2011年5月4日水曜日

お義父さんの米寿のお祝い@横須賀海軍料亭「小松」

僕の人生において無縁なものは多くあるが、「料亭」というのもその一つ。板塀にあくまで地味目に「料亭」と書かれた看板があり、古びた門の奥あたりを覗き込めば、営業しているのかしていないのか、深閑とした佇まい、易々と「いらっしゃいませ!」とは言わない、むしろ、(僕のような)「一般の方はいらっしゃらなくてけっこうでございます」という慇懃無礼な感じの場所ではありますね。

大物政治家とか財界人とかが、夜な夜な密かに集って、「ま、ま、一杯。ここのところの政局を見越してだな……、ああ、ちょっと女将は席を外してくれんか」とか言いながら、料理人の腕をかけた山海珍味をつつきながら、奸計案じているような印象が「料亭」にはある。

飲むと言えば、激安「放題」居酒屋専門の僕には無縁の場所であり、大物政治家とか財界人とかの知り合いも一人もなく、生涯敷居をまたぐようなことはあるまいと思っていた「料亭」(まあ、一度行ってみたいとかも思ったことないですが)、昨日、オクさんのお父さんの米寿のお祝いにその「料亭」に招かれたのでした。集ったメンバーは義父、義母、義姉ご夫婦、義理の甥、僕たち夫婦。セッティングしたのは義理のお兄さん。

場所は横須賀にある「海軍料亭・小松」、創業125年という老舗料亭、以下ググった情報。
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「小松」は、戦前海軍基地のおかれた横須賀で、代々の横須賀鎮守府長官に愛用された料亭。歴代海軍重鎮御用達の料亭としての歴史を持つ。

日本海軍の海軍大臣・米内光政、海軍次官・山本五十六、軍務局長・井上成美は日独伊三国軍事同盟に対して、戦争への道につながるという理由で軍事同盟条約締結阻止に全力をあげた。これらの将官が、しばしば訪れたのが料亭「小松」だった。
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というわけで、建物の由来やら調度品のことやら女将さんにばんばん質問、一般人丸出しではしゃいでしまった。ほとんど社会科見学のノリで「料亭初体験」して参りました。

お義父さんもお義母さんもことのほか笑顔がたくさん見られ、楽しかったですよ。先々月の下関での父の卒寿に引き続きのお祝い、みなさん長寿でめでたきこと。


慇懃無礼」な外観。入ってみれば「慇懃」そのものでしたけど。


建物は築90年だと。横須賀が空襲を免れたのは、米軍が戦後、横須賀を基地にする腹づもりがあったからだと、お義父さんから聞いた。


おそらく軍服コートを吊したであろうハンガーにつけられた木札は相当な年代物。


和洋折衷な、「昭和」というより「明治」なフロント、厨房付近。



料理の支度ができるまで、ここで待たされた。海軍関係のミニ博物館のよう。展示されている色々な物について「何でも鑑定団」をやった。


絨毯が敷かれた細い廊下、板ガラス(うねうねしてたからこれも古いものだろう)で仕切られた縁側を通って、祝宴の間に通された。


ここでお義父さんの米寿を祝いました。テーブルの下は掘り炬燵になっている。写真は撮らなかったけれど、小泉さんのお父さん(逓信大臣・小泉又次郎)の書が架かっていた。(「質問バンバン」による情報)


料理は他にもたくさん出て、美味しうござった。和食の盛りつけは綺麗だね。ビールは「東郷平八郎ビール」、味は普通。後から飲んだキリンの方がうまかったかな。


「次の間」にあった別玄関。普段は使ってないそうだ。めちゃくちゃ懐かしい感じがした。おそらく「それなりの人」が人目を忍びつつ出入りする必要があるとき使用していたと思われる。

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