2008年10月30日木曜日

東京下町スクーリングツアー

昨日は提携校スクーリングに生徒を引率。今回のスクーリングは、浅草にある「江戸下町伝統工芸館」(http://www.city.taito.tokyo.jp/index/000021/005710.html)で江戸職人の工芸品展示を見学、さらに江戸川区方面に脚を伸ばし、都営新宿線・瑞江駅から徒歩12分、篠原風鈴本舗(http://www.edofurin.com/)で江戸風鈴の製作体験というメニューであった。

集合時間を早め、せっかくだから浅草見物も引っかけようと、雷門から仲見世、浅草寺、花屋敷、六区周辺とスクーリングメニューの合間、生徒を連れ回した。浅草寺仲見世に来たら食べたいものがあって、それは揚げまん。生徒の分も買って食わせる。旨かった。

揚げまんには思い出があって、10年程前の春、両親上京に合わせ、兄夫婦ともども、水入らずの浅草方面家族旅行に及んだ際、浅草寺仲見世で買い、みんなでひとつずつ食べたのだった。元気だった母が立ち食いをためらいながらも「おいしいね」と言った。

以来、浅草近辺、行く機会がなく、だからガッコウ行事にかこつけて、浅草見物をしたのは職権使った個人的な要望の実現。あの時は隅田川の桜を見物、浅草寺を参り、家族で天ぷらなどを食べた。まだまだ両親は元気だったなあ、と「待たない時」に感傷した。

「江戸下町伝統工芸館」はひさご通りという昭和な雰囲気の商店街の一角にあり、展示されている工芸品は指物、錦絵、提灯、和竿、銀細工、鼈甲細工、切り子、等、「鑑定団」ではないが、どれも高そう、値段が知りたい。値札を付けるべきだと思った。そのほうが「へえー」感が高まって良いと思うのだけれど。

「篠原風鈴本舗」はごくフツーの住宅街にぽつんとあり、フツーのお宅にお邪魔するような感じで、他校生徒合わせ10数名で訪問、テレビなどで見知っている「吹きガラス」を体験、絵付けし、各自オリジナルの風鈴を作った。僕は実費(3千円)を取られるのでやらなかった。何故この時期に風鈴製作なのかと言うと、夏場は繁忙期で見学体験はやれないから、ということ。作った風鈴は来年の夏までしまっておくわけで、「風鈴」を「封印」すると。

昨日は秋晴れ、ガッコウ行事は必ず晴れるという脳天気パワーを持つ我々であるが、横浜方面からの遠路東京下町スクーリングツアー、また移動に思ったより時間がかかり、昼食時間が取れず(生徒たちにはなんとか食べさせたが)僕の昼食は結局、揚げまん1個。さすがに疲れた。



作り物紅葉が秋の空に映える、あくまでキッチュな浅草寺仲見世


鱗雲バックの花屋敷乗り物。


これが「「江戸下町伝統工芸館」入り口。ちょうど、小学生キッズの大群と見学がかち合い、焦ったが子どもたちは良い子でおとなしく見学していた。


中段、中、文机は12万8千円とみた。


上が和竿、目が飛び出るほど高価だと聞く。手前に鼈甲細工、ネックレス状の物でひとつ8万くらいか。だから値札を付けて欲しい。よい子達の興味ももっとそそられるだろうに。


ここが、「篠原風鈴本舗」


本舗内工房、奥にあるのがガラスを溶かす炉


風鈴原型。熟練した職人が作ってもひとつひとつ音色が違う。


職人さんに棒を持ってもらって、生徒はただ吹くだけ、回しかげんに年季がかかるようだ。石原ヨシズミ似のこの職人さん、吹きの最後のところで「来た〜!」といちいち叫んでいた。


絵付けし、完成した江戸風鈴、銘は「風」、生徒作。内側から描くので文字は反転して描かねばならず、難しい。本人はあまり気に入ってなかったようだったが、なかなか良い作品だと思う。ちょっと手伝った。涼やかな音がした。

2008年10月26日日曜日

軽い躁状態で過ごせれば


精神分析家のD.W.ウィニコットさんという方がおられたが、彼は「軽いうつ状態が一番健康的である」と言ったそうな。

つまり、精神分析の専門的見地に立てば「軽いうつ状態」というのが「ハレとケ」のケの状態、人間のごく普通の日常的な精神状態であるということなんだろう。ちょっとウツっぽいからって、なーーんも気にせんでよか、それ、普通なの。と彼は言いたかったのだろう。

このところの世界が、日本が、主に経済的要因で「軽いうつ状態」(もっとシリアスかも知れないが)に陥っているように思うが、そのあおりというわけでもないですけど、個人的にも今月は「軽いうつ状態」が続いている。が、それが普通なのだ、と思えば、まあ、そうかな、とも思う。

しかし、人間の精神をドライブさせ、行動のモチベーションを得るためにはある程度「躁」な気持は必要なわけで、僕としては日々の4分の1くらいは「軽い躁状態」で過ごせればと願う。

で、僕にとっては音楽を聴くこと、やることが心に「軽い躁状態」を作り出すドライブになる。そこに酒が入れば言うことない。

というわけで、昨夜はマイ・フェイバリット・音楽居酒屋「パラダイス本舗」にスラック・キー(ハワイミュージシャンが好んで使うゆったりまったりのチューニング・キーのこと)系バンド、「タマシロ・マーケット」のライブに出かけた。

ハワイミュージックの巨人、ギャビー・バヒヌイを師と仰ぐ(たぶん)彼らの音は色で言えば「だいだい色」、優しくあたたかい。ゆったりまったりの気分に浸り、僕の心に「軽い躁状態」をもたらせてくれた。


画像は「タマシロ・マーケット」の面々。写真では見えないが、ヴォーカルの Hilakawa氏が弾いていたのは、「100万円の値打ちがある」と自慢されていたカマカの8弦バリトン・ウクレレ。弾かせてもらった。スプルーストップでコアのサイド、バック、ネックは切り出し、ブライトな涼やかな音色で、例えれば「ハワイの風の音」という感じでした。

2008年10月25日土曜日

鬱猫の独り言


木曜日の「報道ステーション」、このところ「憂色濃いしたり顔」が板に付いてきたフルタチ、「まずはニューヨーク株式市場の最新動向から」とアメリカ発グローバル金融経済の破綻、世界同時不況の進行を紹介、株安を憂い、円高を憂い、実体経済を金融経済が浸食する不条理をひとしきり嘆いて見せた。

続くニュースは、2億円の宝くじ当せん後、行方不明となっていた岩手の女性の殺害事件。彼女を殺害したとされる熊谷なる人物の、自らは多額の借金を負いながら、他の女に金を貢ぎ、しかしこの男には別の女との離婚歴あり、現在は外国人の妻と子どもがいるという。容疑者の滅裂な人生と、宝くじが当たったことで悲劇的な末路を辿った被害女性(無口で地味な印象とされる)の人生を思うと、他人事ながら、心が塞ぐ。

二つのニュース、一方は世界規模の、一方は日本ローカル岩手県の、金にまつわる「しょっぱい話」。しかし、どちらも人間の「グリード(浅ましい強欲という感じか)」から起きた現象、事件であろうと。やるせない気持もするが、反面、持たざる者(僕のことだが)は失うものもあまりないので、その点は神に感謝すべきか。

続く特集は、全国の動物愛護センターで殺処分にされる犬猫は年間約30万頭に上るとされるペット遺棄の実態、センターに一時預けられている犬猫の見るに忍びない表情、様子。

そして、イラクの現状、米軍が使用した「劣化ウラン弾」の影響によるものとされる奇形の子どもたちが画面に映し出される。オクさんは見ながら涙ぐんでいた。

かくも世界は非道い、人間は愚かだと、ニュースは伝え、フルタチの憂い顔はますます表情に濃く現れるが、さて、僕ら庶民は何を希望し日々を生きていくかの示唆は与えてくれない。そんなものは座してテレビを眺めていても得られないことは分かっているが、この日の「放ステ」を見て全国の欝病患者が一割り増しになったのではないかと思った。

2008年10月20日月曜日

「ヒット・ザ・散歩ロード」on Sunday Morning


住処から歩いて数分のところに境川という川があり、流域は整備された散歩道となっており、基本的出不精ヒッキー傾向のある僕だが、我が脆弱な「ガラスの腰」強化改善のため、ひところ「パワー散歩」に励んでいたが、このところ、基本的飽きっぽい性格故、散歩モチベーションが低下していた。

そこで考えたのが、煙草のまとめ買いをしないということだ。買うときは2箱以上は買わないようにした。そうすると、僕は哀れなニコチン・アディクトなので、煙草が切れれば這ってでも買いに出かけることになる。

で、ついでに散歩というわけ。以前は川縁散歩は夕刻、黄昏時にすることが多く、一日の内その時間帯が好きだからだが、煙草が切れるのは夕刻とは限らず、昨日は午前中であった。しかも日曜日。日曜日の午前中の散歩は多分初めて。川縁は賑わい、行き交う人が普段の3倍くらいいた。

ところで、この季節、ときたま脳内をエンドレスに巡る楽曲があって、「秋の陽はつるべ落とし」という歌詞で始まるそれは小坂忠の「つるべ糸」という楽曲。それ以降の歌詞は覚えていないので、♪あ〜きの陽は つるべ落〜とし、という4小節を際限なく繰り返すことになる。

昨日は煙草だけ買うつもりで戸外に出、いつも行くコンビニで煙草を買って、あまりに天気が良いので、いったん家に戻り、デジカメ持って「ヒット・ザ・散歩ロード」に及んだのだが、いつもの散歩のお供、iPodを装着するのを忘れた。

散歩するときには脳内に音楽が欲しい。それで、「脳内音楽」として鳴り出したのが「つるべ糸」。出だし4小節を50回くらい(脳内で)歌いながら、橋から橋へのいつものコースを巡ったのだった。

さて、煙草が切れてきた。「黄昏の散歩ロード」に今日も参るかな。


画像は、散歩ロード脇にある田んぼのあぜ道を楽しそうに連なり歩く女子高生たち

2008年10月18日土曜日

就職面接会


いやはや爆睡した。昨夜はウクレレ抱いて午前2時過ぎに就寝、目覚めれば、本日も秋晴れ日差しは既に高く、僕はどちらかと言えば春眠より秋眠の方が暁を覚えない。このまま冬眠したいくらいだ。

近年、ジジイになったのか、若い頃より長きに渡っての夜型体質が変わり、早くに目覚め、だから早くに眠くなるようになった。昨夜は夜更かしに及び、でも最近はそれでも早くに目が覚めていた。老いると新陳代謝も衰え、あまりエネルギーを消費せず、であるから睡眠をあまり必要としなくなるらしい。燃費効率が良く、暗くなれば眠くなるので老人は地球に優しい、と言える。

若い頃はよく眠るほうだった、猫並に。このところは平均睡眠時間は6.5時間程度か。で、時折、爆睡する。と言っても9時間くらいが限度。若い頃は12時間以上、ノンストップで眠ることもできた。眠るのにも体力がいると聞くが、12時間以上眠る体力は既にないということだろう。睡眠中はあまり老いが進まないような気がするが、丸々48時間くらい眠れば、一皮むけたようにつるりんと若返ることはできないだろうか。


昨日は、授業を午前中で切り上げ、昼食もそこそこに、生徒二人を追浜の体育館で行われた障害者のための合同就職面接会に引率した。

開始15分前に会場に到着したが、事前に第1希望として挙げていた企業ブースには既に多くの面接希望者が待機しており、最後の席を確保したものの生徒の一人は面接を受けることができなかった(後日、再度面接することに)。

二人の生徒はどちらも面接初体験。面接トレーニングは授業で時折取り上げ、先週も半日かけ「特訓」を行った。まあ、付け焼き刃でやったところで、そんなに効果は期待できないが。

とりあえず、細かいことはつべこべ言わず、本人達をできるだけリラックスさせることと自信をつけさせることに努め、「体験学習」のノリでH君とI君それぞれ2社の面接に及んだ。

本人達はさすがにかなり緊張していたようだったが、僕が思ってた以上に、よくできた。普段、弱気消極甘え体質のI君は、堂々と面接官に「よろしくお願いします」が言えた。普段、茫洋の極にいるのんびりマイペースのH君は、面接官にきっちりとお辞儀することができた。結果はともかく、学習というのは体験することによって血となり肉となる、ということをあらためて実感した。

健常者の面接テクニックなどとは比べるべくもないが、僕のアドバイスをよく聞いて、二人ともよく頑張ってくれた。着慣れないスーツ、ブレザー姿の彼らと駅まで黄昏の雑踏を歩きながら、ほんのりと嬉しく優しい気持ちになった。今日は良い一日だったな、と思った。


画像は「爆睡キャット」(ウェブから拝借)

2008年10月13日月曜日

京浜ロック音楽祭に行った







というわけで、昨日は「パラダイス本舗」関係各位が尽力し、実現にこぎつけた「京浜ロック音楽祭」に出かけたのだった。

基本的に野外は苦手、の僕をこのコンサートに誘(いざな)ったのは、前日、「本舗ママ」りえさんにこのコンサートを開催するに至るまでの苦労話を聞いたからだった。そして、意気に感じたからだった。

30数年前、70年代中期、僕は売れないフォーク歌手をやっていて、日本のフォーク・ロック系音楽がしだいにコマーシャルベースになっていく課程を、それはそれは屈折した思いで見つめていたわけですね。

「レコードは売れなきゃ、作ったって意味ないんだよ」と担当ディレクター氏に言われ、それに反発したことから、変に屈折してしまった。それががほとんどトラウマみたいになって、長い間、楽しく音楽をする、ということができなくなっしまった。

その体験は、音楽をする上で、僕に大きく欠けるものを作ってしまったように思う。その欠けたものが何であるか、確認するためにも「行かねば」と思ったのでした。天気も良かったしね。


アップ動画(中間部分編集あり)は「サプライズのサプライズ」、どなたが「久保田真琴と夕焼け楽団」の記念すべきリユニオン・ステージに現れたか、見れば分かります。


夕焼け楽団リハ(ビリ)ライブ@パラダイス本舗





土曜日の夜は中央林間「パラダイス本舗」に、店主・藤田洋介さん始め、ケニー井上、恩蔵隆、井ノ浦英雄、各氏の「元・夕焼け楽団」のメンバーが30数年ぶりに集い音を出す、という催しに出かけた。

結成「だけ」はした「言い訳楽団(仮称)」のメンバー、Nさんご夫妻と、楽団に引きずり込むつもりのベーシスト・藤田"よっちゃ"佳子さんも遠路はるばる参加、ウチのオクさんも連れていき関係各位に彼女を初公開したりした(それほどのもんではありませんが、僕らはあまり夫婦単位で行動しないんで)。

この日は翌日の「京浜ロック音楽祭」に備えた「公開リハ(ーサル)・ライブ」という趣旨のもので、30数年ぶりに一堂に会し音を出す機会であったということから、「公開リハ(ビリ)・ライブ」という趣もあった。

「リハビリ・ライブ」というのは、「サプライズあるかも」と事前に噂されていて、そしてその期待通り、ライブに現れた久保田真琴さんがそのように仰有っていたので、僕の揶揄ではない。

ともあれ、この夜、久保田真琴さんを迎えた「元・夕焼け楽団」の演奏がいかにゴキゲンであったかは(完成度はどうであれ)、アップした動画をご覧になればお分かりだと思う。そして彼らを支えている心優しきロックおじさん・おばさん(酩酊”Go Go!" 爺さん、ご苦労様)達が醸し出すパラダイス本舗の雰囲気は最高でしたね。ライブは演者と観客によって作られる、というわけ。



で、椅子なし野外嫌い(腰がきつい)の僕としては、行くことを逡巡していた翌日の「京浜ロック音楽祭」にも行ったのだった。(これについては、別日記にします)

2008年10月8日水曜日

セイム・オールド・ブルーズ



C   E   Am
朝っぱらから  雨が降ってる
C   E Am   C7
まるで涙 流すように
F E♭dim/F# C B♭ A7
暗い 部屋の  片 隅 で 
D7       G7 C Gaug
歌うは いつものSame Old Blues

雨の降る日はブルーズな気持になるぜ、まったく。僕の好きなクラレンス"ゲイトマウス"ブラウンの"セイム・オールド・ブルーズ"。フレディ・キングのより、しみじみとしていて好きだな。


昨日は、午前中に卒業生が4月から勤務している東戸塚にある企業への訪問。障害者雇用に前向きな「特例子会社」のひとつ。まずまず問題もなく、元気に勤務を続けているようで安心した。

その後、東戸塚駅前のマクドナルドで「マックリブ」とコーラとホットコーヒーと煙草3本を消化し、有楽町まで。三省堂前で編集者F氏と落ち合い、喫茶店で打ち合わせ。二転三転し、長期プロジェクトと化した書き物仕事の件だが、F氏と熱いトークを交わす内、あらためて執筆モチベーションを得た。

喫茶店からパブに店変え、軽くビールを2パイント&ソーセージとピザを消化。注文を繰り返したウェイトレスがピザを「ピジャ」と言い間違え、「ピジャ、って可愛いね」と言うと、ウェイトレスは恥ずかしそうに笑った。


コードが歌詞の適切な位置に来ていないけど、参考までに。(原曲より一音上げてます)
それと、このYouTube音源のタイトル、正しくは "SAME OLD BLUES"ですね。

2008年10月4日土曜日

秋晴れうららの称名寺スケッチ

今日もいい天気じゃないか。秋晴れ好天三連チャン。
天気がいいと、このところ鬱屈気味の心もやや和む。

昨日はガッコウ。前期試験も終わったことだし、天気も良かったので、午後、近隣「称名寺」(徒歩5分)に生徒連れて、鉛筆一本、お気楽スケッチに出かけた。やはり、近隣「海の公園」とともに、ウチのガッコウの「授業に飽きたら(先生が)、生徒連れて出かけるおきまりスポット」のひとつ。

子どもの頃、スケッチというのはあまり好きではなかった。単体ブツを描くーー静物画の類、人物デッサンの類、写真からの模写の類は、まあ得意なほうだったが、風景スケッチになると上手く描けなかった。

視界に広がる風景を画用紙のプロポーションに切り取るという作業が苦手だったのかも知れない。それは、(思うに)僕が単一志向性の眼を持っている(周囲をあまり見ない、だから、方向音痴)ことに関係しているのかも知れない。

だから、生徒に「目の前に広がる風景を描かなくてもいい。歩いてて面白い物、興味のある物を見つけたら、それを描いてもいいんだ」と指導。生徒の一人は画用紙の真ん中に小さな墓石を描き、一人はお堂の脇、暗く日当たりの悪い場所に生えた怪しげなキノコを描いた。

秋晴れの空の下、境内に点々と散らばる生徒たちの絵をてくてくと巡回しながら、中学の時の美術教師のことを思い出した。いくぶんやる気のない感じの日教組系だったか。晴れた日には戸外で生徒にスケッチをさせ、特に生徒に指導もせず、自分の絵を描いていた。

覗き込めば、洒脱な風景画が画用紙の上に展開していて、「さすがに上手いなあ」と感心したことを覚えている。子供心に彼の立場に憧れたものだ。この日の僕は生徒指導もそこそこにデジカメでスナップ撮影、憧れていた立場になったじゃないかと言われれば、まあそうだなあ、と思う。


称名寺は「金沢文庫」が隣接する北条実時(1224年−1276年)が開基したとされる地元名所。何年か前、風情あった「太鼓橋」が老朽化のため撤去され、資金繰りの関係でなかなか復旧できないでいるとのこと。現在、工事中の状態がはなはだ風情を損ない、そこがいささか残念ではある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/称名寺_(横浜市)



池から本堂、鐘楼を臨む。池には亀がいっぱいいる。以前、生徒をここにスケッチに連れて来て、生徒の一人が何を思ったか、この池にズブズブと入ってしまったことがあった。大騒ぎになった。



彼岸花が(盛りを過ぎていたが)、池の畔のそこかしこに咲いていた。「彼岸花と亀」、なにやら仏教的な光景。「亀の人生」を思う。スローライフであることは間違いない。



この切り通しをくぐれば「金沢文庫」。何度も来ているのに、入館料を取られることから一度も入ったことはない。



老木に切り取られた秋の空。絹層雲というのか、秋空らしく鰯雲。



描きかけの生徒作品。そばにいて、「亀がいっぱいいるねえ、鯉もいるねえ、あ、蝶々がいるよ、鳩が寄ってきたよ」などと話しかけていると、どんどん描いてくれた。彼はお絵かき大好きな子。

2008年10月1日水曜日

最近の小商い挿絵仕事5

双葉社「小説推理」で連載中の山田正樹『復活するは我にあり』の挿画仕事5回目。

主人公は、脊髄に腫瘍ができ、全身の神経が麻痺しつつある「車椅子の不屈の経営者」と呼ばれる権藤隆一。ここに来て、権藤ってわりかしロマンチストということがわかってきた。この回はハイジャックされた南シナ海号に中国軍ヘリがやってきて、「ドンパチ」があったりと、アクションシーン満載。ハナエの娘「スワン」を守ろうと権藤が奮闘する。ただ、作家・山田氏都合により原稿が遅れ、肝心のアクションシーンは読めずにイラストを描くことになった。ま、よくあることですが。


南シナ海号に接近する中国軍輸送ヘリ「Z8ヘリ」。文中に「海軍迷彩」、(何故か)「赤十字のマーク」が付けられているという説明有り、その通りに描いた。ウェブには思いの外、軍事関連ブツの画像が多く掲載されている。こういうの調べていると総裁候補イシバ君みたいな「軍事オタク」になりそう。


画像右:ヘリに対峙する権藤。実は権藤が使用している車椅子は直立して階段も上れる「アイボット」というコンピュータライズド駆動、最先端のもので、さらにゴーグルとヘッドセットを付け、脳からの指令で動き、バーチャル視界も見えるという仕掛けがあるものすごいもの(そんなの描けない!)なのだった。バーチャル視界用のゴーグルはいくつかゲーム用の資料があったが、イマイチ形が気に入らなかったので敢えて20世紀B級サイファイ型にしてみた。

最近の小商い挿絵仕事4

双葉社「小説推理」で連載中の山田正樹『復活するは我にあり』の挿画仕事4回目。

主人公は、「車椅子の不屈の経営者」と呼ばれる権藤隆一。この人は脊髄に腫瘍ができ、全身の神経が麻痺しつつある、という設定。この回は、三人の「環境テロリスト」始め、「南シナ海号」に乗り合わせた様々な職業、人生を持つそれぞれの人物描写が主になっている。中でも「完璧なプロポーション」を持つ、「チャン・ツィイー似」の「素晴らしいほどの美貌」、フローレンス・ハルエ(2回目に登場した美少女の母で中国人実業家の妻の日本人)の登場が白眉。


テロリスト達のリーダー、東尾(ダーク・スーツにサングラス、長身の男)のサングラスに映る船上の人質のシルエット。サングラスの男というのは匿名性と象徴性がハナからあるので描きやすい。サングラスに映るイメージというのは過去何度か使ったが、シリーズでは何度も使えない。


絶世の美人妻、ハナエの顔はさすがに描くのをためらった。読者の想像力を奪ってはいけないし、元々僕は美人を描くのが苦手だし。で、文中、象徴的に描写されるハナエの持っていた日傘を描くことにした。

最近の小商い挿絵仕事3

双葉社「小説推理」で連載中の山田正樹『復活するは我にあり』の挿画仕事3回目。

主人公は、「車椅子の不屈の経営者」と呼ばれる権藤。この回は権藤が乗船した客船「南シナ海」がハイジャックされるところ。三人の「環境テロリスト」(中国による軍事基地建設が予定されている珊瑚礁の島を守るため、人質を取った上で中国政府に基地建設中止を交渉するというもの。でも、本当の目的はまだよくわからない)が登場する。


南シナ海あたりを航海する「南シナ海号」。洋上は「ミルキー・シー」(生物発光現象ーー双鞭毛虫類という原生動物の一種が乱反射する散光による現象で帯状に海が乳白色に染まる)と呼ばれる現象に覆われていた、という文中描写からのイメージ。資料をあたって、こんな感じかな、と。もちろん実際に見たことはないが、さぞや幻想的な光景だろう。イラストを描くと色々お勉強になる。


船をハイジャックした三人の「環境テロリスト」の面々。文中、一人一人の人物描写がかなり具体的だったので、よせばいいのにまた顔、姿を描いた。パーカーの男が持っている銃はテロリスト御用達「テック9」サブマシンガン。これも調べて描いた。こういうのやっているとちょっと銃器オタクになった感じ。
中央の男は文中、「白髪」の男とされていたが、何を勘違いしたか、僕は「白髭」の男と思いこみ、だから「白髭」の男を描いた。画像ファイルを送る寸前に気がつき、「白髪」の男に描き直した。そういう粗忽を僕はよくやります。

最近の小商い挿絵仕事2

双葉社「小説推理」で連載中の山田正樹『復活するは我にあり』の挿画仕事2回目。初回については過去日記に取り上げた。

主人公は、心に闇を持つ「車椅子の不屈の経営者」権藤。この回は権藤が「謎の男」の挑発に乗り、ベトナム・ハイフォンから客船「南シナ海」に乗り込むところ。


ストリー中の「雑談」として挿入される、権藤が好んだ彼の地の人々のあぶない遊びの話(猛毒蠍を手のひらに乗せてどれだけ耐えられるか、というもの)。「蠍ロシアン・ルーレット」みたいな。で、それに興じる人たちは狂気の目をしてげらげら笑っている、と。そんなイメージ。
一般的に蠍はこんなにでかくないと思うけど、一応迫力出すため、でかくした。なんかザリガニに見えなくもない。僕は何が嫌いって、多足類の昆虫がダメ。特に蜘蛛がダメ、蠍は見たことないけど当然ダメ。資料をあたってて、マジ気持ち悪くなった。でも、頑張って描いた。一応プロだから。


権藤が「南シナ海号」に乗船するときに出会った美少女(物語の展開に絡んでくる)のイメージ。文中描写は、「小さくてやせっぽちの女の子」、「六歳か七歳」、「東洋人の顔立ちだが、日本人ではない」、「睫毛が長く、目が明るく澄んで利発そうな印象」ーーこういった情報でイラストレーターは小説中の人物を描く。
僕の場合は「リアル」だから、描くにあたってすごく責任を感じる。できることならあまり具体的に描かない方がいいと思うが、この少女の場合は割りと具体的にイメージが浮かんできたので描くことにした。浅黒い肌と小鼻あたりに「南方アジア系」を意識したが、あとから中国系少女であることがわかった。ちょっと違っていた。ま、いいか。

最近の小商い挿絵仕事1

角川「本の旅人」で春先から連載、挿画を描かせて頂いていた西村京太郎『殺人者は西に向かう』が今月号で了。連載7回で終わりだった。零細イラストレーターとしてはもう少し引き延ばしていただきたかったところ。

これに関する過去日記1
これに関する過去日記2
これに関する過去日記3

東京の一隅、とある安アパートで「後期高齢」の老人が孤老死し、遺体が発見されるところから物語は始まり、老人の死を発端に、周辺から連続殺人事件が起こり、事件は何故か本州の西、岡山に集中し、だからおなじみ警視庁捜査一課、十津川警部はやたら新幹線「のぞみ」に乗り、岡山出張の日々を送ることになる。そして、事件の真相は、老人の過去の人生における「闇」の部分にあるのではないかと十津川は推理する。
孤老死した老人の長い人生における「闇」の部分とは、彼とかつての仕事仲間は若い頃、岡山の温泉旅館で、どんちゃん騒ぎをし、若気の至りからとんでもないことをしてしまい、それは、泥酔し悪ふざけの果て、誤って若い女(温泉芸者)を殺してしまった、という暗い暗い事実だった。
しかし、その事件は表に出ることなく、闇に葬りされられ、やがて時効となったのだが、老人の死により、結果的に闇に葬り去られていたはずの事実に光が当てられ、連続殺人の真相が解き明かされていく。とまあ、そんな内容だった。

誰しも、人生において葬り去りたい過去というものがあるのではないか。僕もある、ぽろぽろ。万引きはあります、本の。十代の頃ですけど。幸運にも捕まらなかったけど。他にも、……いくつか書こうと思ったけどやめた。「若気の至り」の類ですが。でも、さすがに殺人はないな、たぶん。


その老人(達)が誤って殺してしまった岡山の温泉芸者のイメージ。もちろん、初めから上下逆さまに描いたのではなく、描いたものを上下逆さまにした。いつか使いたかったこの手口、編集氏には好評だったみたいで良かった。


その温泉芸者に横恋慕していた少年のイメージ。彼がやがて成長し、復讐を果たそうと思い立つことが連続殺人のきっかけとなる。


最終章のイメージ。物語当初、孤老死した老人をアパートに訪ねる「謎の30代美人女性」というのがいて、僕はこの女性が物語の伏線として登場し、事件解明の鍵となると思っていたのだが、結局事件には直接関係がなかった。十津川警部曰く「あの女性は、どこの誰だかはわかりませんが、(不幸な老人にとって)そこにロマンスの香りをかぎたいと思っているんです」と。うーん、それはありなの? 西村先生、と思ったが、最後は綺麗にまとめたかったので孤老死老人の「ロマンスの香り」を描いてみた。