2010年3月20日土曜日

“I ONLY LIVE TWICE”

というのは、あのフォークルの「帰ってきたヨッパライ」の英語タイトルだと。「007は二度生きる」、仏教的死生観も盛り込んであるというのは仏教系大学出身の加藤和彦らしい



シゴト関連で、昨年秋自死した加藤和彦についていろいろとウェブをあたり、写真資料を集めたり、音源を集めたりする日々だった。

↓追憶 加藤和彦とフォークル
http://www.youtube.com/watch?v=nRIVrcRCFVc
http://www.youtube.com/watch?v=4F2Mz2lTaGg&NR=1

僕は正直なところ、加藤和彦にはそんなに思い入れはないが、フォーク・クルセダーズはけっこう好きだった。「帰ってきたヨッパライ」については、あのテープの早回しを使ったホンキートンクなイントロ(加藤和彦の12弦ギターによるもの)から始まるコミカルな歌(「シャボン玉ホリデー」ライクなユーモアセンス)はお調子者の中坊だった僕の心をぐっと掴んだもんだ。

アマチュアの大学生の自主制作盤が何かの弾みで注目を浴びて、結局280万枚のセールスを記録したという事実は、今さらながら「ひとつの奇跡だなあ」と思うし、ある意味、日本で起きた「バース・オブ・ビートルズ現象」という感じがする。

「ヨッパライ」に続く「イムジン河」が発禁になったり、その代わりとして急遽リリースされた「悲しくてやりきれない」は、加藤和彦が東芝音工の社長室に「軟禁」されながら、「リアルタイム(歌の実際の長さ)」と同じくらいの時間で作った(イムジン河のメロディを逆に辿った)とかの逸話もビートルズっぽい。影響力のわりに活動期間が短い(たった1年弱)とかも。

何十年ぶりかで「ヨッパライ」を何度も聞いて、なかなか良くできているなあ、と感心した。少なくとも当時のアマチュアの大学生(まだ20歳前後だよねえ)が何人か集まり、その辺にある機材(英語学習用のオープンリール・テープレコーダー)を使って、おもしろ半分に作ったにしてはかなり完成度が高い。加藤和彦は音楽的才能とプロデュースの才能に溢れた人だったんだなあ、と思う。

これがヒットした1967年ころ、僕は中学3年生で、僕の場合、高校に入ると途端に「灰色の青春」になってしまうので、思えば人生において心底お気楽だった時代の最後の思い出の楽曲のひとつだ。そんな時代も懐かしい。

加藤和彦の使用ギターについてもいろいろと調べた。彼はギブソンも弾いていたが、やっぱりマーティンの方が「らしい」。彼のアイコン的なギターというとやはり死ぬちょっと前にシグネチャード・モデルが出たスロテッド・ヘッドで12フレット・ジョイント、ノーピックガードのD45S(280万円!)か。

フォークル時代に、やはり、スロテッド・ヘッド、12フレット・ジョイント、ノーピックガードの00系、「ニューヨーカー」らしきギターを使っていた。その辺が彼のこだわりなのだろう。
(↓この番組でそのどちらのギターも登場する。)
http://www.youtube.com/watch?v=TUmXdC6CaRk&feature=related

坂崎幸之助とのユニット「和幸」ではウクレレも弾いていた。こちらもYouTube動画があり、坂崎幸之助が弾いているのがマウイの8弦ウクレレ、加藤和彦のはメレのソプラノか。
http://www.youtube.com/watch?v=5sew54ZnVoA

吉田拓郎が加藤和彦について語っているラジオ番組の音源もあり、彼のギブソンJ-45は加藤和彦が見繕ったものだたいう逸話とか、こちらも興味深かった。
http://www.youtube.com/watch?v=-KJbkcUSnno
http://www.youtube.com/watch?v=sQTSfthX2DE&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=aUpXsOIHAE0&NR=1

0 件のコメント: