2009年8月31日月曜日

八月晦日


♪テレビでは我が国のダメ総理が辞任会見
 口を曲げ深刻な顔をしてしゃべっている
 だけども問題は今日の台風 タバコな〜い

 行かなくちゃ タバコ買いに行かなくちゃ
 コンビニまで行かなくちゃ 台風の中〜


歩いて5分のコンビニまで行くのも億劫な出不精なのに、台風の接近のため外は荒れ模様、残り2本となったタバコの本数を気にしながら、先ほどから「行かなくちゃ」と思いつつ、逡巡している哀れなニコチン・アディクトの僕であった。

大体が追いつめられないと行動しないタイプであるなあと自己分析するが、追いつめられたときに力を発揮するタイプではないかとも思う。でも、「追いつめられる」という状況はなるべく避けたいので、追いつめられる前にそれなりの行動をしていかねばなあ、とは思う。(ウダウダ言ってないで早くタバコ買ってこいよ! と突っ込まれそうですが)

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タバコ、買ってきた。♪雨の中〜
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さて、選挙も終わり、台風接近の影響からか、肌寒い8月の終わりとなった。子どもたちにとって、夏休み最後の日がこんなじゃかわいそうだなと思いつつ、宿題をこの期に及んで溜め込んだキリギリス坊やたちにとっては部屋にこもって宿題をやっつけるにはいい天候なのかもしれない。

昨日は遅くまで選挙関連のテレビを見ていた。民主党が政権を取るであろう事は、事前予想からある程度わかっていたことなので、政権交代という事実に対しては驚きもしなかったが、大勝したハトヤマのとってつけたようなシンネリ顔は嫌だった。

自民党大物の落選速報が続く中、フィクサー・モリの辛勝はつくづく残念だった。僕は(多くの有権者がそうであったと思うが)、民主党の躍進に拍手を送るより、自民党の凋落(特にいわゆる「古い体質」を持つ議員たち)を期待していたので、それはおおよそ叶ったが、やはり民主党の勝ちすぎであったと思う。

昨夜のテレビ朝日『選挙ステーション』深夜枠で、田原総一朗が「こんなに民主党に票が入る日本は問題だ」というような事を言っていた。同感。気味が悪い。小選挙区制という選挙制度の影響もあろうが、前回「郵政選挙」の真逆となった結果に、エラそうに言うが「やっぱり日本人はまだまだだなあ」と思う。

民主党のマニフェストに謳ってある各種ばらまき政策がどう結実するのか、あまり期待できない。それは何より官僚という悪賢いことにかけては超一流の集団にハトヤマのような軟弱な坊ちゃんが太刀打ちできるのかという懸念からだ。

まあ、しばらくは様子見ということだが、僕は元々政治家という人種に何のシンパシーも覚えない人間だから、いろいろご託を並べるのは控えようと思う。茨木のり子の詩『寄りかからず』にあるように、「寄りかかるとすれば それは 椅子の背もたれだけ」というぐらいの気骨を持って生きていければなあ、と思う。

諸々、個人的な懸案事項になかなかモチベーションが上がらないことを「夏休み」だということにして向き合うことを避けてきたが、8月晦日、そろそろ切り替えねばと思っている。


画像はウェブで拾った「Smoking Cat」、嫌煙者で猫好きな方、すまんこって。

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2009年8月29日土曜日

ハチ騒動顛末 Part 2


「ハチ騒動顛末」続編であります。

さて、迂闊にも「ハチ付きの鉢」を室内に運び込んでしまい、ハイビスカスの葉っぱの上にびっしりと固まってお休みしていたハチさんたちのおぞましい姿に気がついたのも束の間、ハチさんたちは室内の明かりに反応してブンブン飛び始めたところだった。

「なんだなんだ、せっかくみんなして仲良く寝てたのに、もお〜!」と起き抜けのハチはすごく不機嫌そうに部屋中を飛び回り始めたわけだが、僕としてはただただ事態のあまりの異常さに思考停止、ほとんどパニック寸前だった。

ーーところで、状況をわかりやすくするために我が家の間取りイラスト(とても本職がイラストレーターとは思えない絵でありますが)を画像としてアップしたので参考にされたしーー

とりあえず、二人は大変なことになっている僕の仕事部屋からキッチンへ脱出、仕事部屋に繋がるガラス戸をシャットオフ、仕事部屋と隣接する居間の仕切戸は開いていたから、居間とキッチンに通じる襖も閉めた。

キッチンと仕事部屋を仕切るガラス戸は模様ガラスなので部屋の中の様子は見えないが、ブンブンというハチの羽音と飛び回っているたくさんの黒い陰は確認できた。「ねえ、どうしよう、どうしよう!」僕以上にパニクっていたオクさんが聞く。「どうしようたって、どうしようか」と僕はそれでも冷静になろうと努めた。

こういう場合は、網戸を開け、電気を消し、ハチが外に出て行ってくれるのを待つ、というのが正解かもしれないが、そのためにはハチが飛び回っている仕事部屋を突っ切り、網戸を開けた上、部屋の中にある電気のスイッチを消さねばならない(図参照)。それは無理だ。

オクさんのベッドルームまで行き、緊急作戦会議を開催、どうしたものか考えあぐねていると、オクさんが「蚊取り線香、買ってくる」と。昼間、ハチ撃退には蚊取り線香も効果ありとのウェブ記事があったのだ。しかし、我が家では電池式の「煙の出ない蚊取り線香」しかなかった。バルサンを炊くということはこの時点では思いつかなかった。が、考えてみればバルサンを炊く準備としてパソコンやらいろんな物にカバーを掛けるなんてこの状態では不可能だ。

「それと強力な殺虫スプレーも」と言いつつ、オクさんは近所のコンビニに出かけた。昼間使用したゴキブリ退治用のスプレーは仕事部屋に続く居間(仕切の引き戸はオープン状態、つまりこちらの和室にもハチが飛び回っているわけで)に置いてあったから、この状況下において、居間にも入れなかったわけで。

ほどなくオクさんは蚊取り線香と強力「アースジェット」を手に戻り、我々は3つほど蚊取り線香に火を付け、キッチンと「大変なことになっている」各部屋の仕切戸を決死の覚悟で一瞬間、開けつつ、皿に載せた蚊取り線香を配置、さらに違う箇所に配置、さらにもうひとつ配置、と「大変なことになっている」各部屋を蚊取り線香の煙で燻すことにしたのだった。

蚊取り線香を炊きつつ、次はアースジェットの出番だ。オクさんが僕の脇を固め、キッチンと「大変なことになっている」部屋に通じるガラス戸を細めに開けると、飛んでいるのやらそこらに留まっているのやら、思い思い僕の仕事部屋でくつろいでいる(かどうかは知りませんが、そんな感じであった)ハチたちの姿が確認できる。

手前にいるハチ目がけて「プシュー」、慌ててガラス戸を閉め、また開けて「プシュー」、また閉めて、開けて「プシュー」、また閉めて、開けて「プシュー」、時折、こちらに向かってくるハチにかなりビビりながらも「プシュー」。「大変なことになっている」部屋は蚊取り線香の煙とアースジェットの噴霧で濛々たる状態。

そんな必死の攻防を小一時間続けただろうか。心なしか羽音も弱まり、我が軍の攻勢が目に見えてきたところで、僕も少しは大胆になり、アースジェット片手に「ハチの震源地」である仕事部屋に(それでも恐る恐る)侵入、蚊取り線香の煙とアースジェット噴霧攻撃で弱っているハチさんたちにとどめの一撃を加えるという無慈悲な行為に及んだのであった。

かくして午後9時過ぎあたりに開始された戦いは終わり、前回日記にアップしたように戦闘空しく散っていったハチたちの亡骸を集め写真撮影、ようやく我が家に平和が戻ったときは既に深夜となっていた。僕も必死であったが、無益な殺生をしたことを少し悔いながら日記をアップ、明け方眠りに就いたのだった。

で、ハチ騒動収束かと思いきや、実は昨日もこれまたおぞましい関連出来事あったんですね。それについてはまた書くことにしよう。

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2009年8月28日金曜日

ハチ騒動顛末 Part 1


夏らしい天気が戻った感のある昨日午後、洗濯物を取り入れようと、ベランダに出ていたオクさんが「ハチに刺された」と言う。「そんなに痛くはないけど」と差し出した指を見ると少し赤くなっている。取り入れようとした洗濯物にハチが留まっていて刺されたらしい。

刺されてビビったオクさん(大したことはなかったですけどね)は洗濯物の取り入れを中断して、網戸を閉めた状態でしばらく二人でハチの動向を観察することにした。

網戸越しにベランダを見れば、鉢植えの花(「キャットテイル」という赤い猫のしっぽのような花が咲く観葉植物)あたりに二匹のハチがブンブン飛んでいる。体長2センチ強くらいのアシナガバチ。スズメバチほど凶暴ではないにしても刺すことは刺す。現にオクさんが刺されたわけで。

そうしていると、なんだか次から次へとハチが我が家のベランダにやって来るではないか。我が家は4世帯が入居する振り分け型のアパートの二階にあるが、どうもハチさん達はこの棟の屋根方面上空から舞い降りてくる感じであった。

我が家の狭いベランダ付近には4,5匹のハチが行ったり来たり、ブンブンとなんだか上機嫌で飛び回っている。この季節、ハチがベランダ付近にやってくることは珍しいことではないが、せいぜい1匹、2匹、「困ったな、屋根に巣を作ったのかな」と思い、しかしどうすることもできずにいると、「キャッ」とオクさんの声。

我々がハチの観察をしているこちら側、網戸の内側に一匹のハチが留まっていたのだ。いつの間にか部屋の中に入っていたんですね。とりあえず、家にあったゴキブリ用殺虫剤を噴霧、申し訳ないが、「虫の息」になるまで見届けてこの件は解決(これだけでもわりと大騒ぎでしたけどね)、しかし、ベランダは相変わらず、♪ぶんぶんぶんハチが飛ぶ、の状態。

ウェブでいろいろ調べ、日が落ちれば帰巣するであろう、明日もこんな感じであれば巣の駆除等の対策を講じなければならんなあ、とオクさんと相談しつつ、夜になり、ハチの姿もいなくなったので、ようやく彼女は洗濯物を取り入れ、僕はどうもハチが目指していたと思われる「キャットテイル」の鉢を、まだハチがいないかどうか懐中電灯で念入りにチェックした後、ベランダから部屋の中に入れておくことにした。

ハチが目指すものをとりあえず除去しておけば彼らも来ることはないだろうという考えだ。「キャットテイル」にハチがいなかったことと、ウェブで「夜間は帰巣する」との情報を得ていたことから、「鬼のいぬ間に」ならず「ハチのいぬ間に」ベランダで栽培している他の観葉植物等も部屋の中に次々と運び入れた。最後に運び入れたのはハイビスカスの鉢植え。網戸を閉め、「やれやれ」と一息ついたのが夜の9時半ころであったろうか。

ふと、ハイビスカスの鉢植えに目を落とすと、葉っぱのところに……、ハチが、黄色と黒の、それなりにでかいアシナガバチが、ああ、今思い出しても怖気が込み上げる(ここから先はちょっとしたホラーになるので嫌いな方は読むのをやめましょうね)。

部屋の電灯の下、僕が至近距離で見たのは、ハイビスカスの葉っぱの上に、びーーーーーっちりとごっちゃり固まってお休みになっていたアシナガバチの群れだったのだ。黄色と黒のだんだらの見るもおぞましい塊。参ったね、ただでさえ昆虫嫌いだと言うのに、背筋が凍る感覚というのはまさにあれだな、という……。

情けないくらいの大声を出したと思う。オクさんもビックリしてハイビスカスの鉢から後ずさりした。鉢を運び込んだのは六畳ほどの僕の仕事部屋、二人で隣接するキッチンの方まで後退したところ、電灯の光に反応したのか、「黄色と黒のだんだらの見るもおぞましい塊」が崩れ、ブンブンと部屋のそこら中をアシナガバチが飛び始めたのだった。

その数、目視できるだけで十数匹(六畳の部屋の中ですよ)、僕とオクさんの運命やいかに!?

長くなったので、「ハチとの死闘・夏の陣」編は次回に。

大丈夫だったのか、と言われれば、こうして日記に書いているのだから大丈夫でしたけどね。


画像は証拠写真として、死闘の果ての累々たるハチさん達の亡骸、20匹を数えました。まだ回収できていない亡骸も多数あるかと。

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2009年8月24日月曜日

キリギリスはなぜ歌う


晩夏黄昏時、セミの声が徐々にフェイドアウトしていく中、代わりに秋の虫の声がフェイドインしてくる。クロスフェイドという効果ですね。

今、窓の外でリィリィ鳴いているのはツヅレサセコオロギか。エンマコオロギでなく、ミツカドコオロギでもない。ましてアオマツムシではなく、カネタタキではない。ヒロバネカンタンでもないと思う。

いや、僕は昆虫博士などではなく、↓こんなサイトがあって、これによるとツヅレサセコオロギかな、と思った次第。
http://www.epcc.pref.osaka.jp/kotsu/oto/musinone/musinone.html

♪きりきりきりきり、きりぎりす、と鳴くキリギリスは、イソップによって「ひと夏中、歌を歌って遊びこけ、冬になり路頭に迷ってしまう愚か者」と、刹那的快楽主義の代表のようにされてしまったが、あれはつまりメスを呼ぶため、だから鳴くのはオスのみということだ。

「させてくれ、させてくれ、させてくれ」と鳴いているのだ、と言ってしまえば身も蓋もないが、そう思うとなんだか涼しげな虫の声も哀れに聞こえる。生き物界において、大体、男子は哀れな存在だ。

この夏、キリギリスの如く遊びほうけていたわけではないが、アドレナリンだかドーパミンだか、やる気ホルモンがあまり分泌されず、ごく非生産的に過ごしてしまった。地味な夏であった。

まあ、クソ暑いときは人間だらだらしても良しと思い、基本的ものぐさの僕への自己弁護にしていたが、大分涼しくなり、毎回明け方までテレビ観戦していた世界陸上も終わったし、明日あたりから心を入れ替えて諸々頑張らねばなあ、と思いつつ、

今日のところはこれで良し
とスイカ食って寝るキリギリス。


画像は「やるきナッシング」の猫

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2009年8月18日火曜日

ミラクルトーンズ@大井町Groovers Paradise


昨日は我が師匠、ギタリスト藤田洋介氏(洋麻 ex. 夕焼け楽団)率いる”ミラクルトーンズ”のライブを見に、先月オープンしたばかりの音楽つながり友人のお店、大井町Groovers Paradiseへ。これがGroovers Paradiseこけら落としのライブとなる。

開演30分ほど前に到着、いつものことながら既に出来上がっている感のあるミラクルトーンズ、飯田雄一さん(from オレンジ・カウンティ・ブラザーズ)始め、お店は関係者及び関係者の関係者で良い感じの入りであった。その後も続々と、その他関係者が来店、関係者の関係者は当事者の関係者、で満員御礼の熱気に包まれた。

一部、「この季節にぴったりの曲を……」と洋介さんのMCが入り、インスト・ナンバー、”春がいっぱい”(笑)から始まり、今回はベースの方が事情により欠場、ドラムはお店の都合上、シンセドラムとなったことから、なんだかフォーキーなニュアンスも漂う。

「ミュージシャンがいっぱい来ているので、一部はさらっとやって二部はセッション大会にしましょう」という洋介さんの提案あり、二部は関係ミュージシャン達によるセッション大会となった。

僕にも声が掛かり、パラダイス・キャッツのナンバーである”Iko Iko〜バンバンバン”を歌った。「コピーモデル」ギターの宝庫であるお店には、残念ながらウクレレは置いてなく、ハンドマイクで歌ったのだった。

毎度の事ながら、音楽と酒と良き仲間(とそこそこの収入、ホントにそこそこでいいんです)さえあれば人生なんとかやっていける、と思わせる楽しい夜でありました。

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2009年8月16日日曜日

夏休みの終わり



夕刻、開け放した窓から涼やかな風が吹くので、タバコを買いがてらデジカメ携え久々にヒット・ザ・散歩ロード。

遊歩道脇田んぼの青々と育った稲穂の上をトンボが群れ飛んでいたので、どこかに留まらないものかとしばしトンボ・ウオッチング、かなりウォッチング、甲斐あって手前草むらの中に一休みしているトンボ発見、撮影。



今度は小学校脇サクラの木からの蝉時雨降る方向に目をやり、しばしセミ・ウォッチング、こちらも声はすれども姿は見えず、かなりウォッチング、至近距離に発見、撮影。



川を渡る風には秋の気配も感じられ、09年夏もピークは過ぎ、子どもたちは夏休みの宿題がそろそろ気に掛かる頃だろう。



小学校のとき、前年夏休みに宿題として提出した紙粘土花瓶の色をちょこっと塗り替え、再提出したことがあった。先生には気づかれなかったと思うが、罪悪感があったのだろう、今でも提出したときの不正を行う心理的抵抗感みたいな感覚を思い出す。

中学2年のとき、友達の家につい長居し、家に連絡もせずに明け方に帰ったら、母は寝ずに起きていて、「どこをほっつき歩いてたのか」と泣きながら咎められた。普段叱られるようなことはあまりなかったので、泣かれたことに驚いた。夏休みの終わりころのことだ。

中学3年のとき、それなりに高校受験のための勉強をしていたと思うが、夏休みの間、堅実に勉強していたと思われるのが嫌で、良い感じに日焼けした自分をクラスメイトに見せようと友達を誘い海に行ったことがあった。

浜辺に行くと、たまたま僕が恋心を抱いていた同じクラスの女の子も友達を連れて来ていた。

そのとき、買ったばかり、おろしたての真っ白い「海パン」を穿いたのだが、海に入るともろに透けて見えることを友達から指摘された。濡れると前の部分が黒々となっているのが自分でもわかった。(当時の「海パン」は今のような半ズボン状のものではなく、ぴっちりとしたボクサーショーツタイプのものだ。インナーを穿くとかの知識もなかった。)

その女の子にだけは見られまいと、しばらく海の中にいた記憶があるが、その後どうしたかの記憶はない。あれもやはり夏休みの終わりころの出来事だった。

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2009年8月12日水曜日

緊急地震速報への対処



昨日早朝の地震、被害に遭われた方々はお気の毒だが、「とりあえず」東海地震に直接結びつくものではないとされたことは「とりあえず」良かった。しかし、専門家は「『今回は東海地震ではない』というだけで、東海地震がいつ起きてもおかしくない状態は変わっていない。少なくとも数日は要注意だ」(河田恵昭・関西大教授ーー本日付朝日新聞朝刊)と語っているのを読み、僕としては「とりあえず」安心した気持をどこにやっていいのか震度1弱くらいの微細な心の動揺が続いている。

東海地震が「いつ起きてもおかしくない」と言われた始めた70年代中期のある日、レコード会社の地下にある録音スタジオにいた。ちょっとシニカルな物言いをするプロデューサー氏が「ここにいて大地震が起きたらまず助からないな」と言ったことを覚えている。

録音スタジオのドアというのは遮音効果を考えて分厚く作られている。地震で建物が歪み、ドアの開閉が不可能となれば「完全に生き埋めだね」ということを言ったのだった。
「ちょっと、ちょっと、んなこと言わないでよ」と周囲は言ったと思うが、当時は何処に行ってもそういう話題が上った。

あれから30年以上が過ぎ、「いつ起きてもおかしくない」大地震の起きる確率はじわじわと高まり、現時点で「30年以内に87%」と予測されている。87%という数字がどういうふうに算出されたのかわからないが、「30年以内に起きなければ、それはかなりラッキーなことだろう」ということだ。


今回の地震発生時、僕はまだ起きていて、パソコンに向かってメールの返事など打っていた。これをやったら寝ようかな、というそのとき、グラグラときて、いつもの地震対応動作(耳を塞ぎ、立ち上がり、揺れに合わせ自分も揺れる、という「ショックアブソーバー」アクション)を取った。
(山下式「地震恐怖軽減法」http://jinruinekokakeikaku2.blogspot.com/2008/06/blog-post_14.html

「これはけっこうでかいな」(震度4程度だったが)と思いつつ、オクさんの寝ている寝室へ行くと彼女は既に起きていて、かなり取り乱しているので(オクさんは相当な地震恐怖症なのだった)、そばに行って肩を抱いた。

揺れている最中か直後(記憶が定かではない)に、外から地震速報がスピーカーを通じて流れた。テレビをすぐに付けると、静岡で震度6弱、東海地震か、とすぐさま思った。その後、しばらくテレビからの情報を眺めていたが、本物の東海地震が誘発されるのではないかと気が気ではなかった。

その後、テレビを付けっぱなしでウトウトしかかったところ、オクさんが「なんだか、また放送があったよ!」と。それはあれか、緊急地震速報か、ということで、ドアを開け、物が落ちてこない場所でオクさんと身を寄せ合い、「落ち着け、落ち着け」と心の準備をした。

が、数分経っても何も起こらず、周囲も深閑としているので、「あの放送は何だったんだろう」ということになり、とりあえず寝ることにしたのだった。それが7時過ぎ。

起きて午後、市の防災課に電話し、緊急地震速報について問い合わせをした。今年の5月に気象庁からの速報を受け、自動的に放送を流すシステムを開始、今回が初めての放送だったとのこと。本来、地震の直前に流されるべきもののはずだ。

「なぜ、地震の直前ではなく、最中(あるいは直後)だったのか」という僕の問いに対し、担当職員は「まだ精度が完全でなく、そのようになった」と釈明、あまり説明がお上手でない担当氏だったので、その件はそれ以上つっこまなかったが、オクさんが聞いた二度目の放送について尋ねると「気象庁からの発表を自動的に流したもので、混乱させて申し訳ない」と。

結局、二度目の放送については、僕自身が寝ていて聞いていないこともあり、よくわからなかった。オクさんは「地震があったときに流れたものと同じようなものだった」と言っていたが。

市の放送は徘徊老人などの情報収集のため、時折流されるが、今後あれが鳴るとドキドキしなければならないなあ、やだなあ。

ところで、東海地震に関しては現時点でできうる限りの予知対策が成されているようで、「前兆すべり」と言われる現象を察知し、警戒宣言が発令される仕組みになっているようだった。これは知らなかった。これが出されたらどうすべきか考えておく必要がある。

いやはや、いやはや。地震は怖いが、どうすることもできない。そのときのために諸々準備、手はず、あらためて整えておこうと思った。


YouTubeに「緊急地震速報」がNHKで流されている動画がアップされていた。これは参考になる。

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2009年8月10日月曜日

夜型


かつて恋をした人の夢を見て目が覚め、ベッド脇の時計を見るとほぼ正午を指していた。ひとしきり少女のように切ない気持になりつつ、「ダンゴムシ姿勢」を20秒、心の中でカウントしながら、下腹部に力を込め、起き抜けのおならを一発。これが僕の(唯一の)健康法。

明け方、ベッドで本を読んでいたら、ものすごい雨が降り出し、慌てて部屋の雨戸を閉め切り就寝。雨が降ったおかげか気温もクールダウンし、真夏の締め切った暗い部屋で、まあよく眠れたこと。

昨夏は早寝早起き習慣が身に付き、これはいわゆるひとつの初老兆候か、と思っていたのだが、ほどなく基本的夜型生活に戻り、冬が過ぎ春が過ぎた。

夏になれば体内リズムが朝方になるのだろう(暑くてとても昼頃までは寝ていられない、という理由もあろうが)、と思っていたのだが、ますます夜型傾向が強まり、朝刊を隅々まで読み終え、寝る始末。

暑くて目が覚め、エアコンをつけ二度寝にいたるという不埒なこともときおりやるが、なんだか罪悪感あって(夜型生活に罪悪感があるのではなく、地球環境にとってエアコンをがんがん効かした部屋で昼頃まで眠りを貪るのはいかがなものか、という点において)、明け方から4,5時間後の10時頃にはぐずぐずと起きることもある。

そのまま、頑張って起きていて12時前後に眠りに就くようにすれば早寝早起きの習慣を得ることができようが、そういうときは午後無茶苦茶に眠くなり、小一時間眠ってしまうので、早い時間には眠れず、結局明け方まで起きてしまい、夜型生活習慣は改善されない。(「昼寝をすれば夜中に眠れないのはどういうわけだ」by井上陽水)

そういうわけで、「早起きは三文の徳(または「得」)」と古来から言われ、健康志向の時代において、早寝早起きはまずます奨励され、また欝病治療に早寝早起きが有効(適度な紫外線照射が心の健康をもたらす)であるとも言われる昨今、僕は落ちこぼれている。

が、それは人間社会において望まれる生活規範であって、動物社会においてはむしろ夜型、夜行性をもって基本的生活習慣とする動物の方が多いのではないか。固定的ではないという説もあるが、多くの草食動物しかり、猫科肉食動物しかり、昆虫、は虫類しかり。昼間の動物園で元気なのはサルくらいじゃなかろうか。

それらがなぜ夜に活動するかというと、つまりそのほうが生きる上での利害がかなっているからということだろう。捕食する方もされる方も、食うか食われるかの世界に身を投じていると「三文の得」もへったくれもないわけで。

人間社会において、早寝早起きが奨励される由縁は、つまりその方がより生産的であるということに尽きるのではないか。闇の中で稲を植えたり、狩りをすることはとても非生産的だ。

そしてそれは人間(だけ)が豊かな生活を甘受するという意味で奏功したわけだが、その有り余る生産性と効率重視の社会の行き着くところが、善良でありながら社会の規範にそぐわない人間をどんどん排除していく社会を形成していくように思う。

規範を守り、大多数周囲と同様な生活志向を持ち、集団と協調できることは潤滑な社会生活を送る上で奨励されようが、それは管理する側にとって好都合であるという一面もあろう。だから、組織は異端を排除する。

人間社会は蟻の社会とは違う。夜型であろうが、また喫煙者であろうが(加えて僕は士農工商末端のフリーター・イラストレーターだ)、他者に迷惑がおよばない限り、それは当人のライフスタイルであって、とやかく言われる筋合いはない。

ちょっと前、朝9時にはすべての付近住民が起きているものと仮定し、選挙カーから元気いっぱいの声で「ご挨拶」に回った地元選出、首相側近の前衆議院議員A、君に反省を促すため、ぐだぐだと夜型人間の屁理屈を書いたのであった。

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2009年8月3日月曜日

ナオコさんちのキクラゲ

2年ほど前、九州に引っ越したガッコウの卒業生のご実家からキクラゲが送られてきた。99.2パーセントが中国からの輸入であるとされるキクラゲだが、送って頂いたのは「天日仕上げ」の純国産乾燥キクラゲ。


オクさんに調理を依頼、水で戻すと驚異の膨張力(干し椎茸など目じゃない、画像参照)を示し、そのことだけで「キクラゲ、恐るべし!」と僕はエキサイトしてしまったのだった。


オクさんは、とりあえずさっさとできる「キクラゲの酢の物」を作り、試食におよんだ。一口分、口中に投じ、ひと噛みすれば、まず「柔らかい」という印象。しかし噛みこめばキクラゲのコリコリとした食感が感じられる。なんというか、「グリコリ、グリコリ」という食感。中国産との差違はこの「グリ」の部分。


新しいびゅんびゅん伸びるゴムと古びて劣化したゴムの差違か(食品をゴムに例えるのは適切ではないかもしれないが、食感の違いは伝わるだろうか)。中国産は「コリコリ、ブチブチ」だが、こちらは「グリコリ、プチプチ」、キクラゲがこんなに歯に気持ちの良い食い物であったことを再認識した。

昨夜はオクさんが仕事で夜いなかったので、冷凍チャーハンに千切りにしたキクラゲを大量に投入、ピーマン、ネギ入り中華スープも作り、そこにも投入、「グリコリ、グリコリ」とキクラゲ食感を満喫したのでありました。(キクラゲは味自体は淡泊なのでどんな料理に混ぜても料理の味にバッティングしないと思う)

正直なところ、僕は今までキクラゲという食材については特にこだわったり、好物であったわけではない。九州ラーメンや中華野菜炒めにはキクラゲはあった方がいいかな、という程度であった。しかし、この「天日仕上げ純国産キクラゲ」を食すとなんだかクセになりそうな予感がする。

キクラゲの効用についてググってみたら、
★こんなに凄い!きくらげの栄養★
●食物繊維は食品中第2位!
●カルシウムは牛乳の2倍!!
●鉄分はレバーの3.5倍!
●ビタミンDは食品中第1位
とあった。

「食物繊維は、胃の中で水分を吸収して膨らむので、沢山食べなくても満腹感を得られ、ダイエットに有効です。また、ビタミンD とカルシウムの十分な摂取が丈夫な骨を造ると注目され始めています」とも。

最近、オクさんから4,5年前に穿いていたズボン、ジーンズの数々(整理箱の中に奥深く収納されているまだ十分綺麗なヤツ)を見せられ、「これ、穿かないのなら捨てるよ」と冷たく言い放たれ、「いや、まだ穿ける」とそのうち一本を穿いてみたが、無理にボタンをしめればはみ出す我が腹、「そのうち穿けるようにするから、捨てないで」と言ったばかりだった。

しかし、ダイエットに関わる運動は水中歩行、ウォーキング、飽きてしまってここ数ヶ月ご無沙汰状態。そうだ、キクラゲを食おう! これから毎日キクラゲを料理に投入しておくれ、とオクさんに頼んだところであります。

ここまで読んで、山下は「国産キクラゲ協会」かなんかの回し者ではないかと疑った方、正直に書きましょう。回し者です。

……というわけではありませんが、このキクラゲを送ってくれたガッコウの卒業生というのは、拙書『発達障害 境界に立つ若者たち』に登場する「ナオコさん」なのでした。

読んでいただいた方はおわかりかと思うが、文中、学校の先生だった彼女のお父さんが生まれ故郷の九州にUターンし、農業を始めるといういきさつを書いた。お父さんは、彼女も含め「発達障害」を持つ子の就労先になればという思いで起業したわけだ。

キクラゲ栽培はなかなか骨の折れる作業のようだ。元より農業についてはずぶの素人だったお父さんは慣れない仕事故、それはいろいろと苦労をされているようで、そうした苦労話が書かれた手紙も頂いた。

お父さんは手紙の中で、ナオコさんが現在通っている障害者施設のみなさんの印象に触れ、「優しい子たちばかりです。しかし、資本主義社会において優しさは儲けにつながらないんですよね。自由競争したら負けるに決まっているんですもの。だけど優しい子たちが受け入れられる社会があっていいはずですよね」と書いてあった。そして、「いつかは障害者の人たちが働けるきくらげ栽培とか養鶏とか、それと関連した何かをやりたいと思っています」と手紙は結ばれてあった。

以下にナオコさんのお父さんが育てたキクラゲの購入先URLを貼ります。よろしかったら是非、「キクラゲ・ダイエット」をお試しあれ。
http://www.yunomae-shop.com/?pid=13872775

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2009年8月1日土曜日

大井町のとある酒場で旧友と


昨日は、甲府に住むカメラマンの旧友が東京に所用あって出てくるのだが、久しぶりに会わないかということになり、さて何処で会おうかというので、友人が最近オープンした大井町にある音楽酒場で落ち合おうと思いついたのだった。

待ち合わせの時間より幾分早めに店を訪ね、ビールを飲みながら壁面に掛けてある「これがみんな本物だったら数百万(コピーモデル通の店主曰く)」というコピーモデルギター群をポロポロ爪弾いていたら、彼が現れた。

ここ何年かは年賀状のやりとりくらいしかなく、随分ご無沙汰していたが、再会を果たしてすぐに、会わなかった期間(十年近くになるだろうか)が嘘のように、お互いの近況、世間話に話が弾んだ。

久しぶりに会った彼は多少髪に白いものが目立つようになったとは言え(それはお互い様であろうが)、物腰、話し方、笑顔は昔とちっとも変わらず、そのことがとても嬉しかった。

彼は僕より少し年上だが、なぜか僕は彼のことを君付けで呼ぶ。なぜそうなったのかよくわからないが、僕は若い頃、二つや三つの年の差はみな「同級生」という考え方をしていて、友人をさん付けで呼ぶことに抵抗があった。

横柄なわけではなく、さん付けではイマイチ親しみが持てないと言うか、よそよそしい感じがしたのだろう。そして彼は僕より年上でありながら君付けの呼称を許してくれている。ちなみに彼は僕のことを「ちゃん付け」で呼ぶ。

いつの間にか、お互いを君付け、ちゃん付けで呼び合う友人は少なくなってしまったが、僕は相手の呼称についてはけっこう意識している方で、許されるならばより親しみが持てる感じがする君付け、ちゃん付け、あるいは苗字ではなく、名前をその人の呼称にしたいと思っている。

相手の呼称を意識するのは、アメリカでいい大人がお互いをファーストネームで呼び合うことの気軽さ、親しみやすさが気に入ったことがある。彼の地では、知り合ってすぐにファーストネームで呼び合うことが普通で、学校の先生に対しても近所のおじさんに対しても(さして親しくなくても)、ファーストネームで声を掛ける。あれはいいな、と。

件のカメラマンの友人、少なくなってきた君付け、ちゃん付けで呼び合う何十年来の友人が帰った後、入れ替わりのようにお店に現れたのが友人の友人であるTさんで、初めてお目に掛かったがお互い共通の友人が多いことからすぐにうち解け、音楽話が弾んだ。

旧友との再会の直後、「新友」との出会いがあった夜でありました。

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