2014年12月29日月曜日

週刊「猫並日記」2014 (10.20〜10.25)

2014年10月20日(月)
北九州空港なう。今月の母見舞いミッション、無事終了。母は別れ際、ぼくに頭を下げて「ありがとうございます」と言って、手を合わせたので、ぼくも母に向かって合掌したのでした。また、来月、それまで元気でいておくれ。さてと、帰路は空路でひとっ飛び。

2014年10月21日(火)
四泊五日の母見舞いの10月ミッション、連日穏やかな秋晴れの天候にも恵まれ、無事終了、昨日夕刻にこちらに帰還。母は相変わらず出される食事はほとんど食べず、点滴も外れない状態だが、内科的な疾患は特になく、健康面の「底値安定」が続いているようだ。前回見舞いまでは少しでも多く食べるよう声かけしたが、母は食べないと決めれば頑として食べないので、無理やり食べさせることはもう止めた。仮にぼくが母の立場で、食べたくもないのに、周りから、やれ食べろ、それ食べろと言われたら、まあ、嫌だろうなと。ただ、これだけは全部飲んで欲しいと言っている、高カロリーの栄養ドリンクだけは飲んでくれている▶身体の具合を尋ねると「良うない」と答えるのも相変わらず。皮膚疥癬が手や胸元にあって、始終「痒い、痒い」と言うのが可哀相だが、医者からは完治は難しいと言われている(強い薬を使えば治る可能性はあるが、高齢老人にはそういう薬は不適切とのこと)ので、症状をいくぶん抑える軟膏を塗る程度。また、足首の硬化が進み、起立は支えがあっても難しく、ほぼ寝たきりの生活が改善されることは難しいだろう▶ただ、メンタルの部分では、日によって差があるものの(躁鬱っぽい感じ)、全体的にアッパーになってきた感じで、しゃべるときはよくしゃべるし、日記を書く量も増えてきた。「テレビを見たい」と看護師に言ったことがあったそうで、ずっと何に対しても興味が薄い感じだったので、それは改善と言えるだろう。ひと頃は、自分がいよいよ老いて何もできなくなることへの不安が大きくあったようだが、このところはだいぶ観念してきたのかもしれない。まだら惚けというのか、ときおり状況把握や会話の理解が困難になることはあるが▶母は良くも悪くも少女のような性格で、マイペースというのか、いくぶん協調性に欠けるようなところがあるが、どこか「天然系」の可愛らしさがあって、看護師さんたちからもまずまず愛されるようなところがあり、それは良いことだと思う。一人、母の俳句のファンでもあり、花が好きな看護師さんがいて、四季折々の花のイラストを紙片に描き、母への短いコメントを添え、母の日記に挟み込んであった。ありがたく思う▶毎日、色々な看護師さんたちと接し、会話できるのは病院や施設介護の利点だと思う。母を自宅に連れ帰り、自宅介護をするというのも以前、考えなくもなかったが、かつて舛添元厚労大臣が言った「介護はプロに、家族は愛情を」というのが、やはり今の介護の在り方のベストかもしれない。毎日、母のそばにいてやりたい気持ちもあるが、ときおりだからこそ「濃い逢瀬」が可能になるとも考える。そういう状況にあることを幸せだと思う▶また来月に「ミッション」を予定しているが、せいぜい、母がぼくを見た瞬間に、ぼくがいい感じで生きているように思われるように、自分の生活もちゃんとちゃんとしていこうと思っている。「愛は惜しみなく与う」ものでも、「愛は惜しみなく奪う」ものでもなく、相互に与え、もらうものだと思う。夫婦間でも親でも子でも。豚カツ、ポテサラ、ポーチドエッグと野菜の味噌汁。

マジメに書いちまった(笑)。写真は帰路の房総半島突端(たぶん)に落ちる夕日。機内から撮影。今回は安いチケットを購入したので行きも帰りも飛行機。行きも帰りも窓際の席を確保、1時間半の間、ずっと空や地上の景色を眺めていた。

2014年10月23日(木)
昨日は、学習センターで水曜レレ教室午前・午後クラスを各2時間パラピレポロリンコといたしまして、帰宅後しばらくしてセンターに再度行き、水曜夜間レレ教室の生徒さんたちのライブ指南をポロピレパラリンコと2時間、都合6時間におよぶレレ指導にいそしんだ。「ライブ指南」というのは、要請があってやったのだけど、生徒さんたちで作ったウクレレ・ユニットのライブ演奏にあたっての諸々指導でありまして、曲構成、パート割り、イントロの工夫、間奏のアイデア、コーラス、エンディングの決め方等のライブのための楽曲アレンジから、演奏中の目線の置き方、MCでの笑いの取り方(っていうのはやらなかったな)に至るまでの助言なんだけど、普段の教室メニューと違って、生徒さんたちの演奏を聞きながらのコーチ役という立場なので、これはこれで楽しいです▶あまりライブ経験のない生徒さんなどにはカウントの出し方なんかも助言したりする。カウントっていい加減にやるとテンポが他のメンバーに伝わらないし、一緒に演奏する意気も上がらない。で、曲によってカウント出しのトーンを変えたり、カッコよくやるにはどんな感じでやるのがいいかとか、けっこう難しいと思う。ま、一番大事なのはメンバー全員のグルーブ感。それぞれがひとつの曲のテンポやリズムにいい感じにノるってことなんだけど、アンサンブルっていうのは共同作業だよなあ、と思う。音楽における団体競技というのか、だからぼくの立場は運動部監督とかコーチに似てるなと思う。ブラバンなんかが体育会系の練習をするというのはわかるね。ぼくは体育会系というのは無縁の人生だったけど▶そして今日は、ロサンゼルスにいる兄夫婦にスカイプを使って、母の状況報告。海外にいる人間に互いの顔を見ながら話ができるわけで(しかもただで)、いまさらながら便利な世の中になったもんじゃいと思った。午後は「ミッション」から帰還後、すぐに取りかかったイラスト仕事をさきほど完成、〆切りにセーフ。今月は諸々忙しくなりそうだと思っていた10月も終わりに近づいたが、ぼくにしては比較的要領良くやるべきことを片づけていっている感じ。これもレレの神様のご加護か。アーメン、ポロリンコ♪ 麻婆茄子/鶏鍋/カレーライス

写真は今回帰省時、病院そばのいつもの海辺で自分撮り。セルフタイマーをセットして浜辺を小走り、ポーズを決めると。誰かに見られていたらちょっと恥ずかしいけれど、♪今はもう秋〜、誰もいない海〜 写真

2014年10月24日(金)
連日晴天の「ミッション」から帰った途端、天気は崩れ、今日は秋晴れが広がっているが、ぐっと秋は深まり肌寒くなった。<秋深き隣は何をする人ぞという芭蕉の句があるが、それをもじった<おぼろ月わたしは何をする人ぞ>という母の句があった。<秋深し母の冬物用意せり>というのは前回「ミッション」でのぼくの仕事のひとつ。もっとも病院内は常に20度前後に保たれていて、病院内に四季はない。四季のない老人の介護病棟に一日いると気持ちが黄昏てくる。老人たちの多くは自分の意志で「生きている」のではなく、世話になりながら「生かされている」わけで、そういう人たちが醸し出す雰囲気というのが身体にこびりつき、やるせない気持ちになってくるんだね。母にしても然り。しかし、それは仕方がないこと。老境に向かえば、多くの「仕方がないこと」に人は直面するわけで、それを受け入れていくしかないよなあと思う。死はままならない。高齢の親が最後に子どもに伝えることはそういう死生観なのだろうね。てなことをぼんやり考えつつ、さてさて。

前回帰省時の母の写真をいくつか。母はほとんど笑わないんだ。昔はニコニコしている人だったんだけど。介護病棟でのリハビリメニューのひとつ、塗り絵。楽しいのかどうなのかよくわからないが、けっこうまじめに取り組んでいた/さて次はどの色にしようかと考え中/目はいいんだよね。色鉛筆を持つ手もまだしっかりしているし/一日の大半はベッドで寝ているので、パンク風な髪形になるんだね/鏡の中の自分を見て何を思うのか。

2014年10月25日(土)
今朝は9時起床。熱めのシャワーを浴び、タバコを立て続けに2本&コーヒーの朝食(わはは、ヒロさん)をとって、午前中にウクレレ・スカイプレッスン。スカイプでのレッスンはまだひとりしか生徒さんはいないけれど、お互い部屋にいながらレッスンができるし、時間帯もお互いの都合で調整できるのででいろいろと便利。でも、少しのタイムラグがあるので一緒に演奏はできない。そこんとこがイマイチ。個人レッスンになるので、アンサンブルの楽しみも得られないのでそこもイマイチ。でも、手っ取り早く上達しようと思えばなにかと便利な方法ではあると思う。FBフレンドにも「伝道活動」を広めたい所存なので、ご要望あれば▶明日は日曜クラスにあらたな初心者クラスを別の時間帯でオープンする。お陰様で10人くらいの初心者生徒さんが集まる見込み。ウクレレを教え始めた最初の頃は初心者さんを教えるのはなかなか難しく感じたが、最近はだいぶ慣れてきた。要はていねいにゆっくりやること。自分が簡単にできるからって、初心者さんはそうはいかない。初心者さんの立場に立って(これが難しいけど)、教えるのがポイントかな。今まで、「難しすぎて続けられない」と言われて教室を辞めてしまった生徒さんもたくさんいるわけで、なんとかそれなりにポロポロと弾けるようになるまで、そして後は自分で練習して上手になっていくための基礎的なテクニックまでは伝授したいと考えている▶なんだかんだと生徒さんも増え、教室のスケジュールも増え、イラスト不況の少しの足しになればと思って始めたウクレレ教室だが、もはやこれが本職に近くなってきた感じ。教えていて楽しいし、生徒さんが上手くなっていくのは嬉しいし、つい4,5年前は、ウクレレを教えてそこそこの生業にするなんて考えもしなかった。まあ、ふと冷静に収支を考えると大して儲かってはいないけどね。まあ、本腰入れて「ビジネス」にしないからやってて楽しいのだとも思うので、それでいいんだ。てなわけで、日々ポロリンコ♪の生活、という近況。鯛の煮付け、大根と鶏つみれの煮物、イカの天ぷら、おから、茎ワカメの佃煮、煮豆、彦島味噌(ぼくの生地の味噌、今回買ってきた。やっぱり子どもの時から慣れ親しんだ味はいいよね)の味噌汁。

写真は前回、仏頂面の母の写真をアップしたので、少し微笑んでいるものを。カメラを向けて「母ちゃん、笑ってえや」と言うと、とりあえずリクエストに応えてくれたりもするんだ。<六月や笑えと云われ笑うなり>という母の句があった。カメラを向けられるのは好きではない母。「撮らんでぇ」と言っている/これを撮った日は多少気分が良かった感じ。「その顔がええ。他の人にもそんな顔をせんにゃ」とぼくは言った。

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