2014年6月12日木曜日

週刊「猫並日記」2014 (5.20~5.25)

2014年05月20日(火)
今日はそこそこ早起きして、起き抜けからそこそこ真面目に諸々の仕事をしたです。いろいろ溜まっているのです。誰もやってくれないからしょうがないからやりました。それも複数種類の仕事(読むこと/構想すること/描くこと/聞くこと/連絡業務/送付業務/譜面書き/昼寝、等々)を縦断的、かつ横断的、クロスオーバー的、ここかと思えばまたあちら的にやることができたように思う。こんなことは滅多にないので、明日から天気は西の方から崩れてくるでしょう。昨夜はドリア、ウインナーとじゃがいものチージーなヤツ、今夜はピーマンの肉詰め、焼き茄子、冷や奴、レタス/トマトのサラダ、卵かけご飯▶写真はウクレレ教室の生徒さん制作によるウクレレを弾く猫(陶器製)。ネコを題材としたフィギュア・クラフトのグループ展に出品したもの。作品タイトルは「ポロリンコ♪してますか?」。ぼくがモデルだということで、ありがたくいただくことになった。これがけっこう、でかい(座高およそ20センチ)、重い(2キロはあるかと)。今後の我が家のお宝になります/子猫3匹&ゴブリンのような子、なんかしらんが子だくさん。ウクレレは木製、コア材のような木目が出てるし、いいシゴトをしていますね/ロン毛、束ね髪がトレードマーク。後ろ姿が猫背っぽい(猫だし)のが似ている感じがする/メガネは作るのが難しかったそうで。ぼくのメガネをかけさせてみた

2014年05月21日(水)
昨夜はレレ教室火曜夜クラスでポロリンコ♪ 深夜になって、バケツをひっくり返したような雨が降っていたが、雨は朝方に止み、泣きはらした後のような曇り空が広がる。今日は二十四節気の第8、「小満(しょうまん)」▶「万物が次第に成長して、一定の大きさに達して来るころ」(Wiki)ということだが、今朝の新聞の日付の下に記されていて、初めて知った。「沖縄では、次の節気と合わせた小満芒種(すーまんぼーすー)という語が梅雨の意味で使われる」とも。「すーまんぼーすー」ってジャズマン用語みたいだ。「(ギャンブルとかで)数万、すっちまった」とか▶「小満」という字面から、なんとなく「小さな満足」、プチ幸せというのか、そんな意味も感じる。日々がこれで満たされていればよろしいのこと。例えばわりかし美味しいお菓子を見つけた、とか。最近ではセブンイレブンの「二度づけえびみりん焼」とか。諸々の不満をいくつかの「小満」で相殺していくのがウクレレ主義的生き方のひとつ。秘書が買ってきたテイクアウトの天丼、味噌汁。

写真は散歩途中の畑に干してあったゴム手袋。単に「干してあった」のかアートを意識して「インスタレーションしてあった」のかはわからないけど、天に向かって差し伸べられたゴム手袋は何か祈りを捧げるようでもある。

2014年05月21日(木)
昨夜はレレ教室水曜夜間クラスでポロリンコ♪ 〜ソコソコノ慾ハアリ/決シテ瞋ラズトイフコトモナイガ/イツモシヅカニポロリンコ♪の日々です。ところで、大飯原発の運転差し止めに関する福井地裁判決文というのは、往々にしてわけのわからん法律用語が占め、辛気臭い通常の判決文の中で、希代まれなる名判決文だなあ、と思いました▶中でも、「3 本件原発に求められるべき安全性」の「(1)  原子力発電所に求められるべき安全性」について、「原子力発電所は、電気の生産という社会的には重要な機能を営むものではあるが、原子力の利用は平和目的に限られているから(原子力基本法2条)、原子力発電所の稼動は法的には電気を生み出すための一手段たる経済活動の自由(憲法22条1項)に属するものであって、憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきものである。」という文章には喝采を送りたい▶これは、判決文の「はじめに」に述べられている指針:「〜生存を基礎とする人格権が公法、私法を間わず、すべての法分野において、最高の価値を持つとされている以上、本件訴訟においてもよって立つべき解釈上の指針である。」という司法が守るべき「最高の価値」が「人格権」と規定したところからの、再稼働を望む原発企業や政府がよく言うところの「原発を再稼働しなきゃ、日本経済は立ち行かなくなる」という「脅し」に対する明解な反論だと思う▶ぼくはぼくなりにこの問題を考えて、「安全基準をちょいと高めて再稼働すれば、ま、こんな事故はもう(そうそうは)起こらないだろう。何と言っても経済的恩恵というのが大事だからね。安全であっても困窮したら嫌でしょう?」(要するにそんなところでしょう? 原発が経済効率が高いかどうかは既に異論噴出だけど)という推進派論者に対して「困窮してもいいもん!」とは思ってますよ。その覚悟はあります。この辺、ずっとビンボーだった人間(ぼくのことですが)は強いのではと思っています。チキンライス、コンソメスープ、野菜サラダ。

写真はヒルサキツキミソウの群生。朝寝坊の「昼咲き」なんて親近感を覚える。

2014年05月23日(金)
アマゾンで買ったハピカという電動ブラシを愛用するようになったが、替ブラシが必要になった。で、アマゾンで販売するハピカの替ブラシは2本セットで400円くらいなのだが、これは「合わせ買い対象商品」ということで、「商品の合計が¥ 2,500 (税込)以上になるとご購入いただけます」(アマゾン、いい商売をしやがるじゃないか)ということだった。で、何か他のものを買おうと思ったが、ウクレレ弦はとりあえず向こう1年間分はあるし、プリンタインクも在庫はしっかりある。他になかなか思いつかない(ほら、ぼくはブツの欲望がウクレレ関係以外ではあまりない人だから。金もないということもあるけどさ)。で、ああそうだ、タブレットの音源をもう少し良い音で再生できるコンパクトなスピーカーが欲しかったんだ、と思いつき(ウクレレ教室で生徒さんに聞かせるため)、チェックしたら良さそうなのがあった。それが1900円、それでも計2500円に少し足りない。それで、消耗品のA4コピー用紙500枚入り、664円也を購入することにして、めでたくハピカの替ブラシを購入することができるという算段▶今日、商品が届いて、件のスピーカーを試したら、これがなかなかの優れものでした。これで、生徒さんに多少良い音で練習課題音源を聞かせてあげることができる。プチっと幸せな気分になった。歯ブラシの替ブラシ、転じてミニ・スピーカーとなったわけだが、宅配便のお兄さんがアマゾンの段ボール箱を抱えてドア口に現れるときの秘書の反応がいまだちょっと怖い。チキン・フリッター、野菜サラダ、味噌汁。

写真はそのスピーカー本体中央部がぼよんと伸びて、空洞部容積が増し、低音域が増大するという仕掛けはなかなか良いではないかと思った。

2014年05月25日(日)
<無いものは映さぬ春田わらっている>というのは母の句。前回、母に会ったとき、母は自分の句作を目で追いながら、「この頃(俳句を作っていた頃)は幸せやったよ」と言った。初夏の頃、水が張られた田んぼには、何というか、希望を感じる。そういう類いの希望が生きていく上で必要なんだな。この俳句は、母が本当に幸せだったんだろうと思える句▶さてと今日はこれから、四谷荒木町までポロリンコ♪をしに、ウクレレ担いで参りましょう。ざるそば、野菜天ぷら。

写真はその春田(12)、確かに「無いものは映さぬ」。

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