2011年7月28日木曜日

WeeklyTwitts 2011 (7.18~7.24)

2011年07月18日(月)
ふーん、なでしこ、勝ったんだ、すごいね。起床8時。ピーカン夏空が続いていたが今朝は薄曇り。気温も少しクールダウンか。シゴト関係は不調だが、やるべきことはたくさんある。趣味悠々のリタイア老人のようだ。
posted at 10:52:08

介護帰省のハードデイズを終え、こちらに戻ってきたときに体重測定を始めて以来の最軽量を記録したが、徐々に戻ってきて、今朝は計ったらすっかり戻った感あり。うーむ。
posted at 10:59:12

ひと頃、減煙に励んでいたが、気がつけばこちらもかつての喫煙本数に戻ってきた感じ。うーむ。いや、健康への危惧ではなくて僕の場合は経済的な問題です。復興財源としてまたタバコ増税の声が聞かれるが、勘弁して下さい。
posted at 11:04:24

2011年07月19日(火)
Oki-Luck! ウクレレ・ワークショップ on Web第6回第7回第8回/一挙公開。
posted at 01:04:00

そんなわけで、Oki-Luck ウクレレ主義ウギをよろしく。
posted at 01:14:17

昼間はそうでもなかったけど、夜になって何だか蒸すなあ。こちら神奈川も熱帯夜でござる。久しぶりに夜更かししておる連休明け。チャーハン、中華スープ。
posted at 01:17:59

明け方に激しい雨。オクさんが雨戸を閉める音で目が覚めた。で、暑くなって雨も止んだようだったので雨戸を開けた途端にまたバラバラと。で、雨戸を閉めたらまた暑くなって雨も止んだようだったので雨戸を開けたらまたバラバラと。で、また雨戸を閉めるというくり返し。そんなことをやりつつ起床8時。
posted at 11:33:05

2011年07月20日(水)
うくれれ初心者生徒さん大募集、於四谷荒木町又中央林間。麦酒飲みつつぽろりんこ。当方懇切丁寧手取足取指導定評ウクレレ講師  夜露死苦
posted at 00:31:00

波状攻撃のように降り止んだかと思えばザーザーと雨、凪いだかと思えばびゅーびゅーと風。今日は一日きまぐれな天候であった。そして明日は明日の風が吹くわけで若鶏あんかけ、レタスサラダ、抹茶アイスに見まごうような豆腐。夕食は一日のメインイベント。あんドーナッツ。
posted at 00:46:42

「風任せ」というのは行き当たりばったり的な行動を表す言葉だが、その風の親玉の行動も行き当たりばったりなのだった。今はそこそこ穏やかな曇り空の神奈川。最近にしてはお寝坊さんの起床9時。
posted at 10:38:30

少しクールダウンはありがたいが、手に触れるすべてのモノが湿気を含んでいる感じ。「水の惑星」に住んでいる実感がする。じとじとじとじとべたべたべたべた。心もややへなへな。
posted at 10:45:47

早起きになった最近、さすがに以前のように夕食まで何も食わないではいられない。昼食(ブランチ)はソーメン、ざるうどん、ざる蕎麦の類、今日はつけ麺(ラーメン)。それでしっかり晩ご飯もお菓子も食べるから、早起きすると食費がかかるのでした。
posted at 18:55:11

2011年07月21日(木)
昨夜は寝オチ。で、起床8時。起き抜けひと仕事片づけた。♪おへやのお窓はみな閉めて〜 長袖Tシャツ着ています。いきなり「小さい秋」が来たようだぞ。フル活動だった扇風機もしばしのお休み。
posted at 13:16:28

昨夜の夕食メニューはサバの塩焼き、茄子とピーマンの煮浸し、海藻サラダ、納豆。今晩は鍋とかおでんにでもしたいような。
posted at 13:19:18

2011年07月22日(金)
「草灯しどこへもゆかぬ蛍でいる」というのは父の句。「蛍がいる」ではなく「蛍でいる」というのが父の気持ちを投影したところか。優しい人であった今病床の父。茸入り肉豆腐、前夜の残りの茄子の煮浸し。パイナップル。
posted at 00:57:54

起床8時半。クールダウンの関東地方、まるで高原の朝のようだな。避暑地で過ごしているようだ。しかしできうるならリアル避暑地で過ごしたいものだ。「避暑地の出来事」なども経験しつつ……、と妄想しつつ、さてさて。
posted at 10:43:06

続・Oki-Luck! ウクレレ・ワークショップ on Web第7回(8ビートを弾いてみよう)、第8回(アップ・ダウンストロークを練習しよう)アップしました。
posted at 20:15:37

そんなわけで、初心者生徒さん大募集中です。興味がある方は、どうぞお気軽に「Oki-Luck ウクレレ主義ウギ」HPよりご連絡ください。
posted at 20:21:38

2011年07月23日(土)
父の部屋の整理をしていて「家系図」を発見した。それによると僕のひい爺さんの名前は浅吉という名前だった。博徒のような名前だな。ちゃんぽん。
posted at 00:41:28

起床9時。避暑地で過ごす日々、いや避暑地で過ごす「ような」日々。このところ涼やかな関東地方。今日は午後から教え子が出演するバレエ公演を見に行く予定。教え子は男性、イケメン、いわゆるジャニーズ系というのか。バレエの世界はほとんど無知だが。
posted at 11:15:03

2011年07月24日(日)
横須賀芸術劇場という大きなハコでのバレエスタジオ主催バレエ公演。プロ、アマ、子ども、シニア、障害を持つ方々、含めて総出演者数は200人以上だったか。演目は「ドン・キホーテ」、僕の教え子は闘牛士の役どころをなかなか堂々と演じ踊った。3幕3時間、楽しみました。
posted at 00:08:16

帰路、横浜ジョイナス地下、一品香でタンメン、餃子、生ビール。昔、結婚したてのころ、オクさんとちょくちょく食ったこの店のタンメン、実に数十年ぶりに(同じ)オクさんと食べたのでした。ホーム、Y駅はお祭り騒ぎの賑わい(実際お祭りをやっていた)、何ともにぎにぎしい一日だった。
posted at 00:16:48

廃品回収のトラックが町内を巡回、スピーカーの録音ボイスに階下のわんこが反応、「きゃいーん、きゃいーん」と。そんなわけで目が覚め、9時起床。墓場に向かう夥しい数のアナログテレビ。
posted at 11:01:50

昨日の朝日に地デジ普及率最下位の沖縄の事情が書かれてあった。なかなか移行が進まなかったのは「入学式当日にランドセルを買うような土地柄だから」と現地電器屋さんの弁。基本的に「土壇場にならないと動かない」というのは僕もそうだ。「そのときはそのとき」と先のことはあまり考えない傾向あり。
posted at 11:09:49

ウチにはまだアナログテレビ(仕事場用14インチ)があるので、アナログ停波の瞬間を(とりあえず)見た。「笑っていいとも」でカウントダウンをやっていたが、3,2あたりでブルーバックの文字画面に切り替わった。デジタル放送の数秒程度の遅れのせいか。
posted at 12:36:33

仕事場の棚に設置した小さなアナログテレビ、TVゲームのピンポンとボクシング(自宅エクササイズ用)を使用するために7,8年前に買った。3か月くらいはそれなりにマイブームだったが飽きてしまって、以降はほとんど使うことがなかった。もったいないし、またやるかな、ゲーム・エクササイズ。
posted at 12:44:20

さて、今日はこれから兄宅へ。今夏第二次介護帰省ミッションの打ち合わせ等。
posted at 12:47:10

2011年7月22日金曜日

続・Oki-Luck! ウクレレ・ワークショップ on Web

へなちょこ「ウクレレ伝道師」山下セイジがお送りするスペシャル夏企画! 続編
ウクレレ・ワークショップ on Web
http://okirakuukulele.jimdo.com/

第9回 ーCコードを弾いてみようー


第10回 ーアップ・ダウンストロークを練習しようー

2011年7月21日木曜日

WeeklyTwitts 2011 (7.11~7.17)

2011年07月11日(月)
起床8時半。ピーカン夏空酷暑の気配。今日はエアコン・デイ(28度設定扇風機併用)と社長兼平社員(僕のこと)が決めた。ほら、シゴトでパソコン使うので、自分の身よりパソコンくんの熱暴走が心配だったりするからさ。
posted at 10:23:42

昨夜は、このところの「寝オチ(ナルコレプシー的)傾向」で11時頃寝てしまったが、深夜2時半に目が覚め、珍しく眠れず明け方まで読書など。夕飯は麻婆茄子丼。
posted at 10:26:48

エアコン切って、窓を開ければ涼しい風が吹いているではないか。夏の日の黄昏時、大好きな時間帯。Heavenly shades of night are falling, it's twilight time. 今日は粛々とシゴトをしたぞ。
posted at 18:57:59

2011年07月12日(火)
早寝体質になってしまった最近にしては珍しくまだ起きておる。僕は基本的に「寝ながら読書派」なので、最近めっきり読書量が減った。だからといって別に困りはせんが。丹念に読んでいた新聞もこのところ飛ばし読み、だからといって別に、だ。オムレツ、ウィンナー、野菜サラダ。ラムレーズン・アイス。
posted at 00:31:17

昨日より少しクールダウンか、8時半起床。どこぞのオフィスらしきところでパソコンに向かっていたら、上の棚からでかくて重そうな(旧式の)プリンターが落ちてきた夢を見た。「うわっ!」と言ったところで覚醒。何を示唆しているのか、「棚からぼた餅」ならぬ「棚からプリンタ」、よくわからん。
posted at 10:09:37

2011年07月13日(水)
ううむ、Safariでtwitterが開かない。新しいバージョンのSafariを入れたいが、僕のiMacはG5なので入らない。新しいMacが欲しいが金がない。〜したいが金がない、というのは僕の主要な生活上の問題だが、金を稼ぐモチベーションがあまりない。
posted at 11:32:04

昨夜も飯食ってしばらくして寝てしまった。起床6時半。起きてシャワーを浴びてメールの返信をして電話を受けて自転車に乗って近所のスーパーまで行って買い物をして帰ってきてまだ昼前だ。早起きの爺さん婆さんが暇を持て余し病院にでも行ってみるかという気持ちが少しわかる。
posted at 11:38:39

2011年07月14日(木)
「原潜が黙ってとおる夏座敷」というのは関門海峡が間近に見えるケアハウスで過ごした父の句。大学を卒業するやいなや中国に派兵された父は反戦の人だった。戦争について語ることはほとんどなかったが、自分たちの上官は敵が現れるとすぐに退却を命じた「良い人」だったと言っていたのは覚えている。
posted at 00:38:03

子どもの頃からの夏休みの記憶がしっかりと刻まれているからだろう。この時期になるとシゴトやらしたくなくなる。「毎日が夏休みが理想」(ちょこっと宿題もして)と言ったのはみうらじゅん。僕もそうだな。スパゲッティ、サラダ(今さらシーザーサラダ・ドレッシングにハマっている)。抹茶アイス。
posted at 00:49:01

昨夜は少しばかりの夜更かしをしたが、起床8時。「今日は朝から暑い」というつぶやきは、100万ツイートは下らないだろうな。昨日は、社長兼平社員(僕のこと)からエアコンなし指令が出てもだいじょぶだったが、今日は厳しいかもしれん。
posted at 09:58:36

朝っぱらからクソ暑い上に近所の家の屋根に何やら噴霧するような作業が始まって、暑いうるさいの二重苦。さすがにしみったれな社長兼平社員(僕のことだが)もエアコンオッケーの指令を出した、とさ。
posted at 10:53:18

「ウクレレ弾けば心はパラダイス」、中央林間「パラダイス本舗」にて「パラダイス・ウクレレ教室」を開講予定。生徒さんを募集してます!関連ブログアップ 詳細は「ウクレレ主義ウギ
posted at 19:00:44

2011年07月15日(金)
昨夜も夕飯(野菜中心の天ぷら、コンニャクとキュウリと海草のサラダ)食べて、テレビを見てたら眠くなって、11時過ぎには寝てしまった。で、本日起床8時。今日もかなり暑くなりそうだな。社長兼平社員(僕のことだが)としては、夏場の業績が悪いので節電したいところだが無理そう。
posted at 10:38:34

気がつけばすっかり夏のど真ん中。というわけで僕の「ウクレレ血中濃度」が上がってきた。ほったらかしにしていたウクレレ・サイト「Oki-Luck! ウクレレ主義ウギ」http://t.co/8Lg35zE を少し充実させようと思うちょります▶そんなわけで、HPで連載中(と言ってもまだ2回ですが)の「ウクレレ・トーク」ブログ版をアップ第1回 第2回
posted at 19:13:31

2011年07月16日(土)
昨夜も11時頃に寝オチ。起床7時半。ずっと就寝前ツイットを習慣にしてきたが、「夜のつぶやき」は途切れ気味。夕飯メニューを記載するのも習慣にしてきたが、これも翌日朝の記載になってきたので忘れがちになる。ええと、キムチチゲ、刺身(コマ)、卵焼き、だったか。グリコカップコーンアイス。
posted at 09:06:11

ようやくSafariでtwitter復活。いまだiMacG5使用につき、ブラウザーの選択肢が少なくなった。OSとソフトのバージョンを互いにつり上げていくやり方はやめてくれんかな。古いソフトの方が使い勝手が良い場合はけっこうあるし。
posted at 09:13:45

企業の本質は「いかに金を使わせるか」。それはわかるが、その目的のために「あこぎなセンス」が見えるとこれからはダメだと思うな。なんて、「責任者出てこい!」(by 人生幸朗)風なボヤキも最近は呟く気にもならん。
posted at 09:21:44

やれさて(「やれやれ」と「さてさて」の合体語)、今日もお日様、絶好調だぜ。
posted at 09:23:43

だいぶ以前購入したもののなぜか「我が家ブーム」とならなかった「かき氷器」をオクさんが出してきた。で、近所のスーパーに行ってシロップと練乳とゆでアズキ缶を購入してきた。さっそくシャコシャコして食ったのさ。そういうわけで今日は「かき氷記念日」
posted at 19:04:53

2011年07月17日(日)
昨夜も11時頃に「寝オチ」。で、本日起床6時半。「やれやれ一日が終わった。さて寝ようか」という一日の句点を打つような意識を持たず、なし崩し的に眠ってしまうパターンだ、このところ。それこそ不意に穴ぼこに落ちるような眠り。そんなふうに死ねたらいいかと思ったりして夏の朝。
posted at 08:29:26

昨夜、TBSが「音楽の日」と題した長時間の音楽番組を流していたが、心底しょうもない番組だった(ちらっと見ただけだが)。日本の音楽状況に関して、分厚い「バカの壁」が存在するのはこうしたテレビのせいだな。昨夜の夕飯メニューは、ハンバーグ、野菜サラダ、冷や奴。
posted at 08:46:56

「バカの壁」における問題というのは、どういうジャンルにおいても、基本的に「バカ」の方がマジョリティだということ。エラソですまんが。
posted at 09:00:13

「衆愚」の「衆」というのは一部マスコミのこと。
posted at 09:03:13

♪シゴトは〜、夏枯れ〜、小部屋にひとり〜 、節電〜、してるさ〜、扇風機回る〜 世の中は連休真っ最中でありましょうが、山下はシゴトがヒマなもんで、こんなことをして遊んでおる。ウクレレ主義ウギPV:http://t.co/2DZDHu1
posted at 15:51:46

さて、たまには一日の句点をぴしっと打つか。今日も暑かった。寝る。カレーライス。
posted at 23:47:55

2011年7月19日火曜日

Oki-Luck! ウクレレ・ワークショップ on Web

「ウクレレ伝道師」山下セイジがお送りするスペシャル夏企画!
ウクレレ・ワークショップ on Web
http://okirakuukulele.jimdo.com/

第6回 ーCコードを弾いてみようー


第7回 ーAm、F、G7コードを弾いてみようー


第8回 ー循環コードを弾いてみようー

2011年7月17日日曜日

「ウクレレ主義ウギ」PV



♪シゴトは〜、夏枯れ〜、小部屋にひとり〜
 節電〜、してるさ〜、扇風機回る〜

世の中は連休真っ最中でありましょうが、山下はシゴトがヒマなもんで、こんなことをして遊んでおる。

2011年7月15日金曜日

ukulele talk ーその2ー


「Oki-Luck! ウクレレ主義ウギ」から転載

さて、哀れな末路を辿ったマイ・ファースト・ウクレレだったが、元々ギターが欲しくてその代用としてのウクレレだったわけで、少年は壊れた(「壊した」と言うべきだな)ウクレレにはさして未練はなく、ほどなくギターを手に入れるのだった。欲しい、欲しいと思っていれば願いが叶うこともある。「欲しいに願いを」(*注1)というヤツだ。

ある日、「ウチにギターがあるから、あげようか?」と親戚のばあちゃんが言うのだった。以前、その家に下宿していた青年が置いていった、ということだった。僕はいそいそとその親戚の家に行き、整理ダンスの上にあった埃をかぶったギターをもらってきたのだった。赤茶サンバーストのスチール弦用のガットギター(*注2)。なかなか「イカした」ギターだったと思う。

しかし、そのギター、なぜかめちゃくちゃ弾きにくい。初心者故、それがなぜだか初めはよくわからなかったが、楽器屋さんのギターと比べてみて、少年はその原因を知ることとなった。ネックが思い切り反っていた(*注3)のだった。それならそれで、ボトルネック用のスライドギター(*注4)にするとかの発想は、当時はない。

普通の少年であれば、しょうがないとあきらめて弾きにくいギターをそのままにし、そのうちギター熱も冷めて、再びそのギターは埃をかぶる運命にあったであろう。しかし、僕はウクレレを改造して壊すような少年だったので、なんとかならんかと、ギターヘッドを左手にかけ、右手をギターのボディ下部に当て、手で力任せにネックの反りを矯正しようとした。「強引・マイ・ウェイ」というヤツですね。

そうしたら、「バリン!」と音がして、指板(*注5)下部、ボディと接合されていた部分が剥がれてしまったのでした。普通の少年であれば、その時点で「ああ、壊してしまった」とべそをかき、あの哀れなウクレレと同様、またも焚き付けの材料となっていただろう。

しかし、僕は創意と工夫に満ちた工作少年だったので、剥がれてしまった指板とボディの隙間に厚紙を挟み込むことによって、ネックの反りの問題をある程度解決することができたのだった。そこそこなんとか、弾けるようになったのだ。

あの「昭和歌謡ギター」をどのくらい使用していただろうか。やっぱり弾きにくいのは弾きにくかったと思う。指板とボディの間に挟み込む厚紙を徐々に増やしていき、最終的にはネックごとボディから離脱したのだったのではなかったか。記憶が定かではないが、結局、あの哀れなウクレレと同様、僕のファースト・ギターも焚き付け用の木くずとなってしまったように思う。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
*注1:「星に願いを」はディズニー映画「ピノキオ」の挿入歌。ウクレレ・ソロ楽曲としてもポピュラー。「ウクレレの神様」オータサンの演奏が好きだな。

*注2:ガットギター(クラシックギター)は、通常ナイロン弦を使用するが、同じようなボディタイプ(12フレットのネック、クラシックギタータイプのヘッド)でスチール弦を張るタイプのギターがあった。小林旭の「ギターを持った渡り鳥」なんかで弾かれていたようなギターというのか、「昭和の鉄線ギター」、または「歌謡ギター」なんて言われたりしている。ヤマハの「ダイナミック・ギター」がこのタイプ。

*注3:ギターのネックの反りはギターの代表的なプロブレムだと言ってよい。弦の張力でネックが持ち上がるのが「順反り」、その反対に弦がびたびたとくっついてしまうような反りが「逆反り」。ネックを目の高さに持っていって、目を細めながら「うーん、このギター、ちょっとネックが反ってるね」と言えば、そこそこギターに詳しいように見える。ああ、ウクレレにも同様な問題はあります。でも、ギターに比べればあんまりないかな。

*注4:「ボトルネック」というのは、訳せば「瓶の首」ですね。ブルースマンは瓶の口部分を切り取って、これを指にはめ、弦の上をスライドさせる奏法をしたりします。ボトルネックはそれ用のが楽器屋さんで普通に売ってます(金属とかガラスのとか)。ウクレレのボトルネック奏法、やればそれなりにできます。

*注5:「フィンガーボード」とも言います。ここのところにポジション・マーク(丸いマークね)が「インレイ」の技法で埋め込まれてたりする。もちろんウクレレにもある。安いウクレレのそれはぽろっと取れたりするんだよね。

Ukulele Talk ーその1ー


Oki-Luck! ウクレレ主義ウギ」から転載

僕がウクレレを最初に手にしたのは小学校5年生のとき。LUNAというブランドの当時3千円くらいのものだったかな。お年玉をかき集めて買った。折しもウクレレ漫談の牧伸二(当時の映像をアップしたYouTube見たら、マーチンのスタイル2を弾いてる!)が絶頂期の頃、♪あーん、あんあん、いやんなっちゃった、が一世を風靡していたもんさ。牧伸二に影響されてウクレレを買ったわけじゃなくて、ホントはギターが欲しかったんだけど、ギターはずっと高かったし、ウクレレで我慢しようと思ったわけ。

初心者用の教則本とか、ウクレレ用の調子笛(*注1)とかも買って、一応チューニングもできるようになって、ぽろりんとやっていたんだけど、その教則本に載っていた練習曲はハワイアンとか、ブンガワンソロ(今、聴くとなかなかいい感じだけどね)とかの懐メロとかばかりで、子ども心を惹きつける楽曲はナッシングだった。

それで、とりあえず「荒城の月」(笑)とかを単音弾きしてたんだけど、♪ミミラシドシラ、ファファミドレ、ミミラシドシラ、ファレミミ、まではいいんだけど、最後の低いラがオクターブ高いラになっちゃうんだよね、ウクレレは基本ハイG(*注2)だから。

ギターだったら、この低いラの音は出せるだろうに、なんでウクレレは出せないんだろう、やっぱりウクレレってオモチャ以上のものじゃないのかな、と思うようになったりした。(今にして思えば、ウクレレのことをよく知りもしないのに誤解し、見くびってしまったことには深く陳謝をしたい、ウクレレさんに。)

そんなことで、ウクレレを弾くことに飽きた僕は、ウクレレにプラカラーで色を塗ったり、小さな丸釘でトップ板の周りをびっしり打ち付けたりして、バインディング風(*注3)の装飾を施したりした(工作好き少年でした)。そんなことやっている内に改造熱が高じてきて、サウンドホール(*注4)を大きくしようと思って糸鋸かなんかでゴリゴリ切っていたら、トップ板がばりんと割れたんですね。飽きていたとは言え、ちょっと悲しかったな。

その後、たぶんマイ・ファースト・ウクレレは焚き付け用の木っ端と一緒に燃やされたと思う。今、思い出してもそのウクレレが哀れでならない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
*注1:各弦の音の高さに合った笛がコンパクト一体型になったもの。チューニングをするときに使う。古くなってくると音のピッチが微妙に違ってきたりする場合もあり、そこら辺がやや難点。ギター用が一般的だけど、ウクレレ用もあります。

*注2:ウクレレの4弦を高いG(ソ)にチューニングするのがハイGと呼び、一般的にはこれ。4弦を低いGにチューニングするのがローG、ジャズウクレレをやる人はこのチューニングにする場合も多い。”ウクレレの神様” オータサンはローGチューニング。

*注3:ギターやウクレレのボディの周囲に飾りをいれること。マーチンのstyle1とstyle2の違いはこれがあるかないか。これがあると「音が締まる」と言われていたりするが、どうかなあ、よくわかりません。

*注4:ウクレレのボディに空いた穴がサウンドホール。大きければ大きい音がするというわけでもない。

2011年7月14日木曜日

パラダイス・ウクレレ教室@パラダイス本舗 生徒さん募集中!



さて、本格的な夏が到来しました。巷では「節電大合唱」の音頭がかしましい昨今ですが、まあ、このご時世、それは致し方ない。せめて心をトロピカルモードに持っていって涼しくなろうではありませんか。

どうしたら心をトロピカルモードにすることができるか、ひとつのグッドな方策があります。ウクレレを手に取り、ぽろんと爪弾くのです。簡単です。一気に心が和み、涼やかな気持ちになれること請け合いです。

でも、自分はウクレレなんて弾けないからなあ、弾けたらいいなあ、というあなたに、ウクレレの弾き方をお教えしてあげたい。それはやさしくていねいに。

というわけで、「ウクレレ伝道師」山下は、四谷荒木町「ゆうむ」というところで、「お気楽ウクレレ・ワークショップ」という催しを開催中(常時参加者募集中)ですが、この度、山下が愛してやまないゴキゲンな音楽系酒処、中央林間「パラダイス本舗」においてもウクレレ教室を開講することになりました。

ウクレレ弾けば、心はパラダイス!
「パラダイス・ウクレレ教室」へふるってのご参加をお待ちしております!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Oki-Luck!「 パラダイス・ウクレレ教室」は、ゴキゲンな音楽とお酒が楽しめる「パラダイス本舗」にて開催される初心者対象のウクレレ教室です。
★夜7時からの時間設定なので、お勤め帰りのレッスンに最適!

■講師:山下セイジ
■日時:第2第4火曜日 午後7時〜8時30分
90分1セッション(要予約)
■Lesson Charge:2000円(1ドリンク付)
■予約・問い合わせ :『パラダイス本舗』(http://www.niginigi.jp/Bar.htm
Tel/Fax : 046-274-3948 
または、山下(seijama@yahoo.co.jp)まで。

*貸しウクレレも用意いたしておりますので、ウクレレをお持ちでない方もお気軽にご参加下さい。

詳細は「Oki-Luck! ウクレレ主義ウギ」:http://okirakuukulele.jimdo.com/

WeeklyTwitts 2011 (7.4~7.10)

2011年07月04日(月)
今朝も早くに目が覚めた。起床@7時。昨夜は11時頃には寝オチ。「寝オチ」と書くのは「さて寝よう」と思って就寝に至るのではなく、テレビなど見ていると突然、猛烈な睡魔に襲われ、そのまま(服着たまま、歯も磨かず)眠りに落ちるという感じ。これが帰省先から帰ってきて5日間くらい続いている。
posted at 10:28:43

昨日の「お気楽ウクレレ・ワークショップ」、8ビートストロークのバリエーションから、仕上げは「恐怖のセーハ」の練習。「セーハ」というのは左手人差し指で弦全体を押さえること(バレー・コードだね)だが、ギター練習でよく言われる「Fコードを押さえる練習で挫折した」というやつで、このセーハ、ウクレレはギターに比べ、楽なはずだが、初心者生徒さんには大変辛そうで、みなさん、指だけでなく顔も引きつるのだった▶「そのうち馴れますよ」と言いながら、辛そうにしている生徒さんを見るのはけっこう快感だったりするのは、僕にそこそこSの気があるのだろうか。
posted at 10:45:09

新宿方面からの帰り道、しばらくご無沙汰していた中央林間「パラダイス本舗」に。りえちゃん、洋介さんもお元気そうで何より。常連さんでいつも賑わうこの店、僕にとってもかけがえのない「ホームプレイス」であります。「パラ本」で飲んで大変いい気持ちになる確率はほぼ10割。
posted at 11:00:56

2011年07月05日(火)
一日中、びゅうびゅうと湿気を孕んだ風が吹き、夜半になっていっときのどんちゃん騒ぎのような豪雨あり、夜更けて雨も上がり、濃密な静けさに包まれた夏の午前2時。病床の父はどうしているだろうかと。白身魚のフライ、納豆、野菜サラダ。
posted at 01:56:34

8時起床。介護帰省疲れもとりあえず落ち着き、さてさてあれとこれとそれをあれしてこれしてと起床時黙考10分。いや、ホントはね、I want to do nothing. なーんもしたくないんだけどさ、楽しいこと以外は。我が心に巣くうキリギリスの遺伝子。
posted at 10:33:20

2011年07月06日(水)
昨夜も11時半頃「寝オチ」、本日8時起床。なので、このところ「夜ツイート」ができない。朝、夜ツイートは日課であったが、生活時間帯が変わると日課も変わるということだ。しかし、この夜型から朝方へのシフト、いつまで続くか。昨夜の晩飯メニューはカレーライス。
posted at 10:01:17

もはや父が住むことができなくなったケアハウスの部屋から、4,5年前購入と思われる32インチのデジタルテレビをこちらに配送したのだが、配送事故で液晶画面が壊れていた。事故保険の適用となり修理は配送業者の負担となったのだが、モニター修理は5万近く、もしくはそれ以上かかるとのこと▶それで、配送業者から5万以内の予算で同程度新品購入を勧められた。検討し、父の使用していたテレビ(ソニー・ブラビア)の後継機を4万ちょっとでネットショップで購入。昨日、届いた。価格は父が買ったときより安くなっているが、機能は向上しているようだ。YouTubeも見れたりするし、アナログ放送に慣れた目にはデジタルの鮮明な映像は眩しいばかり▶セッティングしたとき、ちょうどNHK教育で「セミの脱皮」の映像を流していたが、見入ってしまった。これも父の計らいか。父ちゃん、ありがとう。
posted at 10:26:30

2011年07月07日(木)
昨夜も「シルシルミシル」前半で沈没。「眠くなったな」と自覚する前にいきなり眠りに落ちてしまう感じだ。人が眠りに落ちるのはメラトニンという睡眠物質の分泌によるものだとされているが、最近の僕の場合、このメラトニンが何かの弾みでどばーっと一気に出てしまうのか。で、本日起床7時。
posted at 08:04:39

今朝は夜半に一雨あって涼しい。さて、やるべきあれとこれとそれ、アップ時期が一致していてプライオリティがつけがたいが、ほぼできあがっているあれからいてこまそう。昨夜の夕食はタコライス、厚揚げ豆腐、それとなんだったか、忘れた。
posted at 08:12:48

今日は涼しいな。扇風機すらいらないくらい。電力供給量も余裕であろう。昼に冷やし中華。早起きクンのこのところ、朝は相変わらず食べないが、昼食を摂るようになった。長い間、一日一食+お菓子で過ごしてきたが、食生活もまともになってきた。いいことなのだろう。
posted at 15:32:29

2011年07月08日(金)
なぜか半ズボンのお尻のポケットに財布を入れたまま寝てしまっていた。眠りの国に行くのに財布はいらんだろ。尿意催し、目が覚めたのでついでに歯を磨いた。そのついでに真夜中のメールチェック。
posted at 03:02:03

夜の底に寝静まる住宅街、窓を開けたまま人々は寝入る。どこかから女性の咳をする声が妙に近くに聞こえて、思わずびくりとする夏の午前3時。白身魚のソテーシメジ添えを「食べるラー油」で。茄子の煮付け、キュウリとワカメの酢味噌和え。兄宅からのお中元のアイスクリームを食後に。
posted at 03:28:13

昨夜は夜中にむっくりと起き出し、いっときパソコンに向かって、空も白み始めた頃、再び寝たのだった。で、本日起床8時。僕としてはなかなかしぶとい朝型へのシフト、帰省した6月4週目から続いている▶朝型生活、それなりに一日の「使い勝手」がいい感じがする。このところ、シゴトの生産性はそこそこ上がったような。しばらくはこんな感じで。今だったら山下に午前中電話もありだよ。
posted at 09:55:43

2011年07月09日(土)
「フルダチ君って、いつまでたっても人間の幅というものができないなあ」と思いつつ、昨夜も報道ステ見ている途中で寝オチ。で、本日起床6時半。いつまで続くか早寝早起き、この調子なら夏休みのラジオ体操はたくさんハンコを押してもらえるな。
posted at 07:57:09

昨夜の夕食メニューは、焼売、揚げ豆腐と夏野菜の甘酢あんかけ、焼き茄子(おかかトッピング)、茄子炒め(甘味噌トッピング)の茄子づくし。このところメニューに茄子多し。ちょっと飽きた。「茄子づくし」もトゥー・マッチだと「なしくずし」。井村屋のあずきバー(オールタイム・ファイバリット)
posted at 08:07:46

近所にいささか「調子こき」で躁病傾向のあるウグイスがいて、朝から晩までケキョケキョとよく鳴いていることは、以前つぶやいた。で、この陽気なウグイス、まだ鳴いてるんですよね。真夏にホーホケキョは違和感あるよ。
posted at 08:12:00
@ochun99 うん、ときおりトチ狂って早寝早起きすることはあったけど、こんなに続くのは珍しいす。節電観点からもよろしいとは思いますが、妄想する時間がない(これもいいことか?)。
posted at 08:22:55

今日はこれから小田急永山にある兄宅へ。病床の父のことなど、ミーティング予定。帰りは中央林間「パラダイス本舗」へ、音楽仲間よっちゃが参加しているバンド「Mumon Band」を見に行く予定。外は暑そう。
posted at 12:50:21

2011年07月10日(日)
9時起床。真夏日の様相。昨日は小田急永山(兄宅)→中央林間(パラダイス本舗)と巡り、そこそこ酔っぱらって深夜帰宅。帰路お持ち帰りした牛丼食って、倒れ込むように寝たのだった。
posted at 12:02:51

音楽仲間のよっちゃが参加するMumon Band@パラ本、およそ二年ぶりの観戦だったが、大病を患い、「死地から帰還した」無門さんの演奏はとても吹っ切れていてゴキゲンだったよ。
posted at 12:07:02

昨夜のパラ本のお客さんで、どっかで見たことあるなあと思った女性がいて、彼女は僕がかつて講師をしていたガッコウの卒業生のお母さんだった。なんと、なんとの10年ぶりの再会。お互い「え〜! あ〜!」。息子さんも元気にやっているとのこと。良かった。
posted at 12:15:30

WeeklyTwitts 2011 (6.27~7.3)

2011年06月27日(月)
7時起床。ややクールダウン。小雨。

クロネコ便2個口の荷物を神奈川に発送。

運ぶべき物は運んだが、捨てるものは厄介。燃えるゴミ、燃えないゴミ、リサイクル系ゴミ、大型ゴミ、金属類、電池の類、薬の類。老人の住まいはやたらにゴミ袋、空き箱、空き袋の類が多かった。そして山のような未使用のもらい物タオル類(これは荷物の梱包緩衝財として使用)。昔であれば全部どーんと捨てられたのに。几帳面な母はこれで心を患った。

「使用感」のあるボックス棚、本棚などを解体。昼頃までに部屋もだいぶ片づいたところで、また父の病院へ。

途中、実家に寄り、鍵締め、電気のブレーカー落とし。昨夜寝る前、しっかり鍵締めしたか心許なかったのだ。門の鍵、勝手口の鍵は閉まっていたが、案の定、玄関の鍵は開いていた。ブレーカーも上がっていて、これが僕の抜け作なところ。

駅近くのケンタッキーでハンバーガーとコーラを買って病院に向かうバスに乗り込む。駅から40分以上かかるのでこの時間ももったいなく、毎回のバス食が続く。

病室から父の素っ頓狂な叫び声が聞こえる。以前から便秘がちの父は職員に浣腸をしてもらっていた。その不快さからの叫び。理性というものを父はおおかた失ってしまったが、こういう時以外は概ね穏やかなようだ。

ベッド上で介助されながら、とろみをつけた牛乳を口に運んでもらうが、ほとんど嚥下できない模様。いよいよ食事は摂れなくなったようだ。

夕刻、病院を出て、駅の洋装店で母から頼まれた夏用ズボン、七分袖シャツ、靴下を購入。母は好みがはっきりしていて、気に入らない物は着用しない。色、サイズ、生地の具合などの詳細は聞いていたが、普段買い慣れないものなので、探すのに一苦労。店員に聞き、「こんな感じですか」とズボンを見せられ、母のリクエストにぴったりだったので、思わず大きな声で「ああ、これこれ、これです!」と言ってしまった。

2011年06月28日(火)
6時半起床。父の緩和病棟への移送は午前中に予定されていたので、9時頃のバスで病院に向かう。

父は朝方、嘔吐した模様。車椅子に乗せることはいよいよ無理になったようで、着替えさせてもらうこともなくパジャマのまま、ベッドに横たわっていた。

ベッドに父を寝かせたまま、エレベーターで病棟を移動、父は特に不安がりもせず、大人しく寝ていた。自分の置かれた状況をどれだけわかっているのか、わかっていないのか、僕にはわからない。

移送先はとりあえずの(通常の部屋の空きがないことから)豪華な個室病室。病室には旅館の「次の間」のようなソファが置かれた部屋があり、冷蔵庫、専用トイレもある。窓の向こうは日本海、響灘の海が広がる。父の終末期は海と縁が深いようだ。

父は点滴を受けながら眠っていたが、ときおり痰がからんで目を覚ます。看護士から吸引してもらうが、口からではなかなかうまく行かず、鼻から吸引に及ぶ。ただでさえ吸引時は不快そうな声を父は上げていたが、鼻からの吸引の際は、顔を真っ赤にして苦しそうにしていた。

これだけ医療技術が進展しているはずなのに、痰の吸引は機械によるポンプ吸引という単純なやり方。もっと患者が楽な方法はないものか。

担当医との面談。初老の穏やかそうな医師、「緩和」を専門にする医師というのはある意味、医療の前線から半ばリタイヤしたような雰囲気がある。医師から「緩和ケア」の目的と意義を伝えられる。すべては患者の安息な死を迎えるため。異論はない。

駅のドラッグストアで母のリクエストの化粧水を購入。使用中のものがボトルに半分、未開封なものが一瓶あるのだが、それでも買い置きがないと不安になるのが母。父も母のためにこの化粧水を何度も買ったであろう。もう母は父に頼むことはできない。

6時頃、ケアハウスに到着。毎回、「父ちゃんはどうかね?」と母は僕に尋ねるが、この日は父の病状はあまり良くないことを伝えられる範囲で伝えた。ずっと嘘を突き通すわけにもいかない。明日帰ることも伝えると泣き出した。

2011年06月29日(水)
7時起床。
ばたばたと帰り支度。ケアハウスの職員の方々に挨拶して、特養の母を訪ね、バスに乗り、駅に到着。小倉まで向かい、午後2時頃の新幹線に乗り込む。車中、持ち帰ることにした父の日記を読む。こまめに日々の出来事が綴られた日記。最後に書かれた日付は4月21日(木):「14:00~16:00、民謡の会(おそらくケアハウスの催し)があって、ハイム(特養のこと)から○○さんがセツ子(母のこと)を連れてきた。○○ドラッグストアでセツ子の化粧品を購入」と記されていた。母に関する記述が多かった。

夜8時頃、帰宅。

以上、帰省中の日記から



2011年06月30日(木)
7時起床。昨日夜、本州西端「介護の地」より無事帰還しました。ネット環境のない居室で過ごしていたため10日間程のご無沙汰でしたが、山下はまずまず元気です。
posted at 09:54:35

2011年07月01日
昨夜は10時頃か、テレビを見ながら「寝落ち」。で、本日起床7時、久しぶりに「丸太のように」ぐっすりと眠ったのさ。さてさてさてさて。
posted at 09:40:46

2011年07月02日(土)
11時就寝6時半起床。メールチェック、送信、返信、諸々方面へ電話等。ちょっと前までの夜型生活時間と逆転した感じだなあ。夏場は早寝早起きにこしたことはないが、我ながら滅裂な生活習慣でござる。
posted at 12:17:34

2011年07月03日(日)
今日もあれやこれやと一日が過ぎた。やれやれだぜ、まったく。さて、本格的なウクレレ・シーズンとなりましたが、明日の日曜日はお気楽ウクレレ・ワークショップ、第3回目。ふらりと参加も大歓迎レレ、置きウクレレもあるレレ。
posted at 00:13:58

「この夏は堅忍不抜と言い聞かす」というのは父の句。父の「この夏」とはいつの夏のことだったかわからないが、まさに今年の夏のことではないか、と。そりゃあ、いろいろ我慢はするが、お上から我慢せよと言われるのは嫌だ。鶏の唐揚げ、野菜サラダ。
posted at 00:40:04

今日もまた「早起きクン」、7時起床。昼夜逆転の生活を長いことしていたが、逆転の逆転はごく普通になるということだ。さて、今日は午後1時から「お気楽ウクレレ・ワークショップ@四谷ゆうむ」 美味しい生ビールも冷えてるよ。
posted at 08:30:11

WeeklyTwitts 2011 (6.20~6.26)

2011年06月20日(月)
ウクレレ・ワークショップ。「黄金の循環コード」C-Am-F-G7をベースにストロークを中心に展開。IZ、オータサン、ジェイク、ビル・タピア翁から「魔術師」ロイ・スメックに至るウクレレ動画DVD(自作)を見せたり。和やかに終了後、来てくれた友人と新宿「思い出横丁」で生+もつ煮込み。
posted at 03:24:48

父の日翌日の今日、このところ急に衰えてきた父の介護のため、これから帰省します。帰宅は週末の予定。さてさて参ろう介護の戦地へ。
posted at 12:02:48


以下、帰省中の日記

2011年06月20日(月)
ばたばたと身支度、旅支度。昼すぎの新横浜発ののぞみに乗車。車中、父が5年前に自費出版した句文集『波』を読み返す。大学卒業と同時に中国方面に徴兵された父の人生前半は、自分の意志とは関わらず波乱含みだったようだが、僕の人生は概ね自分の意志によって波乱に至ったように思う。

下関駅からバスに乗り、夜8時前、父が居住していた下関彦島のケアハウスに到着。「老人の館」は既に深閑として、職員のみなさんもおらず、そそくさと父の部屋に。明日のことを考え、早めに眠ろうとしたが、普段の夜型生活のためあまり眠れず。思いつき、窓を開けての「リアル波の音」(ここは海を臨むケアハウス)を聞きながら目を閉じていると、少しはうとうととした。

2011年06月21日(火)
6時起床。シャワーを浴び、7時半頃のバスで駅方面へ向かう。下関駅からさらにバスに小一時間揺られ、ようやく父が入所した老人介護施設のある病院に着いたのは9時過ぎ。

父は施設内ロビーで車椅子に乗せられていた。3月末の「卒寿の会」以来の父との面会だったが、少し面変わりしていて違和感があった。話しかけるが、呆然とした感じで僕を認識できなかった。

予約していた介護タクシーに父を乗せ、MRI検査のため、20分ほどの距離にある別病院へ向かう。MRI検査は11時過ぎに実施。介護タクシーの中、病院で検査を待つ間も父は呆然としていて、話しかけてもコミュニケーションを取ることはできなかった。エアコンが効いた病院内でひと言「寒い」と言ったので、看護士にバスタオルを借り、肩からかけてあげた。

検査前、眼鏡や入れ歯等の金属類を外すよう指示されるが、入れ歯を外してあげることはできなかった。検査技師が「入れ歯を外してもらえませんかね」と父に言うと、「無理ですな」とぼそっと父は答えた。結局、検査技師は「まあ、いいでしょう」ということで検査台に父を移動させようとするが、父は車椅子にしがみつき、難儀であった。

検査後、担当医はごく事務的な口調で検査の結果を僕に伝えた。検査の結果は事前のCT検査で予想された通り。

再び介護タクシーに父を乗せ、老人介護施設へ戻る。父は少し遅めの昼食(肉野菜入り茶そば、オクラ、ゴボウの煮付け、すいか)を摂るが、箸を持つ手がおぼつかない。食事介助をしてやるとけっこう旺盛な食欲を見せ、特にゴボウは美味しそうに食べた。

前回帰省の際、生まれて初めて母のトイレ介助をしたが、今回は生まれて初めて父の口元に食べ物を運ぶことになった。

父は介護用のエプロンをしていたが、父はそのライン状の模様(茶そばの切れ端に似てはいる)を何度も箸でつまもうとする。「父ちゃん、それは模様だよ」と父に言うが、理解できず。

昼食をほぼ完食し、職員が片づけているそばで「美味しゅうございました」と父がぽつりと言った。

父の側にいたときに、北九州に住む母の弟夫婦、僕の叔父、叔母だが、父の見舞いに来訪。僕にとっては実に何十年ぶりかの面会だった。父はやはり彼らを認識できなかった。30分ほど、父の様子を見てもらい、お互いの近況について話をし、別れた。

職員に父をベッドに寝かせてもらい、ようやく落ち着いたところで、「父ちゃん、僕がわかるかね?」と顔を近づけて言うと、父は急に僕の肩を抱き、僕を見て微笑んだ。一瞬だが、僕のことがわかったようだ。嬉しかった。

夕刻、病院を出て、下関駅までバス。駅ビル内のラーメン屋でラーメンとビール。ケアハウスに到着後、隣接している特養にいる母と面会。以前より元気そうで、表情も豊かになった。笑顔もよく見せるし、よく喋る。「父ちゃんはどうやったかね」と心配そうに訊ねるので「まあ、ちょっと弱っちょるけど、がんばっとるよ」と嘘をついた。

ケアハウスの部屋に戻り、各方面へ電話。夜半、突然歯痛が始まり、よく眠れず。

2011年06月22日(水)
7時半起床。朝方小雨、そのうち晴れ、真夏日となる。

父の病院には行かず、午前中はケアハウス退居に関連する各方面へ電話連絡。

午後、ケアハウスの責任者、Fさんにケアハウス退所の旨伝え、手続きを行う。職員の方々に父の状況を説明。4月の誕生会では、父は「寿限無」を暗唱し、みなに披露したとのこと。ケアハウスでの父は「本当に優しい人柄」とみなさん、口を揃えて。

父の見舞いに母を連れていこうとしたが、母のいる特養で感染性の疥癬の症状が出た人がおり、母は症状は出ていなかったが、他病院への感染を防ぐため、申し訳ないが母を連れて行くことはできない、とのこと。父の現況を母に見せるのはためらいもあったため、それを聞いて安堵する気持ちも正直あった。

2011年06月23日(木)
7時半起床。

特養の母としばし面会した後、父のいる病院へ。昼すぎに到着、父はちょうど介助してもらいながらの昼食中であったが、食べ物がほとんど咀嚼できない状態だった。朝はなんとか食べたとのこと。呼びかけには頷いたりはする。「成司だよ」と耳元に口を近づけて言うと、「せいじ」とくぐもった声で呟いて僕を見たが、僕を見る目は虚ろな感じだった。

父を緩和病棟に移送するプランを病院相談員の方から聞く。1,2週間以内には緩和病棟に移れる予定。緩和病棟の医師、師長と面談。

父は痰が絡み苦しそうであったので、介護士を呼び、痰の吸飲をしてもらう。しかし、吸引機での吸引は見ていても不快そうであった。嗚咽のような声を上げる父。

ケアハウスに午後6時半着。事務所のパソコンを借り、メールチェック。特養ハイムに母を訪ねたのは、母が就寝前の8時過ぎ。

2011年06月24日(金)
7時起床。晴天、朝から暑い。
赤帽から段ボールが届いていたので、ケアハウスの荷物移送の準備にかかる。
特養ハイムに母を訪ねてから、バスで30分ほどの実家に行って諸々の用事を片づける。実家は主を失ってから6,7年経つが、家の中は時間が止まったように何も変わってはいない。

夜、特養の母と面会。「懐かしいねえ」と言うので、「こっちに来てから何度も会いに来よるやないの」と言えば、「毎日会っても懐かしいよ」と母は言った。

ケアハウスのFさんに書類を提出する際、日付を記入したとき、この日がオクさんの誕生日であったことに気がついた。夜、オクさんにバースデイ電話。

2011年06月25日(土)
7時半起床。少しクールダウンか。
部屋の荷物の箱詰め。実家に持っていくべき物、神奈川に別送すべき物、捨てるべき物の判断に時間がかかる。急に病状が悪化した父の場合、部屋の主が突然失踪したあとのような様相で、父がケアハウスを出なければいけなくなることを予期して、何かしら準備していた形跡は一切ない。ついこの間までそこそこ元気にこの部屋で暮らしていたのだ。

父が使っていたテレビを神奈川に送るため、運送業者に取りに来てもらうよう手配。昨夜、母が鉛筆と手帳が欲しいと言っていたので、父の持ち物から鉛筆を数本、使っていない手帳もあったので、それらを特養に持っていく。

午後3時に病院に向かい、到着したのは4時半頃。ちょうど土砂降りの雨に遭い、折りたたみ傘を持っていたが、ほとんど役に立たないくらいの豪雨だった。ゲリラ豪雨というやつ。バス停から病院まで歩く数分の内にずぶ濡れとなる。

たった今まで海中に潜んでいた半魚人のように、廊下に濡れた足跡を付けながら病院内に。父はベッド上で仰向けに寝ていた。ときおり、手をひらひらさせ顔の方に持っていったり、何かうわごとのようなことを言うが、何を言っているのか意味不明。

摂食不良のため、昨日から点滴を始めたとのこと。朝は7割程度は食べることができたとのこと。ベッドから車椅子への移動が困難になったよう。職員二人がかりで何とか。短い期間だが、来るたびに急速に衰えていく父。

緩和病棟には火曜日に移送できることを伝えられる。

歯痛もあり、心の状態もあり、どこかで落ち着いて食事を摂る気にもなれず、駅のコンビニで買ったおにぎり、サンドイッチ等を、帰路バス内で食す。滞在中の食事はずっとそんな感じ。

午後8時過ぎにケアハウス、その後、就寝前の母に面会。
火曜日の緩和病棟移送まで滞在を延ばすことを決めた。

眠れず。

2011年06月26日(日)
7時起床。曇り。

昼頃から雨が降りそうだということで、赤帽から荷物移送の時間を1時間ほど早めませんか、という提案電話があり、承諾する。で、9時ちょうどに赤帽さんがやってきた。

助手なしだったので、赤帽のおじさんと二人でどたばたと荷物を軽トラに詰め込み、車で20分ほどの実家まで二往復二時間で荷物移送完了。

実家で荷物整理、その他やって、夕刻、ケアハウス着。父のベッドも運んだので、ケアハウスから簡易ベッドを借りる。疲労困憊、簡易ベッドで一眠りした後、神奈川に送る荷物作り。

夜、特養ハイムに母を訪ねる。母はよく喋るようになった。寝る前の薬(眠剤)を介護職員からもらい、水を飲ませてもらい、横になると、一見ぶっきらぼうな印象のその女性介護士が「はい、背中とんとん、ね」と母に語りかけながら、母の背中を何かのまじないのように軽く叩いた。

「それ、何かのまじないですか」と僕が聞けば、「はい、毎晩眠る前にはこうして欲しいって言うんです」と彼女は言った。「あとは、頭を3回撫でてあげて終わり」と微笑みながら彼女が続けた。

2011年7月1日金曜日

WeeklyTwitts 2011 (6.13~6.19)

2011年06月13日(月)
NHKスペシャル『寿命は延ばせる!』、「長寿遺伝子」と言われるサーチュイン遺伝子っつうのがヒトの身体にはあって、それは空腹体験をすると生成されるんだと。で、それは老化を防ぐ働きをするんだと。だから、腹八分にしてサーチュイン遺伝子が常に生成されている状態にしておけば長生きすると▶だからカロリー制限をすることはスリムになるだけでなく、老化防止効果もあると。そこまではいい。番組は、きつい節食をしたくなければ、レスベラトールというサプリメントを飲めばいいと続く。たらふく食べてサプリメント飲んで100まで生きる。いいのかNHK、そんな安易な長寿法を放送して。

人間だけがそんなに長く生きちゃよろしくないのでは、と僕は思うな。雨がざんざか降っております。手羽玉子丼、コールスロー、シメジのマリネ。
posted at 02:23:37

川上未映子さんに拙著紹介いただきました。『発達障害 母たちの奮闘記』 山下成司著 : 本よみうり堂 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

2011年06月14日(火)
我が人生のサード・クオーターにおきまして、今のところ、感謝するべき事柄が感謝されることより圧倒しておるな、と思うのであります。死ぬ頃には概ねイーブンくらいには持っていきたいなどと考えるのでありまする。スパゲッティ・ミートソース、野菜サラダ。
posted at 03:05:47

明け方近くまで起きていたが9時半ごろに目が覚めた。プライベートライフにおいて、諸々「一定のメド」がついたなと思っていたのが先週。しかし、「メド」は雨後の筍のごとく次々と眼前に横たわるのだった。刻んでいかねば、まさに筍のようなメドをザックザックとね。
posted at 14:03:01

「青蛙 コンプレックス なにもなし」というのは、特養暮らしの母の句。「確かに」とつい微笑んでしまうような僕の好きな句だ。
posted at 14:06:16

近所にあるちょっと急な小坂は、自転車に乗る子どもたちのちょっとしたアドベンチャー・スポット。今日見かけたのは、口にいっぱいの風を溜め「わ”れ”わ”れ”は〜〜〜」と叫びながら駆け下りていった女の子。坂下、見事なブレーキさばきで停まると、こちらを振り向き満面の笑み。飼ってみたいぞ。
posted at 18:35:43

2011年06月15日(水)
僕たちは「人を育てること。人と生きること」の当事者だ。「差違や境遇を超えて」、僕たちが人に手を差し伸べるのは、その当事者意識に他ならない。それがシンパシーという言葉の本来の意味だろう。 川上未映子さんの書評に寄せて。ブログアップ
posted at 02:53:12

「さてとさてさて、あしたはあした、あしたのために今日も寝るか」と老猫は歌うように呟いて、ベッドの方へよったらよったらと向かうのでした。餃子、シナチクとわけぎの和え物、豆腐とゴボウの汁物、海草サラダ。
posted at 03:23:13

今日はこれから友人と「のーみー」@横浜。ぐずぐずしてたら行かなくちゃ、という時間になった。♪行かなくちゃ、のーみに行かなくちゃ。
posted at 16:50:58

2011年06月16日(木)
昨夜は2軒ハシゴ@横浜。最近お気に入りの「放題系居酒屋」、どうしても「ピッチ走法」ならぬ「ピッチ飲法」になる。しこたま飲んで、ムービル内の「大人系バー」に。千鳥足で帰路、無性にポテチが食いたくなり、コンビニで購入、帰宅後酩酊状態でポテチ一袋を5分で完食。本日体重測定、2キロ増。
posted at 13:51:08

2011年06月17日(金)
夜の地で、感謝する死者(Grateful Dead)によって引かれる太陽の船のことを思う雨の午前3時。オクさん仕事につき、焼きゴボウのピラフ(冷食)、インスタント味噌汁を孤食、食後にエクレア。
posted at 03:05:30

4時就寝10時起床。寝る時間は相変わらずだけどそこそこ早く目が覚めるようになった。しとしとぴっちゃん(この言葉の世代認知の境界はどんなもんかな)の窓の外。ちょっと前「半ズボン解禁」としたのに、またジャージの長ズボンをずりずりと穿くのでありました。
posted at 13:32:45

起き抜けメールチェック。「朝イチでメールは読むな!」(仕事ができる人間になりたければ)というビジネス本があったな。朝のフレッシュな時間はもっと「創造的」なことに使え、と。僕は別に「仕事ができる人間」になりたいとも思わないし、朝イチメールチェックで特に不都合は感じていない▶ただ、なにげに開いてしまった「50代の抜け毛・・・」という表題メール。(まわりくどいのもなんなので、、、) 単刀直入にお伝えいたします。━ もし、抜け毛や薄毛に悩んでいるなら……。「まわりくどいのもなんなので、、、」というのに少し脱力した。「あの手この手」がいじらしい。
posted at 13:53:37

2011年06月18日(土)
日曜日、Oki-Luck! ウクレレ・ワークショップ@四谷荒木町「ゆうむ」。午後3時からのセッション、まだ定員に余裕があるれれ。貸しウクレレもあるれれ。参加希望者、連絡おくれれ。
posted at 01:48:56

そんなわけで、寝るとするれれ。鱈粕漬け、モヤシ炒め、豆腐とインゲンの煮付け、納豆。みたらし団子。
posted at 02:17:24

2011年06月19日(日)
あれやこれや、準備、用意、身支度等々、てんてこ舞いでござった。本日、午後3時より、ウクレレ・ワークショップhttp://t.co/3s1Hx4h、飛び入り生徒さんも歓迎だよ。で、月曜から急遽の介護帰省とあいなる。おでん。
posted at 02:49:20

4時半就寝10時半起床。起きてからもばたばた。成人ADHDの傾向をそこそこ自覚している僕だが、物事を着々淡々とやったことがない。いつも土壇場でじたばた、が身上。さて、これから四谷荒木町、「ウクレレ伝道師」の任務につき。
posted at 12:30:43