2011年7月14日木曜日

WeeklyTwitts 2011 (6.27~7.3)

2011年06月27日(月)
7時起床。ややクールダウン。小雨。

クロネコ便2個口の荷物を神奈川に発送。

運ぶべき物は運んだが、捨てるものは厄介。燃えるゴミ、燃えないゴミ、リサイクル系ゴミ、大型ゴミ、金属類、電池の類、薬の類。老人の住まいはやたらにゴミ袋、空き箱、空き袋の類が多かった。そして山のような未使用のもらい物タオル類(これは荷物の梱包緩衝財として使用)。昔であれば全部どーんと捨てられたのに。几帳面な母はこれで心を患った。

「使用感」のあるボックス棚、本棚などを解体。昼頃までに部屋もだいぶ片づいたところで、また父の病院へ。

途中、実家に寄り、鍵締め、電気のブレーカー落とし。昨夜寝る前、しっかり鍵締めしたか心許なかったのだ。門の鍵、勝手口の鍵は閉まっていたが、案の定、玄関の鍵は開いていた。ブレーカーも上がっていて、これが僕の抜け作なところ。

駅近くのケンタッキーでハンバーガーとコーラを買って病院に向かうバスに乗り込む。駅から40分以上かかるのでこの時間ももったいなく、毎回のバス食が続く。

病室から父の素っ頓狂な叫び声が聞こえる。以前から便秘がちの父は職員に浣腸をしてもらっていた。その不快さからの叫び。理性というものを父はおおかた失ってしまったが、こういう時以外は概ね穏やかなようだ。

ベッド上で介助されながら、とろみをつけた牛乳を口に運んでもらうが、ほとんど嚥下できない模様。いよいよ食事は摂れなくなったようだ。

夕刻、病院を出て、駅の洋装店で母から頼まれた夏用ズボン、七分袖シャツ、靴下を購入。母は好みがはっきりしていて、気に入らない物は着用しない。色、サイズ、生地の具合などの詳細は聞いていたが、普段買い慣れないものなので、探すのに一苦労。店員に聞き、「こんな感じですか」とズボンを見せられ、母のリクエストにぴったりだったので、思わず大きな声で「ああ、これこれ、これです!」と言ってしまった。

2011年06月28日(火)
6時半起床。父の緩和病棟への移送は午前中に予定されていたので、9時頃のバスで病院に向かう。

父は朝方、嘔吐した模様。車椅子に乗せることはいよいよ無理になったようで、着替えさせてもらうこともなくパジャマのまま、ベッドに横たわっていた。

ベッドに父を寝かせたまま、エレベーターで病棟を移動、父は特に不安がりもせず、大人しく寝ていた。自分の置かれた状況をどれだけわかっているのか、わかっていないのか、僕にはわからない。

移送先はとりあえずの(通常の部屋の空きがないことから)豪華な個室病室。病室には旅館の「次の間」のようなソファが置かれた部屋があり、冷蔵庫、専用トイレもある。窓の向こうは日本海、響灘の海が広がる。父の終末期は海と縁が深いようだ。

父は点滴を受けながら眠っていたが、ときおり痰がからんで目を覚ます。看護士から吸引してもらうが、口からではなかなかうまく行かず、鼻から吸引に及ぶ。ただでさえ吸引時は不快そうな声を父は上げていたが、鼻からの吸引の際は、顔を真っ赤にして苦しそうにしていた。

これだけ医療技術が進展しているはずなのに、痰の吸引は機械によるポンプ吸引という単純なやり方。もっと患者が楽な方法はないものか。

担当医との面談。初老の穏やかそうな医師、「緩和」を専門にする医師というのはある意味、医療の前線から半ばリタイヤしたような雰囲気がある。医師から「緩和ケア」の目的と意義を伝えられる。すべては患者の安息な死を迎えるため。異論はない。

駅のドラッグストアで母のリクエストの化粧水を購入。使用中のものがボトルに半分、未開封なものが一瓶あるのだが、それでも買い置きがないと不安になるのが母。父も母のためにこの化粧水を何度も買ったであろう。もう母は父に頼むことはできない。

6時頃、ケアハウスに到着。毎回、「父ちゃんはどうかね?」と母は僕に尋ねるが、この日は父の病状はあまり良くないことを伝えられる範囲で伝えた。ずっと嘘を突き通すわけにもいかない。明日帰ることも伝えると泣き出した。

2011年06月29日(水)
7時起床。
ばたばたと帰り支度。ケアハウスの職員の方々に挨拶して、特養の母を訪ね、バスに乗り、駅に到着。小倉まで向かい、午後2時頃の新幹線に乗り込む。車中、持ち帰ることにした父の日記を読む。こまめに日々の出来事が綴られた日記。最後に書かれた日付は4月21日(木):「14:00~16:00、民謡の会(おそらくケアハウスの催し)があって、ハイム(特養のこと)から○○さんがセツ子(母のこと)を連れてきた。○○ドラッグストアでセツ子の化粧品を購入」と記されていた。母に関する記述が多かった。

夜8時頃、帰宅。

以上、帰省中の日記から



2011年06月30日(木)
7時起床。昨日夜、本州西端「介護の地」より無事帰還しました。ネット環境のない居室で過ごしていたため10日間程のご無沙汰でしたが、山下はまずまず元気です。
posted at 09:54:35

2011年07月01日
昨夜は10時頃か、テレビを見ながら「寝落ち」。で、本日起床7時、久しぶりに「丸太のように」ぐっすりと眠ったのさ。さてさてさてさて。
posted at 09:40:46

2011年07月02日(土)
11時就寝6時半起床。メールチェック、送信、返信、諸々方面へ電話等。ちょっと前までの夜型生活時間と逆転した感じだなあ。夏場は早寝早起きにこしたことはないが、我ながら滅裂な生活習慣でござる。
posted at 12:17:34

2011年07月03日(日)
今日もあれやこれやと一日が過ぎた。やれやれだぜ、まったく。さて、本格的なウクレレ・シーズンとなりましたが、明日の日曜日はお気楽ウクレレ・ワークショップ、第3回目。ふらりと参加も大歓迎レレ、置きウクレレもあるレレ。
posted at 00:13:58

「この夏は堅忍不抜と言い聞かす」というのは父の句。父の「この夏」とはいつの夏のことだったかわからないが、まさに今年の夏のことではないか、と。そりゃあ、いろいろ我慢はするが、お上から我慢せよと言われるのは嫌だ。鶏の唐揚げ、野菜サラダ。
posted at 00:40:04

今日もまた「早起きクン」、7時起床。昼夜逆転の生活を長いことしていたが、逆転の逆転はごく普通になるということだ。さて、今日は午後1時から「お気楽ウクレレ・ワークショップ@四谷ゆうむ」 美味しい生ビールも冷えてるよ。
posted at 08:30:11

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