2009年12月31日木曜日

良いお年を


午前0時を回って気がつけば大つごもり。毎年毎年、一年の終わりの日は必ずやってくるが(当たり前だが)、感慨は哀しいくらいになく、かといって「何が大晦日だ、行く年来る年だ、あけましておめでとうだ、ふんだ」と斜に構えるセンスも特になく、とにもかくにも、♪こんな風に過ぎて行くのなら〜(by 浅川マキ)といった淡々とした思いのみ。

去年の今頃は、4年間くらい続けていた新聞の連載イラストパズルに他編集プロが参入、連載の継続は競合プレゼンに懸かっているとのことで、新年明け早々のプレゼン入稿のため、四苦八苦しながらイラストパズルのバリエーションを作っていた。

同時に、平凡社から今年6月に刊行した『発達障害 境界に立つ若者たち』の最終脱稿に向けて日夜パソコンに向かっていた。

年が明け、パズル仕事の方は残念ながら落とされ、今思えばそこそこ割のいい定収入の口をひとつなくすことになった。

18年間、講師として関わっていたガッコウも3月に閉校。これは一昨年前からこうなることがわかっていたから、さして落胆はしなかったが、今思えばそんなに割がいいとは思えなかったにしても、フリーランスの身にはありがたい定収入の口をなくすこととなった。

零細系ではあるが、細々としたイラスト仕事や小説誌連載挿絵の仕事は得たが、これも秋口からさっぱり。ちょうどその頃、人生で最悪のぎっくり腰(加齢によるものだろうが、なれば「人生最悪」になる、ここ数年のぎっくり腰)になり、ほぼひと月くらい誠に調子が悪かった。

仕事的には大変しょっぱい一年となった(が、周囲見渡せばいずこも同様、こういう世の中になってしまったのを恨んでも仕方がない)。

しかし、4月に長年の、それこそ念願であったバンド「猫町Jive(当初は「パラダイスキャッツ)」を結成、良き音楽仲間と巡り会い、ぼちぼちではあるが、小さなライブ活動を重ねてきた。音楽をやることが、どれだけ僕に希望と喜びを生活に与えてきたことか。

5月に父が米寿を迎え、そのお祝いのために実家に帰省。オクさんと一緒に帰省したのは結婚以来30年ぶりくらいか。

6月に『発達障害 境界に立つ若者たち』を刊行、当初は売れるなどとはつゆさえ思っておらず、出版できただけでもありがたいと思った。

で、今現在に至るまで、そこそこ健闘してるんですね。地味なランキングだけど、なかなか落ちない、しぶとい。なんとありがたいことか。もうじき重版になるかも、という報あり、重版になればさらにありがたい。

秋以降、なんだかやる気もなくてちょっと凹んでいたが、最近、「行き当たりばったり連載小説『Dっち』」というブログを開設。Dっち君というかつてのガッコウの卒業生(僕が特にシンパシーと興味を覚えた生徒の一人)を主人公に据えた小説もどきのお話しで、彼のことを書きたいという思いは、実は何年も前からあって、しかしなかなか書けずにいた。

そうだ、ブログを作って勝手に発表しようと思い立ち、書きだせば次から次へと書きたいこと、伝えたいことが湧いてきて、今、これをやることが僕に与えられた使命のように思っている次第。

振り返れば、それなりに激動のパーソナル・イアーであった。生活は厳しくなったが、やるべきことがひとつひとつ具体的に見えてきて、それが日々の希望に繋がっていくと思う。

腰関係プロブレムはあったが、その他は健康であり、オクさんもこともなし。実家の老いた両親もとりあえず大過なく、善き友人達とも親交を深めることができた。そんなに悪くない、いやなかなか実りある良い年だったようにも思う。

やはり、生きていく上で大切なのは希望であると思う。この希望なき時代において、♪希望という名のあなたを訪ねて、僕はまた汽車に乗ることになるだろう。

一年間、お世話になったみなさん、僕の本を買っていただいた見ず知らずのみなさん(一人一人お会いして握手をしたいくらい)ありがとうございました。良いお年を。


画像はウェブで拾った「築地のお辞儀猫」

2009年12月29日火曜日

白い○ンコ


白い○ンコをした夢を見ました。白いブランコだったらロマンチックだけど、白い○ンコ。で、その白い○ンコ、ウサギのフンのようにコロコロしていて小ぶりの球状でして、そしてそれをタッパかなにかの容器に詰めて母親に見せている。母親は「ホントに白いねえ」と言いながら笑っておりました。

すみません、のっけから尾籠な話で。

なんでそんな夢を見たのか、起きてしばらく考えたら思い当たることがあった。昨夜、タイ料理屋「イーサン食堂」で食べた「イサーンの腸詰め」(タイ、イサーン地方の豚肉ソーセージ、ちょっと白っぽくてコロコロした球状形態)という料理がこの夢のオリジンであることは間違いない。

一昨夜はフリー編集者I氏(+彼のご友人)と、昨夜はやはりフリー編集人のH氏と飲み会、I氏とH氏は古くからの知人同士だが、日をまたいで別々の飲み会となった。

I氏とは横浜の魚割烹の店、H氏とは南林間のタイ料理屋「イーサン食堂」で、連日美味しいものをいただいた。

「イーサン食堂」については、過去何度か日記にもアップ(悪魔の酒「メコンウィスキー」に関する記述:http://blog.goo.ne.jp/seijiyamashita/e/e08b6a3b08d2b071a7aff41c5fecc9ad)したことがあるが、昨夜もチンハービールから始まり、生ビール、最後はメコンで締めた。

メコンウィスキーは特に好きな酒ではないが、すごく「タイ」を感じさせる酒(湿気のある暑さとか人々の素朴さとか、行ったことないけど)なので、イーサンに行くと飲みたくなる。

イーサンのオーナー、ナカムラさんが「メコン川は蛇行してるから、これを飲むとみんな蛇行して歩くことになる」と言っていたが、それはつまり悪酔いする酒ということで有名なのであった。

昨夜は最後にメコン×2を飲んだがさほど悪酔いすることもなく、いい感じで酔っぱらった。何度か飲む内、メコンを飼い慣らしてきたのかも知れない。

画像はイサーンの腸詰め(ウェブで発見)


「行き当たりばったり連載小説『Dっち』」日々更新中、これが今一番ハマってやっていること。覗いてみてくださいね。
http://blog.goo.ne.jp/hottaheru

2009年12月25日金曜日

午後、歯医者へ。


先週医者から治療の必要があることを言われ、今回治療予定の小さな虫歯(下の前歯、自分では確認できないくらいの、痛くも何ともない)があったが、四、五日前に、上の奥歯(銀歯になっている部分に隙間ができていた)が軽く痛み出し、これを優先して治療してもらおうと思っていた。

現在通っている歯医者とは三年にわたるそこそこ長い付き合いだが、最初からいけ好かないヤツであった。まあ丁寧な治療をすることと、なによりあまり痛くない治療を心がけているように思うので、人間的、性格的な部分は目をつぶってやっていた。

「この上の奥歯なんですが、ちょっと痛み出して……、ここを治療してもらえますか」と言うと、「ああ、ここねえ……、ここは開けたくなかったんですよねえ」と溜息をつく。

この医者、以前虫歯が悪化してひーひー言いながら訪ねたとき、「こんなになるまでほっといて……」と言っては溜息をつき、僕の歯のかみ合わせが悪いと言っては溜息をつき、「歯間ブラシ、使ってますか」と問われ、「いや、あんまり」と答えると溜息。何かにつけてうんざりした口調で物を言う医者であった。

一度、治療した直後の歯が痛み出したので、「治療してもらった次の日に痛み出しまして」と、別にクレームを付けるつもりではなかったが、言ったところ、「これは治療の問題ではなく、たまたま同じ箇所が別の原因で痛み出したんです!」といきなり強い口調で言われたので、なんだこいつ、と思ったことがあった。

今回、銀歯切除が終わり、「ゆすいでください」と言われたので口中をゆすいだところ、大きな銀歯のかけらが口の中に残っていてあやうく飲み込みそうになった。

別にクレームを付けるつもりではまったくなく、「銀歯のかけらが残ってました」とその一片を医者に見せたら、「これは残っていたのではなく、取れたんです!」と強い口調で。

その言い方に僕もちょっとカチッときたが黙っていた。残っていたのか取れたのか、本人にはわからない。しかし、知らずに飲み込みそうになったことは事実だ。

麻酔をされてしばらく待機していた間、「こいつはクレームトラウマがあるやつなんだろうな」と思った。モンスターペアレント、モンスターカスタマーも増加しているこのごろ、モンスター患者も多くいるだろう。ちょっとでも治療に不満があると金返せ、とか。

それから、「歯医者」という職業について考えた。歯医者になりたい動機とはなんだろうと。国民が健康な歯を維持することで、健全な食生活を営み、それがひいては国家の繁栄に繋がる、という高邁な理念をもって歯医者をやっている方々もいらっしゃるだろうが、高収入を得られる技術職としての歯科医という発想がぶっちゃけのところではないだろうか。「歯医者は儲かる」ということだ。最近では歯医者も供給過多でそんなに楽ではないらしいが。

まあ、人の口中覗き込んで穴を開けたり虫歯に詰め物したりとか、僕は嫌だな、と思いつつ、そういうことが好きな人もいるだろう、いろんな人がいていろんな職業が成立しているから世の中うまくいくわけで、世の中の人がみんな僕のようなフリーランス系の職業に憧れたら世界はすぐに破綻するわけで。

でも、件のいけすかない歯医者、彼はたぶんこの仕事がそんなに好きではないんだろうな、と思った。そんなに好きではないが生活のためしかたなく仕事をしているという人はたくさんいるだろう。ものすごく嫌だけど、歯を食いしばって仕事に耐えているという人もこの厳しい世相の折、少なからずいるだろう。

自分がやるべき仕事について、選択の余地もあまりなく、まして適正とかその価値とか生きがいとか考える術もなく、ただただひたすらシンプルに額に汗し労働していた近代以前の仕事の在り方の方が、もしかしたら人間にとって幸せだったかもしれない。

そんなことを思いつつ、今回の治療は終わったが、銀歯の半分は取れたまま、土台の尖った部分が残されて、次回治療は来月初め、なんかすごく半端な歯の状態で越年することとなった。


つまらない歯の治療のことを長々と書きながら、気がつけば聖夜。

楽しさも
特になしかな
おらがメリークリスマス

2009年12月23日水曜日

猫町Jive★ Live@高円寺●楽や<無事終了>


昨夜、高円寺の楽やで行われた「猫町Jive」のライブ、無事終了しました。

来てくださった方々(元「はちみつぱい」本多信介さん、バンドメンバー、フジタヨシコのお友達のみなさん、石井啓介の他バンド「西日本マンダム」のカメちゃん、おじさんばかりの中で目立った若者二人、その他、わざわざこのクソ忙しい時に会場まで足を運んでくれたみなさん、ありがとね!)に感謝申し上げます。お客さんもミニマムは満たし、なんとか形になりました。

今回で5回目となったステージ、毎回やらかす僕のミスはそんなになかったと思うけれど、想定外のウクレレチューニングトラブル発生し(ペグが壊れてバカになった)、バンドのみなさんにはご迷惑をおかけした。(我が辞書に「完璧」の文字はない)

そんなわけで、若干の反省を残す結果となったが、僕自身は楽しく演奏することができました。来年からもがんがん行きたいなという所存、今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します。

お礼まで。


画像はディズニー映画「おしゃれキャット」から

2009年12月22日火曜日

猫町Jive★ Live@高円寺●楽や<今日です!>

今日です!
7時オープン、8時スタート
チャージは1000円ぽっきり!






明日は祝日、お勤め帰りにでもお立ち寄りいただければ嬉しいな。

2009年12月21日月曜日

2009年12月18日金曜日

麻酔をするといかりや顔になったような気がしない?


午後、前回月曜始まりカレンダーによる曜日勘違いにつき図らずもサボってしまう結果となった歯医者へ。

がりごりと誠に不快な歯石除去クリーニングを施されこれで歯医者通いも打ち上げかと思いきや「あれこことここに小さな虫歯ありますね治療しましょうか」と言われればじゃあそうしてくださいと言うしかない。

麻酔もせずいきなりウィーンとドリルで患部を当たられちくっと痛みが走ったので顔をしかめると「痛いですかじゃあ麻酔しましょうか」と言われれば実は大した痛みではなかったがじゃあそうしてくだいと言うしかない。

麻酔をちくっとされる痛みと不快感はドリルによる痛みよりも実質的には大きいかもしれないがドリルがウイーンと歯に当たって何かの弾みに神経に触り急に痛みが走る恐怖に比べれば麻酔をした方がいいに決まっている。

麻酔が効いてきて痛みもなくウィーンウィーンとものの5分か6分で一本の虫歯施術完了虫歯も早期発見初期段階の治療であれば至極簡単なのであったが、「もう一本は次の週にやりましょう」と言われまだ続くのか歯医者通い。

ところで、今回は下の虫歯の治療だったから下歯茎に麻酔をしたのだけど、麻酔が効いてくると下唇の感覚がなくなってきますが、そんなとき自分の顔が「いかりや長介」みたいになっているような気がしませんか?


「行き当たりばったり連載小説『Dっち』その7」をアップ。Dっちは無事帰還します。でもセンセーたちの想像も及ばないところに行っていたのだが、それはまだ明かさない。執筆モチベーションアップのため、覗いてくださる方はクリックをポチッと、宜しくお願いします。
http://blog.goo.ne.jp/hottaheru

2009年12月15日火曜日

貧乏


ひまだし。

この時期にけっこう暇な人もいる。僕がそうだ。金はない、が、時間はある。金もない、時間もない、よりはマシだが、金はある、が、時間がない、と比べてどちらがいいのか微妙だ。

暇と言ってもやるべきことは諸々あって、実際諸々ちょこちょこやってはいるのだが、やるべきことよりやりたいことの方が行動のプライオリティが高くなる。やるべきことはとりあえず後回しの姿勢。

やりたいことというのは、概ね金稼ぎには繋がらない。少なくとも僕の場合は。世の中、本気で金を稼ごうと、そして金を稼ぐことがホントに好きな人間が金を稼げる仕組みになっているのだと思う。

ああ、ハトヤマのような資産家の子どもに生まれたかった。


日曜日に、我らがバンド「猫町ジャイブ」のメンバー・K介クンの中野のお宅に他のメンバーとお邪魔した。次回ライブのリハを中野のカラオケ屋で昼間やって、その後に。

駅から徒歩10分くらいか、♪迷路のような横丁をくぐり〜(バンドオリジナル曲「猫町ジャイブ」の一節、中野駅北口界隈ってホントに迷宮のようなところだった)、K介クン宅(けっこう静かな環境で意外でした)に。それはそれは美味しい鍋料理に、奥さま手作り(パン製造器あり)のピザやらなにやら大変ご馳走になった。

K介クンには2歳になるみな緒ちゃんという娘さんがいて(K介クンにクリソツ)、「最近、人見知りになって」と聞いていたので、僕らが行って機嫌を損ねたらどうしようと思っていた。

案の定、どやどやと知らないおじさん、おばさんたちが押しかけてきたので、みな緒ちゃん、一気にゴキゲン斜めになって、「いやだいやだ」と涙ぐむ始末。でも、しばらくしてだんだん機嫌を取り戻し、バンドメンバー、優しげなノダっちのお相手テクニックもあって、そのうち全開モード。

お母さん手作りのポリ袋衣装にお面をつけてお遊戯してくれたり、歌ったりときゃっきゃっきゃっきゃっと、超ゴキゲンになったのさ。

それをそばで目を細めながら見ている父、K介クン。「目に入れても痛くないほど」という可愛さを表す表現があるが、ホントにそんな感じ。優しい優しいお父さんぶりであった。

2歳とか3歳とかの女の子、天使だね。あんなに可愛いのならちょっと飼ってみたいなあ、と思ったのだった。


ちょっと前に日記に書いた「Dっち」のブログ、縦書きにこだわって苦労したけど、結局更新するのが面倒なのと、スクロールバーを右に持ってくることができないため、意味ないなあと思い、大幅にデザイン変更。本日、「その5」をアップ、覗いてみて下され。
http://blog.goo.ne.jp/hottaheru

画像はウェブでの拾いもの、みな緒ちゃんではない。

2009年12月11日金曜日

「今夜ほど淋しい夜はない きっと今夜は世界中が雨だろう」


というのは浅川マキの歌、「こんな風に過ぎて行くのなら」の一節。

「きっと今夜は世界中が雨だろう」と思わせるような冷たい雨が降っている。世界中の弱者と野良猫にとっては無慈悲な雨だ。神様が世界中の不幸を嘆き悲しんでおらっしゃるのであろうか。

冷たい雨が窓を打つ
僕は何を祈ったらいい?

この雨の中、先ほどタバコを買いに近所のコンビニまで行った。出かけるとき、いつも使っている傘を探したが見つからない。仕方ないので別の傘を差して出かけたが、コンビニまで向かう道すがら、「あの傘はどうしたんだろう」と記憶を探ったが、思い出せなかった。

僕はしょっちゅう傘を置き忘れるので安い傘しか持っておらず、ことさら惜しいものではないが、どこで置き忘れたかがちっとも思い出せないことが癪だった。

コンビニでタバコを二箱購入。以前はカートンで買っていたが、出不精ものぐさの僕はほっておくと一日中外に出ないので、多少の運動を自らに課す意味で二箱以上は買わないことにしている。

というのは、タバコが切れると我慢ができないので、台風であろうが、何であろうが、コンビニまで(片道5分でありますが)行くわけで、アディクトのモチベーションは最強だ。

コンビニでタバコと一緒にあんまんを購入、食べたくなったのと帰路のカイロ代わりの発想。代金を払いながら、コンビニの顔なじみのおばちゃんに「あんまんというのはどうしてこしあんしかないんでしょうね、僕は粒あんが好きだから、粒あんがあればいいのに」と話しかけたら、「それは通ですねえ」と言われた。

あんこ好きの中でも粒あんにこだわるのが「通」だということらしい。僕は「通」でもなんでもないけれど、粒あんの中華まんがあれば食べてみたい。どこかにあるのだろうが。いや、案外どこにもないかもしれない。

帰って「こしあんのあんまん」を食ってみて、やっぱりこれはこしあんの方があってるかも知れない、と思った。

新ブログ開設後、「『Dっち』その3」をアップ。
http://blog.goo.ne.jp/hottaheru/e/bbf037564e61c658182f46299cd34107

「そんな風に過ぎて行った」一日。

2009年12月10日木曜日

行き当たりばったり連載小説『Dっち』


ガッコウで授業を持っていた頃は、生徒たちに関する「ネタ」も豊富にあり、彼らのことをブログ日記によく書いた。そして、それを公開することで、微弱な発信ではあるが、周囲に発達障害児・者への理解を促すことができていたかもしれない、と思う。

いや、社会に理解を求めるという高邁な意識をもって書いていたのではなく、彼らのワン&オンリーの個性に触れるたび、彼らのユニークでピュアな資質を誰かに伝えたくてしょうがなかった、というのが正直なところだ。

そして、多くの場合、僕が伝えようとしてきた彼らの心の在り方や言動、行動に関する「ネタ」(「興味深いであろう話」という意味で、決して彼らを揶揄しているわけではない)は、語られる相手に微笑をもって(それが大事だと思う)、好意的に受け入れられてきたと思う。

ガッコウが閉校となり、彼らと授業を行うことができなくなって「新ネタ」も披露できず、淋しい限り。センセー業は煩わしいことも多々あったが、今となればすべてが懐かしい。ああ、あいつはどうしているだろうか、あの子は元気だろうか、とそれぞれの顔が目に浮かぶ。

幸いにして彼らのことを本に著すことができたが、まだまだ彼らについて語り足らない。そして彼らについて語り、発信することが、今後、僕のやらねばならぬことのひとつではないかと考えるに至った。微弱な発信であることには変わりはないだろうが。

そこで思い立ち、発達障害の若者たちに視点を当てた新ブログを開設しました。過去、ブログでも少し公開し、途中で頓挫していた高機能自閉の子「Dっち」の話(小説仕立てで語っちゃおうかと)を軸に、過去アップした生徒ネタ、授業ネタ、生徒の絵画作品などを盛り込みながら、発達障害の若者たちのカラフルな世界を垣間見させるブログを展開していこうと思っています。

新ブログは「堀田減之進」名義(「堀田ヘル?」というのは僕がSNSで使っているハンドルネーム)。新聞の連載小説のスタイルを模倣(なんとか縦書きにしたかった)して、毎回生徒たちのイラストもつきます。週休4日くらいのペースで更新していくように努めるつもりです。ときおり覗いてくれたらありがたいな。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
新ブログタイトルを「勝手に連載小説『Dっち』」から「行き当たりばったり連載小説『Dっち』」に変更、また当初は「縦書き」にこだわっていましたが、更新するのがやy面倒なので通常の横書きスタイルにしました。(12月26日、追記)

新ブログ・行き当たりばったり連載小説『Dっち』
http://blog.goo.ne.jp/hottaheru

2009年12月5日土曜日

猫町Jive★ Live@高円寺●楽や





『猫町ジャイブ』の次回ライブの告知を致します。(バンドのPVっつうか、スライドショーも作ってみただよ、見ておくれなまし。)

パラダイス・キャッツ時代(というほどではないですけど)を含め、結成以来今度で5回目のライブとなります。場所は7月初めにやった高円寺「楽や」(小さなスペースですが、雰囲気はとてもいいところです)

12月22日は平日ですが、祝日前日、クリスマス・イブ・イブ・イブってことになるのかな。オツトメ帰りのひととき、忘年会モードの勢いで、皆様お誘い合わせの上、ご来場くださることを心からお待ち申し上げております。

猫町Jive★ Live@高円寺●楽や
12月22日(火)
高円寺「楽や」http://www.luck-ya.com/index.html
TEL:03-3338-6068
開場:午後7時 スタート:午後8時
チャージ:1000円+オーダー



人気ブログランキングへ

2009年12月4日金曜日

「楽知ん」カレンダー


前回日記で「週の始まりは月曜日が筋」と思いつつも、実際に月曜始まりカレンダーを使ってみると、日曜始まりのカレンダーに目が慣らされているものだから曜日を勘違いしやすい、というようなことを書いた。

で、怠け者の僕としては、日曜が3回続くカレンダーとか、月曜なしのカレンダーとかあればいいなと提案したところ、知人から「土曜始まりのカレンダーが欲しい、企画して売り出せば」というコメントをもらった。

企業、学校、官公庁で週休二日制がほぼ完全に定着し、連続する休日をセットとして考えたいというのは道理だ。しかも、土曜頭にすると休日の存在感が増し、ちょっと嬉しいような気にはならないだろうか。これに祝祭日やら振り替え休日やら加えるとさらにお得な感じがする(ちょっと語法が違うか)。

不景気の折、時短も進み、仕事をしたくても仕事があまりない状況が多く見られる時代だ(かく言う僕がそうだ)。そもそもあらゆるもの、ことが生産者やサービス提供者が仕事をしすぎて供給過多になってしまっている。人間は本質的にそんなに物はいらない。そして本質的に怠け者だと思う。

これからは、あまり働かず、故にあまり稼がず、有り余る休日をいかに金を使わず幸せに過ごすか、ということに人生の醍醐味を見いだすようにならねばなるまいな、と。「仕事に生きがい」から「休日に生きがい」の時代になろうか、と。

いや、仕事をがんがんしたい人はすればよろしい。ここで言う仕事とはあくまで「生活の糧」としての仕事であって、金にはならないが好きでやっている仕事とは違う。人はみな自分の好きなことを仕事とすべきだと思うのだが、それが現実的には上手くいかないことは誰もが知っているわけで。

また、好きなことであっても、こと仕事となれば一気につまらなくなるのはどうしてだろうか、とも思う。金にならないことをやる方がずっと楽しい。でも、金にならないから結局、それをやり続けることは難しくなるのだけど。

そんなことを考えつつ、土、日の記載欄が小さい通常のビジネス手帳の反対の、休日をメインに持ってきたカレンダーがあるとホントに面白いかな、と思ったのだ。いやマジに企画して売り出せばいいかもしれん、と思ったのだった。(と思った瞬間、つまらなく感じてしまうのだけど)

で、ふと、これはもしかしたらあるんじゃないかなと調べたらありました(画像参照)。
http://www.lactin.com/store/cgi-bin/shop/goods_detail.cgi?CategoryID=000007&GoodsID=00000095

これはいいな、確かに人生「楽知ん」に感じる。やられたね。

人気ブログランキングへ

2009年12月2日水曜日

カレンダー


10月終わり頃、立て続けに前歯の裏の詰め物、奥歯の詰め物と取れてしまい、11月初めから毎週火曜日、歯医者に通っている。

今日は歯医者に行く日だったが、忘れておった。というか、今日は月曜日だと思っていて、歯医者に行くのは火曜日だから明日だな、とぼんやり思っていたような。歯医者の予約日が記入されている机上のカレンダーを、今朝ちらりと一瞥したにも関わらず、だ。というか、一瞥したことから起因した勘違いであった。

予約時間をとうに過ぎた夕刻、今日が火曜日であることに気づき、歯医者に電話。「今日は月曜日だと思っていて」と言うとあまりに間抜けなので、「うっかり忘れていました。すみません」と謝ったら、電話の向こうの受付のおねえさんは笑って「いいんですよ」と言った。どっちにしても間抜けには変わりはないけど。

今年は曜日を一日ずれて感じることが時折あり、それは今年のカレンダーを月曜始まりのものにしたことからであった。カレンダーは昔から日曜始まりのものが多く、それに目が慣れてしまっているものだから、意識下ではカレンダーの左から二番目の曜日は月曜だと認識する傾向があった。

元々、カレンダーの週の始まりが日曜日であることに納得がいかなかった。それは子どもの時から。だって、学校も会社も月曜から始まるじゃないか。「さて来週からは頑張るぞ!」と言って、日曜から頑張る人はいない。

そもそも一週間という単位の起源とされる旧約聖書における天地創造の記述によると、神は月曜に「工事着手」し、土曜日に「工事落成」、日曜にお休みになった(安息日)ということから、月曜が週の始まりとするのが筋というものだろう。心理的にも月曜始まりがふさわしく思う。実際、日付と時刻の表記に関する国際規格においては月曜日を週の一番目の曜日と定めているようだ。

しかし、「世界」が月曜から始まったのにもかかわらず、カレンダー上では、日本やアメリカ初め、世界の主だった国々のカレンダーは日曜を週の頭としているものが多いようだ。(♪サンデイ、マンデイ、チューズデイ〜、という英語の歌があった。♪テュリャ テュリャ テュリャという「一週間の歌」も、♪日曜日に市場へ出かけ〜、と日曜から始まる。これはロシアか。フランスは月曜が先頭だそうで、彼の国の「唯我独尊」的な体質をちょっと感じた。とにかくアメリカと一緒はやだね、みたいな)

そんなことをウィキでパラパラ調べたのだった。で、ウイキによると週の最初が何曜日であるかについては、「万人が認める答はない」ときっぱり。

てなことで、個人的には月曜日を週の頭と定めたい気持ちがあるにも関わらず、今年も余すところひと月足らずとなっても、月曜頭のカレンダーには慣れなかったということだ。身体に染みついた習慣というものはなかなか変えられないわけで。

来年用のカレンダーはまだ入手していないが、日曜頭のものに戻そうかな。日月火水土日日なんていいな。金曜日は捨てがたいので、憂鬱な月曜日なしの、日火水金土日日というのもいいかもしれない。毎日が日曜日というのは良いようでそうでもないように思う。週に三日は働きたい。それは労働のあとのビールが一番旨いから。

しかし、零細フリーランスの僕にはそもそも日曜日とか祝日とかあまり関係がないのだった。(それでも、ウイークデイより土日の方が好きですけど)

人気ブログランキングへ

2009年12月1日火曜日

側坐核


「やりはじめないと、やる気は出ない」ということらしい。最近読んだ『海馬 脳は疲れない』(池谷裕二・糸井重里)という本の中の一節。脳の側坐核という部位がやる気を生み出す場所とされていて、刺激を与えられると活動する。

刺激は「やりはじめる」ことで与えられるわけで、やりはじめないことにはいつまでも側坐核はお休みになっている。なので、「やりはじめないとやる気は出ない」ということになる。

しかし、やる気が出ないからなかなかやりはじめないので、やりはじめないからやる気はやはり出ない。「やる気が出ないスパイラル」状態になる。このあたりの感覚、よーくわかる。まあ、このところそんな感じだ。

だから若手脳科学者の池谷先生は「やる気がない場合でも、やり始めるしかない」と仰有る。うん、まあ、そうだろう。手始めに久々にブログを更新。

ところで、神を感じる場所というのは脳の側頭葉上部の左半球あたりにあるらしい。そこら辺を撫でながら「神様、そんなにやる気を出さずともそこそこ暮らしてはいけないのかい?」と呟いてみる。

人気ブログランキングへ