2013年5月16日木曜日

WeeklyTweets 2013 (4.29~5.5)


2013年04月29日(月)
本日もレレ日和の午後、かつて関わった学校の同僚仲間と横浜で午後2時過ぎからの昼飲み会。「昼飲み」になったのは、メンバーのおひとり、Uさんへの配慮。Uさんは今年喜寿を迎えるいわゆる「シルバー世代」の方だが、メールもネットもやり、話題も豊富で大変お元気▶最近は老人の呼称を改めようということで、アメリカのように「シニア」という言い方をするようになったそうだ。お元気なシニア世代を「アクティブ・シニア」、その中でもUさんのようにメールやネットをこなしつつ、情報収集し、積極的な消費行動をとるシニア層を「スマート・シニア」と言うのだと▶いいんじゃないですか、と思う反面、「スマート・シニア」なんておだてておいて、貯蓄に走り消費行動を押さえがちな老人たちのお金を、消費市場に落としてもらおうという魂胆が見える。ま、それもいいんじゃないですか、だが、物欲もしだいになくなり、枯れていくのも老人の自然のなりゆき▶渋茶を啜りながら縁側でじとっとしているのも、老人としてごくノーマルな過ごし方だとも思う。若々しく精力的であることばかり推奨されてもねえ。政府や役所から、人一人ひとりの生き方まであれこれ言われるのはまっぴらだよね。うん、アベ君、その辺のところ、よーく考えてくださいね▶てなことも飲み会の話題になったのだった。3時間「のみほセット」でしたたか飲んだ後、黄金町駅近くの古書店「たけうま書房」へ。友人が店主で最近オープン、かねてから立ち寄ろうと思っていたんだ。サブカル系の本揃えが特色かな。ぼくなんかはこれから死ぬまでに読んでおきたい本がずらり▶画像は「たけうま書房」音楽関係書の棚。最上段、左から三冊目「ディランにはじまる」は個人的にも大変お世話になっている浜野サトルさんの著作。見つけて嬉しかった。なかなかの品揃えでしょう?
posted at 02:09:05
 
2013年04月30日(火)
♪お茶を飲むのもあなたと二人/映画見るのもあなたと二人/お食事するのもあなたと二人/おかんじょ払うのあんただけ/あ~あぁ やんなっちゃった/あ~あぁ おどろいた ーー1500余もあるという「やんなっちゃった節」のひとつ。なんだかほのぼのとしていいよね。昭和の笑いだね▶ぼくは小学校5年生のとき、お年玉でウクレレを買った。牧伸二が絶頂期の頃、「やんなっちゃった節」が一世を風靡していたもんさ。牧伸二に影響されてウクレレを買ったわけじゃなくて、ホントはギターが欲しかったんだけど、ギターはずっと高かったし、ウクレレで我慢しようと思ったわけ▶ポロポロやっていると、兄がぼくを茶化して「おー、牧せいじかぁ」と笑うんだね。で、「牧伸二をやれ」とか言われるんだ。すごく嫌だった。結局、ウクレレは長続きせず、中学に入ってしばらくしてギターを始めて、ウクレレには触れることはなかった▶考えてみれば、ぼくにとって人生最初に自ら選んだ楽器はウクレレだったわけだ。それから、ん十年も経って、ウチのオクさんがウクレレを欲しいと言うので、選んであげて彼女がウクレレを買ったのが、6,7年前になるかな。それで、彼女のウクレレをぽろぽろと弾いているうちにハマっちゃったんだね▶ウクレレ・ラヴァーになって以来、ウクレレのことについては周囲にさんざん魅力を説いたり、ブログなどに書いたりしてきたが、牧伸二については「ウクレレにおける牧伸二の功罪」(ウクレレをポピュラーにした「功」とウクレレ=色物というイメージを植え付けた「罪」)、なんてことを言ったりした▶ウクレレを教えるようになって、生徒さんが「やんなっちゃった節」をやりたいと言うので、正直、あまり気乗りせず譜面とか作ってみたら、これがいいんだ。あれはタフワフワイというハワイアン定番曲が原曲だけど、原曲よりスローで軽やか。で、あの歌詞のおとぼけさ加減がウクレレに合うんだね▶YouTubeを見て研究したんだけど、牧伸二の脱力感たっぷりのカッティングは見事。左手で指板を押さえながら、ウクレレを左右に揺さぶって弾くストローク(言葉で表すのは難しい)なんてなかなかできないんだ。教室でやった「やんなっちゃた節」は生徒さんに受けましたよ▶牧伸二師匠は主にマーチンのソプラノを使用していた。たぶん、たくさんのマーチンを持っていたのだろうけど、愛器はこれじゃなかったのかな、マーチン3M。これは50年代〜60年代のものかな、欲しいねえ。チキン南蛮漬け、レタスと水菜のサラダ。 
posted at 01:58:30

2013年05月01日(水)
大和のレレ教室、夜間クラスにご新規生徒さん2名が加入、もうひとつのクラスのFさんも参加してもらって初回体験教室をやった。最近、超初心者さんたちを教え始めて、初心者さんへの教え方についてはだいぶわかってきたが、今回は中級レベルの方々なので、何と言うか、「ギアチェンジ」が必要だった▶つまり、できの悪い生徒が対象の塾講師が難関校進学塾でも教えるといった感じだろうか。ぼくはどちらかと言うとできの悪い生徒を教える方が得意かな。こんなことを言うと初心者生徒さんには失礼だけど。いずれにしても教えるのって難しい。精進せねば&レッスンネタももっと取りそろえねばという所存▶レレ教室を終え、Fさんと軽くビール。ウクレレ血中濃度が高くなっている折、Fさんにレレ話を熱く語ってしまった。Fさんがやってみたいことは海外でウクレレを通じて異文化コミュニーケーションを取ること。ウクレレの音色は平和そのもの。好戦性と対極にある。ウクレレ外交、なんて良いと思うよ。
posted at 03:33:19
 
夜更けて雨が降り出した。やれやれ4月も終わったな。さてさて風薫る5月となりにける。カツ丼、なめ茸の味噌汁。画像は白く咲き誇る「小手毬」 ▶小手毬の別名が「鈴懸け」。クラリネット奏者、鈴木章治の往年のヒット曲「鈴懸の径」のスズカケだね▶春の宵に恋人たちが歩く道なりに、ほの白く浮かび上がるように鈴懸けが咲いているというのが「鈴懸の径」の情景だろうか。あの哀愁を帯びたメロディをこの花に重ねるとまた違った趣がある。小手毬にしても鈴懸けにしても良い名前だね▶小手毬(鈴懸け)の花の裏側はこんな感じ。星形のガクがなんともメルヘンじゃないか。
posted at 04:08:03
 
昨日、写真をアップした小手毬、Wikiに別名を「鈴懸け」とあったので、これがあの「鈴懸けの径」の鈴懸けかと思ったのだが、「鈴懸けの径」の鈴懸けは小手毬のことではなく、スズカケの木、プラタナス(画像ーネットから拝借)のことであった▶Twitterのフォロワーさんからご指摘あり、早とちりお恥ずかしいこって。で、あらためてこれが小手毬。あの哀愁漂うメロディとそぐわないなあと思いつつも、そうなのかと思った次第。この花からのイメージで曲を作ればもっと可愛い曲になるよね。 ▶「鈴懸けの径」は鈴木章治の演奏バージョンがヒットする前に、灰田勝彦によって歌われているが、歌詞は <友と語らん鈴懸けの径/通いなれたる学舎の街/やさしの小鈴葉かげに鳴れば/夢はかえるよ鈴懸けの径>といった感じで、これはもう学生街のプラタナスのことでありますね▶以前もドウダンツツジをブルーベリーだと思い、シッタカブーリで恥をかいた。で、この間、ホームタウンのプロムナードでブルーベリーが植わっていたので、写真に撮った。実際に見るとかなり違う。ウェブで得た知識は安いものですから、心せねば。
posted at 17:23:12

2013年05月02日(木)5月2日
「僕が小さかった頃、クリスマスツリーは高かった」という歌い出しで始まるビー・ジーズの「若葉の頃」、ぼくはこの歌が大好きだった。1969年リリースだから、ぼくの不登校時代、家の中でギターを抱えてこの歌をよく歌ったもんさ。高校生の英語力でも十分に理解して歌えるような歌詞だったし▶8畳の和室があって、その部屋にある座卓に腰掛けてこの「若葉の頃」なんかを歌ってた。サビのところ、But you and i, our love will never die, でバリー・ギブがオクターブ高いメロディを歌うあたり、ちょっと心を病んだ少年には痺れたね▶歌っていたら、母がいつの間にか和室に来て、座卓の前に座り、一生懸命ぼくの歌を聞くんだね。不登校の高校生と母親の二人だけのライブ、そんなことが何度かあった。だから、今でもこの曲を聞くとあの頃のことを思い出す。ぼくにとっては辛い時代だったけれど、そんな懐かしい記憶もあるんだ▶昨夜同様、夜更けて雨が降り出した。今年の5月幕開けは少し肌寒い一日となった。この曲の原題は First Of May。あれから何十年も経っても、First Of Mayは、毎年この曲にまつわる感傷と共にやってくる。五目ビーフン。
posted at 02:28:02

2013年05月03日(金)
<解脱してたんぽぽ絮となりにけり>というのは父の句。「絮」は「わた」、真綿、草木のわた毛の意。「繊維の長いもの(新しいもの)を綿といい、短いもの(古いもの)を絮という」んだって。難読漢字だよね。ぼくも読めなかったんで調べたっす▶絮の音読みは「ジョ」、綿絮(めんじょ)は、わた、のこと。だから絮はつまり、わたのことで綿と基本的には同じ。でも、同じ綿でもちょっと古びたのが絮。わぁった? 説明がくどい? 「絮い」で「くどい」って読むんだって。Qさまに出そうだね。タンポポたんぽぽ、好きだな。やっぱりその「解脱感」がね。ところでタンポポ の漢字は「蒲公英」、なんでこんな字を当てたのか、調べてみるには夜も更けた。明日は早起きしなきゃいけないんだ。たんぽぽの花言葉は「解きがたい謎」だと。ハヤシライス。
posted at 02:05:43

シャクなことに、愛用のカメラが壊れた。今日の夕方、突然に。モニターに「レンズの動作不良です」という警告メッセージが出て、シャッターが切れなくなってしまった。カンシャク起こしてナゲくことしきり。てなことで、これはピンクのシャクナゲ▶動作不良の原因になるようなことは思い当たらず、まったくシャクゼンとしない。とにかくいきなり。シャクなのはそれだけじゃないんだ。保証書付きでヤフオクで落札したんだけど、保証期間が先月4月27日まで。シャクだよねえ。これは赤いシャクナゲ▶ぼくが新品同様でゲットしてからまだ3ヶ月くらいだよ。一応、販売元に聞いてみたが、やっぱしダメだと。ああ、シャクでシャクでたまりませんぬ。これはシャクナゲのつぼみ、こころなしか、ぷんぷんとシャクなご様子に見受けられる。
posted at 22:45:59

2013年05月04日(土)
昨日は、横須賀セントラルホテル内の懐石料理のお店で、秘書のお父さんの卒寿、お母さんの米寿のお祝いあり。ご両人の娘夫婦二組(その内一組がぼくと秘書だが)、お孫さん(と言っても齢四十ですけど)とで和やかに祝いの膳をいただいた▶齢九十のお父さんはさすがに足腰が弱くなったが、まずまずお元気。八十八歳を迎えたお母さんはばりばりお元気。ちょくちょく娘たちが家のことなど手伝ってはいるが、まだお二人だけでなんとか暮らしている。いつまでもお元気で、と口では言うが、これからが大変だよなあ、と▶こういう老老世帯が日本にはたくさんあるのだろうが(そして、どんどん増えていくのだろうが)、多くの場合、おばあちゃんがけなげにおじいちゃんのお世話をしているケースだろう。フェミニズムの観点からすると批判されようが、日本のおばあちゃんは偉いよなあ、と思う▶歌を歌うのが好きなお母さん(以前はママさんコーラスをやっていた)のために、ウクレレを持っていって、往年のカバーポップス「コロラドの月」をウクレレ弾き語りで披露、その後にウクレレ伴奏で「ふるさと」をみなさんで歌った。お母さんはとても嬉しそうに歌ってくれたよ。良かった▶その懐石料理のお店で食べた「活海老の踊り食い」。殻の食感がじゃりじゃりとして、口の中でもぞもぞ動いてイマイチだったけど。(というのは嘘、この海老は後から天ぷらの姿に変わり果てて、美味しくいただきました。 ▶こちらはカツオのお造りに添えられていたベビー・キューリ。花ごと食べたが、しっかりとキューリの味がした。
posted at 15:20:04
 
ところで、保証期間をわずかに過ぎて壊れたニコン1J1、シャクだからさっさと修理センターに送った。シャクだシャクだ、ああシャクだと思いつつ、コンビニからの帰り道、シャクヤクの花が咲いてた▶立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は豚のケツ、というシャクヤクだね。これはヤフオクで1500円で落札したキャノンのコンデジで撮影。描写力はニコン1よりちょっと落ちるけど、そんなに悪くないよね、やっぱり腕がいいのかな。笑
posted at 15:48:49
 
久しぶりの昼時散歩、黄金週間まっただ中、本日の空シドレミファ。フェンス越しに人々は何を見ているのかと言うと、テニスコードの中の熱戦。高校生のテニス大会が開かれてたんだ。ぼくもしばし見てたよ。 ▶こういう写真を撮ってるとおじさんはドキドキする。笑

2013年05月05日(日)
5月4日は母の誕生日だった。大正13年生まれの母は89歳になった。母の正しい誕生日を知ったのは、実は比較的最近のことで、それは子どもの頃に母から自分の誕生日についてのウソの情報を与えられていたからだ。母の誕生日は5月5日で昭和元年生まれだと▶だから、子どもの頃から「こどもの日」が母の誕生日と覚え、ずっと大人になってからも毎年5月5日に母に誕生日の電話をしていた。後になって昭和元年というのはわずか5日しかない年であり、もとより昭和元年5月5日は存在しない日であることを知った。そのことを母に聞くと本当は大正14年だと▶そして、誕生日も本当は5月4日が誕生日だと。「なんでそんなウソを言うたん?」と聞くと、「そんなこと言うたかいねえ」と母はとぼけた。比較的最近のことだ。それで、父が亡くなったとき、諸々の書類記入の際、母が大正14年生まれではなく、大正13年であることを知った。最近のことだ▶まあ、本人とすれば少しでも若く、誕生日も覚えやすくということで、子どものぼくに出任せでウソを言ったのだろうが、ずっと長い間、母の誕生日を違って覚えていたぼくの立場はどうなるのかということだ。まったくなあ、という思いだ▶母の誕生日は去年まで、今、母が暮らす特養に電話をしていたが、最近、電話の受け答えが難しく、電話を引き継いでくれる職員さんに悪いので、今年はやめた。その代わり、今日までに届くように2日前、速達で手紙を送った▶手紙には、ぼくが小一のとき、幼友達のまさし君と撮った写真と3月に彼と再会したときの写真(昔の写真と同じポーズを取った)、ウチのオクさんと一緒に最近撮ってもらった写真を同封した。最晩年となった母に、ぼくはいまだに心配をかけていると思う。それを思うと少し辛いが、仕方がない▶つい最近、兄が母を訪ね、まずまず変わりはないがコミュニケーションがやや難しくなったとのこと。夏に会うので元気でいて欲しい。画像は母が女学校の頃、16、7才かの乙女時代。ずっと女学生のような感性で生きてきた人かな。それを許したのは父。
posted at 00:40:32
 
そろそろもう少し早起きをしたいなと(それには早めに寝ないといけないなと)思っておるのだが、なかなか夜型から抜けられない。困ったもんだ。画像は新緑の中で見つけた梅の実。アジの開き、黒豆納豆、モヤシ炒め、豆腐と春雨、菠薐草のお汁。 
posted at 03:02:20

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