2013年12月27日金曜日

WeeklyTweets 2013 (11.4~11.10)

2013年11月05日(火)
<おむかえを待つ間熟柿を食べている>というのは母の句。「おむかえを待つ」という言い方、ボブ・ディランの ”Knockin' on Heaven's Door" で言うならば、「目の前がだんだん暗くなってきたぜ。まるで天国のドアをノックしてるようだ」みたいに、死期を悟った者が口にする言葉ではないか。しかし、母の句によれば、その三途の河原の渡し舟の船頭だか、天国へ誘う使者だかが「おむかえ」に来る間、当事者は呑ん気に熟柿なぞ食っている▶母のこの俳句の意図はどこにあるのかよくわからないが、人が熟柿を食べている光景というのはとても静謐な感じがする。季節は晩秋、密かに柿を食む音だけする。死出の旅もこのくらい呑ん気に構えていられれば安息はあろうね。うん、この句はなかなかいいかも、と思ったぼくは夜の底でウィスキー・ボンボンを食べている▶今日は終日、譜面を作った。カレーライス

写真は、散歩ロードのお気に入りスポット「徳善寺」の境内の。筆柿というのか紡錘形のヤツだね。別名、「珍宝柿」だと。「地域により『ちんぽ柿』ともいう」だって。形状からか? うーむ、そりゃ、ちょっと……。でも良い形だ。
03:11:00

2013年11月07日(木)
一昨夜、昨夜とレレ教室、11月から年末にかけて、普段が猫並みの生活のぼくにしてはけっこうなんだかんだと人並みの予定があって、うーむ、いつも土壇場になってじたばたする性格、前もってやるべきことはちゃんちゃんとやらねばな、と思いつつ、今やるべきはなんなのかのプライオリティを考えたところ、とりあえず、レレ教室のネタ作り、譜面書き、ぼくはこういう性格なので、つまりアマノジャクなので、ありものの譜面を教室で使うのはあまり好きじゃなく、また、ぼくはウクレレのテクニックに関してはお金をいただいて教えることができる、まあ、ぎりぎりのところではないかな、とこれでも客観的に自分を見ているわけで、だったらできるだけオリジナルの練習課題を作りたい、よくあるウクレレ譜面をコピーしてテクニックだけをちょいちょいと教えるのは、まあそんなに難しくないけど、つまらない、カバーするにしても自分なりの解釈をね、加えたいじゃないですか、選択する曲もね、ウクレレ楽曲としてポピュラーなものは、生徒さんはそういうのをやりたがってるかもしれないけれど、ぼくにはつまらなくて、結局、自分がいいな、これをウクレレでやりたいなと思う選曲をするので、そういうのは自分で譜面を起こさねばならず、これがけっこう大変なんだね、それは、ぼくが音楽的な知識があまりないからだけど、とにかくすごく時間がかかるんだ、また、生徒さんの課題曲リクエストなどもあり、そういうのも都合良くありもののウクレレ譜面なんてないことが多いから、このところ、その「ネタ作り」に精を出していたところで、こういうことをやるとそれなりに音楽的な知識はつくけれど、ウクレレはちっとも上達しないなあ、ということに気付き、知識は知識、それを知ったからって、なんだって言うんだというところはありつつ、譜面作りというのはハマるね、ガッコウ講師時代も教材プリントを作るのが好きだった、好きなんだけど、年末にかけて、最初に片づけておきたいことに思いの外、時間がかかっていかんなあ、ぼくはいろんなことを同時に出来ないタイプだからなあ、というか、ひとつのことをやりだすと他のことへの切り替えができなくなるタイプだからなあ、もう少し賢く時間を使わねばなあと思う次第、なんだか、一日の時間が倍速になってきたような感じだな、エイトビートから16ビート、 bpm(Beat per minuites、、テンポのことだね)が♩=240超くらいになってるのじゃないか、世の中も、うーむ、諸々、若干、焦り気味でありますが、ここは、♪足早に流れる日々をひととき止めて、ため息のようにとおり雨〜(こんな歌を昔、歌ってました)、ちょっと息抜きしたい、のんびりしたいと思うが、ぼくはいったん自堕落モードになると果てしなく自堕落になるので、とりあえず、年末まではちゃんとちゃんとやろうと思っているのでした▶天気、良くなってきたね、散歩でもしてくっかな。ええと、一昨夜は何食ったか、しばらく思い出そうとしたけど、完璧に忘れた、元々物忘れをする方だったけど、最近ひどいな、まあ、いいや、昨夜は親子丼

「お達者ウクレレ教室」で84歳のKさんから、「船頭小唄」(♪おれは〜河原の枯れススキ〜、ってヤツね)の練習曲リクエストがあったんだけど、生徒さんたちで「船頭小唄」をやっている(それもウクレレでね)状況を考えて、やっぱりちょっとなあ、と思いつつ、Kさんのために簡単な譜面でも用意してあげねばなあ、と考えてはいるのだがが、後回しになってる、すんません、Kさん。写真はそのススキ、セピアの秋のセピア・ススキ。
12:11:50

2013年11月08日(金)
<日に一度浄土にあそぶ野紺菊>というのは母の句。俳句には四季折々の花々が、季語として詠みこまれているケースが多いが、そうした花々を実際に見て知ることは、俳句鑑賞において必須であることが、最近になってようやくわかった。父や母の俳句で詠まれている花を実際に見つけたときは、ほぉ、この花がそうなのか、そうかそうか、と嬉しくなる▶で、この野紺菊、菊もいろいろあるだろうが、この普通さがいいね。ありふれていて地味、さして主張もせず、淡々と日々を送っている質実誠実な庶民の感じ。野紺菊という名前がいい。普段は化粧気のないごく地味な印象の、でもちょっと化粧でもすればきっとぐっと美人になるような顔立ちの、気立てはいいんだけど、少し淋しげな印象があるOLがいたとしましょう。そうだね、30歳ちょっと前、ずっと付き合っている恋人らしき男性はいるんだけど、彼はミュージシャンなんかを夢見ているフリーターなもんで、なかなか結婚もできない▶彼女も給料が手取り13万円くらいしかなくて、それは住み込みで経理として勤めている町工場の景気が悪く、もう倒産寸前なんだけど、社長さんがいい人で、自分に少ない給料しか出せないことをいつも気にして、なにやかやと面倒を見てくれる、誕生日の日にはどこかでバッタもんの偽ブランドのバッグかなんかプレゼントしてくれたり、そんなことがあって、なかなか転職もできない▶郷里の両親はそんな娘を気遣い、「そろそろ戻ってきて、こっちでお婿さんでももらってくれないだろうか」と言うのだけど、彼女はミュージシャン志望のフリーターの彼がいることをなかなか,両親に告げられないでいるんだね。そりゃもう、その彼と結婚したいなんて言うと、絶対,反対されるから。そのあたりの事情が彼女を淋しげな印象にしてるんだな▶彼とのデートは、大体、コンビニで二人分の弁当を買って近所の公園とか、安い入場料で入れる市営の動物園とか、植物園とか。ディズニーランドには奮発して一回行ったけれど、園内で食事をすると高いので、葛西臨海公園で彼女が作ったおにぎりを食べてから入場したりした。乗り物はたくさん乗ったけど、飲み物とかも事前にコンビニで購入したものを飲んだりして倹約に努めた▶でも、彼が園内で「ギョウザドッグ」を食べたいと言うもんだから、思い切って買って二人でひとつのギョウザドッグを食べるんだね。「美味しいねえ」って二人で笑いながらね、食べると。で、彼がギョウザドッグを食べながら言うんだ。「オレ、おまえと結婚したいから、ミュージシャンになる夢、あきらめるかな」とか言う。彼女はそれを聞いて「だめよ、あなたは才能があるんだから、あきらめないで」とか言うと▶話が長くなったが、「野紺菊」というのはそういう質素で健気なOLのイメージがある。母のこの句は「日に一度浄土にあそぶ」とあるから、庶民的というより幻想的な感じではあるけれど。今日は、生徒さんから預かったカマカ・ソプラノのペグ交換、及び壊れた古いウクレレ(スズキ製)の再生にこれ努めた。大根,ニンジン、豚肉角煮、モヤシ炒め、冷や奴

写真はその野紺菊。この小さな茶色の蝶はなんという蝶なんでちょう? どなたか知ってたら教えてちょう。
02:11:58

2013年11月10日(日)
<夢だけが自由奔放冬に入る>というのは父の句。この句はなんだかシャガールの絵を彷彿させる。青い夜空に恋人たちや馬が宙に踊るモチーフの。シャガールが描く夜空は夏のそれでも、春でも秋でもなく、凍てつくような冬の夜空だよね。ぼくはそう思う。そして、夢は夜空を駆け巡る、と▶立冬も過ぎ、暦に合わせたようにぐっと寒くなった。こたつは既に使っているが、今日は日中の部屋での電気ストーブをシーズン初使用。ここのところ、なんだかあれこれと小忙しい気分で、今日もプライオリティの高い順にやるべきことを片づけようと思ったところ、いきなり探し物をする羽目になり、ぼくは何が苦手かって、探し物が苦手で、探していると、探し物は何ですか、一体何を探しているのか、という状態になってくるんだね。で、仕事を片づけなきゃいけないところが、時ならぬ部屋の片づけになっちまった。部屋の片づけなんかやってる場合ではないのにと思いつつ、気がついたらやり始めるんだな。それで、ぼくは何が苦手かって、片づけも苦手で、下手くそだから、終始がつかなくなって、だんだん苛々してきて、終いには人生の不条理を思ったりもするんだが、そうか、片づけが下手だから探し物をよくするんだな。そういうことだった。オムレツ、カレーコロッケ、キャベツとじゃがいもの味噌汁

写真はアケビアケビがあくびをしているね。しかし、なんというか、臆面もない果実だなあ。
02:11:18

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