2009年4月14日火曜日

アンラッキー〜スラッキー、そしてディープ・メコン2

午後6時、南林間の駅に降り立ったら、毎回、豊田勇造さんのライブに誘ってくれる、編集者、音楽ライターの浜野智さんがおらっしゃった。某大手出版社編集者Aさんを伴い、駅からすぐそば、横浜銀行裏手にあるイーサン食堂へ。

勇造さんのライブはなんだかんだで四度目、イーサン食堂も三度目の訪問。ここはご主人Yさんとタイ人の奥さまがやってらっしゃるタイ・レストラン(というより、タイ食堂、「タイ衆食堂」的雰囲気)で、狭い階段を上ると、十二畳ほどの板張り座敷があり、演者も客も靴を脱いでのライブ観戦となる。

腰がウイーク・ポイントの僕としては座しての観戦は辛く、この前のスラッキー・フェスティバルも床に座って聴くものだったので、そこんとこ、ちょっと難点はあった。前回はたまたま座椅子があり、楽ちんだったが。

ライブの前に、シンハー(タイのビール)を飲みつつ、トムヤム・クン、空芯菜、タイ風お好み焼き、等、いくつかのタイ料理を平らげる。ここを初めて訪れたとき、少しばかり地獄を見た「メコン・ウィスキー」をAさんに無理矢理勧めたりした。(僕はもうメコン・ウィスキーを今後の人生において飲むことはないだろう)。

で、勇造さんのライブだが、日中のスラッキーとは降り立つ地平がまったく違う音楽であろう。スラッキーが海を渡る乾いた涼風のように響くのに対して、豊田勇造は亜熱帯の水田に吹く熱い風のように響く。

しかし、共に人の心に優しい。楽園で育まれた寛容と亜熱帯モンスーンで培われた寛容。どちらも、今の日本には欠けているもの。

ライブ終演後、勇造さんと話す機会があった。前回は「なぜ、豊田勇造の髪は黒々とふさふさしているのか」についてだったが、今回は、彼の使っていたギター(ギブソンの1942 J-45・リイッシューモデル)の話をした。

「勇造さんはギブソン、好きですよね」と言ったら、「好きってもんじゃないですよ」と。「マーチンも使ったことはあるけれど、やっぱりギブソンが大好きです」と顔をほころばせた。ギブソンの、あのゴリゴリした骨っぽい音は豊田勇造の作る音楽に合っている、というようなことを僕は彼に言った。

僕もギブソン・アコースティックギターのファンだったが、僕には「ゴリゴリした骨っぽい資質」はあまりないことに気がつくまで随分時間がかかった。楽器の中では最も軟弱な部類のウクレレが一番自分の体質に合っていることに気がついたのが、たかだか数年前のことだし。

「僕の持っているウクレレはギブソンなんですよ」と勇造さんに自慢。「へえ、珍しいですねえ」と穏やかに彼は微笑んだのでした。いい人です。豊田勇造。







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