2010年2月25日木曜日

【お知らせ】猫町Jive★ Live@パラダイス本舗





♪もうすぐ は〜るですね〜、ライブに来ませんか〜

というわけで、『猫町Jive』のライブのお知らせです。
今回は、ぼくらのホームプレイスと言うべき中央林間『パラダイス本舗』でのライブとなります。

思えばおよそ1年前の春、パラダイス本舗店主であり、元夕焼け楽団ギタリスト、藤田洋介さんを迎え、バンド名をパラダイス・キャッツとしてデビューを果たした場所がこのパラダイス本舗でありました。

以来、ぽつぽつと演奏活動を行って参りましたが、今回はその総決算、またあらたな展開を求めての記念すべきライブにしたい所存、足を運んでいただければ誠に嬉しく思います。どうかひとつ、よろしくおねがい申し上げます。
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猫町Jive★ Live@中央林間●パラダイス本舗

■日時:3月13日(土)Open:17:00/ Start:19:30(2ステージ)
■場所:中央林間「パラダイス本舗」(http://www.niginigi.jp/
大和市下鶴間1541-5 〒242-0001
Tel/Fax 046-274-3948 
★小田急線、田園都市線 中央林間駅 徒歩 6分
スーパー サミットを過ぎてクリーニング屋さんと新聞屋さんの間
*地図は画像参照

■料金:投げ銭

猫町Jive are:
山下セイジ (Vo.&Ukulele)
野田 高澄(Guitar, Mandolin & Vo.)
石井 啓介(Accordion & Melodica)
フジタヨシコ(Bass & Vo.)
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猫町Jive(ex-Paradise Cats)の過去ライブYouTubeサイトはこちら。
http://www.youtube.com/hottaheru?gl=JP&hl=ja

2010年2月22日月曜日

「猫の日」に寄せて


今日は平成22年2月22日。2並びでめでたいのか、これが通知票の評価だったら嫌だな。

で、2月22日は「猫の日」でもある。「ニャン(2)ニャン(2)ニャン(2)の語呂合わせ」ということ。誰が決めたのかというと「猫の日制定委員会」が1987年に制定、ということだ。「猫の日制定委員会」というのはどういう成り立ちなのかと調べたら、『フィネガンズ・ウェイク』(ちょっと読んだ)の柳瀬尚紀氏が絡んでいるらしい。氏はとても猫好きなのだそうだ。そして語呂合わせは氏のお得意。

僕も猫好きを吹聴しているが、2月22日は僕にとっては「ニンニンの日」、ニンニンという名の猫を飼っていた。お腹が空いたら「ゴハン、ゴハン」と喋る猫だった。17歳生きて、死んだのが2004年7月21日。喉に腫瘍ができて看病の甲斐もなく病院で死んだ。

瀕死のときに病院に見舞いに行って、たまたま病室にいた犬が吠えて、ニンニンは怯えたように唸った。医者との相談の結果、「最後まで手を尽くす」ということにしたが、やはり安楽死させた方が良かったとずっと後悔している。

あれからもう5年と半年以上経った。子どものときからずっと猫がそばにいたのに、「猫いない歴」が随分長くなった。「死ぬのがかわいそうだから動物を飼わない」という人の言葉をずっと欺瞞だと思っていたが、ニンニンを亡くしたことで、そういう言い方も今では納得できる。

でも、また猫を飼いたいなあ、という気持ちもある。最近は猫も長生きになったから、自分が猫より先に死んでしまいかねないような歳になるまでは飼いたい、と思うのだが、あれよあれよでそんな歳になりそうな気もする。

ニンニン物語↓
http://www.geocities.jp/seijama/mycats/cmt-nin.html
「my cats」ページ↓
http://www.geocities.jp/seijama/frame_page/fp-my_cats.html

画像は在りし日のニンニン(晩年のころ)。

2010年2月12日金曜日

横臥食読


オクさんがハワイアン系のYouTubeを見たいと言うので、検索して見せていたわけです。オクさんは近眼なのに普段眼鏡をかけていないので、僕のそばからパソコン画面を覗き込むように見たわけですね。パソコンを前にして座っていた僕は、だからちょっと後にのけぞるような感じになった。

その瞬間、腰が「固まった」。ぎっくり腰とは違うのですが、まあ似たような感じで。腰がビビっと。

それが四日前で、ぎっくり腰と同じような経緯を辿り、一昨日あたりがワーストで、今朝起きたら少しは良い感じ。でも、座り仕事は2時間くらいがマキシマムで、椅子に座っているとだんだん腰が重くなってきて、まっすぐ立ち上がれなくなる。腰が曲がったおじいさんみたいになる。

昨年秋口にひどいのをやって、まあ、大体三ヶ月に一回くらいの頻度でこんな感じになる。「喉元過ぎれば」の病、いい加減に学習して地道なケアに励むべきだが(よーく、わかっておる)、地道は苦手と言い続けていると、誰も(オクさんのことだが)哀れんでくれなくなる。

だから、この三日間くらい、昼間からベッドに潜り込み、ポテチのカスを布団にばらまきながら、もっぱら本を読んで過ごしましたとさ。

もう、だいぶいいですけどね。

2010年2月4日木曜日

「生活の柄」と「山谷ブルース」の差違


昨夜10時半からNHK教育で高田渡についての番組を見た。オクさんが「高田渡があるよ」ということで。(以下、番組情報ウェブから)
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NHK教育「知る楽」というシリーズの「こだわり人物伝」 水曜日
タイトル孤高のフォークシンガー 高田渡(全4回)

第1回 民衆の心を歌に 原点は少年時代ーー2月3日(本放送)  2月10日(再放送)
第2回 “日本語フォーク”の先駆者ーーーーー2月10日(本放送) 2月17日(再放送)
第3回 反骨人生 時代に背を向けてーーーー2月17日(本放送) 2月24日(再放送)
第4回 絶頂期の死 受け継がれる歌ーーーー2月24日(本放送) 3月3日(再放送)

語り手:フォークシンガー・なぎら健壱
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第1回目であった昨夜は、「日本最初のライブハウス」京都拾得で「渡フォロワー」の若い世代のシンガーが高田渡のカバーをやっている映像から番組が始まり、デビュー時の時代背景、晩年のライブ映像などを絡めながら、家業が破綻し、岐阜から東京深川の「日雇い人夫」用の住居に父親、子ども三人で移り住むという高田渡の生い立ちに触れた。

このあたりは僕もイラストで関わった「高田渡読本」で知っていたが、高田渡の二人のお兄さんにインタビューしたとき、彼の幼い頃の写真が紹介され、成年の高田渡とは面影もない坊ちゃん坊ちゃんしていたのが面白かった。

なぎら健壱の語りは、同業者故、意外性がなく、音楽関係者より文化人が語る高田渡の方がおもしろい言い方をするかもしれない、やはり亡くなってしまった筑紫哲也あたりだったらもう少し面白かったかも知れない、と思った。

「生活の柄」は深川での「赤貧少年時代」に関わった「貧しいが実直な底辺に生きる人々」へのシンパシーががあったからこそ生まれた歌だと番組では説いていたが、僕もそう思う。

70年代中期頃、中村とうようが高田渡を「四畳半フォーク」(とうよう氏が忌み嫌う)の代表のように語り、今となれば子供じみた論争を吹きかけたが、今、中村とうようは高田渡をどう評価しているのだろうか、と思った。

で、見終わってすぐ、「今度はNHK総合で岡林をやってるよ」とオクさんが言うので、11時からNHK総合にチャンネルを合わせた。「SONGS」という番組。(以下、番組情報ウェブから)
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1月20日に美空ひばり楽曲のカバーアルバム「レクイエム〜我が心の美空ひばり〜」をリリースし、美空ひばりからの手紙をもとに作った新曲「レクイエム -麦畑のひばり-」を発表した岡林信康。今回の「SONGS」では岡林とひばりの交流を描きながら、数々の名曲を生み出したフォークの神様の今に迫る。

さらに番組では山下洋輔らとセッションで「山谷ブルース」「悲しき口笛」「レクイエム -麦畑のひばり-」といった楽曲を披露。フォークファンにとっては見逃せない貴重な30分となりそうだ。
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こちらも似たような、岡林信康のデビュー時の時代背景、野音でのハッピーエンドをバックに従えた「私達の望むものは」のライブ映像などを絡めながら、70年代に入ってからの「沈黙」の理由、美空ひばりとの交遊などについての本人へのインタビュー映像、山下洋輔を迎えてスタジオでのライブなどの構成だった。

岡林信康については、「私達の望むものは」は少年心になんだかカッコいいなと思ったし、「友よ」はフォークギターを弾き始めたころに覚えた歌のひとつだった。東京の大学に入り、帰省していた兄がそれを聞いて「何もわからんくせに歌うな」と文句を言われ、とても嫌な思いをしたことを覚えている。

72年ころの晴海埠頭の倉庫内で行われたコンサートで岡林とハッピーエンドの演奏を見たときも単純にカッコいいなと思った。

「沈黙」後は、「やっぱり演歌がいいね」なんて発言している岡林を知って、それまでロックだフォークだと言っていた団塊のお兄さんあたりが、「やっぱり日本人には演歌だね」という物言いに僕は馴染めず、「そのうち、演歌の良さがわかるよ」なんて言われもしたが、この歳になっても「演歌がいい」なんて思ったことはない。

以後、「エンヤトット」時代とかあったようだが、そういう岡林にはまったく興味がなく、最近、新聞で美空ひばりの詞に曲を付けてCDを出し、新たに活動をしていることを知って、この番組を見たわけです。

番組で「『山谷ブルース』はあらためていい曲だと思った」と岡林自身が語り、山下洋輔のピアノをバックにブルージーなジャズ風にアレンジされたそれを聞いたが、とても違和感を感じた。まあ、すごくつまらなかった。岡林の声があんなにバイブレーションのない、「色つやのない」声だったのかと再認識した。山下洋輔の伴奏が彼の歌にはもったいなく聞こえた。

ほぼ同時期にデビューした日本のフォークの「神様」と仰がれた人と「伝説」と語られた人が生み出した「山谷ブルース」と「生活の柄」、どちらも「底辺に生きる人」を歌った歌だが、この2つの曲の差違は何だろう。「山谷ブルース」は結局アジア辺境の「演歌」で、「生活の柄」はもっとグローバルなトラッド・フォークがルーツにあるように思える。「山谷ブルース」には湿った哀切だけで希望がまるでないが、「生活の柄」にはどん底を突き抜けた自由な希望が感じられる。

ハンバートハンバートは軽やかに「生活の柄」をカバーするが、「山谷ブルース」のフォロワーは少なくとも若い世代には現れないように思う。

なんだか、立て続けに高田渡と岡林という日本のフォークのアイコンのような人物の番組をたまたま見たことで、思うところあって、書きだしたら長くなってしまった。つまり、僕は演歌が嫌い、という結論なのであった。

2010年2月3日水曜日

根管治療における電子音


昨夜半くらいからしんしんと降り続いた雪だったが、起き抜け一面の銀世界を期待して窓を開ければ、階下の濡れた黒いアスファルトの道の端っこに申し訳程度に白い雪が残る程度だった。

もっとも、起きたのは昼近くで、既に冬の太陽は中天にあり、大体11時過ぎから午後1時過ぎの間に起床するという生活パターンが続いている。ベッドに入るのは午前4時頃、新聞を1時間、本を1時間、その間にポテチ一袋食って寝ると。

だから、睡眠時間はそんなに多くはない。なので、夕飯を食べて、報道ステーションなんか見ている途中で必ず眠くなり、コタツでうたた寝をする。真夜中近くに起きて、深夜番組をザッピングして、その後パソコンに向かいポチポチ書き物、調べものなど。

それなりに規則正しい生活であると思う。

午後、道路脇に「申し訳程度」に残る雪を確認しながら歯医者に行ってきた。通りすがりの幼稚園で園児と先生が「申し訳程度」の雪を掬って雪合戦をしていた。なんだかいじましい。

歯医者は先週予約をキャンセルしお出かけしたので、二週間ぶり。いまだに続く地味な「根の治療」(正確には「根管治療」という)。ようやく来週には型を取って、クラウンを被せることになるようだ。今日はそのためのレントゲンを撮った。

ずっと以前から、「根の治療」において聞こえてくる、ピッピッピッピーという電子音は何の目的で鳴るのか疑問に思っていて、いつか先生に訊ねようと思っていたのだが、若干取っつきにくい先生なので聞けないでいた。

駐車に自信のない人が乗る車に障害物センサーが付けられていることがある。障害物が近づくとピピピピと電子音の周期が短くなるあれであるが、「根の治療」の際の電子音もそれに似ていることから、おそらく「根」の微妙な距離を測定する器具ではないかと推測していた。

尖ったヤスリのようなものを根の部分にギリギリと差し込まれ、電子音がピピピピと鳴ると、「ああ、それ以上突っ込まないで!」と心臓がドキドキする。

帰宅して思いつき、ウェブで「根の治療」、「電子音」で検索したら、あっさりその器具がなんであるか答えがわかった。

器具の名称は「根管長測定器」。歯の「根管」(この言葉もウェブで知った)の先端は当然、歯医者には見えないから、「根管長測定器」の出す電子音を頼りに奥の方まで掃除をするというもの。僕の推測は概ね当たっていた。

長年の謎が解けたわけだが、以前テレビで誰だか知識人が「ウェブで得た情報は簡単に手に入るので実になる知識とは成りがたい」なんて批判していたことを思い出した。

まあ、そう思いますけど。