2013年5月4日土曜日

WeeklyTweets 2013 (4.22~4.28)


2013年04月22日(月)
うーむ、この時期でこの寒さは異常なんだろうが、諸々異常なことが頻繁にあると異常慣れしてしまうなあ。「普通の生き方というのがよくわからない。異常な人が多くなればそれはもう異常とは言えないでしょう。ぼくは異常だと言われますが、世の中が異常だから、自分では普通だと思ってます」▶てなことを、設問を無視して答案用紙にずらずらと書いた高校時代の倫理社会の試験。倫社のタワラ先生はそれに30点の点数をくれた。タワラ先生は、当時既におじいちゃんだったからもう存命ではないだろう。カレーライス。鳩が先生の雀の学校@荒木町。
posted at 03:24:04

昨夜は毛布を一枚足して眠りに就いたが、それでも寒く、いったんしまい込んだ電気毛布を押し入れから引っ張り出すことになった。北日本・東日本を中心に4月下旬として記録的な低温となった、ということだ。寒の戻り、それも強力なヤツだね。今夜は昨夜よりも少しは暖かいようだが、それでも薄ら寒い▶ふと、気象庁は今年の春の天気をどういうふうに予報してたか調べてみたら、2月下旬の長期予報では、全般的に3月〜5月の気温は平年より高いとの予報だった。確かに3月は暖かであったが、4月に入ってこの寒の戻りの波状攻撃。で、夏はどうなるのかと言えば猛暑になるかも、と▶気象学の観点から長期的な予報を立てるのだろうが、予報は予報ということ。天気に限らず、なにがどうなるのかはなってみなければわからない。基本的に三日先の予定は立てないというブータンの天気予報はどうなっているのか、ふと思った。「明日は明日の風が吹くでしょう」とかやってたらいいな。▶画像は路地裏スナック@荒木町。永ちゃんと、名も知れぬ演歌歌手のポスターのカップリングが妙に似合っている。この「すなっく・かず」の2Fの「駆け込み寺」、「お坊さんにお悩み相談」とサインボードに書かれてあった。興味深い。チキンライス。 
posted at 02:33:04

2013年04月24日(水)
今日はここのところでは一番早起きをした。9時半ごろ起きたかな。春になっても、寝るのは明け方、起きるのは昼近くという夜型が続いていて、そろそろ生活パターンを少しは朝型の方にシフトしたいなあと思いつつ、昨夜も寝たのは明け方だったが早くに目が覚めたので、えいやっと頑張って起きたんだ▶健康的な暮らしをしたいとかじゃなくて、ぼくはあるパターンがずっと続くと飽きるんだ。と言いつつ、今夜もどっぷりと夜の底を徘徊してるわけだけど。ベッドで本を読みながら、眠くて眠くてもうろうとしつつ、ポテチをバリバリ食ったりするのが好きなんだ。おかしいよね、自分でもどこか変だとは思う▶とにかく、今日は早めに起きて、タバコを切らしていたからタバコ買いがてら、午前中に散歩をした。久しぶりにお天道さまが高い内の散歩ロードを歩いて、春の諸々を採取して(写真に撮ったということ)、諸々買い物もして、諸々懸案事項を少しは片づけて、諸々はかどったかも▶怠け者のくせに、ここのところ時間が惜しくて惜しくて。死期が近いのかもしれんなあ(てなこと言いつつ一番長生きするタイプかもね。笑)。
posted at 02:48:57

さて明日は大和レレ教室昼の部、超初心者さん用に「カエルの合唱」のウクレレ譜を作ったよ。ウクレレで「輪唱」したりすると楽しいかも、とか思ってね▶ところで「カエルの合唱」の歌詞、「クヮクヮクヮクヮ、ケケケケケケケケ、クヮクヮクヮクヮ」というのが「カエルの合唱」、「グヮグヮグヮグヮ、ゲロゲロゲロゲロ、グヮグヮグヮグヮ」というのが「カエルのうた」なんだね。作詞者はどちらも同じ人なんだけど鳴き声に2パターンあるのは知らなかった▶ぼくが子どもの頃は「クヮクヮクヮクヮ、ケケケケケケケケ、クヮクヮクヮクヮ」で歌ってた。ゲロゲロゲロゲロじゃあねえ、ちょっと気持ち悪くない? そもそもぼくはカエルは苦手なんだ。特にゲロゲロ系ヒキガエルなんかは勘弁。チキンフリッター、レタスサラダ、カンピョウの煮付け、若布の味噌汁▶これはポピー。「ひなげし」とも、「虞美人草」とも。今日の「春採取」のひとつ。この花が好きなんだ。
posted at 03:07:43

2013年04月25日(木)
町はずれにある間口2間ばかりの小さな喫茶店、レトロな外観の看板は黄色地に赤で書かれた昭和丸文字体で「Cafeびーとる」とあった。時代に完璧に取り残された、見事に「ダサオーラ」を放つ店だが、ぼくはそういうところがけっこう好きなのだ▶おそらく団塊世代のビートルズ好きのマスターかなんかいて、店内にはアナログ音源のビートルズが流れているのかもしれない。そう思って、店のドアを開けたら、「いらっしゃい」と迎えてくれたのは団塊ビートルズ・マスターではなく着物を着たおばあちゃんで、店内のテレビで韓流ドラマが流れていた▶「いやね、わたしゃ、この韓流ドラマが大好きでね」とおばあちゃんママは言い訳のように言い、テレビを消してにこりと微笑んだ。三坪くらいの狭い店内はカウンター席と小上がりがあり、場末の居酒屋風。「Cafeびーとる」という店名とむちゃくちゃ落差があったので、思わず腰が引けた▶「えっと、コーヒーは飲めますか?」と恐る恐る聞いたら、「はい、ウチはカフェだから」とばあちゃんママは言い、店内BGMは「村田英雄」に切り替わった。勧められるままにカウンター席に座り、内心、「失敗した」と思いつつ、ホットコーヒーを注文したのだった▶二週間前にウクレレ教室の生徒さんと入った店。教室に使用している大和生涯学習センターの対面にある店で、以前から気にかかっていたところだったのだ。コーヒーを飲んでいる間に、ばあちゃんママはせんべいやら和菓子やらをぼくたちに出してくれた。なかなか居心地が良いところだったんだ▶再来を約束して、昨日、生徒さんたちとその店に入った。前回はお客さんはいなかったが、今回は三、四人先客がいて、こちらも四人いたから店内は満員状態。昨日も村田英雄が流れていた。ばあちゃんママのお気に入りなんだね。小一時間、生徒さんたちとレレ話に興じた。妙に落ち着く店なんだよ▶この店、夜の営業はなく(ばあちゃんママ曰く「ウチはカフェだから」)、夜の教室の後には立ち寄れないのが残念。大和は駅前に「フロリダ」という見事に昭和な喫茶店があり、そこはぼくのお気に入りスポット。この「Cafeびーとる」の並びに「チボー家の人々」という喫茶店もある。大和は侮れない。
posted at 03:19:52

大和ウクレレ教室昼間部、ご新規生徒さんが加入。楽器経験ナッシング、ウクレレに触るのは生まれて初めてという超超初心者さん。でも終始にこやかに楽しげにウクレレに触って(まだ「弾いて」というところまでいかない)いた。こういう人をみるととても嬉しい。ブリの照り焼き、筑前煮、トマトサラダ。これは「浮釣木」、別名を「チロリアンランプ」。なんともメルヘンな花ではないか。これはティンカーベルに是非、登場をと。

2013年04月26日(金)
ちょっと前の強烈な寒の戻りも少しずつ緩み、今日はこの季節のこの季節らしい天候に戻った。LAのアートスクールに通っていた頃、クラスメイトがEvery day is the same shit.とぼやいていたことを覚えている。けっこう課題が厳しい学校だったから、それに追われるぼやき▶若いときは、毎日判で押したような「the same shit」な日々は確かにつまらなく感じるだろうが、年を取ってくると、日々の進歩もあまりなく、日常の劇的な変化もあまりなく、毎日同じように夜が明けて日が暮れていくのを、まあそんなもんだなあ、と受け入れられるようになってくる▶世の中も天候もあまり変わらないというのは安心の材料なんだ。特に年寄りにとってはね。なんてことを微老年にさしかかったぼくは思ったりするのだけど、このところ、見えなかった時代の先行きが少しずつ姿を現してきているように感じるんだ。良い方向に変わるのならいいけど、悪い方向に変わるような▶ともあれ、ともあれ、いつものように黄昏散歩、オールモスト・フルムーンの月が菜の花畑の向こうに顔を出していた。実はずっと狙っていたんだ「菜の花畑に夕月かかりて」の光景。オレンジっぽい月だった。「バッド・ムーン」でなければ良いのだけど▶「この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」なんてことをちょっとでも思うなよ、なあアベ君。茸トッピングのハンバーグ、トマトとレタスのサラダ、若布と豆腐の味噌汁。
posted at 02:35:26

2013年04月27日(土)
<善玉は折れやすきかな葱坊主>というのは父の句。父は会社に入って経理の仕事に就いたが、役職を与えられた途端、ノイローゼに罹って3年もの間、通院したという経歴があった。田舎の会社には珍しく東京の大学卒ということで、将来を嘱望されたまだ30代の半ばころだったらしい▶「症状」としては、家に来るお中元だかお歳暮やらを「もらう理由がない」ということで突っ返すことから始まり、しばらくは会社に通うこともできなくなったそうだ。今は「鬱病は心の風邪」と言われるくらい誰にでも罹り得る精神疾患だろうが、当時としては珍しかったのではないか▶父のこのことを聞いたのは、ぼくが高校時代、ちょっと心を病んだときで、教えてくれたのは母だった。「病院に父ちゃんを連れて行くとね、私の方が看護婦さんから手を引っ張られて診察室に連れて行かれそうになりよったんよ」と母は言った。一見、線が細そうな母と茫洋な感じの父だったからだろう▶母から父のことを打ち明けられてしばらくして、父がぼくの部屋にやってきて、少し恥ずかしそうに「わしがノイローゼになったときに、これを読んでちょっとは元気になった」と言って一冊の文庫本を渡してくれた▶それはアランの「幸福論」だったが、なんとなく辛気臭い感じがし、ぼくはパラパラとページをめくっただけで読むことはしなかった。ずいぶん後になって、読むには読んだが、記憶に残る言葉のかけらもあまりなく、おそらくそのときのぼくの生活は幸福論の類いを必要としてなかったのだろう▶アランの言葉に、「よい天気をつくり出すのも、悪い天気をつくり出すのも私自身なのだ」というのがあって、それはそうだなと思う。「ぱさぱさにかわいていく心をひとのせいにはするな」と詩に表した茨木のり子に通じる。そうだね、日々、できるだけよい天気をつくり出していきたいものだ▶「ノイローゼ」発症以来、父は出世街道とは縁のない道を、淡々とそれでも誠実に歩んでいったと思う。父は自分を「善玉故に折れやすい」人間だと観念して葱坊主に自身を投影したのではないか。父の俳号は「葭生」、葭は頼りなげだが折れにくそうな植物である。そこら辺に父の「幸福論」が隠されているように思う。
posted at 03:21:49
 
<複眼の級長のゐる葱坊主>というのは母の句。同じ葱坊主を題材にして母と父とではずいぶん違う。この写真は、ずらりと並んだ葱坊主をクラスの生徒たちに例えた母の句によりふさわしいような。鶏の竜田揚げ、水菜とレタスのサラダ、味噌汁。 
posted at 03:22:20

2013年04月28日(日)
レレ日和の午後、横浜の下町とも言うべき、野毛で開催されている「野毛大道芸」をウチの美人秘書と見物に行った。ぼくは初めて。いやはやものすごい人出で、人気のパフォーマンスには文字通りの黒山の人だかり。人垣の隙間、後頭部の彼方で演じられる大道芸の雰囲気だけは味わうことができた▶どこかの酔っぱらったおっさんが、「こんな何やってるのか見えないようなもんはやめてしまえ!」とフラストレーションを爆発させていたが、確かに「大道芸」というどこかノスタルジックかつペーソスのあるパフォーマンスの本質からはだいぶ離れてしまった感はある。盛況は関係者には良いことだろうが▶それでもぼくは各所でやっている大道芸をそれなりに楽しんで、レレ教室の生徒さんであるOさんがお手伝いをしている出店ブースへ向かい、夕刻のビールを。Oさんは野毛界隈「ディープ横浜」が地元。お誘いを受けていたのだった。日があるうちに外で飲むビールは最高だね。とても良い気持ちになった▶その後、ほろ酔い加減で野毛の町をぶらぶらと。横浜に来ることは多くても、なぜか野毛には縁がなく、今まで訪れることはなかった。かつてはフツーの人は近寄りがたい地域(諸々「ディープ」なスポットだからね)だったと秘書が言ってたが、今はだいぶ変わって他所者も多く訪れる場所になったようだ▶開かれた町に変貌したと言っても、そこここに残る、何と言うべきか、人間臭い「温かい下品さ」がいいんだね。歩いてお腹が空いたので、桜木町駅近く、以前、とんねるずの「きたなシュラン」で紹介された三幸苑でタンメンと餃子を食べた。「温かい下品」な味がしたよ。まあ、うまかったってことだけど▶そんなわけで、黄金週間(ぼくは関係ないけどさ)初日は「安近短」な、なかなか楽しい一日であった。画像は黒山の人だかり系の大道芸とは別口のこぢんまりとしたパフォーマンス。こういうのが大道芸の本道だよね。子どもたちの表情がいいこと。

posted at 02:14:25

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