2009年12月31日木曜日

良いお年を


午前0時を回って気がつけば大つごもり。毎年毎年、一年の終わりの日は必ずやってくるが(当たり前だが)、感慨は哀しいくらいになく、かといって「何が大晦日だ、行く年来る年だ、あけましておめでとうだ、ふんだ」と斜に構えるセンスも特になく、とにもかくにも、♪こんな風に過ぎて行くのなら〜(by 浅川マキ)といった淡々とした思いのみ。

去年の今頃は、4年間くらい続けていた新聞の連載イラストパズルに他編集プロが参入、連載の継続は競合プレゼンに懸かっているとのことで、新年明け早々のプレゼン入稿のため、四苦八苦しながらイラストパズルのバリエーションを作っていた。

同時に、平凡社から今年6月に刊行した『発達障害 境界に立つ若者たち』の最終脱稿に向けて日夜パソコンに向かっていた。

年が明け、パズル仕事の方は残念ながら落とされ、今思えばそこそこ割のいい定収入の口をひとつなくすことになった。

18年間、講師として関わっていたガッコウも3月に閉校。これは一昨年前からこうなることがわかっていたから、さして落胆はしなかったが、今思えばそんなに割がいいとは思えなかったにしても、フリーランスの身にはありがたい定収入の口をなくすこととなった。

零細系ではあるが、細々としたイラスト仕事や小説誌連載挿絵の仕事は得たが、これも秋口からさっぱり。ちょうどその頃、人生で最悪のぎっくり腰(加齢によるものだろうが、なれば「人生最悪」になる、ここ数年のぎっくり腰)になり、ほぼひと月くらい誠に調子が悪かった。

仕事的には大変しょっぱい一年となった(が、周囲見渡せばいずこも同様、こういう世の中になってしまったのを恨んでも仕方がない)。

しかし、4月に長年の、それこそ念願であったバンド「猫町Jive(当初は「パラダイスキャッツ)」を結成、良き音楽仲間と巡り会い、ぼちぼちではあるが、小さなライブ活動を重ねてきた。音楽をやることが、どれだけ僕に希望と喜びを生活に与えてきたことか。

5月に父が米寿を迎え、そのお祝いのために実家に帰省。オクさんと一緒に帰省したのは結婚以来30年ぶりくらいか。

6月に『発達障害 境界に立つ若者たち』を刊行、当初は売れるなどとはつゆさえ思っておらず、出版できただけでもありがたいと思った。

で、今現在に至るまで、そこそこ健闘してるんですね。地味なランキングだけど、なかなか落ちない、しぶとい。なんとありがたいことか。もうじき重版になるかも、という報あり、重版になればさらにありがたい。

秋以降、なんだかやる気もなくてちょっと凹んでいたが、最近、「行き当たりばったり連載小説『Dっち』」というブログを開設。Dっち君というかつてのガッコウの卒業生(僕が特にシンパシーと興味を覚えた生徒の一人)を主人公に据えた小説もどきのお話しで、彼のことを書きたいという思いは、実は何年も前からあって、しかしなかなか書けずにいた。

そうだ、ブログを作って勝手に発表しようと思い立ち、書きだせば次から次へと書きたいこと、伝えたいことが湧いてきて、今、これをやることが僕に与えられた使命のように思っている次第。

振り返れば、それなりに激動のパーソナル・イアーであった。生活は厳しくなったが、やるべきことがひとつひとつ具体的に見えてきて、それが日々の希望に繋がっていくと思う。

腰関係プロブレムはあったが、その他は健康であり、オクさんもこともなし。実家の老いた両親もとりあえず大過なく、善き友人達とも親交を深めることができた。そんなに悪くない、いやなかなか実りある良い年だったようにも思う。

やはり、生きていく上で大切なのは希望であると思う。この希望なき時代において、♪希望という名のあなたを訪ねて、僕はまた汽車に乗ることになるだろう。

一年間、お世話になったみなさん、僕の本を買っていただいた見ず知らずのみなさん(一人一人お会いして握手をしたいくらい)ありがとうございました。良いお年を。


画像はウェブで拾った「築地のお辞儀猫」

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