば「フグ」だけど、「フグしかないんか」とも思うけどね。

2014年05月06日(火)
5月4日は母の90才の誕生日だったが、母が入院したことで、誕生日当日、たまたまぼくがベッドサイドでのささやかなバースデーに居合わせることになった。本来なら、小さなケーキでも買って食べさせたいところだが、母は絶食中でそれも叶わない。何かプレゼントを考え、ぼくが撮った写真に母の俳句を賛した「俳画」ならぬ「俳写真」を贈ることにした。そして、ウクレレで歌でも歌ってあげようかとウクレレも持っていったのだった▶前日まで母は二人部屋にひとりでいたので、ウクレレ演奏も聞かせられると思っていたのだが、当日になり、新たに相部屋の入院患者が入っていた。会話するくらいなら問題はなかろうが、ウクレレで歌を歌うのは迷惑だろうと思い(当然だが相手は病人なので)、残念に思っていたところ、その患者さんが歩行訓練のため、病室を出る機会があった▶その機会にウクレレを取り出して、伴奏をしながら母にハッピー・バースデーを歌ってあげた。それでも病室だから、小さなささやくような声で、♪ハッピー・バースデー、ディア・かあちゃーん。ずっと憂い顔を見せていた母が少しだけ笑ってくれた▶そして、額に入れた「俳写真」を母に見せた。<ごめんねと言えずペンペン草になる>、「この俳句は母ちゃんの句の中でもぼくが好きな句や」と言うと、母は「こういう俳句を作ってたころは幸せやった」と言った。母はベッドの中でペンペン草になって遠い目つきをした。小籠包、揚げ出し豆腐、タケノコの煮付け、ピーマンと竹輪、ブロッコリー/タマネギ/トマトのマリネ。

こういう句を作りよった頃が一番幸せやったよ」と/病院内にあるコンビニで買ったボックスティッシュには子猫の写真が印刷されていて、「可愛いね。目がくりくりしとる」と気に入ってくれた。ぼくの猫好きは母譲り/ベッドサイドには生前の父が卒寿、母が米寿のとき、一緒に写った写真が置いてあった。父はこの写真を撮った三ヶ月後に亡くなった。母の似顔絵は特養の職員の方が描いてくれたもの。可愛く描いてくれている/「あれ(点滴のチューブ)を切って、私を家に連れてって」と言う。

2014年05月08日(木)
昨夜はレレ教室水曜夜間クラスでポロリンコ♪ 病床の母に会って気持ちがちょっと沈んでいたところ、生徒さんたちと一緒にウクレレ弾いて、だいぶ回復したポロリンコ♪ 憂苦も零零ポロリンコ♪ 何はなくともポロリンコ♪ ありがたやポロリンコ♪ 一昨夜はカレーライス、昨夜はちらし寿司。ざるそばも食ったな。

写真は見舞い帰省の折、せっかくだからと5月3日に「下関海峡祭り」を見物したときのもの。下関は平家滅亡に至る「壇ノ浦の戦い」が行われたところ。▶祭りの白眉は壇ノ浦に面した赤間神宮(壇ノ浦の戦いにおいて幼くして亡くなった安徳天皇を祀る)で行われた「先帝祭」における「上臈参拝」。子どものときに見て以来だったが、参拝時の太夫の独特な足さばき(「外八文字」という)はなかなかクールでありました▶「驕る平家は久しからず」だったわけだが、下関の人は平家びいきが多いような。ぼくも、あれだな、滅びゆくものにロマンを感じるような年ごろになってきたから、「盛者必衰」とかの無常感漂うセンスがね、いいなあと。諸行は無常でござります。

「上臈参拝」の先陣。水干、烏帽子の平安ルック/上臈トップバッター登場。この人から5人の上臈の参拝が続くということだったが、ひとりひとりの参拝間隔が20分近くということで二人目までを見物/なかなかにお美しゅうござるね。(この太夫さんは17才!)/新緑の中に欄干の朱、お召し物の赤が映え、奇麗でござったよ/この方は二番手/「外八文字」を披露しているところ/こういうからくり人形があったな/参拝を終えたトップバッター上臈さんこの時点で、人だかりの中の立ち見で疲れてきたので退散したのだった/
これが安徳天皇を祀る「赤間神宮」。幼い悲劇の天皇が喜ばれるかと、竜宮城を模したと言われている/武者のパレード。これは源氏方/後ろ姿はたおやかな女官たち/義経と弁慶弁慶役の人、けっこうハマってるね/こちらは平家方安徳天皇。始終、むっつりされておられた/彼方関門橋/右側で記念写真に納まっているのはイスラム圏からのツアーリストか。尼僧ルックに親近感を覚えたと見受けられ/琵琶の演奏。べべンベンと平家物語を奏でていた。なかなか迫力がありました。ウクレレとは対極の楽器かと/壇ノ浦の合戦を再現する「原平船合戦」船で海峡をぐるぐる回るだけで合戦はしないが、けっこうなスピードで海上を走り回っていたので、迫力はありました/このおじさんは「ほら吹き」担当/祭りの会場で買った鯨カツ。調査捕鯨も危うくなってきたので食べる機会もだんだんなくなるかと。この撮影の直後、風にあおられ、鯨カツは下の岩場に転落。下りて取ってきたけど。あと、一杯300円也の「ふく鍋」も食べたのだった。

うーむ、今日は歯医者に行く日だったが、すっかり忘れておった。先ほど歯医者から電話があって思い出した。歯医者は来週にはいしゃ復活。動画は「上臈参拝」における「外八文字」歩きの模様

2014年05月09日(金)
昨年春に帰省したときは、主なき実家の庭の桜の木に花がわずかに咲き残っていた。秋に帰省したときには紅葉が。今回帰省したときには、ツツジが咲いていた。母はもう長い間、ほとんど実家に戻っていないので、母に会うたびに実家の庭の様子を写真に撮って見せることにしている。「ツツジが咲いとったよ」とカメラのモニターを見せれば、少しは納得したような表情を母は見せる。太巻き、鶏の唐揚げ、レタスとトマトのサラダ。

写真は実家の庭のツツジと周辺に咲いていたツツジ(12)。今回はやたらと濃いピンクのツツジが目に付いた。躑躅と漢字で書けば、なんだか髑髏みたいでおどろおどろしい花のように思える。

2014年05月11日(日)
ウクレレ教室として使用している大和市生涯学習センターの「センター祭り」(各市民サークルの文化祭のようなもの)というのが10月にあるのだけど、そいつに生徒さんたちを出場させようと目論んでおるのね。600人収容のホールで発表会をやるのさ。ウクレレオーケストラを編成して、ぼくは指揮棒を振ると▶昨年の横浜でやったウクレレ・ピクニックでキヨシ小林さんがそういうのをやっていて、ぼくもやってみたいなあと思ったのだった。で、今日、その「センター祭り」の事前説明会があるというので早起きして行ったら、その会合は2週間後に延期になっておった。なんだよ、まったく、と思いつつ、午前中の陽光溢れる駅前をぶらぶら▶女子高生バンドが演奏してた。絵に描いたような「けいおん」だった(「けいおん」は漫画だから絵だけど、その漫画読んだことないけど)。なんか良かったね。演奏がどうのより、やっぱりその若さがね、いいね、と。君ら、素敵な恋人と巡り合って、幸せな結婚をして、元気な子どもをたくさん産んで、日本の未来に貢献してね、と自民党が言いそうなことをちらと考えた(他意はない、ですたい)。タコライス&オニオンスープ。

女子高生ロッカーにはチェリーサンバーストのレスポールが必須アイテム/聞いてる人はじいちゃん、ばあちゃん多し。

週刊「猫並日記」2014 (4.26~5.02)

2014年04月28日(月)
<約束をひそかに著莪の花咲きぬ>というのは父の句。著莪はシャガ、アヤメ科の花。

「ねえ、約束してくれる?」と彼女は僕の目をまっすぐに見ながら、囁くように言った▶夜の公園には人影もなく、月明かりが花壇に咲いたシャガの花を青く照らしていた▶「これからわたしが言うことを聞いても、絶対わたしを嫌いにならないって」▶「ああ、君が何を言おうと、僕が君を嫌いになるなんてあり得ないよ」▶僕は彼女が僕に伝えようとしていることが、彼女の愛らしい唇から聞こえてくるのを静かに待った▶「わたし、実は……」▶実は「他の男とも付き合っている」、「離婚歴が4回ある」、「前のダンナとの子どもが5人いる」、「ものすごい出べそだ」、「性転換して前は男だった」、「満月を見ると狼になる」等、色々と考えられるが、とりあえず、この句の「ひそかな約束」というのはなんとなく色恋系、男女間の秘めやかな約束であるように思える。父らしからぬ句。「父ちゃん、この『約束をひそかに』って誰と約束したん? どんな約束やったん?」と朴訥だった父をからかってみたかった▶一昨夜は牛肉鍋、昨夜は鱈のフリッター、水菜、レタス、トマト、サラミソーセージのサラダ、竹輪の磯部揚げ、卵豆腐。

写真はそのシャガ胡蝶花とも。シャガとハナニラ

2014年04月29日(火)
右上奥歯の被せものが取れそうだったので急遽歯医者で処置。歯医者が道具でコンコンとやったらあっけなく取れた。痛くはなかった。またしばらく歯医者通いをしなければならないことが痛かった。ホッケの塩焼き、水菜/プチトマト/レンコン/枝豆/ひじきのサラダ、キャベツ炒め、ほうれん草とシメジの味噌汁、芋の天ぷら。

写真は散歩ロード境川の鯉のぼり。橋の上から撮影。初めて見た。今年からの試みのよう。よく見れば、カラフルな手形のうろこ。こういうのは近隣小学校の生徒たちの作っぽい。

2014年04月30日(水)
母が誤嚥性肺炎に罹り、入院した。症状としては重篤ではなく、来週末にも退院出来る見込み。今日はこれからウクレレ教室があるのだが、終わり次第、母がいる下関に向かいます。来週頭にはこちらに戻る予定▶母の卒寿の祝いを夏にやる予定だったが、今度の日曜日、5月4日は彼女の90才の誕生日。なにかしらのプレゼントを考えて、最近撮った写真と母の俳句を重ねた俳句写真(123)を作ってみた。2Lサイズにプリントしたのでフレームに入れて贈るつもり。手羽/玉子の甘酢煮、ポテトサラダ。

2014年05月02日(金)
きょうもこちらはEてんきでした。はははしきりに「わたしのへやにかえりたいから、つれてって」といいます。せつないです。

2014年05月03日(土)
午前中は曇り空だったが、午後からよく晴れた。下関の「海峡祭り」というのがあったので、せっかくだから見物した。午後から母の見舞い。肺炎の症状は回復してきているのだが、まだ点滴のみ。えんげ機能が低下していることが問題で、来週水曜日から裏ごしをした食物で食事リハビリを行うとのこと。しきりに「ごはんはまだ?」と言う。そして、哀しい顔をして、「父ちゃんがおらんけえ、警察に捜してもらわんといけん」と言うんだね。いやあ、切ないっす。