2014年6月12日木曜日

週刊「猫並日記」2014 (5.05~5.11)

2014年05月05日(月)
昨日の夜、こちらに戻ってきました。いきなり地震のお出迎えがあったけれど▶別れ際、母が「帰っちゃいけん。私を家に連れて帰ってくれんといけん」と何度も言うので困った。入れ替わり、兄が母を訪ねることになっている。いつも側にいてやれない二人の息子が、時間を作って交互に母を見舞うことがせめてもの親孝行だろう。ぼくも、今月末にまた母を訪ねることになると思う。もう少し近ければと思うが▶母は既に平熱に戻り、肺炎の症状は回復しているが、病院という環境の中でややせん妄状態が見受けられ、父が既に亡くなっていることや、自分が置かれている状況をはっきりと認識できずにいるようだ。「どうしたらいいか、ようわからん」というのが母の口癖になった▶また、嚥下能力が低下していて、誤嚥性の肺炎を再発する可能性があるので、点滴のみの絶食治療から、もうしばらくして裏ごし食による「嚥下リハビリ」というのを開始することになっている。リハビリによって、機能回復が見込まれれば、今までいた特養に戻る可能性もあったが、特養の方では「裏ごし食メニュー」の用意がなく、それは叶えられないようだ▶兄が今度行った際に、他の病院に転院し、リハビリを続け、今までいた特養で用意ができるミキサー食を食べられるようになるまで回復すれば、慣れ親しんでいいる特養に戻ることができる。それが目下の母の願いであり、家族の願いでもあります。

写真は3日に行った「下関海峡祭り」会場で掲げてあった鯉のぼりならぬ「フグのぼり」。今日は「こどもの日」だった。ぼくはずっと長い間、こどもの日が母の誕生日だと思わされていた。(母がなぜかウソを言っていたんだ。実際は5月4日が母の誕生日)。

「フクのぼり」(123)はなかなかのアイデアだね。下関と言えば「フグ」だけど、「フグしかないんか」とも思うけどね。

2014年05月06日(火)
5月4日は母の90才の誕生日だったが、母が入院したことで、誕生日当日、たまたまぼくがベッドサイドでのささやかなバースデーに居合わせることになった。本来なら、小さなケーキでも買って食べさせたいところだが、母は絶食中でそれも叶わない。何かプレゼントを考え、ぼくが撮った写真に母の俳句を賛した「俳画」ならぬ「俳写真」を贈ることにした。そして、ウクレレで歌でも歌ってあげようかとウクレレも持っていったのだった▶前日まで母は二人部屋にひとりでいたので、ウクレレ演奏も聞かせられると思っていたのだが、当日になり、新たに相部屋の入院患者が入っていた。会話するくらいなら問題はなかろうが、ウクレレで歌を歌うのは迷惑だろうと思い(当然だが相手は病人なので)、残念に思っていたところ、その患者さんが歩行訓練のため、病室を出る機会があった▶その機会にウクレレを取り出して、伴奏をしながら母にハッピー・バースデーを歌ってあげた。それでも病室だから、小さなささやくような声で、♪ハッピー・バースデー、ディア・かあちゃーん。ずっと憂い顔を見せていた母が少しだけ笑ってくれた▶そして、額に入れた「俳写真」を母に見せた。<ごめんねと言えずペンペン草になる>、「この俳句は母ちゃんの句の中でもぼくが好きな句や」と言うと、母は「こういう俳句を作ってたころは幸せやった」と言った。母はベッドの中でペンペン草になって遠い目つきをした。小籠包、揚げ出し豆腐、タケノコの煮付け、ピーマンと竹輪、ブロッコリー/タマネギ/トマトのマリネ。

こういう句を作りよった頃が一番幸せやったよ」と/病院内にあるコンビニで買ったボックスティッシュには子猫の写真が印刷されていて、「可愛いね。目がくりくりしとる」と気に入ってくれた。ぼくの猫好きは母譲り/ベッドサイドには生前の父が卒寿、母が米寿のとき、一緒に写った写真が置いてあった。父はこの写真を撮った三ヶ月後に亡くなった。母の似顔絵は特養の職員の方が描いてくれたもの。可愛く描いてくれている/「あれ(点滴のチューブ)を切って、私を家に連れてって」と言う。

2014年05月08日(木)
昨夜はレレ教室水曜夜間クラスでポロリンコ♪ 病床の母に会って気持ちがちょっと沈んでいたところ、生徒さんたちと一緒にウクレレ弾いて、だいぶ回復したポロリンコ♪ 憂苦も零零ポロリンコ♪ 何はなくともポロリンコ♪ ありがたやポロリンコ♪ 一昨夜はカレーライス、昨夜はちらし寿司。ざるそばも食ったな。

写真は見舞い帰省の折、せっかくだからと5月3日に「下関海峡祭り」を見物したときのもの。下関は平家滅亡に至る「壇ノ浦の戦い」が行われたところ。▶祭りの白眉は壇ノ浦に面した赤間神宮(壇ノ浦の戦いにおいて幼くして亡くなった安徳天皇を祀る)で行われた「先帝祭」における「上臈参拝」。子どものときに見て以来だったが、参拝時の太夫の独特な足さばき(「外八文字」という)はなかなかクールでありました▶「驕る平家は久しからず」だったわけだが、下関の人は平家びいきが多いような。ぼくも、あれだな、滅びゆくものにロマンを感じるような年ごろになってきたから、「盛者必衰」とかの無常感漂うセンスがね、いいなあと。諸行は無常でござります。

「上臈参拝」の先陣。水干、烏帽子の平安ルック/上臈トップバッター登場。この人から5人の上臈の参拝が続くということだったが、ひとりひとりの参拝間隔が20分近くということで二人目までを見物/なかなかにお美しゅうござるね。(この太夫さんは17才!)/新緑の中に欄干の朱、お召し物の赤が映え、奇麗でござったよ/この方は二番手/「外八文字」を披露しているところ/こういうからくり人形があったな/参拝を終えたトップバッター上臈さんこの時点で、人だかりの中の立ち見で疲れてきたので退散したのだった/
これが安徳天皇を祀る「赤間神宮」。幼い悲劇の天皇が喜ばれるかと、竜宮城を模したと言われている/武者のパレード。これは源氏方/後ろ姿はたおやかな女官たち/義経と弁慶弁慶役の人、けっこうハマってるね/こちらは平家方安徳天皇。始終、むっつりされておられた/彼方関門橋/右側で記念写真に納まっているのはイスラム圏からのツアーリストか。尼僧ルックに親近感を覚えたと見受けられ/琵琶の演奏。べべンベンと平家物語を奏でていた。なかなか迫力がありました。ウクレレとは対極の楽器かと/壇ノ浦の合戦を再現する「原平船合戦」船で海峡をぐるぐる回るだけで合戦はしないが、けっこうなスピードで海上を走り回っていたので、迫力はありました/このおじさんは「ほら吹き」担当/祭りの会場で買った鯨カツ。調査捕鯨も危うくなってきたので食べる機会もだんだんなくなるかと。この撮影の直後、風にあおられ、鯨カツは下の岩場に転落。下りて取ってきたけど。あと、一杯300円也の「ふく鍋」も食べたのだった。

うーむ、今日は歯医者に行く日だったが、すっかり忘れておった。先ほど歯医者から電話があって思い出した。歯医者は来週にはいしゃ復活。動画は「上臈参拝」における「外八文字」歩きの模様

2014年05月09日(金)
昨年春に帰省したときは、主なき実家の庭の桜の木に花がわずかに咲き残っていた。秋に帰省したときには紅葉が。今回帰省したときには、ツツジが咲いていた。母はもう長い間、ほとんど実家に戻っていないので、母に会うたびに実家の庭の様子を写真に撮って見せることにしている。「ツツジが咲いとったよ」とカメラのモニターを見せれば、少しは納得したような表情を母は見せる。太巻き、鶏の唐揚げ、レタスとトマトのサラダ。

写真は実家の庭のツツジと周辺に咲いていたツツジ(12)。今回はやたらと濃いピンクのツツジが目に付いた。躑躅と漢字で書けば、なんだか髑髏みたいでおどろおどろしい花のように思える。

2014年05月11日(日)
ウクレレ教室として使用している大和市生涯学習センターの「センター祭り」(各市民サークルの文化祭のようなもの)というのが10月にあるのだけど、そいつに生徒さんたちを出場させようと目論んでおるのね。600人収容のホールで発表会をやるのさ。ウクレレオーケストラを編成して、ぼくは指揮棒を振ると▶昨年の横浜でやったウクレレ・ピクニックでキヨシ小林さんがそういうのをやっていて、ぼくもやってみたいなあと思ったのだった。で、今日、その「センター祭り」の事前説明会があるというので早起きして行ったら、その会合は2週間後に延期になっておった。なんだよ、まったく、と思いつつ、午前中の陽光溢れる駅前をぶらぶら▶女子高生バンドが演奏してた。絵に描いたような「けいおん」だった(「けいおん」は漫画だから絵だけど、その漫画読んだことないけど)。なんか良かったね。演奏がどうのより、やっぱりその若さがね、いいね、と。君ら、素敵な恋人と巡り合って、幸せな結婚をして、元気な子どもをたくさん産んで、日本の未来に貢献してね、と自民党が言いそうなことをちらと考えた(他意はない、ですたい)。タコライス&オニオンスープ。

女子高生ロッカーにはチェリーサンバーストのレスポールが必須アイテム/聞いてる人はじいちゃん、ばあちゃん多し。

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