2009年6月27日土曜日

「出版記念ライブ」、おかげさまで無事終わりました。



先週の日曜日の「出版記念ライブ」、おかげさまで無事終わりました。ご来場くださったみなさん、この催しを開くにあたってお世話になったみなさん、バンドのメンバーに感謝いたします。

卒業生も何人か駆けつけてくれて、ひさしぶりに会った彼らの成長ぶりを見ることができたのが何よりでした。

人とのつながりの中で僕は彼らと出会い、また人とのつながりの中で彼らに関する本を出版することができ、人とのつながりの中で音楽活動を再開することもできました。

生きていく力を与えてくれるのは、やはり周囲の善きひとたちの支えでありましょう。あらためて人とのつながりは大切にせねばなあと、ミッドライフ・クライシスも峠を越えた僕としては、後期人生をいかにエンジョイしていくかのポイントは、「おかげさまスピリット」にあるのではないかと、思うのであります。

ところで、当日から既に我が軟弱な腰、具合がよろしくなかったのですが、記念ライブ翌日から悪化し、三日間くらい伏せっておりました。一昨日くらいからようやく、よたよたと歩き出すことができ、現在は80%くらいまで回復いたしました。

なので、今回お世話になった方々へのお礼、事後処理業務等、遅れております。明日になればほぼ大丈夫あろうことは、長年付き合ってきた軟弱腰ですから、大体わかっております。

おかげさまで、拙書『発達障害 境界に立つ若者たち』は出だしまずまず好調なセールス状況のようであります。よろしくお願いいたします。
http://www.amazon.co.jp/発達障害-境界に立つ若者たち-平凡社新書-山下-成司/dp/4582854702
http://heibonshatoday.blogspot.com/2009/06/blog-post_3911.html
http://3.bp.blogspot.com/_Caz5c9IpjZA/SkQ-0HzUmfI/AAAAAAAAFz4/_R54Nwbg-xI/s1600-h/090626_4.JPG
http://3.bp.blogspot.com/_Caz5c9IpjZA/SkLbzS8h29I/AAAAAAAAFyw/9-5MxMGF3eY/s1600-h/090625_5.JPG

ご来場くださった方々に、取り急ぎ、この場を借りてお礼まで。


*動画は今回のライブから、かつての卒業生の一人「エンジェルハートの持ち主」Dっちクンのことを歌った歌。パラダイス・キャッツの演奏としては初披露。歌ってて彼のことを思い出し、泣きそうになったので極めて音程が悪いです(この曲に限りませんが……)。お許しあれ。
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*次回のパラダイス・キャッツのライブのお知らせです。
場所:高円寺「楽や」(帝都デビューとなります)
日時:7月5日(日)6時開場、8時開演
チャージは1000円+オーダーになります。
楽やHP(http://www.luck-ya.com/
こちらもよろしくお願いします。

2 件のコメント:

おてんと さんのコメント...

著作、読ませていただきました。
(先週投稿したのですが、反映されず重複コメントになっていたらごめんさない)

中2の広汎性の特質をもつ子どもがいますが、当事者=本人と家族、それを支えた現場の声に、いわゆる専門書・学術書とは違うリアルな目線や体温、距離感の近さを感じ、参考・共感できる箇所が多くありました。

また、あらためて日本という国の、意識のバリアフリー、ノーマライゼーションへの体温の低さも感じています。

以前、国の特別支援教育施設の先生が、
「障害とは『障害をもつ人』が『障害をもたない人』の社会の中で生活するときに生まれるもの」
「『できない』のではなく、『支援が必要』であるということ」
「『自立』とは、一人でなんでもできることではなく、『適切に支援を求めることができること』」と言っていました。
(これがまた、本人にとってむずかしいのですが)

仰るように、日本は「健常者を前提とした社会」であり、その中で彼ら・彼女たちは「居場所」を見出せずに、「生きにくさ」「困り感」にとまどっています。

理解の薄い国の土壌は、「違う世界の人」や「施し」の目線に通じ、北欧やNZのように、健常者と障害者が混在し、受け入れ、寄り添いつながるとは言いがたい状況です。
様々な個性が交じり合い、喜び合える社会になっていってほしいです。

ここには、たまたまイラストかなにかの検索でたどり着き、すると音楽あり(70年代フォーク好き)の、えっ?! A学院の話が(既知であり、K区やその界隈は縁があり)
なんだか、まさにご縁を感じたサイトでした。

「デンデンムシノ カナシミ」 いいですね。時々、口ずさんでいます。

長々、失礼しました。

山下セイジ〔Seiji Yamashita〕 さんのコメント...

おてんとさん

本を読んで頂いたとのこと、誠にありがとうございます。

初めてこのような本を執筆し出版する機会を得たわけですが、当初は私のようなこの分野において(どの分野においてもですが)、まったく無名の小さな学校の講師であった人物が著した本が、読者に受け入られるのか不安でありました。

しかし、おてんとさんのように本の内容に共感をしていただいた方々の感想に触れるとこんなにも嬉しく思うのものか、と自分でも驚いております。

それは、私が深いシンパシーを寄せるかつての教え子たちのことが、読者のみなさんに好意的に受けいられることへの嬉しさでもあります。

おてんとさんが仰有るノーマライゼーションの理念の実現も、彼らがどういう子たちなのかを一般の人たちに、まずは知ってもらわない限りなしえないわけで、そのためには彼らの生の声を届けるのが一番の方法だと、この本の執筆の依頼があった当初から考えていました。

もとより、私は知的なりメンタルなり、「健常者」の中でややはみ出してしまう資質を「障害」という語彙でくくることに抵抗がありました。なんとも無粋な言葉でありましょうか。

そして、特に私が関わった境界域の子どもたちは自分が「障害者」と呼ばれることに大きな抵抗感を持ちます。彼らにとっては胸に突き刺さる言葉でありましょう。

また、「障害」という言葉をどんなに言い換えようと、社会において彼らが十分に認知されていなければ、偏見と無理解の垣根は取り払うことができません。

この本を出すにあたり、インタビューに応じてくれた生徒たちを文中で「障害者」と規定し、それを伝えることに私自身、いささかの躊躇がありました。本のタイトルになんとか「障害」という文字を取り除けないものかとも思いました。

しかし、ある知的の子を持つ母親に「私たちは子どものための情報をいつも欲しいと思っている。もしあなたの本に障害という文字がなければ、本屋に行ってもあなたの本を見つけることができないかも知れない」と言われたのでした。

私はその言葉に納得し、「発達障害」という言葉をタイトルに持ってくることで、この本がより多くの読者の目に触れることになれば、彼らにとっても良いことであろう、と思うに至りました。

自らが厳しい人種偏見にあったルイ・アームストロングの名曲に"It's A Wonderful World"というのがあります。

おてんとさんの仰有る「様々な個性が交じり合い、喜び合える社会」というのは、彼の歌った「素晴らしき世界」に重なる本当に成熟した人間社会でありましょう。

私が関わってきた子どもたちにもたくさん肯定的に生きていくヒントというものを与えてもらいましたが、こうして「たまたま」私のブログにいらっしゃっていただいたおてんとさんに、かくも喜ばしいコメントを頂いて嬉しい限りです。

どうぞ、これからもお子さんの一番の支えになっていただいて、ポジティブに暮らしていかれることを祈っております。

よろしければ、またブログに訪ねてきてください。ありがとうございました。