2008年4月30日水曜日

金は天下のまわりものだ。


いつもこちらをよけてまわるのが気にくわないが。

19世紀ロシアの小説家、ツルゲーネフの言葉。なぜ、こちらをよけるのかと言えば、金というものはあるところからあるところへ巡回するのであり、ないところへ訪ねてくることはまれであるからだろう。貧乏人は上空で巡回している金の流れをただただ仰ぎ見るだけなのだった。


あまりに陽気がいいので、ヒット・ザ・散歩ロード。以前から練習を積んできた「なんば歩き」が大分自然にできるようになってきた。「なんば歩き」というのは、かつての日本人の伝統的な歩き方で、踵から地面を踏みしめ爪先で蹴り出し、大股で腰をねじりながら歩く西洋人に対し、足の裏全体で地面を踏みしめ、やや小股で平行移動しながら歩く日本人独特の歩き方だ。靴文化の「かつかつ系ウォーキング」に対して、わらじ文化の「すたすた系ウォーキング」という感じであろうか。人間独特の二足歩行の完成型という説もある(というのは出まかせですが)。

なんば歩きを「同手同足で歩くこと」ととらえると、不自然で無理な動きになってしまい、長く続けることができない。それにすごくカッコ悪い。あの人、ちょっと変かも、と思われるかもしれない。

ちょっと、まあ、コツがいる。手をどう振るか、ということは考えない。腰を平行移動させる、身体の軸をまっすぐに保つ、というようなことを意識して歩くと自然に同手同足になる。すたすたすたすた、と頭の中で唱えながら歩くこと。

なぜ、なんば歩きを始めたかというと、これは腰にいいというのが直感的にわかるからだ。しかし、散歩ロードでウォーキングに励む人のほとんどが腕と脚を交互に振り出す西洋型ウォーキングだ。まだ「なんば歩き」は異端であるように思う。僕もまだ市街地を「なんば」で歩くのは幾分恥ずかしい気がする。


画像の猫像は「なんば歩き」が理に適った歩き方であることを証明している。

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