2013年9月21日土曜日

WeeklyTweets 2013 (8.5~8.11)

2013年08月05日(月)
土曜日にウクレレピクニックに行ってきた。けっこうディープにウクレレにハマってもう5年くらいかな。で、恥ずかしながら今回が初めての参加。ロックなどのイベントに比べ、穏やかでユルい感じ。ステージがあっても立ち上がらない、特に盛り上がらない(笑)。そこがね、やはりウクレレ、良い感じ▶来ている人たちの多くはマイ・レレ持参、ぼくもとりあえず持っていった。ウクレレ・ショップのお兄さんとレレ話、つい見せびらかしてしまった愛器ギブソンTU-1。ウクレレは戸外で弾くといい感じ。しかも会場は海のそば、音が潮風に乗っていいんだ▶ウクレレ・プレイヤー全員集合で楽曲演奏の光景。去年は2千人以上の「同時演奏」でギネス記録を作ったそうだけど、今年はどうだったのかな。どうやって人数をカウントしてるのか、そこんとこ疑問ではあった▶「全員集合」と言えばドリフターズ。「動くブーさん」を発見、オーラがまったくなくて温厚そうなお方であった▶ワイハのルービ▶ぼくの秘かなレレ師匠、キヨシ小林さんの生徒さんによる演奏。参考になりました。手前に写ってるベアバックの女性、ハワイアンだねえ▶ちょっと欲しい感じのVOXウクレレ。内蔵スピーカーでボリュームいっぱい鳴らしてもわりとナチュラルな音。もう少しゲインがあって歪んだ音も出たらロックもできるんだけどね▶Inoue Ohana。ケニー井上さんのギター、良かったよ。ハワイアン系でもそこらのハワイアンバンドとは一味違う。フレージングやリズムの取り方にロックのフレイバーがあるんだ。やはり元・夕焼け楽団。さすがだね。花火も上がって最高でした▶こちらはブーさんのステージ。ダブルネック・ウクレレで定番曲などを。まだまだお達者▶ウクピク終了後、一緒に行った「ヨコシマーズ」の面々と野毛でお疲れ飲み会。入った割烹料理の店で生まれて初めてどぜうを食すが、イマイチだった(でも、Yちゃんが「ここのはあまりおいしくない」とひそひそ)。写真は♪ヨコシマ〜たそがれ〜、の図▶こちらは、♪ブルーライト、ヨコ〜シマ〜、の図
posted at 02:34:11

帰省していた間は早起きになって、昨日まで早寝早起きが続いていたが、今夜はまた夜更かししてしまった。うーむ。ともあれ、また新しい日々が始まる。さてさて。カレーライス。写真は横浜赤レンガ倉庫から桜木町方面
posted at 02:51:46

2013年08月06日(火)
<遠花火眞面目同志で他人です>というのは母の句。今回帰省の折、いくつかの母の俳句について、母に作者としての意図など聞いてみた。この句については「『眞面目同志で他人』っちゃ、どういう意味?」と聞いてみたが、はっきりとした返答はなかった。ただ、「作った句は全部覚えちょる」とのこと▶遠く聞こえる花火というものはなんとなく気をそぞろにする。「おや、どこかで花火をやってるね」、「あらそうね、どこかしら」といった会話が交わされる夏の夕げの終わり頃。「眞面目同志で他人です」という間柄、老いた夫婦の関係か。窓を開け放していてもどこか静かな夏の夜、夜の蝉の声が聞こえる。麻婆茄子▶写真は土曜日の横浜写真の残り。ウクピク会場の赤レンガ倉庫側、埠頭に停泊していた「飛鳥II」。日本籍では最大の客船とのこと。これを見るのもいささかラッキーなんですが、腹に響くような汽笛一声、出港していく光景を見ることができた。 ▶巨体なので自分では小さく曲がれない。タグボードに押されつつ進路を変えていくわけだね▶6階建てのマンションを乗っけているようなでかさ。真後ろから見ると、なんとも安定が悪そうだが、だいじょぶなんでありましょう▶♪あ〜あ〜、あこがれっ〜のハワイ航路〜、若者は知らんだろうなあ、この歌。ま、ぼくにとっても生まれる前の古い歌だけどね。終戦直後の日本人が夢見るハワイ、そりゃ無茶苦茶憧れでありましょう。ちなみにこの飛鳥IIで世界一周代金、5千万円だと▶「飛鳥IIで世界一周代金、5千万円」はロイヤルスイートルームのお値段であります。
posted at 02:07:30

2013年08月07日(水)
レレ教室@大和火曜夜クラスでポロリンコ♪ 前回に続き、ウクレレ・ブルース・レッスンを。しかし、そこはウクレレ、ギター・ブルースとは一味違う、「フラ・ブルース」、「スウィンギー・ブルース」なんて曲をやった。まあ、ユルい感じのブルースになりますね▶悪魔に魂を売るというよりも、悪魔を懐柔して一緒にお茶を飲んじゃうようなブルース。それがぼくが信じるポロリンコ・パワーなんだな。外交にウクレレを、というのはぼくの主張。チキンライス、ウインナー、野菜サラダ▶写真は実家近くの墓地に咲く夾竹桃。律義な墓守のように炎天下に咲いていた。ぼくの住んでいる周辺では同じ同系色の花のサルスベリは多く見かけるが、夾竹桃はあまり見ない。帰省地ではこの濃いピンクの夾竹桃をよく見かけた▶夏を感じさせるだが、毒性があるとのこと。それもまた、墓守としての資質と言えるのかもしれない▶墓地は実家から歩いて数分の高台にあり、そこからぼくが育ち、祖父母や両親が長く住んだ実家が見下ろせる。先祖代々の墓には祖父、祖父の病死した前妻、祖母、幼少のとき亡くなった父の義弟、そして2年前から父が新規入居者となった。
posted at 02:30:41

2013年08月08日(木)
昨夜はレレ教室@大和水曜夜クラスでポロリンコ♪ 帰宅して豚カツ食ってバタンQ。写真は父母がかつて住んだケアハウス下に咲き乱れていたピンクの花(サルスベリではなく)、ちょっと忘れな草のようでもあるが、花期が違う。どなたか教えてくだされ▶こんな感じの花。小手毬とかシモツケにも少し似てますね。ちなみにこの花の向こうに母が住む特養の建物が見える。今どき風のコンクリート打ちっ放しの外観なんだ▶両親がかつて共に住んだケアハウスと、今、母が住む特養は別個の建物だが隣接している。母が要介護4となり、特養に移転。父はケアハウスに残り、父が亡くなるまで別々の暮らしとなったが、父は毎日、母の特養の部屋を訪ねたそうだ。「父ちゃんが来んようになって淋しいよ」と母は口癖のように言う▶今回の帰省訪問では群れ飛ぶトンボや蝶がぼくを迎えてくれた。この建物が両親が住み、父にとっては終の住み処となったケアハウス▶ムクゲとトンボ@ケアハウスそば▶特養のリビングルームから見える海峡。向こうは北九州小倉あたり▶特養の庭からの
posted at 17:22:21 

2013年08月09日(金)
<つけまつげ大きく反らす黒揚羽>というのは母の句。説明不要なシンプルな句、ちょっと乙女チックな感性、こういうのが母の句の持ち味かな。男はいつまでも少年の感性をどこかに持ち続けるなんて言うが、女も婆さんになっても乙女心はどこかにずっと、と思うよ。焼きうどん、菜っ葉と豆腐のお汁▶写真はランタナの蜜を吸いに来た、これは普通のアゲハチョウ@母が住む特養近辺。なかなか良く撮れてるじゃろ?
posted at 01:49:54
 
本日付東京新聞「筆洗」で、米側の(そして日本においても信じられた)原爆投下「神話」について述べられている。つまり、(原爆投下は)「ポツダム宣言を黙殺した鈴木貫太郎首相の言葉が引き金になった、本土決戦を回避し結果的に百万人の米兵の命を救ったー」というもの▶しかし、事実は「トルーマン大統領からの原爆投下命令は、ポツダム宣言の前にすでに実施部隊に届いており、黙殺発言とは関係ない」ということ。そして、「原爆は多数の兵士の人命を救った『良い兵器』であり、投下によって戦争を早期に終結させた」という「神話」が完成することになる、と▶8月4日付の東京新聞「東京下町日記」では、当時米海軍の通訳仕官だったというドナルド・キーンが、広島に続き、長崎での原爆投下を知り、「二つ目の原爆投下について、トルーマン大統領が『jubilantly(喜々として)』発表した」ということに「ショックを受けた」と述べている▶「当時、原爆被害の実態は分かっていなかったが、それにしてもその威力は絶大で終戦は時間の問題だった。なぜ、原爆を二度も投下する必要があったのか、正当化できる理由は何も考えられず、私は深く思い悩んだ」と、キーン氏は述懐している▶今日は4日の広島に続き、長崎に原爆が投下された日だ。この日の投下目標の第一目標が福岡県小倉、第二目標が長崎市であったことはよく知られている。小倉に投下されなかったのは、気象条件だけではなく、諸々の人為的ミスも影響したようだ▶ぼくはその北九州小倉から、海峡を隔ててほんのわずかのところの下関の出身だ。だから、下関が原爆被災地になる可能性が高かったことは、子どもの頃から聞き知っていた。子ども心に長崎の人々には大変申し訳ないが、命拾いしたような気になった▶ぼくは原爆投下の年にはまだ生まれてないが、母は下関、それも小倉にほど近い彦島という地域に住んでいた(父はその頃、まだ中支方面に兵士として派遣されており、復員するのは終戦翌年になる)。だから、ぼく自身が被災したかもしれないというより、存在そのものがなかったかもしれないということ▶写真はFBフレンド、羽鳥さんがアップした敦賀市白木の海水浴場の光景。なんとも美しい砂浜海岸だ▶羽鳥さんはこの写真に「長崎原爆忌の今日、投下時刻に敦賀市白木の海水浴場で、送信と同時に黙祷してきました。長崎に落ちたのがプルトニウム爆縮型。白い砂浜にちょいと不釣り合いな施設はそのプルトニウムを増殖させる原子炉」とコメントを添えた。
posted at 18:24:43

2013年08月10日(土)
ぼくは朝、シャワーを浴びるのが基本だが、朝シャワーを浴びて、午後、散歩に行ったりすると汗でぐっしょりとなり、またシャワーを浴びなくてはならなくなる。去年の今ごろは早朝に起きて散歩して、その後シャワーを浴びていたが、今夏はいつまでたっても夜型が直らない▶それで、ここ数日、日が落ちるころに散歩して、その後でシャワーを浴びるようにしている。我ながら合理的だなと感心するが、こんなことは誰でも考えつくことだった。子持ちカレイの煮付け、焼き茄子、イカの刺し身、冷やし中華(暑くて温かいご飯が食べたくなかったので自分で作った)▶写真は「黄昏の散歩ロード」、本日の夕焼け空シドレミファ。この道は都市部では珍しくなったダート・ロードで好きなんだ。浅川マキ「ロンサム・ロード」なんか口ずさみながら、♪とぼ〜とぼと〜歩いていくのさ。
posted at 03:23:25

2013年08月11日(日)
やれやれ、ソークー、ツイアーな一日であった。さすがに省エネおじさんのぼくも今日はエアコンつけっぱで部屋にこもっておったよ。昨日に続き、ご飯、食べたくないなあと思っていたら、そこは糟糠の秘書、本日のメニューはざるうどんに野菜かき揚げ、薩摩揚げ、めんたいこ細巻きであった▶写真は下関駅から山陰方面へ電車で2駅ほどの綾羅木海岸。<もう一度探し出しだぞ 何を? 永遠を。 それは、太陽と番った 海だ> アルチュール・ランボーの詩でありますね。この「太陽と番った海」を見たくてさ。昨夏に続き、revisit▶訪ねたのはこのお店「Beat Cafe」。昨年、お知り合いになったご主人曰く「天国のようなところ」▶ね、「太陽と番った海」、感じでしょう?▶この日はやや波が高く、サーファー多し▶しっかりウクレレも持参したよ。で、ぼくも海と「番った」のさ。気持ちよかった。実はそれが昨夏以来、ここでやりたかったことだったんだ。果たしたというわけ▶風呂上がりの一杯もいいだろうが、海上がりのビールは堪えられん。それも海に落ちる太陽を溶かし込んだビールだぜ。
posted at 02:09:47 

0 件のコメント: