2010年8月16日月曜日

吉野大作バンド@横浜グッピー/そしてアサ君のこと







僕にはアサ君という30数年来の友達がいる。結婚して逗子に居を構えていた頃、毎晩のように彼は僕たちの小さな小さな一軒家に遊びに来ていた。いつもビールやらウイスキーやらワインやら酒を抱えてやってきた。酒好きでいつもスケベな冗談を言って面白そうに笑ってたけど、実直で、どこか「坊ちゃん」な印象のする不思議な魅力を持っていた。

当時、彼は塾で数学を教えていて葉山の彼の住居に戻る道すがら、僕たちのところにやってきた。飲みながら好きなレコードを一緒に聞いたり、ギターを取り出し一緒に歌ったりしたものだ。大家の離れにある下一間、上一間の小さな二階建て一軒家だったが、周囲にアパートや住居も隣接しており、よく苦情が来なかったものだと今にして思う。

結婚する前、僕は売れないフォークシンガーをやっていたが、結婚を機に音楽活動をやめ、その頃は鎌倉のレコード屋で店員をしていた。が、音楽への未練はあって、アサ君から借り受けていたヤマハのイエスという8トラのマイクミクサーでせっせとデモテープを作ってかつてお世話になったレコード会社に売り込んだりもしたけれど、70年代後期、僕がやりたいような音楽を受け入れる状況では既になくなっていた。

そんなことをやっていると、売れなかった体験による音楽へのラブ&ヘイト相混ざる屈折した気持ちが高じて、ますます素直な気持ちで音楽をやることができなくなって、音楽への「恩讐の彼方に」的感情を払拭するのに以後30年以上もかかったように思う。つまり払拭できたのは最近ということだ。

そんな頃、アサ君の音楽へのアプローチは素朴で素直でストレートだった。彼と音楽の話をしているとなんだか夢が膨らんだり希望を感じたりした。「これいいよねえ、いいよなあ」と言いながら、ディランやバンドやジャクソン・ブラウンやニール・ヤングやボニー・レイットなどを彼と聞いた。音楽を聞くことで生きていく価値観を見極めていた、と言ってもそんなに大げさではない。

彼とつきあい始めた頃は、彼は塾講師の仕事が忙しく、そんなに音楽活動はやってなかったけれど、彼がギタリストとして参加した一枚のアルバムが「吉野大作ランプ製造工場」だった。当時の吉野大作バンドのリード・ギタリスト、サイキさんと知り合うのもその頃。不動産会社の社長となったサイキさんとは現在に至るまで親しくさせてもらっている。

アサ君とは短い間だったが、バンドを組んで何回か演奏した。当時は日本のバンドもすごい勢いで音楽スタイルが洗練されていく時代で、他のメンバーが何か新しいことをしようとする中、アサ君は「ひとつの曲を何度でも練習しようよ。そうしてる内にいい感じになってくるよ」と言いながら実直そうなギターを弾いた。

残念ながらそのバンドは短命に終わったが、そうこうしている内にアサ君は急にアメリカに旅立って、成績優秀の学生となり、公認会計士の資格を取り、彼の地で、日本人より控え目で純朴で大きな愛くるしい瞳を持ったロサリオという名前のメヒカーナと結婚した。

僕がアメリカに行ったのは、ダイレクトにアサ君の影響。音楽はやっぱり難しいな、というのがあって、日々屈折していたところ、ある日突然、そうだアメリカに行こうと思いたったのだった。アサ君もいるし、と。それが1983年。

最初にロサンゼルス空港に降りたって、迎えに来てくれたのがアサ君とロサリオ。そしてなぜかその日はロサリオの実家に泊まることになった。だから僕がアメリカで最初に喋った外国語は「ブエナス・ノーチェス(こんばんは)」。アサ君から教えてもらって彼女のお母さんに挨拶した。

その後、僕は90年まで学生をやりながら一度も日本に帰らず、オクさんと猫三匹と一緒にロサンゼルスに住んだが、その間、アサ君には色々とお世話になった。(猫三匹は日本に帰国したとき、みんな連れ帰ったが、今はみんな天国におります。)

それからお互い色々あって、それはもう色々(ここには詳しく書けないけど、アサ君も大変だったんだ)ありまして、現在、アサ君はロサンゼルスで会計士の仕事を持ち、ロサリオ(整体士をやってるそうな)と二人の息子さんと暮らしている。時折仕事絡みで日本に来る彼は、4月にやった僕らのバンド「猫町JIve」のライブに来てくれた。アサ君は「今が一番いい感じで生きてるよ」と言っていた。 ロサンゼルスでも仲間と一緒にギターを弾いているそうだ。

今回のグッピー閉店ライブでの大作バンド・リユニオン(そして最後の最後の「解散コンサート」だと大作さんは言っておった)に彼も参加する予定だったが、時期的に飛行機のチケットが取れなかったようだ。それがとても残念ではあったが、アサ君なんかとつるんで葉山方面で遊んでいた頃の友人とも久しぶりに再会した。

大作バンドのメンバー、ルックス的にはだいぶ様変わりした人もいたけど、それぞれがそれぞれのン十年を生きてきて(まったく音楽とは関係のない仕事をしながらも)、こうして音楽が取り持つリ・ユニオンの良さをしみじみと感じたね。

演奏を聞きながら音楽への屈折した感情を持ちつつも、音楽を聞くこと、やることにとても大きな意味を感じていた時代のことを思い起こしたのだった。なにもかもひっくるめてあの忌々しくも懐かしい音楽に彩られた70年代という時代をたくさんたくさん思い起こしたのでありました。そしてそれは今の僕のひとつの財産だなあ、と思ったのだった。


*1枚目の写真を見て、吉野大作、むちゃくちゃ若いじゃないか、と思った人、これはアサ君が結婚して日本でやった結婚パーティ(@横浜エアジン。80年代初頭)でのショット。オリジナル大作バンドで "I Shall Be Released" をやっているところ。(中央、白いTシャツ、ファイアーバードを弾いているのがアサ君。向かって右から二人目、眼鏡にミッキーTシャツが別人28号のワタクシ、拳かざしてキめてる感じがお恥ずかしい)

*2枚目、3枚目がアサ君を除いてまったく同じメンバーによる14日のグッピーでの大作バンド。この日も "I Shall Be Released" やったよ。

で、僕が好きだった "Satchan"もやってくれたのでその動画を。(音割れあり、ま、雰囲気だけでも)

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