2017年7月30日日曜日

週刊「猫並日記」2017 (5.26)

2017年5月26日(金)
小田島隆さんの記事「出会い系バーに出入りした人の“末路”」
いたく同意。

すがすがしいほどに
木で鼻を括った物言いは
すが官房長官

週刊「猫並日記」2017 (5.21)

2017年5月21日(日)
♪昨日の朝ぼくは見つけた
 郵便箱の中の手紙
 ただの短いおなじみの手紙は
 いちページの長さにも足りなんだ
とうのは高田渡が歌った『おなじみの短い手紙』 の歌い出し。歌詞のオリジナルはアメリカの黒人詩人、ラングストン・ヒューズの詩で、木島始が訳したものを高田渡は若干アレンジして歌っている。そして曲は、
♪ただの短いおなじみの手紙は
 ぼくの命をとってしまう 
 君の命をとってしまう
と終わる。

この手紙って、いわゆる「赤紙」、召集令状のことだね。かつて、日本でも津々浦々に送付され、この「ただの短いおなじみの手紙」によって、戦地に招集され命を失ったおびただしい数の若者がいたという史実があったわけで。そして、そういうことが「平和憲法」がある限り、この日本では二度と起きないということが怪しくなっている今の時代ではある▶ところで、この歌はマイ・バディ、のだっちの持ち歌のひとつで、ぼくは高田渡ではなく、彼の歌からこの歌を知った。そして、昨日の夜も彼のこの歌を聞いた。彼のパラダイス本舗でのライブに行ったんだ▶のだっちは『おなじみの短い手紙』に限らず、世にあまり知られていない佳曲を掘り出し、そういう歌に誠実に向き合い、気張らず張らず演奏する姿勢があって、ぼくはとても好感を持っている。結局、人前で歌う(歌に限らないが)ということは、歌う人の人間性というものを晒すという行為であって、のだっちの場合、良い意味でその人間性が歌に表れてるなあ、と思った▶で、彼のつま弾くギターが良いんだね。テクニックもさることながら、なにより音色がいい。楽器を良い音で鳴らすということ、大事だね。ちょっと自慢めくけど、ぼくが生徒さんのウクレレを弾くと、「私が弾くよりずっと良い音がする」と生徒さんから言われるんだね。でも、どうしたら良い音で鳴らせるかを教えるのは、案外、難しいけれど▶昨夜はパフォーマー(のだっちのことだが)と観客(概ね、ぼくだけど)が、歌の合間に会話(よもやま話だね)をしながら進行するというライブになって、なかなか楽しめた。ああいうライブもあっていいな、と思ったのでした。

写真(,)は昨夜の野田高澄ライブ@パラダイス本舗の模様。彼のバンジョーは初めて聞いた。「バンジョーも弾くんだジョー」と、バンジョー玉三郎、曰く。

週刊「猫並日記」2017 (5.12)

2017年5月12日(金)
今朝は早くに目が覚めたので、思いついて早朝の川っぺり4キロコースをジョギングした。ま、ちょいと走っては歩き、という感じだが、なかなか気持ちが良かった。ちょっと前からずっとサボっていた散歩もぼちぼちと復活、遂に走り出したという次第。やっぱり、お日さまに当たって、身体を動かすことは良きことでありましょう。春先以来のスランプも完全に脱けた感じ▶さて、昨日はレレ教室のメンバーと近隣の病院デイケア施設で慰問コンサートを行った。ここでは一昨年以来、3度目の慰問コンサートになる。当方、お年寄り扱いもだいぶ心得てきて、聞いてくださった30人余りの通所利用者のみなさんに、レレの音色と歌声を楽しんでいただけたかと思う▶老人ホーム等の慰問コンサートはスペースの関係上、メンバーは多くて10人前後になるのだが、毎回、快く参加していただく生徒さんたちの顔ぶれは変わらず、この際、ユニット名を決めようという提案が生徒さんからあり、慰問バンドということでイモンズ、ちょっと変えてイーモンズ(「良い者たち」という意もあり)、表記は「e-mons」と決定。今後、慰問のご用命あれば「e-mons」参上、としていきたい▶慰問コンサート終了後、海鮮系居酒屋で打ち上げ。ビールが美味しかったこと。演奏後のビールというのは格別だね。幸せな一日であった。

写真(,)は施設職員の方に撮っていただいた昨日の「e-mons」の演奏模様。「e-mons」のキャッチフレーズは「レレの音色に笑顔を乗せて、うちら陽気なe-mons」。




週刊「猫並日記」2017 (5.4)

2017年5月4日(木)
今日は母の誕生日。93歳になった。母の好物の苺ケーキにろうそくを立てて、ウクレレでハッピーバースデーを歌ってあげたいな、母のそばで、今日この日に。

母へのバースデーカード

2017年7月16日日曜日

週刊「猫並日記」2017 (4.30)

2017年4月30日(日)
息をしているだけで大金が入ってくるという大金持ちのぼくですが、恋の病というのはなかなか金では解決できないものです。いや、ちょっと前からただならぬ相手と恋に落ちてしまったんだね。ここのところ、朝も昼も夜も一日中、彼女に触れたときの感触が忘れ難く、抱いたときに彼女がぼくに囁いた柔らかく甘い声が耳について離れないんです。ああ、だから秘書には一切、このことは言ってないです。こういうこと、なかなか言えないです▶彼女は大きすぎず、小さすぎず、ぼくが思い描く理想の体形、抱きかかえると羽根のように軽くて華奢な感じがした。でもそのわりにはよく通る深い声音を出すんだ。派手な感じはなく、パッと見、控えめで飾り気のない容貌だが、どこか洗練された気品があるんだね。90年ごろの生まれだと聞いたから、御歳26、7才くらいか。目立つ擦り傷もあまりなく、前のご主人に大切に可愛がられてきた感じがした。身請けするべきかどうしようか、煩悶しているところ▶はい、ウクレレの話です。ずっとコンサートサイズのウクレレが欲しくて、それもマーチンのStyle-1C、それもビンテージと決めている。Style-1Cは本数がそもそも少なく、程度のそこそこ良いもので16,7万くらいが相場。で、最近、トップに目立つ傷がある50年〜60年代Style-1Cが10万で横浜の楽器屋にあることを知って、先日、行ってチェックしてみたんだ▶ぼくはビンテージ好きだけど、ビンテージだと何でもいいわけではなく、中には「枯れた」と言うより、「痩せた」感じの音になってるのもあるんだね。お目当てのStyle-1Cはマーチン特有の甘く深い鳴りはあまりなく、その「痩せた」感じの音で、ちょっと期待外れだった▶音が気に入れば購入を真剣に考えようと思っていたが、これは却下。で、他のウクレレをちょいちょい弾かせてもらってる内に、Style-1Cのコピーモデルが目についた。弾いてみるとすごく良かった。マーチンのふくよかで甘い鳴りもあるし、まだ若い、なんというか溌剌とした鳴りもある。12フレットしかないところ(これが気に入っているんです)やペグからビンテージ・マーチンの小さめのドットとか完璧にコピーされてるんだね▶工場生産ではなく、Tim Laughlin(ラーフリン、かな)という個人ルシアー製作のもの。web検索しても、あまり情報がなかったが、カリフォルニアで主にマーチンのビンテージウクレレのコピーを作っている人みたい。マーチンウクレレの至宝、5Kのコピーとかね。たぶん、この人、「マーチンウクレレこそ、ウクレレのザ・スタンダードだ」と考えている人ではないかな。それはぼくも同意するところ(ハワイ・ウクレレも良いのはもちろんありますが)▶いやあ、なかなか良いウクレレでした。90年ごろの製作だという中古だが、値段は当てが外れたビンテージ・マーチンと同様の10万ちょい。店員に「7,8万だったら即買いですけどね」と言ったら、「それはちょっと……」と苦笑された。Tim Laughlinなんていうウクレレは初めて知ったので、ちょっと調べてからと思い、楽器屋を後にしたのだった▶うーん、そのときはそうでもなかったけど、昨日頃から、そのTim Laughlinが気になってしょうがない。しばらく大人しくしていた「ウクレレ欲しい欲しい病」が再発して困ったもんだ。「恋の病というのはなかなか金では解決できない」と書いたけど、これはあっさり金で解決できる問題だった。うーむ、10万円、糟糠の秘書にはなかなか言えないなあ(ウクレレ、いっぱい持ってますからねえ)▶件のTim Laughlinの画像をwebで見つけた(値段が消されているが)。手前にある1M CONというもの、トップの木目からぼくが楽器屋で見たものと同じもののように思う。後ろのは2Mとあるが、コア材のような気がする。ついでに「当てが外れた」Style-1C(画像右)。ちょっと前までこの画像を涎を垂らしながら見ていたが、弾いてみてイマイチだったのでただの古びたウクレレとしか目に映らない、恋の病も醒めればそんなものだね。今度の恋も醒めないかなとちょっと期待してるという、不思議に揺れ動くおじさんの心情なのでした(どこが「息をしてるだけで大金が入ってくる」身分なんだ、ということ)▶しかし、最近、FB投稿をあまりしなくなったと思えば、ウクレレの話になるとつい長文になる山下、すまんこって。