2012年3月23日金曜日

母の俳句集



さて、今度の日曜日に母の米寿(5月に88才)と伯母(母の姉)の卒寿(1月に90才)の合同祝賀会に参加するため、明日より、父亡き後、母が住む特養ホームがある下関に向かう。

昨年の父の葬儀の時、お互い身体が不自由なため、久しぶりに再会した母と伯母だったが、そのときに合同でお祝いをしようと提案したのだった。場所は父の米寿、卒寿をお祝いしたケアハウスのゲストルーム。参加者は僕たち夫婦、兄夫婦、兄の長男夫婦、兄の次男、伯母と伯母の長女というごく身内のみ。 

母の米寿の贈り物に母の俳句集を作ろうと、このお祝いの日程が決まった年初から思っていた。いろいろと試行錯誤を重ね、編集、表組み、表紙デザイン、製本(B6サイズ)、オール・バイマイセルフの61頁の手作りによる母の俳句集『コスモス』がなんとか完成。とりあえず10部ほど作ったものを携えて、母本人はもちろん、お祝いに参加する親族に配布しようと思っている。 

母は昭和52年頃から句作を始め、平成7年に『國』という俳句会の同人となり、本格的に句作にいそしむようになった。この本に取り上げた俳句およそ100句はその同人誌に平成6年から平成15年までの間に掲載されたもの。 

僕は俳句のことは素人だが、母の句は現代俳句というのか、あまり形式にとらわれず自由で平明で楽しい感じがする。多趣味だった父に比べ、特にこれといって趣味がなかった母が最も愛して精を出したのが句作だったと思う。 

父は母に影響されて俳句を始め、平成18年に『波』という立派な句文集を自費出版したので、母にもというのが母の俳句集を作ろうと思ったきっかけ。 

母はすでに俳句を作ることはおろか、日記や手紙を書くこともほとんどしなくなってしまったが、自分の俳句が活字になった本を手に取れば、もしかしたら最晩年の心境を俳句に託すかもしれない。 

『コスモス』というタイトルにしたのは、父と母が長年暮らした実家の前に毎年薄紫の花をつけるコスモスの群生があり、母はそのコスモスを題材に多くの句を作ったようで、コスモスという花のイメージがなんとなく母と重なる気がしたから。父の句に<コスモスは妻の勲章かもしれぬ> という句もあった。 

以下、母にとっての「勲章」、俳句会で受賞した<春田>18句を。 

<春田> 

無いものは映さぬ春田わらっている 

万愚節くじら幕より揺れ出しぬ 

竹の子にまだ煩悩はありません 

花菖蒲貌くずるるをおそれけり 

つけまつげ大きく反らす黒揚羽 

鬼やんま丸髷結うて見せに来る 

コスモスのコスモスでいる我慢かな 

天の川おいしかったと言う幸せ 

白髪のははが流れる芒原 

おもしろい事に跳びだす蓮の種 

つくつくしつくづくと鳴きゐなくなる 

一枚の鏡が揺れる黄落期 

もみじ散るその一枚は吾がうろこ 

釣瓶落し誰の上にも落ちてくる 

おむかえを待つ間熟柿を食べている 

急くこころ隠し通して海鼠かな 

枯葎ときに阿修羅の眼となりぬ 

つわの花日日好日とはゆかず 

カレンダーあと一枚や冬の鵙 

空と云い色とも云いぬ冬ざくら 

(平成15年 第十三回 國俳句賞)

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