2013年6月21日金曜日

WeeklyTweets 2013 (6.3~6.9)

2013年06月03日(月)
昨日は午後から荒木町「ゆうむ」でポロリンコ♪ 根津ウクレレ団「ヨコシマーズ」は、♪うちら陽気なヨコシマ娘〜の三人娘(「ヨコシマーズ」傘下のユニット「どんぐりーず」、ああ、ややこしい)を中心に今回もますます盛り上がっていて、なんとも楽しいレッスンだった▶で、その噂の「ヨコシマーズ」、根津界隈では大ブレイク中だと。ピアニカ、パンディーロ、トランペット奏者も巻き込んで、ブレーメンの音楽隊もかくやという盛り上がり。50年代ポップス「ロリポップ」を下敷きにしたヨコシマーズのテーマソングもできて、もはやどうにも止まらない状態であります▶これが「ヨコシマーズ」のマスコット・キャラ「横縞津」、「鹿児島出身のまだ幕下力士で、気は優しくて力持ち、自分のことを『おいどん』と言う。趣味はウクレレ」by団長M女史。。缶バッジ、暖簾、湯飲み等のグッズを企画中。横縞本舗も設立準備中。
posted at 02:05:15

レレ教室から帰宅して牛丼、ゴボウの天ぷら、味噌汁。写真は植物と昆虫の、今が盛りの蜜月関係現場写真。粛々とやるべきことはやる自然界。
posted at 02:25:46

2013年06月04日(火)
ごめんよ、お取り込み中のところを。蝶々のつがいを発見。これがホントの蝶番(ちょうつがい)。粛々とやるべきことはやっている昆虫界。手前が♂か。しかしこの体位というのか、なんというのか、あのその、だなあ▶梅雨入りかと思えばレレ日和が続く。梅雨入り宣言とかする必要はあるのか。茸、野菜、ひき肉のオムレツ、竹輪とほうれん草の煮物、豆腐とワカメの味噌汁。食後のアイス、最近のお気に入りは「しろくま練乳アイス」。本日の空シド、六月の薔薇
posted at 02:41:57

2013年06月05日(水)
レレ教室@大和夜間部Bクラスでポロリンコ♪ このクラスは、ぼくが現在持っているクラスの中では一番レベルが高いので毎回ちょっと緊張する。でもそもそも講師ががへっぽこなので開き直ってやっておる。なんとなく今までの感じだと、ひとつのネタで30分かかるところが、10分でクリアされる感じ▶譜面作りもだいぶ慣れてきたが、そこは「我が辞書に完璧という文字はない」ぼくのこと。間違いもすぐに指摘される。一応お金をいただいているので、これはあってはならないことだが、心の広い生徒さんたちは許してくれているようだ▶そんなこんなで、反省することしきりだが、とにかくお金を払って時間を割いて来てくれている生徒さんのために、へっぽこなりに一生懸命やろうとしている熱意は通じるものと信じております。もっともっと精進せねばと強いモチベーションを与えてくれる良いクラスであります▶てなわけで、世間がサッカー中継に熱中していたちょうどその頃、ポロリンコとやっていたので、帰宅してからスポーツニュース等で結果を確認するにとどめた次第。おそらく明日の新聞各紙の一面は日本代表のWC出場決定のニュースで飾られるのだろうが、正直そんなすごいことかとも思う▶昔から集団の熱狂というのが苦手ではあった。ロックコンサートなんかで立ち上がって歓声を上げるというのも苦手。アマノジャクなんだろうね。サッカーを含め、スポーツ観戦は嫌いじゃないけどね。帰宅してちらし寿司、お吸い物、ナス田楽。
posted at 01:57:36
 
六月のアジサイ越しの空シドレミファ、三景。これは遠景に鳥(カラスかな)、陽光を浴びるまだ青春期のアジサイ▶おや、ハチが勤労にいそしんでいるなと思ってパチリとやったら▶急にこちらにブーンと。びっくらこいた。
posted at 02:05:02

2013年06月06日(木)
レレ教室@大和夜間Aクラスを終え帰宅。A学院のかつての教え子から連絡あり、女子卒業生の一人がガンにより今朝方亡くなったとのこと。まだ30代の半ば。だいぶ前にガンに罹ったことは聞いていたが、順調に回復しかなり元気になったということを、最近、伝え聞いたばかり。残念だ▶明るくてお喋りな子だった。かえすがえす残念だ。写真は八重咲きの白バラの一種。
posted at 00:44:24

2013年06月07日(金)
昨夜はなんだか疲れてしまって早くに寝入って朝早くに目が覚めた。で、朝から卒業生たちから電話があったり、別件でも午前中に電話が相次ぎ、それはぼくにとってはとても珍しいこと。普段であれば午前中の電話には出んわ、のぼくなのだが▶亡くなった卒業生のお母さんと電話で話した。彼女が在籍中はぼくはまだ時間講師だったので担任を持っておらず、お母さんとお目にかかったのは卒業式のときくらいだと思うが、ぼくがA学院の講師だったことを伝えるとぼくのことも覚えていてくださった。彼女の口からぼくの名前を度々聞いていたらしい▶彼女が在籍した学年はA学院の絶頂期で、学院の20年余の在校期間の中で最も多い生徒がいた学年だった。彼女が入学してきたのは1994年で、その年、毎年恒例の新入生の春合宿というのにぼくは参加した。イラストレーターとしての仕事も続けていたが、A学院の仕事にどんどんハマっていった時期だ▶新入生の春合宿というのは年間を通じて4,5回行う合宿授業の中で、色々な意味において最もヘビーな合宿だった。生徒たちにとっては慣れない合宿、先生たちにとってはまだ生徒個々のことをあまり把握していない時期での寝食を共にする機会ということで、様々な問題が発生しないことは一度もなかった▶特にこの年、1994年の春合宿は、40人近くの新入生を20人ずつのグループに分け、3泊4日を一日の休日を挟んで2連続、延べ10日間近くのそれはそれは非日常な時間と空間を経験した▶夜はぼくともう一人の男の先生とで20人の生徒を預かることになっていたが、参加生徒の一人が高熱を出し、もう一人の先生が車でその生徒を病院に連れて行くという事態となり、ぼくひとりで20人の生徒たちの夕食後から、風呂に入らせ、布団を敷かせ、眠りに就かせるまでのケアをしたのだった。その間も色々な問題は多発して、てんやわんやの状況だったことを記憶している▶下級生から上級生まで揃う普段の合宿では、合宿慣れした上級生がこういうときには頼りになるが、春合宿はただでさえ幼いところがあるA学院の生徒たちがまだ中学を卒業したばかり、自分の身辺のこともしっかり出来ない子が多かったので、それそれは大変だった▶あの合宿で鍛えられたなあ、と振り返ってみても思う。それから卒業するまでの3年間、亡くなった卒業生の授業に関わった。普通の学校よりは多少濃い関係を先生たちと生徒たちが築くような学校だったので、彼女を含め一人ひとりの記憶は今に至っても鮮明だ。また記憶に残るような子が多かったんだ▶彼女は卒業してからも他の卒業生の友達と一緒に学校に遊びに来た。よく笑い、よく喋る子だった。お姉さん然としたところがあり、後輩の女子に好かれていた。お母さんが「あの子はA学院が大好きでしたよ」と言ってくれた。その言葉は嬉しかったし、悲しかった▶画像は彼女のクラスの面々の自画像。卒業記念のテレフォンカードの図柄にした。美術を教えていたのでぼくの指導によるもの。それなりにお上手に見えるのは、この頃は手を貸し過ぎていたから。それは反省しているのだが、まあ、それぞれよく似ている。
posted at 02:08:44
 
長い一日だった。炒飯、レタス入りの中華玉子スープ。写真は花びらを咲かせたばかりの若い若いガクアジサイ。少し頼りなげだが、瑞々しい希望をまとっているではないか。これだよ、今の日本に欠けているもの。
posted at 02:49:46

2013年06月08日(土)
亡くなった卒業生のA学院時代の写真はないものかと、古い写真をごそごそやっていたらこんなものが出てきた。96年の夏合宿の夜のゲーム大会の一コマ。左の格好でまず生徒の前に登場し、しばらくして右の格好で再登場する。リアル「間違い探し」だね▶こんなアホなことをやっているのはぼくだ。これは受けたね。「あ、水鉄砲の色が違う!」とか、「スイカのボールの代わりに網を持ってる!」とか、生徒たちは我先にと答えようとするんだな。ちょっと難問も混ぜていて、シュノーケルを左右逆にくわえているのはわからなかった生徒が多かったような▶昨日、A学院の新入生春合宿がいかに大変であったかについて書いたが、毎年海辺の町の合宿所で行われる夏の合宿は楽しかった。海で泳ぎ、プールで遊び、公園でフィールドゲームをし、、バーベキューをやったり、カレーを作ったり、夜は花火大会をしたり、こういう室内ゲームに生徒たちと興じた▶生徒たちを寝かしつけたあとは、参加した先生たちと「反省会」と称して毎晩酒盛り。その日あったことの話のネタは尽きないからお酒が進む進む。調子に乗って明け方近くまで飲むことも度々だった。朝は早いので、ほとんど寝ないで翌日のスケジュールをこなすこともあった▶亡くなった生徒が在籍していたころの生徒数が多かった時期の夏合宿は、10数人1グループ三白四日1セットを5連続セットなんてこともあったように思う。各グループ終了時にはオフの日は設けていたけれど、ほぼ、ひと夏びっちりとひとつ屋根の下、生徒たちと一緒に、何というか、濃厚な夏を過ごした▶まあなんともよくやったなあ、と我ながら感心するが、生徒たちと過ごしたそれぞれの夏の記憶は、A学院の思い出の中でもぼくにとって特別なものだ。おおげさではなく、ぼくにとっては人生の宝物のような記憶のひとつ。生徒たちにとっても夏合宿が一番楽しかったのではないかな▶ぼくはそういう夏の合宿を含め、合宿授業というものを100回くらいは経験した。振り返ってみて、ぼくみたいな迂闊な人間が合宿時の生徒指導にあたり、大きな事故が一度も起きず(後日笑えるような失敗は数多くやったけれど)、無事にすべての合宿を終えたことは神のご加護があったとしか思えない。
posted at 02:10:27
 
はて梅雨はどこに行ったのだろうという天気が続くね。ブリの照り焼き、しいたけと豆腐、玉子の炒め物。写真はガクアジサイの変種なのかな、「隅田の花火」というヤツ。中央の花(本来の)の部分から放射状に装飾花が咲いている様が「花火」なんだね。
posted at 02:44:12

2013年06月09日(日)
午後、アメリカにいたとき仲良しだった友達と秘書交えて再会@桜木町。在米40年の女性Aさんと在米30年にして数年前に帰国した女性Eさんで、Aさんが1年に1度帰国するたびにこのメンバーで会うことになっている。それぞれ積もる話が尽きず、会えばいつもノンストップ・トーキング状態になる▶それぞれ当時と気持ちはあまり変わらないが、さすがにだいぶ年を重ねてきた。「元気なうちにみんなでハワイ・クルーズの旅に出かけよう」というAさんの提案があったが、「元気なうちに」という言葉がリアリティを持つようになる年になったということだ▶ぼくとしては元気なうちにハワイ・クルーズの費用が溜まる必要があり、そこのところが厳しい。「宝くじでも当たったらね」と答えたが、ぼくは宝くじとか買ったことがないのだった。鱈の煮付け、竹輪の磯部揚げ。写真は少し前の雨に濡れたヤマボウシ
posted at 02:10:14

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