2010年4月27日火曜日

ジョウロ君

3月の終わり頃に、絵コンテというか、TV用ストーリーボード・イラストの依頼があった。動物園にくちばしがぽっきりと折れてしまったコウノトリがいた、と。鳥はくちばしが折れると補食が困難になり、やがて死んでしまう、と。そこで獣医さんの機転によって「ジョウロ」の注ぎ口を、そのコウノトリの「義嘴(ぎし)」として取り付けるという「手術」を敢行、手術は成功し、そのコウノトリは生きながらえることができた、めでたし、めでたし、という話があった、と。そのストーリーをイラストで絵解きして欲しいというのが依頼の内容であった。

この話はメディアでも取り上げられていた。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tokyotama/feature/hachioji1197619269359_02/news/20071214-OYT8T01176.htm
以下、記事抜粋
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多摩動物公園では67羽のニホンコウノトリが飼育されているが、例外的に来園者に愛称で呼ばれる1羽がいる。飼育員の大橋直哉さん(33)らが「左・赤」と呼んでいる7歳の雄だ。その名は「ジョウロ君」。銀色の人工くちばし(義嘴(ぎし))がりりしく光っている。

2003年10月、ケージの金網にくちばしを引っかけた若鳥がいた。旋回しようとして引っかかったらしい。約25センチあった上のくちばしは、根元の約5センチを残してポッキリと折れた。コウノトリは、魚などの餌をくちばしを使って器用に飲み込む。上くちばしが折れた状態では食事ができず、やがて死んでしまう。

その命を救うため、悩んだ獣医師が施した処置が人工くちばしだった。園内にあったプラスチック製のジョウロの注ぎ口を縦に割き、針金と樹脂を使って、残っていた上くちばしに取り付けた。ジョウロのくちばしを持つ「ジョウロ君」は多くのマスコミに取り上げられ、すっかり人気者となった。

(2007年8月18日 読売新聞)
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この、多摩動物公園の「ジョウロ君」の逸話について、
1,くちばしの折れたコウノトリを見て、どうしたらよいか悩む獣医さん
2.何かくちばしの代わりになるものはないかと、園内を探し回る獣医さん
3.コウノトリにジョウロの注ぎ口を取り付ける「手術」をしている獣医さん
という展開で、それぞれの場面をイラストにすることが僕に依頼された仕事だった。

これが、今週の木曜日(4月29日)午後8時、NHKの「クエスタ」(http://www.nhk.or.jp/questa/)というクイズ番組のコーナーで挿入イラストとして使用されるということ。よかったら見てください。たぶん、その獣医さんが出演してその時のことを語るのだと思いますが、イラストはその話の補足として使われるのかな。まあ、一瞬だと思いますが。



ところで、 このジョウロ君、読売新聞の記事(全文)にあるように、当初のプラスティック製のくちばしでは情けない「クラッタリング」しかできず、「引っ込み思案で気弱な性格の青年」となったが、その後、アルミ製の「フルメタル嘴」を取り付けてもらい一人前になることを期待されていた(写真左:プラスティック義嘴のジョウロ君、右:メタル装備のジョウロ君)。

この仕事をして以来、春めいてくれば多摩動物公園に行って、是非ジョウロ君に会いたいものだと思っていたが、この日記を書くにあたり、関連ブログを読んでいたら、既に2年前、彼は死んでいたことがわかった。
http://pub.ne.jp/snowleopard/?cat_id=63516

とても残念だ。

2010年4月18日日曜日

「ちょっとふしぎな湘南のアーティストたち」展

昨日はマイミク・チャーリー茶梨乃介さんプロデュースによる、「ちょっとふしぎな湘南のアーティストたち」展@平塚「スタジオ・クーカ」に出かけた。



なりゆきで「あまりふしぎでもそんなに湘南でもない」僕も、半立体作品(かなり昔のもので恐縮だが)出品させて頂いている。

ギャラリーはそれぞれのアーティストのオリジナルでユニークな作品のオーラに溢れていて、とにかく楽しい。こういう雰囲気の中では僕の作品は「オーラがないなあ」(謙遜ではなく)と思った。

陽光が注ぎ込む広々とした「クーカ空間」


中で「オーラがあまりない」(いや、ホントに謙遜ではなく)僕の作品



スタジオ・クーカ(http://www.studiocooca.com/)は平塚市の授産施設 studio cooca(旧・工房絵)が設立したアートスペースで、過去に何度かお邪魔したことがある。(関連日記:http://jinruinekokakeikaku2.blogspot.com/2009/10/studiocooca.html)

なりゆきで、ちょこっとウクレレ演奏&歌も交え、「ギャラリー・トーク」にも参加した。この内容については、チャリ殿が必殺iPhoneで動画を撮っていたから、そのうち後悔、いや公開されるかもしれない。

わさわさとウクレレ漫談を終え、「たこ焼きパーティ」に列席、お好み焼き、たこ焼き&缶ビール&ウクレレ即興演奏をぶちかまし、アーティストの皆さんと楽しいひとときを過ごした。

「あんこ入りたこ焼き」なるものを「クーカ?」と勧められ、食したが、まったりした甘いあんこの味と紅ショウガ・テイストが熱いどろどろの粉テイストに包まれ渾然としたその味覚は「ちょっとふしぎなアート」のそれだった。

展示された作品については、ミクシィ・フォトアルバム(全体公開)にいくつかアップしたのでご観覧あれ。
http://mixi.jp/view_album.pl?id=47829127&owner_id=115006&mode=photo

この展覧会は4/28(水)まで(土曜日=開館、日曜日=休館)、よろしかったら足を運んでください。
会場:gallery cooca(studio cooca 3F)
主催:studio cooca
(株式会社愉快 指定生活介護・就労継続B型事業所)
〒254-0052 平塚市平塚4丁目15-16
TEL:0463-73-5303 FAX:0463-73-5305
http://www.studiocooca.com/

2010年4月17日土曜日

1983年@ディズニーランド

マイミクさんの日記に、27年前の4月15日、東京ディズニーランドの開園日に遊びに行ったと書かれてあった。

僕は、その27年前の東京ディズニーランドのオープン翌日(1983年4月16日)にアメリカへ旅立ったのだった。

成田空港まで友人に車で送ってもらったが、湾岸を走る高速道路から遠くに開園したばかりのディズニーランドを見ながら、車中、友人に「ディズニーランド、行きたかったな」と言ったら、「向こうで本場の行けばいいじゃない」と言われ、「あ、そうだね」(チャンチャン)、となったのを覚えている。

で、アメリカに着いたらわりとすぐめに「本場」アナハイムのディズニーランドへ行ったのでありました。

そんなことで、思い立ち写真を探してみたらあった。懐かしのディズニーランド初体験の写真。現地妻をめとった友人(日本人)と一緒に行ったのだけど、ホントに夢の世界だったな。カンゲキしたです。






*27年前の僕と一緒に写っているお方は、現地妻ではなく、本国で調達した妻であります。

2010年4月9日金曜日

花絨毯公園

住居から徒歩3分の住宅街の一角にあるこの小さな公園は、普段は地味でどちらかというと陰気な印象の公園だ。ブランコなどの遊具が設置されているが、子どもたちが遊んでいるのをあまり見たことがない。

ところが、この季節になると公園一面がピンクの花の絨毯で覆われ、一気に華やいだ雰囲気を醸しだし変貌する。

中学生のころだったか、普段はそっけない、どちらかというと目立たない印象の女子に、夏祭りの夜、ばったり出会ったことがある。そのとき、彼女は浴衣なんか着ていて、急に彼女が大人めいて見え、どきっとした思春期の頃の思い出に重なる。

桜は散り際が良い。風に花びらが舞い、地面にはらはらと落ちる様は花の季節のフィーナーレを飾るようで心が躍る。

去年もこの時期、ここに来て同じような写真を撮った。この公園を「花絨毯公園」と命名。






2010年4月7日水曜日

爆睡10時間


昨夜はメロウイエロウな編集人T氏と夕刻打ち合わせあり、中央林間あたりでどう? と指定してきたので、では「パラダイス本舗」にとお誘いした。

5時開店直後から飲み始め、T氏退出後も飲んでいたら、バンド仲間・のだっち登場。でまあ、本舗店主YO介さん、りえちゃんなんかと女子高生のように談論風発、ギター談義、ヤク談義、最後はこのところのいつものパターン、「やなご時世を憂う」談義。結局深夜まで飲み続けることになった。

パラ本に行くと「ちょいと一杯」では帰れない。

で、帰路ふらふらとラーメン屋に誘い込まれるように入る。二軒並ぶ豚骨系と醤油系のどちらに入るべきか10秒くらい逡巡したが、醤油系はライスがサービスで付くのでそっちに。ラーメンとライス、ベストマッチ食材コンビネーションの上位ベストだと思うな。そして酩酊状態はラーメンの最高の調味料。

このところ、パーフェクト夜型で過ごしてきて、お天道様に申し訳ない午後起きの日々であったが、実は睡眠時間は少なかった。さすがに昨夜は酔いもあって、午前2時くらいにはベッドに。薄れ行く意識の中で明日は早めに起きることができるな、と思っていたが、何のことはない、爆睡10時間、起きたのは正午だった。

で、寝過ぎるとテキメン、腰の調子が悪くなる。こんなときはキネシオテープを貼る。効きます。(キネシオテープに関しては事あるごとに宣伝している。キネシオテープ協会からキネシオテープ1年分くらい送って欲しい)

けっこう長く続いたコツコツマジメなシゴトモードもなんだか気持ちが途切れた。今日はウダウダ、ウクレレ弾いて過ごしちまった。

いろいろシゴト上の新展開もほのかに薫る花の春、諸々ちゃんとちゃんとやらねばなるまいて。


*画像はウェブからの拾いもの。

2010年4月1日木曜日

四月になれば



映画『卒業』を見たのが、心を病んでいた高校生のとき。

友達からこのLPを借りて、ソニーのオープンリールのテープレコーダーに録音した。ラインから録るとか知らなくて、ステレオ(4本の脚が付いたコロンビアの一体型)のスピーカーの前にマイクを置いて録ったもんさ。

中でもこの『四月になれば彼女は』、好きだったな。
高校生にもどんなことを歌っているのか、およそわかる平明な歌詞、動詞の「倒置」とかよくわからなかったけど、今歌詞を見れば韻を踏むためのものだったんだな、とわかる。見事に美しいライムが仕掛けられた歌詞じゃありませんか。

聞けばメランコリーのドツボにハマっていた高校生の頃を思い出す。僕の人生で唯一やり直したいと思う時期だった。

April come she will
When streams are ripe and swelled with rain;
May, she will stay,
Resting in my arms again

June, she´ll change her tune,
In restless walks she´ll prowl the night;
July, she will fly
And give no warning to her flight.

August, die she must,
The autumn winds blow chilly and cold;
September I´ll remember.
A love once new has now grown old.

先月中旬あたりから、そこそこ忙しくなってほぼ終日じとっとパソコンの前に座りシゴトモード、引きこもりのような日々だ。いい加減ウンザリしてきたが、「4月になれば」、中旬、下旬にかけて諸々のデッドラインが待ち受けているので、ちゃんとちゃんとやるべきことを片づけていかねばならない。

「5月になれば」僕は「飛び立つ」。中旬から下旬にかけて介護帰省せねばならず、昨日、全日空の「スーパー旅割」という割引チケットを取った。「早割」と同程度の割引率だが、朝の苦手な僕は早割はちょっと。そもそも飛行機は苦手だが、新幹線よりかなり安いので仕方ない。

ところで、昨年6月に出した『発達障害 境界に立つ若者たち』、地味ながらも健闘、「なかなか落ちない」セールス状況が続いておりましたが、この度、目出度く重版となる旨、出版社から知らせがありました。

この本を読んでくれた友人、知人、関係各位、また、ブログ等でこの本に対する好意的なコメントをアップしてくださった方々、多くの見ず知らずの方々(できればみなさんにお会いしてお礼が言いたいくらい)、深く感謝いたします。ありがとうございます。そして何より、本に登場した卒業生たちにありがとうを言いたい。「続編」も構想中、頑張るべきことがたくさんあり、僕は幸せ者であります。