2013年12月27日金曜日

WeeklyTweets 2013 (10.15~10.20)

2013年10月15日(火)
日曜日は荒木町「ゆうむ」でポロリンコ♪ 「四谷大好き祭り」で路上デビューも果たし、益々好調に推移している「ヨコシマーズ」だが、「ヨコシン理事」として持ち前の「明るさ・楽しさ&ちょっぴりヨコシマ」な資質に加え、さらなる音楽性の充実をお手伝いしていきたい所存。年末は彼らは、地元、根津でのライブも企画中。缶バッジなどのグッズ関連も大好評、どんどん素敵なユニットになっていく気がします▶レッスン終了後、あたふたと小田急線に乗り、中央林間「パラダイス本舗」へ。この日の夜に大和のレレ教室の生徒さんのユニット「ピンク・デ・ポロリンコ」のフォークデー・デビューがあったのね。へっぽこ先生としては彼らのステージをしっかり見守ってやらねばならん、ということで、7時ごろパラ本に到着、他のクラスの生徒さんも来てくれて、普段はギターメインのフォークデー・メンバーにウクレレ旋風を吹かそうというぼくの魂胆が実現しました▶「ピンク・デ・ポロリンコ」(そういうつもりではなかったのだが、なんとなくお色気系のユニット名になってしまった(「ポロリンコ」はあくまでもウクレレの音色を表した擬音語なので誤解なきよう)のメンバーは、この日に備え一生懸命、自主練を重ねてきたんだ。ぼくも何度か「コーチ」として練習に付き合ったが、正直なところ、まだまだ不安を残すデビュー・ライブであった。でも、この日の演奏、とても良かったよ。練習の成果がよく表れていた。へっぽこ先生もとても満足、嬉しかったな▶ちょっと残念だったのは「ピンク・デ・ポロリンコ」の紅一点、”パラダイス・クイーン”K子さんがライブ前に風邪を引き、声がほとんど出なくなったため、彼女の魅惑のセクシー・ボイスをお聞かせすることができなかったこと(歌がお上手なんだ)。これは次回のリベンジ課題としましょう。あと、そのK子さん、体調がすぐれない中、演奏の方でがんばったせいか、演奏終了後、貧血状態になるというハプニングがあったんだ。みなさんにご心配をおかけしましたが、彼女は回復して、今は大丈夫です。この場を借りて、関係各位にお伝えいたします▶ともあれ、メンバーのみなさん、お疲れさまでした。「ヨコシマーズ」といい、「ピンク・デ・ポロリンコ」といい、生徒さんたちがこうしてユニットを作って、一緒に演奏する楽しさを知ってもらって、へっぽこ先生としては嬉しい限りであります。今後、別のクラスの生徒さんたちでユニット(「お達者・デ・ポロリンコ」とかね)をどんどん結成してもらって、ライブをやってもらうと嬉しいな▶個人的にはこの日で、ここのところ続いていたポロリンコ活動もちょっと一段落、昨日はさすがに疲れが溜まっていたのか、10時過ぎにはバタンQ。よー寝た。これから年末にかけてもポロリンコ・イベントがぱらぱらと。やるべきことはちゃんちゃんとやって楽しむときは楽しむ、といきたいところ。ぶりの照り焼き、鶏のつみれ汁。

写真は「ピンク・デ・ポロリンコ」のパラ本デビューライブの模様(一部、由美子さん撮影)。「ピンクな」雰囲気でしょう? ぼくもこの際だから、彼らのレパートリーが終わってから、一緒に演奏しました。来てくれた他の生徒さんに「先生が一番、楽しんでる」と言われたよ。そう、それが「ウクレレ主義」であります▶Pink de Pororinko 写真10.▶フォークデー常連、由美子さん。彼女にはいつも写真を撮ってもらっているので、こういう機会にはぼくは彼女の写真を撮るんです。良い感じに撮れたかな?▶「フォークデー」ではいつもトップバッターの役割をしてくれるオッチー。場をほぐす役目として感謝してます。今回はけっこうシブく撮れたのでアップします。かっこいいんじゃない? オッチー▶外からパラ本の中を撮影。街角の音楽パラダイス、楽しい夜のひとときがここで繰り広げられているというわけ▶中央林間駅から東急沿いに歩いて6分、まだ行ったことがない人は是非。酒は美味いし、ねえちゃんも(それなりに)きれいだよ。とにかく良いお店です。
14:10

2013年10月16日(水)
昨夜は台風接近の中、遅くまで起きていて、「これからだなあ」と思いつつ眠りに落ち、目が覚めたら台風は去っていた。朝の通勤に向かう人は大変だったろうが、こういうとき、零細ながら自営の身はありがたい。関東圏は交通網も徐々に回復している感じか。今回の台風は規模はでかくても、進行速度が速いので被害も予想より大きくならないのかもしれない。今後、東北、北海道方面、被害が少ないことを祈る。特に福島原発付近▶思えば、日本ほど自然災害に対して周知が徹底し、繊細な対応を取るような国は世界でもあまりないだろう。自然災害の多い国故の経験値から学んできたことも大きいだろうが、これは、ある意味、「村社会」のひとつの利点なのかもしれない。何につけ、集団の中での個、集団あっての自分、という感性が日本人にはあって、また、英語で”law-abiding citizen”(法律をよく守る市民)という言葉があるが、なんだかんだありながら、日本人はそうした資質を持つ世界でも最たる国民だと思う▶LAに住んでいた頃、人種、宗教、価値観が大きく違う人々が、ひとところに集まって暮らしているということに新鮮な刺激を受け、人々というのは何と「カラフル」なんだろう、と思った。日本にはない「自由」をね、感じた。それこそが本来の人間の在り方だとか、思ったんだ。でも、長く暮らす内、結局、基本的な価値観が違う人間同士が共存していくことの難しさや、自分自身、人間の繋がりの拠り所がかえって小さくなっていくことを感じた。狭い日系社会の中だけで生活している人もたくさんいるわけで▶ぼくは、結局、里心がついて帰国したが、帰国時はバブルの末期で、様変わりした日本を見て、帰国したことを後悔したけど、まあ、いろいろな問題は山積していても、日本というのはそんなに悪い国じゃないかな、と思うようになった。少なくとも食い物は世界で一番美味い国だと思うよ。うんざりすることも多いけれど、物事にはいつもブライトサイドとダークサイドがあるわけで、ぼくはね、意識的にブライトサイドを見ていこうと思っとるの▶そんなことを、台風一過、ぼんやりと考えたのだった。人生は「やれやれ」と「さてさて」の連続だよ。でね、ぼくは「やれやれ」の方はわりとすぐに忘れる。いつも「さてさて」の気分であります。ラーメン鍋

写真はちょっと前のもの。散歩ロード住宅地の道端にある地蔵の前に植えられたケイトウ。地域にお地蔵さんを設置するなんて風習、これも日本の良いところ。まあ、こういうのが良いなあと思うようになったのは最近のことだけどね。
12:10

2013年10月17日(木)
昨日の投稿で台風26号の被害は当初予想より少ないかもと書いたが、伊豆大島では甚大な被害が出た。自然の脅威というのは予断も許さなければ、事後の憶測も受け入れないところがある。町田市で川に流され死亡した女性がおりましたが、その川というのは町田方面から藤沢方面に流れている境川、下流でいったん救出された現場はぼくのおなじみの散歩コースでもある。情報をしっかり確認しないで楽観的なコメントを書いたことをお詫びするとともに、災害に遭われた方々にお見舞い申し上げます▶昨夜は大和レレ教室水曜夜間クラスでポロリンコ♪ このクラスの生徒さんたちが、先日、パラ本のフォークデーに出演した「ピンク・デ・ポロリンコ」のメンバー。初めてのライブはみなさんにとって楽しい経験になったようだ。また、来月もやりましょう! ということで、この日のレッスンは新しいレパートリーに取り入れて欲しいものを数曲、やった▶練習することのモチベーションとしてライブを念頭に置くことは一番いいかもね。ぼくは楽曲というものは人前で演奏することで、自分の中でしっかりと形が形成されると思ってるんだ。音楽は聴衆があってこそ成り立つと、ね。たくさんの聴衆がなくても、それこそたったひとりに向けて奏でられた音楽でも、その瞬間に本当の意味の音楽が生まれるように思う▶音楽は「やってなんぼ」というのはそういうこと。この楽しみを知っている人は人生において、それを知らない他の人よりちょっぴり幸せなんじゃないかと思ったりもする。楽器をやらない人で、別に音楽を聞いてるだけで十分に楽しい、という人もいるでしょうが、騙されたと思って何か楽器を手にするといいと思うよ。上手い下手じゃない、楽しむことを上手になればいいとね、ぼくはそう思います。天津丼

写真はキバナコスモス
12:10

2013年10月18日(金)
♪あーきの日ーはー、つるべ落ーとーし、で始まる歌、小坂忠の「つるべ糸」だね。ずいぶん前から、毎年この時期になると決まって脳内で再生される歌。それで、冒頭の歌詞しか覚えてないのでいつも冒頭4小節くらいで脳内ループされるんだ。今回、ふとYouTubeを検索したらあった。そっか、しっかり続きの歌詞もあった(当たり前か)。深まっていく秋の歌として良い歌だね▶昨日はまずまず早くに起きたのだけど、昼寝もしてだらだらと猫並に過ごした。今朝もまずまず早くに起きだが、あれやこれやと雑事をこなしていたら、あっという間に日が暮れてしまった。やるべきことは色々とそれなりにあるのだけど、ぼくは能率の良いスケジューリングが苦手で、また物事のプライオリティというのか、片づけていかなければいけない順番というものをよく考えて物事に当たるのが苦手だ▶思いついたことからやっていく傾向があって、それを先にやらねばならない必然性はなくても気がつけばそんなことをやっていて(例えば、パソコンのファイル整理とか)、肝心の先にやるべきことは後回しになったりする。だから、いつも土壇場になって焦ることが多い。で、土壇場の底力みたいなものには自信があったのだけど、年を取って、それもなくなってきたなあ、と▶それでも根はまじめな方だと思うので、粗忽な分だけ、ちゃんちゃんとやらねばとはいつも思っている。台風が去って、ぐっと秋めいてきて、日の入りも「つるべ落とし」の様相になってきたが、ぼくの人生の方も秋めいてきて(ま、元気だけどね)、なにしろ毎日が過ぎ去るのは早くて早くて、先送りしているやるべきことの大山、小山が彼方に見えるチゲ鍋

写真はツマグロヒョウモン on the キバナコスモス。9月の終わりくらいのちょっと前の写真。今ごろは既に蝶の天国に飛び立ったのだろうか。蝶の一生というのも蝉に似てステージがあるので、一概に1シーズンだけの命とは言えないだろうが、短命ではあろう。しかし、それぞれの生き物にそれぞれの時間があるわけで、短命だからといって憐れむ対象ではないように思う。地球規模の時間を考えれば人間も同じようなものだしね。諸行無常を思うねえ。とりあえず、深まりゆく秋を感じる日には。
18:10

2013年10月19日(土)
♪胸に〜しみる空のかが〜や〜き〜、「悲しくてやりきれない」空が広がる季節になってきたね。今朝の東京新聞一面の記事、東日本大震災の津波で家を失った老夫婦の息子さん夫婦が、伊豆大島の土砂崩れ災害で犠牲となったことが掲載されていた。なんとも痛ましい。こういうことを知るにつけ、神は無慈悲であるなあと思う▶幸福というのは、「歩いてこない、だから歩いていくんだよ」という歌にあるように、地道であってもしっかりと歩いていけば幸福になることはできると思うが、不幸というのはいつも突然にやって来る。世の中を見渡せば、おびただしい不幸の様相を見ることができるが、だからといって、ぼくらはそうした不幸に胸をつまらせてばかりではいけないと思う▶理不尽なこと、腹立たしいことも世の中にはごろごろと転がっているが、そうしたことをあまり背負ってはいけないと思うんだ。誤解を恐れず言うならば「関係ないよ」とどこかで自分を切り離すことも必要かなと。しょうもないこと、くだらないこと、愚かなこと、そうしたすべての人間の所業に「関係ないから」と、自分を切り離す。ちょっと自覚的にね▶問題意識を持つな、と言ってるわけじゃない。ぼくだって、お気楽にウクレレを弾いているばかりじゃないけれど、人生を楽しむことは大事だよ。それは享楽をほしいままにするというのとは違う。一日が無為に過ぎたと感じるときも「今日は美味しいパンを食べたので良しとしよう」という考え(吉本隆明の「幸福論」に出てくる言葉)だね。不幸にして亡くなった人たちも残した家族や愛する人たちが人生を楽しんでいる様子を天国から見ると嬉しいのではないかと思ったりする▶目下のぼくの一番のやるべきことは、自分の人生をより楽しいものにするための諸々の準備であるとか、努力すべき課題をこなすこと。神様もけっこうしっかりしていて、努力しないと楽しく幸せな人生を送れないようにしている感じ。まあ、遅々としてますが、ぼちぼちとね、やっております。まずは部屋の片づけからだな(ぐしゃぐしゃのピークに達してしまった)。鮭の西京漬け(だっけ? そんなヤツ)、モヤシと豚肉の炒め物、豆腐とワカメの味噌汁

写真は「胸にしみる」青空。飛行機が飛んでる。HONZIの「ひこうき」(Fishmansのカバーだね)、こちらも胸にしみる名曲。
13:10

2013年10月20日(日)
<朝っぱらから雨が降ってる/まるで俺の目から流れる涙のように/暗い部屋の片隅でじっとしている俺に/雨はいつものブルースを運んでくる>▶朝っぱらから冷たい雨が降っているこんな日に、決まって脳内再生されるのは、「セイム・オールド・ブルース」。「メンフィスの重鎮」ドン・ニックスの曲だね。フレディ・キングのバージョンがポピュラーだけど、ぼくが好きなクラレンス・”ゲイトマウス”・ブラウンのバージョンを。彼がやると、鬱々とした歌詞のこの曲もどこか温かい感じがする▶気温が下がってぐっと秋も深まってきた感じがするが、夏の終わりくらいから何の前触れもなく始まった早起き(そこそこの、だけど)も続いてる。今朝は8時起床。昨夜は少し宵っぱりをしたが、やっぱり早めに目が覚めた。例年ならそろそろ夜型に戻る時期なんだけど、今年は夏場の早寝早起き習慣がやってくるのがやや遅く、その分、この傾向も延長しているようにも思える▶その代わり夜に弱くなって、ベッドに入るとすぐに眠くなる。ぼくは基本的に寝る前にしか本が読めない人間なので、ここ最近、ほとんど本を読まなくなってしまった。図書館から借りている本もほとんど読まずに再延長の手続きを繰り返すばかり。新聞を読むのが精いっぱい。で、だんだん頭の中が軽くなって、バカになっていく気もしないではない▶一般に本を読むことは美徳とされるが、はたしてそうか、と思う。近代以前の文章を読むということができる人が限られていた時代、また情報というものがごく身内や狭い共同体の中だけで行き来していた時代、ほとんどの庶民は日々、近しい人たちとだけ会話し、日々の日常的な生活にのみ関心し、空を眺め、星を眺め、頭を軽くして、ごくシンプルに暮らしていたのではないだろうか。つまり、「近代的自我」とやらが目覚める以前の人々の暮らし。そしてそれはけっこう心に良い暮らし方なのではないか、と思う▶そういう暮らしはもはや望めないが、ぼくについて言えば、心の調子が良いときは頭がわりとすっからかんになっているときだなあ、と思うんだ。さてさて。牛丼、味噌汁

写真は散歩ロード、境川のカモたち。この子たちも(たぶん)本は読まないが、ごく幸せそうに見える。ところで、夏の間、しばらくどこかに行っていたカモたちはまた境川に帰ってきたが、ぼくが愛したアヒルのしるこちゃんを見かけなくなった。しるこは何処に? とカモたちに聞いてみたが、返事はなかった。どこかで元気にしていればいいのだが、淋しい。
15:10

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