2012年3月9日金曜日

『列島融解』第4回挿画



原発事故によって岐路に立っている日本のエネルギー問題を、主に二人の若手政治家の言動によって論じていく、ノンフィクション風フィクション、濱嘉之『列島融解』第4回目(「小説現代」2月号)の挿絵2点。 

あれから一年が経とうとしているが、震災関連のニュースが新聞やテレビで報じられなかった日はない。 

昨日付朝日の集計によると、死亡者数は1万5854人、行方不明者は3271人、死者と行方不明者を合わせると1万9125人。この内、まだ3737人の犠牲者の身元が判明していない、という。 

行方不明者が確認される数はさすがに少なくなったが、今でも毎日のようにぽつりぽつりと確認されている。例えば、一昨日はたった一人だが、遺体が確認されたようだ。およそ1年を経て、おそらく冷たい海中から。 

震災関連の報道がされなかった日はないと書いたが、一昨日確認された遺体の詳細は報道されることはない。僕を含めて多くの人はそれがどのようなものか、想像するしかない。報道がされなかった、まだされていない事実も多くあるのだろう。 

がれきの処理問題がまさに象徴的で、被災地にうずたかく積まれ、行き場を失っているがれきの山が、一年経ってもこの災害が何も終わっていないことを表している。(がれきは全部、福島第1に盛れ、というのが僕の意見) 

原発事故については、昨年末、政府は「収束宣言」を出したが、これには「原発事故そのものは」という政府答弁らしい姑息な冠言葉がつく。案の定、ほとんどの世論はこれに反発した。もはや誰も「ただちに影響はない」的な政府答弁は信用に値しないことがわかっているわけで。 

しかし、原発事故問題について、当時総理だったカンさんやノダ君やエダノ君(君付けするのは彼らが僕より年下だから。笑)ばかりを責めるのはちょっと酷なようにも思う。そして、多くの原発問題に関わった政治家は責められるだけの悪事を働いたかというと、そうでもないと思う。ただ未経験の領域に僕を含め多くの国民と同様、十分に無知だったし、政治家として有能であるとはお世辞にも言えなかったわけで(カンさんだって評価していいところはある)。 

で、責められるべきは当然、東電幹部を始め、保安院、当初安全を強調し、メルトダウンを否定した御用学者、そして原発を後先考えず推進し、利権と「安全神話」にまみれた原発村を構築した時の自民党政権(ナカソネはA級戦犯)でしょう。 

僕は最近知ったのだが、事故直後、どうにもならんとあっさり匙を投げ、福島第一から社員を総撤退させてくれとカンさんに懇願したという東電元社長シミズとかは、あまりにも情けない「悪」だと思う。この人達が誰一人、背任罪とか詐欺罪とか、刑事罰を受けないのは納得がいかない。 

ともあれ、一年たって何も終わってない311、原発問題なんて本当の意味で収束するのは何十年後か、下手すれば百年以上もかかるわけで。身体の傷はいつしか癒えるかもしれないが、心に受けた傷は生涯癒えないと言うけれど、ある意味、震災における津波被害は身体の傷、原発事故は心の傷とは言えまいか。 


画像上は、「メルトスルー」したおぞましい核燃料がさらにスルーして、議事堂のトッピングになっているの図。 

画像下は、作中主要人物の若手政治家の政治活動の模様。政治資金集めのパーティ、辻立ち、集会、時には「政界フィクサー」にも会って、とか。小説では震災後総選挙で自民党(作中では「日本自由党」)が政権奪取したことになっていて、フィクサーが明らかにモリさんを模していたので、確信犯的にモリさんそっくりにした。で、そのモリさんに批判的な「自由党」若手政治家のモデルはあの「ジュニア」であります。 

で、この小説の連載は終わり。短命政権であった。残念だけど。

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