2011年3月31日木曜日

父・卒寿の祝いをかねての介護帰省2011春@猫岬ケアハウス滞在記 その3


3月25日(金)

僕の隣に座った大柄長身の若い男、大人しそうな青年で、それなりに気を遣って大きな体を小さくして座ってくれたのだが、それでも膝と膝は心なしか触れ合う狭さ、この環境であと13時間超、大丈夫かい?おれは、と思ったね。しかし、これは想定内、まあ、なんとかなるだろう、被災地の方々に比べれば、と、こんなときに。

その後、真夜中前に海老名サービスエリアで15分くらいのトイレ休憩、下車して煙草を一服。再び乗り込んだところで、深夜零時をもって車中消灯。これがけっこう真っ暗なんですね。事前に座席近くの読書灯がつけられると聞いていたのだが、乗客のみなさん、誰も読書灯をつける人はいない。ほとんどの乗客が寝る体勢になっている。僕の隣の若者も目を閉じてひたすら大人しくしている。とても読書灯などつけられる雰囲気ではない。若者たちで溢れているのにみなさんお行儀がいいこと。これは想定外。

実は、長い車中、読書灯などつけて本を読んだり、お菓子をバリバリ食ったりしながら、観光バスに乗った気分で過ごそうと思っていた。みなさんもそんな感じで過ごすのではないかと思っていた。ところが、満席の真っ暗な車中は静まりかえって、エンジンの音だけが響くような環境。窓は厚めのカーテンで閉ざされ、高速道路の灯りが運転席フロントガラスから漏れてくる程度。読書どころか、「お菓子バリバリ行為」もはばかれる。

想定外でした。脳裏に「ドナドナ」のメロディが流れる。荷馬車で売られていく家畜の心境、このあたりで、長距離バスに乗って帰省することに決めたことを思い切り後悔しましたね。しかし、まあ、被災地の方々に比べれば、とこればかり。

僕は普段から夜型だし、意外と繊細な(意外とね)ところもあるので、目を閉じていても、眠れそうな感じはまったくない。で、ここで大活躍したのが、計画停電に備えてオクさんが買ってきたポータブルラジオ。バスの中で震災情報でも聞けるかも、と携行してきたのだ。

いささか受信状況は良くなかったが、イヤホンでFMはそこそこ聞けた(移動しているのでキャッチするステーションは刻々、変わっていくし、選択肢も少ないけれど)。NHKのFMとかタンゴやらクラシックやら流していたが、車中の暗がりで聞くノイズ混じりの、なんであれ「音楽」があれほど心に沁みたことはない。

僕なんかの世代は音楽を聞くツールとして、まずラジオがあった。あの頃、トランジスタラジオから流れてくるアメリカン・ポップスなんかを心を踊らせて聞いていた感覚を思い出しましたよ。iPodも持っていたけれど、ラジオが良かったな。チューニングが合って、そこからかぼそい音だけど、音楽が流れてくる感じ、あれを追体験できたことが良かった。震災関連情報もときおり聞けたし。

その後、3時間おきくらいに、静岡とか大阪あたりのサービスエリアに停まり、15分程度の休憩(これも良かった。というか、これがないとホントに「ドナドナ」の世界)があって、肉まんを食べたりしながら、僕を含め、乗客のみなさんはホントに大人しく、従順に、粛々と西へ西へと向かうバスの中の長い夜を過ごしたのでした。

そのうち、岡山あたりで夜が明け、朝の広島で25分くらいの休憩、ドトールでコーヒーを買い飲む。新山口で若者(大学生だね、ほとんど)たちの大半は下車、ようやく座席を独り占めできたところで、カーテンを開け、陽光の下、バスは最終目的地の下関へ。下関着は到着予定時間どおりのお昼12時半。

下車し、少年時代からの好物で、下関に帰ると必ず食べる「駅のうどん」&いなり寿司セットを食べ、またバスに乗り、両親が居住する町へと向かったのでした。一時はどうなることやらと後悔もしたけれど、14時間のバスの旅も、終わってみればそんなに過酷でもなかったかな。年を取ったせいか、時間が過ぎ去るのがすごく早く感じることもあって。

心配していた腰は大丈夫だったけれど、少しうとうとした後、かなり首筋が凝ったことと、途中、何度か「大柄長身の若者」が、僕の肩の上に頭を乗せてくることにはやや困った。


続きはまた今度。

*画像は大好物の「下関駅構内のうどん」。これが14時間半を経て、ようやく「売られていく家畜」の身からの解放後、最初のまとも?な食事。おいしかったよ。

父・卒寿の祝いをかねての介護帰省2011春@猫岬ケアハウス滞在記 その2


3月24日(木)〜3月25日(金)

長距離バスはネットで予約して、「確認画面」に乗車の際の詳細が掲載されていたのをプリントアウト、乗車場所は新宿西口「明治安田生命ビル前」とあり、「黄色のスタッフジャンパーを着た係員が案内をする」と書かれてあった。(後からしっかり読んだら「一部集合場所では」という前置きがついていたのだが)

9時20分頃には「明治安田生命ビル前」に到着し、ちょっと早すぎたかな、と思いながらも、酔い覚ましの缶コーヒーを飲みながら、下関行きのバスを待っていたんですね。僕と同様に長距離バスを待っているらしき人の小集団もあったから、安心して。

でも、岡山行きやら広島行きのバスは次々に来て、小集団を乗せて発車していくのになかなか僕が乗るべき「下関行き」のバスは来ない。他のバスの運転手に聞いても、下関行きのバスには関知していない様子。で、発車予定時刻の15分くらい前になって、バスを待つ人もいなくなり、「黄色のスタッフジャンパーの係員」も見あたらず、これはおかしいな、と。

携帯の直前連絡先は書いてあったけれど、僕は携帯を持っていない人なので、公衆電話を探さなきゃいけない。で、公衆電話は昨今、なかなかないんですね。僕が立っているところは「明治安田生命ビル前」であることは何度も確認し、間違いはない。さすがに、なんだ、なんだ、と焦り始め、荷物を抱えて、とりあえず、ビルの周辺を歩き出したら、ビルから通りを隔てた場所に下関行きらしきバスが停車しているのを発見。

慌てて、そのバスのそばに行ったのが出発10分前、僕(最後の乗客となった)を待っていたらしき運転手に「ここは、明治安田生命ビル前じゃないじゃないですか!」とさすがに語気荒くクレームしたら、「ああ、あそこに停められなかったもんで。ここは、みずほ銀行前でしたね。すみませんでした」とのんびりとした口調で言われたのだった。

係員の誘導がなかったことについては、「一部集合場所では」という断りがあったこともこのとき指摘された。荷物を積み込んで、しかし、まったく、もう、焦ったぜ、と、ちょっとぷんぷんしながら乗車。ほとんど満員で、ぱっと見たところ、若い女の子が多かったのは意外でした。(でも、女性は後の席にかためてあって、男性は前部と分けられてあったのがちょっと残念)

男も若い子が多かった感じだが、僕よりも少し若いくらいのおじさんも一人二人いたので安心。でも、さすがに僕が最年長だったな。バスは3列の「ゆったりタイプ」ではなく、2列2列の「標準タイプ」。前から3番目の席に座るように言われ、隣の乗客がいないことから「ラッキー!」と思ったのでした。そのときはね。

そんなふうにドタバタして、バスは定刻より5分早い21時55分に新宿を発車、電車と違い、こういうところもいい加減なのだった。すでに車窓のカーテンは閉められ、車外の景色も見えない。やれやれ、これから14時間余りかあ、と思いつつ、飲みかけの缶コーヒーを口に運ぶのでした。

一時間も経った頃、バスは横浜に到着、ここで7,8人くらい、バスに乗り込んでくる若者たちがいた。そして案内していたのが「黄色のジャンパー」のお姉さん、ここがその「一部集合場所」なのかい、と思った。そして、僕の隣の席には大柄長身の若者が。ラッキーだったのは束の間のことだったのだった。


「その3」に続く

*画像はウェブページに掲載されていた当日乗ったバスの外観と、座席の感じ。

父・卒寿の祝いをかねての介護帰省2011春@猫岬ケアハウス滞在記 その1


3月24日(木)

思いつきからの「長距離夜行バス14時間半デスマッチ」決行日。キャスター付きトランクを引きずり、ショルダーバッグとウクレレケースを肩に担ぎ、夕刻間近、まずは赤羽に向かう。

17時半に平凡社編集者Fさんと赤羽駅で待ち合わせ、4月刊行予定の発達障害関連本(タイトルは『発達障害 母たちの奮闘記』)の監修をやっていただいた「発達協会 王子クリニック」のI先生に面会。今回の本は、意識的に発達障害関連の情報を前著より多く盛り込んだことで、内容についての専門家の意見を、直接、伺いたかったといういきさつがあった。

お忙しいところ、I先生はしっかりゲラを読んでいてくれて、今回の本も専門書ではないこともあり、ほとんどの記述において特に問題はない、とのことだった。ただ、数カ所、簡単な訂正する必要が出てきたので、I先生と小一時間お話しをした後、Fさんと赤羽駅近くのサイゼリアに入り、ビールを飲みながら具体的な訂正作業を完了。ぎりぎりの最終校正を終え、今回の本についてはすべての作業を終えた。

Fさんとしばらく震災関連の話題。この震災の影響で、今度出る本も初版部数を1割削減とのこと。出版界も、ただでさえ「出版不況」にあったところにこの打撃、全体的な販売部数のかなりの減少も避けられないようだ。アマゾンの出荷態勢にも全体的に遅れが出ている。

生ビール3杯、ピザ、ウインナー等を腹におさめたところで、Fさんと別れ、ほろ酔い加減で新宿に向かう。午後10時、新宿西口から出発する下関行き長距離バスに乗車するため。

この日、赤羽で夜のミーティングが組まれていたことも、長距離バスで帰省することにした動機の一つであった。普段から出不精でものぐさなので、一度に効率的に行動できるということが好きなのだ。もちろん新幹線料金の半分以下、8500円という格安さ(「お財布にやさしい料金」とウェブページに)が動機の主なところだけど。あと、東京から本州西端の郷里までの距離感を実感したかったこともあった。一度乗ってみたかった、ということですね。


「その2」に続く

*画像は、父が居住するケアハウス眼下に広がる浜辺を囲む小さな岬。猫が前足を投げ出して座っているような形なので(でしょう?)、「猫岬」と命名。

2011年3月30日水曜日

WeeklyTwitts 2011 (3.21~3.24)

2011年03月21日(月)
深夜煙草を買いにコンビニまで。妙に生暖かい風が吹いていて、少し気持ちがそぞろになった。月は出ていても街は暗く沈んでいるかのよう。そこそこシゴトをしたが、あまりはかどらなかった。キムチ鍋
posted at 04:03:25

以前からダイエットに最も効果があるのは「心痛」だと思っていた。シャワー後体重測定は測定を始めて以来の最軽量。「被災者の方々に比べれば」という気持ちはもちろんあって、計画停電以外にさしたる日常生活に不便のない僕ごときが弱音を吐くべきではないと思うが、軽微ストレスも積もれば山となる。
posted at 15:03:38

週末の帰省の際、特養に入所中の母を病院に連れて行くことになり、そのための介護タクシーをこちらから手配した。老いた両親が暮らすケアホームと特養は被災地から遠い本州西端なので、これには幸運を感じる。被災者に老人が目立つ。人生の終末期になにもこんな、と胸が痛む。
posted at 15:14:17

90年代半ば、不登校や学級崩壊の問題が浮上したとき、マスコミはこぞって学校側の責任を追求した。僕は小さな、学校とも言えぬようなようなフリースクールのようなところで授業を持っていたが、学級崩壊のような問題は、社会全体(家庭、地域等)の複合的な要因から来るものだと実感していた。

学校ばかりを責めるマスコミ論調が多かった中、マスコミに対して「現場を見たんかい?」という憤懣を持った。今回の大災害関連についての報道の姿勢については、すべてがそうではないけれど、全体的に人間としての奥行きの足らない多くの輩が「報道」に携わっているように思う

また、そういう資質の多くの人間が政界、官界、名指しすれば「東電」等の組織のトップにいることは日本の不思議。
posted at 15:38:21

2011年03月22日(火)
88年にロサンゼルスでそこそこ大きめな地震を体験したとき、当時飼っていた猫三匹は地震発生直後からいなくなって、最初に泰然自若系のヨーダ、次に普通猫ニンニン、と一日以内で帰ってきたけれど、でかい図体のわりには気の小さいマックは三日くらい帰ってこなかった。

そのマックをオクさんと毎日探し回って、家のすぐ近くでびびってうずくまっていたのを発見。今回の震災報道で被災者の犬に関する情報には何件か触れたが、猫についてはどうなんだろう。04年の新潟県中越地震では取り残された家屋に残っていた猫(チャグ)と被災者の4か月ぶりの再会の話があった。
posted at 03:50:36

夜と朝の間のこの時間、雨がしとしと降っている。人生は「やれやれ」と「さてさて」の日々の積み重ねだろうけど、今回のとてつもなく大きな「やれやれ」には、かなり気合いの入った「さてさて」を繰り出さねばなるまいね。キャベツとソーセージの炒め物、ブロッコリーの酢味噌和え、味噌汁、納豆。
posted at 04:20:00

6時就寝11時起床。小糠雨というのか、冷たい小雨模様。僕の地域の午後からの計画停電は回避。テレビ、ウェブ等で震災、原発関連情報をチェック。地震発生からしばらくの、ある種「高揚感」も失せ、どんよりとした鬱っぽい感情が心を占めるようになった。天気のせいもあるな。
posted at 14:47:53

「計画停電は愚の骨頂」という意見も散見する。(大前研一ライブ579:http://bit.ly/fQ8ifi)国、東電に対し、批判するのは簡単だが、他の良案も検討されるだろう、という期待は持ちたいよね。子どもなんかも厳しく叱るより、期待して誉めて伸ばす方が効果があると思うし。
posted at 15:07:11

君たちがやってきた今までのことは、今回いろいろ知って、相当ガッカリしたけどさ、もういいよ、責めないよ。だから、反省してさ、心を入れ替えて、これからのこと、しっかり頼むよ。なあ、トーデン君。
posted at 15:12:30

2011年03月23日(水)
震災発生以来、喫煙本数が増加。昨年秋ごろからの減煙努力もしだいになし崩し的になってはいたが、一日一箱以内というのはキープしていた。が、ここのところは一箱半くらいに。茨木産ほうれん草よりはずっと「健康を害するおそれがある」煙草を何十年も吸い続けている身としては風評は屁とも思わない。
posted at 01:49:54

戦後復興のようなわけにはいかないでしょうね。すでに「三丁目の夕日」のような、ある意味ナイーブな夢や希望は持ち得ないだろうし。成長至上主義を排除し、国民総幸福を国政の基本指針とするブータンのような国を目指すか。それにつけても「バブル」はうたかたであった。カレーライス。
posted at 02:07:00

4時半就寝11時起床。7時ごろの2度の地震(神奈川中部は震度3)で目が覚めたが、情報をテレビで確認した後、再度少し眠れた。どこかに旅に出るのだが、持ってゆくべきものをなにもかも置き忘れていたことに気づき、なぜ俺はいつもこういうふうに抜け作なんだ、と歯がみするような夢を見た。
posted at 14:18:33

昨夜は未定だった僕の地域(第2G)の夕方から夜にかけての計画停電は回避、明日の夜から帰省の予定だが、まだ準備をしていない(直前にならないと準備ができない体質)ので、助かった。ロン毛おじさんとなっている僕だが、これから久しぶり(10か月ぶり!)に髪を切りに行こうと思う。
posted at 15:07:59

2011年03月24日(木)
髪を切った。ロン毛アイデンティはとりあえず返上。「若くなった」とオクさんには好評。夜ばたばたと帰省準備。K君から電話、「そのまま、田舎に住んじゃえば?」と。いや、だから、「脱出」じゃないんだって。肉豆腐。
posted at 03:28:02

さて、これから校了した本の監修をしていただいた赤羽にある発達障害クリニックの先生に会いに行く。その足で新宿から一路、帰省先下関まで長距離バス14時間デスマッチの旅。行って参ります!
posted at 14:54:13

WeeklyTwitts 2011 (3.14~3.20)

2011年03月14日(月)
テレビ報道をずっと追い続けるのは、あまり精神的によろしくないように思うが、どうしても見入ってしまう。辛いね。輪番停電に備え、普段はやらないパソコンの電源をシャットオフして、とりあえず寝る体制に。
posted at 03:49:28

空が白み始めるまでテレビ報道を追う。少し眠りに落ちて、10時2分の比較的大きな余震(こちら神奈川中部で震度3)で目が覚める。起き抜けに原発関連、三陸海岸潮位下降等の情報が錯綜。いずれも大事には至らぬ模様。被災地に比べれば何のこともない、「平常心、平常心」と言い聞かせている。
posted at 13:11:54

輪番停電について、昨夜の段階で僕の地域はグループが重複していたが、朝の段階でグループ1と判明、午前中の停電は実施されず。予定されている16:50~20:30の停電に備えようと思う。
posted at 13:18:03

2011年03月15日(火)
懐中電灯(2本)の電池はあったが、ラジカセの電池(単1×6)がなく、期待薄ながら午前中に複数の家電量販店に行くが、手に入れることはできなかった。トイレットペーパーやカップヌードル等も同様。プチ・パニックに至り、必要以上に購入していいる人たちがいることにはやや気持ちが萎える。

たまたま単2の電池が6本あり、それらを梱包用の「プチプチ」と工具箱にあったL字金具でかんたん工作、ラジカセ用の単1に変換、電池ボックスに収納、ちゃんと動作するのを確認、我ながらうまくいきました。
posted at 02:58:40

Can't complain. 色々な考え方があるが、「人に対する態度は中庸が望ましい」と漱石先生も言っておられる。寛容の気持ちが大事だと思うな。そんなこともこの未曾有の出来事を日々感じながら思っています。
posted at 03:32:10

危急なシゴトはないことから、ついテレビ報道にかじりつくような生活をしている。僕は日頃から楽天的な判断をしがちで、現実との落差を感じることが多いが、悲観に偏ることも楽観に過ぎることもないように、原発関連も含めて、災害時の「リテラシー」を自分なりに高めようと思っている。
posted at 13:59:56

さて、計画停電グループ1に属している僕の地域、今回初めての停電が、この後15時20分から19時まで実施される。とりあえず考えられる準備はしました。そろそろパソコンをシステム終了に。
posted at 15:04:44

2011年03月16日(水)
計画停電、当初の東電情報で、僕の地域はグループ1と2に重複していたミスがあったのだが、その後グループ1と訂正されていた。午後の巡回アナウンスでも確認。が、停電予定時間が過ぎても停電にはならなかった。夕刻になって市の広報号外が届き、僕の地域はグループ2であることが判明。

なんだなんだと思ったその時点で、グループ2の停電予定時間まで30分くらい。停電が解除されてから夕食をと準備していたが、結局、キャンドルを灯した暗がりの中での夕食となった。多少の混乱には目をつむるが、こちらとしては「計画」が無意味に。ま、不慮の出来事に対する訓練にはなったか。
posted at 02:46:04

静岡県東部で直下型震度6強の地震、こちら神奈川中部でも震度4。津波被災地の方々に比べれば些末であろうし、ホントに情けないと思いますが、夫婦共々、「地震フォビア」なので、けっこう堪えます。長い一日だった。
posted at 02:59:09

午前中、市(大和市)の広報スピーカーで昨日と同様にグループ1の計画停電予告が流された。昨夜、僕の地域はグループ2に変更になったことを確認したのにまた混乱を招くアナウンスだ。確認のため市担当に電話。昨夜の停電時間でグループを特定してほしいとのこと。元は東電情報のまずさにある。

僕は良くも悪くもあまり猜疑心というものがなく、人の言うことを信じてしまう傾向があるが、計画停電における情報の混乱を体験し、これでは公的な情報というのも(あるいは公的な情報故)、とりあえず疑ってしまうようになる。残念ながら。
posted at 13:23:07

本日の朝日「天声人語」に紹介されていた歌人、高野公彦氏の歌<生活の光熱の遠きみなもとに大き異火(ことび)の燃えやまなくに> 「原子の火は異火」、人々の直感的な畏怖は、一見、理路整然として見える理論より結果的に正しいケースは多いと思う。
posted at 13:37:16

2011年03月17日(木)
ほとんどの電池が売り場からなくなった時も単4電池だけはあった。で、近所のハードウェアの店から単4用の小さなラジオをオクさんが買ってきた。大体において抜け作の僕に比べ、オクさんは少しは気が利いているようだ。あと、クリップ付きの小さなLEDライト、夜間停電中のトイレ使用時に便利。
posted at 01:45:42

仙台の南、山元町在住のオクさんのお母さんの弟さん家族の安否について、今日になってようやく仙台在住の娘さんからの連絡がついたようだ。避難所にいて無事とのこと、良かった。八戸在住の知人夫婦も今日、無事であることがわかる。良かった。
posted at 01:53:46

経験則でモノが言えない、予測もできない「未曾有の事態」はいまだ渦中、ということだなあ。とりあえず明日のことくらい考えつつ、今することはパソコンを落として寝る態勢になること。明日、僕の地域の計画停電は昼すぎから。極太ゴシック体の「やれやれ」の心境。
posted at 03:14:17

過去、昼間からテレビを見るということはめったになかったが、このところは起き抜けから寝るまでテレビをつけっぱなしという感じ。我ながら情報が過剰に流れ込んでいる感じがする。少し遮断した方がいいかも。今日は良い天気、気も少々晴れる。
posted at 12:02:59

2011年03月18日(金)
近所のコンビニに煙草と、もしあればと思いつつ牛乳を買いに行ったら、牛乳はなかった。で、カップヌードルはそこそこあるなと思っていたら、そばにいたサラリーマン風の中年男が棚にあるだけのカップヌードルを買い込んでいる現場を目撃、呆れた。
posted at 02:49:37

急激な円高、前々から「投機」とか「マネーゲーム」とかいう類の行為は狡猾で薄汚い所業だと思っていたが、ヨサノさんの「不見識なことだ」という発言は、この人、わかってるじゃん、と思った。で、この状況下、「不見識」な似たもの同士、イシハラとナベツネ。
posted at 03:04:13

続々と報道される被災者の言葉はどれも胸を打つ。息子の行方を探している年配女性が、「息子さんの名前は?」と聞かれて「名前を言うと帰ってこないような気がするから、嫌!」と両手で顔を覆った。万を超えるそれぞれに張り裂けるような悲しみを思いました。
posted at 03:17:15

さて、そろそろマジにシゴトをせねばならない。が、僕の地域の本日は午前中から午後にかけて、と夕方から夜にかけての2回の計画停電が予定されている。シゴトはパソコンが不可欠。戦時灯火規制の下、針仕事をする母さんの心境。
posted at 03:30:07

僕の地域は本日の停電は解除。ずっと睡眠不足気味であったためか、爆睡しちまった。で、軽く腰痛気味でもあったが、爆睡によってさらに腰の調子がよろしくない。腰痛持ちは特にこういう状況では情けないなあ、と思うよ。
posted at 17:06:40
千葉、茨木方面での震度3程度の余震が続く。こちら(神奈川中部)では震度1,2程度だが、「地震フォビア」の僕はなかなか慣れないどころか、ますます敏感になっている。弱震でびくびくするようでは情けないとは思ってますが。
posted at 17:14:44

ずいぶん前に仕事場用の小さなテレビを買ったのだが、シゴトをしながらテレビを見ることはほとんどなく、地デジ対応でもないことから無駄な買い物をしたと思っていたが、この期に及んで大活躍。ボリュームを絞ってBGMみたいに流しています。
posted at 17:22:02

2011年03月19日(土)
卒業生のひとりから手紙が届いた。以前カンニングの件でつぶやいた「ウチの学校でカンぺを作成した唯一の生徒」。清掃員の仕事に就いたという報告。拝「哲」から笑わせてくれる。「お酒の飲み過ぎと夜遊びのしすぎは気をつけてくださいね」と。なんで俺にそんなイメージがあるのかわからん。和んだ。
posted at 03:39:30

少しシゴトをした。明日はもう少しシゴトをせねば。いろいろご加護をよろしく。なあ、神様。エイメン。
posted at 03:43:20

快晴。起き抜けにテレビのスイッチを入れ、ウェブ情報等を追いながら仕事場のテレビをBGMのように流す毎日。民放各局はバラエティ番組等を流す割合が増えてきたが、個人的にはそういう番組を見て救われるような気持ちにはまだならない。
posted at 14:09:16

厚木基地近辺に住んでいるが、大震災発生後、ジェット機の爆音は鳴りを潜め、低くくぐもったようなプロペラ輸送機の爆音をよく聞くようになった。集中するのは僕が眠りに就く午前3時以降、被災地に向かう輸送機だろうし、エールを送るべきだろうが、戦時下の空襲を想起させて心穏やかではない。
posted at 14:46:12

2011年03月20日(日)
スーパー満月・フロム・ウチのベランダ@午前3時(ネコはコラージュ)
posted at 04:16:24

薄曇りの空。ベランダに足を投げ出して、足の爪でもぱっちんぱっちんと切りつつ、欠伸をしたり、鼻くそなんかもほじったり、とことん弛緩したくなるような午後。普段ならね。
posted at 12:49:54

自衛隊員、消防隊員、制服組への好感度はかなり高くなったのではないだろうか。僕が女なら制服の彼に抱かれたいと、今ならね。僕自身はマッチョな感性には縁遠いところで生きてきましたが。
posted at 12:57:08

2011年3月16日水曜日

WeeklyTwitts 2011 (3.7~3.13)

2011年03月07日(月)
一時期そこそこの減煙努力を続けていたが、このところ喫煙本数が増えてきた。一時期そこそこの減量努力をしていたが、このところなし崩し的にどうでも良くなってきた。僕の人生において、努力目標というものは大体そんな感じになる。あじのフライ、竹輪の天ぷら、キャベツサラダ、ワカメの味噌汁
posted at 03:25:56

5時就寝11時半起床。僕が寝ている間に雨は雪に変わり、雪はまた雨に変わったようだ。服を脱ぎ始めたかと思うとまた着てみたり、焦らす春。
posted at 14:26:56

2011年03月08日(火)
シバレールの月曜日でござった。HPをいじること終日。おでん(薩摩揚げ、ゴボウ天、がんもどき、ソーセージ、大根、ジャガイモ、こんにゃく、玉子、その他、糟糠の妻のそれなりの愛)
posted at 02:28:52

4時半就寝12時半起床。10時半ごろ、いったん目が覚めたが、二度寝しちまった。僕は、基本的に、寝たいときに寝て、起きたいときに起きるという生活をしていますが、羨ましがられてもちょっと困る。そうなろうと思えば誰にでもできます。いろいろ捨てなきゃいけないけど、まず生活の向上とか。

「生活の向上」と言うより「生活の安定」だな。いや、それは僕だって欲しいですけどね。僕の人生において一番幸せだった時期は、フルタイムの仕事を辞めて8ヶ月間、失業保険を受給していた時期
posted at 14:56:10

この間は、空き家に無断で住みつくという夢を見たが、今朝はむちゃくちゃ広い家(夢の中では自分の家)に住んでいて、知らない人も部屋のあちこちに僕に無断で住んでいるという夢を見た。広いリビングで卓球かなんかやってるんですね、知らない人たちが。僕の家なのにに、もう! という夢。
posted at 15:04:49

2011年03月09日(水)
発達障害関連書き物、再校の(プロによる)再校(三校)で指摘された「両耳と両耳を腕でふさぐ」という箇所あり。僕を含めて三人の男が二度(以上)精読した結果の見落とし。正しくは「両目と両耳を腕でふさぐ」、この間違いには「両目を疑った」。
posted at 04:08:14

facebookで遊んでいたらこんな時間に。深夜0時以降は時間が経つのが早いよね。まあ、毎日そんな感じだな。いえ、毎日が充実してるからなんてことはないですけど。塩鮭、冷や奴、昨夜のおでんの残り。
posted at 04:16:15

昨夜というか、今朝の早朝は珍しく眠れず、朝7時くらいまで起きてたかな。で、起床は11時45分、はい、地震で目が覚めました。晴天、三寒四温の四温目の入り口かな、いくぶん暖かい。
posted at 13:43:00

不治の病にかかってとても苦しんでいる猫の首を絞めて安楽死させる、という大変にヘビーな夢を見た。起きたらなんだか全身筋肉疲労気味で、普段は調子の悪い左側の腰じゃなくて右側の腰が痛い。
posted at 13:48:34

今月25日から5日間ほど、郷里で暮らす父の卒寿のお祝いに合わせた「介護帰省」を予定しているが、丸一日の逡巡の末、無謀にも「長距離夜行バス」で帰ることにした。先ほどチケット予約サイトで予約を完了。

「長距離夜行バス」の利用を思いついたのは、一昨日の新聞に関連記事が出ていたことによる。第一義に「安い」ということ。新幹線の半額以下、飛行機チケット(割引チケットでもこのシーズンは高め)+空港からの運賃の3分の1以下、僕のような経済的に余裕のない人間の長距離移動手段としては最適だ。

が、「長距離夜行バス」というのはいまだ未経験で、かなり過酷な旅程だと聞く(今回は新宿からおよそ14時間強乗車予定)。その辺は僕の好きなテレビ番組「水曜どうでしょう」で想像できる。でも、乗ってみようかな、この歳で初チャレンジもいいかもしれない、と思ったんですね。そんなわけで。

それにつけても、新幹線の料金の高さには納得できない。飛行機のような大幅な割引制度もなく、せいぜい往復運賃の1割引くらい。僕の場合、郷里まで4時間半の旅程で往復ほぼ4万円。それで「のぞみ」には旅情なんて、とてものぞめないし。
posted at 18:47:12

2011年03月10日(木)
このところ、三寒四温ではなく五寒二温くらいだな、明日は寒いそうだ。本日ちょこっと腰痛につき、早めに朝まで直行深夜バスに乗車することにするする。メンチカツ、コロッケ、キャベツサラダ、ワカメと豆腐の味噌汁、玉子かけごはん。
posted at 01:54:20

4時就寝11時半起床。そこそこ晴天。夢に坊さんが現れて、後を向いていたが、僕はその坊さんが空海であることを知っていた。で、彼に何か食べ物を差し出しながら「食うかい?」と言葉をかけるギャグを思いついたが、食べ物を持っておらず、どこかに食べ物がないか探していた、という。
posted at 12:53:35

「……」。老猫はうっすら目を開け、何か言おうとしたがわずかに頭(かぶり)を振って、また目を閉じた。浅い春の日だまりで、ぼろ雑巾のようにうずくまる老猫の見る白昼夢。Lovin' Spoonful - Daydream 
posted at 13:24:27

2011年03月11日(金)
楽譜浄書作業&階層化した机上整理。ブリ大根、ほうれん草とソーセージの炒め物、野菜スープ。食後に甘納豆。コシノ チョウシ イマイチニツキ ハヤメニ ネルトスル。
posted at 03:01:32

5時就寝11時45分起床。晴天。だいぶ暖かい。なし崩し的にモチベーションが喪失してきた「カロリーをちょっと気にするだけ」ダイエットだが、久しぶりに体重を計測、予想通りの(中幅の)増加。「小太り爺さん」の道を着実に歩んでいる。
posted at 14:00:15

「ジムに行ってくる」とオクさん。おばあさんはジムで脂肪消費に、おじいさんは事務で脂肪を溜める。
posted at 14:11:08

まだコートを羽織って室内履きを履いております。こちら神奈川中部は震度5弱、CD棚からたくさんCDが落下したくらいで、僕のところはライフラインは問題なし。電話が通じないのが何とも歯がゆい。東北、北関東方面、被害が拡大しないことを祈るのみ。
posted at 19:10:16

2011年03月13日(日)
終日テレビ等で情報を追う。何本か電話を受けたり、電話をしたり。被災地域の明日は晴天、やや気温も上昇するとの予報、せめてもの吉報。
posted at 02:34:50

4時就寝10時起床。晴天。二夜開けて、ようやく再会できた家族、夫婦の映像のいくつかをテレビで。もらい泣き。
posted at 12:19:30

取り残された家屋から救出された年配男性、「チリ津波も体験した。また再建しましょう」と笑顔で。敗戦に至る大空襲、2度の被爆、多くの自然災害体験を通じて、復興、再建してきた日本の昭和史を体現するような言葉。
posted at 12:37:44

WeeklyTwitts 2011 (2.28~3.6)

2011年02月28日(月)
H氏とミー痴ング@町田、昼下がりのファミレスでジョッキ生×4、河岸を変えようと、以前行ったことのあるハイボールバーを探すが、お互い方向音痴&ほろ酔いで、町田迷宮小道を彷徨い、タイ屋台ライクの飲み屋にふらふらと入店。僕は悪魔の酒「メコンウィスキー」を×2。談論風発、女子高生の如く。

町田迷宮小道にあったタイ屋台を出て、H氏と駅に向かう途中で帽子を忘れてきたことに気づき、H氏に別れを告げ、タイ屋台にきびすを帰すが、今さっき出てきたタイ屋台がどこにあったのか、わからなくなってしまった。その店もあの迷宮小道も忽然と消えてしまったかのようだった。

店を出てから50メートルも歩いていない。入ったときからタイの歌謡曲がひゃらひゃらと流れていて異空間な雰囲気だったが、本当に異空間だったのかと、狐に包まれたような気持ちになったが、その周辺をぐるぐると周り、結局人に聞いてようやく探し当てた。それくらい僕は方向音痴だ。

町田迷宮を抜け、駅に再度向かおうとしたが、「長浜ラーメン」という看板が目に入り、てっきり本場の九州ラーメンの店だと思い、入店。食ったら豚骨醤油の魚介系スープで、麺も普通の縮れ麺だった。煮干しの風味も生臭く、スープは妙に舌にざらざらとして、久々のまずいラーメンで、とても残念だった。
posted at 03:04:04

雨が降っている。昼間はあんなに良いお天気だったのに。Rainy Days and Mondays always get me down. あと、お金を出して不味いものを食ったときもね。
posted at 03:25:41

5時就寝12時起床。よく寝たす。雨降り。しょうがない、雨の日は。過去動画ですが。
posted at 14:07:13

僕にとって九州ラーメンとは、豚骨白湯ストレート細麺、ほのかな獣臭(慣れると香しい)、トッピングは紅ショウガ、胡麻、青ねぎ(関東白ネギは不可)、焼き豚。器は小ぶりの丼、替え玉あり。これ以外は「九州ラーメン」と呼称されるべきではない。

ああ、キクラゲの細切りもトッピングとしてよろしい。油で炒めた高菜が載っているのもよろし。フライドガーリックを載せるのは熊本ラーメン、個人的にはこれが一番好き。
posted at 15:06:14

2011年03月01日(火)
ディランの恋人だったスージー・ロトロさんが先頃亡くなったことで、あのジャケットがまた注目されてますが、僕が描かせてもらったこの本の表紙絵はあのジャケットの引用でありました。モデルは若き日の本田信介氏(元はちみつぱい)。

ああ、またやっちゃった。本田信介じゃなくて、本多信介。間違えると本人から怒られちゃう。関連ブログ記事
posted at 02:00:14

昨夜食べた不味いラーメンと、よせばいいのにまた飲んでしまった「悪魔の酒」メコンウィスキーの後味の悪さがずっと残って今日はちょっと不調だった。が、飯食って直った。かき揚げトッピングのうどん、焼き豚とキャベツのサラダ、ご飯
posted at 02:30:37

5時就寝11時半起床。曇天の霹靂、げ、もう3月かい? Time waits for no one. だねえ。だよ。
posted at 14:41:29

今にも泣き出しそうな空模様だったが、堪えきれず涙が滲むように小雨が降り出した。図書館に行こうと思っていたがパス。
posted at 17:13:06

2011年03月02日(水)
だいぶ前に「facebook、ふーん」というのがあって、とりあえず登録だけしておいたのをちょっと更新していたら、懐かしい人からメッセージが来た。さらに懐かしい人もちらほらと見つけることができたが、「〜さんと友達になりました」とお知らせされるのがちょっと恥ずかしうござる。
posted at 02:44:05

薄ら寒い3月場所初日となった。気を持たせつつ、じれったくさせつつ、出し惜しみのテクニックに長けた女のようだな、春というやつは鶏のフリッター、キャベツのサラダ、豆腐とワカメの味噌汁
posted at 03:37:55

5時就寝11時半起床。眠りの国のドアチャイムが何度も鳴っていたのを夢うつつに聞く。オクさんはいないようだ。しつこくドアチャイムを鳴らすのは郵便屋さん。わかっていた。普段音楽を鳴らして仕事をしているから、チャイムが聞こえ辛く「すみませんがしつこく鳴らして下さい」と頼んだことがある。

しかし、ドアチャイムの音は眠りの国の門の外、門を開けるまでには至らなかった。郵便屋さん、ごめんよ。
posted at 13:43:25

「起源に帰結するというのは自然の摂理にゃ。今、彼の地で起きていることは大きな新しい始まりのほんのイントロ1小節」と老猫は言い、こっくりと頷いた。Salif Keita - "Africa"  
posted at 14:07:43

今朝起きたら、部屋に生乾きの洗濯物が干されていた。オクさんは仕事に出かけていない。普段めったにそんなことはやらないが、天気も悪くないようなのでベランダに干し直した。いや、日頃の甲斐性なしの罪滅ぼし。で、今は止んだが、先ほどいきなりざーざーとみぞれ混じりの雨が降った。

図書館からの帰り道、自転車に乗っていた僕はずぶぬれ。帰宅したらベランダの洗濯物もぐっしょり。「洗車をすれば雨が降る」というのはマーフィの法則。僕が「洗濯物を干すと雨が降る」というのは普段やりつけないことはやらんでよか、という神様のお告げ。家事をやらないことへの今後の弁明にしよう
posted at 16:10:16

2011年03月03日(木)
夕食は、鶏の手羽と玉子、キャベツ、にんじん、玉葱に酢を加え、醤油で甘辛く煮たヤツ。ウチのオクさんがよく作る料理で、初めはまあまあおいしいかな、と思っていたが、だんだん飽きてきた。しかし、そういうことはなかなか言えない。それとカボチャとマカロニのサラダ、これも以下同文。

料理を作ってくれる人がいるだけでも感謝すべきなのに、「なんとぜいたくなことを抜かす」という声が聞こえる。仰有るとおり。しかし、そのとき食べたいものをコンビニなんかで買って食べる、という独身食生活が羨ましく思うのも正直なところあるんだな。わかるよね。

以前、占いの得意な知人からあなたは結婚してなきゃ、とっくに病気になって死んでます」と言われたことがある。「どんな病気?」と聞けば、「栄養の偏りからの生活習慣病」だと。確かに、ジャンクフード、好きだしなあ。ということで、ホントはオクさんに感謝しているということで、今日のところは。
posted at 03:11:26

「考えてみれば」と老猫は好物の煮干しをぼりぼりと食べながら言った。「食べることも罪深い行為だにゃ。この小魚だって食べられるために生まれてきたのではなかろう。でもうまいもんは仕方にゃい」 Randy Newman - Guilty 
posted at 03:29:40

6時就寝12時起床。今月末に帰省の予定で、そこは(極端に)早寝早起きの国。つまり老人たちが起居するところ。だから、少しずつ早寝早起きにシフトしようと思っているがなかなかできない。
posted at 15:30:28

朝日朝刊トップに例の「ネットカンニング」の「犯人」特定の記事が踊る。白抜き横大見出し+4段見出しにする記事かね。うすうすはわかってはいたが、人間性の奥行きに欠ける「何様?」という人物がこういうマスコミの上層にいることを感じるね。
posted at 15:47:17

僕は長い間、ボーダー児と呼ばれる生徒たちが集まる小さな学校で授業をやっていたが、カンニングはときどきあって、彼らのやることだからすぐに露見した。大抵は隣に座った子の答案をのぞき見るというシンプルな方法。それを可能にする机のセッティングなど、こちらにも非がある。

まあ、ごく「牧歌的」な試験のやり方だったが、カンニングを見つければ、「悪いことは悪い」としっかり指導しましたよ。でも、試験の結果なんてどうでもいいような生徒が多かったので、ある意味「良い点を取りたい」という「向上心」を感じて、それはそれで内心、ちょっと「評価」したり。

少人数だったから、どの生徒がどの程度、授業内容を理解しているのか普段の授業でもわかっていたので、試験はひとつの「イベント」としてやっていた感がある。それでも緊張感を伴った集中して考える機会を生徒に与えるという意味で、試験をやる意味はあったと思う。試験問題、作るの好きだったし。

あるとき、H君という子が、カンニングペーパー(3ミリ四方くらいの文字で小さな紙片に予想解答をびっしり書き込んでいた)を試験中に隠し持っていたことが発覚。ウチの学校でそういうことをしたのは後にも先にも彼ひとり。内心、めちゃくちゃ感心しながらも、当人には厳しく注意はしたけれど。

後日、H君のお母さんとの面談の際、「正直、感心しましたよ。あれだけ書き写すのは本人にとっても勉強になったでしょう」と笑いながら語れば、お母さんも「私も厳しく叱りましたが、あれで、けっこうずるがしこいところあるんですよねえ」と笑いながら。まあ、牧歌的な学校でした。

ウチの学校で前代未聞のカンニングペーパーを作ったH君、自閉傾向があった。障害者合同就職面接会で「ときどき、ちょっとだけ残業がありますが、それでも働きたいですか?」と面接官に聞かれ、「それは困ります」とはっきり言った。残念ながら就職は果たせなかった。
posted at 17:20:09

2011年03月04日(金)
夕食は、鶏のつみれ鍋。具材は他に、白菜、しいたけ、シラタキ、竹輪、うどん、餅、等。「等」というのは、他に甲斐性なしの夫を持つ妻のそこそこの愛情というのも鍋の味に含まれていたかな、と思うからです。
posted at 03:31:43

「叶わぬ恋をしたこと? ああ、そりゃあったさ」と老猫は遠くを見る目をして言い、「老いた者が秘める若い頃の恋の葛藤の記憶は、それが叶わなかったからこそ永遠になるんにゃ」と続けた。Carrickfergus-Van Morrison 
posted at 04:14:29

5時半就寝12時起床。晴天but気温は低め。過去のことを思いだそうとすると、なぜ静止画としての記憶しか取り出せないのだろう。「あの時のあの時間帯の僕」という5分くらいの動画がYouTubeにアップされていればいいのに。
posted at 13:10:42

2011年03月05日(土)
机に向かって長文が読めない体質故、4月刊行予定の発達障害関連本、再校の素読みを@炬燵で。何度も読み返した文章だから、さすがに飽きてしまって身が入らず、また炬燵読書にありがちな読みながらのうたた寝もあったが、それでもいくつかのミスを発見。この期におよんでのミス発見はけっこう嬉しい。
posted at 04:13:01

深夜過ぎ、件の本のカバーの袖の紹介文、オビ文面などの編集案がちょっとしっくり来ず、アレンジ案をメール送付。僕は人の意見に唯々諾々に見せて、実はそうでもない。しかし寒いな、明日からは少し暖かくなると予報では言っているが。鶏のフリッター、キャベツのサラダ、冷や奴、生シラス、味噌汁
posted at 04:34:42

6時就寝13時起床。春眠昼すぎを覚えず。晴天、昨日よりはいくぶん暖かいか。10時半頃、チャイムの音が眠りの国の彼方から聞こえたが、今日はオクさんがいると思ってうっちゃった。郵便屋さんだったが、オクさんは散歩に行っていた。いつも手間を取らせてすみませんね、ミスター・ポストマン。

なので二度寝して、嫌な夢を見た。生活破綻者になって空き家に無断で住みつくという夢。「ここは空き家のはずだけど」と隣人の男(黒縁眼鏡をかけた知らない男)の訪問を受け、詰問されてうろたえるワタクシ。このところ、セルフエスティームが低下しているワタクシ。
posted at 16:17:27

2011年03月06日(日)
マイ・フレンド、のだっちとちゅう君のライブがあるというので、いつもよりちょっと早めの夕食(中華風あんかけロールキャベツみたいのと味噌汁)を済ませ、我が心のパラダイス、中央林間「パラダイス本舗」へ。新年ドドスコディスコパーティ以来、ご無沙汰しておった。

シンガーソング・イラストレーター同志、イサージくんの歌やよーすけさんのゴキゲンなギターも聞けたし、リエちゃんの誕生日だということで、お店は和やかに盛り上がり、ライブもとても楽しうござった。ホント、あそこはいつ行っても楽しいところ。僕もちょこっと歌ったぞな。

で、お店に来ていたふーちゃんという女性(独身)とずっぽり意気投合したんですね。お互い初めて話したんだけど、なんかすごく盛り上がったな。ふーちゃん、生ビールぐびぐび、煙草スパスパ、笑顔が可愛くて、いい感じだったな。ふーちゃん、83才だけど。僕はばあちゃんにモテるタイプだと思う。

ふーちゃんは3年前に大好きだったダンナさんに先に逝かれて、今は一人暮らし。パラダイス本舗はふーちゃんにとっても心のオアシス。「ここはホントにいいところ、集まってくる人たちもみんないい人」と。83才のおばあちゃんと「生活の柄」を歌いながら、友達になれるロック酒場は他にありますまい。
posted at 03:23:49

5時就寝12時起床。そこそこ良い天気だがそこそこ寒い。起きてふと、昨夜ゆみこちゃんと話した「2月29日生まれの人は4年に一度しか誕生日がないのか」という話題について調べたりした。僕は出生届けを3月1日とかにずらすのじゃないかと思っていたが、現在ではそういうことをするのは違法だと。

誕生日というのは「前日の24時に1歳加齢する」ということになっていて、つまり2月29日生まれの人は2月28日24時にオフィシャルに年を重ねるわけですね。年齢が4分の1になることはもちろんないわけで。で、誕生日会とかは2月28日にしたり3月1日にしたり、という感じみたいだ。

2月29日生まれの人は、だからそれなりにたくさんいるわけで(僕は出会ったことはないけど)、原田芳雄とか赤川次郎がそうみたい。まあ、人から覚えてもらいやすくて悪いことはないように思う。

僕の父の誕生日はずっと10月12日だったが、いつ頃からか(本当は)3月12日ということになった。それは、祖父が早生まれの父を小学校に入れる際、ハンデを感じて誕生日を故意に10月に変え、本来であれば一学年下の学年に入れたことに由来する。

それを父が正したのは比較的近年、子どもの僕は父の誕生月を10月だとずっと思っていたが、父の誕生日はオフィシャルには3月12日ということで決着はした。今月の12日、父は卒寿(九十才)を迎える。
posted at 14:49:32

2011年3月1日火曜日

WeeklyTwitts 2011 (2.21~2.27)

2011年02月21日(月)
悪戦苦闘していたHPリニューアル、いろいろ妥協しまくった結果、まっいいかと。苦闘→疲労→妥協、と心は経緯し、「結局マイナーチェンジに終わったが、元々あれはポートフォリオ置き場みたいなもんだし」と思い至ることを「防衛機制」と言うんだと。
posted at 04:18:55

まっ黒な直径5センチくらいのあやしげな球体のものが4つほどビニール袋に入ってキッチンのテーブルの上に置かれていた。オクさんがどこからか持ってきた植物の球根か何かだろうと思っていたら、「かりんとう饅頭」というお菓子だった。オクさんの実家からもらってきたということ。うまかった。
posted at 04:34:46

おでん(玉子、はんぺん、竹輪、薩摩揚げ、ゴボウ天、がんもどき、大根、こんにゃく)。食後に、その「かりんとう饅頭」を。

これがその「かりんとう饅頭」。うんまいよ。
posted at 04:40:57

6時半就寝12時半起床。薄曇り。自由業でもなんとなく嫌な月曜日。理想は金金土土日祝祝祝、あ、一日多いか。エイト・デイズ・ア・ウィーク。
posted at 14:47:10

金曜日の気持ちで2日間仕事をして、土曜日の気持ちで2日間ソーシャルライフ(楽しき友と飲む、とか)、あとはウクレレぽろりんこしながら何をするでもなくまったり過ごす。♪恋人よ、これが私の理想の一週間。
posted at 14:54:08

僕はまあ温厚な部類の人間に入ると思うけど、たまにキレることがあって、そういうときはファッ〜ック!!、みたいな罵り言葉をつい叫んでしまうのだが、けっこう声量があるので、周囲(オクさんとか)は「何事か!」てなことになる。で、キレることのほとんどがパソコン関係。プリンタが壊れた……

シ〜〜ット!! プリント中に異音がして、大量のインクが漏れた。で、クリーニング等、いろいろやってみたが、刷られるのはアブストラクトペイント。ついこの前、インクカートリッジをフル交換して7000円くらい使ったのに。ダメみたい。購入して8年くらいか、修理するより買った方がいいかなあ。
posted at 16:47:36

2011年02月22日(火)
物忘れと認知症の違いについて、「何を食べたか思い出せない」というのは物忘れで、「食べたこと自体を忘れてしまう」のが認知症ということらしい。僕は毎日寝る前にその日の夕食メニューを記録しているが、今夜に関しては「食べたこと自体」は覚えていても、今、そのメニューの詳細が思い出せない。

今夜だけではなく、ちょくちょくすぐには思い出せない時がある。それが何日か前のメニューであるなら思い出さないこともあろうが、数時間前の夕食の献立を思い出せないというのは「兆候」かもと、実はけっこう気にしている。食事メニューを記録することはボケ防止になるのではというのもあるのです。

で、今夜のメニューは、ご飯と……、豆腐の味噌汁、昨夜のおでんの残り、わさび漬け……、メインのおかずがどうしても思い出せない。で、キッチンの生ゴミを確認、ああ、キャベツとハムの中華風あんかけみたいなヤツ、とサバの塩焼きであった。(そこまでするか)

今夜の夕食はいつもより早い時間だった。現在、食べてから9時間くらい経っている。僕の短期記憶の持続時間は5,6時間くらいがいいところのように思う。ああ、まだ残っていた「かりんとう饅頭」も食った。
posted at 04:11:23

6時半就寝13時起床。晴天。明け方は寒かったが、暖かい午後となりました。以前、何度か朝っぱらからやっていた階下の部屋のリフォーム工事が、僕が起きるのを待っていたかのように始まった。こういうことであれば許してあげないこともない。
posted at 15:17:40

それにしても階下の空き部屋、かなり本格的な工事をやっているようだ。その部屋には「バカ犬ジャック」と若い女が一人で暮らしていた。彼女が所有していた車は黒の改造ボックスカーで、豹柄のハンドルカバーがつけられ、X JAPANのステッカーが貼られていた。まあ、わかりやすいと言えば失礼か。

ときおり、中年の男が彼女の部屋を訪ねてきて、オクさんは「お父さんじゃないの?」と言ったが、それはどうだか、と僕は思っていた。向こうから挨拶してくることはなかったが、挨拶の言葉をかければ、普通の感じで返答があった。

留守がちになることが多く、犬のジャックはストレスが溜まってよく吠え、部屋のどこかをガリガリと「ほじって」いる音がしていた。男が来ると猛烈にジャックは吠えて、それを制す「ジャック!」というヒステリックな女の大声が近所中に響き、周囲には迷惑がられていた。

1年くらい住んで、いつの間にか部屋を出て行ったが、部屋がどんなことになっていたか、想像に難くない。
posted at 15:55:41

「♪ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥ。わしはお日様がぽかぽかと照っている道を歩くにゃ」と老猫は鼻歌交じりに言った。A Walk On The Wild Side - Lou Reed
posted at 17:14:50

2011年02月23日(水)
発達障害関連書き物、インタビューに応じていただいたすべての親御さんのいくつかの訂正希望箇所をクリアー、掲載を気持ちよく了承していただく。あとがきに追加文を挿入。初稿も受取り、校了カミング・スーン。
posted at 01:51:52

夕食は豚すき(豚肉、白菜、長ネギ、しらたき、焼き豆腐、うどん、餅)。「いつも買ってた安くて美味しい牛肉がなくて」とオクさん。いいんだ、おれはイスラム教徒ではないし。基本的には何を食ってもかまわない国に生まれて良かった。
posted at 01:56:50

4時就寝11時起床。晴天。昨夜はベッドの中で書き物初稿をチェックしようと早めにベッドに潜り込んだが、なぜかすぐに眠くなり沈没。なので、ここ最近では早めに起きた。
posted at 12:56:12

基本的に上体が屹立している状態で長文の文章が読めない。つまり机に向かって、という形では心地良く読書ができないんです。読書は寝ながら、というのが僕の流儀。例外は電車内読書とこたつ読書。今はやらないが、昔は風呂桶読書とかも。
posted at 13:05:26

2011年02月24日(木)
昨夜ちょっと寝過ぎたのか、今日は腰が不調。腰が不調だと諸々やる気も出ません。が、弱めの腰をいたわりつつ、これまた弱めの脳を振り絞って、終日、ああせい、こうせいと校正作業。第3コーナーに差し掛かったところで飯食って、ちょっとダレた。アジの干物、ワカメの味噌汁、芋の天ぷら、卯の花。
posted at 01:54:17

さて、寝ながらにして我が身を明日へと運ぶ、ベッドという名の寝台特急に乗り込むとする。
posted at 02:40:52

まだか、カダフィのカタストロフィー。
posted at 02:54:33

4時就寝11時起床。少しだけ早寝早起き。今にも泣き出しそうな曇り空。だが暖かい。一日をめくる毎に季節がシフトしていく実感あり、ボーダー域の季節。さてと。
posted at 13:16:17

2011年02月25日(金)
本日も校正作業に終始。ほぼ完成した音源をくり返し聴きながら、微細なミストーンとかノイズはないか、ちょっと音のタッチを変えてみようとか、時として新たな音を加えてみたり、逆に削ってみたり、といったトラックダウンの作業に似ている。けっこう出てくるもんです。で、これがわりと辛い作業。

何を隠そう(て言うほどのもんじゃないけど)、僕は若い頃、校正の仕事をしていたことがある。迂闊粗忽の僕がやる校正だから、よく務まったなあとは思う。もっとも、「『校正』っていう漢字書ける?」と言われて、まあ書けたので採用されたような職場だったけど。中華風クリームシチュー。
posted at 02:51:22

うーん、ああせい校正、明日には宅急便で発送しようと頑張っているが、諸々出てきてきつくなってきた。一応発送の締め切りは明後日。今日のところはここまでで許してくだされ、お代官様。
posted at 04:36:17

6時就寝11時半起床。アイス(あずきバー)をうまそうに食っている夢を見た。暑くて目が覚めた。いつものように電気敷布をオンにして寝たから。起きた瞬間は猛烈にアイスが食いたかったが今はそうでもない。さてと校正の仕上げをやっていこうぜい。
posted at 13:05:58

コンビニで煙草と牛乳プリンを買ってレジで財布を拡げたらお金が入ってなかった。「あ、お金を入れてなかった。すみません、後で来ます」と笑顔で店員に言ったが、店員はマスクをしていたの無愛想に見え、なんか嫌な感じだった。この陽気の中、住居とコンビニを2往復、歩いて汗をアルカイダ。
posted at 13:51:23

2011年02月26日(土)
夕刻、校正作業が終わったので、赤を入れた初稿を宅配便で出版社へ送付。コンビニからだと明日発送になるので、少し離れた営業所まで♪自転車に乗って、行ったのさ。起き抜けのコンビニまでの(はからずも)2往復したし、日頃、老人並みの運動量の僕にとっては、良い運動日となった。
posted at 02:35:15

ゴゴゴ〜、風が泣いているゴゴゴ〜。夜半から風が変わったようだ。急に気温が下がってきた感じ。季節の交差点に風も錯綜する。サバの塩焼き、卵焼き、納豆、刺身コンニャク酢みそ和え、茄子と金山寺味噌の和え物(これが美味かった)。
posted at 02:46:45

5時半就寝11時半起床。晴天。寒くなると聞いていたが、そうでもない。シャワー後体重測定は「カロリーをちょっとだけ気にするだけダイエット」を始めて少し減少して以来、基本的には変わらず。「カロリーをちょっとだけ気にするだけで他に特に何もしないダイエット」のこの辺が限界だと思われる。

ポテチは、しかし、あまり食べなくなった。

でも、スナック菓子の王者は誰が何と言おうとポテトチップスだと思います。
posted at 15:10:45

2011年02月27日(日)
ETVワイド ”若者の心の病” 統合失調症特集、「24時間テレビ」のフィナーレで「サライ」を聞くような違和感あり。出演していた当事者、支援者の方々にはシンパシーと好意を感じたけれど、あまりにもナイーブな印象の押切もえはないんじゃないか。屈託のなさすぎる石田衣良にしてもしかり。

番組に、高橋源一郎の「小説ラジオ」で紹介された北海道浦河町の「べてるの家」の当事者のみなさんが登場してきたが、含蓄、味のある性格俳優、女優を見るようであった。僕の好きなタイプの人物群。年配当事者の方の目標、「安心してサボれる会社を作る」というのに一票。
posted at 02:06:33

ウダウダと終日。今日のように一日をごく非生産的に過ごすと何かしらの罪悪感がある。それは、僕がまだまだ人間ができていないということだと思う。べてるの家の当事者の女性が「弱さの情報公開」を心の支えとしていいるように、「怠惰の情報公開」をせねばと思った。カレーライス
posted at 02:14:31

「雪解けの水がにゃ、ちょろちょろと集まって川の流れを作るように、人々の流した涙も、やがて大河の勢いを得て、大海に注ぐようになるんにゃ。それは誰にも止められん」と老猫は珍しく詩的に呟いた。Blue River - Eric Andersen
posted at 02:43:48

5時半就寝11時半起床。晴天温暖。ビュー痴フル・サンデー。これから「町田は街だ」の町田へ、必殺仕掛け編集人H氏とミー痴ング。
posted at 14:08:01