2008年12月28日日曜日

ムーニー&ケニー@パラダイス本舗


昨日、年賀状を投函、その足で中央林間「パラダイス本舗」へ。

駅で電車を待っていたら、ホームに鳩が数羽寄ってきて、ホーム上に落ちていた「コアラのマーチ」をつついている。

懸命につつくが、鳩のくちばしではなかなか「コアラのマーチ」は粉砕できず、そのままではでかすぎて嚥下できず、食えないでいる。一羽があきらめると、入れ替わり、別の鳩がくちばしで粉砕しようと試みるが、やっぱりダメ。

「何、何、何やってるの、食い物食い物食い物、オイラにやらせろ、ワシにやらせろ」とどんどん鳩が寄ってきて、入れ替わり立ち替わり、コツコツと。鳩は馬鹿だから、「無理無理」という先駆者の経験伝達が成されない。

しばらくその様子を眺めていて、鳩の群れの中心まで赴き、(「おいおい、このおっさん、何する気だ」と鳩たちの視線を一身に浴びつつ)、「コアラのマーチ」を靴でグシュと踏んづけてやったら、ものの数秒で粉砕された「コアラのマーチ」は数羽の鳩たちの胃袋へ消えていったのだった。

なんだかいいことをしたような気がして、にんまりしながら顔を上げたら、そのときホームで電車を待っていた多くの人からこの顛末、見られておった、とさ。


さて、パラダイス本舗で「本舗繋がり」の友人達、仕事帰りのウチのオクさんも集い、アメリカン・ルーツミュージック系、ノスタルジック・スウィング系、「エロ可愛い」といった語法で言うなら、「シブあったかい」楽曲が中心のアンクル・ムーニーとケニー井上のデュオ・ライブを見たのだった。

「レイジー・ボーン」、「レイジー・リヴァー」といたってレイジーに始まり、ムーニーさんと「歌う司会者」ケニーさんがほぼ交互にボーカルを務めつつ、ホーギー・カーマイケルの楽曲をメインに、途中、本舗店主、洋介さんも加わり、僕の大好きな楽曲のひとつ、I'll See You In My Dreamなんかもやってくれました。後半はブルーズ・ハープの方も飛び入り参加、盛り上がったな。ムーニーさんの「スプーン芸」も間近で見られた。

ムーニーさんとは、実は30年ほど前のバイト仲間であり、スーパーの店頭でお茶を売る仕事だったが、一度だけ組んで仕事をした。そのお茶の販売会社、突然会社が倒産し、路頭に迷ったいきさつがある。ムーニーさんは倒産する前にクビになったそうだ。髭を剃れと言われ、剃らなかったことが解雇の理由だと、今回お聞きした。僕は当時、肩まで届く長髪だったが、特に注意されなかったなあ。

そんなわけで、グッタイム・ミュージックを満喫し、酔っぱらって帰路、路肩のコンクリート・ブロックに蹴躓き、転んでしまった。指先をすりむく程度の軽症で済んだが、路上に転んだのは、大人になって記憶がない。今年のオチがついた。

2008年12月23日火曜日

境界児に関する本、執筆中


昨日午後、2年越し新書プロジェクトの打ち合わせに白山、平凡社に。

一昨日の12月にしては異常とも言える気温上昇が昨日午後まで続き、出かけるときは春のような陽気であったが、1時間強、電車に揺られ、都営三田線・白山の改札を抜け、地下鉄の階段を上りきると、風は冷たく、まるで南国から北国への地下鉄の旅のようであった。

担当F氏&この本の「フィクサー」meitei浜野氏と社内談話室で面談、やや停滞していた本の進展が具体的に方向づけられていった。本というのは、僕が長い間関わっている境界児に関するものだが、これを執筆するにあたり、いろいろと覚悟が必要なテーマで、当初躊躇があった。

それは、文責に関わるものであったり、個人のプライバシーに関わるものであったりするが、何より「障害」というものをテーマにすることの重さを、僕自身が抱えきれるかという不安からくるものだった。

もとより面白可笑しく書けるテーマではない。当たり障りなく書いても意味がない。かといって深刻、切実、シリアスに構え、論ずるのもしたくない。穏やかな小春日和の天気のような「ほっこり」とした読後感を持つような本にしたい、と思っている。それがなかなか難しい。

様々な発達障害を持つ卒業生へのインタビューを紹介するというのが、この本の骨子だが、それを通じて、僕の境界児に対する思いを伝えることで、読者の境界児というものに対する理解を促し、彼らの社会における居場所をよりふさわしいものにしていきたい、という願いがある。

出版するに足る良書となるかどうか、あまり自信はないが、彼らのことを語るに足る経験と彼らに対する思いの深さについては、それなりの自負はある。船は動き出したし、もううだうだ言ってられない。この冬はこの本の完成に向けて時間を注ぐことになりそうだが、こういう機会を与えられたことは有り難い、と思う。

さてさて、気がつけば今年も余すところ一週間あまり。明日はガッコウの終業式、午後からは保護者面談がある。来年度の進路の話が主題となるだろう。ここに来て不景気風吹き荒れる世相、心は重いが、いろいろと致し方ない。

2008年12月21日日曜日

モチベーションゼロ


10時頃起床、天気晴朗なれど風強し。
オクさんは老人ホームでのパート仕事に出かけた。
「洗濯物を取り込んでおいてね」と言葉を残し。
そうだ、洗濯物を取り入れなければ。

やるべきことはそれなりにあるのだが、今日は見事に何もやりたくない。哀しいくらい、やる気なし。モチベーションゼロ。ウクレレ関連YouTube動画をパラパラ見て、ポロポロとウクレレを弾いておった。

昨夜、タケシが出る番組で、タレント本の面白題名についてのコーナーがあり、マジシャンのマギー司郎の本のタイトルが「生きてるだけでだいたいOK」というもの。なかなかいいタイトルだ。

人間の向上心やら勤勉さというもの、2割減くらいになれば、もう少し楽な世の中になるのではないか。

画像は兄貴のところから毎年届くチョコレート・ボックス。何と愛らしく美しく魅惑的な造形物であろうか。

高田渡の歌で「アイスクリーム」というのがあった。
それに倣って。

チョコレート チョコレート
チョコレート 私の恋人よ
チョコレート 私の恋人よ
あんまり長く ほっておくと
オクさんに食われてしまう

2008年12月20日土曜日

クリーニング工場見学


月いちスクーリング、昨日は神楽坂にある提携校教室に生徒を引率、午前中授業、昼食後、神楽坂→大手町(徒歩)→東京→蒲田→下丸子というルートで下丸子駅から徒歩10分、キャノン本社前にある白洋舎クリーニング工場を見学、というメニューであった。

白洋舎は厚木工場に今も尚、卒業生数名が働いており、フルタイム講師の折には毎年、生徒に実習をさせて頂き、僕もジョブ・コーチのまねごとをしたりと、よく知り及んだ職場だ。

下丸子工場は創業以来の場所らしく、工場内に「洗濯資料館」なるものがあり、往時の木製洗濯マシーン(業界では「ワッシャー」と呼ぶ、「ウォッシャー」じゃなくて)やら、今でも古道具屋あたりで見かけそうな旧式アイロン、ついギートットとリズムを刻みたくなるようなヴィンテージな洗濯板と桶などの展示があった。

ガイドして頂いたのは実直そうな中間管理職風社員の方で、1Fから5Fまで工場内、ほとんどすべてを案内いただき、入荷から出荷までのクリーニングの工程、特殊クリーニング、アイロン掛け、溶剤の違い、など専門用語を交えながらごく実直に説明いただいた。

申し訳ないが、僕はクリーニングというものにさして興味がなく、生徒もそのようであったが、説明が丁寧であればあるほど、正直退屈で、ちょっと寝不足だったせいか、立って説明を聞きながら居眠りをしそうになった。

毛皮のクリーニングは砂を使う(砂で汚れを吸着する)と聞いても、ふーん、程度であった。ガラスで遮蔽された無菌室のようなところでダストフリー作業服に身を包んだ工員の方々にクリーニングされているのは、そのダストフリー作業服で、向かいのキャノンが主なクライアントらしい。ふーん。

工場見学というと、最近はほとんどコンピュータ制御された工場が多く、額に汗し労働にいそしむ方々というのはあまりおらず、機械のモニター表示をじっと見ているような人がちらほらいる程度で、生徒に「労働の現場」を見せようと思っても肩すかしを食らう。

その点、クリーニング工場はまだ人の手による作業が多く、アイロン職人のみなさんがすらりと並んで手仕事(機械によるアイロンもあるが、手仕事の方がクオリティは高いとのこと)をしている様は「昭和の工場」を彷彿し、たらたらとやっている方は一人もおらず、ワイシャツを電光石火の早さでアイロン掛けしていく。

厚木の工場でも感じていたことだが、他の持ち場のみなさんもきびきびと無駄のない動きを見せており、まさに額に汗し作業を遂行する模範的な工場であった。僕としては、もう少したらたらと鼻歌でも歌いながらやって欲しいところだが、プロの職場はそんなわけにはいかないのだろう。

工場内に額が掲げられ、そこに「はたら苦をはた楽にして楽しく元気に作業しよう」なんて書かれてあった。なんだか嫌だった。経営者にそんなこと言われたくないなあ。

ところで、僕もそうだったが、多くの人は「ドライ・クリーニング」というのは水を使わない「乾いた」状態でクリーニングすることだと思いがちだが、水の代わりに石油系溶剤を用いてクリーニングするのがドライ・クリーニング。基本的に液体まみれで洗濯することは変わらない。知ってました? ふーん。


画像は、洗濯資料館にあった「ヴィンテージ・ウォッシュボード」

2008年12月18日木曜日

オモライくん


70年代の少年漫画に「オモライくん」というのがあった。永井豪センセーの作で、おこもちゃんとかコジじじいとか、とにかくこれでもかと不潔感満載の漫画で、僕はわりと好きだった。

我が人生を振り返ると、人にものをあげるより、もらう方がはるかに多いように思う。恥ずかしながらのオモライくん人生、ありがたいこって。

ここ一、二週間の間に、各方面から贈り物、お土産、お歳暮等、相次いで届き、この年末は、例年に比べいただき物多く、不況風吹き荒れる世相の折、しみじみと感謝したい。サンクス・アロット。

下記、オモライ物リスト。
・脂の乗ったほっけ&「ぶりこ」たっぷりのハタハタ&話題の「生キャラメル」from北海道、九州名産「辛子明太子」&「辛子高菜漬け」&「にわかせんべい」from福岡ーーこれらはお隣のトヨコさんから。

お隣のトヨコさんがご不幸有り、九州のご実家に帰省、同時にご主人は北海道出張ということで、お隣猫三匹(チーちゃん、モモちゃん、ミャーちゃん)の世話を数日間したお礼ということでいただいた。奇しくも列島の北と南からのお土産を同時にいただく。

・京料理「美濃吉」の丹波ぶどう豆、湯葉の旨煮、栗の甘露煮、昆布巻き、しじみ山椒煮などのセットfrom京都ーーこれは卒業生の母親から。

・甘くておいしい「有田みかん」ひと箱from和歌山ーーこちらはオクさんのお姉さんから。

・缶ビール(サントリー・プレミアムモルツ)のセットーーこれはオクさんの実家から。

・See'sのアソート・チョコレートfromカリフォルニアーーこちらは兄貴のところから。


こんなところか。
食い物と飲み物ばかりで、キャッシュの入りは例年通り少ないのが残念だ。


画像の生キャラメル、ほとんどオクさんに食われてしまったが、僕はグリコ・アーモンドキャラメルの方がいいかな。あまりにも口溶けが良すぎて、ぐわしぐわしとキャラメル独特の食感がなく、物足りない。なかなか買えないという人気お土産、もらっておいてこんな言い分、何ですけど。

2008年12月12日金曜日

ご近所のクリイル

先週末からそこそこに忙しかった。
と言うと、それはけっこうなことで、と基本フリーランスである僕は言われるが、たまたま多くもない仕事が重なっただけ。多くもない仕事は必ず重なることになっているし、世間は僕の都合で動いてはくれない。

昨日、今日とガッコウ。授業を終え、しばらく職場仲間と茶飲み話をして、5時頃退出。横浜京急改札口から西口方面まで、横浜駅構内を縦断、ルミネのエスカレーターを上り相鉄乗り場まで、雑踏かきわけ、移動、いつもの行程だが、人混みが嫌いな僕は息を止めるように通過する。

雑踏が嫌いなわりには、無意識に行き交う人々の姿形、人となりを観察する癖がある。このところ、「いっちゃってる」感じのする人が増えているように思う。どこか破綻したような人たち。そういう人たちは夥しい群衆のなかでもぽっと浮き上がって見える。All the lonely people. Where do they all come from ? というのはポールの歌。

ホームタウン駅からプロムナードを通って帰路、空にぽっかりお月様。見事な満月。月を眺めながら、住処に向かう細い道、周辺閑静な住宅地の一角、にぎやかな明かりが漏れている。毎年、この時期なかなか豪勢なクリスマス・イルミネーションの飾り付けをする名物家屋があって、そこは住居からアパート一棟隔てた通り向こう。部屋に戻り、デジカメ持って撮影に及んだ。

4,5年前から始まって、毎年確実にグレードアップしている。2年ほど前、オクさんと二人で見ていたら、ご主人が現れ、ミカンをくれた。「いやあ、みなさん期待してるんで、つい張り切っちゃうんです」とのことだった。この不況下、しょっぱい世相、こういう景気づけもいいかもしれない。

満月も
出番なし
ご近所クリイル





2008年12月3日水曜日

ちょいとそこまで煙草を買いに行って、月と金星と木星接近を見る


いやはや、あれよあれよで師走となったが、今日は暖かな良い天気だった。

「小春日和は春に使うものじゃありません」と、息子の常識のなさを咎めた母からの手紙をモチーフにしたCMがあったが、小春とは陰暦10月をさすとのことで、晩秋から初冬にかけての暖かい日の事を言う、ということで、今日はまさにそうした小春日和の一日だった。

このところ、夏場の早寝早起き習慣はどこに行ったか、という感じで生活習慣がやや夜型に傾いている。寝るのは3時過ぎ、起きるのは日も高くなった10時頃、起きてうだうだしていると、すぐに日が暮れてしまう。寂しい。

今朝はがんばって9時前には起きた。かれこれ2年以上も関わっていて、モチベーションを失いかけていた書き物仕事の予定が、最近になってようやく具体的になり、今日はほとんどノンストップで夕刻まで書いた。

仕事というのは、時間を気にせずじっくりやりましょう、と言われたら、まず進まない。殊に基本が猫並の僕は、追い立てられないと何事もやる気が起こらないので困る。追い立てられるのも嫌だけど。

書き物仕事で困るのは、喫煙の量が一気に増えること。普段でも一日二箱、煙草を吸う僕は(ああ、嫌煙者のバッシングの視線が痛い)、書き物を集中的に始めると短時間にひと箱を空にしてしまう。

今日も朝、ニューパックが二箱あったのに、夕方にはなくなって、あれ、もうひと箱あったはずなのに、としばらく探したが、てんこ盛りになった灰皿を見れば、二箱分の吸い殻があったので、ふーむ、二箱吸ったんだ、と納得したのだった。

イラスト仕事でも煙草を吸うが、書き物の方がはるかに、僕の大脳皮質だかは大量にニコチンを要求してくる。本を読んでるときなど、情報を受信しているときは煙草を吸いたいとあまり思わないが、発信しているときは煙草がないと一行も書けなくなる。

このところのフリーランス不況、煙草代も馬鹿にならない。煙草代が巷間言われているようにひと箱千円とかなったら(一気に千円にならずとも、どんどん値上がりすることは目に見えている)、経済的にアウトなので、健康のことより、なんとか煙草の本数を減らせないものかと考えるようにはなっている。

そんなわけで、夕刻、煙草を買いに外に出たら、晴れ渡った師走の空に、絵に描いたように形の良い三日月のそばに二つの明るい星が並ぶように見えた。昨日の朝日新聞一面に月と金星、木星が接近して見えるとの記事と写真が出ていたことを思い出し、ああ、あれが金星と木星かと。
http://sankei.jp.msn.com/science/science/081202/scn0812021250002-n1.htm
今日は既に「にっこりマーク」にはなっていなかったが、ベランダから息を止めてデジカメで撮影してみた(画像:手ぶれで三日月らしく見えないが、左上が月、右下の二つの星の左が金星、右が木星、だと思う)。金星や火星は肉眼でよく見えることはもちろん知ってはいたが、木星もこんなにはっきり肉眼で見えるとは知らなかった。おお、2001年宇宙の旅! とか思った。ガッコウで宇宙のことなんかエラそうに教えたりするが、僕は星座関係には疎いんです。いろいろ他にも疎いことはいっぱいあるけどさ。

2008年11月27日木曜日

警察博物館と陸上自衛隊広報センターに行って来た。

昨日は、提携校主催の月いち社会科見学スクーリングにウチの生徒を引率してきた。今回は「安全・治安に関わる仕事見学」ということで、午前中に京橋にある「警察博物館」(http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/kouhoushi/no3/welcome/welcome.htm)を見学、その後小一時間も電車に揺られ、午後は埼玉県和光市まで足を伸ばし、陸上自衛隊朝霞駐屯地に併設されている「陸上自衛隊広報センター」(http://www.mod.go.jp/gsdf/eae/prcenter/)を見学というメニュー。

警察博物館については、メインな対象が小学生という感じで、全体的に子ども向け学習絵本「けいさつのしごと」的な展示演出の印象はぬぐえない。こういう施設は、小学校の社会科見学授業の一環、あるいは親子連れで利用し、先生、あるいは親が子どもに「警察ではね、こんな仕事をしてるんだよ、ああ、覚醒剤の本物が展示されてるよ、いやだねえ、こわいねえ」というノリで見せるということになっているようだ。

「鑑識グッズ」や「麻薬捜査グッズ」、「銃器、刀剣類」、二・二六事件において殉職した巡査が着ていた制服(胸元にぱっくり切り傷が開いている)や、浅間山荘事件のときの「銃痕付きジュラルミン盾」等の展示物は「大人の」僕はそこそこに興味を覚えた。が、すべて撮影禁止。

平日の午前中ということもあってか、館内に我々以外の見物客はおらず、丹念にガラスケースを磨いていた清掃担当らしきおばちゃんが館内を仕切っていて、ついガラスに手を触れた僕を見とがめ、「ガラスには触らないで」と叱られ、言い方が「官憲的」だったので少々むっとした。

教習所にあるようなドライビング・シミュレーターというのがあって、生徒の一人にやらせようとしたが、またこのおばちゃんが現れ、「免許証を持ってないとダメです」と。運転免許に憧れる世代だから、そばで教えるいい機会だと思ったのに、別にホントの事故を起こすわけでもなし…。おばちゃん、婦警上がりで再就職先としてこの博物館で働いているのかもしれない。


次に「陸上自衛隊広報センター」に行ったが、こちらも対象はヤング・アダルトというのか、「りっくんランド」と名付けられた展示会場には、本物の戦闘ヘリと戦車が展示されており、見学者は迷彩服(申し出れば貸し出ししてくれる)を着て、シューティングゲームや戦闘ヘリの搭乗シミュレーター(生徒と乗ってみたが、これはなかなかリアルだった)に乗って爆撃体験のシミュレーションに興じることができる、という小テーマ・パークみたいになっていた。

3Dシアター(座席も映像に合わせ振動する仕組み有り)では、円谷プロダクション製作の「レンジャー部隊の訓練の記録」(体育会系しごきのひとつの頂点)がヒロイックな情感をこれでもかと高める演出の元上映され、家族で「屈託なく」楽しむ事ができる工夫がされていた。警察博物館よりはるかに金がかかっている印象を受けた。

タモガミ元幕僚長始め、近年「右より知識人」から批判かまびすしい「戦後民主主義教育の弊害」をたっぷり受けてきて、あれは公平に見ても侵略戦争であったという認識を持つ(でも、別に「自虐史観」を植え付けられた記憶とか、ないんだけど)、恥ずかしながら「愛国心」の乏しい僕としては、これでいいのか、とつっこみどころ満載の自衛隊広報センターであったが、「これでいいのだ」としたこの施設を作るに当たっての責任者、広報関係者は、日本人を基本的に脳天気だと規定してるな、と思った。そして、それは概ね当たっているかも知れない、と、戦闘ヘリ・シミュレーターに乗ってはからずもはしゃいでしまった自分を省みて思ったのだった。

ところで、警視庁のオフィシャル・マスコットはピーポ君(知らなかった)、陸上自衛隊のマスコットキャラは「りっくん」と「あさかちゃん」(全然知らなかった)、どちらも子どもの気を引くことが前提のようだ。いつ頃からか、こういう国の機関、自治体がやたらマスコット・キャラなるものを作るようになったのは。子どもを味方に付けておけばとりあえず無難ということか。この風潮は勘弁して欲しい。



警察博物館・正面。左手にピーポ君。


陸上自衛隊広報センター・正面。和光市駅から徒歩で20分近く、あまり行く人はいないようで、がら空きだった。


陸上自衛隊広報センター・りっくランド。室内に展示されているのでヘリも戦車も随分でかく感じた。戦車が7億円程度、戦闘ヘリが200億円くらい、と言われている。値札をつければもう少しシビアに見学できる。


バックヤードに午後の陽光を浴び、佇む戦車、装甲車、高射砲車の類、これだけあれば国会議事堂に乗り込みクーデターもできるかと、不穏なことも考えた。

2008年11月25日火曜日

ウェディング・パーティ@崎陽軒

昨日は、年下の友人の結婚パーティに参加した。場所は横浜東口にある崎陽軒本店、宴会場。「シウマイ」の崎陽軒ということで、ケーキカットならぬ「シューマイカット」があったのが面白かった。(画像)

新郎新婦、兄妹みたいな印象のお似合いカップルで、金屏風のひな壇にかしこまって並ぶ彼らを見ていると、単純に、ああ、いいなあ、と思う。僕ももう二、三回くらいやってみたいもんだ。重婚オッケーの国に生まれたかった。わはは。

新郎はガッコウの元同僚であったことから、かつての職場仲間とも久々のリユニオンも果たした。パーティがはねて、みんなして横浜そごう内にある喫茶店でしばらく歓談した後、解散。出席者は幸せいっぱいのカップルオーラを浴びてるから、笑みがたくさんこぼれる再会となった。


これが「シューマイカット」用の巨大シューマイ、作り物っぽい「ガワ」が何でできているのか、巨大グリーンピースは何でできているのかわからない、聞けば良かった。


新郎による入刀


あらま、中にはごっそり「子シューマイ」が。これは後ほど各テーブルにサーブされ、普通に食べることができた。子宝に恵まれるように、という縁起担ぎもあるのでしょう。

2008年11月19日水曜日

最近の小商い挿絵仕事・08年11月ーその2

双葉社「小説推理」で連載中の山田正樹『復活するは我にあり』の挿画仕事6回目。

主人公は、脊髄に腫瘍ができ、全身の神経が麻痺しつつある「車椅子の不屈の経営者」と呼ばれる権藤隆一。謎の男の挑発に乗り、ベトナム・ハイフォンから船に乗り込んだところ、南シナ海上でその船は「環境テロリスト」を名乗るグループにハイジャックされる。そして、中国軍ヘリがやってきて、コマンド隊員V.S.ハイジャッカーの「ドンパチ」があって、権藤もハイテク車椅子「アイボット」を駆って活躍したりと、派手なアクションシーンが今回も続く。

こういうアクション物に銃器はつきもので、またこういうアクション物は詳細な使用銃器の説明がつく。こういうアクション物は「銃器オタク」の方々にとっては堪えられないわけで、こういうアクション物の銃器のイラストを描くには、適当にこれでいいや、というわけにはいかない。

銃器関係の資料はウェブにごまんとあり、銃器オタクの方々の世界は想像するに深く広い。普段は市役所の出納係かなんかを勤めているが、休日は迷彩服を着込み、郊外でエアガンを撃ちまくっているような方々が、けっこういらっしゃるのではないだろうか。やったらハマる、ような気がしないでもない。



挿画1点目:権藤がゴーグルを通して見たバーチャル映像「サブマシンガンの引き金がフルオート射撃に絞られる——というのがそのグラデーションの最極北に位置している。最も赤い。そこ(、、)に向かって二人の人さし指がじりじり赤みを増していく……」という部分のイメージ。中国軍コマンドーが使用したこのサブマシンガンはドイツのH&K社製、MP5、フルオートで9ミリ弾をズダダダダ、とばらまくことができる。


挿画2点目:コマンドーによって窮地に追いつめられたハイジャッカーが放り投げたオートマチックを、物語当初から主要な登場人物になるのでは、という伏線があった船室ボーイである「秋本少年」が受け取るシーンのイメージ。このオートマチックはオーストリア、グロック社製、グロック17。現代の小型銃器は使いやすさを考えてか、プラスティックを多様するそうで、この拳銃もそうみたい。オモチャっぽい、けど本物、というのはある意味、余計アブナイ感じがする。

最近の小商い挿絵仕事・08年11月ーその1


実業之日本社から出ている「月刊ジェイ・ノベル」という小説雑誌で、誉田哲也さんの新連載『主よ、永遠の休息を』の挿絵を描くことになり、第1回目が掲載された本が届いた。

誉田さんは「警察小説の書き手で、若手でひときわ注目されている」という作家。光文社から出ている『ストロベリーナイト』はけっこう売れてますね。今の時代にヒットを出すのは大したことだ。

「鶴田吉郎は共有通信の事件記者。池袋署の二階にある記者クラブに詰めて、特ダネを求める毎日を送っている……」というのが連載1回目のキャッチ文。深夜のコンビニで強盗事件が起こる発端、主人公の鶴田の一人称で語られる部分と、コンビニの店員である桐江ーーPTSD(心的外傷後ストレス障害)を持っているような伏線ありーーの一人称で語られる部分が交互に書かれ、推理エンターテイメント系小説では新しい感じ。

僕はどちらかというと「おじさま志向」作家先生の挿絵をやることが多かったが、誉田さんは若手らしく、重いテーマを描きながら文体は軽やかで、以前、ロックバンドをやってらしたそうで、そんなリズムも文章に感じたりしました。

第1回目の文中「人通りの少ない、暗い一本道。その、突き当たり。明かりを消した部屋で見るテレビのように、青白い光で辺りを照らす、夜のアミーゴ。コンビニ——」という描写があり、イラストはそのイメージで描いた。

これを描くにあたり、デジカメ持って、チャリを駆り、深夜近所を物語に合いそうな「暗い一本道」を求めて徘徊した。写真を撮っていると、窓がガラッと開く音がしてコホンと空咳の声、背後に寝静まったマンション。怪しいものじゃないんです、と思いつつ、やっぱり誰が見ても怪しいよなあ、と思った。深夜のコンビニも撮影に及んだが、気がつかれたら警察に通報されるかも、と思い、気が気でなかった。深夜にデジカメ持って街を徘徊するのは、変質者かイラストレーターです。


画像は怪しまれつつ撮った写真を資料に描き上げたイラスト。

2008年11月18日火曜日

11月の散歩ロード

午前中、小商い小説挿絵仕事のための原稿を読み、資料をあたり、概ねラフを固めて夕刻、ヒット・ザ・散歩ロード。一日の内、この時間帯が一番好きだな。


散歩ロード、最初に渡る橋からのショット


境川を町田方面に北上


電線の上の椋鳥


ゴマ粒のように見えるのは椋鳥の群れ


二本先の橋を渡って、今度は藤沢方面に南下。


この坂を上ってお家に帰る。

2008年11月16日日曜日

横浜トリエンナーレ2008(その2)




全体的にシリアスな印象が強かった横浜トリエンナーレであったが、中には僕好みの軽く笑える作品もあって、それがメキシコ人作家ペドロ・レイエスの「ベイビー・マルクス」(画像)。

展示ブース脇にビデオモニターが設置され、コミュニストの「スーパースター達」、マルクスやエンゲルス、レーニンや毛沢東の人形が出演する映像も流されていた。



とある小さな町の図書館で処分される予定だった「資本論」を子どもたちが電子レンジにいれて解凍すると、あら不思議、マルクス君やエンゲルス君、レーニン君や毛タクトー君が軽快なサーフロック・エレキサウンドに乗って現れる、というもの。登場の仕方がいいな。特に独裁者スターリンの偏執狂的な表情、動作が笑える。

作家は「絶滅危惧種」コミュニズムを軽やかなジョークのネタにしながら、しかしどこかでマジに、理想の社会を作るイデオロギーとしての社会主義、共産主義の復活を願っているようでもある。

トリエンナーレ会期中に「リーマン・ショック」が起き、「アメリカ型資本主義」は全世界から批判に晒されていることを考えると、タイムリーな作品だと思う。

僕は、コミュニズムという考え方を受け入れるには本質的に人類には無理があると思っていますが、効率生産性を至上とし、人の欲望をドライブさせることで発展してきた資本主義もここにきて行き詰まったと思うのです。日本共産党の志位委員長は「ルールある資本主義」を提唱しているようだが、とりあえずそういうことにしていただきたい。

ところで、これを見たとき、「ひょっこりひょうたん島」の人形みたいだな、と思ったが、それもそのはず、ひょうたん島の「人形劇団ひとみ座」が、作家から依頼されて人形制作、人形劇をやったということ。僕はロックなゲバラ君(写真下)が欲しかった。

2008年11月8日土曜日

横浜トリエンナーレ2008(その1)





さて、「横浜トリエンナーレ2008」の印象について、すぐには言い表せないようなどんよりとした不透明さがあった。それは全体的に辛気くさい「ハイ・アート」系作品群が多く、「現代美術というのは難解だ」という一般的な見解に対し、「おう、難解だとも、悪いでか!」とシリアスに居直ったアーティスト達の「青臭さ」というものが会場を漂い、若い頃ならまだしも、シリアスなものに対峙するエネルギーに欠けてきたこのごろ、ちょっと僕には重たかった、というところ。

前回、3年前の横浜トリエンナーレでは「肛門バー」(http://blog.goo.ne.jp/seijiyamashita/e/37632c491d84dacf9bcd6eb2890456e6)なんかがあって、いわゆる「ロウ・アート」系作品群は理屈抜きに楽しめたが、アートというのは楽しむばかりではないわけで、殊にコンテンポラリー・アートというのは宿命的に時代の空気と同調する傾向があり、そういう時代なのだという認識を持ったことが収穫と言えば収穫だったか。

シビアにシリアスに思考せよ、という時代。報道ステーションのフルタチの「辛気くさいしたり顔」を毎日のように眺めていて(嫌なら見るなと思われるそうだが、つい見てしまう報道ステーション)、「肛門バー」を見てにんまりするのが基本的に好きな僕としては「ほんとにしょっぱい時代になったなあ」と思う。


画像は、中ではロウ・アート系の東京生まれドイツ人アーティスト、ヨナタン・メーゼのインスタレーション。この人、若いんだろうなあ、と思っていたら1970年生まれ、このあたりの世代の「70年代回帰」というものを僕は感じているのだけど、どうだろう。備えられたテレビでは三島の「憂国」を流していた。

怠け者の国の人民服


最近、よく眠れる。夏場の平均睡眠時間は6.5時間くらいであったが、ここんとこは8.5時間くらいか。昨日はガッコウで授業、帰宅後、飯食って、テレビを見ながらウトウトし、12時前にはベッドに。今朝、目覚めれば9時を回っていた。

身体が冬眠の準備をしているようだ。寒くなってくるといろいろとやる気がなくなってくるので、いっそ3か月くらい冬眠したい。そういうことが許される「怠け者の国」はないものか。あれば行って定住したい。


先日、横浜トリエンナーレに行って来たことは日記に書いたが、赤レンガパークで一服していたときに、海上保安資料館という建物が目に入り、そこは北朝鮮の工作船を展示していいるところだったので、ちょっと覗いてみたのだった。
http://www.atlas-web.com/kaiho/2005.10.1/kousakusen.htm

展示されている工作船は2001年12月に発生した「九州南西海域工作船事件」の際、海底から引き上げられたもの。
http://ja.wikipedia.org/wiki/九州南西海域工作船事件

資料館に入るとすぐに弾痕生々しい船首を見上げる形となって、想像していたより随分とでかい。工作船は、漁船を偽装しているが軍艦並の性能、装備をしているとのことで、「虎の威を借りる羊」の反対、「羊の皮をかぶった狼 」というところか。

展示品は海上保安庁と「交戦」、銃撃戦をした機関砲から乗組員の備品(金日成バッジ、日本製の赤飯の缶詰、キャンディなんかもあった)まで細々と展示されていた。

トリエンナーレ鑑賞の流れで展示品を見たのだが、これはしかし、「アート」ではない。乗組員達が自爆した暗い船倉を覗き込むとそれはそれは「リアル」な重苦しさが漂う。「アート」と「リアル」の歴然とした差違を感じた。


画像は、それでも「ちょっとアートっぽい」印象を受けた乗組員備品のひとつ、「防水スーツ」。緊急時に尿意を催したときの工夫がなされているようだ。トイレに行くのもめんどくさい「怠け者の国の人民服」として赤レンガ倉庫会場に展示されていても違和感はないように思う。

ああ、これは当然、男性用。女性用はどういう仕様になるかわからない。

2008年11月6日木曜日

企業訪問に引っかけて

大方の予想通り、オバマがアメリカの大統領として選出された。本音と建て前は違う、とする「ブラッドリー効果」もあまり効果がなかったようだが、人種偏見という前近代的な価値観に縛られない人々が、「意外と保守的」なアメリカにおいて、増えたのだと解釈したい。良いことだ。


昨日は、午前中に卒業生が勤務する「特例子会社」を訪問。今回で4度目。東戸塚にあるこの会社は障害者雇用に前向きで条件も良く、指導も熱心で有り難いには有り難いのだが、学校側の「時折の訪問」を要請され、「まあ、最低1年くらいはちょくちょく来て頂いて…」と言われておった。

建て前としては「ええ、もう月に一回は必ず行きます」と調子のいい僕であったが、正直なところ(本音)、授業以外の学校関係活動はボランティアに近いので、面倒だなあ、と思うこともあります。

いや、何か問題があればすっ飛んで行きますよ。でも、特に問題もなくてただ顔見て、「元気かい? 頑張ってな!」って言うだけですから。企業側は一人前の社会人として雇用している「建て前」があるから、あまり家庭との連絡を取りたがらない。本音では親にお子さんの仕事ぶりの問題点をあれこれ言いにくい、ということ。

まあ、企業と家庭の本音を聞き取り、感じ取り、それを柔らかく「編集」して双方に伝える、というのが僕の役目ということだろうか。それで、双方上手くいけばいいんですけどね、僕としては。ただ、僕がボランティアベースで動いているとは双方、思ってないだろうなあ。

こんなこと、日記なんかに書かないで心に秘めて「俺って、いいヤツだなあ」と自足していればいいのだろうけど、ちょこっと愚痴も言ってみたりした。

そんなわけで、東戸塚を訪問するときは、何かの打ち合わせとか用事とか引っかけようとする魂胆があって、過去はそうしてきたのだが、今回はそろそろ行かねばという時期になって、そうした「引っかけ所用」がない。案じて、「そうだ、横浜トリエンナーレにでも行ってみよう」と思ったのでした。
http://yokohamatriennale.jp/

午前中に訪問を終え(元気に問題なく卒業生はやっておった、よしよし)、東戸塚→横浜→馬車道と電車を乗り継ぎ、馬車道駅でチケットを購入、万国橋通りをまっすぐに歩き、まず新港ピア会場に。途中で「お茶付きほか弁」500円なりを購入、鑑賞前の腹ごしらえをみなとみらい湾岸において果たした。

今回のトリエンナーレは会場が分散していて、次に赤レンガ倉庫会場に。鑑賞を終え、この段階でややくたびれてきたが、がんばって次の会場、日本郵船海岸通倉庫 (BankART Studio NYK)まで行った。

とりあえず、今回は3会場(他にも三渓園などあり)にとどめたが、こういう規模の大きい総合型アート鑑賞は疲れる。脚に来る。野外コンサートと一緒。今回のトリエンナーレ、前回と比較し、辛気くさい感じのものが多く、いや辛気くさいのは嫌いではないが、心を軽やかにしてくれる作品はあまりなかった。

しかし、横浜のこの辺り、空間が広い感じ、昔から好きです。ウィークデイは歩く人も少ないし。ふと思ったのだけど、港近くにいても海の匂いがしないな、と。海の匂いって、つまり磯の匂いなんだな、みなとみらいに磯はないしなあ、と。

横浜トリエンナーレ2008についての感想やなんかはあらためて。

画像は横浜みなみらい近辺散策スナップ


ここに来ると「近みらい」な印象をいつも覚える。「みなとみらい」から眺望するランドマークタワー周辺ビル群。


インターコンチネンタルホテル最上階でかつて一度だけ食事をしたことがある。今回は岸壁でほか弁食いながら見上げる形となった。映画「天国と地獄」みたい。いやそれほど貧乏であることに屈折はしてませんが。


万国橋からのスナップ。右手にトリエンナーレの会場のひとつ、BankART Studio NYKが見える。


弁当食ってたら、カモメが寄ってきた。意外と目つきが険悪な感じだったので餌はやらなかった。


赤レンガ倉庫付近の公園ベンチで佇むカップル、かつて僕にもこのようなことをしたような記憶があるが、今は羨ましいとさえ思わないくらい遠くに来てしまった。

2008年10月30日木曜日

東京下町スクーリングツアー

昨日は提携校スクーリングに生徒を引率。今回のスクーリングは、浅草にある「江戸下町伝統工芸館」(http://www.city.taito.tokyo.jp/index/000021/005710.html)で江戸職人の工芸品展示を見学、さらに江戸川区方面に脚を伸ばし、都営新宿線・瑞江駅から徒歩12分、篠原風鈴本舗(http://www.edofurin.com/)で江戸風鈴の製作体験というメニューであった。

集合時間を早め、せっかくだから浅草見物も引っかけようと、雷門から仲見世、浅草寺、花屋敷、六区周辺とスクーリングメニューの合間、生徒を連れ回した。浅草寺仲見世に来たら食べたいものがあって、それは揚げまん。生徒の分も買って食わせる。旨かった。

揚げまんには思い出があって、10年程前の春、両親上京に合わせ、兄夫婦ともども、水入らずの浅草方面家族旅行に及んだ際、浅草寺仲見世で買い、みんなでひとつずつ食べたのだった。元気だった母が立ち食いをためらいながらも「おいしいね」と言った。

以来、浅草近辺、行く機会がなく、だからガッコウ行事にかこつけて、浅草見物をしたのは職権使った個人的な要望の実現。あの時は隅田川の桜を見物、浅草寺を参り、家族で天ぷらなどを食べた。まだまだ両親は元気だったなあ、と「待たない時」に感傷した。

「江戸下町伝統工芸館」はひさご通りという昭和な雰囲気の商店街の一角にあり、展示されている工芸品は指物、錦絵、提灯、和竿、銀細工、鼈甲細工、切り子、等、「鑑定団」ではないが、どれも高そう、値段が知りたい。値札を付けるべきだと思った。そのほうが「へえー」感が高まって良いと思うのだけれど。

「篠原風鈴本舗」はごくフツーの住宅街にぽつんとあり、フツーのお宅にお邪魔するような感じで、他校生徒合わせ10数名で訪問、テレビなどで見知っている「吹きガラス」を体験、絵付けし、各自オリジナルの風鈴を作った。僕は実費(3千円)を取られるのでやらなかった。何故この時期に風鈴製作なのかと言うと、夏場は繁忙期で見学体験はやれないから、ということ。作った風鈴は来年の夏までしまっておくわけで、「風鈴」を「封印」すると。

昨日は秋晴れ、ガッコウ行事は必ず晴れるという脳天気パワーを持つ我々であるが、横浜方面からの遠路東京下町スクーリングツアー、また移動に思ったより時間がかかり、昼食時間が取れず(生徒たちにはなんとか食べさせたが)僕の昼食は結局、揚げまん1個。さすがに疲れた。



作り物紅葉が秋の空に映える、あくまでキッチュな浅草寺仲見世


鱗雲バックの花屋敷乗り物。


これが「「江戸下町伝統工芸館」入り口。ちょうど、小学生キッズの大群と見学がかち合い、焦ったが子どもたちは良い子でおとなしく見学していた。


中段、中、文机は12万8千円とみた。


上が和竿、目が飛び出るほど高価だと聞く。手前に鼈甲細工、ネックレス状の物でひとつ8万くらいか。だから値札を付けて欲しい。よい子達の興味ももっとそそられるだろうに。


ここが、「篠原風鈴本舗」


本舗内工房、奥にあるのがガラスを溶かす炉


風鈴原型。熟練した職人が作ってもひとつひとつ音色が違う。


職人さんに棒を持ってもらって、生徒はただ吹くだけ、回しかげんに年季がかかるようだ。石原ヨシズミ似のこの職人さん、吹きの最後のところで「来た〜!」といちいち叫んでいた。


絵付けし、完成した江戸風鈴、銘は「風」、生徒作。内側から描くので文字は反転して描かねばならず、難しい。本人はあまり気に入ってなかったようだったが、なかなか良い作品だと思う。ちょっと手伝った。涼やかな音がした。

2008年10月26日日曜日

軽い躁状態で過ごせれば


精神分析家のD.W.ウィニコットさんという方がおられたが、彼は「軽いうつ状態が一番健康的である」と言ったそうな。

つまり、精神分析の専門的見地に立てば「軽いうつ状態」というのが「ハレとケ」のケの状態、人間のごく普通の日常的な精神状態であるということなんだろう。ちょっとウツっぽいからって、なーーんも気にせんでよか、それ、普通なの。と彼は言いたかったのだろう。

このところの世界が、日本が、主に経済的要因で「軽いうつ状態」(もっとシリアスかも知れないが)に陥っているように思うが、そのあおりというわけでもないですけど、個人的にも今月は「軽いうつ状態」が続いている。が、それが普通なのだ、と思えば、まあ、そうかな、とも思う。

しかし、人間の精神をドライブさせ、行動のモチベーションを得るためにはある程度「躁」な気持は必要なわけで、僕としては日々の4分の1くらいは「軽い躁状態」で過ごせればと願う。

で、僕にとっては音楽を聴くこと、やることが心に「軽い躁状態」を作り出すドライブになる。そこに酒が入れば言うことない。

というわけで、昨夜はマイ・フェイバリット・音楽居酒屋「パラダイス本舗」にスラック・キー(ハワイミュージシャンが好んで使うゆったりまったりのチューニング・キーのこと)系バンド、「タマシロ・マーケット」のライブに出かけた。

ハワイミュージックの巨人、ギャビー・バヒヌイを師と仰ぐ(たぶん)彼らの音は色で言えば「だいだい色」、優しくあたたかい。ゆったりまったりの気分に浸り、僕の心に「軽い躁状態」をもたらせてくれた。


画像は「タマシロ・マーケット」の面々。写真では見えないが、ヴォーカルの Hilakawa氏が弾いていたのは、「100万円の値打ちがある」と自慢されていたカマカの8弦バリトン・ウクレレ。弾かせてもらった。スプルーストップでコアのサイド、バック、ネックは切り出し、ブライトな涼やかな音色で、例えれば「ハワイの風の音」という感じでした。