2011年4月1日金曜日

父・卒寿の祝いをかねての介護帰省2011春@猫岬ケアハウス滞在記 その4

3月25日(金)

さて、下関駅に着いて、念願のうどんも食べ、本州の西端、下関のさらに西端、北九州は「川向こう」というロケーションにある、彦島というところに住む父に、「これから行くよ」と電話を入れる。これが一苦労。

父は年々、耳が遠くなってきて、補聴器は持っているのだが、違和感があるらしく、使うように勧めても使わない。本人は聞こえなくても「特に不自由はしない」と言うが、周囲は困る。僕のように携帯を持たない人間に対して周囲が感じることと似ているかもしれない。

「今、駅におるよ。これからそっちに行くけえ」と言えば、「はあ? 誰かね」。駅構内の公衆電話からかけているので、周囲がはばかれるが、しょうがない、大声で話すことになる。

ようやく会話が成立して、またバスに乗って、父の居住する「猫岬ケアハウス」に向かう。昨年5月末に、大腿骨骨折をした母が入院していた病院を訪ねて以来の訪問になる。その後、母は歩行ができなくなり、車椅子生活者となって入院先の病院から、そのまま特養老人ホームに入所することになった。それまでは、母は父とケアハウスの夫婦用の部屋で共に住んでいたのだが、母の入院を機に、父は単身者用の部屋に移ることになった。その父の単身者用の部屋を訪ねるのは今回が初めて。

到着したのは午後3時前。これまでの帰省の際は、父と母の夫婦用の部屋で僕は寝泊まりしたが、単身者用の部屋は手狭なので、今回はケアハウスのゲストルームに宿泊することにした。施設の職員のみなさんに挨拶をして、まずはゲストルーム(これがなかなか分不相応な豪華な空間なんですが)に荷物を置いて、ジャージに着替え、やれやれと。

その後、父の部屋を訪れ、「一緒に行ってみようか」と言う父とともに、ケアハウスに隣接している特養ホームに母を訪ねた。同じ経営母体のケアハウスと特養は距離的には、普通の人であれば、徒歩でものの2,3分とごく近いのだが、いったん外に出て、けっこう急な坂を下らなければならない。父も歩行が危うくなっていて、手押しの歩行器が欠かせなくなっている。昨年より目に見えて足腰が衰えたようだった。

歩行器を押しながら特養に向かう坂をよたよたと下りる父は、はなはだ危なっかしく、注意を促せば、「なあに、こんなのわけはない」と言うが、父が母のところを訪ねる際に転倒でもしたら、と心配が増えた。これだけ近くても、最近は二日に一回訪ねる程度だと言うが。

「坂を下りるときは、充分気をつけんにゃいけんよ」と声をかけるが、父には聞こえていない。父は穏やかな性格の人物だが、基本的に、周囲が良かれと思ってするアドバイスのようなことはあまり聞かない。文字通り、耳が遠くて人の言うことを聞けないこともあるが、けっこう、自分勝手で周囲を心配させるような行動を取ることがある。

特養ホームは母が入所する前に見学していたが、ケアハウスと同様、間近に海が展望でき、環境はこの上なく良いところに立地している。まだ建てられてそんなに経ってなく、外光をたっぷり取れる大きな窓があり、明るくてごく清潔な住環境だ。入り口から少し廊下を歩けば、入居者の人たちが食事をしたり、お茶を飲んだりするリビングルームに突き当たる。

母を訪ねていったときは夕食前の時間にあたり、入居者の人たちは、自分の部屋のベッドで寝ていたり、何人かはリビングルームのテーブルについて、海に面した大きな窓からの午後の陽射しを浴びながら、何をするでもなくぼんやりとしていた。

入居者は7,8人くらいか。それに対して常時、3人くらいのヘルパーさんや介護士の人たちがつくので、ケアの面でも申し分ないように思える。それぞれの入居者が寝起きする部屋のドアは開放されているが、プライバシーも保てるような構造。

父とともに、母の部屋を訪ねると母はベッドで寝ていた。昨年の5月に会ったときより、またさらに小さくなったように感じた。もう、6,7年前になるだろうか、身体が弱るより先に精神に変調をきたした母の様変わりにショックを受け、当時はそういう母をなかなか受け入れることができなかった。

それから1年に1,2回帰省するようになり、徐々に僕もこれは「仕方がないこと」として、母の状況をそれなりに受容するようにはなっていたが、今回はほぼ一年ぶりの、今度は歩くことが完全にできなくなった母を見ると胸が痛んだ。

母のそばに行き、「母ちゃん」と声をかけると、母は目を開け、一瞬、破顔した。顔をくしゃくしゃにして、笑ったような、困ったような表情。2年くらい前から生やしている僕のあごひげを触りながら、「ひげが白いねえ」と言った。「僕も年をとったけえねえ」と言うと、「懐かしいねえ」と母は言った。

しばらく母のところにいて、また父と共にケアハウスに戻り、父と共にケアハウスの夕食を食べ、あまりスムーズに会話ができない父とあまりスムーズではない会話をして、父と別れゲストルームに戻った。

深閑としたゲストルームの広いリビングのソファに横になりながら、ひとしきり震災関連のテレビニュースを見た後、ベッドルームに行き、窓を開けると潮騒がうるさいくらい聞こえてくる。窓から夜の海峡を眺めていたら、泣けてきた。

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画像上:母が入所した特養老人ホーム入り口。なかなかコンテンポラリーな外観。この手前の坂がけっこう急な勾配になっている。
画像中:ケアハウスの夕食。典型的な老人食で、ヘルシーでダイエットに良さそうだが、味付けが薄く、僕にはちょっと。
画像下:ケアハウスから臨む夜の海峡。向こう岸は北九州。昼間は大きなタンカー等が頻繁に海峡を渡る。船舶オタクならこたえられないような場所だろう。

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