2009年12月31日木曜日

良いお年を


午前0時を回って気がつけば大つごもり。毎年毎年、一年の終わりの日は必ずやってくるが(当たり前だが)、感慨は哀しいくらいになく、かといって「何が大晦日だ、行く年来る年だ、あけましておめでとうだ、ふんだ」と斜に構えるセンスも特になく、とにもかくにも、♪こんな風に過ぎて行くのなら〜(by 浅川マキ)といった淡々とした思いのみ。

去年の今頃は、4年間くらい続けていた新聞の連載イラストパズルに他編集プロが参入、連載の継続は競合プレゼンに懸かっているとのことで、新年明け早々のプレゼン入稿のため、四苦八苦しながらイラストパズルのバリエーションを作っていた。

同時に、平凡社から今年6月に刊行した『発達障害 境界に立つ若者たち』の最終脱稿に向けて日夜パソコンに向かっていた。

年が明け、パズル仕事の方は残念ながら落とされ、今思えばそこそこ割のいい定収入の口をひとつなくすことになった。

18年間、講師として関わっていたガッコウも3月に閉校。これは一昨年前からこうなることがわかっていたから、さして落胆はしなかったが、今思えばそんなに割がいいとは思えなかったにしても、フリーランスの身にはありがたい定収入の口をなくすこととなった。

零細系ではあるが、細々としたイラスト仕事や小説誌連載挿絵の仕事は得たが、これも秋口からさっぱり。ちょうどその頃、人生で最悪のぎっくり腰(加齢によるものだろうが、なれば「人生最悪」になる、ここ数年のぎっくり腰)になり、ほぼひと月くらい誠に調子が悪かった。

仕事的には大変しょっぱい一年となった(が、周囲見渡せばいずこも同様、こういう世の中になってしまったのを恨んでも仕方がない)。

しかし、4月に長年の、それこそ念願であったバンド「猫町Jive(当初は「パラダイスキャッツ)」を結成、良き音楽仲間と巡り会い、ぼちぼちではあるが、小さなライブ活動を重ねてきた。音楽をやることが、どれだけ僕に希望と喜びを生活に与えてきたことか。

5月に父が米寿を迎え、そのお祝いのために実家に帰省。オクさんと一緒に帰省したのは結婚以来30年ぶりくらいか。

6月に『発達障害 境界に立つ若者たち』を刊行、当初は売れるなどとはつゆさえ思っておらず、出版できただけでもありがたいと思った。

で、今現在に至るまで、そこそこ健闘してるんですね。地味なランキングだけど、なかなか落ちない、しぶとい。なんとありがたいことか。もうじき重版になるかも、という報あり、重版になればさらにありがたい。

秋以降、なんだかやる気もなくてちょっと凹んでいたが、最近、「行き当たりばったり連載小説『Dっち』」というブログを開設。Dっち君というかつてのガッコウの卒業生(僕が特にシンパシーと興味を覚えた生徒の一人)を主人公に据えた小説もどきのお話しで、彼のことを書きたいという思いは、実は何年も前からあって、しかしなかなか書けずにいた。

そうだ、ブログを作って勝手に発表しようと思い立ち、書きだせば次から次へと書きたいこと、伝えたいことが湧いてきて、今、これをやることが僕に与えられた使命のように思っている次第。

振り返れば、それなりに激動のパーソナル・イアーであった。生活は厳しくなったが、やるべきことがひとつひとつ具体的に見えてきて、それが日々の希望に繋がっていくと思う。

腰関係プロブレムはあったが、その他は健康であり、オクさんもこともなし。実家の老いた両親もとりあえず大過なく、善き友人達とも親交を深めることができた。そんなに悪くない、いやなかなか実りある良い年だったようにも思う。

やはり、生きていく上で大切なのは希望であると思う。この希望なき時代において、♪希望という名のあなたを訪ねて、僕はまた汽車に乗ることになるだろう。

一年間、お世話になったみなさん、僕の本を買っていただいた見ず知らずのみなさん(一人一人お会いして握手をしたいくらい)ありがとうございました。良いお年を。


画像はウェブで拾った「築地のお辞儀猫」

2009年12月29日火曜日

白い○ンコ


白い○ンコをした夢を見ました。白いブランコだったらロマンチックだけど、白い○ンコ。で、その白い○ンコ、ウサギのフンのようにコロコロしていて小ぶりの球状でして、そしてそれをタッパかなにかの容器に詰めて母親に見せている。母親は「ホントに白いねえ」と言いながら笑っておりました。

すみません、のっけから尾籠な話で。

なんでそんな夢を見たのか、起きてしばらく考えたら思い当たることがあった。昨夜、タイ料理屋「イーサン食堂」で食べた「イサーンの腸詰め」(タイ、イサーン地方の豚肉ソーセージ、ちょっと白っぽくてコロコロした球状形態)という料理がこの夢のオリジンであることは間違いない。

一昨夜はフリー編集者I氏(+彼のご友人)と、昨夜はやはりフリー編集人のH氏と飲み会、I氏とH氏は古くからの知人同士だが、日をまたいで別々の飲み会となった。

I氏とは横浜の魚割烹の店、H氏とは南林間のタイ料理屋「イーサン食堂」で、連日美味しいものをいただいた。

「イーサン食堂」については、過去何度か日記にもアップ(悪魔の酒「メコンウィスキー」に関する記述:http://blog.goo.ne.jp/seijiyamashita/e/e08b6a3b08d2b071a7aff41c5fecc9ad)したことがあるが、昨夜もチンハービールから始まり、生ビール、最後はメコンで締めた。

メコンウィスキーは特に好きな酒ではないが、すごく「タイ」を感じさせる酒(湿気のある暑さとか人々の素朴さとか、行ったことないけど)なので、イーサンに行くと飲みたくなる。

イーサンのオーナー、ナカムラさんが「メコン川は蛇行してるから、これを飲むとみんな蛇行して歩くことになる」と言っていたが、それはつまり悪酔いする酒ということで有名なのであった。

昨夜は最後にメコン×2を飲んだがさほど悪酔いすることもなく、いい感じで酔っぱらった。何度か飲む内、メコンを飼い慣らしてきたのかも知れない。

画像はイサーンの腸詰め(ウェブで発見)


「行き当たりばったり連載小説『Dっち』」日々更新中、これが今一番ハマってやっていること。覗いてみてくださいね。
http://blog.goo.ne.jp/hottaheru

2009年12月25日金曜日

午後、歯医者へ。


先週医者から治療の必要があることを言われ、今回治療予定の小さな虫歯(下の前歯、自分では確認できないくらいの、痛くも何ともない)があったが、四、五日前に、上の奥歯(銀歯になっている部分に隙間ができていた)が軽く痛み出し、これを優先して治療してもらおうと思っていた。

現在通っている歯医者とは三年にわたるそこそこ長い付き合いだが、最初からいけ好かないヤツであった。まあ丁寧な治療をすることと、なによりあまり痛くない治療を心がけているように思うので、人間的、性格的な部分は目をつぶってやっていた。

「この上の奥歯なんですが、ちょっと痛み出して……、ここを治療してもらえますか」と言うと、「ああ、ここねえ……、ここは開けたくなかったんですよねえ」と溜息をつく。

この医者、以前虫歯が悪化してひーひー言いながら訪ねたとき、「こんなになるまでほっといて……」と言っては溜息をつき、僕の歯のかみ合わせが悪いと言っては溜息をつき、「歯間ブラシ、使ってますか」と問われ、「いや、あんまり」と答えると溜息。何かにつけてうんざりした口調で物を言う医者であった。

一度、治療した直後の歯が痛み出したので、「治療してもらった次の日に痛み出しまして」と、別にクレームを付けるつもりではなかったが、言ったところ、「これは治療の問題ではなく、たまたま同じ箇所が別の原因で痛み出したんです!」といきなり強い口調で言われたので、なんだこいつ、と思ったことがあった。

今回、銀歯切除が終わり、「ゆすいでください」と言われたので口中をゆすいだところ、大きな銀歯のかけらが口の中に残っていてあやうく飲み込みそうになった。

別にクレームを付けるつもりではまったくなく、「銀歯のかけらが残ってました」とその一片を医者に見せたら、「これは残っていたのではなく、取れたんです!」と強い口調で。

その言い方に僕もちょっとカチッときたが黙っていた。残っていたのか取れたのか、本人にはわからない。しかし、知らずに飲み込みそうになったことは事実だ。

麻酔をされてしばらく待機していた間、「こいつはクレームトラウマがあるやつなんだろうな」と思った。モンスターペアレント、モンスターカスタマーも増加しているこのごろ、モンスター患者も多くいるだろう。ちょっとでも治療に不満があると金返せ、とか。

それから、「歯医者」という職業について考えた。歯医者になりたい動機とはなんだろうと。国民が健康な歯を維持することで、健全な食生活を営み、それがひいては国家の繁栄に繋がる、という高邁な理念をもって歯医者をやっている方々もいらっしゃるだろうが、高収入を得られる技術職としての歯科医という発想がぶっちゃけのところではないだろうか。「歯医者は儲かる」ということだ。最近では歯医者も供給過多でそんなに楽ではないらしいが。

まあ、人の口中覗き込んで穴を開けたり虫歯に詰め物したりとか、僕は嫌だな、と思いつつ、そういうことが好きな人もいるだろう、いろんな人がいていろんな職業が成立しているから世の中うまくいくわけで、世の中の人がみんな僕のようなフリーランス系の職業に憧れたら世界はすぐに破綻するわけで。

でも、件のいけすかない歯医者、彼はたぶんこの仕事がそんなに好きではないんだろうな、と思った。そんなに好きではないが生活のためしかたなく仕事をしているという人はたくさんいるだろう。ものすごく嫌だけど、歯を食いしばって仕事に耐えているという人もこの厳しい世相の折、少なからずいるだろう。

自分がやるべき仕事について、選択の余地もあまりなく、まして適正とかその価値とか生きがいとか考える術もなく、ただただひたすらシンプルに額に汗し労働していた近代以前の仕事の在り方の方が、もしかしたら人間にとって幸せだったかもしれない。

そんなことを思いつつ、今回の治療は終わったが、銀歯の半分は取れたまま、土台の尖った部分が残されて、次回治療は来月初め、なんかすごく半端な歯の状態で越年することとなった。


つまらない歯の治療のことを長々と書きながら、気がつけば聖夜。

楽しさも
特になしかな
おらがメリークリスマス

2009年12月23日水曜日

猫町Jive★ Live@高円寺●楽や<無事終了>


昨夜、高円寺の楽やで行われた「猫町Jive」のライブ、無事終了しました。

来てくださった方々(元「はちみつぱい」本多信介さん、バンドメンバー、フジタヨシコのお友達のみなさん、石井啓介の他バンド「西日本マンダム」のカメちゃん、おじさんばかりの中で目立った若者二人、その他、わざわざこのクソ忙しい時に会場まで足を運んでくれたみなさん、ありがとね!)に感謝申し上げます。お客さんもミニマムは満たし、なんとか形になりました。

今回で5回目となったステージ、毎回やらかす僕のミスはそんなになかったと思うけれど、想定外のウクレレチューニングトラブル発生し(ペグが壊れてバカになった)、バンドのみなさんにはご迷惑をおかけした。(我が辞書に「完璧」の文字はない)

そんなわけで、若干の反省を残す結果となったが、僕自身は楽しく演奏することができました。来年からもがんがん行きたいなという所存、今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します。

お礼まで。


画像はディズニー映画「おしゃれキャット」から

2009年12月22日火曜日

猫町Jive★ Live@高円寺●楽や<今日です!>

今日です!
7時オープン、8時スタート
チャージは1000円ぽっきり!






明日は祝日、お勤め帰りにでもお立ち寄りいただければ嬉しいな。

2009年12月21日月曜日

2009年12月18日金曜日

麻酔をするといかりや顔になったような気がしない?


午後、前回月曜始まりカレンダーによる曜日勘違いにつき図らずもサボってしまう結果となった歯医者へ。

がりごりと誠に不快な歯石除去クリーニングを施されこれで歯医者通いも打ち上げかと思いきや「あれこことここに小さな虫歯ありますね治療しましょうか」と言われればじゃあそうしてくださいと言うしかない。

麻酔もせずいきなりウィーンとドリルで患部を当たられちくっと痛みが走ったので顔をしかめると「痛いですかじゃあ麻酔しましょうか」と言われれば実は大した痛みではなかったがじゃあそうしてくだいと言うしかない。

麻酔をちくっとされる痛みと不快感はドリルによる痛みよりも実質的には大きいかもしれないがドリルがウイーンと歯に当たって何かの弾みに神経に触り急に痛みが走る恐怖に比べれば麻酔をした方がいいに決まっている。

麻酔が効いてきて痛みもなくウィーンウィーンとものの5分か6分で一本の虫歯施術完了虫歯も早期発見初期段階の治療であれば至極簡単なのであったが、「もう一本は次の週にやりましょう」と言われまだ続くのか歯医者通い。

ところで、今回は下の虫歯の治療だったから下歯茎に麻酔をしたのだけど、麻酔が効いてくると下唇の感覚がなくなってきますが、そんなとき自分の顔が「いかりや長介」みたいになっているような気がしませんか?


「行き当たりばったり連載小説『Dっち』その7」をアップ。Dっちは無事帰還します。でもセンセーたちの想像も及ばないところに行っていたのだが、それはまだ明かさない。執筆モチベーションアップのため、覗いてくださる方はクリックをポチッと、宜しくお願いします。
http://blog.goo.ne.jp/hottaheru

2009年12月15日火曜日

貧乏


ひまだし。

この時期にけっこう暇な人もいる。僕がそうだ。金はない、が、時間はある。金もない、時間もない、よりはマシだが、金はある、が、時間がない、と比べてどちらがいいのか微妙だ。

暇と言ってもやるべきことは諸々あって、実際諸々ちょこちょこやってはいるのだが、やるべきことよりやりたいことの方が行動のプライオリティが高くなる。やるべきことはとりあえず後回しの姿勢。

やりたいことというのは、概ね金稼ぎには繋がらない。少なくとも僕の場合は。世の中、本気で金を稼ごうと、そして金を稼ぐことがホントに好きな人間が金を稼げる仕組みになっているのだと思う。

ああ、ハトヤマのような資産家の子どもに生まれたかった。


日曜日に、我らがバンド「猫町ジャイブ」のメンバー・K介クンの中野のお宅に他のメンバーとお邪魔した。次回ライブのリハを中野のカラオケ屋で昼間やって、その後に。

駅から徒歩10分くらいか、♪迷路のような横丁をくぐり〜(バンドオリジナル曲「猫町ジャイブ」の一節、中野駅北口界隈ってホントに迷宮のようなところだった)、K介クン宅(けっこう静かな環境で意外でした)に。それはそれは美味しい鍋料理に、奥さま手作り(パン製造器あり)のピザやらなにやら大変ご馳走になった。

K介クンには2歳になるみな緒ちゃんという娘さんがいて(K介クンにクリソツ)、「最近、人見知りになって」と聞いていたので、僕らが行って機嫌を損ねたらどうしようと思っていた。

案の定、どやどやと知らないおじさん、おばさんたちが押しかけてきたので、みな緒ちゃん、一気にゴキゲン斜めになって、「いやだいやだ」と涙ぐむ始末。でも、しばらくしてだんだん機嫌を取り戻し、バンドメンバー、優しげなノダっちのお相手テクニックもあって、そのうち全開モード。

お母さん手作りのポリ袋衣装にお面をつけてお遊戯してくれたり、歌ったりときゃっきゃっきゃっきゃっと、超ゴキゲンになったのさ。

それをそばで目を細めながら見ている父、K介クン。「目に入れても痛くないほど」という可愛さを表す表現があるが、ホントにそんな感じ。優しい優しいお父さんぶりであった。

2歳とか3歳とかの女の子、天使だね。あんなに可愛いのならちょっと飼ってみたいなあ、と思ったのだった。


ちょっと前に日記に書いた「Dっち」のブログ、縦書きにこだわって苦労したけど、結局更新するのが面倒なのと、スクロールバーを右に持ってくることができないため、意味ないなあと思い、大幅にデザイン変更。本日、「その5」をアップ、覗いてみて下され。
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画像はウェブでの拾いもの、みな緒ちゃんではない。

2009年12月11日金曜日

「今夜ほど淋しい夜はない きっと今夜は世界中が雨だろう」


というのは浅川マキの歌、「こんな風に過ぎて行くのなら」の一節。

「きっと今夜は世界中が雨だろう」と思わせるような冷たい雨が降っている。世界中の弱者と野良猫にとっては無慈悲な雨だ。神様が世界中の不幸を嘆き悲しんでおらっしゃるのであろうか。

冷たい雨が窓を打つ
僕は何を祈ったらいい?

この雨の中、先ほどタバコを買いに近所のコンビニまで行った。出かけるとき、いつも使っている傘を探したが見つからない。仕方ないので別の傘を差して出かけたが、コンビニまで向かう道すがら、「あの傘はどうしたんだろう」と記憶を探ったが、思い出せなかった。

僕はしょっちゅう傘を置き忘れるので安い傘しか持っておらず、ことさら惜しいものではないが、どこで置き忘れたかがちっとも思い出せないことが癪だった。

コンビニでタバコを二箱購入。以前はカートンで買っていたが、出不精ものぐさの僕はほっておくと一日中外に出ないので、多少の運動を自らに課す意味で二箱以上は買わないことにしている。

というのは、タバコが切れると我慢ができないので、台風であろうが、何であろうが、コンビニまで(片道5分でありますが)行くわけで、アディクトのモチベーションは最強だ。

コンビニでタバコと一緒にあんまんを購入、食べたくなったのと帰路のカイロ代わりの発想。代金を払いながら、コンビニの顔なじみのおばちゃんに「あんまんというのはどうしてこしあんしかないんでしょうね、僕は粒あんが好きだから、粒あんがあればいいのに」と話しかけたら、「それは通ですねえ」と言われた。

あんこ好きの中でも粒あんにこだわるのが「通」だということらしい。僕は「通」でもなんでもないけれど、粒あんの中華まんがあれば食べてみたい。どこかにあるのだろうが。いや、案外どこにもないかもしれない。

帰って「こしあんのあんまん」を食ってみて、やっぱりこれはこしあんの方があってるかも知れない、と思った。

新ブログ開設後、「『Dっち』その3」をアップ。
http://blog.goo.ne.jp/hottaheru/e/bbf037564e61c658182f46299cd34107

「そんな風に過ぎて行った」一日。

2009年12月10日木曜日

行き当たりばったり連載小説『Dっち』


ガッコウで授業を持っていた頃は、生徒たちに関する「ネタ」も豊富にあり、彼らのことをブログ日記によく書いた。そして、それを公開することで、微弱な発信ではあるが、周囲に発達障害児・者への理解を促すことができていたかもしれない、と思う。

いや、社会に理解を求めるという高邁な意識をもって書いていたのではなく、彼らのワン&オンリーの個性に触れるたび、彼らのユニークでピュアな資質を誰かに伝えたくてしょうがなかった、というのが正直なところだ。

そして、多くの場合、僕が伝えようとしてきた彼らの心の在り方や言動、行動に関する「ネタ」(「興味深いであろう話」という意味で、決して彼らを揶揄しているわけではない)は、語られる相手に微笑をもって(それが大事だと思う)、好意的に受け入れられてきたと思う。

ガッコウが閉校となり、彼らと授業を行うことができなくなって「新ネタ」も披露できず、淋しい限り。センセー業は煩わしいことも多々あったが、今となればすべてが懐かしい。ああ、あいつはどうしているだろうか、あの子は元気だろうか、とそれぞれの顔が目に浮かぶ。

幸いにして彼らのことを本に著すことができたが、まだまだ彼らについて語り足らない。そして彼らについて語り、発信することが、今後、僕のやらねばならぬことのひとつではないかと考えるに至った。微弱な発信であることには変わりはないだろうが。

そこで思い立ち、発達障害の若者たちに視点を当てた新ブログを開設しました。過去、ブログでも少し公開し、途中で頓挫していた高機能自閉の子「Dっち」の話(小説仕立てで語っちゃおうかと)を軸に、過去アップした生徒ネタ、授業ネタ、生徒の絵画作品などを盛り込みながら、発達障害の若者たちのカラフルな世界を垣間見させるブログを展開していこうと思っています。

新ブログは「堀田減之進」名義(「堀田ヘル?」というのは僕がSNSで使っているハンドルネーム)。新聞の連載小説のスタイルを模倣(なんとか縦書きにしたかった)して、毎回生徒たちのイラストもつきます。週休4日くらいのペースで更新していくように努めるつもりです。ときおり覗いてくれたらありがたいな。

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新ブログタイトルを「勝手に連載小説『Dっち』」から「行き当たりばったり連載小説『Dっち』」に変更、また当初は「縦書き」にこだわっていましたが、更新するのがやy面倒なので通常の横書きスタイルにしました。(12月26日、追記)

新ブログ・行き当たりばったり連載小説『Dっち』
http://blog.goo.ne.jp/hottaheru

2009年12月5日土曜日

猫町Jive★ Live@高円寺●楽や





『猫町ジャイブ』の次回ライブの告知を致します。(バンドのPVっつうか、スライドショーも作ってみただよ、見ておくれなまし。)

パラダイス・キャッツ時代(というほどではないですけど)を含め、結成以来今度で5回目のライブとなります。場所は7月初めにやった高円寺「楽や」(小さなスペースですが、雰囲気はとてもいいところです)

12月22日は平日ですが、祝日前日、クリスマス・イブ・イブ・イブってことになるのかな。オツトメ帰りのひととき、忘年会モードの勢いで、皆様お誘い合わせの上、ご来場くださることを心からお待ち申し上げております。

猫町Jive★ Live@高円寺●楽や
12月22日(火)
高円寺「楽や」http://www.luck-ya.com/index.html
TEL:03-3338-6068
開場:午後7時 スタート:午後8時
チャージ:1000円+オーダー



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2009年12月4日金曜日

「楽知ん」カレンダー


前回日記で「週の始まりは月曜日が筋」と思いつつも、実際に月曜始まりカレンダーを使ってみると、日曜始まりのカレンダーに目が慣らされているものだから曜日を勘違いしやすい、というようなことを書いた。

で、怠け者の僕としては、日曜が3回続くカレンダーとか、月曜なしのカレンダーとかあればいいなと提案したところ、知人から「土曜始まりのカレンダーが欲しい、企画して売り出せば」というコメントをもらった。

企業、学校、官公庁で週休二日制がほぼ完全に定着し、連続する休日をセットとして考えたいというのは道理だ。しかも、土曜頭にすると休日の存在感が増し、ちょっと嬉しいような気にはならないだろうか。これに祝祭日やら振り替え休日やら加えるとさらにお得な感じがする(ちょっと語法が違うか)。

不景気の折、時短も進み、仕事をしたくても仕事があまりない状況が多く見られる時代だ(かく言う僕がそうだ)。そもそもあらゆるもの、ことが生産者やサービス提供者が仕事をしすぎて供給過多になってしまっている。人間は本質的にそんなに物はいらない。そして本質的に怠け者だと思う。

これからは、あまり働かず、故にあまり稼がず、有り余る休日をいかに金を使わず幸せに過ごすか、ということに人生の醍醐味を見いだすようにならねばなるまいな、と。「仕事に生きがい」から「休日に生きがい」の時代になろうか、と。

いや、仕事をがんがんしたい人はすればよろしい。ここで言う仕事とはあくまで「生活の糧」としての仕事であって、金にはならないが好きでやっている仕事とは違う。人はみな自分の好きなことを仕事とすべきだと思うのだが、それが現実的には上手くいかないことは誰もが知っているわけで。

また、好きなことであっても、こと仕事となれば一気につまらなくなるのはどうしてだろうか、とも思う。金にならないことをやる方がずっと楽しい。でも、金にならないから結局、それをやり続けることは難しくなるのだけど。

そんなことを考えつつ、土、日の記載欄が小さい通常のビジネス手帳の反対の、休日をメインに持ってきたカレンダーがあるとホントに面白いかな、と思ったのだ。いやマジに企画して売り出せばいいかもしれん、と思ったのだった。(と思った瞬間、つまらなく感じてしまうのだけど)

で、ふと、これはもしかしたらあるんじゃないかなと調べたらありました(画像参照)。
http://www.lactin.com/store/cgi-bin/shop/goods_detail.cgi?CategoryID=000007&GoodsID=00000095

これはいいな、確かに人生「楽知ん」に感じる。やられたね。

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2009年12月2日水曜日

カレンダー


10月終わり頃、立て続けに前歯の裏の詰め物、奥歯の詰め物と取れてしまい、11月初めから毎週火曜日、歯医者に通っている。

今日は歯医者に行く日だったが、忘れておった。というか、今日は月曜日だと思っていて、歯医者に行くのは火曜日だから明日だな、とぼんやり思っていたような。歯医者の予約日が記入されている机上のカレンダーを、今朝ちらりと一瞥したにも関わらず、だ。というか、一瞥したことから起因した勘違いであった。

予約時間をとうに過ぎた夕刻、今日が火曜日であることに気づき、歯医者に電話。「今日は月曜日だと思っていて」と言うとあまりに間抜けなので、「うっかり忘れていました。すみません」と謝ったら、電話の向こうの受付のおねえさんは笑って「いいんですよ」と言った。どっちにしても間抜けには変わりはないけど。

今年は曜日を一日ずれて感じることが時折あり、それは今年のカレンダーを月曜始まりのものにしたことからであった。カレンダーは昔から日曜始まりのものが多く、それに目が慣れてしまっているものだから、意識下ではカレンダーの左から二番目の曜日は月曜だと認識する傾向があった。

元々、カレンダーの週の始まりが日曜日であることに納得がいかなかった。それは子どもの時から。だって、学校も会社も月曜から始まるじゃないか。「さて来週からは頑張るぞ!」と言って、日曜から頑張る人はいない。

そもそも一週間という単位の起源とされる旧約聖書における天地創造の記述によると、神は月曜に「工事着手」し、土曜日に「工事落成」、日曜にお休みになった(安息日)ということから、月曜が週の始まりとするのが筋というものだろう。心理的にも月曜始まりがふさわしく思う。実際、日付と時刻の表記に関する国際規格においては月曜日を週の一番目の曜日と定めているようだ。

しかし、「世界」が月曜から始まったのにもかかわらず、カレンダー上では、日本やアメリカ初め、世界の主だった国々のカレンダーは日曜を週の頭としているものが多いようだ。(♪サンデイ、マンデイ、チューズデイ〜、という英語の歌があった。♪テュリャ テュリャ テュリャという「一週間の歌」も、♪日曜日に市場へ出かけ〜、と日曜から始まる。これはロシアか。フランスは月曜が先頭だそうで、彼の国の「唯我独尊」的な体質をちょっと感じた。とにかくアメリカと一緒はやだね、みたいな)

そんなことをウィキでパラパラ調べたのだった。で、ウイキによると週の最初が何曜日であるかについては、「万人が認める答はない」ときっぱり。

てなことで、個人的には月曜日を週の頭と定めたい気持ちがあるにも関わらず、今年も余すところひと月足らずとなっても、月曜頭のカレンダーには慣れなかったということだ。身体に染みついた習慣というものはなかなか変えられないわけで。

来年用のカレンダーはまだ入手していないが、日曜頭のものに戻そうかな。日月火水土日日なんていいな。金曜日は捨てがたいので、憂鬱な月曜日なしの、日火水金土日日というのもいいかもしれない。毎日が日曜日というのは良いようでそうでもないように思う。週に三日は働きたい。それは労働のあとのビールが一番旨いから。

しかし、零細フリーランスの僕にはそもそも日曜日とか祝日とかあまり関係がないのだった。(それでも、ウイークデイより土日の方が好きですけど)

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2009年12月1日火曜日

側坐核


「やりはじめないと、やる気は出ない」ということらしい。最近読んだ『海馬 脳は疲れない』(池谷裕二・糸井重里)という本の中の一節。脳の側坐核という部位がやる気を生み出す場所とされていて、刺激を与えられると活動する。

刺激は「やりはじめる」ことで与えられるわけで、やりはじめないことにはいつまでも側坐核はお休みになっている。なので、「やりはじめないとやる気は出ない」ということになる。

しかし、やる気が出ないからなかなかやりはじめないので、やりはじめないからやる気はやはり出ない。「やる気が出ないスパイラル」状態になる。このあたりの感覚、よーくわかる。まあ、このところそんな感じだ。

だから若手脳科学者の池谷先生は「やる気がない場合でも、やり始めるしかない」と仰有る。うん、まあ、そうだろう。手始めに久々にブログを更新。

ところで、神を感じる場所というのは脳の側頭葉上部の左半球あたりにあるらしい。そこら辺を撫でながら「神様、そんなにやる気を出さずともそこそこ暮らしてはいけないのかい?」と呟いてみる。

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2009年11月6日金曜日

本多信介Live@パラダイス本舗



明日は元『はちみつぱい』ギタリスト、本多信介さんのライブが、僕のホームグラウンドとも言うべき中央林間『パラダイス本舗』であるのだった。

本多さんに「宣伝よろしく」と言われておったのだった。うっかりしておった。ごめんなさい、信介さん。

直前でありますが、ご用とお急ぎのない方は是非、明日パラ本まで本田信介のライブに足を運んでくだされ。

以下、『パラダイス本舗』のHP(http://www.niginigi.jp/)から
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11/07(土) Open:17:00 Start:19:30
「はちみつぱい」のギタリスト本多信介さんのライブです!
当日はセッション・タイムありだそうで、
伝説のギタリストとセッションできるチャンスです!!
皆さん、楽器を持って全員集合です!!!
本多信介 Gt.&Vo.
\1500

会場: 音楽系酒処*パラダイス本舗

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セッション・タイムあり、ということなので、僕も「伝説のギタリスト」とセッションしちゃおうかなあ、と思っております。

9月に信介さんをお住まいのある国府津に訪ねた件の過去日記はこちら。
http://jinruinekokakeikaku2.blogspot.com/2009/09/blog-post_17.html

ところで、はちみつぱい、最近、「THE FINAL TAPES はちみつぱいLIVE BOX 1972-1974」というボックスCDをリリースしましたね。
http://www.amazon.co.jp/dp/B002MA8ZK8/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=music&qid=1257485582&sr=1-1

僕は個人的にちょっと「ブンガク」で都会的なムーンライダーズより、「ぱい」の方がずっと好きなんですね。不器用な人間が持つほの暗い温かさ、というものを「ぱい」には感じます。70年代のセンチメンタリズムというのか。それは、たぶん、「ぱい」のオリジナルメンバーであった本田信介、和田博巳のパーソナリティに負うところが大きかったのではないかと。

本田信介さんのHP(http://lab.vg/)で彼の「ぱい」以降のサンプル音源が聴けます。前回日記にも書いたけど、「ロックのスピリットでジャズをいてこます」(だっけかな)、繊細でリリシズムに溢れた音作りです。ご本人のパーソナリティとちょっと落差を感じます(笑)。いや、これは良い意味で。つまり、ご本人はいたって気さくで愉快なお方なんで。

てなことで、是非、明日は中央林間『パラダイス本舗』に本田信介を見に行こう!


画像は70年代、「伝説」のロック喫茶『ブラックホーク』の前を行きすぎる「伝説」のギタリスト、本多信介?の若き日の姿。(『渋谷百軒店 ブラックホーク伝説』過去日記にいきさつを紹介)

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2009年11月4日水曜日

猫町Jive★Live@Groovers Paradise



Photo by Yumiko Noda

1st. set
1.ロンサム・ロード
2.Such A Night
3.生き方の基本は猫に学べ
4.猫町ジャイブ
5.朝の雨
6.終末のタンゴ
7. Mr. Bojangles
8. For You Blue〜海と男と女のブルース

2nd. set
1.ラブハンター
2.バナナボート
3.I'll See You In My Dreams
4.Smile
5.Dっち
6.デイドリーム・ビリーバー
7.Iko Iko〜バン・バン・バン


やれやれ、どもども、なんとかかんとか。
まだまだ、そこそこ、ノビしろあり、ってとこかな。少なくともピークは迎えていない。笑

来てくれたみなさん、ありがとう。

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2009年10月16日金曜日

お隣猫等のエサやり業務

video

お隣のトヨコさんちには、チーちゃん♂、モモちゃん♂、ミャーちゃん♀という3匹の猫がいる。チーちゃん、モモちゃんとは、ウチのニンニン(2004年7月に齢17歳で死んだ)がまだ元気だった頃からのお付き合いだ(ミャーちゃんは2005年生まれ)。

この3匹の「お隣猫」についてはこれまで何度となく日記に書いたが、九州小倉にいらっしゃるトヨコさんのお母さんが今年春頃から具合が悪くなって入院、一人娘である彼女はお母さんのお世話のために小倉まで行ったり来たり、ダンナは普段夜遅くまで仕事があったり、出張も多いことから、オクさんと僕はトヨコさんがいないときに猫等のお世話をすることになった。
http://jinruinekokakeikaku2.blogspot.com/2009/05/blog-post_08.html

以来、トヨコさんが小倉にいる間は、ダンナが終日家にいる土、日を除いてほぼ毎日夕方、オクさんと僕とで3匹のエサやり担当として任務を遂行してきた。

基本的に夕方に一回だけお隣にちょこっとお邪魔し、エサをあげる(朝と夜遅くはダンナがエサをあげている)わけだから、全然大変じゃなく、むしろ僕らは大の猫好きだし、過去日記にも書いたが、ニンニン亡き後、「猫禁断症状」を癒すのに格好の機会となっている。

3匹ともとてもいいコだし、誰にでもなつくチーちゃんは別格として、モモちゃんは僕にめちゃくちゃなついている(「ダンナよりも」トヨコさん談)。ミャーちゃんは、思春期を迎えた頃からトヨコさん以外には非常に人見知りな「少女」となり、特に男は嫌いなようで(「ダンナにも寄りつかない」トヨコさん談)、僕の顔を見るだけで逃げ回っていたが、最近急接近、抱かれてゴロゴロと言うまでになった。


ここ二ヶ月くらい、トヨコさんのお母さんの容態はさらに芳しくなく(末期の肺ガン)、トヨコさんもこちらに二、三日帰宅しては、きびすを返すように小倉に向かい、二週間くらいお母さんの看病をするというという日々が続いていた。

昨日、いつものように猫等のエサやりのためお隣に行ったら、ダンナの書き置きがあって、トヨコさんのお母さんが亡くなったとのこと。彼も急遽小倉に向かうことになったので、しばらく猫たちをよろしくお願いします、と書かれてあった。

他界されたトヨコさんのお母さんのご冥福を祈ると共に、神奈川、九州間を頻繁に行き交いし、看病を続けてきたトヨコさんのご苦労を、彼女が帰ってきたらねぎらいたいと思う。僕も小倉とは海峡を挟んでお隣同士とも言える下関に老いた両親が暮らしているので他人事ではない。

先ほども主なき部屋にお邪魔し、猫等の面倒を見てきたが、飼い主が大変なことになっていてもいつもと変わらず、食欲旺盛元気いっぱいの3匹であった。「トヨコさんが帰ってきたら3匹でトヨコさんを慰めてあげてくれよな」と3匹に言い含めておいたのだった。


動画は今年夏ごろの撮影、モモちゃんは僕が帰るときにちゃんと「バイニャ」と言う。

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2009年10月11日日曜日

「studioCOOCA」オープニングパーティ


もう2年近く前になるが、「アート仕掛け人」である友人のお誘いで「工房絵」という福祉施設を平塚に訪ねたことがあった。友人は長年、この「工房絵」が主催する展覧会などのディレクターとして関わってきた御仁。

「工房絵」に関するウィキから抜粋
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工房絵(こうぼうかい)とは、神奈川県平塚市の複合施設麗にある授産所。同じ平塚市と、茅ヶ崎市に分場がある。社会福祉法人湘南福祉センターによって1992年に設立され、絵など制作活動が好きな障碍者ひとりひとりを表現者として扱う、アール・ブリュット(アウトサイダー・アート)を生み出す現場として日本を代表する存在である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/工房絵
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「工房絵」に関する過去日記
http://blog.goo.ne.jp/seijiyamashita/s/%B9%A9%CB%BC%B3%A8
紹介ウェブサイト
http://www.trend-ch.jp/contents/253.htm


「アートで自立する福祉施設」として設立された「工房絵」であったが、施設長であった関根氏が、ほぼ全員にあたる利用者(アーティスト)やスタッフを独立移行させ、この度株式会社として新組織を立ち上げた。組織の名称は
(株)愉快「studioCOOCA」。
〒254-0052
神奈川県平塚市平塚4丁目15−16
0463-73-5303
cooca@plala.to

なぜ株式会社として再スタートすることになったかは、友人からおおよそのことは聞き及んだが、僕は当事者、関係者ではないので、いきさつの詳細を記述することは避けたい。僕は福祉施設化の構想もありながら、あくまで公的援助無縁の「私設学校」にこだわる経営者の下、長年小さな学校で境界児の講師をやっていたので、「福祉法人」、「会社組織」、それぞれのメリット、デメリットはある程度想像できる。

その「studioCOOCA」のオープニングパーティに、昨日、再び友人のお誘いでお呼ばれしたのだった。場所は「工房絵」のあった同じ平塚(新組織は平塚駅からやや離れ、徒歩20分、バスで行けば5分)にあり、道路に面した一角、元印刷会社であった3階建てビルの全フロアーを活動拠点としている。

パーティの合間に友人に各フロアーを案内してもらった。広々とした1Fを利用者アーティスト達の制作空間とし、各フロアーには、他者と隣接した環境では制作が困難な利用者の個人制作ブースや制作疲れを癒せる「お昼寝空間」もあったりで、全フロアー南向きの大きな窓があり、僕がお邪魔したのは夜間であったから叶わなかったが、日中は陽光に満たされている、それは快適な空間であるとのこと。

僕は唐突にティム・バートンの「チャーリーとチョコレート工場」のイメージを抱いた。「夢の工場(工房)」というイメージ。そう言えば、「社長」である関根氏はティム・バートンに雰囲気が似ていなくもないダンディな風貌。もちろんああいうダークな雰囲気はないが、利用者の創り出すアートの独特な雰囲気もあって、光景は非日常的に傾く。

パーティは1Fの、普段であれば制作空間として利用されるフロアに150人を超す利用者、スタッフ、関係者、招待客で溢れ、大盛況であったが、僕はこのパーティに誘ってくれた友人以外に見知った人はなく、また喫煙者であるため、ほとんどの時間を灰皿のあった入り口路上付近で過ごし、そこでたまたま話しかけられた友人のお知り合いのお知り合いという女性と「発達障害」関連の話題で盛り上がり、パーティのアトラクションの大部分を見ることができなかったことが残念。

この日記を書くにあたって、「工房絵」に関するウェブページを閲覧していたところ、元「工房絵」施設長、現「studioCOOCA」社長の関根氏の取材記事に遭遇した。(http://eguchitomokoblog.com/?eid=438、平塚市議会議員の江口友子さんのブログから引用させていただく)
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関根さんはじめスタッフの方のコンセプトは、「障害者が夢を持ち、悩みを持つことができるように支援しよう!」というものです。障害を持った人の多くが養護学校を卒業すると、当たり前のように作業所や授産施設に入ります。将来何になりたいのか、自分は一体何にむいているのか、そういことを考えたり悩んだりすることがない。ないというよりも許されていないんです。

関根さんの言葉を引用すると一番分かりやすいと思うのでそのままお伝えすると、「君は何がしたいの?と聞くと親御さんに怒られた。どうせ夢をもっても挫折するだけだからそんなことを言わないでって。健常者は浪人も含めて4.5年のモラトリアムを持つことができる。でも、障害のある人はそれが全く許されない。18歳という一番多感で夢多き時期だというのに。だから僕たちは障害者にもモラトリアムを保障しようと思った。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そんなことを考えるからおまえはダメなんだと言われそうだが、「モラトリアム」で人生の半分くらいは満たされるくらいが理想だと考える僕にとって、共感を持つ言葉だ。


*画像は「studioCOOCA」正面(件の友人から借用)

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2009年10月9日金曜日

鬱屈腰、「ふりだしに戻る」


3日前、日本の南の海上にいやらしく渦巻く台風18号が、日本列島を目がけてひたひたと北北西に進んでいた暗く陰鬱な朝、僕はぐーすか寝すぎてしまって、まだ完璧に癒えていなかった腰の調子がまた悪くなってしまった。

僕にとって「寝過ぎる」とは10時間以上寝ることを指すが、この場合、「二度寝」することが多い。いったん目が覚め、トイレなんか行って、起きようかなと思いつつ、またウダウダと寝てしまうパターン。

で、この場合、僕は無意識に俯せで寝るんですね。大体僕は仰向けで寝ることはあまりなく、右か左かどちらかを向いて横向きで寝る場合が多い。しかし、「二度寝」の場合は俯せになる。

「俯せは腰に良くない」、知ってます。しかし、無意識にそうなってしまう。

で、俯せ状態で二時間ほど「二度寝」して起きると腰にキている場合が往々にしてある。

それで、普段より念入りにベッド上で「ダンゴムシ体勢」を整えていたら軽く「クキッ」と……。

9月初めにやった「自転車ぎっくり」以来、腰関係イマイチはかばかしくない状況であったが、それなりに快復してきたところ、また軽めぎっくりをやらかしたわけで、すごろくで「ふりだしに戻る」の目が出たようなもんだ。とても淋しい。

今朝になり、まあまあくらいにはなったが、ほとほと嫌になります。

以前、日記上で「カミングアウト」したことがあるが、僕は先天的に腰椎を構成する骨のパーツが欠けていて、「腰椎分離症」というやつ。ずいぶん前に医者から「ああ、これでは腰が痛くなって当然です。でも、完治は無理」と宣告されていて、「地道に腰回り筋肉強化に励みなさい」と言われたのだった。

ひところは積極的に散歩したり、プールで水中ウォーキングなどもそこそこ真面目にやっておったが、元々地道ではない性格、すっかり飽きてしまってだらだらした生活を続けていたところへのこの長い腰痛期。

地道な努力を続けるということに、僕は既にすっかり自信を失っているので、適度に腰に良い運動ができるアルバイトというものを探している。何かをやろうと思うとき、それで金が得られる、という以上のモチベーションは考えられない。腰の調子が悪くてウダウダと寝ながら考えたのだった。

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2009年10月5日月曜日

猫町Jive-Live! ★告知★



一雨ごとに秋の深まりを感じるこの頃でございます。
皆様におかれましてはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。

さて、本年4月に念願のバンド「Paradise Cats(パラダイス・キャッツ)」を結成し、これまで3回ほどライブステージを行いましたが、誠に残念ながら、メンバーの藤田洋介さんが当面バンドを脱退することになりました。いやいやよくある人間関係的トラブルなどではなく、まあ「諸般の事情」ということでご理解してください。

今後、藤田洋介さんとはゲストとしてバンド参加の機会も十分に考えられますので(「そりゃあ、もう事情が許せば喜んで参加しますよ」by 洋介さん)、洋介ギターファンのみなさんにはいつか、with藤田洋介のステージをごらん頂けると思っています。

つきましては、4人で再スタートということから、この際新しいバンド名にいたしました。新バンド名は「猫町JIve(ジャイブ)」、バンドの持ち歌題名でもありますが、「猫シバリ」は共通しております。

そして、再スタートのライブとして、大井町にある小粋な音楽呑み処「GROOVERS PARADISE」で来たる10月31日(土)にライブをやります。詳細を以下に。

ー猫町Jive-Live@GROOVERS PARADISEー

日時:10月31日(土) オープン午後6時/スタート午後7時
場所:大井町「GROOVERS PARADISE」(グルーヴァーズ・パラダイス)」
東京都品川区大井1-1-16 飲食店街オーイ地下1F(東急大井町線・大井町駅ガ−ド下)

Tel/03-6429-9451
お店情報:http://www.niginigi.jp/tenpo.htm
チャージ:投げ銭


猫町Jive are:
山下セイジ (Vo.&Ukulele)
野田 高澄(Guitar, Mandolin, Steel Guitar & Vo.)
石井 啓介(Accordion & Pianica)
フジタヨシコ(Bass & Vo.)

Paradise Catsの過去ライブYouTubeサイトはこちら。
http://www.youtube.com/hottaheru?gl=JP&hl=ja

どうぞみなさんこぞってのご来場、お待ちしております。

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2009年9月30日水曜日

発達障害者「就活のススメ」講演会のお知らせ


講演会のお知らせです。

就職応援講座:発達障害者『就活のススメ』
講師:『育て上げネット』理事長 工藤 啓さん・支援担当 堀内和彦さん
とき:平成21年10月3日(土)14:00開演 (受付開始13:30)             
ところ:JAさがみ茅ヶ崎支店大会議室(ダイクマ横、茅ヶ崎市社会福祉協議会の上)
入場料:500円(会員は無料)
定員:先着150名限定 (事前申し込みの方優先)     
主催:スペアちがさき(発達障害支援者の会)   
ホームページ(URL):http://supea.hp.infoseek.co.jp/

後援:神奈川県発達障害支援センター(かながわA)・茅ヶ崎市・茅ヶ崎商工会議所・茅ヶ崎市社会福祉協議会

【申込・問合せ】 
メール:supea@infoseek.jp
電話:0467‐54‐1258(やしろ)
FAX: 52‐6653

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今度の土曜日、僕の元同僚が現在所属するNPO団体『育て上げネット』の講演会が上記の日程で行われます。

言うまでもなく、発達障害を抱える若者たちにとって「就活」は最も大きな問題のひとつです。特に福祉的就労を選ばず、一般就労(障害者雇用義務に該当しないケース)にこだわる境界域能力の若者たちにとっては、就職活動は非常に高いハードルになっています。

発達障害者支援法が05年に施行され、状況は改善されつつあるという見方もありますが、職場における彼らへの理解度はまだまだであると言わざるを得ません。

また、発達障害を抱える若者たちの多くが、障害を受け入れることがなかなかできず、手帳取得に対してかなりの抵抗感を持っていることも事実としてあります。

難しい問題ですが、この講演会の講師である『育て上げネット』代表の工藤さんのような方に是非がんばってもらって、少しでも良い状況になればと願うものです。

6月に平凡社より刊行した拙書『発達障害 境界に立つ若者たち』の内容に関連する講演会だと思います。興味がある方は是非、足を運んでいただきたく思います。

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2009年9月27日日曜日

彼岸と此岸


好天続きのここ数日、ヘタレ腰強化の思惑もあって、ひところ途絶えていた散歩が復活している。まさに散歩するにはうってつけの天候、基本ヒッキーの僕でも部屋の中にじとっといるにはなんだかもったいないような思いに駆られるのだった。

前回日記で「ぎっくり明け宣言」をしたものの、今年の気象庁発表による「梅雨明け宣言」と同様な経緯で、つまり、宣言したもののなんだかはっきりしないぐずつき模様の腰具合が続いていたのでした。

机に向かい、長く椅子に座っていると腰がだるくなって来るものだから、仕事関係諸々やる気も起きず、差し迫った仕事も幸か不幸か(どちらかというと不幸か)なく、ベッドでゴロゴロしてばかりで読書量ばかり増える昨今であります。

そんなわけで、ゴロゴロ読書の合間にヘタレ腰抱えて川っぺりをよたよたと散歩するというリタイヤ老人のごときここのところの生活、まあ、こうして食っていけるのならそれで僕は全然オッケーだが、だが、だが。

ともあれ、お馴染みの散歩ロードに出向けば、季節がらそこかしこに彼岸花が咲いていて、僕は彼岸花の抹香臭い感じがあまり好きではなく、「ネクラ」な感じがあの赤い花には漂う。花弁の形状もちょっと多足類の昆虫のようであまり好きではない。毒々しい。

実際、彼岸花には知られているように毒があり、別名「曼珠沙華」は良いとしても、異名として、死人花、地獄花、幽霊花、狐花、捨子花、等あるようで、とても万人に愛されている花とは思えない。「はっかけばばあ」などという異名もあるようだ。葉(歯)がないからだろう。(葉は花が枯れて後、生えてくる)fromウィキ

しかし、あの「ばばあ」の腰巻きのような緋色と茎からいきなり花が乗っかっているという異形とも言える姿には目を奪われる。そして彼岸花という抹香臭い名称も「あの世」を彷彿させ、うーむ、こいつは妖しげなオーラを持っているな、と感じさせる花ではある。

彼岸花越しにカメラを向ける。あちらは「彼岸=あの世」、こちらは「此岸(しがん)=この世」、間を流れる川は三途の川ではなく、散歩ロードを流れる境川という川である。

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2009年9月17日木曜日

鈍色の国府津に本多信介を訪ねる


♪自転車に乗ってちょいと捻ってぎっくり腰〜 をやってしまってちょうど2週間、いまだ腰のあたりわずかではあるが「わだかまり」のようなものが残っていて、それはほとんど「ぎっくりフォビア」とでも言うべきメンタルなもので、いつなんどきグキッとくるかもしれない恐怖に捕らわれてしまっているものだから、意識がともすれば腰に向かい、そのことが患部周辺の緊張を生み、イマイチ感が拭えないでいる。

しかし、いつまでも「ぎっくりフォビア」引きずっているわけにもいかないので、このところの腰具合の経過を鑑み、本日「ぎっくり明け宣言」を発表しようと思う。「ヘタレ腰地方は9月17日ごろ、ぎっくり明けしたとみられます」。


火曜日、編集者&ライターの浜野智さんに誘われて、東海道線小田原の手前、国府津にお住まいの、元はちみつぱいのギタリスト・本多信介さんを訪ねた。

昼すぎ、浜野さんと待ち合わせたJR国府津駅に降り立つと、煙るようなこぬか雨が降っていた。天候のせいもあって、鈍色に染まるあくまで地味な海沿いの町、そこはかとなく海の匂い、住んでみたい感じの町であった。

道路沿いの昔ながらの酒屋でビールを買い込み、小さな魚屋で刺身など求め、駅から七、八分ほど歩いたところに本多さんのお住まいがあった。玄関ドア前には大量のビールの空き缶。笑

本多信介さんとは、浜野さんが企画編集した『渋谷百軒店 ブラックホーク伝説』というムックの出版がきっかけでお会いしたことがあった。もう2年くらい前か。

僕がその本の表紙を描いたのだが、レコードを小脇に抱え、ロック喫茶「ブラックホーク」の前を鬱屈した表情で歩くロン毛若者を描いたんですね。まあ、「70年代長髪ロック系音楽好き若者」という括りの匿名的な感じの若者。モデルは特におりませんが、服装格好はディランの「フリーホィーリン」ジャケットから拝借したりした。

で、『ブラックホーク伝説』出版パーティの席に現れた本多さん、初対面の僕に「君がこの表紙を描いたのか、あれは俺じゃないか」と。「どう見てもあれは俺だ。俺以外の人物ではない」と。しきりに言うんですね。

30年以上前、本多さんもブラックホークに入り浸っていた若者の一人で、ブラックホークの前を「あんな風にレコードを小脇に抱え、あんな風にちょっと鬱屈気味に歩いていた」、そして、この表紙に描かれた若者の風貌はあまりにも自分の若い頃に似ている、ということだった。「あれは俺だよ」、と言う本多さんのぱい時代の写真など見れば、確かに似ておられる。

そんなことがあったのが本多さんとの初対面で、今回およそ2年ぶりにお会いしたのだが、なんとも愉快で気さくなお人柄で、僕はいっぺんに好きになりました。

昼間から、本多さん宅に持ち寄ったビールなど飲みながら、三人の「境界に立つおじさんたち」は談論風発、夕刻、僕のフェイバリット・スポット、元夕焼け楽団ギタリスト・藤田洋介さんのお店「パラダイス本舗」のことに話が及ぶと「行こう、行こう、今から行こう!」ということになり、酔っぱらった勢いで三人は東海道線→小田急江ノ島線と乗り継ぎ、パラダイス本舗のある中央林間へ。

それで、本多さん、パラ本に着いたら「洋介クン、セッションやろう!」ということになり、期せずして「元・夕焼け楽団ギタリスト」と「元・はちみつぱいギタリスト」のセッションと相成ったのでした。

洋介さんと本多さん、あまり面識もなくお互い30数年ぶりに会ったとのことだが、そこは同じ時代を生きてきた凄腕ギタリスト同士、良い感じのセッションだったな。

飲んべえでちょっと子どもっぽくて人好きのする本多さんだが、「ロックのスピリットでジャズの言語を操る」ということが目標のようで、僕はちゃっかり彼のソロである『晩夏』と『Guitar Resort』という2枚のアルバムを頂いたのだが、ボッサ・ジャズ風というのか、それはそれはリリカルで繊細な音楽であります。

結局、僕はいつものように終電までパラ本にいて、昼間から深夜にいたるまで飲み続けることになった。楽しい楽しい一日でありました。

画像は、雨に煙る国府津の海、傘さし海を見る人はたまたまいた人

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2009年9月10日木曜日

鬱屈腰


先週木曜日、♪自転車に乗ってちょいとそこまで、お買い物して帰路、道路を横切ろうとしたとき、「ああ、タバコを買わねば」と僕の脳内、海馬かどこかの短期記憶中枢に意図せず微弱電流が流れ、「おっと、忘れるところだった」と想起した瞬間、僕の身体は大脳からの運動指示を省略し、脊髄周辺から指令された条件反射運動を身体に起こさせる結果となった。

横切ろうとした道路のすぐ背面に偏屈な爺さんが店番をやっているタバコ屋があり、タバコの自販機があることは、見ずとも僕の脳内長期記憶中枢に刻まれていて、瞬間、自転車にまたがった僕の身体は「道路を横切ろうとするベクトル」と「道路の背面に向かうベクトル」の交錯の中に置かれた。

つまり、道路に車の通行がなくなり、渡ろうとした瞬間に、「ああ、タバコを買うのを忘れていた」と思い起こし、反射的にブレーキレバーを思い切り握ったわけですね。自然と身体が反る感じになります。

その刹那(0.5秒くらいでしょう)、僕のヘタレな腰の第5腰椎あたり(僕は「第5腰椎分離症」というウィークポイントあり)から、それはそれは哀しい、骨がクキッとずれる音を聞いたのでした。かすかではあったがまごうことなき「ぎっくり」の音。
「ヘタレ腰の実態」過去日記↓
http://blog.goo.ne.jp/seijiyamashita/e/12e40540f09761407f144ce8ac86d21e

ぎっくり腰と付き合って早二十年近く、発症時の「クキッ」感も軽微なものだったので、豊富な経験値から今回のぎっくり腰はごく軽度だと思われ、「今の『クキッ』はなかったことにしよう」と思いつつ、さして痛みもなく帰宅、その日は特にひどくもならず、「うんうん、なかったことにして良かった」と思ったのだった。

で、次の日、金曜日、起床後、腰に違和感。身体が左に傾ぐいつもの症状、椅子に座ってパソコンに向かうも小一時間でしんどくなる。やはり「なかったことにはならなかった」と落胆した。「がっくり腰」。

ずっと諸々モチベーションが上がらず、冴えない夏を送り、これは困った、なんとかせねばと腰と同様ヘタレな我が脳、前頭葉周辺の「やる気中枢」を無理矢理刺激してやるべきことを整理した直後のぎっくりで落ち込んだ。腰痛は大部分が心因性のものである、という持論が証明されたように思う。これを僕は「鬱屈腰」と呼ぶ。

土曜日、外出の予定があったがキャンセル。こうなれば安静より他に治療法はさしてないので、「キネシオテープ」貼って、とりあえずベッドで本を読みながらごろごろして過ごす。ときおりそろりと起きて、腰の状態を確かめるために軽く前屈したりすると「グキッ」、溜息をつきながらベッドに戻りごろごろ、ベッド上での体勢を変えようと(それは慎重に)、何かしたはずみに「グキッ」。

まあ、軽度のぎっくり腰なので、ふいに来る「グキッ」はさほど痛くはないのだが、「グキッ」と来る恐怖感の方が大きく、日常生活すべての動作において「カメの動作」が基本となる。淋しいのはカメになっていても「グキッ」がくることだ。

寝ている状態→立つ状態→座る状態という日常生活主要三体勢の節目において、「グキッ」がくるので、できうるならば安定したひとつの体勢で一日中過ごせば良いわけだが、例えば一日中ベッドでごろごろしていると気が滅入ります。

一昨日あたり、ずっと部屋に籠もっていて鬱屈していたので、大分良くなってきたこともあり、タバコ買いがてら30分ほど散歩。これが良くなかった。キネシオテープをずっと貼っていて、患部周辺痒くなり、皮膚がぼろぼろになった感があるので、その日は貼るのを止めた。これも良くなかった。昨日は腰痛ぶり返し、終日ごろごろ。

で、本日、少し上向き、こうして日記を書けるくらいにはなった。が、先ほどからずっと座っているのでまた調子が悪くなってきた。明日出かける予定があるので無理せずベッドに向かおうと思う。

加齢と共に我が腰のヘタレ具合も増してきたようだ。「喉元過ぎれば」のぎっくり腰ではあるが、パーツ交換ができない以上、地道な腰回り筋肉強化に励まねばと思うが、地道なことがなかなか続かない性格、健康志向のオクさんにはほぼ見放されかけている。

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