2012年1月12日木曜日

『列島融解』第3回挿画



原発に絡む日本のエネルギー問題を政界、官界、企業等に身を置く登場人物達の言動によって論じていく、ノンフィクション風フィクション、濱嘉之『列島融解』第3回目(「小説現代」1月号)の挿絵2点。 


原発事故以来、反/脱原発にスタンスを置く論議がマジョリティの支持を受けていると思うが、今後はゆるやかな減原発に向かうというのが現実的なところなのだろう。この小説の主な登場人物である若手政治家も、後先状況を考えず、いきなり「脱原発」を表明した作中元総理(明らかに菅さんのことだが)に批判的であった。 

批判の根拠は、政治家が反/脱原発をむやみに標榜するのは、つまりポピュリズムではないかと。しかも「元総理」に至っては、脱原発宣言だけしておきながら、休止中、稼働中の原発をどうするかの具体的法案は曖昧にしたまま辞職したという経緯もある。 

僕は無名の一ブロガーでありますが、ウェブでの取るに足らないような発言も「公的なものと考えるべき」と思うので、事故当初はやや感情的になって「反原発」めいたことをつぶやいた(あんな物騒なものはいらない、と今でも思ってますが)が、電力を享受し、それなりにお気楽に生活したいという自己矛盾の中で、原発問題についてのウェブでの発言は意識的に避けてきた。 

素人考えで、風力、太陽光などの再生可能エネルギーをどんどん推進すればいいじゃないか、と思っていたのだけれど、現段階では原発にそっくり置き換わるほど簡単なものではないこともだんだんわかってきた。多くはコスト的、技術的な問題のようだが、その方向に向かうことは大変望ましいこととしても、けっこう長い過渡期がありそうだ。 

その過渡期においての「耐乏生活」を日本の政治家が国民に求めたら、その政治家は十中八九、次回選挙で当選しないだろう。多くの人たちの本音と建て前は違う。今後、電気代がどんどん上がるとなれば庶民のみならず、電力依存の製造業始め、ほとんどの業界は何とかならんか、と思うのが本音。僕は元々貧乏だが、さらに耐えよ、貧乏になれと言われれば、それはちょっと勘弁というのが本音。 

僕は原発という存在そのものに対する怒りよりも、東電幹部を始め、既得権益を謳歌しながら、嘘八百を並べ立ててきた原発にまつわる業界、団体、役人、政治家、御用学者等に対する怒りの方が大きく、ヤツらには大いに反省して欲しいが、原発をエネルギー問題のひとつとして考えると、難しいなあ、と考えるわけです。 

で、零細イラストレーターとしては、今回の挿絵では自己主張を抑えて、再生可能エネルギーの政治的な取り組みのイメージを扉絵(画像上)で。中面用(画像下)は作中に登場する若き「内調(内閣情報調査官)」の、日本における情報収集の主たる場(個室クラブ、雀荘、ゴルフ場)での情報のやりとり(デジタル情報化時代の今でも「生の情報」が得られるのはそういうところのようだ)のイメージを描いた。


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