2014年9月29日月曜日

週刊「猫並日記」2014 (8.18〜8.31)

2014年8月18日(月)
昨日は7月に新規開講した初心者レレ教室の3回目セッションをやった。ウクレレを初めて手にするような生徒さんに教えるようになって、もうかれこれ3,4年になるけれど、いつまで経っても上手く教えるのが難しい感じ。過去の反省から、最初はとにかく丁寧にゆっくりやることが肝心だと学んできたので、だいぶ慣れてはきたけど、例えば鉛筆で字を書くことを教えるのに、鉛筆の適切な持ち方から教える必要があるわけで、「通常は右利きの人は鉛筆は右手に持ち、人さし指と親指で鉛筆を挟み、中指の第1関節側面で鉛筆を支え、残りの指は軽く握るようにするといいでしょう」みたいな、本来なら「言わずもがな」みたいなところから入らねばならず、その辺を当然できるものとすっ飛ばしてしまうと妙な持ち方の癖がついて、きれいな字が書けないとかの問題が出てくるんだね(まあ、無茶苦茶な持ち方をしてもきれいな字を書く人もいたりで、その辺りは楽器もそうだけど)。で、鉛筆の持ち方を教えたら「鉛筆で紙に字を書くときは、強からず弱からずの適切な筆圧で書いていきましょう。鉛筆の芯が短くなってきたら書きにくくなるので、鉛筆を削って芯を尖らせるようにしましょう。このときにあまり細く尖らせるとすぐに折れてしまうので気をつけましょう。ああ、鉛筆の削り方のコツは......」なんてまた「言わずもがな」をくどくど言ったりもするわけ。今回も最初に教えたことが定着していない生徒さんもちらほらいて、いったん教えたからできているだろうと思うのもこちら側の理屈で、なかなかこちらが思うようにはいかないです。鉛筆の持ち方ばかり教えていて、肝心の字の書き方(つまり、曲を演奏することだけど)を教えないでいると生徒さんはつまらないわけだけど、鉛筆の持ち方が決まらないと、字もね、うまく書けないということはあるわけで、その辺り、課題に工夫をしながらやってはおりますが、なかなか難しいなあ、と。でも、昨日の教室が終わって、生徒さんから「ウクレレを弾くのが楽しくなってきました」と言われて嬉しかった。土曜日はざるそば、昨夜は牛タン(秘書が買ってきた味付けパック入りのもの。んまかった)、まぐろとイカの刺し身、野菜サラダ、イモ天

写真は息絶えた路上の蝉(これを「セミ・ファイナル」という)。本日朝日「天声人語」に<せみは/たった一週間の命のために/永い年月、土の中で暮らさなければならない/というけれど/土の中の年月こそ/せみの本当の命のよろこびなのかもしれない/地上のよろこび、なんて思うのは/人間のかってな想像だ……>という木村信子さんの詩を紹介していた。この詩をウェブでチェックしたら<土の中の生活が/あんまり長かったので/高所恐怖症なのかもしれない/あんなにはげしく鳴いているのは>と結ばれていた。ぱっと飛んですぐに木にしがみつき、ジージーと鳴くのはそうかもしれないね。笑

2014年8月23日(土)
♪月曜日はゴーヤ豆腐シュウマイ薩摩揚げ〜/火曜日は夜レレ・クラス〜帰って〜ざるそばかき揚げ天食べた〜/水曜日も夜レレ・クラス〜帰って〜稲荷寿司こんにゃく田楽アサリの味噌汁食べた〜/木曜日はイラスト仕事〜原稿読みと資料集め〜夕食はタコライス〜秘書の得意料理なのさ〜/金曜日にイラスト描き始め〜アジフライ揚げ豆腐薩摩揚げナスとピーマンのオリーブオイル炒め野菜サラダを食って〜深夜までイラスト仕事〜/ポロポロポロポロポロリンコ〜ポロポロポロポロポロリンコ〜♪▶今日は涼しいね。先ほど一雨降ったが今は止んで、ゆく夏を惜しむかのように一斉にセミが鳴き出した。起き抜けに昨夜、ほぼ仕上げていたイラストを見直し、加筆修正作業。まあ、こんなもんか、というところで終了(で、いいんじゃない? と脳内社長が言うので)。今日は夕刻から「大和センター祭り」の会合予定。<八月の閑話休題蝉の声>

写真は前回帰省の折の@下関綾羅木海岸。撮影は一緒にいた康也くん。隣のリトル・プリンセスは彼の娘、会うたびに生意気になっていく(でも、「ツンデレ」だと思う。ぼくのことが好きなくせに。笑)。

2014年8月31日(日)
日曜日はざるそば竹輪の磯部揚げを食いにけり/月曜日はキーマカレーを食いにけり/火曜日はレレ教室のダブルヘッダーをやってスパゲティを食いにけり/水曜日もレレ教室のダブルヘッダーをやってチキンライスを食いにけり/木曜日は豚肉目玉焼きナスピーマン冷や奴など食べにけり/金曜日はメンチカツイモ天薩摩揚げゴボウコンニャク煮豆など食いにけり/土曜日は焼きうどんを食いにけり/今日、日曜日は日曜レレ教室をやってちらし寿司ざるうどんを食いにけり/そして<八月は水母の傘で終わりけり>というのは母の句。「水母の傘で終わる」というのはどのような終わり方だろうか。少なくとも、何事かやり遂げ、十分な成果を上げる終わり方ではないように思える。しかし、水中を漂う水母は飄々としてあてどなく、自由気ままな感じがして、いっそ<人生は水母の傘で終わりにけり>でもいいような気がする。いや、まだまだ漂っている途中ではありますが。クラゲ写真はウェブから拝借。

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